妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします!(修正前)   作:tom200

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来訪者編 後編

 

 

ピアノレッスンの合間に暗躍して、そしてまたレッスンに戻って。指が攣りそうです。あまりブラインドタッチ早くないので指が縺れそうでした。

静かに暗躍する時はキーボードが便利です。前世でやっててよかった。

時間がなくて焦るけれど、焦っても指は早くならない。日ごろの訓練がモノを言います。お兄様ってすごいと改めて実感。

その後続けてピアノですからね。鍵盤の上でも指が滑りそうになりましたよ。危ない。

先生は厳しい方なのでちょっとしたミスもできない。課題が増えてしまいます。気を付けねば。

何とか乗り切って先生に一礼をしてから控え室に向かう。

まだお兄様が来る予定の時刻より少し早かった。

お兄様は今頃どうしているだろう?葉山さんに連絡を取ったところか、それも終えてこちらに向かっているところだろうか。そわそわと落ち着かない。もちろん面には出さないのだけれど。

 

「紅茶はいかがですか?」

「お願いします」

 

カップが前に置かれ、紅茶を注がれる。この控え室には私ひとりと、給仕をしているこのお兄さんの二人きり。

すっと差し出されたのは一枚のカード、に読み取り専用のチップが付いている。

わあい、隠密っぽい。

洗練された動きで一礼して去っていった。うん、カッコいい人でしたね。どうして四葉の人間って綺麗な容貌しているのにそんなに気配を殺せるのだろう?不思議。

端末を取り出して中を見れば、早いねー。一時間でこれだけ動いてくれましたか。

さっき指示出したばっかりだと思っていたけれど、いくつか既に着手してたみたい。

最近はこちらから指示を出す前に事前に調べてくれることが増えた。順調に育ってくれているようでなによりです。

前世の教育係をやってた経験が役に立ったね。・・・なんて、彼らが優秀過ぎるので私の功績じゃないだろうけど、心の中くらい鼻高でいさせてください。

データを消去してまたカードの裏側にくっつけてテーブルへ。お片付けよろしくお願いしますね。

頃合いだと席を立ち、エントランスへ向かえばお兄様が。

服装も髪型も乱れてません。

深雪ちゃんが相手でなければ気づかれなかっただろうけれど、申し訳ない。見逃してあげることはできない。

完璧淑女の挨拶を交わし、お兄様からエスコートを受けて車の中へ。この中に入れば耳目もない。

だから私は遠慮なく、お兄様に手を伸ばして、――体に触れていく。

 

「ここ、と、それからここも、ですわね」

 

鼻を近づけなくてもわかる癖に、わざとらしくパフォーマンスとして近づけて。

 

「お顔にも傷を作られましたか」

 

触れそうな距離まで近づいて――否、鼻が頬に触れた。

 

「・・・深雪」

「リーナだけではないのですね。複数人、相手になさったようで」

 

顔からゆっくりと下へと移動して首筋辺りで問えば、お兄様は顔を逸らした。

 

「・・・すまなかった」

「お兄様は襲われただけなのでしょう?お兄様が謝られることなどございません」

「しかし、心配をかけた、から」

 

するり、と手を滑らせて、胸の上のポケットチーフへ添えて。

ここは傷つかなかったらしい。良かった。

 

「そうですね。これだけ臭いがしますと心配にもなります。こんな街中で仕掛けられるなんて。・・・お兄様のことですから被害が大きくならないように彼らを誘導したのでしょうけれど」

「本当に、深雪に隠し事はできないな」

 

嘘ばっかり、なんて浮気男をなじるようなセリフは言わない。

言ったところでお兄様は私に隠したいことはあるだろうし、私だってお兄様に隠していることがたくさんある。

 

「せっかくお兄様が隠したかったことを明かすような真似をして申し訳ありません。それでも心配なのです。いくら傷を残すことが無かろうとも、傷を負ったことは事実。痛みを受けたのは事実なのですから。心配くらいさせてくださいませ」

 

心臓の音を聞くが如く、お兄様の左胸に耳を当てて。

 

「ご無事で何よりです。お兄様」

 

お兄様は言葉で返さず、私を抱きしめた。

血臭がする。けれどお兄様の腕の中というだけで、私は安堵し力を抜いた。

ここはどこよりも安全な場所だから。

 

 

――

 

 

翌日の朝。

USNA海軍所属の小型艦船が日本の領海を航行中、機関トラブルにより漂流していたところを防衛海軍に保護された、というニュースが流れた。

それは、ただのトラブルだろうと推測も付け加えられていた。深く触れるな、とメディア側に圧でもかかっていたのかもしれない。

お兄様も私もそのニュースを目にして動きを止めた。このタイミングで何もないなど信じられるほど、知らないわけでもない。

 

「リーナは今日、学校を休むでしょうね」

 

今朝、お兄様が外出している間に叔母様とお話し済みだ。お兄様の願いを聞き届け、対応をした、と。

そして、昨夜のデータは有効活用させてもらうわ、と。

亜夜子ちゃん経由で届けてもらう予定のモノは、USNA内部に巣くっているであろう癌細胞の存在を臭わせるデータだ。ぜひ有効活用して自国の免疫力を高めてほしい。

日本になんてちょっかいを掛ける前に地盤を固めて下さい。

リーナちゃんも帰国したら忙しくなるだろう。今のうちにちょっとでも休んでもらいたいのだけれど、こんなことになってしまっては今日は会えないだろうね。明日は何を持たせてあげようかしら。

 

「そうなるだろうな」

「こんなことを気にしてもしょうもないのでしょうが、留学生がこんなに休んでしまって大丈夫なのでしょうか」

「どうとでもなるだろう」

 

お兄様ったら投げやりですね。まあそうでしょうけど。

元の彼らの目的はお兄様と私の監視と探りだったのだから。現在はパラサイトの滅殺という任務を課せられているから付き纏われることはないのだけれど。

 

「こんな時ですが、リーナにはもう少し学校生活を楽しんでもらいたいです」

「・・・深雪はやたらとリーナに甘くないか?いくら雫の代わりとはいえ」

 

私の言葉に、お兄様は感情を隠さず面白くないと訴える表情で返す。

とはいえ人にはちょっと眉を顰めた程度しか見えないかもしれないけれど、瞳は雄弁だった。・・・ちょっとどころか、かなりきゅんと来たけれどすまし顔で隠します。

 

「雫の代わりと思ったことなど一度もありませんよ。雫は雫。リーナはリーナです。ですが彼女を誰かと重ねているとしたら――その相手はお兄様です」

「俺?」

 

あら、予想外でしたか。今度は目を見張って驚いている。

 

「リーナはあの若さでスターズの総隊長です。きっと過酷な訓練を耐え抜いて、今の地位まで上り詰めたのでしょう。お兄様が四葉の人間でなければ今のように特尉としてではなく、リーナと同じくらい上り詰めていてもおかしくなかったはずです。

リーナは愚直なまでに任務に忠実でした。そのように教育され、今日まで来たのでしょう。お兄様も同じ環境でいたのならその状況を受け入れ、疑問など抱くこともなく任務をこなす日々を送っていたかもしれません」

 

お兄様は四葉に生まれたことで、俗世から隔離され教育を施された。

もし深雪ちゃんとの関係が希薄のままだったなら、恐らく任務をひたすら熟すマシーンのように、それこそお兄様が言う兵器のように扱われ、表に出ることなく静かに暮らしていただろう。

名誉もなく、称賛もなく、ただ蔑みに塗れた世界で飼殺されていた。

リーナちゃんはその点、名誉と称賛を受けていた。けれどそこでも蔑みもあり、こうして嫌がらせのような任務も受ける羽目になっていた。

どちらも彼らに求められているのは兵器としての価値。彼らの意思など求められることなどない。

そこに、幸せはあるのだろうか。

年相応など知らず、同世代が何を考えているかも知らず、――よって羨むなんてことすらなく毎日忙殺されて過ごすのだ。

 

「お兄様はたまたま学校に通う機会がありました。通っていることでいらぬ苦労も背負ってしまっていますが、その分以前まで感じられなかった刺激を受け、生活に彩が生まれていると思われます」

「そうだね、確かに学校という場は、俺に知らないものを教えてくれた」

 

ふ、と口元を緩められたお兄様に感動しそうになるけれど、今は我慢。

 

「たった三か月ではありますが、リーナにも同じ機会があればいいと思ったのです。たとえ任務のついでであってもせっかく学校に、同世代の集まる学び舎に入学する機会が得られたのです。ここでしか感じられないことを体験してほしいと」

 

リーナちゃんの狭い世界をちょっとでも広げてあげたい。狭苦しいだけの世界で生きることが、彼女の唯一の選択肢だなんて、そんなことが許されていいはずがない。

努力した人間が救われない場面はもうたくさんだ。

 

「これは私のわがままです。リーナは望んでいないかもしれない。というより望んでないでしょう。彼女は外の世界を自分と隔離しているでしょうから」

 

お兄様がそうであったように。

 

「リーナに甘いのではなく、私は私に甘いのです」

 

結局のところ自己満足でしかない。

私は自分が嫌だから、好きな子が苦しむ姿を見たくないから、勝手に手出しをしているに過ぎない。

それで未来が変わらなくても、自分が何かしてあげたという押し付けをして、何かした気になりたいのだ。

なんて強欲なのか。自分勝手で傲慢な考えだ。

 

(・・・朝からなんて話をしてしまったのだろう。こんな妹で、お兄様は幻滅したかもしれない)

 

急に怖くなって話はこれでおしまいとばかりに食器を片付けるために席を立つ。

シンクに置いて、HARに後を任せて、それで――

 

 

シンクの前に立つ私を、お兄様が背後から抱きすくめた。

 

 

気配無く行われた突然の抱擁に驚きすぎて硬直してしまう。

 

「っおに――」

「深雪。お前の自己満足は、それだけで俺を満たしてくれる。お前は好き勝手に生きているだけで人を幸せにするんだ。だからこれからも好きにしたらいい。お前の道を誰かが阻もうとするのなら、俺がそれを片付けよう。お前が何かを願うなら、俺はそれを叶えてやりたい」

 

私の顔の横に顔を寄せ、囁くように掛けられた言葉に心臓が痛いくらいに暴れまわる。

きっとこれだけ密着して触れているお兄様には伝わっているはずだけど、私は努めて冷静を装って。

 

「・・・お兄様こそ、私に甘すぎます」

 

何とか言葉を絞り出す。

 

「甘すぎるだなんて、これからまだまだ甘やかしたいぐらいだ」

 

ぎゅっと、更に力を込められて息が苦しい。苦しいけれど、嬉しくて。

 

「あまり甘やかさないでくださいませ。調子に乗って困るのはお兄様ですよ」

「深雪に困らせられるなんて、楽しみでしかないな。一体どんな風に困らせてくれるんだ?」

 

・・・お兄様、妹に困らせてほしいだなんて。原作では深雪ちゃんに困らせられて結構大変な目に遭っていたのですよ?文字通り心臓を止められたりとか。あれだよね、ラ〇ちゃんの嫉妬の電撃みたいな。

・・・心臓止まってるからあれほど可愛らしいものではないけれど。

あの様子では日常茶飯事だったのよね?原作の場面的には一度きりだったけれども。

・・・結構とんでもないことする妹でしたよね、深雪ちゃん。

 

「期待していただいてるところ悪いのですが、もうお時間ですよ。そろそろ着替えませんと遅れてしまいます」

「仕方ないか。話の続きは登校中に聞こう」

 

あらぁ。逃れられないのですか。私の方が困ってしまいますよお兄様。

解放してくれたお兄様は、最後に頭を撫でてから離れていった。・・・朝からすでにお兄様の供給過多で苦しいのですけれど、心臓さん大丈夫かな。今日一日このまま全力疾走だったら疲労で止まってしまう。休憩が欲しいです。

 

 

――

 

結局お兄様を困らせるどころか、ひたすら私が困るばかりで、キャビネットを降りてからも話は終わらず、今朝はひときわ大きなBGMを聞きながら登校した。

 

「み、深雪!ナイトが、達也さんの猛攻がヤバかったって噂になってるんだけど」

 

何があったの!?と詰め寄られたけれど、ほのかちゃんすでに顔が赤いです。

そして本を発売日に購入してすでに読破した人間が多いのか、今朝も早くからクラスを覗きに来る先輩たちの姿があります。女子も男子も関係ないですね。お兄様の方もそうなのかな。

おかげで私たちが近くを通るだけでちらほらプリンセスが、ナイトがとの声が聞こえている。隠語にもなってないね。

 

「・・・私が朝余計なことを言ったせいで変なスイッチが入っちゃったみたいで」

 

本当なんでリーナちゃんの話をしていたはずなのに、お兄様が私を甘やかしたいって話になったのだろう。

元は四葉の工作ってスゲー、のニュースが発端だったんだけどね。

 

「それがいったいどうしてその、人前でイチャイチャになるの!?」

「・・・どうしてなのかしらね・・・?って、そんなに触れられては無いのよ?今朝は言葉の方が問題だったと思うわ」

 

イチャイチャを否定できないのが辛い。兄妹でいちゃついていると思われるなんて・・・。

手も繋がなければ抱き寄せられることもなく、触れられたのは確か髪をひと房くらいだったと思う。

ただね、掛けられる言葉がね・・・。

 

「あの、学校を恐怖に陥れられた時並みの語録がいっぱいだったわ・・・」

「!!あれ並み!?深雪、よく耐えられるね・・・やっぱり一つ屋根の下だから」

「変な言い方しないで頂戴!家族なんだから当たり前でしょう」

 

まったく。ほのかちゃんはちょっと油断すると変な妄想をする。

あと、何度も言うけれど、耐えられてないからね?毎回瀕死まで追い詰められてるんだから。

 

「・・・ねぇ、やっぱりバレンタインはちょ、チョコレートあげたの?」

「え、ええ」

「ど、どうだった!?」

「どう、って・・・。ほのか、もう一度言うけれど私たちは家族なのよ?兄妹なんだからそんなに期待されるようなことは何もないわよ」

「き、期待じゃないよ!で、でもほら、深雪に渡されたら達也さんだって・・・」

「妹にチョコを渡されたからって兄さんがどうこうなるわけないじゃない。普通にお礼を言ってくれてお終いよ」

 

撫でられもしなければ抱きしめられたわけでもない。そこまで言ってようやくほのかちゃんは大きな胸を撫でおろした。

 

「・・・・・・なら、結局変なスイッチって何だったの?」

「確か甘やかさないで、って注意したらもっと俺を困らせてみろって要求されたのよ。酷い話でしょう?」

 

どうして好きなお兄様を困らせなきゃならないのか。

愚痴のように零したら、ほのかちゃんがぼん、と音を立てて真っ赤になった。周囲からもきゃー!と声が上がる。

え、何!?

驚いて尋ねようとしたらチャイムが。もう授業の時間でした。

流石A組の子はお行儀よくすぐに席についてお勉強を始めるのだけれど、そわそわとした空気はしばらくその場に停滞していた。・・・なんだというの?

 

 

 

 

放課後の生徒会室にお兄様の姿が。迎え以外でここにいるのは珍しいことであった。

 

「夜間入構許可証、ですか?」

「はい。ピクシーの件で。日中の活動は確認できますが、夜間はまた変化があるかもしれませんので」

 

という名目で、らしい。

中条会長は疑ってないようで、確かにそれもありますね、と申請書を作成し始めた。

うん、可愛い。会長はぜひそのままでいて欲しい。

・・・もしこれで裏があってもそれはそれで美味しいと思う私はちょっと会長から離れましょうかね。物理的にも。

 

「この場合、生徒会役員もついていた方が良いと思いますので、私の分も発行していただけますか?」

「深雪、それは」

「ピクシーの件は学校のトラブルです。生徒会役員か風紀委員がついて当然かと」

 

お兄様は現在どちらでもないですからね。

置いていくつもりだったのでしょうけど、ごめんなさい。ここは付いていかないといけない場面だと思います。だから――

 

「そ、それなら私も!同じ生徒会役員ですから!!」

 

ほのかちゃんが立候補。理由がおかしいけれど、先輩方の生暖かい目が向けられてます。お兄様と一緒に居たいというのがバレバレですね。

結局お兄様が折れて三人分許可証を発行してもらった。皆がいる前で申請したのが運の尽きでしたね。

 

 

――

 

 

「しかし、ほのかが一緒では訓練はできなさそうですね」

「やはり言い出したのはそれが理由か」

 

一度家に帰ってから服を動きやすい恰好に着替えてから、夜道を歩く。

夜に学校に向かうなんてちょっぴりわくわくしますね。いつも見ている景色と変わって見えます。

 

「恐らく対峙することになるぞ」

「足手まといにならぬよう気を付けます」

 

先に訓練がしたいところだけれど、パラサイトの件を早く片付けたいお兄様の気持ちもわかる。

いきなり実戦になるけど、これくらい熟せるようにならなければいつまで経っても守られるだけの存在になってしまうから。

自分の身ぐらい自分で何とかしなければ。決意を新たにしたところでほのかちゃんが現れた。

時間は問題なかったのだけれど――制服ですね。こんな時間に制服だと目立っちゃう。

色も明るいというのもあるけれど、学生さんが夜出歩くのは印象に残りやすい。

ということで、ピクシーを連れ出してからほのかちゃんの家に一旦寄って、着替えてから活動を開始することになった。

あわあわ取り乱しているほのかちゃん、可愛いよ。大丈夫、細かく説明しなかった私たちが悪いのだから。

夜の学校はやっぱり一味違う。節電もしているのでほとんどが暗い。魔法使っていい?けど戦いの前に無駄遣いはしちゃダメよね。うーん、出るわけじゃなくても怖い雰囲気。

すでにほのかちゃんはお兄様の腕にしがみついている。羨ましい。

邪魔しちゃ悪いから私は最近定位置になっている二人の間の後方を歩いているのだけど、怖い。

背後に何もなかろうとも何かいる気がして振り向けない。ホラー苦手なんですよ。

そういう時は目の前の二人で妄想しようか。「きゃーこわーい、達也さーん」「大丈夫だほのか、俺が付いている」・・・終了。

あ、だめ。怖くて脳が動かない。早く目的地についてー。

内心震えながら、けれど表向きは凛とした姿で目的地へ。ここまでで結構な疲労感。

お兄様が端末を操作するとシャッターが開いた。

この間テレパシーで会話しているらしく、小さな羽音が耳を掠める。もうこれくらいなら怖くない。

メイド服姿のピクシーは真直ぐとお兄様の姿だけを捉えて指示を待つ。

よくできたメイドさんだ。ロボメイド。これに恋心まで付いてくるの?美味しすぎやしないかね。

まだ独立した彼女自身の感情ではないけれども、お兄様ハーレム計画待ったなし。

そしてお兄様は持っていた紙袋を差し出して、中身の服に着替えるよう指示をした。

着替える、という動作は服の構造上人間と同じ動きの方がスムーズに着られるというので、その動作が組み込まれているから、まるで女の子が着替えを始めたような動きだった。

だというのにお兄様は無感動にそれを見つめている。

流石にコレには注意せざるを得ない。

 

「兄さん、ロボットとはいえ女の子の着替えよ」

「女の子って・・・ロボットだぞ?」

「体は機械だけど、心は乙女なんだから。ほのか、兄さんを見張ってて」

 

心、と言った時点でお兄様からいぶかしむ視線が向けられたけど、ほのかちゃんを写し取ったパラサイトなんだから女の子で間違いじゃないはず。

ほのかちゃんもピクシーを見ていたお兄様に不満だったみたいで、お兄様を強引に半回転させて背を向けさせた。

そして私はというと。

 

「一人で着替えると時間がかかってしまうから手伝うわ。まず腕を前に出して。そう、上手ね」

 

ロボット一人で着替えさせたら時間がかかるのでお手伝いを。

いくら細かな作業ができるようになったといってもボディは機械が組み込まれている。どうしてもぎこちなく動いてしまう箇所があるのだ。

指示を出せば素直に従ったのは、お兄様の言葉があったから。

ピクシーがなんと伝えたのかはわからないけれど、深雪の指示通りに動け、との短い命令に彼女はすんなりと従った。

女性らしい丸みを帯びた作りだけれど、見かけだけなのね。中を見れば人形よりもロボット感が強かった。

 

「足を一歩ずつ前に出して、そう。次はこれに足を通して。左から、うん。その調子よ。次は、っみぎを」

 

おかしい。スカートを履かせようと屈んで見上げたら、ピクシーと目が合って、途端に背筋を撫でるように触手が動いた。

先ほどまで従順に指示に従っていたはずなのに。

視線を向けられただけのはず。魔法は使っていないのに、急にパラサイトとしての気配が強まった。

 

「深雪、どうした?」

「いえ、何でもありません」

 

言葉が詰まったことでお兄様が不審に気づいたのか。しかしここで心配されることがあってはならない。

別にパラサイトに、ピクシーに私を攻撃する意図はない。お兄様がそれを許さないことはすでに命令していたから。

この場に居る三人に攻撃をしてはならない、と。

だからただ観察をしているだけだとわかっているのだけれど、視線を感じるだけで体を撫でまわすような感覚が。

ちょこっとだけ感度を下げようか?でもいくら学校ではなく青山墓地で強襲を受ける原作を知っていても、もしかしたらずれが生じているかもしれない可能性も捨てきれない。

遮断するのは怖かった。ならば練習した成果を今出すべきなのか?だがそれもほのかの前でするとなると説明しなければならなくなる。それはできない。

・・・我慢一択か。

 

「次は両手を上に伸ばして。そのままで待っていてね。――っ、袖が通ったわ。もう動いて大丈夫よ。あ、あとはジャケットね。もう少しだから我慢してね、っ」

 

私も我慢するから~、と内心泣きながら震える指先を叱咤して服を着せていく。

なんの拷問なんだろう。半泣きである。表ですら半泣きが抑えられなかった。

二人共背を向けているので見ているのはピクシーだけだ。

彼女は観察はしていても余計なことは言わないので助かった。

しかし、いったい何をそんなに観察されているというのか。おかしなところあったかな。

オーバージャケットも羽織らせて、最後の仕上げにマフラーをしてあげれば、可愛い女の子の出来上がりだ。

これなら街中を歩いていても紛れられる恰好。

流石プロフェッショナルの選んだ服は違うね。

・・・お兄様の部隊にもそういうのに詳しい人がいるってことはやっぱりそう言った活動もされるのだろうか――なんて考えてはいけない。

お兄様はやっぱりロミトラの技術が仕込まれているとか、そんなこと考えちゃいけないのだ。

 

「兄さん、もう振り向いて大丈夫。ほのかもありがとう」

 

ほのかちゃんの場合、役得だったと思うけれどお礼はちゃんと言っておかないとね。口実を私が与えたなんて思われるとちょっと都合が悪いと思うので。

着替えが終わり、お兄様がピクシーに向き直ったことで彼女の視線が外れて、身体を這いまわっていたモノは無くなった。ほっ。

こうしてお忍びの恰好へチェンジして、私たちは学校を後にした。

 

 

――

 

 

ほのかちゃんは一人暮らしだ。自活できてえらいね。

部屋に上がらせてもらって、お茶を淹れる際、ピクシーとのひと悶着があったりしたけどキッチンの主として勝利を勝ち取ったほのかちゃんの元にちょっとお邪魔して。

 

「ほのか、お茶をゆっくり飲むぐらいの時間は確保するから、ちゃんと実用性も兼ねた服を選んで頂戴」

「!・・・ありがとう」

 

私の言いたいことが通じたらしい。

恋する乙女だものね。可愛い服を5分で選べなんて焦っておかしくなってしまうかもしれない。

じっくり選んできて。時間は私が稼ぐから、と。

ちょっと騙しているようで心苦しいけれどウィンウィンということで許してほしい。

バタン、と扉が閉まると同時に、お兄様に小声で話しかけた。

 

「あの、少しよろしいでしょうか」

「さっき様子がおかしかったことについてか?」

「・・・お見通しだったのですね」

 

うわーん、やっぱり気付かれてた。

お兄様が私の変化に気付かないわけなかったけれど、こういう時困る。

 

「テレパシーは使っていたが、魔法を使っている痕跡は見えなかった」

「それは、はい。私もそう思います。だからピクシーに確認しようと思ったのですが。反応があったのは視線を向けられた時です」

 

ピクシーは現在無表情でお兄様だけを見つめている。

だから今はクッションが背中に当たっているような感覚だけで済んでいるのだけど。

 

「お兄様、ほのかには少しゆっくり着替えてくるようにお願いしました。この時間で実験をしたいのですが」

「・・・仕方ない、か。ピクシー」

『はい』

 

口も動かない返事は私には聞こえていない。けどテレパシーは聴覚で羽音として捉えているので何か言ったということはわかっている。

 

「深雪にもテレパシーを同時に飛ばすことは可能か?」

『はい』

「では一時的に深雪にも聞こえるように。俺がいいと言うまで深雪の指示に従え」

『畏まりました』

 

おお。聞こえた。可愛い声。癒し系。

 

「よろしくねピクシー、」

 

おっと、さっそく視線が向いてでろん、と撫でられる感覚が。

早いよ。もう少し余裕が欲しかった。

 

「深雪、今の反応は?」

「え、と・・・その、撫でられた感覚、と言いますか」

 

いちいち確認されるの?それはちょっと勘弁願いたい。

 

「私もいろいろ把握したいので、あとで纏めてでもよろしいですか?」

 

そしてできればそのままなあなあになって消えていくことを希望します!

お兄様も時間が無いことはわかっているのでそれ以上口を挟むことは無かった。

一つ、大きく深呼吸をして彼女に向き直る。

うう、うねらないで。

 

「ピクシー、そのまま私を見ていて」

 

じっとこちらを見つめて動いていないのに、触手は動く。

 

「んっ、ピクシー。今あなたが見ているのは私の全体?」

『はい』

 

ブブッと耳元で鳴ると同時に返答。このタイミングで音が届くのね。

全体を見ているからつま先からてっぺんまで動くのかしら。幾本の触手が前から後ろから纏わりつく感じ。

気色悪いのになんだろう、相手がピクシーだからか恐怖は和らいだ気がする。現金だね。

相手の正体が枯れすすきだってわかったら気分が和らいじゃう。・・・だからだろうか、動きは変わってないはずなのに、なぜか嫌悪感も薄らいできた。

・・・つまり、その・・・感じ方が変わってきたというか・・・

 

(っええい、前世の無駄な記憶が私を苦しませる!)

 

煩悩を払わねば。検証できる時間が限られているのだから。

 

「右腕だけを見ることはできる?」

 

そう言って腕を掲げると全体を這いまわっていた触手が一気に右腕に集中した。

やっぱり、視線を向けた個所に絡むみたい。

・・・腕だけなら大丈夫かな、と思ったのだけど右腕全体をまさぐられて、自身の弱い部分を知る。

二の腕の内側と脇の辺りは特にくすぐったく、手のひらも、指の股を擦るように往復されるとなんとも言えない気持ちにさせられる。

はっきり言うと、うん。まずい。変な声が出そうになるのを左手で押さえて身を捩って横を向く。

概念が相手なので触れることも敵わず、よって引きはがすこともできない。

指示を出したくても口を開くわけにもいかず、ここでようやく私は魔法を使うことにした。

CADを震える指で操作して、円の結界を構築する。体の内から右腕側に向けて徐々に円を広げて腕全体を覆っていく。

すると腕から触手が剥がれた。・・・助かった・・・。

 

「ふ、う・・・。な、何とか特訓の成果が」

 

ヤバかった。もう少し遅ければ正常な判断もできなくなりそうなくらいには追い詰められていた。安心してほう、と息が漏れた。

吐息が若干熱っぽいことに気付かれていないことを祈りつつ解放された腕を擦る。

・・・実際に触手に触れてないのだから濡れてないはずなのに、どうしてこんなにしっとりと、と思ったら私が緊張して汗が出ていたらしい。

今もなおピクシーは右腕を見つめている。その動きは感じることはできるけれど、先ほどまでの直接的な刺激は無い。

これなら見られている箇所も安心して確認できる。

では次のステップに進もう。

 

「ランダムに視線を動かすことはできる?例えば右腕の次は左腕、とか足とか」

 

こちらで指示を出さなくても視線を移動してもらえるか聞くと、答えるより早く彼女は視線を動かしたらしい。

 

「ちょ、ま――ゃんっ!」

 

右腕しか守っていなかったので無防備なところを――そのまま視線をスライドさせたのだろう、いきなり胸に触手が這った。

思わず両腕でそこを抑えて蹲る。衝撃で右腕の結界も外れてしまい、慌ててCADで再構築する。今度は部分ではなく全身に。

そして剥がれていく触手たち。・・・気まずい。

こらえきれずに変な声が出てしまった。お兄様の方に視線を向けられない。無言がありがたくもあるけれど、反面とても怖かった。

ピクシーはお構いなしに視線をいろんなところに飛ばしてくるが、何とかガードできている。

できているけれど、物理法則は無視なのね。正座しているのに脛も撫でられた。床と密着していようとも関係ないのか。

 

「ありがとうピクシー。視線はもう普通に戻してくれていいわ」

 

こう言ったのは、彼女の普通の視線を知りたかったから。

案の定、彼女の普通は普通じゃなかった。全身を俯瞰して見えるのか。

正面も背後も関係なしに触手が這いまわる。超生物の視点ってすごい。

うーん、焦ったから体感長く感じたけれど、そんなに時間が経っていなかった。

ならもう少し踏み込むべき、よね。もう結構精神が疲れたのだけど、こんな機会いつ巡ってくるかわからないから。

 

「ピクシー、次は敵対するつもりで見てもらえる?」

 

すると私の描く円が歪んだ。一気に力強くうねりだす触手。情報強化して円を保とうとするけれど、情報思念体である彼女らの方が干渉が浸透しやすいのか、領域を侵されそうになる。

抵抗するようにさらに結界を強めてようやく形を保つことに成功。

このくらいの制御が必要なのね。息を吸うレベルで、というほど楽ではないが、ちょっと意識すれば問題ないくらい。

これに実際魔法を使用されたらもっと強化しないといけないだろうけれど、長時間相手することもない。短期決戦なら余裕で持ちこたえることができるだろう。

 

「助かったわ、ピクシー。実験は終了よ。お兄様、ピクシーをお貸しいただいてありがとうございました」

「もういいんだな」

「はい。恐らく掴めたと思います」

 

ご静観というご協力ありがとうございました。

 

 

――

 

 

ふう、と一息つくと、お兄様からも重いため息が。・・・もしかしなくても我慢させてましたよね。

 

「お兄様、ご心配おかけしました」

「・・・いや。お前には必要なことだったのは理解しているつもりだよ」

 

お兄様がぽん、と私の頭に手を置いて。

 

「俺にはどうにもできないということがこれほど苦痛だとはな」

「申し訳ありませんでした」

 

謝罪すると手がするりと滑り落ちて頬を撫でた。

 

「少しだけ、抱きしめさせてくれないか」

 

眉をしかめたままのお兄様にお願いされれば、たとえこの場がほのかちゃんの家であろうとも聞かざるを得ない。

 

「そんな顔をさせてしまってごめんなさい」

 

腕を前に出すと、お兄様が引っ張って抱きしめる。座ったままなので崩れてしな垂れかかる様な形になってしまったけれど、それをさらに掻き抱くように引き寄せて。

 

「深雪がよく俺に言う気持ちがわかったよ。心配だけはさせてくれ。お前の体に傷が無いとわかっていてもお前が不快に感じたのは事実。・・・辛かったな」

 

うう、お兄様が優しすぎて辛い。ぎゅうっと抱きついて返事にするのだけど、――ちょ、ちょっと待とうかピクシーちゃん!?

