オラリオで斬魄刀打つ転生者の話 作:オリ斬魄刀の小説増えろ
酒井悠人さん、タッカさん、誤字報告ありがとうございます。
『お前は醜いな』
────ああ、そうだな。
『十年も生きていないような幼子に己が背負うべき責任を負わせ、ソレを良しとしている……あの少女に心を教えるのはお前の役目ではなかったのか』
────そうだな。
『そうやって全てを認めて、反省をしているふりをすれば良いと思っているのか?』
────……それは
『もう一度言ってやろうか……お前は醜い。他の誰もがお前を許そうと、
────…………
『お前は……』
────……いや、もう良い。
『……そうか』
────ああ。
『ならば、良い』
────助かるよ。
そう言って、目を開く。
リヴェリアは小さな図書館に居た。
小さな……と言ってもそれは王族たるリヴェリアの感覚であり、実際は本棚で狭くなっている分があって尚リリが三人くらい生活できるぐらいのスペースがある。
リヴェリアの感覚がおかしいのか、リリが省スペース過ぎるのか、そこは意見の分かれる所であろう。
なにはともあれ、そこはリヴェリアにとって狭く、小さ過ぎた。
それは単純なスペースのみの話ではない。
その本棚に入っている本は、全てがリヴェリアにとって見慣れた物。
背表紙を眺めれば、彼女の聡明な頭脳はその本の概要を労する事無く思い浮かべる事が出来た。
この図書館は、リヴェリアの精神世界であり、同時に彼女の知識の『記録』でもあった。
この本を一つ開いて読めば、そこにはその本の内容そのままが書いてある……等という便利な機能はこの部屋にはなく、そこに書いてあるのはあくまでも彼女の記憶の彩度に則ったあやふやな内容。
ページの汚れまで覚えている本も、タイトルすらまともに思い出せない本もある。
……つまり、リヴェリアがこれまでに生きてきた八十年以上の年月で溜め込んできた知識というのは、結局のところこんなにも小さな部屋一つに収まるくらいのものでしかないのだ。
そういう意味で、リヴェリアにとってこの部屋はあまりにも狭過ぎた。
そして、そんな狭い部屋にある、小さな文机の上にある鉢植えと、それに一株差さった青いオダマキの花。
ソレこそが、リヴェリアの斬魄刀の『本体』であった。
「……今日は、この世界は雨が降っているのだな」
この部屋にたった一つある小さな嵌め殺し窓から見える世界は限られている。
そこは彼女の故郷の森に負けずとも劣らぬ程に美しい木々が生えた煌めくような世界だが、生憎と本日は土砂降りの雨が降り注いでいた。
『この世界に雨が降るのは、お前の心が悲しみに暮れているからだ……この世界は、本も、机も、そして私に至るまで、全てはお前の心から創られている』
「……そうか」
『そもそも、雨が降っていようとも関係ないだろう? この部屋には雨の音さえ入ってこないのだから』
この部屋は本を読むのに適するようにと気配りでもされているのか、異様に遮音性が高く雨音も、木々のざわめきも、鳥の声も、何も聞こえなかった。
聞こえるのは、自身の息遣いと相棒らしい鉢植の発する声のみ。
「出口の無い部屋から、外に出る事も叶わんからな」
『そうだな。諦めると良いよ』
何より、この部屋には扉が無かった。
……大した量でもない知識ばかりを無駄に溜め込んで、それを活用する事は出来ず、この部屋でやれる事は窓から外を眺め、
リヴェリアは、己の心の中が嫌いだった。
「……なぁ……教えてくれないか。お前の……名前を」
『■■だ』
聞こえない。
「私は心の何処かでお前を恐れている」
『そうだな。お前は恐れている』
「……だから、私はお前の声を聞けない」
『そうだな。お前のその恐れは私を拒絶する結果となっている』
「ッ、偶には私と違う事を言ってみたらどうなんだ……!」
『フハッ』
リヴェリアのその静かな、それでいて確かな癇癪にそれまで愚直に相槌を打っていた鉢植は初めて、相手をバカにするように鼻を鳴らした。
『賢しらに振る舞って、周囲を解ったようなフリをして、結局のところ何処にも何も踏み出せない……私は、そんなお前の
「──────」
ふ、と瞼を開く。
ベッドの上で座禅(……とオーエツが呼んでいた)を組み、その上に刀を乗せて行う瞑想……刃禅を行っていた彼女は、痺れた足を解いて強張った首を回した。
