時系列はスパリン28話あたりを想定していますが、15話通過後ならいつでも割と違和感ないかも。
──青葉色の闇の中、暴虐の王はその双眸を瞬かせた。
ユニクロンの胴体部の中、新たに築かれたその根城の中は常に暗闇に閉ざされている。一体何処から発されるのか、仄かに輪郭のみをなぞり出す深緑の僅かな燐光。その暗がりに抱かれ、ガルバトロン率いるデストロン麾下の戦士たちは束の間の眠りの中に在った。
ユニクロンの修復と再起動を目指すためエネルゴン奪取に勤しむ日々。激しい戦いの連続にいずれ劣らぬ荒くれ者共も流石に疲弊してか、その闇の中、身動きする者はいなかった。
……ただ一人、彼らの主人、ガルバトロンを除いて。
玉座に座したまま鋭い橙の眼差しで辺りを睥睨し、王は静かに、だが深く排気を漏らした。
「……眠れませんか」
闇の中からかけられたその言葉に、ふ、とガルバトロンは口角を吊り上げる。そしておもむろに口を開き、声の主の名を発した。
「起きていたのか、ナイトスクリーム」
呼ばう声に応えるように、王の座す玉座の左側、暗闇から滲み出るようにして姿を現した者がいた。翼を背負った体躯を屈めた姿勢のまま現れた忠臣は、座したままの主人と比しても低いところにある夜色の頭を仰ぐようにもたげる。気遣わしげな表情の浮かぶ翡翠色のオプティックが、白皙の中から王を見据えた。
「……ええ。主人を差し置いて先に眠りを得る訳には参りません」
「ほう、殊勝な心がけだ。そこらに転がっている阿呆共に、お前の錆でも煎じて飲ませてやりたいものだな。だが、休息を疎かにされて次の出撃に差し障るのも考えものだ。儂が許す、お前も眠るがよい」
「ガルバトロン様がお休みになられましたら」
やんわりと休息を促す口調はどこまでも穏やかながら譲らぬ響きがあり、主人の顔に淡く苦笑をもたらした。
「ふん、寝首でも掻くつもりか」
「お戯れを。将に将たるガルバトロン様がお休みになられぬままならば、それこそ次の出撃の指揮に差し障りましょう。何か眠りの妨げとなる憂悶を抱えておいでなのではないですか」
「たわけ、そんな大層なことではない。少なくとも、お前の案ずるほどのことではないわ。良いから眠れ。儂も眠る、そら、お前との会話に飽き飽きして欠伸がでてきたぞ」
排気に乗せてわざとらしく欠伸をしながら玉座の背もたれへと身を預け、ガルバトロンは両の眼の光を落としてみせた。閉ざされた視界の向こう、ナイトスクリームの気配がふわりと薄れるのを感じる。再び実体化を解き、闇の中へと溶けたのだろう。
ユニクロン内を漂うスパークからの復活に際し、満足にエネルゴンを与えられなかったナイトスクリームの実体は時折陽炎のように揺らいで消えた。上手く扱えば戦いの最中に姿を眩まして敵の裏を掻くことができる有用な性質ではあったが、常に実体化を保つのは多少なりとも消耗するらしく、休息時は姿を消していることが多かった。ガルバトロンが目を閉じるのを見届けた後にこうして消えたということは、彼もやはり、疲弊しているのだろうか。
しかし目を閉じていても感ぜられるその気配から、ガルバトロンには姿見えぬ従者が未だ眠らずにいることを気取っていた。姿を隠したまま、こちらの様子を窺っているようだ。どうやら先ほどの己の言葉を違えるつもりはないらしい。
頑固者め。
目を閉じたまま、王は小さく笑いを溢す。忠義なれど蒙昧に傅くだけではなく、時には己の振るう刃の前に立ち塞いでまで諫言せしめたことすらあったのが、この男だった。だが、それで良い。ただただ頷くことしかできぬ人形など、側に置いたところで張り合いもない。だが、こちらの威圧にも怖じることなく不遜に見つめ返してくる様子はガルバトロンに“ある者”をひどく想起させた。
──寝首を掻く、か。“今の”この者には似合わぬ言葉だ。似合わぬ言葉だが……
先ほどの己の軽口を頭の中で転がし、どこかぼんやりとガルバトロンは思考した。
“眠りの妨げとなる憂悶”
……問われたとて、言えようはずもない。
ガルバトロンの眠りを塞いでいたのは他でもないナイトスクリーム、その背に幽幻の如くまつわり離れない“あの者”の記憶である──などと。
“あの者”とナイトスクリームの繋がりを知る者は誰一人としていない。