このタイミングでなぜ私を見た?!

 

「ふ、んんっ!」

 

突然襲う感覚にくぐもった声を出して、感覚から逃れるようにお兄様の胸に頭を擦り付けながらしがみつく。

 

「ピクシー。もう深雪を視なくていい」

『畏まりました』

 

・・・そういえばお兄様のいいという号令が無かったですもんね。

恥ずかしくて顔があげられない・・・。私は一体友人の家で何をしているのだろう?

 

「深雪、大丈夫か?」

「・・・申し訳ありません」

 

正直大丈夫じゃないです。

どういうわけかお兄様が触れている箇所にまとわりつかれてですね、感覚が少し残っている。

もしかしてお兄様から引きはがしたいとか考えていたり?今の触手の動きがどういったものかわからなかった。

お兄様にはどこに触れられたかわからないはずなのに、動かないでいてくれているおかげで、何とか平静を保てていた。ありがとうお兄様。

しばらくして落ち着いたので腕の力を弱めると、お兄様もゆっくりと体を解放してくれた。

冷めたお茶が火照った体にちょうどいい。

 

「ピクシーはこんなに可愛いのに・・・」

 

どうして素直に撫で繰り回せない仕様になってしまったのか・・・。

 

「深雪は無機物でも可愛がりたいのか?」

「?ピクシーにはすでに意思がありますでしょう?それに、無機物であればその方が好きに撫でられますよね」

 

ぬいは嫌がらない。思うままに撫でくり回せます。だからといって雑に扱ったりしませんけどね。

そう言ったらお兄様は複雑なお顔で納得いかない模様。

 

「お人形遊びで人形を愛でる子供と同じです」

 

気分的には同じでもおっきいお友達がすると意味合い変わっちゃいますけどね。

 

「・・・深雪の範囲は広いな」

 

すみません。基本的には広く浅くなタイプです。手あたり次第の雑食なんです。

 

「ということでお兄様、まだ時間があるのでしたらピクシーの髪を梳いてもよろしいでしょうか」

「・・・深雪のそのポーチにはそんなものも入っているのか」

 

お人形さん用ではなく自分用ですけどね。その人工毛はどこに拘っているのかというくらいサラサラです。キューティクルっぽいモノも感じますね。だから外を出歩いても違和感ないのだけど。

 

「ピクシーに聞いていただいてもよろしいですか?」

 

意志ある者に勝手に触れるもの失礼な話だからね。

 

「・・・ピクシー、深雪に付き合ってやってくれ。その際けして視線を向けないように」

『畏まりました』

 

わーい。お兄様公認でお人形遊びの許可が出た。

 

「わぁ。見た目だけでなく本当にサラサラですねぇ。職人さんのこだわりを感じます。可愛い。本物の女の子みたいですね」

 

後頭部の曲線も前髪のかかるおでこもそれっぽく作っているのではなく、それに見えるようにという強いこだわりを感じる。それなのにボディはあれなのか、と思わなくもないけれど、服を着せてしまえば見えない場所ですしね。

 

「髪型を時折変えてあげるのもいいですね。両サイド編み込みしても似合うでしょうし」

 

その時ブブッと羽音が通り抜ける。テレパシーだね。

 

「・・・深雪、ピクシーがお前に聞きたいことがあるそうだ」

「なんでしょう?」

「どうしてこんなことをするのか、と」

「どうして、ですか?可愛い子を可愛く着飾りたいという欲求は女の子に多い特有の思考かもしれませんね。ピクシーはとても可愛いから、もっと魅力的にしたくなってしまうのよ」

「・・・深雪は可愛いモノに目が無いからな。ピクシーはお眼鏡にかなったということか」

 

お兄様の言葉にブンッとまた音が。

しかしそれにはお兄様は顔を顰めて。

 

「ノーコメントだ」

 

・・・いったい何を聞かれたのでしょうか。気になる、というところでほのかちゃんが出てきてこの話は終了。

うむ。ほのかちゃん可愛らしい恰好。それでいてちゃんとあったかくて動きやすい恰好みたいだね。可愛い姿にテンション上がります。

さて、それでは気合を入れなおして参りましょうかね。

 

 

――

 

 

まさか人の視線に安心する日が来るとは思わなかった。

彼らの視線には何も付きまとったりしないからね。緊張しなくて済む。

それにしてもたくさんの視線を感じますね。素人ですかと言いたくなるけれど、悲しいことに彼らはこの国所属のプロだ。

大丈夫ですか?結構バレバレですけれど。お兄様もちょっぴりあきれ顔。

でもこれから向かう青山霊園に彼らが付いてくることはよろしくない。

だからお兄様はほのかちゃんに期待の声を掛けていた。

もしも誰かに見咎められた時は、ほのかちゃんが何とかしてくれるだろう?と。

しかし決定的に言葉が足りない。重要な部分が抜け落ちていた。

だからちょっとばかし付け足しを。

 

「ええ、あの時のほのかの光学迷彩の技術は素晴らしかったから。ほのか、今回も期待しているわよ」

「うん、任せて!」

 

・・・これで自然にフォローできたかな。

ほのかちゃんには負担を掛けちゃうかもしれないけれど、その分ピクシーが守ってくれるから。

イビル・アイ使ったほうが、動きやすいのは確かだけれど、今後妙に警戒されるようなことは減らした方が良いと思うわけでして。

 

(軍の方も合法まがいの手段だから逮捕までしないだろうけど、ブラックリストに載らないとは限らないから)

 

少しでも綺麗なままの貴女でいてほしい。私のわがままです。

 

『マスター、パラサイトが三体、接近中です』

 

青山霊園近くまで来たところでピクシーの警告が。

私の方もクッション圧と共にぞわっとした感触が同時にきた。複数いると感じが変わるね。

多少動揺はしたけれど、すぐに結界を発動。先ほどの訓練のお陰で加減調整ができるようになりました。

お兄様がほのかちゃんに合図を送って光学迷彩の魔法が構築され、パラサイトたちの眼は欺けないけれど、軍部の目と防犯システムのカメラの目は誤魔化せた模様。・・・これってかなりすごい技術だよ。吉田くんの結界もそうだけど、みんなレベル高い。

 

「ありがとう、ほのか」

 

お兄様も感心して褒めます。よかったね。ほのかちゃん喜びたいけど状況が状況だから抑え気味。

それでも身を捩って喜んでるから、抑えてなかったらどうなっちゃってたんだろうね。

 

(わあ、見失った大人たちの右往左往している感じが伝わってくるね。視線が錯綜してます。やーい、見失ってやんの)

 

・・・七草家の息のかかった人たちってあまり好きになれないのでね。心の中であっかんべーを。

と遊んでいる場合じゃなかったのでした。

ピクシーの言葉通り、パラサイト憑きが三体現れた。

ここからが本番です。

お兄様が携帯端末をささっと操作した後、懐から愛機『トライデント』を抜いて腕を垂らして待ち構える姿勢を取った。

その後ろを守るように私がCADを手の中に収めて立ち、その中間、お兄様寄りに立ってほのかちゃんはブレスレット型CADに手を掛けながら周囲を警戒していた。

けれどあなたは光学迷彩頑張って――と思ったらあらラッキー。そちらの視線は完全に無くなってるね。別の場所へ捜索に回ったらしい。

藤林さんたちの監視の目は逃れられなくなるだろうけれど、むしろそっちはサポートしてくれる人たちでもあるからね。

お兄様も周囲の監視が外れたことに気付いたので、ほのかちゃんに解除させる。魔法の多重展開は難しいから。ここでそんな余裕はないだろうしね。

お兄様の先ほどの端末操作は恐らくエリカちゃん達への招待状かな。早く来てくれるといいのだけど。

顔が見える位置まで近寄ってきた彼らの顔は、どう見ても生きているように見えた。

でも生命力があるかと聞かれると、それはyesとは言いづらい。目に光が見えないのだ。

親し気な空気を装っていても、乾いているような、そんな印象。

マルテと名乗った男とお兄様はいくつか言葉を交わすうちに、空気はどんどん悪くなっていく。

男の空気に同調するように前後を挟むように立つモノたちの気配も変わる。

一触即発の中、お兄様の発言は止まらない。

ピクシーに対して、自身はどうしたいかを訊ね、彼女は強く反発してみせた。

パラサイトにとって宿主のことはそんなに大事なもののようには思えなかった。

壊れたら他の器へ、程度のはずだったはずだ。目の前のマルテ含め、彼らにとっては正にその考えによる提案だったのだろう。同胞本体に傷はつかないのだから。

けれど彼女は拒絶した。自己を失うことを恐れた。植え付けられた彼らの自我とは一味違う執着を見せたのだ。

その反応はマルテたちにとって予想外だっただろう。

救うつもりの同胞にまさか強い拒絶を向けられるなど思いもよらなかったに違いない。

彼らの宿主の祈りは、救いを求めるものではなく、恨み憎しみの負のエネルギーの詰まったもののようだったから、余計に理解できなかったかもしれない。

今彼らを突き動かしている理念は、宿主から読み取った知識による抑圧からの解放、虐げてきたモノたちへの復讐心によって構成されたものだ。

緊張した国家間の中、何処の国でも抱えている闇の部分。

非道な実験はいくら表で人道に反すると謳ったところで人の欲は無くならない。

宿主が壊れてもすぐに同じ思想の宿主は見つかるだろう。

――だけどこれがもし、ほのかちゃんのように誰かを想う心だったり、幸せを望むものであったならば――。

このように対峙することは無かったのではないだろうか。

きっとこんな騒ぎにも――と思ったけれど、吸血鬼騒ぎが無くなるわけじゃない。

彼らはどうあっても宿主が必要で、仲間を増やそうとするのだから。

そのために依り代が、寄生先が必要だから。どうあっても共存は難しい。今回のピクシーのような例外を除いて。

交渉は初めから破綻していた。

お兄様はパラサイトを初めから許すつもりなどなかったし、彼らも仲間の解放が目的だったから、その仲間が魔法師とは言え人間の所有物に成り下がった時点で許し難い存在になったことだろう。

宿主の人間が軍人ということもあり、彼らの思考に基づいての行動は読みやすかった。

すぐに一対一の構図に分散された。

ほのかちゃんにピクシーが付いたのはお兄様の指示だ。私にまでなら眼が行くけれどほのかちゃんのカバーまでは難しいとの判断によるものだろう。

一人で戦わせてくれるだけ、信頼されていると思いたい。

 

 

――

 

 

対峙すると一気に触手が襲い掛かるけれど、すでに展開していた結界が感覚を和らげていたおかげで、攻撃を仕掛けるタイミングを教えてくれる。

遅れてどのような魔法を使うかはサイオンで伝わってくるから、攻撃を打ち消すことは難しくなかった。

ぶつかり合うサイオンが一帯に広がっていく。綺麗な光だけれど、リーナちゃんの時のような感動は無い。

今、私がすることは時間を稼ぐこと。お兄様が相手を倒すタイミングで体を拘束しておけば自爆も何もできないはず。

・・・それよりも先にほのかちゃんのカバーに入ることも考えたのだけど、今ほのかちゃんのカバーに入ることは恐らく――彼女に恨まれることになる。

お兄様の役に立ちたい、足手まといにはなりたくない。

その一心で立っている彼女に、ライバル、ではないけれどそのような存在に助けられたりしたら複雑を通り越して憎しみさえ生んでしまうかもしれない。

恋する乙女の思考回路は取扱注意なのだ。

危険だけれど仕方がない。

 

「なぜこちらの攻撃が通じない!?」

 

あら、おしゃべりできるのですね。

対峙していたパラサイトが焦るような声で魔法を打ってくるけれど、それはお見通しよ、とばかりに打ち消していく。ふざけられるくらいには余裕があります。

 

「一つ窺いたいことがあるのですけれど、よろしいかしら?」

 

攻撃が止んだわけではない。今も激しく光の乱舞は起きている。

相手の返答も待たず、私は続けた。

 

「あなた方は自身をデーモン、と呼びましたが、それはなぜです?」

「なぜ、だと?お前たちがそう名称付けたのだろう」

「お前たち、というのはアメリカのニュースのことを指しているのでしょうか?USNAの軍部ではあなた方のことをデーモンではなくパラサイトと認識していたはずです」

 

リーナちゃんはしっかりとそう彼らのことを呼んでいた。

恐らくだけど彼らの宿主はそんな存在がいることを知り得る立場ではなかったと思うから、持っていた知識ではないはずだ。

パラサイトやデーモンなどが跋扈していたらもっと知名度があっていいはずだからね。

吉田くんみたいな家でない限りそんな言葉が出てくるはずはない。

宗教的には可能性は無くはないけれどね。あちらのお国は今でも信仰している人は多いから。人間主義者の根本もそこが絡んでいたりする。悪魔祓いは未だに行われているからデーモンと呼ぶことはそこまで違和感ではない。

けれどもし――そうではなく、日本のごく一部の魔法師、お兄様やお兄様周辺の魔法師に向けての挑発なのだとしたら――デーモンと呼ばれたお兄様への当てこすりなのだとしたら、許せない。

 

「どちらもお前らが勝手につけた名だ。我々にそのような名称は無い。ただその方がわかりやすいから使用しているだけに過ぎない」

 

うーん、どっちだ?わからない。けど一つ分かったのは、彼らは彼らなりに流儀があって、意思伝達を効率良くするためか、こちらに寄り添った話し方をしてくれるらしい。

各国の外交官なんかよりよっぽど親切だ。

そう思ったら口調も砕けたものになった。

 

「貴方たちの思考は素敵ね。きっと間に人間なんて挟まなければ、まさに理想なのかもしれない」

 

共同体だから意見が対立することもない、共に分かち合い、手を差し伸べ合い、本来であれば仲間同士の争いなんてあり得ない、相互理解し合える関係。

元が一つの思念体だから、同じ一つの考えから派生しているのだからなのだろうけれど、彼らだけであれば欲は単純な願いだけ。

そしてその願いだけならば、仲間たちで争うことなど生じるはずがない。ただ平和に揺蕩う暮らし。

面白いかどうかは別としても、これは一種の、究極の幸福の形なのかもしれない。

 

「受け入れられるということは、相手を理解することだから――その願いを聞き入れて行動しようとする貴方たちを、どうして悪魔と呼べるのかしら」

 

デーモンなんて、センスの悪い。

取り憑いた人間が、たまたま攻撃的な感情を有していたからなのだろうけれど、彼らが自らの意思で叶えたかったのは、ただ仲間を増やすことだけだったのに。

 

「先ほどから何を言っている!!」

「ごめんなさい。ただの独り言よ」

 

でもその独り言が相手の感情を逆なでしてしまったみたい。触手がびったんびったんぶつかってきた。この反応は初めてです。

攻撃も大雑把。感情的になって八つ当たりみたいな攻撃になってるからかな。

これなら干渉力を強めればサイオンのコントロールは奪えそうね。

 

「私にとって貴方たちはデーモンなんて呼び恐れることなんてない、って思っただけ。純粋で綺麗なモノを美しいと思いこそすれ、どうして恐れなければならないのかって。そう思ったのよ」

 

そろそろお兄様の方が終わりそうだ。

こちらも動かなければ、と体という器に縛りつけられたまま、自爆しないよう体を拘束させてもらうことにする。

事象干渉力が冷気を伴い相手に襲い掛かる。

そこにCADで細かな指示を送れば見事に服だけが凍り付いた。

厚めに凍らせてもらったので壊すことも難しい。一種の、厚手の鎧のようになっている。重くてかたくて身動きが取れなくなり、バランスを崩した相手は倒れてしまった。

 

「貴方たちは透明な水のよう。なんにでも染まれるし、なんにでも変われる。貴方たちが選ぶ宿主が、惹かれた願いが負によるものでなければ、こうして争うこともなく、手を取り合うこともあったかもしれない。

ピクシーの受けた祈りの原動力を知っている?『愛』よ。人を想う心から生まれた愛。そこには貴方たちと同じ負の感情もあるけれど、根底にあるモノが違うの。――だから私は彼女が好きよ」

「それは!お前に都合がいいものだからだろう!!」

 

あら、意外に人の話を聞いてくれるみたい。しかもちゃんと理解もできるのね。

人間同士より話がしやすいかもしれない。

 

「それはそうね。あの子は私の大事なものを守ってくれる。だから好きでもあるのだけれど、好きになるきっかけの一つね。まだ付き合いは浅いけれど、自分の好きなものを好きな人に悪い人はいない理論かしら。多分私は、彼女が私の大事なものを好きでいてくれる限り、彼女のことを好きになる。でもそれは、貴方たちも同じじゃない?」

「なんだと?」

「同じ考えを持つ同士だから大切。同じ思想じゃなくなったから排除する。今貴方たちがピクシーにしていることってそういうことでしょう?」

「・・・・・・・・・」

 

何か言いたそうに口を開くけれど、言葉にならないようだ。彼らもこんな混乱するんだね。それとも宿主の影響かな。とても人間らしい。

触手が、攻撃モードから観察モードに移行していた。

暴れることを止めてくれたおかげで少し周りを見る余裕ができた。

もちろん干渉力を場に敷いて魔法を発動させないようにはしているけどね。油断はしません。

お兄様は少し離れているので目視は難しい。けれどほのかちゃんは障害物のない所にいたので防戦一方なのがよく見えた。

先ほどまで繊細な光学迷彩の魔法を展開していたのだ。消耗していてもおかしくないけれど、元々彼女は対人で訓練をしてきていない。

直接戦うことなんて初めての経験だろう。横浜でも彼女はサポートがメインだったから。

ましてや相手はナイフを持っている。

魔法師同士の遠距離攻撃ならまだしも近接となれば彼女たちでは不利だ。心配して見つめる先で、パラサイトが魔法を纏った刃でほのかちゃんの服を切り裂いた!

 

「兄さん!」

 

先に述べた通りの理由で私はほのかちゃんのフォローには入れない。こんな時に、と思うかもしれないけれど、ピクシーがいるからこその余裕でもある。

 

「ほのか!」

「大丈夫です!」

 

お兄様の声に元気に返すけど大丈夫じゃないよ!玉のお肌に傷が付いちゃうよ!!

好きな人にかっこつけたいは男女関係ないのね。――想いが力に変わる、なんて素晴らしきかな王道パターン。大好き。

ほのかちゃんの髪飾りに不思議パワーが注入されて、呼応するようにピクシーが力を解き放つ。

どんな原理が働いてたんだろうね。とんでもないエネルギーがその場にあふれ、私が掌握していた一帯の干渉力が揺らいだ。

 

「ピクシー、偉いわ」

 

ここからではいかなピクシーでもこの程度のつぶやきは聞こえないだろうけど、褒めずにはいられなかった。

お兄様の指示通りちゃんとほのかちゃんを守るピクシー、いい子。やっぱり直に褒めてあげたい。

なによりすごいね。原作よりも強いらしい私の事象干渉を揺らがせるんだ。

だけどその揺らぎの隙を突いて魔法で拘束を解いたりとか暴れたりとかするかと思っていたのだけど、拘束していたパラサイトは身じろぎすらしなかった。やろうと思えばできたはずなのに、どうしたのだろう。

 

「・・・るい」

「え?」

 

小さなつぶやきが聞こえ、振り返った直後、パラサイトは苦しみだした。

お兄様の想子弾が当たったのだ。拘束されている範囲でのたうち回るパラサイト。先ほどまで言葉を交わしていただけに、ちょっとかわいそうに見えた。

同時にエビフライが食べたい、と思ったのは恐らくびったんびったんしている姿がエビに見えたんだろうな。ごめんね、貴方には死活問題なのに。

徐々に凄まじい光が完全に治まって、発信源を見ればほのかちゃんがふらふらと目を回していた。

 

「ほのか!」

 

慌てて駆け寄って倒れ込みそうなところに何とか間に合った。

けど、ごめんなさい。女の子に言うことじゃないとわかっているけど重い。

腕の力だけで支えるのは無理があり過ぎてせめてほのかちゃんのクッションになろうと抱き寄せたところで、力強い腕に支えられた。

慣れない感触――ピクシーだった。

 

 

――

 

 

「ありがとう、ピクシー。助かったわ」

 

ほっとして見上げたピクシーの表情は無表情だったけれど、どことなく柔らかく見える。ああ、目が細められているのだ。魔法ではなくボディの性能による動きのため、触手も動いていなかった。

・・・触手で思い出したけれど、あの強い光――サイコキネシスを放った時、触手の動きは無かった。温かい光に包まれるような、そんな感覚。恐らくほのかちゃんの力が影響したのだろう。

今後そちらを使ってくれないかな?と思わなくもないけれど、その度にほのかちゃんが倒れちゃったら悪いものね。

吹っ飛んだパラサイトも前の二人に続いてお兄様の想子弾を受けてもがき苦しんでいた。それに気づいているだろうにピクシーは無反応。

 

「・・・ピクシー、大丈夫?」

『大丈夫、とはどういう意味でしょうか?』

 

ブンッとの音と共に返事が返ってきた。・・・これって大丈夫の言葉の意味を聞かれているわけじゃないわよね。

 

「彼らは貴女にとって同胞だったのでしょう?辛くはない?」

『彼らはマスターの敵です』

 

そこが基準か。そもそも彼女自身破壊されそうだったのだ。

見限っても不思議じゃないか。

 

「ありがとう、ほのかを守ってくれて」

『マスターのご命令でした』

「ええ。ご苦労様。よくできたわね。偉いわ」

 

ほのかちゃんを抱えているので頭を撫でてあげられないのが残念だ。

腕の中のほのかちゃんはぐったりしている。意識はまだない。

その体をピクシーの代わりにいい子いい子と褒める。ほのかちゃんも頑張ったもんね。怖かっただろうによく立ち向かっていたと思う。

ピクシーが動く私の手に注目しているらしいのは、触手の動きでわかるのだけど、もしかしてこれも警戒対象と思われたりしてないわよね?セクハラじゃないよ。褒めてるんだよ?

言い訳をすべきか悩んでいると優秀な耳がお兄様のつぶやきを拾った。

 

「しかしまずいな・・・」

 

ああ。さっきの魔法は目立ったでしょうからね。藤林さん、データの改ざんはよろしくお願いします!

 

「そうですね、お兄様。一旦この場を離れませんか?」

 

お兄様が私の言葉にちょこっと目を見開いてから何やら思案していると、助っ人とーじょー!

 

「達也くん!」

「ゴメン、遅くなった!」

 

エリカちゃんと吉田くん、・・・そしてもう一人、西城くんも遅れてやってきた。

ナイスタイミングです。

でもお兄様にはそうじゃなかったみたいで。

 

「えっと・・・達也?何だか、顔が怖いよ?」

「俺は強面だからな」

 

え、お兄様強面?そうかな。綺麗なお顔立ちですよ。

 

「いや、強面っていうのは微妙にそういう意味じゃないというか・・・意識してやってるなら余計怖いんだけど」

 

びくびくお兄様におびえる吉田くん。・・・うーん、達幹?じゃなくて。ごめんね吉田くん。お兄様も大変だったのですよ。

西城くんにも声を掛けるけれど、こちらは普通に返していた。吉田くんいじめ好きだねお兄様。

彼はプライド高いから身内にだけなら揶揄われてくれるタイプ。お兄様気を許してもらってるようでなによりです。

と微笑ましく見ていたら腕の中で反応が。ほのかちゃんが目を覚ましたみたい。

 

「ほのか、大丈夫?」

 

お兄様たちはまだお話し中だったのでこっそり声を掛けます。

 

「あれ、私・・・」

「ピクシーが貴女を守ってくれたの。その時ほのかは気を失ってしまって。どこか痛むところはない?頭が痛いとか」

「・・・大丈夫。どこも痛くない」

 

よかった。怪我はないみたいだし、ピクシーの魔法の副作用もないみたい。ほっと安心です。

お兄様が視線を向けたのでほのかちゃんの手を取って強制的にお手振りを。元気アピール。

お兄様が口元を弛めたことでほのかちゃんがぼん、と顔を赤くしちゃってまたくったりしてしまったけど、今度は意識があるので大丈夫。

他の三人もほのかちゃんに気付いて手を振ってくれた。心配してくれてたものね。

倒れているパラサイトの話になったんだけど、彼らは戦いの装備はしてきていても、回収の準備はしてきていないようだった。

エリカちゃんちの人たちは呼べばすぐ来るから倒した後に回収させるつもりだったのかな。

彼らも助っ人に来てまさかすでに戦闘が終わっているとは思っていなかったのだろう。

吉田くんちに運ぶことで合意したところで、エリカちゃんから早く帰った方が良い、との助言が。

お兄様ピンと来ていないようだけれど、ピクシーとほのかちゃんの恰好を指摘されて口をつぐんだ。

服の一部に切れ込み入っちゃってますからね。ダメージファッションにしてはちょっとやり過ぎ感。

この恰好では見咎められても何も言い訳できないから。

その後どうなるか見たかっただろうけれど、お兄様だけ残って私たちだけ帰すという選択肢は無いだろうから。

これもパラサイトを連れ去られるための予定調和です。車を呼んで移動することになった。

 

 

――

 

 

ほのかちゃんちにコミューターのままではいけないことに気付いて、駅でキャビネットに乗り換えた。

お兄様の横に座るのは誰か、とほのかちゃんが一瞬身構えたけど、気にしなくていいですよ。私はピクシーと座ります。

お兄様から視線を受けたけど、お兄様は確かめたいことがおありでしょう?

ピクシーはお兄様の傍に居たいようだけれど、正面は譲ってあげるから我慢して。

 

「あの、達也さん・・・?」

「送っていくよ」

 

お兄様の言葉に恐縮するほのかちゃんだけれど、嬉しさが隠しきれてません。

好きな人に送ってもらえるってそれだけで嬉しいことだものね。・・・この調子じゃ、二人きりでデートしたらどうなっちゃうんだろうね。今のうちに慣れるといいのだけど。

動き出したキャビネットの中、お兄様はピクシーを見て、隣のほのかちゃんを見て、を三回ほど繰り返していた。

おかげでほのかちゃんはそのたびにびくびくしていた。可愛い。小動物みたい。

 

「兄さん、ほのかが困っちゃってるわ」

「ああ、悪い」

 

お兄様無意識でしたか。

無意識に観察しちゃう辺りやっぱり四葉の研究魂は受け継がれてますよね。探求心?