この刃禅というものはオーエツが斬魄刀購入者全員に教授しているものであるが、実際やってみると……特に最初は……マジで刀を足に乗せて精神統一しているだけなので割と多くの冒険者が『意味無し』として短期間で止めてしまっていた。
かくいう毎日クソ真面目にやっていたリヴェリアも、半年程前に初めて精神世界に入り込めた際は「本当に意味あったのか……」と呟いた程だったのだ……というか、斬魄刀周りは何となくそういう成果を捉えづらい地味な積み重ねが物を言うような要素が非常に多い*1。
先程まで最近ではすっかりと馴染みのある
自然由来の素材が多い落ち着いた内装の部屋と……その自室の壁を埋め尽くさんとしている大量の本。
本棚に几帳面に収められたソレが、ここしばらくは……特に、精神世界に潜り斬魄刀との『対話』をした後は紙にインク汚れを染み付けただけのゴミに見えてしまって、彼女はその形良い眉を歪めて……しかし、その横にこの部屋にしては彩度の高い
それは、刃禅を組んだまま本棚に背を預けて眠りこけているアイズであった。
というのも、今日の夕方の解散間際にアイズに斬魄刀解放の手順を尋ねられたオーエツがチラリとヘスティアを見た後にリヴェリアを見て、『アイツに聞け』と丸投げしたのだ。
よって、アイズはリヴェリアに倣って刃禅を行い……そして、眠ってしまったのだった。
その姿を見るに、あのような非現実的な光景を見せたアイズでさえもどうやら斬魄刀生活初日から『同調』とまではいかなかったようだ。
「膝を痛めるぞ……全く」
思わず出た苦笑を引っ込め、アイズの肩を揺すって起こそうとするリヴェリア。
『リヴェリア君はさあ、きっと少し厳しすぎるんじゃないかなあ? ……たしか君は王族なんだっけ? 厳しく強く育てるのが君にとっての愛情だったんだねえ』
その寸前で、リヴェリアの知り合いでも有数の……両手足の指で足りる……やっぱり片手で数えられる……尊敬に値する神が言っていた言葉を思い出す。
「厳しすぎる……か」
時は遡り、昼過ぎのこと。
リリが半泣きになりながら新しい剣を手にとってウッキウキ状態のアイズの猛攻から逃げているのを眺めながら、偶々その場に居た組み合わせで隣り合ったヘスティアに、愚痴混じりにアイズの育成について尋ねた時の話だった。
自分は言った。アイズの事を考えて、彼女が死なないためにと組んだ学習メニューを彼女が拒絶し、最近では自分を鬱陶しがっている素振りさえあるのだと。
それは何か改善を求めてのものではなかったし、自分が間違えているとも思っていなかった。本当に只の愚痴として誰かに吐きたかっただけなのだ。
ただ、話をヘスティアに受け渡す意味で『どうすれば良いのやら』と言っただけだ。
しかし、家庭を司る女神ヘスティアはまるで自分の事を困った子供を……自分がアイズを見るような目で見てきたので、随分と戸惑ったものだった。
そうして出されたのが、上の言葉だった。
『……私が
『うん。リヴェリア君はさあ、きっと頭が良かったんだろうねえ。自分が王族っていう責任ある立場である事を自覚して、その立場に相応しい自分となる為の教育を受けた。そして今アイズ君にもその教育を施している……うん。君は凄いよ。とても凄い……けどねえリヴェリア君? アイズ君はそうじゃあ無いと思うんだ』
『……それは……つまり』
『あの子は自分が今を生きる事で精一杯だ。君のように自分の眷属としての立場なんて考えられないし、モンスターを斬りたいっていう目先の欲にすぐ囚われちゃうし、ソレを邪魔されると怒る……とってもとっても普通で普通な、変なところなんて何も無い……周りを見る余裕が全然無い事以外はごく普通の女の子と同じ、ごく普通の女の子だよ』
『その『ごく普通』なアイズには、私のやり方は合わない……と?』
『そうだねえ……アイズ君も天才の部類らしいし、合わないって事はないかもしれないけど……けど僕が君の立場なら、教育の前に絶対やることは一つあるかな』
『それは、何でしょう』
凍りついたアイズの心を短期間で溶かしてみせた慈愛の女神の言葉に食い気味に返すリヴェリア。
その必死さを微笑ましげに見ながら、ヘスティアは両手を広げてニコリと笑った。
『そりゃーあ勿論、抱きしめて『愛してるぜ(はぁと)』って言ってあげるのさ!!!』
『……は?』
何だそれは、冗談か?
