オラリオで斬魄刀打つ転生者の話 作:オリ斬魄刀の小説増えろ
ヘスティアはとても困っていた。
オーエツも珍しくとても困っていた。
そしてリリは……本日二度目の土下座を敢行していた。
「……そこまでしてまで話せないような内容なのかい? リリ君……」
「ハイ……ごめんなさい、御二人には話せません*1」
コレまでになく頑ななその態度に、揃って腕を組んだヘスティアとオーエツは困り顔を見合わせて互いに肩を竦めた。
その気配を察しているリリは、只管申し訳無さに打ちひしがれるのみ。
「……もう一度聞くが……何か危ない事に巻き込まれた訳では無いんだな?」
「ハイ*2」
「誰かに迷惑を掛けるような事でもないんだね?」
「ハイ*3」
「犯罪でも無い?」
「ハイ*4」
「……じゃあ、何で君はそんなに悲しい目をしてるのさ?」
「……ごめんなさい、ソレだけは……言えません」
再び深く頭を下げるリリに、困り顔を崩さない二人は二人同時に腕を組んで深く唸る。
「ふぅーむ……*5」
「ふぅーむ……*6」
同じ動作同じセリフで見る者に真逆に近い印象を与える二人はどちらともなく視線を合わせる。
オーエツは黙して首を横に振り、そしてヘスティアは額を押さえて天を仰いだ。
「……分かった。君がそこまで言うならもう聞かないよ……けど、覚えておいて欲しいんだ。恩恵を与えたかどうかなんて関係ない……僕にとっては君はもう『家族』だ! 困ったことがあれば、何時だって頼ってくれて良いんだよ。ね? オーエツ」
「当然だ。そもそも、弟子は師匠を頼るもんだろう。独り立ちにはまだ早いぞ、リリ坊」
二人の言葉に、リリは黙って深く頭を下げた。
「井戸で顔洗ってくるといいよ」とリリを部屋の外に出し、二人きりとなった室内でヘスティアはオーエツに顔を向ける。
「どー思う?」
「百割アイツの【ファミリア】絡みだろうな。それ以外に考えられん」
「だよねえ……」
「で? まさか本当に探らぬ訳では無かろ?」
「当たり前じゃないか」
頷いて、二人は先程のリリの様子を脳裏に浮かべる。
その可愛らしい愛嬌のある顔は、不自然でない程度に顎を引き、少し上目遣いでこちらを見詰めていた。
そのニコリと笑みの形を作った瞳は、細めるのみで決して閉じる事はなく、常にこちらの挙動を観察していた。
子供らしい小さな口は、もし暴力を振るわれた際に咄嗟に食いしばれるように閉じた状態で口角のみを上げていた。
同じように、暴力に対しすぐに力めるように首と肩を竦め、両の手を体の前で緩く組み合わせていた。
それは、一人の幼い
彼女は六年間の人生で、たったそれだけしか学べなかったのだ。
己を攻撃してこない、危険の無い相手への……いわゆる『普通の』嘘の付き方すらも……彼女は学ぶ事が出来なかったのだ。
────それは、その笑顔は普段の他愛無い事で笑っていた彼女の綺麗な笑顔を知る二人からすればあまりにも醜く、あまりにも哀れで……そして、あまりにも痛ましい姿であった。
「……まずは僕らの『友達』にお願いしてみよう」
「そうさな。あ奴らならきっと力になってくれる」
だからこそ、二人の怒りのボルテージは際限無くガリガリと音を立てて上昇していくのだ。
「……証拠が出揃えば、どうする?」
「決まってるさ……僕に取れる手を全て使ってあの子を救ける。オーエツ君も手伝ってくれるかい?」
「神意のままに」
ヘスティアは気がついていなかった。
オーエツも気がついていなかった。
オッタルも、フィンも、アスフィも、ザニスも、誰一人として気がついていなかった。
ヘスティアが今気軽に助力を乞おうとしている『友達』の力が、彼女の予想を遥かに上回っている事に。
「戻りました……」
「ああリリ君! さぁ、朝ご飯にしようぜ? お腹空いてるだろう?」
「……ハイ」
二人が意図せずちょっとした騒動をこの街に齎す相談をしていると、顔を洗ったリリが戻ってきた為に二人は話し合いを中断する。
見るからに落ち込んでいる様子のリリだが、先程のような痛々しい表情よりもずっとマシだと二人は思う事にした。
「斬魄刀の本体が数え切れない程居ただァ?」
「は、はい……とにかく沢山居て……」
「そんな沢山おる訳無かろうが、アホか」
「えぇ!? いや、居たんですって! 本当なんですよ!」
どんな絶望に襲われようとも生きている内は腹が減り、そして腹を満たせばほんの少しだが余裕ができる。
そうしてちょびっとだけ明るい表情を取り戻したリリは、話にだけは聞いていた精神世界に入る事ができた話をして、そしてそれをオーエツに普通に否定されていた。
「主神殿よう、リリ坊の斬魄刀には無数の魂が宿っとるか?」
「ん? いんや、そんな事ないよ。普通に一個だけ」
このファミリアではよく食べられる、スープと硬い黒パンと生野菜とカリッと焼いた
黒パンをナイフで割って野菜と肉を挟み、簡単なサンドイッチ風にしてモッギュモッギュと食べながら彼は「複数の人格を持つ斬魄刀はある」と話を始める。
「例えば、使い手に二面性のある性格の場合だ。俺の知るある男の斬魄刀は真面目で直向きな猿が斬魄刀の本体だったが……その猿の尾は蛇だった。そして、その蛇は不真面目で刹那主義だった。どちらも男の一面に違いなかった。斬魄刀の魂は、表裏があるだけでただ一個だった」
(……ヘスティア様、斬魄刀の開放してるのって師匠以外ではオッタル様だけですよね?)