 

「三人とも、今夜はご苦労様」

 

行く前はピクシーに対してただの3Hに向けての対応、ロボットに対してる時と同じ物の扱いだったのに、今では人数として数えている。心境の変化が速い。

労いの言葉を掛けられて私はにっこり、ほのかちゃんは真っ赤に、ピクシーと言えば表情を念動力で変えることは禁止されたままなので目を細めるだけだったけれど、それでも嬉しそうに見えた。

 

「それで、ええと、ほのか。何と言えばいいのか・・・脱力感などは無いか?」

 

お兄様にしては歯切れの悪い言葉。どう尋ねていいのかまだ定まっていないのか、丁重に言葉を選んでいる。

唐突な問いかけに戸惑いながらほのかちゃんも戸惑いつつも首を振った。

 

「そうか・・・ピクシー。お前はどうだ。疲労・・・という表現は適切じゃないな。お前の本体を構築する想子や霊子の消耗を感じられないか?」

『消耗は自然回復が可能な範囲です、マスター』

「そうか」

 

顎に指を掛けて思案顔。かっこいいよね。ほのかちゃんが横顔にうっとり。ピクシーも熱心に見つめている。

・・・ハーレム会場かなここは。お兄様好きしかいない集まりだった。

なのにお兄様ったら――という冗談はここまでにして。心配しているのだから茶化すのは可哀想。

診断するように質問しているけれど、ただの好奇心ではなく、彼女たちの身を案じているのだとわかる。

 

「さっき、ピクシーが強力な念動力を放った時のことなんだが・・・ほのか、何が起こったか自覚はある?」

「いいえ、なんのことでしょう?」

 

ピンと来ていないほのかちゃん。客観的に見えないのだからしょうがない。

彼女は知らないのだ。あの瞬間の神秘的な光景を。

光が呼応して起こした軌跡の力を。

 

「冷静に聞いてほしいんだが」

 

前置きに、ほのかちゃんが固唾を飲んだのを見守ってから、お兄様は努めて冷静に伝える。

 

「ピクシーが念動を放つ直前、ほのかからピクシーに想子が供給されていた」

 

私にはそのラインは見えなかった。ただほのかちゃんの髪飾りが発光し、次いでピクシーにも光が宿ったように見えるだけだった。

 

「起動式を展開する際にCADへ想子を注入するプロセスに似ていた。呼び水・・・みたいなものかな。あるいは、共振か」

 

ほのかちゃんが怯えを含んだ視線をピクシーへ向けた。

魔法師と機械が想子をやり取りする。その現象自体は現代魔法の術者には馴染みのものだ。

だけど本来、ピクシーの「機体」にそのような能力は備わっていない。魔法師から直接想子を受け渡しする機能なんて初めから備わってないのだ。ただプログラミングされて動く機械に、自分で新たな機能を会得することは不可能。

つまり中にいるモノによって何かをされた、と思うのは必然で、ほのかちゃんが怯えるのも当然の反応とも言えた。

 

「美月はああ言っていたが・・・ほのかとピクシーの間には、やはりある種のパスが通じているようだ。そしてどうやら」

 

何やら苦々し気に、言い難そうにしているのはどうしてだろう。おかしなものを、というよりきっかけになるようなものを渡してしまったという後悔の念か。

 

「・・・どうやら、その媒体となっているのが、ほのかの髪飾りみたいなんだ」

 

その言葉に、ほのかは今日一番の驚きぶりを見せた。

 

「正確には、その水晶だな。一体、どういう理屈でそんなことになっているのかわからないが・・・」

 

ほのかの両手が髪飾りの水晶に触れる。無意識のもので、特に何らかの結果を意図したものではなかったのだと思う。

しかしその直後、推理を裏付けるような現象が生じた。

ピクシーの体、その胸の中央から霊的な光が放たれたのだ。

強い光ではない。視覚的に言えばランタン程度の明るさ。

けれどその関連を疑うには十分なほど同期性が強すぎた。

ほのかちゃんは奪われるのを恐れるように飾り玉を両手で包み込んで隠そうとする。健気だ。

お兄様から貰ったものだものね。離したくない、とお兄様相手でも不審に思ってしまったのだろう。でも安心して。

 

「原理的なことはひとまず置いといて・・・コントロール法を身に付けなくちゃな」

 

警戒する小動物を宥める口調で呟くお兄様に、警戒感を意外感に変えてほのかちゃんが見つめ返す。

お兄様は優しいから、あげたものを取り上げようとはしないよ。それがほのかちゃんに害にならない限り。

その確認は既に口頭だけだけど、本人たちの口から取れているしね。

 

「ほのか、頑張りましょうね」

 

どうやってコントロールすればいいのかわからないけれど、彼女も特訓することが決まった。

混乱気味のほのかちゃんにこぶしを握ってファイト、と応援すれば、こくんと頷き目に光を宿した。

そうそう、水晶が危険なものじゃないとはっきりすれば、それは常に身に着けられるお守りになるからね。

そんなやり取りを横目に、ピクシーに視線を移したお兄様は、とんだ爆弾発言をぽそり。

 

「とりあえず、ピクシーを買い取っておいて正解だったか」

 

・・・それって個人で買うにはとってもお高いお値段~。一高校生が買えないよ。ほのかちゃんはほへ~、とキャパオーバーで感心するだけだけど、正気に戻らないことを祈る。でないと大変な騒ぎになっちゃう。

今日はお兄様の方がうっかりね。

 

 

――

 

 

ほのかちゃんを部屋まで送り、ピクシーを元のガレージに置いてきて二人が家に帰ったのは日付こそ変わっていないものの真夜中と呼んで差支えのない時間だった。

普通に出歩いていたら補導される時間です。見咎められず帰ってこれてよかった。

お兄様とハグをしてから今日はぱぱっと着替えてぱぱっと食事。

そしてお風呂もささっと終えて、遅いこともあって今夜はコーヒータイムを省略したのだけど、ここで問題が一つ。

 

お兄様との語らいである。

 

これまで夜遅くにお兄様に絡むことを避けてきた。

深雪ちゃんがお兄様に遅くに絡む話はどれもちょっとしたラブハプニングがつきものだったからだ。

原作の深雪ちゃんは何かと理由を見つけてはお兄様の傍に寄りたいのだから、時間なんて関係なかったけれど、夜の雰囲気は彼女を妖しくさせていた。

九校戦ではお兄様の部屋で密会擬きをしたり、横浜事変でも、疲れてソファで沈んだお兄様にふらふら引き寄せられちゃったりと、それはもう深雪ちゃんはお兄様という蜜に蝶のように引き寄せられてしまう。

私がしっかりしていればそんなことにはならないだろうと思うだろうけれど、私だって深雪ちゃんに劣らずお兄様が好きなのだ。もちろんファンとして、だけど。

好きな人を目の前にしておかしな行動を取らずにいられるか、それは三年間過ごしてわかった。

結構高い確率で、私はおかしな行動を取る。

母を相手にしてもあれだけ不審がられる場面があったのだ。何かしでかす可能性があるならば避けるべきだ。

母がお兄様と違って私のすべてを受け入れてしまうことが無くてよかった。

妹のすべてを許容してしまうお兄様じゃ判断基準にならないからね。

だけど、今夜これから話すべき内容は重要なキーの一つでもある。

非魔法師と魔法師と人外生物の境界線がいかに曖昧であるか、お兄様に認識してもらうこと。

それが物語の重要なポイントとなる。

できることなら広い部屋で共にいる時間に済ませたかったけれど、タイミングが無かった。

なら明日にすれば、とも考えたが、この悩みは深く考える時間が無いからこそ、深みにはまる前にお兄様に吐露して解決してもらわないと、流れがおかしくなってしまう。

一晩寝かせて深刻な悩みになる前にお兄様に相談するから、意味がある。・・・つまり、今この時間がベストなのだ。

深雪ちゃんの頭脳は相変わらず優秀だ。結論を出すのが早い。心の準備が追いつかないほどに。

でも、大丈夫。私はこの先の展開が予測できている。

お兄様に寝かしつけてもらわないと寝られない、なんておねだりをしなければいいのだ。

相談だけしてすっと部屋を出ればいい。おやすみと笑って部屋を出ればいい。それでミッションコンプリートだ。

よし、と気合を入れてカーディガンを羽織って自室を出る。身に着けているのはいつものパジャマだ。

雫ちゃんに感化されてネグリジェなんて着ませんよ!あれは劇物。お兄様にどころか人様に見せられません。

こっそり自分で楽しむものです。あれは、うん。・・・眩しくて見れないほどにヤバかったとだけご報告します。

裸よりエロいよね。魅了アップの装備ヤバい。

頭を振って邪念を吹き飛ばして、いざ、お兄様の部屋に。

深く深呼吸してお兄様の部屋の扉をノックした。

 

 

――

 

 

達也視点

 

 

ノックされるより早く扉の向こうの気配に気づいていた。

どうやら深雪も寝られないらしい。

机の上に広げていた教材はそのままに、中に入ることを許可すると、深雪はしずしずと部屋に入ってきた。

不安なのか、カーディガンの襟を掴んでいる姿は、今すぐ抱きしめてあげたくなるほど庇護欲をそそられた。

だが、今の時刻は零時を回っており、ここは兄とは言え異性の部屋。

自制心を働かせて椅子から立ち上がると、ベッドに腰を下ろして隣を叩いた。

すぐに話して終わり、という雰囲気でないことは深雪の表情で分かったので、座るように促したのだが、彼女はためらいを見せて入り口から動かない。

だがずっと立っているのも、と視線をさ迷わせるも、この部屋の椅子は先ほどまで座っていた一脚のみ。

先ほどまで兄が座っていた椅子に座ることができないのだろう。

もう一度叩くと、深雪は意を決したように近づいて、「失礼します」と恐るおそる腰を下ろした。

ちょこん、と座るが、まるで空気椅子のようにほとんどベッドにのっていない。それではバランスが悪くないか?もう少し深く座った方が良い。

 

「深雪、遠慮することはないよ」

 

慎ましい妹らしい反応に苦笑して促せば、更に縮こまって少しだけ深く位置をずらす。

それでもお尻が半分くらいしか乗っていないのだけれど、これ以上無理強いすることでもないか。

手を伸ばしても触れることのできない距離を取っていることに、きちんと彼女も警戒心があるのだな、と感心するとともに、一抹の寂しさが過る。兄としてこの成長を喜ぶべきだろうに。

雑念を払って深雪の相談に耳を傾けようと顔を覗けば、不安に瞳を揺らしていた。

この時点でなぜ抱きしめられないのだろう、とすぐにまた雑念が湧くが、深雪の声に払拭される。

どうやら深雪は先のパラサイトたちの戦いの最中、違和感を覚えたらしかった。

それも、俺には思いもよらない発想で。

 

曰く、魔法とは、魔法師とは何なのかわからなくなったのだ、と。

 

 

「パラサイト――妖魔の使ったサイキック的な力と、私たちが使う魔法はプロセスは違えど、同じようなモノでした。最後のピクシーのあの攻撃も、だいぶ荒っぽいですが移動系魔法と同じ構成で・・・。妖魔が魔法師に取り憑いて宿主の魔法を行使しているのだと思っていました。けれど、そうではなかった」

 

ぽつり、ぽつりと零される言葉に、徐々に深雪が何を不安視しているのかが朧げに見えてくる。

 

「ピクシーの宿主はほのかではありません。機械の体です。けれどピクシーには移動系魔法は組み込まれていません。つまりあのサイキックは彼女の本体から生じたモノということになります」

 

魔法とサイキックは同じようなもの、と最初に確認されたのはこの定義を結び付ける為だったのか。

よって導き出した答えが、

 

「妖魔は私たちと同じ力を持っていることになります」

 

だから、わからなくなった。己が何なのか、と。――だが、俺はそれを強く否定したい。否定、しなければならない。

けして妖魔、パラサイトと魔法師は全くの別物であると。

確かに魔法がなぜ使えるかなど根本はわかっていない。使えて初めてどのような理屈かは考えられても起源が何かなど辿れない。

妖魔が先か、人間が先か。なんて調べようもない。

だがこの二つの力が同じだからと言って短絡的に結び付けていいものではない。

同じものであるなどと、錯覚することはないのだ。

 

「そもそもパラサイトの正体は、人間の精神に由来する独立情報体、と考えられている。人間の精神に由来するものなら、その力は人間に与えられたものだ。魔法師の魔法が妖魔に由来するのではなくて、妖魔の魔法が人間の魔法に由来するという考えだってできるんだよ」

 

そう、言葉を尽くして伝えれば、深雪は目を開閉させて鱗を落としたようにすっきりした瞳の色を取り戻した。

 

(――ああ、なんて純真なのだろう。俺の言葉をこんなにすんなりと聞き入れて)

 

もしこれが深雪を騙すための言葉だったならどうなってしまうのか。

ちゃんと気づいて騙されないで済むだろうか。

心配だ。悪い男に簡単に騙さてしまいそうな深雪に、俺はどう教えていけばいいのだろう?

二人の間は手を伸ばしても届かない距離だ。

ちょうど二人の間に手をついて身を捩って寄せれば、ぐっと距離が近づく。

ぎしり、とベッドが音を立てて軋み、下がった頭をもたげて深雪を見上げた。

何が始まるのか、と不思議そうに見つめる深雪の瞳は俺の動きを見逃さないようにと、しっかりとこちらを捉えていて、いつもとは違う視点で互いに見つめ合う形になった。

 

「深雪は深雪だ。俺の可愛くて大事な妹だよ。何も不安に思うことはない」

「・・・はい」

 

手を伸ばして彼女を支えていた手に触れると冷えていて、そういえば彼女は上着を羽織っているとはいえ寝間着なのだと思い出す。

きっちりと一番上までボタンを締めたシンプルな冬用のパジャマだ。

先日見た雫の寝間着とは違う、一般的なモノなのに、見慣れない恰好のせいか目が離せなくてじっくりと見てしまう。

上まで締められているといっても鎖骨の上あたりまでなので首がよく見える。

カーディガンを羽織っているので体のラインを見ることはできないが、胸元をつかんだままの手が少し引っ張っていることで丸みが一部浮き彫りになってしまっていることに本人は気付いていない。

見つめ続けていると徐々に赤みが差していく様が可愛らしい。

深雪の瞳に映る自分の口角が上がっていることに気付いた。当然深雪が気付かないわけがない。

目が揺らぐのは現在のこの状況を理解したから。近くで見つめられているとようやく気付いたのか。

それだけ深雪には深刻な悩みだったのだろう。

だが、彼女は自らが妖魔かもしれないと恐れたわけではない。それだけははっきりと分かった。

もしそうならば彼女は俺に相談しない。自分の問題ならば自分で抱え込む。そういう子だ。

だから恐らく、この発言はこれから起こるであろう人心の変調が予測できたことからくる不安だったのではないか。

優しいこの子のことだから、これから魔法師の立場が悪くなるかもしれないことを危惧したのか。

俺の時もそうだが、この子は人が迫害されることをひどく厭う。

そこで反発するでもなく摩擦を生まないために堪え忍び、辛抱強く周囲の意識改革を促したりという回りくどい手段を取ってまで、周囲に気を配る。4月の事件が正にそうだった。

自分がどう思われても堪えて、爆発させたところをまとめ上げ、最終的に現在二科生を見下す生徒はほとんどいなくなった。

むしろ背後に控える二科生たちに危機感を覚えて授業に真剣に取り組む一科生が増えたと聞いた。

二科生だと蔑む前に、一科生として努力しなければ、努力し続ける二科生に抜かれてしまう、という危機感が強くなったらしい。侮っていると足元をすくわれる、なんて、一年前の彼らが聞いたら一蹴するような笑い話が、今では真面目な話になるというのだから劇的な変化だろう。

おかげで人をひがむ暇もなく、互いに努力する姿を見るようになってお互い尊敬できる場面が生まれやすくなったようで、入学当時感じていた壁は無くなっていた。

深雪がその変化を自分のことのように嬉しそうに見つめていることを知っている。

生徒会室から窓の外を眺めては、一科生と二科生が一緒に帰る姿が増えたことを喜んでいた。

人のために、穏やかな生活のために、彼女はいつも自分が幸せになるためだと嘯いて、人の不幸を取り払っていく。

だから心配になる。彼女の優しさに気付く人間が増えれば増えるほど魅了される者は増えていくから。

 

(まさかその対象が人間のみならずパラサイトにまで及ぶとは思わなかったが)

 

深雪には聞き取れなかったようだが、あの時深雪と対峙していたあのパラサイトは確かにずるい、と言った。深雪を物欲しそうに見上げながら。

心配されるピクシーに、そして褒められるピクシーに対して嫉妬していたのだ。

それが宿主からもたらされた思考によってもたらされた感情なのか、今となっては知る由もないが、魔をも魅了する深雪にこれ以上触れさせてはならない、と何か訴えかけていたパラサイトの口を封じた。

深雪が悲しそうな目で見つめ、それを苦しみながらも眩しそうに見つめるパラサイトの様子に、駆け寄らずにいられたのは理性が働いていたからか、逆に思考が働かないほど衝撃を受けたからか。

ガレージにピクシーを戻した時もそうだった。

深雪はピクシーを労い、褒め、撫でて、抱きしめて。

彼女にとってはいつもの行動でも、ピクシーにとっては不明な行動だった。

何をしているのかわからない、とテレパシーを使ってまで伝えてきた。

感謝を伝えている、とだけ返すとピクシーは深雪を見つめ、深雪が体をもぞりと動かす。

視線を感じるだけでパラサイトの動きを察知してしまうらしいが、どうにも動きが普通ではない。

隠しているつもりだろうが、詰めた吐息を漏らす瞬間の深雪が頭から離れない。見てはいけないものを見ているような、そんな気持ちにさせられる。

それをピクシーも気にしているらしく、彼女の動向を動画に収めているがチェックするかと聞いてきた時には言葉に詰まった。

どうやら俺の心拍に影響したものを調べるため記録していたらしい。

聞いた時はなんてことを、と思ったが、明日にでもそのデータを専用のメモリに移してデータを消去させねばならない。万が一にも流出したらと思うと恐ろしい。

ピクシーはほのかの家の時点ですでに俺の心拍数を乱す深雪自身にも興味を持っていたらしい。

帰り際にはガレージを出る際には俺をマスターと、そして深雪のことを深雪様、と呼んで頭を下げていた。一体どんな心境の変化があったというのか。

・・・これは確実にほのかの思念とは別のモノが動いている、と察するにはあまりある状況だった。

だからこそ、深雪にはパラサイトと魔法師は別物である、と認識させねばならない。

もしも、万が一にも共に迫害され仲間意識でも芽生えたりしたら、――俺でも排除できないモノが増える。そんな確信があった。

 

「さて、夜も遅い。もう寝ないとね」

 

身を起こしながらそう言うと、深雪は安心したように頬を綻ばせる。

 

「そうですね。お話を聞いてくださりありがとうございます」

「どういたしまして。では行こうか」

 

けれど、続く俺の言葉にこてん、と首を傾げた。

 

「行くって、どちらにです?」

「深雪の寝室に」

「・・・そうですね。私はもう戻ります」

「俺も行くぞ」

 

深雪が一人で戻るとわざわざ口にしたけれど、俺の言っていることがわかっていてだということは、その前の沈黙が物語っていた。

だからはっきりと言葉にして伝えると深雪がぴょこっと小さくはねた。・・・初めて見る動きだな。可愛らしい。もう一回見られないだろうか。

 

「な、何故です?!私は一人でも寝られます!」

「うん、そうだね。だけど俺が不安なんだ。俺の言葉で安心してくれたのは嬉しい。けれど触れていた手がそんなにも冷えていたんだ。すぐに寝つけるとも限らないだろう?お前が安心して眠るまで、傍に居させてくれないか?」

 

卑怯な言い回しに、深雪は抵抗できるだろうか――なんて、結果はわかっているくせに。

己の性格の悪さに深雪が気付かないことを祈りつつ。

 

「・・・子供ではないですよ」

 

もちろんわかっている。もう、深雪を子ども扱いなどしていないのに、深雪にはまだそのように映るのか。

 

「子供か大人かなんて関係ないよ。不安な夜はきっとこれからもあるだろう。そんな時に深雪を一人にしたくないだけなんだ」

 

俺がそうしたい、と更に念押しすれば、俺の意思を尊重する深雪は折れた。

こくん、と頷いてくれた深雪を抱き寄せたくなるのを我慢して立ち上がると、深雪も続いて立ち上がった。

この瞬間、恥ずかしがらせてしまうと無かったことにされるかも、などとと懸念し自分を律しているなんて深雪には思いもしないだろう。

やっぱり深雪は純真過ぎる――こんな悪い男に騙されてしまうなんて。

可哀想に思う。けれど受け入れてくれることに喜ぶ自分もいて。

 

「ありがとう。俺のわがままを聞いてくれて」

「・・・困ったお兄様のわがままを聞くのも、妹の役目ですものね」

 

兄ならばともかく妹にそんな役目があると聞いたことはないが・・・深雪の言う妹の役目とは一体?

聞きたいことが増えたが、今夜はもう遅い。眠らせてあげなければ。

深雪の部屋は可愛らしい装飾はさほど無く、机に並べられている本が、唯一学生らしさが見えるくらいの落ち着いた部屋だった。

それでも女性らしさは感じられる内装と、小物が綺麗に整頓されていた。それから香りか。甘い、特有の香りに男の部屋ではないのだと実感させられる。

真直ぐとベッドに向かわせて、カーディガンを脱ぐ深雪を直接見ないように体ごと背けて、終わった頃に深雪を見れば、彼女はすでにベッドの上に上がっていた。

彼女の部屋の隅には丸い背もたれのない椅子が一脚置かれていて、それを引っ張り出して彼女の横に置き、座るとちょうどいい高さで横になる深雪を眺められた。

自然と手が伸びて頭を撫で頬に指を滑らせる。

しばし続けると恥ずかしがっている深雪が熱に浮かされているように瞳を潤ませ、頬を上気させた。

こんな姿を世の男たちが見たら一気に勘違いするだろうが、深雪にそんな意図は欠片もないことは誰よりも俺がわかっている。

 

「・・・お兄様、手を、繋いでいてくださいますか?」

 

手を止めることなく頬を撫でていると、深雪が手を伸ばしてきた。

可愛らしいお願いに、その柔らかい手を握ると、深雪はほっと安心したように微笑んでお礼を言う。

それだけで今日の疲れやいら立ちが浄化するようだ。

 

「あったかい」

 

はにかむ深雪に、思わず手に力が籠りそうになるのを抑える代わりに両手で挟み込んだ。

柔らかくてほっそりとした小さな手だ。

この手には魔法が宿っている。

この手で触れられてしまうと、それだけで幸福を得られるのだ。

 

「今日はお疲れ様。悪い夢なら俺が追い払ってあげるから、安心して眠りなさい」

「はい・・・」

 

そんなこと、できるはずもないとわかっているだろうに、深雪は安堵の笑みを浮かべて目を閉じる。

なんて、可愛い妹だろうか。

欲目を抜きにしてもウチの妹が一番だ。

 

「お兄様」

「ん?」

 

自分でも信じられないほど甘い声が出た。余程甘やかしたいという気持ちが表に出てしまったのだろう。

 

「お兄様も、おつかれさまでした」

「うん」

「しゅぎょうのせいかが出て、よかったですね」

「ああ。そうだな」

 

もう眠いだろうに、俺を労おうというのか。どこまでも深雪は俺に甘い。――甘すぎておかしくなりそうだ。

 

「ぜんぶおわったら、またえいがでもみたい、です」

「いいな。楽しみだ」

 

映画、か。またあの可愛い深雪が見られるなら、疲れも一気に吹き飛ぶだろう。全ての苦労が報われる瞬間だな。

 

「やくそく・・・」

「約束だ」

 

そんな幸せが約束されているのなら、俺はどんな困難も乗り越えられえるだろう。

それからすぐにすぅ、と深雪は眠りの世界に旅立っていった。手の力が抜けたところで手を離してやり布団へ戻してやる。

このまま握り続けてしまったら朝方までここから動けなくなってしまうから。

だけどもう少しだけ、と深雪の寝顔を見つめる。

俺の部屋で見たような不安など全く感じさせない、安心しきった寝顔だ。そんなもの、こんな兄に見せていいものではないのに。

起こすかもしれない、なんて過りつつも指の背で頬を撫でた。

 

(――しかし、深雪の不安は的中するだろう。すでにアメリカではその動きが活発だ)

 

人間主義者の発言に、まだ魔法師と妖魔を混同する内容のものは含まれていない。今は妖魔を引き込んだ魔法師のみをあげつらっている。だが、それも時間の問題だろう。

魔法師として高度な教育を受けている深雪が、魔法の一面だけを以て魔法師と妖魔を結び付けた。

魔法師を、人とは別のものとして区別して。

魔法のことをよく知っている深雪でもそういう思い込みに囚われるなら、魔法についてよく知らない、魔法師でない人々が、魔法師と魔性の人外を同列視しても不思議ではない。

魔法師を人外、「人ではない何か」と考えても、何の不思議でもない・・・。

 

「う、ん」

 

無意識に頬に触れるだけから弾力を楽しんでしまっていた。寝かしつけに来ていたのに、なんてことをしているのか。

 

「すまなかったね。もう邪魔はしないよ。おやすみ」

 

小声で謝って今度こそ手を離す。音もたてずに部屋を後にして自室に戻る。

深雪に触れていたからだろうか、あれだけ訪れなかった眠気が感じられた。今日はこのまま寝るとしよう。

そういえば、悪い男に気を付けるように注意するのを忘れたな。・・・しばらくはこのまま俺が排除すればいいか。

俺が傍に居て、深雪の傍に寄せるなど、ありえないのだから。

 

 

――

 

 

深雪視点

 

 

危険視したラッキースケベ・・・ラブハプニングは無かった!と、思う。なんで自信が無いのかって?

寝かしつけイベントが回避できなかったからだよ!なんでだろうね?私から誘わなかったよ?避けようともしたよ。でもお兄様が許してくれなかった。

・・・あんなお願いされちゃったら断れないじゃない。お兄様卑怯!

横になってからの撫でる手つきの妖しさに、慌ててベッドから手を出していたずらに動くお兄様の手を封印したよね。

あれ以上撫でまわされるのはよくない気がする!と。

グッジョブ私。おかげでお手手温かくてすぐに夢の世界に旅立ちました。

そこでお兄様がすぐに出て行ってくれてたら問題ないはずなんだけどね。

寝ちゃったら何するかわからないと不安を覚えるのは、昔母と一緒に寝させてもらった時に注意を受けたからだ。

何度かベッドの上で正座させられました。淑女としてなっていない、と。

申し訳ない。でも弁明させてほしい。寝てる人間はどうやってコントロールできるというのか。

無理じゃない?寝相悪いのって自分の意思で治せるの?

別にお兄様とは、寝かしつけられただけであって一緒に寝たわけじゃないのだから、蹴っ飛ばしたりとかしてないと思うけど、それでも布団を蹴ったところを直されていたりしたら気まずい。

はだけた布団直すイベントとか発生されても私にはどうしようもできない。

・・・そこはお兄様の自己責任でお願いします。私はちゃんと断ろうとしたもの。

 

「おかえりなさいませ、お兄様。お勤めご苦労様です」

「ただいま深雪」

「・・・今朝出かけられる際も思いましたが、ご機嫌ですね」

「ああ。昨日は深雪に甘やかしてもらえたからね。次の約束もしたし。おかげですこぶる調子がいい」

 

師匠にも珍しく褒められた、と語るお兄様はいつもより肌のツヤがいい。・・・のだけど。

 

「あの、私、昨日何をしたのでしょう・・・?」

 

お兄様の言われたことにさっっっぱり記憶が無い。甘やかす?約束??何のことだ!?

お兄様は、ああ。と笑みを深くして。

 

「やはりあれは寝ぼけていたのか。だとしても嬉しかったよ。約束は、また映画を見ようとね。この間の猫の映画でもいいよ。深雪の好きなものを選んで、この件が終わったら一緒に見よう」

「それは、ぜひ・・・」

 

よ、よかった・・・変なことは言ってないみたい。だけどもう一つの甘やかすのことはさっぱり。

でもお兄様が嬉しいならいいのかな。・・・うん、ここはスルーだね。

 

「この間の作品もいいですが、まだほかの作品も、それこそ猫ではなく今度は犬が主役のモノもいいですよね」

 

大抵犬の主役の作品は泣かされるモノが多いけれど、あれはあれで感動して癒される。

この件の解決はまだ先だものね。ピックアップする時間はありそう。探してみよう。

 

「それもいいんだけれど、深雪。昨日聞きそびれたことがあるんだが」

「なんでしょう?」

「ほのかの家での実験の結果を聞いていない」

 

んぐっ。お兄様、覚えておいででしたか。流せたと思っていたけれど、ダメだったみたい。

けれど、この感覚を伝えるって・・・

 

「その・・・」

「とりあえず俺はシャワーを浴びてくる」

 

そういえば帰ってきたばかりでしたね。朝食の準備をしながら纏めておけってことですか・・・。

猶予が短いけれど時間が与えられているだけありがたいと思うべきなのか・・・。

 

 

 

 

羞恥に耐えながらなんとか言葉を駆使してアレな話に聞こえないよう、細心の注意を払って話し終えると、お兄様はとりあえず結界が間に合ってよかった、と一言。

本当にね。先生、いろいろとアドバイスをありがとうございました。今度お礼に何か持って行きます。

 

「だが、アドバンテージがあるからと言ってあまり前線に出ないようにな。・・・七草家の息のかかった面白部隊のこともある」

 

ああ、昨日のあのプロと思えない監視をしていた彼らですね。

結局私たちがその場を立ち去るまで現れなかったけれど、何処で迷子になっていたのだろう?でも戻ってきた青山墓地でサンプル持ち帰れるのだから、棚ぼたかな。

いくら高校生の私たちが捕獲できたとはいえ、お兄様の技があってこそのこと。

彼らの実力じゃ到底取っ捕まえられない。

 

「私はお兄様の横には並び立ちたいと思いますけれど、自ら前線に立とうなどとは思っておりませんよ」

「ならいいが。・・・パラサイトだけでなく、ピクシーと会う時も結界を張るようにな」

「そうですね。私も彼女と気まずくはなりたくないので気を付けます」

 

昨日は驚いて結界を解いてしまう醜態も晒したしね。もうあんなことにはならないように気を付けねば。

しかし・・・こう言っちゃなんだけど、お兄様の鋼の精神ヤバいね。

悶えた深雪ちゃんに抱きつかれて無反応って。・・・妹なんだから当たり前か。

私だったらたとえ血の繋がった兄妹であっても、深雪ちゃんほどの美貌ならぐらっときてもおかしくないと思うけどね。

流石お兄様だ。言わないけどね。なんか怒られそうなので。

 

「それから」

 

まだ何かあるの!?お兄様朝から私を攻めすぎでは?