と言いかけた彼女だが、ヘスティアの真剣な眼差しにその言葉を飲み込む。
『リヴェリア君、自覚って大事なんだぜ?』
『……自覚』
『そーそー。あんま詳しく聞いてないけどあの子はきっと、モンスターに家族を殺されちゃったんだろ? 今のあの子は、前までは愛してくれてた人が一人だって居ない……居なくなっちゃったんだ。だったら、まずは教えてあげなきゃだろう? 『僕は君を愛してるぜ』……って、あの子にも分かるようにさ』
それは、リヴェリアにとってはこれまでに無い視点であった。
愛しているならば、相手の先を思い遣ってやるべきだと思っていた。
アイズは特殊故に、これから先に待ち受ける脅威から己の身を守るだけの力を身に着けさせてやることが最優先だと考えていた。
相手の事を考えて、相手の為に動く。
ソレが愛情というものだと彼女は思っていたし、生まれてこの方そういう愛情を多く受けて彼女はここまで育ってきた。
(……だが、その前にする事があったのか……?)
考えてみれば、リヴェリアは物心付いた頃には家族の愛を疑いようもなく信じていた。
彼女にとって厳しさは愛情の裏返しであることは自明だった。
しかし、それは家族との確かな愛情があったからこその事ではないか?
少女であった頃の自分は顔も知ったばかり、名前も聞いたばかりの相手から厳しく接されて、それを愛情ゆえと信じられたのか?
そこまで思い至ってから、彼女は足元がガラガラと崩れるような不安感を味わった。
正しいと思って疑わなかった事が正しくなかったかもしれない事実に……どころか、アイズを傷つけていたかもしれない可能性に打ちのめされる。
『大丈夫さ、リヴェリア君』
『……え?』
『アイズ君なら、愛情を渡されれば受け取ってくれるさ。だってあんなにも良い子なんだぜ? そうだな……まずは今日は一緒に寝てあげると良いよ! 枕を並べて、毛布をかけてやって、頭を撫でて絵本を読んであげるんだ!』
『わっ……私はそんな事をやったことが無い! というかそれが出来るならば最初からやっている!!』
『リヴェリア君!!』
あまりにも自分のキャラと違う行いを強制されそうになって泡を食って拒否したリヴェリアに、少しばかり厳しい表情を見せたヘスティアが指を突きつける。
『……最初からそれが出来ないってんなら、途中からでもそれをやるんだ!』
『ッッ!?』
『同じ眷属だからってそこまでする必要はない、なんて甘い台詞を僕は言わないぜ? どう考えたって今のアイズ君には愛が必要だし、ソレは僕の与えられるようなもんじゃない。リリ君も同じ。僕等は『友達』にはなれても『家族』にはなれない……僕等はあくまで部外者に過ぎないから』
『ぶ、がいしゃ』
『そうさ……
ビッ、と鼻先に下から突きつけられた指が。
自分よりも随分と小柄な女神が。
今だけは、自分よりも圧倒的に大きく見えた。
『……返事は?』
『……はい、頑張ります』
『なら、良し! これも僕の司る権能に誓って言うけど。君達なら大丈夫。あの子を支えられるよ』
そんな言葉を思い出して。
リヴェリアは、揺り起こそうとしていた手を止めた代わりにアイズの座禅を優しく解き、起こさないように抱き起こして己のベッドに運んだ。
「最初からできないなら、途中からでもそうする……そうだな。その通りだ」
柔らかく笑って、ベッドに寝かせたアイズの横に寝転んで一人分の毛布をアイズに掛け、魔石灯の明かりを消した。
無論自分の分は無くなるが、代わりにクローゼットの中から長めのコートを取り出してそれを毛布代わりにしてアイズの横に寝転ぶ。
「……お休み、アイズ」
そう言ってリヴェリアは、すう、すう、と規則正しい寝息を立てるアイズの腹のあたりをポン、ポン、とゆっくり叩く。
それは、彼女が眠りに落ちるまでずっと続いた。
そんな柔らかな献身のお返しは、翌日に目が覚めたら(ちょっと苦手な)リヴェリアの寝顔がどアップで視界に飛び込んできたアイズの小さな叫び声と反射的な裏拳という形で返された。
ヘスティアの予想通りに、リヴェリアは自身の愛情があんまり伝わっていないらしい事を認識する朝となったのだった。
「……り、リヴェリア……怒ってる……?」
「……いや、あの状況なら仕方がないさ……」
まだ、愛してるだなんて小っ恥ずかしくて言えやしないが。
この日初めて、リヴェリアは結果的に他者に言われるのではなく自らの意思で
リヴェリア様、アイズ過去編改めて見ると覚えてた三倍くらい説教しててちょっと笑っちゃう。
ここまで読んでもらえた方にはもう自明でしょうが、作者はBLEACHの精神世界ターン大好きな人です。もっと見たかった……週刊連載だししょうがないけどさ……
あ、今回アイズのファミリアの話なので、勿論次回はリリのファミリアの話です。お楽しみに。