(あーうん、アレは作り話の中の人の話だから)
リリとヘスティアの内緒話も気にせず、オーエツは滔々と語る。
「二つ目に……力の系統が複数ある者が斬魄刀を持った場合だな」
「力の系統?」
リリの疑問に頷いたオーエツは、スープを飲み干して器を空にする。
「まず人間の魂がある。無論此処にあるのは人間の力のみよ。しかし……極稀にであるがここに何らかの理由で別のものが混じる」
「……混じる? そんな事本当にあるのかい?」
「魂の事は俺には良く分からん。が、現実として複数の魂が混じった場合……」
「場合?」
「斬魄刀が増える」
「ハァ!?」
素っ頓狂な声を上げるヘスティアに、彼は半分ほど食べたサンドイッチもどきを見せる。
「このサンドイッチが二刀一対の刀を持つ者だとすれば……この
オーエツはサンドイッチから肉と野菜を抜き取り、スープ皿の上に二つ並べた。
「『肉』の斬魄刀と、『野菜』の斬魄刀。二つの斬魄刀となる……この場合は精神世界の中に居る斬魄刀が二人となる……事もある。で? リリ坊よ、お前の中には何種類の魂が居るというのだ」
「う〜〜〜〜ん…………???」
順序立てて説明されれば、何か自分とは違う気がする。
そう首を傾げる彼女に、オーエツは「俺の考えだが」と前置きしてから話を始める。
「先入観は危険だ。あまり鵜呑みにはするなよ?」
「はい」
「……お前の無数の鼠というのは、恐らくは『お前が斬魄刀の形を捉えきれていない』のではないか……と、俺は思う」
そんなさわりで始まった話を、ヘスティアは野菜をモリモリ食べながら、リリはチビチビとベーコンを齧りながらなんやかんやで二人共真面目に聴く。
「精神世界における斬魄刀の名前を聞けない問題だが……俺の場合はまず言語が通じなかった」
「えっ……なんで? 別の国の言葉だったって事? エルフ語とドワーフ語みたいな?」
「いや、そもそも斬魄刀の言葉が言語の体を成していなかった」
かつて自分が行った斬魄刀との苦労に苦労を重ねた『対話』の記憶を思い出して遠い目をしながらも話を続ける。
「本当に苦労をしたものだ……初めて満足がいく出来で作れた斬魄刀……何度刃禅を行ってもうんともすんとも言わぬ斬魄刀……コレでは駄目だったのかと思うが最早引っ込みはつかぬと意地で続けた四年半……初めて聞こえたその声は、意味不明な聞き取れぬ声……遂に己の気が狂ったかと思いながらももう半年……五年目にようやく入れた精神世界……そこで初めて目にした己の斬魄刀……その口から出る意味不明な言語……」
そこまで言って僅かに上を向いて目頭を押さえたオーエツは、再び視線をテーブルに戻して話を続ける。
「そして、その原因が……己の魂の在処を把握していない事だった」
「ソレって……前世って事だよね」
ヘスティアの言葉に頷いたオーエツは、先程の肉と野菜に指を向ける。
「俺の場合は……『平和な前世で安穏と生きていた自分』と『この世界で死ぬ気で刀を打つ自分』、この二つの自分が己の中で背反していた為に己の魂の芯を捉えられず、ソレが斬魄刀との対話に支障を来していた」
「……どっちを選んだんですか?」
リリの疑問に、オーエツはニヤリと笑う。
「ムハハ、両方に決まっとろうが!」
「……え、ソレありなんですか!?」
「当然だ! 俺は前世の憧れに追いつく為に今世で死ぬ気で刀を打っとるんだ! どちらも自分! ただ、一度死んだからと言うてそこで区切られる訳では無いと自覚した! それのみよ!」
ワハハハ! と笑った彼は、残っていた食事を全て口の中にブチ込み、水で飲み下してからリリに笑いかけた。
「リリ坊……お前にとって斬魄刀とは……『力』とは何だ? お前の場合、きっとその辺りが曖昧なのではないか」
「……ちから」
「ああ。お前の魂の底には何がある? お前の魂の形はどんなものだ? お前の『精髄』を理解しろ! オッタルやアレン、ガレスにリヴェリアにその他の多くの冒険者達はその人生の中で己にとっての『
「つまり……私にとって
「己の姿を割れた鏡に映すようにな! ……まぁ、あくまで俺の意見だ。俺自身も斬魄刀に関しちゃあくまでこの世で一番詳しいだけの素人だ。何度も言うが、鵜呑みにはするなよ」
話を終えたオーエツは食器を洗いに外に出る。
ソレを見て慌てて残る食事をかきこんだ二人もまた外に出て、一日が始まった。
その日の修行で、リリは己の精神世界に入り込んだ。
相変わらず小汚いゴミだらけの裏路地の世界で、相変わらずそこには無数の鼠がひしめいていた。
「……この中で、私の
足元にチョロチョロと親しげに擦り寄ってくる数十数百の鼠を眺め、リリは軽く目眩のする気分だった。