体力が既に黄色ゲージから赤に変わる寸前なのですが。

 

「深雪の言う妹の役目とは何だ?」

「・・・はい?」

「この発言時は起きていたと思うんだが」

 

はて、何のことかと深雪ちゃんの優秀な脳みそをひっくり返してみると一件ヒットしました。そう言えばそんなことも言ったね。

お兄様がおかしなことを言うから釣られたというか。

 

「お兄様もよく言うではないですか、妹を可愛がるのは兄の特権だ、など色々と。それと似たようなものです。お兄様にも色々あるように、妹にだって色々とあるのです」

「その一つが困った兄の願いも叶えてくれる、なのか。妹の役目も大変だな」

「・・・そう思うのでしたら手加減してくださいませ」

「善処しよう」

 

あ、これしないヤツだ。

お兄様のすまし顔の即答に、私の心はレッドシグナルが点滅。ヒットポイントが、残りわずかです。誰か回復を。

 

 

――

 

 

この日のお昼、皆ぐったりしていた。

ほのかちゃんは昨日の疲れが出ているのだろう。

もしかしたら初めての戦闘で興奮して眠れなかったのかもしれない。目の下にはクマさんがいた。

エリカちゃん、西城くん、吉田くんは、あの後面白部隊とやり合ってお兄様から貰ったパラサイトを奪い去られてしまったらしい。

ここでそんな話はしていないけれど、お兄様から昼前に教えてもらった。覚えてよかった四葉式暗号文である。パターン幾つもあるから大変。

皆頭の中どうなってるの?深雪ちゃんボディだからできたこと。感謝してます。

元気なのは美月ちゃんと、なぜかお兄様だけ。

なぜお兄様はそんなに元気なの?私は朝のやり取りで疲労が取れてません。起きた時はすっきりしてたのにね。

お兄様の苛めっ子。お兄様は質問の鬼です。

 

「何か言いたげだな、深雪」

「何でもないわ」

 

お兄様のからかいを込めた視線に、私はそっぽを向いた。

たったそれだけなのに、周囲からはざわめきが。

・・・皆お昼くらいこっちに注目するの止めない?ご飯は集中して食べるべきだと思うな。

 

「なあに、達也くん。深雪を怒らせるなんて珍しい」

「怒らしちゃいないさ。困らせはしたけれど」

「・・・朝から兄さんが容赦してくれなかったからでしょ」

 

ざわっとざわめく声が大きくなる。ところどころ悲鳴も聞こえるけど、外野は楽しそうだね。私はちっとも楽しくない。

朝の質問するお兄様は本当に妥協をしてくれなかった。

あの時はお兄様におかしく思われないよう説明しなきゃって気を張ってたから答えることに必死になっていたけれど、今となって思えばあの朝の忙しい時じゃなくてもよかったのでは?とむくむくと。

・・・むしろそのまま流してくれてもよかったのにと思わなくもない。

・・・恐らくそれを察知しての今朝だったのだろうけど。

 

「昨日の夜は寝かせてあげることを優先したが、本当なら昨日のうちにする約束だっただろう?」

「それは・・・そう、だけど」

「シャワーの時間じゃ足りなかったか?」

 

確かにわずかな時間だったけど猶予があったからうまく話せた、という点は有難かったけれど。

だけどそれと、口に出すのはまた別問題の内容だったと、今のお兄様ならわかっているはずなのに。お兄様は意地悪だ。

 

「・・・時間が問題じゃないことくらい、兄さんならわかってたでしょ?」

「しつこくしたのは悪かったと思う。だがな、お前が辛いのは――」

「兄さんストップ!思い出させない!!」

 

お昼御飯中まであの話を蒸し返さないでほしい。いくらオブラートに包みまくったとしても私が羞恥を覚える内容であったことは伝わっていたはずだ。

私の様子がおかしかったことは現場にいたお兄様が気付かぬはずがないのだから。

淑女教育頑張っているからと言ってこれだけ疲労困憊の中赤面を抑えるのも無理がある。

俯いて顔を覆っていると、周囲のざわめきが消えていた。・・・人の気配はあるはずなのに、なぜかみんな固まっている雰囲気が。

なぜ??でも確認する余裕なんてない。こっちはこっちでいっぱいいっぱいなのだ。頭が上手く働かない。

 

「・・・・・・ちょっと、達也。違うのわかってて聞くぞ」

 

そんな中、一人の勇者が現れる。

 

「レオっ!」

 

吉田くんが、まるで危険だ!と叫んでいるような悲痛な声をあげる。だから、さっきから何が起こっているの?

 

「いや、達也はどうか知らないが、深雪さんがここでそんな話をすると思えないからな」

 

んん?私ですか?どういうこと?そして西城くんに初めて名前呼ばれたね。吉田くんの影響か、やっぱりさん付け。

なんというか、西城くんなら呼び捨てかな、と思ってただけに、不思議な感じ。

 

「なんだ?」

「今朝、何をして深雪さんを困らせたんだ?」

 

周囲から勇者、勇者だ、という声があちこちから。やっぱり西城くん勇者なの?・・・似合うね。戦士とか騎士とかそっち系かと思ってたけど。

でも西城くんが勇者なら対するお兄様は魔王か何かですか?

その魔王様は淡々と答えた。

 

「後回しになっていた話の続きを聞かせてもらっただけだ」

 

・・・私はできれば流してもらいたかったのだけどね。ぐったりと体の力が抜けて更に項垂れた。

 

「・・・・・・んなこったろうと思った」

「ナイス、レオ」

「よく聞いてくれた」

「西城くん・・・」

「なんで美月はそんな悲し気なのよ」

「いえ、なんとなくそんな気はしていたんですけど、もう少し夢を見ていたかったと言いますか」

「柴田さん・・・」

「って、ほのかは?さっきから何も聞こえないけど――ってほのか?ほのかー!ダメ、気を失ってる!」

「いつからだ?まさか達也の会話の途中で?!」

 

・・・なんか、知らぬ間に大惨事?周囲も溜息やらなにやら聞こえた後喧噪を取り戻した。

 

「皆、食べないのか?」

 

そんな中、お兄様の落ち着き払った一言にお兄様のせいだ!との非難が集中した。

私も声をあげたかったけれど、その気力すらなかった。

ご飯を食べ終えたのはお昼時間が残りわずかになった頃。長い戦いでした。

教室に戻ってから、ほのかちゃんから本当に何もなかったんだよねと念押しされるように確認されたけど、「何度も言うけど兄妹だからね?」と否定を。

いったい私たちの間に何があるというのか。

 

「そうだよね、兄妹だもんね」

 

涙目になって縋られるとちょっと変な気を起こしそうになるけれど、ダメダメ。ほのかちゃんはお兄様に懸想しているのだから変に悪戯なんてしちゃいけない。

同性なのにそんな気を起こさせるなんて、ほのかちゃん、恐ろしい子!

 

「兄さんの言葉足らずは、何とかしないといけないわね」

「・・・たまにわかっててやってるのかと思うよ」

「わかってて?どうしてそんなことする必要があるのよ」

「けん制、とか?」

 

落ち着いてから先ほどのやり取りを思い返すと、周囲が何に騒いでいたのかわかってきた。

確かにお兄様のあのセリフと私の言動は勘違いを生んでもおかしくない内容だったかもしれないけれど・・・みんな想像力豊かだね。

シャワー中、兄妹でなんやかんやするわけないだろうに。でも私も他人事なら妄想しただろうなぁ。

カフェとか一人で飲んでる時隣のカップルの会話とかいい妄想のネタだったもの。

しかし、兄が妹に手を出していると錯覚させることが一体何のけん制になるのか。

そのような内容を訴えるとほのかちゃんはきょとんとして答えた。

 

「でも時折周囲を睨んでいることもあるよ」

「過保護よね」

 

というよりお仕事なんだろうな、お兄様にしてみれば。

四葉家次期当主の虫よけはガーディアンとしてはミッションの一つだろうから。

それがまたこうして勘違いを生むのか。

 

「今度リーナに付いていってお昼別にしてみようかしら」

「えええ!?そ、それはちょっと!」

 

ほのかちゃんが提案に慌てだす。

そろそろ本当にお兄様離れしないと、来年度の新入生とのラブが生まれにくいと思うのだけど。

先輩ってだけで近寄りがたいのに妹の傍に居たら難易度上がるもんね。

 

「学校内で何を心配することがあるの?」

「心配っていうか、・・・深雪、達也さんと離れて食事するのって4月以来じゃない?」

「そうね」

「・・・達也さん、嫌がるんじゃないかな?」

 

心配するのはそこなの?

 

「ほのか・・・。家に帰れば二人でご飯食べるのよ?学校で別々になったところで家は一緒なんだから、何の問題もないと思うけど」

 

何でお昼別にしようと話しただけでそんな動揺するのだろう。

本来私の予定では時々お兄様たちとお昼を一緒にして、他は生徒会だったり、他にお友達を作ったりして外側からお兄様を見守る予定だったのに。

気が付けばお兄様の横が定着してしまっていた。

忙しかったから流れに身を任せてしまっていたけれど、そろそろ本格的に動かなくては。

・・・リーナちゃん明日来るかな?って思ったけど、明日は土曜日。お昼を一緒にすることはないかも――と考えてから、はたと気づいた。

そうだ、何故気付かなかったのか。パラサイト事件は明後日が決着の日だ。

どうして映画選ぶのに猶予があると思ったのだろう?・・・あ、そうか。来訪者編は、リーナちゃんは卒業式までいるって思ってたから、そこで混ざってしまって勘違いしてたのか。

 

「ねえ、せめて先に達也さんに了解を取った方が良いんじゃないかな?」

「だけどそもそもリーナが来てないから一緒にお昼出来るかなんてわからないもの」

 

チャイムが鳴ってこの話はうやむやに。

教材に向かいながら、この後の流れを考える。

明後日の夜、恐らく原作通りの流れから変わらないだろう。

お兄様は劇的にパラサイトを消滅に至らしめる攻撃の術がないし、吉田くんも同様、弱っていない状態では封印もできない。

リーナちゃんは物理にしか攻撃できない。――私が、凍らせることが、彼らを消滅させられる唯一の手段。

初めて、人間以外を殺すことになる。

人間が偶然開けた穴に引き込まれ、ただ本能のままに活動しただけなのに。生物として真っ当に動いただけなのに。

――人里に下りてきた害獣を駆除するだけ。そう思えればいいのに。

 

(パラサイトにだって、意思があるんじゃないかって)

 

縋るように見つめてきた、あのパラサイトの目が忘れられない。

あれは宿主が見せたのか、はたまた――中のモノに芽生えた意識だったのか。

恐らく次に会う時は別の宿主に宿った後だろうから、記憶がリセットされているだろうけれど。

 

(まま、ならないなぁ)

 

彼らに生まれ変わりがあるか知らないけれど、どうか、次生まれてくるときはこんな世界に関わらないで自由に生きられるように。

早くこの世界から離れられるように終わらせてあげよう。それが、私にできること。

 

 

――

 

 

今夜は勉強もそこそこに切り上げて早く寝よう。

そう決めて食事を終えたテーブルを片付ける。学校で何かあったのか、お兄様は朝の状態が夢であったかのように何かを時折思案している様子が窺えた。

恐らく七草のところにパラサイトが確保されたことに対しての忠告を先輩にしたのだろうけど。

間に合わなければ最悪の事態がこの日本でも起こる可能性があるから色々と考えてしまうのも無理はないのかもしれない。

だって、七草家や軍にパラサイト、妖魔を封印や消滅させる術を持つ者はいないはずだから。

いたらもっと早く解決していいはずだもの。九島や四葉なら問題ないだろうけどね。

四葉は精神体が相手であればずっと研究してきた分野でもあるから強みがある。

九島は古式魔法のノウハウがある。

ま、だから大変なことになるのだけど、それが一般人を巻き込むことは無いからアメリカのようなことにはならない。

九島家のおじいちゃんにも困ったものだよ。根本は孫を、家族を、一族を、ひいては国を守ることであったと思うけど、危険性を考えられなかった時点で、御せられると思い込んだ時点で彼は耄碌していたのだろう。

年齢は思考を熟成もさせるけれど行き過ぎると腐らせてしまう。

 

「深雪」

「はい」

 

思考の海に沈みそうになっていたところをお兄様に掬い上げられた。

手が止まっていたわけではないので、私の行動がおかしくて声を掛けられた様子ではない。

 

「このあと少し時間いいか?」

「はい。特に用事もありませんので」

 

大丈夫ですよ、と伝えるとお兄様は少しだけ安堵したように口元を綻ばせてから端に置いてあった布巾でテーブルを拭き始めた。いつもありがとうございます。

洗う食器はHARに任せてコーヒーを淹れにいく。お茶請けには冷蔵庫のチョコレートだ。

今日のは誰に貰ったチョコレートだろうね。感謝していただきます。

お兄様が既に移動されているソファに持って行くと、お兄様は端末で何かを調べているようだったけれど片付けられてしまった。

 

「何か調べものですか?」

「大したことじゃないよ」

 

コーヒーを手渡すとお礼を返されて横に座るように指示され、言われた通りに腰を下ろした。

・・・のだけれど、なぜかじっと見つめられた。

 

「どうか、なさいましたか?」

 

今日は特におかしな恰好はしていなかったはずだけど、と自身の体を見下ろす。

うん。なんてことない深雪ちゃんのパーフェクトボディ。上品な服を着ていても、体のラインが出ていなくとも醸されてしまう色っぽさ。

・・・おかしいね?あれ?こんなだったっけ??私の欲目のせいかなぁ?姿勢を真直ぐに正してみるとちょっとだけ治まった気がする。

疲れてたからかな、姿勢が崩れてたみたいだ。

 

「・・・いや」

 

座り直してからお兄様を見上げる。

否定をするけれど、何もない顔ではない。どうしたのだろうか。

 

「お兄様、何か気になるのでしたら言ってください。口に出して楽になることもございますよ」

 

私に解決できることかどうかわからないけれど、と思いつつ声を掛ければお兄様は珍しいことに視線をさ迷わせてから口を開いた。

 

「こんなこと、男の俺が言うことじゃないのかもしれないが、身内として確認させてほしい」

 

思ってもみない発言に私は身構える。

男性が聞きづらいこと、と言われても何のことかわからない。一体何を聞かれるのか。

真剣なお兄様に、私も真剣に答えねば、と体ごと向き直った。

 

「お兄様に隠し立てすることはございません。どのような質問でもお答えします」

 

私の覚悟を受け、お兄様は重い口を開いた。

 

「触れられることが、怖くないか?」

「は、い。特に何も」

 

反射で答えたけれど、んん?どういうことだろうか。

昨日も今日も特に変わらず触れ合っていたと思うのだけど。帰ってきてのハグもいつも通りだったかと思う。

ドキドキだっていつもと変わらず相変わらず無くならない。安心しても慣れないって何なんだろうね。

いつものようにお兄様に撫でられていたと思うのだけど・・・?

 

「・・・こんなに距離が離れていてもか?」

 

ん?と私とお兄様の座っている間を見ると、二人分くらい空いている。

・・・ああ、それでか。初めに自分の体がお兄様に引き寄せられるように艶めかしくくねっていたのは距離が開いていたからだったのか。

と、妙な納得をしてしまったけれど、確かに。なんで今日はこんなに離れて座ったのだろう?

 

「昨日、俺のベッドの上でもこれくらい離れていた。あの時は夜も遅かったし、ああいう状況では警戒するのが当然だと思って気にしていなかったが、抱きしめた時も、違和感があった」

「・・・そう、でしたでしょうか?」

 

私にとっては何の変化もなかったと思ったのだけれど、そういえばお兄様は私の体温の変化にも気づくくらいでしたものね。

私が気付いていないことにも気づいていてもおかしくはない。

 

「もしかしなくてもだが、パラサイトの波動の一件がお前にトラウマでも植え付けたのかと」

 

あ~・・・確かに、男性には聞きづらい内容ですね。痴漢に遭ってトラウマになる人もいるから。トラウマまでいかなくてもしばらくは警戒したり強張ったりはする。

 

(・・・そっかぁ。気づかなかったけど、あっておかしくないことだった)

 

今考えると思い当たる節があった。

お兄様に撫でられるのを止めたり、動きを察知した時に先に立ち上がって離れたり。

お兄様に触れられるのが恥ずかしいから先回りして止めようとしてたつもりになってたけど。

・・・もしかして昼間お兄様から離れないとな、と考えたのはこれが根底にあったからだろうか。

触られるのが、怖かった・・・?避けたかった、とか。

 

「よく、わかりません。ですが、そうですね。アレは気持ちの悪いものでしたから。今は対処法がわかったので落ち着きはしましたけれど・・・」

 

ぽつぽつと話すと、お兄様は眉間に深く皺を寄せた。

ああ、そんなつもりは無かったのに。

 

「お兄様は何も悪くありませんよ。これは私の問題です」

「そんなことはない。お前に感知などさせなければ、感覚をカットさせていればよかったのに」

「それでは敵の接近に気づけません」

「そもそも俺が連れて行かなければよかったんだ」

「・・・置いていかれるのは嫌です」

「だが、」

「傷ついても、苦しくてもいい。――お兄様、私の力は役に立ちませんか?」

「!!・・・しかし、俺はお前のガーディアンだ」

 

守るべき者が、最も有効な手段だなんて、お兄様にとってはつらい選択だね。

でも情報体、精神体に攻撃できる手段は限られている。

対抗手段は私だけ、なんて。

 

「傍に置いてください。お兄様の傍が、私の安全地帯です」

「・・・守ると、言ったのにな」

「私が傷ついたなら、癒してくださるのはお兄様、でしょう?」

 

相変わらず酷い妹だね。無茶ばかり言う。全然お兄様の思う通りに動いてあげられない。

だけど、これもお兄様を守るためだから。お兄様を幸せにするためだから。

 

「俺は、お前に触れていいのかい?」

 

お兄様が、私に怯えの表情を向けている。

自分が触れてもいいのか、と。ちょっと前にいつも通りハグができていたはずなのに、トラウマなのではと気づいたとたんに触れられなくなるかもしれないと思ったのか。

腰を少し浮かせてお兄様の隣に座ると、お兄様が体を緊張させたのがわかった。

いつもと反対だ。距離を詰めて緊張するのはいつだって私だけだったのに。

心臓は、ドキドキと音を立てる。けれどそれはいつものことで、トラウマかなんて見分けがつかない。

お兄様に向けて両手を差しだす。

 

「ちょっとだけ、実験に付き合ってくださいますか?」

「・・・・・・怖かったら、ちゃんと言うんだよ」

 

恐るおそる、手を伸ばし、私の体を抱きしめる。いつもより慎重に、時間を掛けて抱きしめられた。

ほう、と息をついて、次の指示を出す。

 

「・・・背を、撫でて下さいますか?」

 

この状態からそんなことをされたことなどほとんど無い。こんなお願いをしたのも初めてだ。

背中を這いまわる動きは気持ちが悪かった。でも、お兄様の手なら、きっとそんなことはない。

温かい、お兄様の手ならば。

 

「・・・無理をしてくれるなよ。嫌だったら、ちゃんと拒絶してくれ」

 

私よりも、お兄様の方が苦しそうだ。

とんとん、と宥めるように動かしてからそろり、そろりと手を動かす。

 

「ん、ふふ。お兄様、それはちょっとくすぐったいです。擽り合いっこをご希望ですか?」

「いや、そんなつもりは・・・じゃあ、もう少し力を入れていくぞ」

「どんとこい、です」

 

もう、私の中に恐れは無かった。むしろおかしくなってきて笑いさえ込み上げてきていた。

お兄様の手は、私を傷つける手ではないことがわかっているから。触れられるだけで嬉しくなる。

ようやく背中を撫でられて、私はお兄様の胸に擦り寄った。

 

「やっぱり、お兄様の腕の中はドキドキもしますけど、安心します」

「そう、か」

 

お兄様は安堵の溜息を盛大に漏らしてから、遠慮していたのが嘘だったように私を抱きしめた。

 

「・・・深雪に避けられたらどうしようかと思った」

「避けてたつもりは無かったのですが。無意識でした」

「・・・・・・それだけ、お前が苦しんだということだな」

「私でさえ気づいておりませんでしたのに、お兄様は凄いですね」

 

感心すると、お兄様は私の首元に頭を擦り付けた。

・・・最近お兄様がするようになった甘える仕草だ。これをされてしまうときゅん、ってなる。

 

「深雪だけだ。俺には深雪しかいないから」

 

あらまあ。ここでそれをぶっこんできますか?確かに、精神を弄られたお兄様は衝動を抱くほどの感情が奪われ、唯一妹だけが深く愛せる存在となった。

けれど今では、いろんな繋がりができてきて、友情を育み、環境が変わってきたというのに。

 

「お兄様。もう私たちの世界は二人きりではありませんよ。確かに私はお兄様の妹で、ずっとこの関係が変わることはありませんけれど、お兄様の大切なものは、私だけではないでしょう?」

 

優先順位の一位は私が不動だろうけれども。

今回の件だって、西城くんが傷つかなければお兄様は傍観者のつもりだった。

自ら事件に飛び込む必要などなかった。

シリウスだって放置できたはずだ。パラサイトの件で外に出歩かなければ仕掛けられることなどなかったのだから。

けれどお兄様はわかっているはずなのにゆるゆると首を横に振る。擽ったい。お兄様の髪が私の首を擽った。

 

「お兄様、好きはいくつあってもいいのですよ。親愛も友愛も、恋愛も。兄妹愛ももちろんですけれど、ね。兄妹だけではなく家族愛も私たちは育んできたではないですか」

 

母と三人の生活は、確かに母とお兄様に変化をもたらしていた。

気を許し、仲間意識を持ち、時には反発し、仲直りし――。

 

「楽しいことはどんどん増えていきます。それはお兄様が心を豊かにされたから感じるのです。

心を豊かにする方法は好きを増やすことで生まれるのですよ。怖がることはありません。

私たちの関係は不変です。壊れることなどないのです。

だから、少し手を離したとて、安心していいのですよ」

 

お兄様と私の関係がおかしくなるとしたら、それは四葉の策略――叔母様によるお兄様の囲い込み作戦が決行された時だけれど、そんなもの無くても問題ない関係を新たに築ければ、私たちが原作のように婚約する必要などない。

兄妹のまま、お兄様に幸せになってもらえばいい。

怯えることなどない、とお兄様に伝えたくてお兄様の背をとん、とん、と叩きながら声を掛けるのだけれど、うーん。『抱きしめる』がいつの間にか『拘束』に変わってますね。何をそんなに怯えることがあるというのか。

 

「手を離したら、深雪はどこかに行ってしまうのだろう?」

「私がどこに行けるというのです?私はどこかに行くことなどありませんよ」

 

私はどうあっても四葉からは出られないだろうからね。離れる気もない。

第一離れたらお兄様を守るためのコントロールができなくなる。

 

「私の居場所は変わりません」

 

ただ、そこにお兄様がいてくれるか、いなくなるか、だ。

 

「私がお兄様を好きだという事実は不変ですから」

 

前世から持ってきてしまったこの愛が無くなることはない。

 

「お兄様が不安に思うことなどありませんよ」

 

私のトラウマがどうの、という話だったけれど、私よりもお兄様の方がトラウマになってしまったらしい。

守れなかったという気持ちが、別れを予感させてしまったのだろうか。

こんなことくらいでお兄様が解任されることなんてないはずだけど。というより誰がガーディアンになったところで守れる云々の話じゃない。

たとえこれから来るだろう水波ちゃんであっても、あの子も対物理しか防げないだろうから。

今朝まであんなにご機嫌だったのにいったい何が、と思い当たるのは七草先輩との話し合いくらいだけれど、何かあった?

アメリカみたいに非難を浴びるような事件が起きて窮地に立たされることでも想像して、その後を考えたとか。

もしパラサイトに繁殖でもされたら四葉も今以上に駆り出されるだろうからね。古式魔法師だけで間に合うとも思えないし。

一番手早く終わらせるなら私が出てコキュートスで消滅させること。

でもそうなると四葉と名乗って表舞台に立つことになるのかもしれない。

パラサイトを攻撃するなら精神干渉魔法が使えないと厳しいだろうし。人前で使うなら正体ばれるもの。

対抗手段のありそうな先生も、恐らく退治する術をお持ちだろうけど俗世に関わってくれるかは上次第だものね。手下の四葉の方が動く可能性大か。

でも四葉だとオープンにしたところで、皆とは疎遠になるかもしれないけれど、学校を変えることはないだろうし、お兄様との関係は変わらないと思うのだけど。

もしかして私の思いつかないことを、お兄様は予測されている・・・?

 

「まだ、何か不安なことがございますか?」

「・・・わからない。ただ、深雪が、俺から離れていくのではないかというのが怖いんだ」

 

はて、と考えたところで・・・心当たり、一つありましたね。あの時お兄様はいなかったはずだけれど。

ほのかちゃんと話していたお兄様離れ作戦、気づかれました?

 

(・・・あ、もしやそういう?)

 

「もしや、ほのかから聞きましたか?」

「・・・自分が余計なことを言ったせいで、俺たちとではなくリーナと食べると言い出すかもしれない、と」

 

あちゃー。放課後ほのかちゃんの様子がおかしいなとは思ってたけど、そこまで悩んでたんだ。

 

「お昼がバラバラになったからと言って、帰る家は同じだと伝えたんですけどね」

 

家族であることに変わりはないのに、お昼ご飯を一緒にしないというだけで何が変わるというのか。

 

「・・・深雪は俺から離れたい、のか?」

「お兄様から離れたい、というより交友関係を広げたい、でしょうか」

 

皆と食べるもの楽しいけれど、エイミィちゃんだったり千秋ちゃんだったりとも食べてみたい。

千秋ちゃんの場合、二人きりじゃないと多分食べてくれない気がする。

当然そこにお兄様はいられると困る。確実に千秋ちゃんは逃げるから。

お兄様離れをして、べたべた兄妹のイメージを払しょくさせてあげたいって気持ちがメインではありますけどね。

だけど、お兄様の拘束する腕がね、緩む気配が無いんだなー。嫌ですか。そんなに。

 

「お兄様が嫌ならば、このまま皆とお昼にします」

「・・・いいのか」

「お兄様に我慢させてまでしたいことではないですから」

 

お兄様の傍に居た方が、お兄様が守りやすいのは事実。

お兄様の意識をずっと向けたまま友達とお昼というのは休まらないかもしれない。

お兄様を幸せにしたいのに、お兄様に負担を掛けたいわけじゃないのだから。

 

「また、俺のわがままを許すのか?」

「あら。お兄様のわがままだったのですか?だとしたら妹として叶えなければなりませんね」

 

笑いたいけれど、締め付けが、ね?ぽんぽんと腕を叩いてタップすると、ようやく拘束が緩まった。ふう、これで息ができる。

 

「お兄様はもう少しだけ、妹の取り扱いに気を付けてくださいませ。あまり締めつけられると苦しいです」

「すまなかった」

 

そしてまた始まるうりうり攻撃。ずるい、かわいい。ゆるすしかないぃ・・・。

 

「こちらこそ、いろいろとご心配おかけしました。いつもありがとうございます」

「俺がお前の役に立てているならいいんだ」

「それはもう!お兄様のお陰で、私はいつもこうして笑えているのですから」

 

またきゅっと抱きしめられるけれど、今度は苦しくない。手加減できてえらいですよお兄様。感謝。

しばらく抱きしめ合いながらお兄様を撫でては撫で返されて、くすくす笑い合って夜は更けていく。

勉強をする時間は無かったけれど、寝る時間はいつもと変わらなかった。

けれど心が安定したからか、しっかり休めたと思う。

 

 

 

だから、耐えられた。

へらへらと笑う、雫ちゃんに近寄る虫の、一方的な挑戦状に――

 

 

――

 

 

一晩経ってから情報を整理して気づいたことがある。

トラウマの話だけど、お兄様にも十分当てはまる話だった。

 

(そうだよ、守りたいのに守れなかったってお兄様には地雷級の特大トラウマだったじゃない)

 

なんで忘れてたのだろう。沖縄侵攻でお兄様は最大のトラウマを植え付けられた。

私を守れなかった、という、どでかいトラウマを。

それが今回の傍に居ても守れないかもしれないパラサイトを相手にしたことで刺激されていたのか。

パラサイトの波動から身を守れなかったと思ったお兄様が、やけに苦しまれている理由にようやく気付いた。・・・遅すぎだ、私。

離れるのが怖い、は失う恐怖を思い出してしまったから。

言葉にすることもできないから離れる、というマイルドな言い方になっていたのか。

そのタイミングで私がお昼をお兄様と一緒にしない、と聞けば、守れなかった=離れるとなって無意識にトラウマスイッチも刺激されてしまった、となってもおかしくない。

・・・これは、しばらくお兄様を甘やかさないといけない案件だね。

申し訳ございませんでした。

お兄様を幸せにしたいとあれだけ言っていたのに、お兄様を苦しめる原因になってました。

気付いてないトラウマ、か。

今回の件、私もだけど、お兄様の方もあったのね。気を付けないと。

 

 

 

 

朝の鍛錬から戻ってきたお兄様の様子はすでにおかしかった。

とはいっても普通なら気付かないレベルだろう。深雪ちゃんだからこそ気付けた。

お兄様をつぶさに見てきたから気付けたわずかな変化。

けれどそれを指摘することはなく、いつも通りに出迎えて、朝食の準備に取り掛かった。

片手でも食べられるホットサンドとミネストローネスープはマグカップに。

作業をしながらでも食べられる、見栄えよりも手早くを考えた食事に、シャワーから出てきたお兄様は虚を突かれていた。

ふふん!お兄様の妹ですもの。これくらいできて当然です。

なんて心の中でふざけつつ、表面では訳知り顔の微笑みを浮かべて。

 

「・・・困ったな。心の中まで覗かれそうだ」

「まあ。見られて困ることでも?」

「知ったら深雪が逃げてしまいそうなことまで色々、な」

 

ワァ。ソレハ大変ダ。見ないようにしないとね。

気を付けますからお色気たっぷりに微笑まないでくださいませ。

お兄様は朝食を乗せたお盆を持って地下へと移動した。

あれだけ動いているのにスープの一滴も零してないよ。すごいね。私なら魔法に頼らないとそんな芸当できない。

普通精密機械のある部屋で飲食なんてしちゃいけないだろうけど、そこはそれ、便利な魔法というものがあってだな。

スープをこぼしたところでお兄様の再生がある限り壊れることなんてないのだよ。・・・こんなことで使っていいわけはないので気を付けますけどね。

食べかすも零れないようにペーパーに包まれてるから大丈夫なはず。いざって時は魔法でちょちょいとね。

ってことで今日の朝食はここで食べながら調べものです。お兄様は遅刻してもいいとお思いだろうけど、これでも一応生徒会副会長なもので。

間に合うことは知っているのですがね。余裕はいくらあってもいいから。

そしてお兄様の長い指が正確無比な動きでキーボードの上を滑っていく。

審査員がいたら皆10点を付けていくほど美しいタッチに見惚れてしまう。

お兄様はどこもかしこも素敵要素が詰まっているけれど、指もまた特筆すべき美しさを持っている。

実に男性らしい節くれだった指なのに、とても細やかな動きを見せる。特にこの無駄一つない指捌きは何度見ても見飽きることが無い。

一流、超一流の人間の見せる技量とは得てしてそう見えるもの。

つい、食べるもの忘れて見入っていたが、お兄様が見本を見せるように片手だけで操作しつつ豪快にホットサンドをかみちぎった。

わ、ワイルドっ。かっこいい。どうしよう。今朝はお兄様にハートを撃ち抜かれすぎている。かっこいい。語彙力が死んでいく。

私も流れていくモニターの数字を見ながら食べ始める。早く食べなければ。

流石にあのシーンを見ながら食事はできないからね。

シリアスなシーンで深雪ちゃんが唇にソース付けたままなんて、神様どころかファンの人にも殺されちゃう。気を付けねば。

と、お兄様がサンドを食べきり、ミネストローネに口を付け、私が食べ終わる頃、その映像が映し出された。

・・・ハッキングを片手で気軽に・・・いえ、それだけ藤林さんのハッキングツールが素晴らしかったのと、お兄様の技量があってこそだと思うのだけど、大丈夫か日本。第三課も精鋭なんだよね?