先の大戦、母星の空にて優位を確保するべく生まれた最新鋭制空戦闘機型のジェットロン。その数は星の数に等しく、容貌の類似はあって当然、どころか固有名や塗装を除けば相違を見つけることの方が難しい。そのためか“あの者”と姿儚き忠臣を結びつけて捉える者はかつて彼の同輩であったガルバトロン配下の者達にも皆無であった。あれとて、自分が有象無象の雑兵の中から見出してやるまでは名も無き一兵士に過ぎなかったのだ。
よって、
かつてこちらを見返していた、灼けつくような憎悪を込めた緋色の眼差しも。
最後の死闘、此方が構えたスターセイバー越しに鋭く伝わってきた、刃に込められた灼熱も、腕を圧し折らんばかりの斬撃の重さも。
そして……眩い光に溶け、欠片一つ残さず消えた、その姿も。
今となっては、それを知るのはただガルバトロン一人のみとなってしまったのだ。
雑兵の中から見出し、酸いも甘いも与えて研ぎ上げ。機が熟せば必ずや己に血湧き肉躍る闘争を齎すはずのその者は、その他大勢のジェットロン同様、結局つまらぬ意地の末につまらぬ最期を遂げた。
その口惜しさたるや。
ユニクロンの内部に吸収され、さりとて完全に停止することすら能わず。僅かなエネルゴンを啜るようにして生きながらえる十年の屈辱の日々の中、その事実はガルバトロンを苛み離れなかった。否、むしろ……意識を保ったまま泥濘に沈むような日々、一指たりとも動かせぬ中、唯一自由となる思考の中に焼きついたその痛みこそ、ガルバトロンの正気を保ち続けたと言っても良い。僅かに流入してくるエネルゴンと共に、幾度も幾度も苦く噛み締めた、その喪失の痛み。
だからこそ、初めて今の姿で出会った時は本当に驚いたのだ。
蒼きあの宿命の星を背に浮かんだ翡翠の翼、左右非対称の歪なその身体はかつての姿と異なってこそいたが……ガルバトロンにはすぐに分かった。いかなる因果でか、あの光の中燃え尽きたはずの眩いスパークが、再びこの世へと戻って来たのだ。
そして、紆余曲折を経て再びこの手中へと舞い戻ったその翼を前に沸き起こったこの胸の歓喜と愉悦。所詮お前は我が元に戻る運命。どれほど抗おうと、この手を離れて生きることはできないのだ……と。
その高揚のままに翼を折り、矜持を挫き──“ナイトスクリーム”は再び、臣下としてこのガルバトロンのそばにある。
自由。生命。そしてかつての臣下。
全てを取り戻してなお、ガルバトロンが今なお眠れずにいる訳は。
……似ているのだ。あまりにも。
この青葉色の闇の中は、喪失を噛み締め続けて正気を保ったあの十年間の泥濘に。
目を閉じる度、闇の中で咀嚼し続けた欠落の味が甦る。やがて浅い眠りを彷徨う中、思考はいつも“あの者”の最期の瞬間を傷を剥がすように再生する。
星の刃に抉られた胸から迸るスパークの火花、天を仰ぐ咆哮、青い閃光に瞬く間に消えたその姿。全て克明に思い出せるのに、幾度記憶をなぞれども唯一思い出せない記憶の断片がある。
最期に“あれ”は、何と言った?
青葉闇の静寂を、ふとがつ、と硬質な音が破る。
知らずのうちに苛立ちが滲んでか、力無く玉座の肘掛けに任せていたはずのガルバトロンの左手の指先が、硬い表面を咬んで音を立てたのだ。
──と。
ふ、と笑うような気配と共に、
「──おやすみなさいませ」
夜風のような声と共に何かがその左腕を撫でた。思わず見開いた双眸に映るものはなく、ただ柔らかな気配だけが、する、と前腕をなぞって降り、硬い石を噛む爪先、その手の甲の上にわずかな重みと共に落ち着いた。薄く、機熱に乏しい装甲のその感触は、確かにナイトスクリームの手のものだった。
ひやりとしたその感覚に冷やされてか、浮き足だった思考がどこか深みに沈むように鎮静化していくのをガルバトロンは認識する。
……そうだ、失ったものなど何一つない。
己が姿を変じたように、部下達がそれぞれその在り方を変えたように。
全ては変わりゆく。変わって尚、全てはこの手の中にある。それだけのことだ。過去に消えた記憶の残渣にむざむざ心を惑わす必要など、何一つない。
己が手の上に未だ宿る小さな重み、その感触に応えるように口角を上げ、先ほどとは打って変わった愉悦めいた感情を胸に王は固い玉座へとその身を沈めた。
執着と嗤え。
強欲と嗤え。
──しかし。
この手に納めたものが再びこぼれ落ちることなど、あってはならない。全てはこの、ガルバトロン様のもの、ただそれだけだ。
緋色の双眼の灯りが瞬き、消える。
ユニクロン内部は、再び完全なる闇に閉ざされた。