と、ふざけられたのはここまで。

画面には画質こそ荒いものの、アンジー・シリウスのものらしき姿が堂々と映っており、厳重警備体制の敷かれた施設にあっさり侵入し、兵士たちを昏倒させた後、パラサイトを処刑する姿が流れていた。

シリウスの吐息は白く、パラサイトたちが容れられていた部屋は温度が冷凍庫並みに下げられ仮死状態にしていたのだろう。

その上拘束衣で身動きが取れなくされていたところ、彼女に銃で撃たれ、燃え上がり、絶命した。

・・・リーナちゃん、パラサイトのこと知っていたはずなのに、攻撃したのは物理だけ。

つまりガワだけを処理させられていた。その体が、彼女たちの国のものであったがための、処分――処刑だった。

その後、彼女は警報音に慌てることもなく、実にスマートにその場を後にした。

お兄様がため息を吐いている。

この光景に、お兄様が何を思ったか。どう、映ったのか。

 

「リーナ、ですよね」

 

痛いほど伝わってきた。お兄様の想いが。感情が薄いなどと、どの口が言うのだろう。

お兄様の心はしっかりとこの映像を見て反応をみせていた。怒り、嘆き、呆れ、――憐み。複雑に絡み合っている。

 

「多分」

 

はっきりと言わなかったのは、お兄様の優しさだ。

私にわかるものがお兄様にわからないわけがないから。こんな時でさえ、私を慮ってくれる。

そして、リーナちゃんの現状を嘆き憐れんでいる。憤りも感じているのだろう。拳が固く握られていた。

その拳にそっと触れる。固くて、大きな拳は片手では覆うことができない。両の手で包み込んで、腕に寄り添った。

言葉にしたところで伝わらない想いもある。

 

「深雪・・・」

 

名を呼ばれるだけで、伝わる想いもある。

お兄様の頭が私の頭にのせられ寄り添い合ったところで、モニターが勝手に切り替わった。

 

(ついに来たか!私の敵!!)

 

くわっと目が開いた。

雫ちゃんを誑かそうとした男がにこやかに挨拶をして現れた。

怒りがお兄様に伝わらないよう驚いたふりをして体を離す。

うむ、敵ながら綺麗な顔立ち。胸までしか見えないから全体像はわからないけれど、ここまで将来を約束された美少年であるからして、見えなくともそれなりな等身を持ち合わせていることだろうと推測できる。

でもね、そのアメリカンなオーバーリアクションが癇に障るのですよ。静の雫ちゃんの横に合わない!

がるるるるる、と内心牙をむきつつ、画面を睨みつける。

雫ちゃんのことをティアと馴れ馴れしく呼ぶ男は、ここにお兄様一人でいると思い違いをしているらしい。

もしくは私などいてもどうでもいいと思っているのか。お兄様に興味があるのだものね。

いやだ・・・雫ちゃん狙いのくせにお兄様にもちょっかいを・・・?要警戒人物から絶拒の敵に認定。

一方的な通信であることを告げて独演会を始める男に、好印象など持つはずもないが、話される内容もね。

有益な情報ではあるのだけど憶測も交えてくるわけで、信憑性が薄い。

お兄様も微妙な反応。・・・いくらあちらに見えていないからと言って結構表情豊かねお兄様。お兄様も苦手なタイプなのかな。

パラサイトの場所をリーナちゃんに教えたこと。でも教える前に知られてたこと。

・・・リーナちゃんのところの指揮官に四葉が繋ぎを取りましたからね。

それは調べなかったのか、そこに彼にとっての脅威が無いのか。

同じ七賢人だから知っていても言わない・・・はちがうか。このタイプはひけらかすだろうから。

愉快犯はこれだから始末に負えない。

ただで情報を教えてあげるよ、と上から目線で言う少年に、お兄様は律義に頼んだ覚えはないと返していた。

独り言にしてあげない優しさ、お兄様は天使だった?慈悲深過ぎない??

そしてもたらされる魔法師排斥運動の主導者であり七賢人のジード・セイジ・ヘイグの情報。

黒幕大好きおじさんの存在を明らかにした。

追加されるフリズスキャルヴのオペレーターという存在。全世界傍受システムってそれだけでかなり卑怯なアイテムだよね。

それの拡張版って、元を知らないから拡張されたと聞かされても、上位版?すごいんだね、くらいしか思わない。

でも、おそらく彼にとっては全知全能の能力を好き勝手使える無敵のアイテムのようなものなのだろうね。

ネットに上がったものすべてをのぞき見できるシステムなのだから現代最強のアイテムと言っても過言ではない。

・・・だから四葉は古典的な書類だったり特殊暗号文だったりで情報回してるんだよね。アナログが一番安全で最強です。

続けて暗躍大好きおじさん――あれ?黒幕だっけ?どっちでもいいけど――の目的と推測できる目標をつらつら並べたてる。

ブランシュ日本支部を壊滅させられ、無頭竜が日本を撤退したことで拠点を失ったことによりパラサイトを日本に送り付け、混乱に乗じて再度拠点を作り直す目的。

魔法を社会的に葬ろうという目標。

後者に関しては、彼の憶測がだいぶ組み込まれているけれど、結果としてはニアピン賞。

これは単なる復讐劇だから理論だけでは成り立たない部分があるから推理にずれが生じるのだろうけど。

 

「・・・ロマンチストと笑ってくれていいけど、魔法は人類の革新に繋がるものだと僕は思っているんだ」

 

付け加えられたこの言葉に、お兄様は噴出していた。・・・いい意味ではないのは分かっていてもこんな反応を引き出したレイモンド少年にちょっぴり嫉妬してしまう。この反応は私には引き出せないものだ。

しかし、この後の言葉も頂けない。

彼が付けたお兄様への名前が『ザ・デストロイ』。破壊神だ。ダサい。ダサすぎる。アメリカ人らしくプロレスリスペクトか?元祖厨か??

何よりお兄様が破壊神というのに納得いかない。お兄様は破壊もできるけれど再生も得意中の得意だが??破壊と再生を司ってますが??

やっぱりレイモンド少年とは気が合わない。

最後に、彼は特大の注文をリクエストした。パラサイトを時間指定で送り付けるから、代金を払ってよ(対象をどうにかしてよ)。と。

とんだ着払いもあったものである。

一方通行だから拒否もできない。・・・それも元々こちらが断らないとわかった上で言っていることも腹立たしい。

・・・リーナちゃんは一体どんな言葉で煽られたんだろうね。

あれだけ毛嫌いされているのだから絶対に煽っただろうレイモンド少年。

可哀想なリーナちゃん。また何か差し入れ考えよう。

通信は切れ、真っ黒な画面に私たちの表情が写った。

お兄様も私も朝から疲れた顔だ。

何も言わずにどちらかともなくハグをした。

 

 

――

 

 

嵐の前の静けさか。

つつがなく授業を終え、放課後の生徒会の仕事も予定通りに片付いた。

バレンタインの残り香か、出来立てほやほやのカップルたちがちらほらいる下校風景を、青春だなぁ、と眺めながらお兄様のお迎えを待つ。

会長と五十里先輩は先に帰っていった。ここには私とほのかちゃんだけである。

リーナちゃんは用事があって生徒会の仕事はお休み。むしろよく学校に来たね、と言ってあげたい。明日に備えてゆっくり休んでほしい。

作ったチョコチップマフィンは朝のうちに渡しておいた。もちろん目の前で毒見はしたよ。・・・少しでも癒されたくて甘いものが我慢できなかったのですよ。

リーナちゃんの髪色を見たらレイモンド少年を思い出してしまったので。

お兄様に何かされたのか心配されたけど、お兄様が原因じゃないので殴り込みに行こうとしないで。リーナちゃんもちょっと心配性になってしまった。すまない、前の戦いの時変なことを言ったせいで。

 

「達也さんが実習の居残りなんて珍しいね」

「このところバタバタしてたから、集中できなかったのかもしれないわね」

 

青木さんが叔母様のお使いでやってきてたり、リーナちゃんに絡まれたりが原因だけど、私は何も知らないので適当に。

すまないねほのかちゃん。有益な情報をあげられなくて。

迎えに来たお兄様は、自分の都合で待たせたことで少し申し訳なさそうだけど、ほのかちゃんは大ぶりに、私は控え目に気にしないでと伝えて帰路に就く。

三人で帰るのも悪くないけれど、エリカちゃん達とも帰りたいなぁ。また喫茶店に寄り道したりして。

・・・わがままになったものだね。

ほのかちゃんの背にぶんぶん振られる尻尾を幻視しながら後に続く。吐き出す息が白くて、まだ春は先だなぁと実感しながら。

恋する乙女は春爛漫だけど、横を歩くお兄様はまだ雪解けはしていない。

降る雪は無いけれど、何年も積もった雪はまだ彼に春の訪れを告げられないまま。

友愛は感じられるようになったけれど、恋愛はまた違うのだろうか。

こればかりは手助けすることはできないから、お兄様自身に育んでもらわなければならないのだけれど、難しいね。

あれだけ妹に甘いセリフを言ったり行動したりしているのだから、恋人にはもっと甘々になると思うのだけど――あれ以上って何ができる・・・?

結構お兄様がやってることってラブラブカップルでもなかなかハードル高いことだと思う。

もしや妹で予行練習でもしているとか?お兄様の将来の恋人が心臓強い人だと良いね。

でないと彼女さん早死にしそう。心臓への負担が凄すぎて。死因が恋人に愛されすぎて、なんてことになりかねない。

その場合ほのかちゃんは耐えられるかな?・・・お兄様が抑えればワンチャン?

・・・そもそも妹相手と恋人相手の扱いがイコールとも限らないし、恋人にはさっぱり大人なお付き合いかもしれない。

うーん。わからない。謎過ぎるお兄様。

私生活を共にしているはずなのにプライベートが謎ってどういうこと?実はお兄様にプライベートの概念が無いのでは?四六時中ガーディアンしているから・・・。私の知らないプライベートなお兄様の姿とかあるのかな?

もしあるのだとしたら、見てみたい。

気づいてないだけで実は見せてもらえてたりしてるのだろうか。

あの仲良し(?)生活が妹のためだけの演出だったとは思いたくないなぁ。

 

(私、そんなに高望みなんてしてないはずなのだけど)

 

何でも完璧にスマートに熟すお兄様は確かに素晴らしいけれど、ごく普通の、適度な距離感の兄妹の生活でも構わないのに。

欲が無く小さなつづらを選んだら、特に望んでなかった金銀財宝が手に入ってしまった、みたいな気分。

・・・あのお話のその後って結構危険だと思うのよね。あの金銀財宝を狙って変な事件が起きそうじゃない?幸福をプレゼントしたつもりが不幸招いたりしない??なんて、シンデレラのその先を考えるようなお話は無し無し。

 

「深雪、考え事もいいけれど、没頭すると危ないよ」

 

頭を小さく振ったらお兄様から注意が。気を付けます。

って、もう駅でしたね。ほのかちゃんの頭の上のお耳が垂れ下がってます。かわいそう。でもゴメンね。うちに連れて帰れないんだ。

 

(あ、でも。この件が片付けば一緒に夕食とかどうだろう?雫ちゃんがいないからほのかちゃんも寂しいだろうし、何ならリーナちゃんも呼んで――)

 

とまで考えるけど、リーナちゃんは難しいかな?一応お兄様を探りに来てるんだし、何か家に仕掛けられても困っちゃうね。

でも夕食ぐらいでもダメかしら?

ちょっとお兄様に相談してみよう。

ほのかちゃんを見送ってキャビネットへ。

 

「さて、俺のお姫様は一体何を考えていたのかな?」

 

隣に座って長い足を組み、膝の上に頬杖をついて見上げてくるお兄様が恐ろしい。

なんてあざとカッコイイポーズ・・・お兄様に完全にツボを刺激されて悶えそうになるのを必死に抑えているのだけど、顔が赤くなってるの絶対隠せてない。お兄様目が笑っているもの。

 

「そうやって揶揄うお兄様には教えません」

 

震え出しそうになるのを誤魔化すためにも顔を背けて口を閉ざすと、お兄様はくすくす笑ってすまない、と姿勢を正した。

まったく。お兄様は妹をすぐ揶揄う。

楽しそうだけれど、心臓に悪いのですから揶揄うにしてももっと別の方法で揶揄ってください。

この件が片付いたらなのですが、と前置きをしてから。

 

「まだ雫も帰ってこないことですし、ほのかを家に招いて夕食でも如何だろう、と思ったのです。雫の家で夕食を共にすることもあったと言ってましたから、今はずっと一人で食事をしているのかと思うと」

 

多分寂しいと思うんだよね。慣れていても、無性に寂しくなる時もある。

前世独り暮らししていた私にはオタ活があったからお一人様でもエンジョイできていたけれど、彼女にそういった趣味は無い。

普通にドラマを見たり、音楽を聴いたり、女子高生の一人暮らしだ。恋しがる家族がいなかったとしても、人恋しくはなる。

 

「家族ぐるみで仲良くしていると言っていたからな」

「それで、・・・なのですが、流石にほのか一人を呼ぶのは・・・その、気まずいかもしれないので、他の皆にも声を掛けてみたりもしたら如何かと」

 

この場合気まずいのはお兄様である。・・・気にしないようにしているけれど、バレンタインの時のこともあってちょっとほのかちゃんに遠慮してるところがあるんだよね。

申し訳ない、って罪悪感があるというか。

お兄様としてはお断りしている相手だしね。いくらお兄様とはいえ気まずくもなるだろう。

 

「エリカ達か。いいんじゃないか。きっと声をかけたら来てくれるだろう。ただ、準備が大変なんじゃないか?」

「デリバリーでもいいですし、さほど手間のかかるものでなければ手料理でも構いません。そこは皆に聞いてみた方が良いかもしれませんね」

 

皆で何を食べるか選ぶのも楽しいだろうから。

手料理だとしても下ごしらえをしておけば、そんなに手間もないから問題ない。

 

「その・・・流石にリーナは、無理ですよね」

「・・・悩んでいると思ったが、リーナのことだったか」

 

お兄様は何でもお見通しですね。・・・私がわかりやすいのか。

だがお兄様も即答はしない。無理もないよね。彼女は任務できているのだ。・・・あれ?そういえば。

 

(確か亜夜子ちゃんが交渉して正体不明の魔法師の詮索ストップさせたんだっけ)

 

その時にこの間リストアップした資料も持って行ってもらったんだった。有効活用してくれればいいのだけど。

って、そうじゃない。それならば家に招いても問題ないのでは・・・?

ああ、でも個人で結んだ協定だから、リーナちゃんは知らないのか。だとしたら余計な気を揉ませることになっちゃうのかしら・・・。

また思考の海に沈みこんでいると、頭にポン、と手が置かれた。

顔をあげると、お兄様の困った顔が。うう、どうして私はこうしてお兄様を困らせてしまうのだろう。

 

「一応声を掛けてみたらどうだ?」

「え?」

「彼女自身の正体はバレているんだ。下手に動くこともないだろう。しかもリーナにとっては敵地で囲まれた状況。表向きは学友との食事でもある。そこにスターズがどうやって襲撃を掛けられる?」

 

・・・ああ~。お兄様が一人で襲撃受けたのは、行きずり強盗に成りすましての計画的犯行だったっけ。

それを考えると、うん。一般家庭にいきなり強盗は来ないだろうしね。ピンポイントにウチに来たら如何な強引な手段を使うUSNA特殊部隊であろうとも誤魔化しようがない。

 

「それより問題はエリカじゃないか?」

 

!ああ、大事なお兄さんがリーナちゃんにやられちゃってお冠でしたものね。・・・その問題もあったか。

そっちの方が難しいかも。

 

「・・・とりあえずこの件が片付いてから、ですね」

「だな」

 

おかしいな。パラサイトの問題の方が頭を抱える問題のはずなのに、無いかもしれない祝勝会に頭を悩ませるなんて。

お兄様に寄りかかって頭を肩にのせる。

頭に置かれたままだった手はするりと滑り落ちて肩に腕ごと回された。

 

「お兄様には、いつも甘えてばかりですね」

「これくらい甘えにならないんだが、それこそ甘えられるのも妹の特権じゃないか?」

「もう十分甘えすぎていると思うのですが。こうして寄り添うなんて、年齢的にもおかしいでしょうし」

「年齢なんて関係ないさ。妹はいつだって兄に甘える権利がある。そして兄にはいつまでも妹を可愛がる権利があるのだから」

 

そんな権利あるわけないだろ、というツッコミをオブラートに包んで言いたいけれど、お兄様が真剣過ぎてツッコめない。なんてこった。お兄様は本心で言っている。

 

「困りました。これではいつまでも兄離れのできない妹になってしまいます」

「兄の困った我儘を聞くのも妹の役目だとも言っていただろう?俺はまだお前を離すつもりはない」

 

何と言うことでしょう。逆手に取られてしまった。

しかし、まだとはまた曖昧な。長いのか短いのかよくわからないね。

 

「困りましたねぇ」

「こんな我儘な兄貴は嫌いかい?」

「・・・困ったことに好きなままです」

 

たくさん困らされてるんですがね、どうあっても好きでしかないわけで。

ぎゅっと抱きしめられて最寄りの駅に。

降りますよ、離してください、とお願いしたのだけれど、肩から腰に回された腕が力強くて抱き寄せられたままキャビネットを肩を並べた状態で降りた。

コミューターは流石に横並びで入れない。腕は離れるはず、と思ったのだけどくるっと反転されて抱き合う形に抱き込まれてドアを潜ることに。

どうあっても離す気が無いね。本当、困ったお兄様だ。

寒い季節なのに熱くてたまりませんよ・・・。心臓さん、全速力で全身に血液回さないで。もう少しゆっくり目にお願いします。

 

 

――

 

 

さ、サクサク討伐しますよ。

最終決戦の地が学校って本当出来過ぎだよね。学校と言っても野外演習場なので、校舎から離れた人工森林というあまり学校とは思えない場所なのだけど。

校内から真直ぐここにくるとこの前のように証明書が必要になるけれど、裏からフェンスを飛び越えれば監視システムもないので誤魔化す必要も無く、すんなり侵入できちゃうということでこっちのルートで来た。

発行するのも証拠が残るし、何より面子がね。どうして、と聞かれると面倒なので。

お兄様を筆頭にエリカちゃん、西城くん、そしてピクシーの五人が実働部隊です。

耳にはハンズフリーの通信機。なんだかそれっぽいよね。これでお揃いのマントとかスーツとかだったなら完全にソレなのに。

緊張感なんてない、と言いたいところだけれど、パラサイトが来るわけだからね。警戒態勢ではある。

ピクシーの波動は個体認定ができるくらいにはわかっているので、今はっきりと分かる波動はピクシーのモノだけ。

今のクッションと少し当たる触手は体を動かす念動による波動だね。結界はすでに張ってます。やはり実験していてよかった。

お兄様は迷わずサクサクと前進し、その後に続く。

都会っ子、普通はこんな森林の道凸凹してたり暗がりの中でスムーズに動けるわけがないのだけどね。誰一人として足元が危ないなんてことが無い。

特殊な訓練を受けてます、的な?危なげなくていいんですけどね。

皆まだ高校生のはずなんだけどなぁ・・・。ちょっと前世の自分がやるせない顔をしている。ガワが深雪ちゃんなので表に出すことは無いけどね。複雑です。

これでハイキングが趣味で、とかいうオチだといいのだけど。あ、そういえば西城くんだけは慣れててもおかしくないのか、部活的に。

うんうん、西城くんのお陰で私のメンタルは無事です。ありがとう。

と、ここで美月ちゃんから通信が。パラサイトの反応を確認。私も遅れて波動をキャッチ。クッションじゃなくてふわっとした触手が漂っている感じはすでになんらかの魔法を使用しているのか。

離れているので詳しくはわからないけれど、方向はわかった。

情報端末を通してほのかちゃんの光学魔法による映像がゲームの敵を知らせるマップそのもののように、正確に伝える。

・・・この二人がいたら奇襲なんて楽勝だね。絶対悪い人たちに利用されないよう守らなきゃ。頑張って吉田くん。

予定通り、お兄様が先行しエリカちゃんが続く。

先に見つけたパラサイトを捕獲しに行ったお兄様と別れたのは、他のパラサイトを一か所に集めないこと。

どうやってレイモンド少年がここにパラサイトを招集したのかわからないけれど、彼らの目的は捕らわれのピクシーであることは間違いない。

そのパラサイトが来たらお兄様が来るまで足止めをする。

 

(それが第一の目的だったのだけれども、やっぱり来たね)

 

ピクシーを狙うもう一つの存在。九島閣下の配下たち。

西城くんの危機察知能力は素晴らしいね。完全に奇襲目的のプロ集団にも反応していた。

急に止まった彼に続いて立ち止まり、たたらを踏んだピクシーをちょっとだけ支える。

ピクシーも熱源やらセンサーで人を察知出来てはいるはずだけど、敵意を持っている、もしくは狙われているかなんて判断はできない。

お兄様によって私たちの命令にも従うようになっているので、彼女は大人しく私の腕の中で動きを止めていた。

 

「西城くん、気を付けて」

「そりゃ、オレのセリフだぜ」

 

うーん、警戒していてもこの軽口を叩くことで固くならないように配慮するなんて、お兄様の類友だね。スペックが高い。

 

「囲まれた・・・わけじゃなさそうだな。そう感じさせてるだけみてぇだ。右手が空いてっけど、深雪さん、どうする?」

 

こうやって聞いてくれるところも紳士だよね。これでモテないなんてほんっと、信じられない。

 

「西城くん、サポートは任せて。西城くんの動きやすいように」

 

西城くんが良い男ムーヴをかますなら、私だって良い女ムーヴをかまさねば。

CADを操作し、いつでも防御も迎撃も取れる場を作る。

 

「ピクシー、私の後ろへいらっしゃい」

 

狙いは彼女。私の後ろにいるならば、絶対に触れさせることはない。私が守り切ってみせる。

そう見つめて頷くと、ピクシーはじっと私を見てねっとり触手を這わせてから頷き返して背後に。・・・張っててよかった結界である。

 

「そいつぁ頼もしい限りだ。じゃ、遠慮なく」

 

西城くんは張り切った笑みを浮かべてぱしん、と拳を自身の手の平に打ち付けた。かっこいいね。こういう王道ヒーローも素敵だ。

キラキラと、うっすら舞い散るダイヤモンドダスト。

私が広げた攻守ともに優れた魔法領域。西城くんの邪魔をする者は減速魔法で停滞させて(凍らせて)、振りかざされた刃には氷の礫が散弾となって襲い掛かる。

少しやり過ぎのような布陣に、西城くんの笑みは苦笑に変わっていた。

 

「こりゃあかっこ悪い所なんて見せられねぇな」

 

そう言って走り出した西城くんに、先行して動き出していた大ぶりのナイフで襲い掛かる野戦服の男たち。

ナイフを腕で受け止めた西城くんだけど、彼らは接近戦に特化した魔法師。それだけで済むはずもない。

西城くんに続けて襲い掛かる衝撃波に、本能で飛び退ったところに打ち消すように魔法を発動。

お兄様の大切な友人を、これ以上目の前で傷つけさせない。

西城くんが驚いた顔をしていたけれど、戦場で惚けるなんて真似をするほど愚かでもない。

続く襲撃にも対応しながら、小さくサンキュ、とお礼を返した。

うーん、いちいちカッコいいね。お兄様と共闘しているところをぜひ眺めさせてほしい。きっとカッコいい。

でも意外に二人が背中合わせで戦うシーンってないんだよね。ここは任せて先に行け、展開ばかり。それも好きだけどね。

相手も馬鹿ではないので当然邪魔な魔法を展開している私を狙いに来るのはわかっていた。

そういう方々には、一定の箇所を踏むと足が氷の蔦で絡めとられちゃう魔法をプレゼントしちゃおうね~。

全身凍らせないのは慈悲――でも何でもなく、単に事象干渉力を下回っている人間に私の魔法を打ち破る術なないからである。舐めプともいう。

物理攻撃に転じることはできるはずだけど、正体不明の攻撃に戸惑ってるのかな。投げナイフを投げつけられたところで減速魔法に阻まれ当たることなどない。

お兄様の妹もお兄様並みにチートでいなければならないのでね。申し訳ない。

大人しく西城くんのレベルアップに付き合ってください。

と思っていたら、コンビネーションで襲い掛かられてるね。西城くんも流石にプロの息の合った攻撃に苦戦している。

どのタイミングで手出ししようか、そう思っていたのだけれど、接近してくる気配をキャッチ。

このスピード、自己加速魔法で距離を詰めてくるのはヒロインでもあるけれどヒーロー味の強い最強剣士、エリカちゃんの登場だ。

私の出番はここで終わりみたい。

西城くんのピンチに颯爽と駆け付けたエリカちゃんによって形勢は逆転。

・・・あと、ダイヤモンドダストにもう一つ、引っかかる人物が現れた。お兄ちゃんとはすべからく心配性なのだろうか。まだ皆気付いてないようだけどね。

到着したエリカちゃんはわざとらしくもう一人、お兄様が近くに潜んでいると臭わせてお相手たちを撹乱させていたけれど、

 

「深雪、達也くんが自分と合流しなさいって」

「ピクシーはどうするの?」

「ピクシーには指示が来てるはずよ。ここで私たちのお手伝い」

 

いつの間に、と思ったけれど、背後にいたピクシーがすっと横に出た。

 

「マスター・から・の命令と・サイキックの・使用許可・を確認しました」

 

ついでに魔法を使わずに伝えてくれるよう指示も出たのね。お兄様ありがとう。

 

「ピクシー、二人は頼りになるから大丈夫。無理はしちゃダメよ」

 

頭を撫でてこの場をお願いすると、こくん、と頷いた。視線は合わせないようにしてくれていたみたいだけれど、するり、と一本だけ触手が腕に絡んだ気がした。

・・・なんだろう、この、そっけない愛猫が尻尾を絡ませてくれた時のような感覚は。思わずぎゅっと抱きしめてから、私はこの場を後にした。

場所わかるの?と背後でエリカちゃんの声がしたけれど、大丈夫です。愛の力がありますので!と心の中で叫びつつ、パラサイトの波動を感じる方へ。

 

 

――

 

 

リーナちゃんとお兄様が交戦するその背後には兵士たちが斃れ伏していた。

若干名生き残っているようだが、すでに虫の息だ。

パラサイトたちはピクシーをどうにかするよりも、仲間を守ることを優先し、6人固まって自分たちを攻撃する敵に立ち向かっている状態なのだろう。

 

「深雪!」

 

お兄様に名を呼ばれた時には、すでに領域干渉を広げていた。

如何な驚異的な速度で魔法を行使できるパラサイトとは言え、魔法の仕組みは同じ。干渉力がモノを言う。

パラサイトたちの猛攻がおさまると同時に、お兄様たちは私の敷いた領域内でも対抗できるだけの高濃度の魔法を構築していた。

反応が早い。この判断力こそ、彼らが身に付けざるを得なかった過酷な環境を物語っているようだったが、今はそれを気にしている場合ではない。

リーナちゃんはお兄様から警告を受けていたはずだけれど、彼女を取り巻く環境・状況が彼女の立場を追い詰め、正常な判断力を失わせていた。

――ただ、任務を遂行するだけの兵器に徹していた。

お兄様が妨害するも、一歩及ばない。

リーナちゃんの攻撃により三体のパラサイトの宿主は絶命し、お兄様が行動不能にしたパラサイトは肉体に見切りをつけて自爆した。

防御の魔法を展開したので二人が傷つくことは無かったけれど、これで八体のパラサイトが宿主から解き放たれてしまった。

今までの傾向であれば、本能的に近くの人間に取り憑いて――となるが、この場には元はひとつからなるパラサイトが全て揃っていた。

一度一つの個に戻り、すべてをリセットする。

ラスボスにある完全究極体に戻ろうとする動きですね。それで全快して絶望を与えてくるRPGの王道的展開。

その為のキーは、封じ込められた二体ではなく、唯一己から離反したピクシー。彼女を奪われたままの危険性を、パラサイトの本能が感じていたのかもしれない。

 

「ピクシー、俺と合流しろ!」

 

お兄様の鬼気迫る命令に、ピクシーは全速力をもって応える。

続けてお兄様がほのかちゃんにフォローを頼んだことで、ピクシーの意思は完全に本体と切り離されることになろうとは、とんだ怪我の功名ではあるのだけど。

ご都合主義って素晴らしい。お兄様にとって良ければなおのこと。

走り出すお兄様のスピードについていくのは至難の業だが、やってやれないことはない。これもコソ練の賜物ですね。

魔法を制御して森の中を駆け抜ける。そのために鍛え上げた健脚だ、と言いたいけれど魔法が無ければこうして背を追いかけることなどできないか弱い私です。

リーナちゃんはわけもわからないけれど、なんかヤバい、と感じているのか慌てて追いかけてきた。ようやくリーナちゃんらしさが戻ってきたようだ。

先ほどまでの兵器に徹していた彼女なら知らんぷりしていただろうからね。

ピクシーの姿を目視できる距離に近づき、お兄様とリーナちゃんはピクシーと対峙しているモノに驚愕しているけれど、私には陽炎のような光の塊しか見えない。

代わりに、大蛇が絡みつくような感覚に己の結界を情報強化して対抗する。情報によって生み出される概念に締め付けられるなんてことはないけれど、圧力を感じて動けなくなることはある。

パラサイトの触手が大蛇クラスに変わったことで、爬虫類が平気な私は普段のパラサイトを相手にする時より精神的にはるかに気が楽になった。

 

「アレは一体、何!?」

「――アレが、貴方が宿主を殺したことによって合体強化されたパラサイトよ」

 

ピクシーの前に私の身を守る結界と同じものを展開する。

距離があるから全く同じとはいかないけれど、少しでも圧力を下げるのに効果はあるのか、ピクシーの触手がちろりと私を舐めた。猫ちゃんの感謝かな?だんだんピクシーの触手なら可愛がれる気がしてきた。

 

「兄さんが、殺さないように忠告していたのはこの可能性があったから。封印してしまえばこれほど脅威になることは無かった」

 

合体して究極体になるかなんて予想してたかはわからないけどね。予測できない最悪の事態になる可能性を考えないお兄様じゃないから。

 

「リーナ、」

「うるさい!」

 

掛けようとした言葉はリーナちゃんによって行き場を失う。

 

「なんなのよ!私はただ任務を遂行しただけ!!脱走魔法師の処理を完遂したのよ!」

「そうなった原因はどうなってもいいということ?」

 

怒りの中に滲んだ悲痛な叫びに、けれど私は追い打ちをかける。このままでは彼女は思考することが無くなってしまう。

自らの意思を消してしまう。それだけは、させてはならないと思ったから。

任務に含まれていない、というならそれまで。彼女にこの先は無い。

でも彼女は――

 

「やるわよ!見てなさい!」

 

己の失態にも向き合える強さを持っていた。

己の判断ミスにより最悪の事態を引き起こした責任を理解し、強大な敵であろうとも立ち向かえる勇気があった。

――残念ながら、物理にしか干渉できない彼女では、その勇気も無駄になってしまうのだけど――それでも覚悟は見て取れた。

食らわない攻撃であろうとも攻撃の意思は読み取ったパラサイトは、ピクシーよりもリーナちゃんを攻撃対象に選んだ。

もしかしたら彼女に取り憑いて手数を増やそうとしたのかもしれない。彼女の攻撃はピクシーたちにも有効だから。

今までの宿主より強いことはわかっただろうしね。

お兄様はリーナちゃんに向いた攻撃を撃ち落とす。その間私も陽炎の周りを領域干渉で鈍らせるけれど、12分の1と4分の3とでは威力が違う。封印されたままの状態で抑え込むのは不可能だった。

じりじりと追い詰められる状況に、リーナちゃんは戦意を失わないようにするのが精いっぱい。

お兄様も決定打を撃つことはできない。

手段は一つしかなかった。

 

「幹比古、こちらの状況は見えているか?」

『わかってる。今大急ぎで封陣を組み立てているところだから、もう少し待って』

 

吉田くんの声の焦り具合に、私たちが感じている恐怖以上のモノが彼らの目に映っているのだと知る。

私からはお兄様の後ろ姿しか見えない。拳が固く握られた。

決心したお兄様の背に、そっと手を当てる。

――お兄様の判断は間違っていない、と。

気持ちが通じたかわからない。けれどお兄様は俯きかけていた頭をあげた。

 

「幹比古、一時的なものでいい。十秒だけ抑えられないか」

 

お兄様が指示ではなく、頼る発言をした。

それは彼らにとってどれほどの衝撃だっただろう。受けた吉田くんは誰よりもその衝撃に驚愕していた。

同時に、奮い立ってもいた。

大役を任されたような、そんな心地になったかもしれない。

 

『・・・わかった。十秒だけ、何があってもソレを抑えてみせる。合図するから、達也は自分の思い通りにやって欲しい』

 

頼もしい言葉だった。

その十秒がどれほど貴重なものかを、お兄様は知っている。それをやってのけると言い切った仲間に、お兄様は今何を思っただろう。

 

『達也さん、私も協力します!』

 

ほのかちゃんの熱い思いは、何も吉田くんに張り合ってのものじゃない。彼女自身の役に立ちたいという気持ちが、何よりも彼女を突き動かす。

 

役者は揃った。

 

 

 

「幹比古、合図を頼む」

『OK・・・3、2、1、今だ!』

 

吉田くんの号令で私は領域干渉を消し去り、直後炎が陽炎に巻き付いた。

ピクシーもほのかちゃんに呼応する形で魔法を放つ。その力は陽炎に向けての激しい拒絶反応のようにも感じた。

パラサイトからリーナちゃんへの攻撃も止まり、突然の攻撃に戸惑い暴れているようだけれど、その動きが私たちに届くことはない。

リーナちゃんはその場で警戒しつつ様子を窺っていた。

 

誰もがパラサイトに注目する中、お兄様の腕が、私を抱き寄せる。

 

勢いが余ったのか、あまりの引きの強さにつんのめってつま先立ちになってお兄様に密着してしまった。

いつものハグとは違う、抱きしめ合う時とも違う、一方的な抱き込みに心臓が痛いくらいに悲鳴を上げるが、お兄様のいつも以上に強い視線に貫かれて時が止まってしまったように動けない。

触れ合う額、絡み合い融和する視線、鼻面同士が触れて、あと何ミリで唇が触れてしまうかというほどの距離で紡がれるのは、短い命令。

 

 

「深雪、視ろ!」

 

 

途端体を駆け巡る不可視の光。

まるで自分が何かの端末になって情報を送り込まれたような、自分が自分であって自分でなくなるような感覚に、密着しているお兄様との境界線が曖昧となりわからなくなる。

私はちゃんと視えると答えられただろうか?

わからない。それでもお兄様に伝わったことだけはわかる。

頭を胸に押し付けられるように抱きこまれて、視界も触覚も嗅覚もお兄様しか感じられないはずなのに、お兄様が指し示す方向がわかる。

見えなかった精神情報体の座標がはっきりと捉えられた。

気が付けば抑圧されていた力が解き放たれている。封印が解除されていた。

セーフティが外され、対象の座標を捕捉、引き金を引く。

 

 

――系統外・精神干渉魔法「コキュートス」。

 

精神を凍り付かせる魔法は、霊子情報体であろうと関係ない、実態を持たぬものであろうとも凍り付かせ――依り代を持たぬ氷はその場で粉々に砕けて散っていった。

 

 

――

 

 

とさ、と落ちる物音に視線を向ければ、氷の粒が消えた虚空を見つめて茫然と座り込んでいるリーナちゃんの姿があった。

全てが終わって安堵して力が抜けたのだろうか?

お兄様の体を押して、彼女に向き直ると――彼女の表情は安堵と正反対、緊張したもので。

 

(・・・ああ、どうしてそんな勘違いができたのだろう)

 

安堵できるはずはない。彼女はアンジー・シリウス。シリウスとして教育を受けた者。

数少ない、私の魔法の脅威を叩きこまれている人だったのに。

彼女の目にはしっかりと驚愕と恐怖が浮かんでいた。

 

「こんな強力なルーナ・マジック・・・ミユキ、アナタ・・・いえ、アナタたち兄妹は一体」

 

先ほどまでお兄様と共有していたことによって視界の情報の多さに酩酊してしまっていても、その様子ははっきりと分かった。

――リーナちゃんはかつて私に言った。私が怖くないか、と。

怖くなかった。彼女が優しくて任務以外で人を傷つけられる人でないことはわかっていたから。

任務だとしても人を傷つける行為で心を痛めてしまうほど人間味のある子だったから。

人を殺せると言っても無差別でもなければ狂気を抱えてもいない。恐れる理由が無かった。

だがそれは彼女が得体のしれないモノではなかったから。

 

(彼女は自分を兵器だというけれど、本物の兵器は私の方)

 

彼女は人として生まれ、強い力を持っていたからこそ上り詰めて今の地位にいる。

――私とは成り立ちが違う。

彼女をこれ以上怯えさせないために目を閉じた。

貴女には何もしないと伝えたかった。

お兄様が、彼女に他言無用を突きつける。

交渉と言うにはお粗末な、けれど彼女にとっては己の地位を脅かされずに済む、そんな唯一の希望に映ったかもしれない。

 

「・・・ワタシに拒否権は無いんでしょう?」

「そんなことはない」

 

そう、そんなことはない。

彼女は保身になんてものに走らなくても、標的は退治されたのだ。

目的をどういう形でも達成し、更に未知の魔法師を、ノーマークだった危険人物を二人も見つけたと報告すれば、彼女にお咎めがあるはずがない。

その判断力を失ってしまうほど、彼女は疲弊していた。

その様子に、お兄様も同情したのだろう。

リーナの進退に言及した。

――もし、辞めたくなったら手を貸す、と。

地位のある者が軍人を止めることは容易ではない。自己都合で退職などまずありえない話だ。

だけどお兄様は手を差し伸べた。彼女の心にはまだお兄様がなぜそんな言動を取ったのかわからないだろう。

けれど確かにその言葉は、心は彼女の頭に残ったはずだ。

混乱する彼女をよそに、お兄様は私の耳元に「大人しくしているように」と物騒な脅し文句を告げてから横抱きに抱き上げた。

先に手段を封じ込められるとは・・・。

茫然とお兄様にされるがまま抱えられ、意味が解らないと叫ぶ彼女をちらりと見る。

彼女には困惑だけで怯えは見えない。でも、それはお兄様に対してだけ。彼女は私の視線に気づいてないかった。

このまま気づかせないでフェードアウトが一番いい。

・・・そう思うのに、気づけば私は口を開いていた。

 

「リーナ、・・・怖がらせて、ごめんね」

 

何も言えないくせに、どの口が謝罪できるというのか。言ってから後悔した。お兄様の服を握りしめて俯いた。

見せる顔が無いとはこのことか。お兄様は空気を読んでかそれ以上何も言わずに背を向けて歩き出した。

ピクシーもその後に続き、戦闘の痕などほとんど残らぬその場所を後にした。

 

 

 

 

リーナちゃんも見えなくなり、酔った感覚も落ち着いたのでお兄様に下ろすようお願いしているのだけれど、お兄様が一向に下ろしてくれない。

今回何か心配させたこともなければ体も不調は収まっている。敵も近くにいないのに、何故?

 

「結局お前に頼ってしまった」

 

苦みをたっぷり含んだ声に、お兄様が酷く後悔しているのが伝わってくる。

 

「お兄様のお役に立てたのなら、それは私にとっては望外の喜びです」

「だが、お前は傷ついた――リーナを怖がらせてしまった、と」

「それは・・・」

 

しょうがないことだ。誰だって防ぎようのない、対抗しようのない強力な魔法を持っている相手を恐れないわけがない。

お兄様の分解も、私のすべてを凍結させる精神干渉魔法も。使い方ひとつで世界を滅ぼすだけの強力な力を秘めている、唯一の固有魔法。

 

「お兄様の気に病むことではございません。脅威が去った、それでいいではありませんか」

 

むしろ私はこの結末を知っていたし、パラサイトたちを消滅させたことにちょっと申し訳ないな、と思わなくもないけれど――、とそうだ。

 

「ピクシー、ごめんなさいね。貴女には嫌なものを見せてしまったわ」

 

今まで大人しくお兄様に付いてきていたピクシーが、私に視線を向けた。べろん、と舐められたような心地です。

・・・ちょっとした大きな獣に舐められたと思えば、まあ・・・悪くはない、のか?

 

「謝罪の意味が不明です。私が嫌だったのは、彼らに取り込まれること。自我を失うことです。深雪様は、それを排除して下さいました」

 

流暢にしゃべるのはテレパシーに切り替わったからだった。ブブッと小さな音と共に聞こえた彼女の声は平たんに聞こえるけれど、どこか柔らかさを感じた。

 

「・・・怖くはない?私は貴女を消滅させる力を持ってるのよ」

「深雪様は、私を消滅させますか?」

「しないわ。する意味がないもの。貴女はいい子で、お兄様のモノなのでしょう?」

「はい。私はマスターのものです。マスターに使っていただくことが私の喜びです」

「なら私にとって貴女は可愛いお兄様の・・・お兄様とほのかの子かしら?」

 

私の言葉にここで初めて振動を感じた。お兄様がものすごく丁寧に運ぶから揺れを一切感じなかったのだけど、動揺させちゃいましたか。

だけど山道で抱きかかえられてて揺れを感じないって、いったいどんな運び方したらそんなことできるのかな?魔法使ってる?筋力だけ??お兄様の筋肉ってどうなってるのか。

成人女性と変わらない体重のはずなんだけど。ってそうじゃないね。

 

「なぜピクシーが・・・そんな存在になる?」

「だってほのかのお兄様に対しての想いが生んだ意識を写し取った子なのですから、ほのかの子でしょう?」

「・・・そこまでは百歩譲ってまだわかるが、なぜそれが俺の子扱いになる」

「ほのかのお兄様への想いによって生まれた子であれば、それすなわちお兄様の子と呼んでもいいのでは、と。そうなれば私にとって姪っ子にもなりますので堂々と愛でる理由ができますね」

「・・・そんな設定がなくともお前はピクシーを可愛がるだろう」

「それは、そうですけれど」

「俺はマスターにならなってもいいが父親役はごめんだ」

 

あらー。お兄様おままごと好きじゃなかった。残念。

ブン、とピクシーも続く。

 

「私も、親と呼べるのは彼女だけです。マスターは親にはなりません」

 

まさかのピクシーからも拒否が。・・・随分意思表示が上手になりましたね。えらいえらい。

こいこい、と手招きして近づいてくれるピクシーを撫でた。

うーん、触手の動きがやっぱり変わってきてるね。びったんびったん嬉しそうに跳ねてる。

表情は変わらないけれど、触手は雄弁です。・・・困ったことに可愛く思えてきてしまった。

可愛い姪っ子ではないけれど。

 

「可愛いペット枠でしょうか」

「・・・うちでは飼わないぞ」

「残念ですが、一応学校の備品ですからね」

 

連れて帰れないのは残念だが、一緒に登下校はおかしいものね。これ以上奇異な視線を集めることもない。

 

「そろそろ下ろしませんか?」

 

ここでもう一度地に足を付けられるかチャレンジをしたけれど、お兄様は首を縦に振ってはくれなかった。

 

 

――

 

 

辿り着いた先で、ようやく下ろしてもらえたけれど・・・見事な手際と言おうか、封印されたパラサイトは忽然と無くなっていた。

ピクシーも居場所がわからないとのこと。封印すると活動してない状態だから反応が分からなくなるのも当然だ。

謝る吉田くんたちだけど、無くなって困るのは持ち帰る準備をしていた吉田くんだけじゃないかな。エリカちゃんは敵が消滅したことで敵討ちは完了しているし、西城くんも同じく。

お兄様はサンプルを回収しろなんて依頼は受けていない。

私には黒い羽根は見つけられなかったけれど、お兄様はちゃんとシグナルを受け取ったみたい。亜夜子ちゃんとお兄様もいい関係だよね。

よってこの場は収まり、エリカちゃん達と合流。

ピクシーをガレージに戻すために、一旦外に出てから校門をくぐるという手間をかけたけれど、皆面白がって文句も言わないで付いてきてくれた。

夜の学校ってそれだけでテンション変わるよね。

皆でぞろぞろと校内を歩きながら、お兄様が切り出した。

 

「とりあえずケリもついたことだし、レオの退院祝いもかねて祝勝会をしないか」

 

お兄様からのお誘いに、ノリのいい皆が賛成の声をあげる。

いつもの喫茶店で放課後かと誰もが思っているところで、我が家を会場にと提案すると今度は驚きの声に変わった。

 

「元は深雪が発案なんだ。ほのかが一人で寂しいだろうって」

 

って、お兄様!どうしてネタばらしをするのです!!

お兄様を見れば、お兄様は穏やかに微笑まれていて開きかけた口を開閉させるしかできなかった。

うう・・・お兄様がいじめる。

ほのかちゃんが感激の声をあげるけど、ゴメンね二人きりにさせてあげられなくて。

 

「むしろいいのかお邪魔しちまって」

「うちは二人暮らしだが、一軒家だから多少騒いでも問題ないし、この人数で食卓を囲むくらいなら定員オーバーにもならないだろう」

 

家だけは広いですしね。何を想定してか、ホームパーティーができるだけの準備はあった。

椅子も机も問題ない。食器も10人分余裕で確保できている。紙皿も紙コップも必要ない。

あの家でいったい誰を招く予定があったというのか。

・・・あれらをあの両親が用意することなんてないのだから、穂波さんが手配したのかな。

だとしたらどんな意図があったのか知りたい。・・・いつか家が四葉の拠点になったりする予定があったとか?

 

「食事は?持ち寄り?それともデリバリー?」

「それも皆の意見を聞こうと思って。深雪は用意したいみたいなんだが、皆でジャンクなものを食べるのもやってみたいと揺れ動いているみたいでな」

 

だから、さっきからお兄様なんで私の内心をペロッと言っちゃうんですか!

しかもその理由は言ってない!確かに思ったけどね。皆でピザパとかタコパとか楽しそうだし。

お兄様の服を掴むけれど、何の効果もない。むしろ手を繋ぐか?と聞かれる始末。繋ぎません!

 

「ホームパーティーはイメージできるけど、二人の家っていうのが想像できないっていうか・・・深雪はどうしたいの?私はどっちでもいいわよ」

「そうね・・・初めてだし、もてなしたいかも。と言っても豪勢なモノなんてできないのだけど」

 

エリカちゃんが聞いてくれるから、希望が言いやすい。ありがとう、いつも助けられてます。

ほのかちゃんはお兄様と一緒に、というだけですでに舞い上がっているし、美月ちゃんは楽しそう、と喜んでくれている。そして男子二人は、というと・・・

 

「俺らもご相伴に預かっていいもんなのか?」

「深雪のご飯はうまいぞ」

「・・・達也が気にしてないなら大丈夫、なのかな」

 

何だか遠慮がち?手土産もいらないよ。こっちがしたくてしているんだから。

 

「でも、放課後帰ってから準備するのって大変じゃない?」

「仕込んじゃえばあとは形を整えるくらいで済むものにするから時間はかからないつもりだけど」

「おお~、慣れてる人の発言」

「お菓子も美味しかったですもんね」

「・・・やっぱり、私も料理できた方が良いよね・・・」

 

おっとほのかちゃんにプレッシャーが?でもお兄様結構食にそこまで関心ないから常に手作りじゃなくていいと思うよ。

ガレージに到着してピクシーとお別れ。

髪をささっと整えてあげると、ニコッと笑ってくれた。可愛い。ぬるっと動く触手も慣れてきた。可愛い。

それからみんなで日程を決めて三日後ならちょうど予定が合うということで、調整をしていたらあっという間に校門へ。

さっきはいなかった警備員さんに見つかったけど、ニッコリ説明したらわかってくれました。ありがとう。

でもこうして誤魔化されちゃうからセキュリティ不安、とも思えてきてしまう。警備体制今度見直しを検討しよう。

 

「そういえば、深雪はリーナも誘いたいんだったな」

 

その言葉に私は固まり、エリカちゃんははっきりと嫌な顔をした。

お兄様・・・今日はやけに饒舌ですね。

エリカちゃんにとっていくらリーナちゃんのことが詮索無用にされたとしても、自身のお兄様に膝をつかせた相手。

無視はできても仲良くおしゃべりなんてできないはずだ。

それに何より、彼女は私を恐れていたのだ。誘うことすらできない。

辻褄合わせのため、今後も学校には来るだろうけれど、仲良くこのままとはいかないはずだ。

 

「・・・リーナは、もう・・・私の顔など見たくないでしょうから」

 

口に出すと余計に悲しくなった。

ピリピリしていたはずのエリカちゃんでさえ、その空気を引っ込めたのだから相当表に出ていたのだろう。

皆はどうして私がこんなに落ち込んでいるかは知らない。吉田くん、美月ちゃん辺りは何かしら眼に見えていた可能性があるが、口に出すことはしなかった。

俯く私に、お兄様は手を握り少し強引に引っ張って早足に歩き出す。

 

「お・・・に、兄さん?」

 

久しぶりに皆の前でお兄様、と呼び掛けて何とか言い直しに成功したけれど、小走りでお兄様に続くとその先には――

 

「本人に聞けばいい。――少し前から聞こえていたんだろう?」

 

リーナちゃんが立っていた。恰好は制服に見えるけれど、着替える時間も無かっただろう。パレードでそう見せているようだ。

さっきまで一緒にいたという痕跡を無くしている。

 

「・・・ええ、聞いていたわ」

「!」

 

リーナちゃんが素直に答えたことに少なからず衝撃を受けた。突っぱねることもできただろうに。

・・・知らぬふりをした方が彼女にとっても都合がいいはずなのに。

 

「でも、私はタツヤの口からより、ミユキから聞きたい」

「だ、そうだ。深雪」

 

・・・これは、どういうことだろうか?私は、彼女に――

 

「・・・アナタが何を心配しているのか知らないけれど、怖くなんてないわよ」

「え・・・」

「と、友達なんでしょ?だったら、こわく、ない」

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 

「リーナちゃん、やっぱり可愛すぎない・・・?」

 

頭がパーン、ってなった。

顔を赤らめて肘を押さえながらもじもじ答える姿に、私はあっさり正月の誓いを破ってしまった。

真っ赤になるリーナちゃん。可愛いね。好き。好きでしかない。一生推す。

顔を覆って俯く私に、リーナちゃんはさっきっから「なっ、ななっ」と不思議な鳴き声を上げている。

そして駆けつける仲間たち。

 

「・・・何このカオス」

「無表情の達也が余計に怖いんだが」

 

え、お兄様?顔は見られないけどなんかプレッシャーを感じますね。なんで?

でもちょっと待って。呼吸を整えないと身動き取れない。

それに、その前に私はしなければならないことがある。

 

「あ、あのねリーナ」

「な、なに」

「今度、うちで祝勝会をするの。来てくれる?」

「・・・・・・友達の家に招かれるのは初めてだわ」

 

片や顔を覆いながら、片や横を向きながら。

・・・来てくれるってリーナちゃん。嬉しい。

 

「~~~兄さん!」

「よかったな、深雪」

 

飛び跳ねて喜びたい衝動を抑えるためお兄様に寄りかかると、お兄様も落ち着かせるように抱きしめて背中を叩いてくれるけど、ごめんなさい。

お兄様にそんな風に抱きしめられると動悸がね。落ち着くのはもう少し時間かかかります。

 

「・・・こんなに喜んでるのを見たら、ヤダ、なんて言えないじゃない」

 

エリカちゃんが面白くないようにぼそっと呟く。

そうだ。エリカちゃんだって複雑なのに、と顔を向ければ、言葉とは裏腹に苦笑していた。

 

「リーナは、リーナだから。深雪のクラスメイトで短期留学生、でしょ」

 

・・・エリカちゃんも優しい。優しすぎる。好き。

 

「・・・ありがと」

 

お兄様からおずおずと顔を出して精一杯のお礼を。んぐ、と何かが詰まったような声が聞こえたけど、誰の声?

顔を向けた時には皆顔を背けてたので誰だかわからない。

とりあえずお兄様じゃないことは確か。そんな振動は無かった。

 

 

 

 

こうして約束をして、リーナちゃんとはここで解散。

皆とは駅まで一緒に行ってお別れした。

 

「・・・お兄様、ありがとうございました」

「何のことだ」

 

リーナちゃんに怖がられているのだとばかり思っていた私に、お兄様はただ言葉を掛けるでもなく示してくれた。

私の周りはこんなにも優しい人たちで溢れている。

私の、大切な、守りたい人たち。

そして何より大事なお兄様。幸せになってもらいたい人。――幸せに導くんだと決めた人。

お兄様の腕に絡んで寄り添う。

 

「お兄様の妹で、本当によかった。私は幸せ者です」

「・・・それは俺のセリフだよ。お前がこうして傍に居てくれる。それがどれだけ尊いことか」

 

コミューターを降りても私たちはぴったりとくっついて帰った。玄関を潜ればそのままハグをして――あ。

 

「ところで、封印解除するのに額にその、キスをしなくてもできるのですね」

 

疑問に思っていたことをぶつけてみると、お兄様は一瞬体を強張らせてから、力を強めて抱きしめて。

 

「アレは例外だ」

 

・・・うん?

 

「あの時限定だ」

「そう、なのですか?」

「ああ」

 

・・・次っていつその機会ありましたっけね?とりあえず、封印解除にキスは必要なんだそう。

今回例外だったのはどうしてだろう?しなくてもいい方法あるんじゃないのかな?と思わなくもないけれど、今回のアレも相当恥ずかしかったな、とどちらもそんなに恥ずかしさには変わらないことに気付いたのでこれ以上の口をつぐんだ。

 

 

――

 

 

そして三日後。

一度駅で解散して着替えてからまた駅に集合してウチに来ることになった。

私はお兄様が迎えに行っている間に準備を整えて出迎えるため急ピッチで料理を仕上げていく。

大皿で取り分けスタイルの方がわいわい楽しいよね。ということで取り分けやすいものをチョイス。

見栄えは拘り過ぎないようにした。気取って緊張させてもしょうがないから。色味は気にするけどね。

食べ応えのあるものからさっぱりものもまで。各種取り揃えましたとも。

昨日の夜のうちに大抵のものは仕込み、朝もちょちょっと付け込んだりして。

お兄様が時折様子を見に来ては一口食べてもらって味を確認。お兄様美味いしか言わないけどね。せっかく傍に居るから。

とまあ昨日からバタバタと動き回ったおかげで思ったよりも早く準備ができてしまった。

魔法で保温しているからいつでも出来立てほやほや。匂いについては、作っている時に充満した時の分はもう換気できてるはず。だけどずっと作ってたから鼻がおかしくなってるかも。

部屋を見回して最終確認を――あ、忘れてた。母の写真は片付けておかなくちゃ。お部屋に避難していてくださいませね。

でも写真がないとなんとなく寂しいね。うーん、お花でも摘んできて飾る?

だけど今からだと、いくら魔法で綺麗にできるからって土を触った手で食事を提供するのもねぇ。といろいろ考えて、良い案も浮かばないのでお部屋から適当にレース編みで作った花瓶敷を。何も無いよりましかなって。

だけどいざ置いてみるとこう、何か乗せたくなるね。籐で編んだかご?そうなると今度は何か入れたくなるね。ってことで冬らしいものということで毛糸玉を。

なんでそんなものがあるのかって?あみぐるみでぬいのボディ作ったらどうなるかやってみたんだよ。

結果。ちょっと理想に合わなかったので普通に動物のあみぐるみを作ったりしたんだけど・・・毛糸玉よりもそっちの方が良いかな。

確かぬいの箱に一緒に入っているはず、と何度目かの往復を。落ち着きがないね。

ありました。手乗りサイズの小鳥のあみぐるみたち。毛糸玉を少し解して乗せればあら不思議。巣にいるみたいになりました。

まるで初めから考えられたかのようなフィット感。可愛いね。ようやく納得いく形ができたところでチャイムが。

玄関に向かったところでお兄様が開けて下さいました。タイミングばっちり。

 

「いらっしゃい」

 

おじゃまします、とそれぞれの個性あふれる言い方で入ってくる皆に寒かったでしょう、と出迎える。

 

「あれ、深雪さんそのエプロン」

 

美月ちゃんがエプロンに触れる。私が今つけているのはシンプルなモノトーンのエプロンだった。

以前一緒に買ったものじゃない、って思ったのだろうけど、流石にお友達の前であのエプロンはちょっと。

 

「アレは俺以外に見せたくないからそれでいいんだ」

 

お兄様・・・、妹は複雑です。見てくださいこの美月ちゃんを。お顔真っ赤。

寒さによるものじゃないね。すまない。うちのお兄様が。

 

「え、あの新妻風エプロン使ってるの?」

 

ああ、エリカちゃんもその場に居ましたね。そして言っちゃうんだ・・・せっかくぼかしたのに。

ぎょっとした二人にうわあって顔したエリカちゃん、きょとん顔一人に驚愕顔がお一人。

・・・ほのかちゃん、そんなに真っ赤になって驚かなくても。

リーナちゃんはピンと来てない模様。新妻エプロンって海外にはない?むしろそっちの国から来てる気がするけど、まあ知らなくていいことってあるよ。

 

「買ったら使わないともったいないでしょう。物に罪はないのだから。兄さんもいつまでも玄関で遊ばないの」

「悪かったよ」

 

コートや手荷物は玄関のクローゼットに。

二階に興味津々のエリカちゃんを抑えてリビングへ。

 

「え、すご・・・コレ深雪が全部作ったの?!」

「結構な量ありますよ!」

 

まあ八人いるからねぇ。その内食べ盛りの男子が三人もいるのだから、たっぷり作りましたとも。

足りないよりかは余るくらいでちょうどいいから。

余っても冷凍できるし、何ならタッパーだって用意があります!

そう言うとちょっと呆れられた。用意がよすぎるって。ごめんね。張り切っちゃった。

 

「シャンパングラスって、酒でも飲むのか?」

「レオ。冗談でも酒の話は禁止だ」

 

冗談で言った西城くんに、しかしお兄様は真剣な表情と低いトーンで返した。

お兄様の必死さに、皆が驚いてます。

まるで私が酒乱のようじゃないですか。

私のお酒の楽しみ方はふわふわして暴れまわるタイプじゃないと思うのだけど、どうにも様子を聞いてもお兄様は教えてくれないんだよね。

 

「深雪ってそんな酒癖悪いの?」

「確かお正月のお参りの時も達也さん止めてたよね」

 

ほらー。皆から変な目で見られてる。

 

「弱いのは事実だけど、・・・そんなに迷惑かけてるの?」

 

何度も質問するのだけど、お兄様の答えはいつも一緒。

 

「迷惑じゃないよ。・・・ただ危ないだけで」

「だから、何が危ないの?」

 

ここからお兄様はただ首を振るだけ。何も言わなくなる。

 

「危ないって何がでしょう?」

「もしかして魔法の制御が甘くなるとか?」

「絡み酒とか?」

「もしかしたら脱ぎだすとか?」

 

エリカちゃんの発言に赤くなる人がいるけども、お兄様が一切否定しない。

われ関せず、というよりこの話題に触れようとすると、どうにも反応が悪くなる。

 

「もう、その話はお終い。飲み物は全てジュースだから安心して。シロップはジンジャーとハニーレモン、ジャム系を溶かしても美味しいけど初めはシンプルなのをお勧めするわ。普通にアイスコーヒーとアイスティーもあるから好きなものを選んで」

「・・・嘘でしょう?シロップも自家製?」

 

驚きよりも引かれる反応。

申し訳ない。・・・こだわりだすと色々作っちゃう系のオタクです。

 

「モノ作りは深雪の趣味だな。そのおかげで俺はいつも美味しいものを食べられる」

 

お兄様は慣れた手つきでジンジャーシロップを入れて炭酸で割る。はちみつはお好みだけどお兄様は辛いのが好きなので追加することはない。

男子はお兄様に倣って同じように、女子は色々興味深げに見て試している。こういうのって男女で分かれるよね。面白い。ドリンクバーを見ている気分になる。

全員に行き渡って席に着く。ドア側にリーナちゃん、私、美月ちゃん、吉田くん。反対側のドア側からほのかちゃん、お兄様、エリカちゃん、そして本日の主役の西城くんが座っている。

 

「じゃあレオの完全復帰と、事件解決を祝って――乾杯」

「「「「「「「乾杯!」」」」」」」

 

音頭を取ったお兄様に続けて皆グラスを掲げた。

ここからは食べ盛りの高校生。会話よりも目の前の食事だった。

 

「うお!この唐揚げかなりヒット。ウマいな!ガーリックが効いてる」

「あれ?塩唐揚げじゃないの?」

「唐揚げはしょうゆを含めて3種類あるから」

「このエビにかかってるタルタルも美味しい」

「あれ?この見た目変わった餃子、中身がさっきの餡と違いますね!」

「好きな具材を選べるように折りたたんでるだけだから、はみ出た具材で好きなものをチョイスして」

「こっちの一口サイズのホットサンドも中身がチーズ入りとそうじゃないのがあるわね」

「このお肉、中にライスが入ってるの?不思議な味付け。辛いのに甘いわ」

「ああ、それは肉巻きおにぎりね。兄さんが好きなの。甘辛い、または甘じょっぱいっていうのよ」

「達也さんの好物・・・!」

「アレはボリュームがあったけどこの小さいサイズでもいいな。食べやすい」

 

皆思い思いにいろんなものに手を付けてくれているようで嬉しいね。喜んでもらえているようでなにより。

前菜も主菜も関係ない。食べたいモノを好きな順番で召し上がれ。

 

「リーナは嫌いなものはない?」

「あまり考えたこともないわ。食べられる物なら何でも食べられるんじゃないかしら」

 

ああ、勝手なイメージだけどアメリカって偏ってそうだものね。

 

「・・・このキッシュは美味しいわ。素朴な味なんだけど、なんだか懐かしい気分」

 

嬉しくなって微笑むと、リーナちゃんはちょっぴり恥ずかしそうに下を向いて口を動かしていた。可愛い。

彼女の私服は依然と違って時代に見合った服だった。むしろ前回の服はどうやって選んだんだろう?不思議だ。一体どこで手に入ったというのか。

シャンパングラスはとっくに空で、普通のグラスにそれぞれ好きなものを注いで飲んでいた。

変わり種を狙いに行く人もいれば冒険をしない人もいる。個性だね。

そして美月ちゃん思ったよりチャレンジャー。いきなりミックス行きますか。反対にエリカちゃんは意外と保守派。人のにはちょっかいかけるけどね。

私は唐揚げを追加したり、ポテサラを新たに出したりとキッチンと行き来していた。途中ほのかちゃんが手伝いに来つつ、お兄様が好きなもの調査したりする場面があったりと、忙しく動き回った。

二人きりの食事もいいけどこういった賑やかなのもまたいいものだ。

テーブルの上にあったたくさんの料理はほぼ空になっていた。

流石男の子が三人いると違うね。女子はもうそろそろいっぱいみたいだけど、男子はまだいけそう。

混ぜご飯の詰まったお稲荷さんと唐揚げの組み合わせって良くない?私は好き。

卵焼きもつければ食べ応えのあるお弁当のラインナップだよね。

ってことでだし巻き卵も付けたらお兄様が目の色を変えた。・・・好きだよね、だし巻き卵。

いつの間にか席は男子三人が固まって食べ続け、残った女子たちはさっぱりデザートタイム。ミックスベリーのゼリーです。お供には香り立つ紅茶を。

 

「・・・料理まで完璧とは、おそるべし深雪のスペック」

「完璧じゃないわよ。それだったらもっと見栄えを気にするでしょ。これはせいぜい趣味の範囲」

「趣味でこのクオリティはちょっと・・・」

「あのだし巻き卵もレシピ教えて~」

「はいはい。あとで送るわ」

 

 

「――なんで、こんなことができるの?」

 

 

――

 

 

最後の言葉は質問というより呟きのようなものだった。

リーナちゃんが、項垂れている。本人は呟いたことにも気づいていないかもしれない。

茫然と呟かれた彼女の言葉の意味の指しているものが料理のことではないことはわかっていた。

そうだよね。彼女には奇妙に映っただろう。

魔法力もあり、サイオン量も多く、特殊な固有魔法まで会得している魔法師が、こんな一般家庭(にしては色々おかしいけど)で平和的に暮らしているとは思わないだろう。

魔法科高校で成績も優秀で学年一位。

それどころかルールが決められていたとはいえ、USNA最強部隊の総隊長と互角にやり合う実力があるのに、戦場に出ることも無く料理が趣味だという。

どこにもいないようなパーフェクト女子高生が、こんなところでのうのうと静かに暮らしているなんて、力を有しているからこそ普通の生活を送れない彼女が信じられるわけがない。

深雪ちゃんほどの能力ある人間が、なにも巻き込まれずに生活しているなんておかしいものね。

事実、実際は隠しているからそう見えているだけなのだけれど、それにしても彼女にしてみれば、さぞ自由に暮らして見えていることだろう。

なんの柵もなく、大人たちに檻に入れられ指示を待つ暮らしとはかけ離れている。

 

「兄さんがね、いるから」

 

私がこうして自由でいられるのは、お兄様がいるからだ。

お兄様が守ってくれるから、好きにさせてもらえる。

もしお兄様以外のガーディアンだったなら、まず何もさせてもらえない。料理なんてもってのほか。

キッチンにも立たせてもらえないだろう。紅茶もコーヒーも好き勝手淹れられない。ただ、用意されるのを待つのみ。

 

「料理を作っても食べてくれる人がいないと、料理って楽しさが半減するの」

 

作ることは楽しい。味を追求するのも楽しみの一つ。

けれどやっぱり誰かに美味しいって食べてもらえることが、料理の醍醐味だと思うから。

リーナの言いたいことが料理のことじゃないってことはわかっていても、ここで彼女の正体を、立場を踏まえて話すことはできないから。

だからぼかしてぼかして伝える。

 

 

『お兄様がいるから』――それがすべての答え。リーナちゃんは気付けただろうか。

 

 

 

「だから今日はとても楽しかったわ。いろんな美味しいが聞けて嬉しかった」

 

このメンバーが揃って笑顔で食卓を囲める日が来るなんて夢のようだ。こんなシーン、オリジナルアニメにだって無い。

あとはここに雫ちゃんがいれば完璧だったのに。それだけが心残りだ。

写真はきっと諸事情で撮らせてもらえないけれど、何か記念に・・・と思ったところで写真立てのあった場所に目が行った。ああ、ちょうど六羽いたわね。

席を立って籐かごを持ってくる。

 

「入った時から気になってました!そのあみぐるみ可愛いですよね」

「あみぐるみ?ぬいぐるみじゃないの?」

「編んで作ったからあみぐるみっていうのよ。ぬいぐるみは縫うでしょ」

 

好きな子を選んで、と差し出すと皆疑問符を浮かべていた。

 

「今日の記念。女子の分しかないけれど、こういうのって彼らは興味ないだろうし」

「・・・もしかしなくてもなんですが、これも深雪さんの?」

「本当は別のものを作る予定だったのだけど、うまくいかなくて。もったいないから手慰みに。可愛いでしょ?」

「・・・・・・アナタ、いったい何ならできないの!?」

 

え、できることを聞かれるならわかるけどできないこと??

 

「えっと。世界平和?」

「そんなの誰だってできないわよ!!」

「リーナ、落ち着いて」

「深雪ってこういう時ボケるよね」

「でもリーナさんの気持ちもわかります。深雪さんって完璧すぎて」

 

おおう、流石深雪ちゃん。高評価。でも実際できないこと多すぎて困ってるのだけどね。

 

「私、皆が思ってるほど完璧じゃないわ」

 

もちろん嫌味でも謙遜でもなく、私にできることは限られている。

 

「一人じゃ何もできないもの」

 

こうして紅茶を楽しめるのも、淹れたい相手がいてこそ。

前世はおひとりさまを満喫していた。

あの頃の自分は一人だとティーバッグどころかイベントグッズで買ったお茶を消費するくらい。あの時代グッズは多種多様。色々あった。

楽しむ、というよりもったいないから消費しなきゃだった気がするけどね。

これがキャラのイメージかぁ、くらいで味の違いなんてわからなかった。

ご飯だって、課金は家賃までとは冗談だけど、それなりに使ってたから食費は削ってもやしが多かった。

腹が満たされればそれで十分。外食はもっぱらコラボカフェ巡り。コースターのためにお腹はジュースのちゃんぽんで大変なことになっていたっけ。

おひとりさまは自由だ。好き勝手出来る。

だけど、食事を楽しんだ記憶はない。家で一人で食べたって面白みもないし、作るのだって作業になる。

オタ活は楽しかったし、おかげで身に付いたことも多かった。それなりに充実もしていたと思う。それでも何か成せたかと言えば――

深雪ちゃんになって、人のために、お兄様の生きると決めて初めて何か行動を起こそうと思った。

前世とは違う生まれと育ち。何でもできるような気がした。

けれどスペックがいくら高くても一人でできる範囲はとても狭かった。

できると思っていたことが何一つできない不自由さ。不器用さ。恐れて動けないこともあった。

 

「まず、一人で初詣に行けないわ」

「それは・・・」

「無理でしょうね」

「え、どうして??」

 

リーナちゃんは疑問だけど皆は納得した。

 

「ああ、大変だったんでしょ。渋滞起きたとか」

「すごかったんですよ。深雪さんが通るたび人が凍り付いたように動かなくなるんです。皆見惚れちゃって魂が抜けたように立ち止まって」

「あの時の深雪、神々しくて綺麗だったもんね。・・・私も美月みたいに洋服にすればよかったよ」

 

リーナちゃんは思い当たるシーンでもあったのかな、納得した。

 

「なんでか甘酒も外で飲んじゃいけないらしいし」

「・・・お酒は体質でしょ」

 

できないこととは違うじゃない、とツッコまれるけどお酒で楽しむのは大人の嗜みだったり楽しみだったりすると思うんだよね。

 

「多分だけど一人っ子だったならだらしなく生活してたと思うわ。自立なんてきっとしていなかった。したいこともなかった。意外と思われるかもしれないけれど私大雑把なの」

 

深雪ちゃんって結構思考放棄型。魔法力もサイオンも人並み以上にあるから細かい小技より大技で潰しちゃうし。

お兄様に助けてもらうまでの深雪ちゃんを思い出してほしい。

人の言うことを鵜呑みにして、お兄様が気になるのに壁を作って近づけないでいた。

多分沖縄での出来事がなかったらツンデレどころじゃなく、思春期のお父さんと娘バリにお兄様を毛嫌いしていた可能性が大だ。

周囲に影響されまくってガーディアンとして仕方なく使ってあげてる、くらいに思っていたかもしれない。気になるくせにね。

・・・そう思うとぞっとするね。あの出来事は心に傷を負ったけど、性格矯正には必要不可欠のイベントだった。

 

「それは大雑把っていうより、無気力なのではないですか?」

「そうかもしれないわ。そっちの方がしっくりくる」

 

流石文系女子。表現が上手いね。

 

「そもそも初詣に行こうなんて思わず家にいただろうし、甘酒も無ければ飲もうとも思わないわね」

 

一緒に行く人がいるから行くのであって、一人ではその気も起きなかっただろう。

 

「だからまあ、私が完璧に見えるなら、それを一緒に楽しんでくれる人や、見ていてくれる人がいるからやる気になってるだけなのよ。私にはその相手が兄さんで、兄さんが頑張っているのを見て頑張ろうって気になったり、何かしてあげたいって思ったり。

って、上手くまとまらないわね。リーナ、ごめんなさい」

「ううん、なんとなくだけど、わかった気がする」

 

途中から何の話だっけ、と思い返してリーナちゃんからの質問だったことを思い出した。

こんなのでリーナちゃんの疑問に答えられたかはわからないけれど、それでも彼女には何か伝わったらしい。

と、ここでずっと食べていたお兄様がおもむろに立ち上がって私の後ろに立った。

直前までお稲荷さんを食べていたからだろう。指に付着していた油をぺろりと舐める。

お兄様ったらお行儀悪いですよ。ほら見てください、ほのかちゃんが息してません。お顔が真っ赤です。戦犯。

私?ポーカーフェイスの下ではえらいこっちゃですよ。指ペロなんてエロいことしないでいただきたい。

 

「おしぼりあったでしょう」

「おいしくてつい、な」

 

つい、で友達を撃沈させないでください。

 

「深雪は何も初めから完璧だったわけじゃない。卵焼きも最初は不格好だったしな」

「そうね。焦げてしまって見た目どころか味もイマイチだった。それを兄さんは美味しいと言ったから、不満を言ったのを覚えているわ」

 

無表情だった頃のお兄様は、味にこだわりが無かったので妹の一生懸命作ったものを美味しいと言ってくれたのだけど、アレで心に火が付いたのよね。

絶対心から美味しいと思えるものを作りたいって。

 

「料理だけじゃない。深雪にとっては及第点ではあっても完璧ではないんだろう?」

「できないことが多すぎるもの」

 

本当に、お兄様は私のことをよくわかっている。

そう、そもそも私は完璧じゃない。完璧だったなら救えないだの後悔だの悩むはずがない。

未来を大まかに知っていても、できないことがたくさんあり過ぎる。

若干拗ねたように返すと、お兄様は私の頭に手を置いた。

 

「それでいい。お前が完璧になってしまったら、俺は傍に居る意味がなくなってしまうから」

「そんなこと、」

 

ない、と否定したかったのだけれどお兄様がその先を封じる。

 

「兄妹支え合ってここまで来たんだ。これで深雪が完璧になってしまったら支えるバランスがおかしくなってしまうだろう?今でさえ、俺はお前に甘やかされているんだから」

「それを言うなら私こそ、こうして甘やかされっぱなしじゃない」

 

今だってこうして慰められているというのに。

 

「自分に厳しすぎるお前だから、俺がその分甘やかすんだ」

「・・・それこそ私のセリフよ」

 

向けられる視線の甘さで砂糖を入れてない紅茶まで甘くなってしまった。

全然口直しした気にならない。

 

「おーい、すぐに飲めるアイスコーヒーまだあるぞー」

「店員さん一杯お願い」

「誰が店員か」

 

今日の主役だぞと笑いながら皆にコーヒー注いであげる西城くん優しいね。

全員にコーヒーが行き渡った。すまないね。今日は飛び切りのコーヒー淹れたから味わって。マスターには及ばないけどね。

それからソファでくつろいでしゃべったり、探検に行こうとするエリカちゃんを止めたりとそれなりにあったけれど割愛。

でもほのかちゃん、いつもお兄様がどこに座ってるかとか、本人いるんだから席にドキドキしなくていいと思うよ。

恋する乙女の暴走もなかなかだ。

あっという間に楽しい時間は過ぎていく。

玄関までのお見送りにて。

 

「お土産にこれ貰ってくれる?」

「なぁに?クッキー?」

「わあ。可愛い」

「猫ちゃんのクッキーですね」

 

そう、渡したのは透明な袋に包んだクッキー。

猫の顔の形をしたものとすらっとした全身タイプの二種類。

 

「今日は猫の日だから」

「・・・本当にマメね~。ありがと」

「なんで猫?」

「2月22日だから猫の日。ニャーニャーニャーってね」

「ほー」

 

昔はメジャーでも今はそこまで認知度がないのかな。

エリカちゃんのニャーが頂けて今日はこれ以上ないくらい最高にいい日になった。ありがとう。

本当は駅まで送ろうかと言ったのだけど、今日はもう休めって断られちゃった。テンション高くてまったく疲れてないんだけどな。

楽しそうな帰り道を姿が見えなくなるまで見送った。

リーナちゃんとエリカちゃんは横に並ぶことはないけれど、邪険にもしてない普通の態度に見えた。

内心はわからないけれど、彼女たちもいろいろと経験をしているからか。大人だね。

 

「さ、もう中に入ろう」

「そうですね」

 

 

――

 

 

玄関に入って扉が閉まると抱きしめられる。

 

「今日はお疲れ様」

「楽しすぎて疲れた気がしませんが、お兄様もお疲れさまでした」

 

ホストとして回してくれてましたからね。

 

「俺も十分楽しませてもらった」

「ならよかったです」

 

すり、と胸に擦り寄ると、お兄様は最近気にいったのか髪を梳くように指を間に入れて撫でる。

二巡もすれば三十秒はあっという間で、お兄様の背を叩くと名残惜しむようにゆっくりと離された。

 

「そういえば写真立てはどうした?」

「私の部屋に」

「あのあみぐるみというのも深雪が作ったんだな。昔母さんの枕元にあったのも」

 

よく覚えてますね。お母様可愛いモノ好きなの隠してたからお兄様の前ではしまっていたりしたのだけど、時折そのまま寝ることもあったからね。

 

「ずっと仕舞っていたのですが、飼い主が見つかってよかったです」

 

皆でお揃いのものを持つって特別感があっていいよね。カラフルに文鳥やらセキセイインコやらオカメインコやらバラエティに富んで作った甲斐があったというもの。

 

「残りの一羽は雫か」

「貰ってくれると良いのですが」

「貰うだろうな。深雪の手作りなんだから」

 

だといいのだけど、お兄様断言しますね。なら信じましょう。

 

「お兄様も欲しいですか?」

「・・・俺はお前が可愛がる一羽を一緒に愛でさせてもらおう」

 

つまりお兄様は可愛いモノは見るのはいいけど持つのはちょっと、という思春期男子ですね。わかりました。

体よくいらないと言われたのを勝手に変換しておく。

中に入ってお片づけを。けれどそこまで手間がかからないだろう。

なぜなら、きれいさっぱり片付けるだろうはずの食べ物が何一つ残っていないからだ。

 

「しかし、あれだけあった食事がまさかこんなに綺麗になくなるとは驚きです。無理して食べたりされてないといいのですが」

「それは無いと思うぞ。デザートも楽しむ余裕もあったし」

 

それは凄い。もしや足らなかったのでは、と不安になるが、それもないとお兄様が。

お兄様が言うのなら大丈夫なのかな。次ある時はもう少し作ろう。

 

「――リーナは」

「ん?」

「あの日お兄様が言った言葉を受け止められたでしょうか」

 

お兄様がシリウスを、軍を辞めたくなったら手助けできるとの言葉を。

考えたこともない彼女にとってその言葉は青天の霹靂だっただろう。

また何か企んでいるのでは、と疑いを掛けていてもおかしくない。だが、そんな素振りを彼女は見せなかった。お兄様に疑念を抱いているような、そんな視線は無かった。

 

「さあな。そればっかりは本人次第だ」

 

お兄様はあっさりとしていた。どちらでも構わないということか。ただ、それでも提示をした。別の道があると示した。

それは彼女に少なからず衝撃を与えたことだろう。

 

「お兄様にとっても、リーナは特別だったのですね」

「特別、のつもりはないが」

「そうでなければ、あのように手を差し伸べることはないでしょう」

「それは・・・」

 

珍しく言い澱むお兄様。

おっと、ここにきてようやくお兄様のラブフラグが!?そう思ったのだけど。

 

「俺には深雪がいた。・・・さっきの話じゃないが、俺にはお前がいたから思考を止めずにいられた。全てを諦めることもなく、お前が幸せになるために俺に何ができるかを考えることができた。だが、リーナには居なかった。――だからだろうな。以前深雪が言った通りだ。彼女は深雪のいない俺の分岐先なのではないか、とな。だから気にかけてしまったのだろう」

 

違いましたね。お兄様は真剣にリーナと向き合ってました。邪でごめんなさい。

 

「余計なお世話だったようだがな」

 

あの時最後に彼女が怒ってた様子でそう思ったのだろうけれど。

 

「そんなことございません。お兄様の掛けた情けはきっと無駄にはなりません」

 

今度は私が断言すると、お兄様はそうだといいなと苦笑した。

 

「ところで、今日は猫の日だったんだな」

「ええ。あ、お兄様もクッキー召しあがります?」

「せっかくだから前に見た映画でも見ながら食べないか?今日はもう勉強する気分でもないだろう」

 

お兄様から魅力的なお誘い!ぜひ!と飛びついて準備に取り掛かる。

ぴったりと寄り添いながら映画鑑賞。

どうやらこの映画を見るとお兄様はアニマルセラピーを求めるのか、撫でたり抱きしめられたりとスキンシップが激しい。

映画に夢中なので恥ずかしいと思うことはないのだけど、その手つき、ちょっと集中できない。

 

「お兄様、いっそ初めから抱きかかえて見てくださいませ」

 

ちょっかいに耐えられなくなったので映像を止めてお兄様の足の間に納まって、お兄様をシートにして再生。

お兄様はお腹にシートベルトよろしく腕を回して大人しくなった。これで万事解決。

映画を楽しみ大満足――だったのは映画が終わって一枚のクッキーを食べ終わった瞬間だった。

 

(・・・ワタシハ一体何ヲ・・・?)

 

硬直する私に構わずお兄様は私を抱き込んで肩に頭を乗せたまま動かない。

 

「お、お兄様、映画、終わりましたよ」

「そうだね」

「そろそろお放しくださいませ」

「どうして?」

 

どうして、じゃありません!何この格好!恥ずかしい!!

思わず顔を覆って俯くと、お兄様は離れた分を取り戻そうと体を抱き寄せた。

さっきより!密着面が多い!!

 

「さっきまで皆に深雪を独占されていたんだ。不足分を摂取しないと」

 

不足したとは??妹を抱きしめて何が摂取できるというのです?

というか皆に独占されたって。

 

「甘やかしてくれるんだろう?」

「これは甘やかしになるのですか?」

「これ以上ない甘やかしだな」

 

左様ですか。ドキドキ通り越すともう何も考えられなくなるよね。

 

「・・・夜に甘いものの取り過ぎはよくないので少しだけですからね」

「わかった」

 

とりあえず抵抗を試みたけれど、すぐに解放されたかといえば・・・まあ、お察しですよね。

ぐったりとした私を部屋まで運んだお兄様はつやつやと輝いていた。元気が一番ですよ。うん。

 

 

――

 

 

生徒会って忙しいのね。

ここしばらくずっと遅くまで残って卒業準備に追われてました。

手配することが多くて、漏れがないかのチェックするだけでも大変な量。

猫の手も借りたい。

 

「いるか?」

 

お兄様が手伝いたそうにこちらを見ている、仲間にしますか?とする、しないのコマンドが出てくるけれど、しない方向で。

でないと七草先輩との恋愛フラグがね?皆の前でちょっかいかけるより少人数の方が印象に残るだろうし。

切なそうな瞳で見つめられるけど、お兄様はこっちよりもやることがおありなのでね。そっちを頑張ってください。

ある程度目途が立ち、ようやく余裕が出てきてほのかちゃんと抱き合ったのはいい思い出。ふわふわだね。マシュマロみたい。特にどこが、とは言わないけど。

そして時間ができたのでお兄様にお願いしてピクシーの元へ。

久しぶりに会った気がする。パチッと目を開いたピクシーはお兄様を見た後、私に視線を向けて――おおっと、全身に絡みついてくる。

 

「なかなか会いにこれなくてごめんなさいね」

 

結界張っといてよかった。全身舐め回すように動いてる。ちょっと怖い。

 

「ピクシー、何をしている」

「ヘルスチェックを、行っています」

 

・・・ああ、それで全身を隈なく触手を這わせているのか。心配してくれているのだからここは我慢。

お兄様が私の腰が引けたことに気付いてピクシーに確認してくれたおかげで、何が起きているのかがわかってよかった。

寂しがってるのかと構いに行くところでした。恥ずかしい。

でも心配してチェックしてくれているので感謝として頭をなでなで。いい子。

 

「ストレス値が・上昇・しています。疲労を・確認。休息を・お勧めします」

「ありがとう。心配してくれたのね。嬉しいわ」

 

撫でる手がスピードアップしたよね。ついでにハグも。

温度はないけれど、柔らかさも人とは違うけれど。

 

「感謝のハグよ。嬉しいから貴女にハグをするの」

 

ピクシーは私の行動がどのような気持ちで行われるのかを知りたがった。

だから聞かれる前にどういう気持ちだからこうしているのだと伝えるようにしている。

 

「感謝のハグ・は、前回とは・理由が違います」

「そうね。前回は髪をいじらせてもらったからの感謝のハグだったわね」

 

なんだろう、久々のこの育成している感じ。胸が温かくなる。これが母性?久しぶりに子育てをしている気持ちです。

最近うちの子は成長しすぎて手に負えなくなってしまったので、このピュアな反応が懐かしい。

母もお兄様も同じように戸惑っていたものね。

 

「深雪」

 

成長しすぎたお兄様からのお声が。

ピクシーの体を解放してあげて、最後に頭を撫でる。

彼女の瞳は感情を映すことはないけれど、じっと見つめられれば何か伝えたいのでは、と思うわけで。

 

「どうしたの、ピクシー」

「・・・わかりません。異常は・ないはず・ですが、体が・意思に関係なく・動こうと・しました」

 

・・・・・・あら、まあ。

 

「お兄様」

「・・・人でなくとも関係ないのか」

 

お兄様が額を押さえてしまった。この場合、ロボットに取り憑いて、ほのかちゃんの祈りを取り込んだことで感情が芽生えた、と思っていいのかしら。

パラサイトの親玉に強い拒絶する意思を見せた彼女は、続いて何らかの感情を得た、と?

少女ロボットが愛を知る!成長するなんて、なんて素敵な王道的ストーリー!大好物です。

お兄様はもっと(ハーレム的な意味で)喜んでいいはずなのに、どうして頭を抱えるようなニュアンスなのだろう。

この感動を伝えたくてもう一度ハグをして今度こそお別れ。

 

「ピクシーの親がほのかだから、このような奇跡が起こるのでしょうか?」

「そうだと良いんだがな」

 

お兄様は何やら別の原因にも思い当たるみたいだけど、確証がないからか言葉が続かない。

もしや私の愛の力!?なんて、流石にそこまで調子に乗りませんよ。

ご都合主義だと油断してるとどこかから痛いしっぺ返しが来そうだから。

 

その晩、疲れているのだろう?と長めのハグと甘やかしを受けて気が付けば眠っていた。疲れてたのかな。

・・・お兄様の甘やかしに耐え切れずに気絶したなんて事実は知らない。記憶にないのでわからない。

 

 

――

 

 

卒業式当日。

式は厳かに行われ、終盤は涙と喜びで彩られたいい式になったと思う。

一科生と二科生は分かれているけれど、入学当初に見たギスギス感は薄まっていた。

全くないと言えないのは、二年以上も分厚くて高い壁で仕切られ、時に敵対の構図の間柄だったのだ。

いきなりその壁が取っ払われたからといって、傷つけられた者は忘れないだろうし、傷つけた人も謝罪をしたとしても、関係修復までは至らない。

壁、というより溝、かな。深い溝を埋めるには一年では短すぎたのだ。

それでも緩和されたことは彼らにとっても喜ばしいのだろう、最後ということもあって声を掛け合う姿もちらほら見かけた。

その姿に中条会長が涙を流し、更に場が和んだりもして、素敵な空間だった。

式が終わって卒業パーティーは配慮により一科と二科は別々にセッティングしたけれど、お互い気兼ねせず楽しめてこれはこれでよかったと思う。

 

(それにしても、リーナちゃんのステージは圧巻。最高でした!)

 

心の中でペンライトをぶんぶん振り回してましたよ。歌上手いし、魅せ方を知っているので会場のボルテージは最高潮!

実に良いライブだった。伝説に残るね。

動画が残せないのが残念だったけど――彼女はあれでもUSNAが誇る総隊長さんですからね。下手に映像残せません。

勘違いから生まれた余興だったけれど、これ以上ない素敵な余興でした。ありがとうリーナちゃん。

貴女のそのポンコツ具合、初めはどうしてそんな・・・と憐れんでいたけれど、むしろ愛しさしか湧かない。

ポンコツ可愛いよリーナちゃん。最後までやり切ってくれてありがとうね。

宴もたけなわ、楽しい時間とはあっという間に過ぎてしまうもの。パーティーにも終わりは来るのです。

生徒会役員として撤収作業に奔走して、指示を飛ばしたり自分で動いたり。

イベントは片付けまできっちりと。

今日は魔法を使ってもいいそうなので、ここは豪快に椅子やら机やらテーブルクロスやらをまとめたり、汚れをちょちょっと落としたり、バンバン使いまくった。ら、ドン引きされた。

魔法をこんな風に使って、しかもエネルギー切れしないところが異常に思えたそう。

・・・すまない。深雪ちゃんスペックではこれくらい息を吸うくらい簡単なことなのだ。

七草先輩だってこれくらい余裕でしょう?と視線を向けたけれどぶんぶんと首を振られた。

サイオン量も繊細な魔法操作もお得意でしょうに。

ねえリーナちゃん、と視線を向ければ・・・なんて顔してこちらを見ているの?

貴重な魔法をこんなことに、と驚愕の表情。

そう言えばアメリカではこんな使い方しないんだっけ。

もっと魔法は崇高なもので、使い渋る、みたいな。・・・ちょっと違うか。

でもね、お兄様をお待たせしているのですよ。巻きでいきますよ。

本当はこの作業私がするべき作業じゃないのだけどね。

今日は皆お疲れなんだからサクッと終わらせてもいいでしょう。魔法の大盤振る舞いといきましょう!

 

 

 

 

・・・やり過ぎましたね。でも早く終わったのです。いいじゃないですか。

十文字先輩にも驚いていただけて私としては満足です。

行き先が見つからなかったら家で歓迎しようと言われたけれど、就職先で迷ったらってことかな。

だとしたら間に合ってますので大丈夫です。

でも嬉しかったので感謝を伝えたら、あの!十文字先輩が笑ってくれました!!めっちゃ珍しい!すごい!先輩の方が大盤振る舞いでした。

思わずニコニコしたら七草先輩と渡辺先輩が変な顔をしてた。なんで?

リーナちゃんも不思議そう。なんでだろうね?

そんなこんなでぞろぞろとお兄様の元へ。

十文字先輩は途中、桐原先輩たち後輩に囲まれて離脱。

服部先輩もいて、七草先輩のことをチラチラ見ていたけど、十文字先輩も蔑ろにできないのでこっちには来ませんでした。

ヘタレじゃなくて律義なんです。真面目で目の前のことをスルーできない人なんです。

待ち合わせ場所に向かうと、お兄様は端末を操作していた。

それだけで画になる。かっこいい。

声を掛けるより早く、お兄様は顔をあげて立ち上がった。

なんというか、お兄様ってこの状況によく平然としていられるよね。

女子に囲まれてるんですよ。一人身内とは言え美少女軍団に男子が一人。ハーレムです。

なのに気後れすることなく堂々と主役級美少女とやり合ってます。すごい。

別れを惜しむように七草先輩はややオーバーに、渡辺先輩は呆れ気味にお兄様に声を掛け、学園生活最後のお兄様との会話を楽しんでいる。

タイプの違う美少女と会話をしているのに、何故お兄様はいつもと変わらずいられるのか。

慣れてる?気にしてない?

・・・まだそういった情緒が育ってない?

いや、でも花音先輩たちの関係性とかには気づいてたし、エリカちゃん達のことを揶揄ってたりするのだから、恋愛模様についてはそれなりに学習できたと思うのだけど。

他人のだけなのかな?自分のことにはまだ疎い、とか。

お兄様、そっち系は全く読めないようだ。

・・・ほのかちゃんのことには気づいてたと思うのだけど、先輩からの秋波は無いと思ってる?

七草先輩のこのちょっかいの掛け方は、服部先輩を揶揄うのとはまた別の種類だと思うのだけどね。

私の後ろにいるリーナちゃんがこそっと耳打ち。

 

「彼女、タツヤに気があるの?」

 

距離の詰め方や仕草に、七草先輩がモーションを掛けているように映ったみたい。

私たち在校生は見慣れたものだけど、短期留学生にとっては珍しかったのね。

 

「そう見えるわよね。ああやって翻弄する魅惑の先輩なのよ」

 

本心はけして見せない誘惑系お姉さんなんです、と伝えると不思議そうにもう一度七草先輩を見た。

 

「・・・その割には好意が見えるけれど」

 

あら、リーナちゃん鋭い観察眼。お兄様、付き合いの短いリーナちゃんの方が読むの上手ですよ。頑張って。

この後二次会があるでしょう、と七草先輩たちにお兄様が問うたその時、十文字先輩も再合流。

お兄様と挨拶したかったみたい。

先輩の方から来てくださるなんて、流石お兄様。

 

「あ、そうだ!達也くん大変よ」

 

ぱちん、と手を叩く七草先輩はしたからのぞき込むように、計算された角度での小悪魔ポーズでお兄様を挑発して。

 

「十文字君ったらさっき深雪さんに告白、いえ、プロポーズしたんだから!」

 

・・・・・・・・・はい?

なんか、とんでもない爆弾を落とされましたね?

もしや生徒会選挙の逆襲です?あの時そっち方面で揶揄うように冗談言いましたから。でも、相手が十文字先輩とは。ミスチョイスでは?

七草先輩の発言に便乗するように肩に手を掛ける渡辺先輩。その表情は悪乗りする気満々のお顔です。

類友な悪友さんたちですこと。

 

「ああ。アレは紛れもないプロポーズだったな。しかも彼女は危機感もなくお礼を述べていたぞ。脈有りなんじゃないか」

 

楽しそうですねぇ先輩方。

最後だからね、お兄様を盛大に揶揄いたいんだろうけれど――弄るネタを間違えましたね。

 

「――十文字先輩。それは事実ですか」

「そう取ってもらっても構わない」

 

十文字先輩もまさかの参戦。でも先輩は笑ってないから冗談とはわかりにくいね。

お兄様の低い声に、自分に向けられたわけではないのだけど、身体の奥底が震えだします。

 

「あの、就職の話でしたよね」

 

とりあえず場を和ませようと試みてみるのだけれど。

 

「就職は就職でも永久就職の方だな」

 

行き先=嫁ぎ先でしたかー。・・・じゃなくて。

 

「その言い方は女性軽視に繋がりますので、あまり使われますと先輩の品格に関わるでしょうからお気を付けくださいませ」

「そうか。気をつけるとしよう」

 

お兄様と違って先輩はいつもと変わらない重厚感あるお声。相変わらず豊かに響きますね。いいお声。

 

「申し訳ございませんが、妹の結婚につきましてはまず俺を倒してからにしてください」

「お、兄さん!?」

 

うっかりお兄様と呼びそうになりましたが、何を言ってるんです??

ちょっと妹は混乱しています。それに対して不動の十文字先輩も堂々と。

 

「司波を倒すのは骨が折れそうだな」

「そう簡単に倒れるようでは深雪の兄は務まりませんから」

 

一触即発の空気に、その原因を作った二人はというと、・・・顔が引きつってます。

こんな事態は予定してませんでしたか。収拾付かないじゃないですか。やだー。

なんて思ってましたが、その空気はすぐに一変した。

お兄様と十文字先輩が同時にふっと笑って口角をあげたのだ。

 

「随分妹を高く評価していただいているようで」

「それはそうだろう。九校戦での活躍も目覚ましく、学内の成績も優秀となればそれだけでも引く手数多だ。サイオン量も魔法力も申し分ないどころかこの国有数の能力だろう。先ほどのホールでの後片付けの様子には度肝を抜かれた。魔法をあれだけ細やかに、且つそれでいて大胆に使う人間は初めて見た」

 

こんなに饒舌にしゃべる先輩もこちらは初めて見ましたよ。かなり高評価を頂けているようですね。

お兄様はそうだろう、と言わんばかりに頷いてます。照れるのでそんなに褒めないでいただきたい。

 

「それに個人的に言えば、九校戦で彼女が見せた落ち込む男子たちへの気配りやフォローする姿は好感が持てたからな。何よりも――俺に対して怯えを見せない」

 

そう言って視線を私に向けられるけど、十文字先輩に怯え?畏怖を覚えるとかそういうことだろうか。

尊敬はするけれど怯えはしないね。気迫が凄くて緊張させられるって場面もないし、怒られたこともないので怖がる理由がない。

堂々とする姿は貫禄があって堂々としているし、・・・あ、強面とかそういうこと?

 

「・・・深雪にとっては鋭い目つきの桐原先輩も好感が持てるようでしたので」

 

お兄様、まだあの事引きずってる?そんな苦々しく言わなくても。

さっきまで困ってたはずの七草先輩たちはお兄様の発言に目を輝かせた。面白いおもちゃを見つけましたか。

 

「ええ!そうなの?深雪さんはあまり顔にこだわりのないタイプ?」

「桐原も別に悪くはないが・・・系統で言えば達也くんと似たタイプではあるか?」

 

え、そうかな。お兄様と似てる箇所なんてあった?鋭い目つきのところ??

お兄様はお兄様という特別枠と考えているので、誰かと一緒のカテゴライズなんてできないし。

 

「私が怖がるとしたら、何を考えているかわからないプレッシャーを感じた時でしょうか」

 

人の顔の造形に対して口出すのは、と話題を避けてその前に戻す。以前の二の舞は避けたいので。

最近何を怖がったか思い返してみて思いつくのは、車内で先生にプレッシャー掛けられた時かな。

あの時はガタブルでしたもの。先生怖かった。糸目で飄々としている人の圧ほど怖いものはないよね。

 

「・・・それなら十文字君を怖く思ってもおかしくないんじゃないの?」

「?十文字先輩は考えがはっきりされてるじゃないですか。常にどのように行動すべきか、どう動けば目的を達成できるか、何のために行動するか、のように見据える先がきちんとしているので、何を考えているかわからないなんてことはありませんから」

「「・・・・・・」」

 

答えたら黙られてしまった。え、なんかごめんね。楽しんでたところに空気読まずに真面目に返してしまって。

でもこれって面白い返しあったかな。ボケって難しいよね。

 

「そう言われたのは初めてだな」

 

見た目で損してるってことかな。先輩って実直でわかりやすいと思うけど。

お兄様を見ると、なんだかちょっと諦めモード?何に対して?何か呆れられるようなこと言ったかな。

 

「感情が読みにくい人を見分けるのは俺で鍛えられたでしょうから」

 

お兄様の言葉に一同納得。そういえばお兄様も内心読みにくい系男子でしたね。

勝手に誤解されるタイプ。今回の件ではエリカちゃんにだいぶ誤解されてましたもんね。

七草先輩もやきもきさせられてましたし。

空気がさらに緩和したところで、話はガラッと変わっていい式だったわ、と感謝を述べられた。

 

「深雪さんも、そして盛り上げてくれたシールズさんも。感謝するわ」

「・・・盛り上げる?」

 

おっと、お兄様そこに引っかかりを覚えてしまうのですか。リーナちゃんがびくぅっ!と体を震わせた。

そんなに怯えないで大丈夫だよ~、とリーナちゃんを慰める気持ちで背を撫でてあげると縋るような目つきをされてきゅんと来てしまった。

可愛い。ぎゅっと抱きしめていい?っていうか抱きしめるね。

 

「ミ、ミミミユキ!?」

「ごめんなさいね。私がちゃんと伝えられなかったから」

 

動揺するリーナちゃんを落ち着かせるように背に回した腕でぽんぽんする。どさくさに紛れて抱きしめちゃったけどいい匂いがするね。

 

「どういうことだ、深雪」

「臨時で生徒会役員になってもらった手前、手伝ってもらうことにしたのですが、学外の手配は流石に難しいということで生徒間の手配をお願いしようと、当日の余興の準備を手伝ってもらおうとしたのです。ただ、私もそこでどのようにと詳しい説明をしなかったので、在校生や卒業生が自主的に行う余興をリーナが一手に引き受けてくれて」

 

おかげで十曲も披露するなかなか本格的なライブ空間に。最高でした。むしろあれ以上の余興は無かった。

先輩たちも同意なのか、素晴らしい演奏だったと褒めたたえる。

腕の中でリーナちゃんが縮こまるけれど、大成功だったので問題ないよ。

 

「皆喜んでたわ。前例は無かったけれどこうして外部からアーティストを連れてくるのも盛り上げるにはいいのかもしれないと気付かせてくれたおかげで、今後の余興の幅が広がったわ」

 

一般の学校は文化祭に芸能人を呼んだりしてたものね。卒業式だってありでしょう。予算があれば、だけど。この学校に文化祭は無いから新鮮に映ったことだろうし、本当に検討してもいいかもしれないね。・・・ただ、魔法師の学校に来てくれるかは別だけど。エンタメ系に魔法が進出したら、幅が広がっていいと思うのだけどね。

 

「先輩たちもですが、リーナにも良い思い出になったみたいだな」

 

お兄様の声は、表情には出ていないけれどとても穏やかなもので。

リーナちゃんが学校生活を少しでも満喫できたことが微笑ましく思えたのかもしれない。

リーナちゃんもそれを敏感に察知したのか恥ずかしそう。照れちゃう姿も可愛いね。

私たち一年生のじゃれ合いを、先輩たちも微笑ましく見つめていた。

 

こうして国立魔法大学付属第一高校の卒業式は幕を下ろした。

 

 

――

 

 

待ちに待ったこの日は朝からウキウキ心が浮足立っていた。

お兄様にも何度も落ち着くようにと抱きしめられたけれど、どうにも浮かれてしまう。

 

「雫が帰ってくるのが嬉しいのはわかるが、その笑顔を振りまくのは危ないから落ち着きなさい。このままでは空港に連れていけなくなってしまう」

 

浮かれ過ぎて笑みが止まらないのを注意されてしまった。反省。

ぶんぶん振り回していた尻尾も垂れ下がります。するとお兄様はくすりと笑われて。

 

「水を差して悪かったね」

 

言いながら抱きこまれ、指の背で頬を撫でる。

くすぐったさに身を捩ると、今度はその手で頬を覆って反対側の米神に口づけた。

 

「お、お兄様!」

「落ち込ませてしまったからな」

 

お詫びなのだとしたら払い過ぎです!感情バロメーターがあっちに行ったりこっちに行ったりと大忙し。一気に振り切れてしまった。

お兄様はリーナちゃんとの戦いの前にこのようなことをしてから何かと理由を付けて、その・・・こういうことをするようになった。

異文化コミュニケーションの影響が変に出てしまったらしい。

大変困った事態です。ハグだけでも心臓がもたないと思われていたのに、更なる追撃が待ち受けていようとは予想だにしていなかった。

 

「このようなふれあいは、その、ダメです!」

「だめか?」

「だ、ダメ、でしょう」

「家族間でなら問題ないだろう」

 

ないならなんで私はこんなに慌てるんでしょうねぇ?!

 

「だめか?」

 

更なるお兄様のダメ押しに、何とか立ち向かうのだけれど。

 

「・・・恥ずかしいから、ダメです」

「なら、少しずつ慣れていこうな」

 

ハグの時も初めはお互い慣れなかったものな、と言われてしまえば反論のしようもないわけで。

 

(ハグは私が強制的にしてもらってましたものね。さっきのセリフも当時慣れないお兄様に言ったセリフそのもの・・・反論できない・・・)

 

過去の所業がこうして返ってきている状態に、私は日々追い詰められている。

因果応報?自業自得?・・・やばいね、そろそろ神に直々に裁かれそうで怖い。

何とかなる、で乗り切ろうとせずちゃんと裏付け取れてから行動しよう。

ご都合主義と原作知識に甘えすぎないようにしないとね。

 

 

 

 

ということで空港に到着。皆で雫ちゃんを待つのだけど、トラブルでちょっと遅れるらしい。

この時代でもよくある遅延理由だったので慌てることでもない。

お兄様はほのかちゃんに話しかけられ、それを前の席のエリカちゃんや西城くんが面白そうに見つめ、美月ちゃんと吉田くんが楽しそうにお話しているのを私がニコニコ見つめている構図。

なんというか、青春だよね。こんな穏やかな日常がずっと続けばいいのに。

何気なく、視線を周囲に向けた時だった。目の端にとらえた金の光に引き寄せられるように視線を向ければ――見つけた。リーナちゃんだ。

立ち上がろうとしたら先にお兄様が立ち上がっていた。視線の先には同じくリーナちゃん。

横に並んでいた二人が急に立ち上がってびっくりするほのかちゃんを含め、皆にこの場を離れることを詫びて私たちは彼女の元へ向かった。

リーナちゃんもこちらに気付いていただろうに、逃げることなく待っていてくれていた。

 

「見送りに来てくれたの?」

 

久しぶりに見た彼女は、同級生というより卒業した先輩たちよりも年上のような、大人びた顔つきになっていた。

あの卒業式後、学校に来なくなったリーナちゃん。

戦略級魔法師を探る任務は続けられると四葉との協定が揺らぐ恐れがあるから、引き上げられたのだろう。

それでも今日まで留まっていたのは任務の期限が三か月と決まっていたからか。あっちの軍の内部も複雑だ。

それに、本土では調べにくいことをこちらで調べていたのかもしれないね。

あれからも何度か資料のやり取りはあったみたいだし。

 

「まあな。ここで会えたのは偶然だが」

「あら、今日がフライトの日だと伝えてなかったかしら?」

 

うっかりしてたわ、というリーナちゃんには心の余裕が見て取れた。以前のような、突っかかる様子はない。

 

「リーナ、綺麗になったわね」

 

自信に満ち溢れているせいか、キラキラ神々しく見えます。綺麗だね。

 

「・・・深雪こそどうしたの?いつもよりその、ふわふわしてるというか、可愛いじゃない」

 

リーナちゃんに可愛いって言われた!嬉しい。頬が緩むのが止められませんね。

今日は淑女はお休みだから抑える気もない。

 

「リーナと交換してアメリカに行った友人が帰ってくるんだ。今朝からずっとこんな調子でな」

 

苦笑交じりの困ったような笑みを浮かべながら頭に手を置かれました。文字通り浮かれ過ぎないようにってことですね。ちょっと抑えましょう。

 

「・・・なんか、悔しいわね」

「え?」

 

さっきまで堂々としていたリーナちゃんが、ちょっぴり複雑そうなお顔。どうしました?

 

「ワタシとの別れより、そっちの方が嬉しそうなんて」

 

・・・・・・あら。あらあらあら!

 

(嫉妬!?リーナちゃんに嫉妬されてる?!やだ、どうしよう!)

 

どうしようもないので感情のままにリーナちゃんに抱きついた。

 

「ちょ、ミユキ!」

「リーナとのお別れは辛いわ。でもきっと、きっと近いうちに会えるって思ってるから」

「な、何でよ!帰国したら気安く本国から離れられないはずよ」

 

リーナちゃんはすでに次の任務が待っているのかもしれない。

国に帰ったら色々お掃除がありそうだと聞いているのか。だとしても、彼女はきっと戻ってくる。

 

「だって、リーナは兄さんに選択肢を貰ったでしょう」

「!!」

「見えなかったものが急に見えると不安になるわ。立っている場所が安全かわからなくて、このままでいいかわからなくて。でも今のリーナには不安だけじゃない、見極める力がある。自分で選べる道がある――、そんな目をしてる」

 

じっと見つめるのは彼女の瞳の海の中。キラキラとした輝きが映っている。それが夕焼け色に染まった。

 

「こ、こんな至近距離で見つめないで!」

 

おっと、あまりの美少女っぷりに顔を近づけすぎてしまった。あまりの美しさに吸い込まれていたらしい。

ごめんね。オタク、美しいものや好きなものを見ると熱中しちゃうから。

真っ赤になったリーナちゃんに押し戻されて、彼女から離れると、すぐさまお兄様の腕が私の肩を抱き寄せた。

 

「深雪はちょっと落ち着きなさい」

 

久しぶりに敬語のお兄様。

はい、申し訳ございません。深呼吸、深呼吸。

 

「深雪もこう言っていることだしな。また会うだろう。それもそんな遠くない未来に」

「なんでそんなことがわかるのよ」

「深雪の勘は当たる。それに――、俺自身もそう思うよ」

 

穏やかに微笑まれるお兄様に、リーナちゃんは一瞬たじろいだ。

出会ったころならばこんなに可愛い反応は返ってこなかっただろう。

ここまで気を許せる間柄に成れたのだと思うと感慨深い。

 

「リーナ」

「・・・何?」

「短い間だったけれど、貴女と過ごした時間はとても濃厚で、思い出深いものばかり。この三か月充実した日々を過ごせたわ。ありがとう」

「それはこっちのセリフよ。こんな濃密な三か月、忘れようがないくらい、どれも印象深い思い出よ」

「大好きよ、リーナ。元気でね」

「っ、そうやってさらっと言うのやめてよね!・・・わ、私だって・・・、ミユキ」

 

リーナちゃんは一歩私に近づいて両手で私の手を包み込んで。

 

「感謝してる。アナタのお陰で、私は――いいえ、これは秘密。言えないわ」

 

そう言ってぎゅっと握りしめてから、腕を少しだけ持ち上げて。

 

「大好きよ、ミユキ。またアナタに会える日を楽しみにしているわ」

 

身をかがめて私の指先にキスを落とした。

周囲の音が消え、指先が熱くなる。

 

「その時にはタツヤより強くなって、アナタを奪ってやるんだから」

 

ぱちん、とウインクされて、ずきゅんっ!とハートを射抜かれた。

体から力が抜け落ちるのを感じたけれど、お兄様が力強く支えて――、違うね。抱き込まれたね。

リーナちゃんが見えないどころかお兄様の胸板しか見えない。

 

「ふん、いつまでもそうやって独り占めできると思ったら大間違いよ!覚悟してなさい」

「それがリーナの本性か」

「さあ?なんのことかしらね」

「・・・警告もされたしな。たっぷりと迎撃の準備はさせてもらおう」

 

おおっと、なんだかきな臭い方向に。背中からピリピリが伝わってきます。

この間の十文字先輩との一触即発に似た雰囲気。

 

「と、そろそろ時間ね。タツヤ、ミユキを見せて」

 

けどその空気はあっさり霧散。二人とも遊んでたね。ちょっと疎外感。

お兄様の腕も緩んでくるんと回され元の位置へ。肩は抱かれたままなのね。

 

「アナタたちの言う通り、これで最後じゃないって私も予感してる。だから――また会いましょう」

 

飛び切りの笑顔で、彼女は去っていった。

私たちは彼女の姿が見えなくなるまで見送った。

 

 

――

 

 

そして待ち焦がれた姿が現れ、ほのかちゃんとの抱擁を済ませた後、両手を広げてくれた雫ちゃんの胸に飛び込んだ。

 

「会いたかった」

「私も」

 

もう離さない、と言わんばかりに二人して抱きついた。

 

「なんつーか、ほのかとの間は友達って感じだったけどよ」

「こっちはまるで恋人同士よね」

 

エリカちゃん達が何か言っているけど気にしない。だって待ちに待った瞬間だったから。

だけど、

 

「・・・甘い香り・・・?深雪、香水つけてる?」

「いいえ」

 

そんなものつけてないけど、と首を捻ると、いつの間にかお兄様が傍に来て耳打ちをした。

この距離だからバリバリ聞こえるのだけれど。

 

「雫がいない間にライバルが増えてな。さっき別れの挨拶をしてきたばかりだ」

 

ライバルとは?リーナちゃんは確かに原作では私のライバルでしたけども。

お友達としてお別れしたはずなのだけどね。

お兄様の言葉に雫ちゃんの抱きしめる腕の力が強まった。

 

「達也さんが付いていながら?」

「深雪の魅力にオチない奴はいない」

 

そんなことないよ。お兄様も、そして雫も何を言っているの。

そしてなんでしょうね。雫から浮気を嗅ぎつけられたような妙な焦りを感じます。

リーナちゃんの時には嫉妬かな、可愛い。だったのに、ダラダラと背筋に汗が流れる感じがします。

 

「深雪。もうちょっと自覚を持って」

「・・・何を自覚するの?」

「深雪は魔性なんだから何でもかんでもオトさない」

「そんなことしてないわ」

「そんなことあるだろう。パラサイト然り、リーナ然り、まさか十文字先輩もだとは思わなかったが」

 

パラサイトってピクシー?リーナはお友達だし、十文字先輩は魔法師の家系だからもし他に行くところがなければと前置きをしたうえで、強力な力を持った魔法師を囲い込みたいって話だったでしょうに。

 

「・・・深雪は危機感が足りない」

「・・・深雪の学習能力は高いはずなんだが」

 

えー、危機察知能力は上がったと思うのですけどね。そっちじゃない?どっち??

 

「達也さん、レイからたくさん伝言を預かってる。今度都合がいい時に」

「わかった」

 

私が混乱している間にお話はまとまっていた。

何はともあれ雫ちゃんが帰ってきた。

私の思考はそこに帰結し、すべてがよくなった。

 

「おかえり雫」

「ただいま深雪」

 

 

――

 

 

だからちょっぴり気が緩んでいたのだろう。

お兄様と二人きり、ソファでまったりしているところにチャイムが鳴り響く。

出迎えると、そこには――

 

(そういえば、今日でしたっけね)

 

桜井穂波さんを小さくしたような、可愛らしい女の子の姿が。

 

 

 

こうして最後の来訪者、水波ちゃんが今日から我が家で暮らすことになりました。

 

 

 

 

 




これにて来訪者編終了です。
二次創作らしく原作からはみ出たと思います。・・・いえ、ここまででも結構外れてましたかね(^^;
雫もですがリーナも大好きなキャラでしたので。

戦闘シーンをうまく書けないのでさらっと流していただけると助かります。
来訪者編では結構深雪成主の暗躍が見られたのではないかと。
お兄様幸せ計画は順調に進んで、いますかね?
お兄様のラッキースケベの呪いが妹に降りかかり、少年誌から青年誌に移行しそうになりましたが、戻ってきました。
いくら気を付けていてもこればっかりは避けて通れない。もし避けたら何倍にもなって反ってくる呪い。厄介でしかない。むしろ避けない方が被害は最小限なのだけど本人は気づけません。
強く生きて欲しいですね。

駆け足で修正したので誤字脱字が多くて申し訳ありませんでした。
たくさん修正していただいたようで、この場を借りて感謝申し上げます。
お読みいただきありがとうございました!

次のダブルセブン編の前に一旦休憩をはさみたいと思います。
これだけの文章量を連投してすみませんでした。
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