オラリオで斬魄刀打つ転生者の話   作:オリ斬魄刀の小説増えろ

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鬱展開タグが付いてないのに展開が鬱すぎるというご意見を頂きまして、まあよくよく考えりゃここから更にリリを追い詰めるのでそりゃ確かに必要かなと思いましたのでタグに『鬱展開あり』、『曇らせ』、『暗黒期』を追加します。ついでに『オリ斬魄刀』を『オリジナル斬魄刀』に変更します。ご意見くださった方、ありがとうね!

あと、一応この場で宣言しとくとこの小説は0.6アストレア・レコードくらいの曇らせ度(私見)です!ちゃんと晴れるから安心してくれよな!

志方疎さん、リア10爆発46さん、誤字報告ありがとうございます。


鏡合わせの少女 裏

 

 

 

 

「よう!」

 

【ソーマ・ファミリア】の本拠地(ホーム)の一角、ザニスの部屋に女の呑気な声が響く。

 

 高級な革を使ったソファに身を沈めて神酒を楽しんでいたザニスは、その声をファミリアの誰かの声だと思い、眉毛を寄せて振り向いた。

 

「……何だ? 此処に入ってくるなどと……」

 

 そう言いかけて、ザニスは言葉を飲み込む。

 

 自分自身が、この部屋に入った時に確実に鍵を閉めた事をハッキリと思い出したからだ。

 

 その警戒に反し、ドアの前に居たのはレベル一の、このファミリアには履いて捨てる程に居る団員の一人であった。

 

 そして、開いたドアのノブは、グシャリとひしゃげて曲がっていた。

 

 ザニスは用心深く心配性である。

 

 無論同じファミリアの者達など微塵たりとも信用しておらず、この部屋のドアもまた必要以上に頑丈に作ってある。

 

 そのドアが壊されている。

 そして、そのドアを壊したのであろう男の手はグチャグチャに変形していた。

 

 そして何より、先程の声は間違い無く女の声であった。

 

(……何だ? 何が起きている?)

 

「私が誰か分からねえか? ……まぁ分からねえわな。教えてやるよ……私は闇派閥(イヴィルス)だ」

「闇派閥……!?」

 

 相変わらずむさ苦しい男の身体から漏れる女の声に違和感を感じながら、ザニスは酒の入ったグラスを置いて警戒心もあらわに男の方を向いた。

 

「あぁ、そんなに警戒すんなって……私はただの伝言役(メッセンジャー)だよ。お前に一つ伝えとかなきゃいけねー事があってな?」

「……何だ?」

「忠告だよ。気が付いてたか? お前の事、このファミリアの事……探ってる奴が居るってよ」

「…………」

 

 心当たりはあった。

 

 町中に出る度に感じる視線。最近ではすっかり感じなくなっていたが、それをしていたのがどこかのファミリアであるならば。

 

「それは……」

「お前もご存知【ヘスティア・ファミリア】さぁ。きっとお前んトコのチビ一人奪う為に【戦争遊戯(ウォーゲーム)】を始めるぜ」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)

 

 それは、勝者が敗者の全てを奪い去る暴力の遊戯。

 

 その、奪われる側にとっての無惨さを知っている彼はゴクリと唾を飲んだ。

 

「……そ、んな。あんなガキ一人に」

「あのお人好し共はやるさ。運が悪かったな……と、言いたい所だが、私達としても取引相手のお前から芋蔓にやられちゃ溜まらねえんでな。今ここで選べ。私に今口封じで殺されるか、それともこちらの提案を飲むか」

「……提案?」

「こっちにも色々と事情があってなー。悪いが手伝いはできねえ。けど、レベル三の得体が知れねえドワーフと真正面から勝負するより余程勝ち目のある提案だぜ?」

「聞かせてくれ」

 

 そのザニスの言葉に、ニヤリと男の中身は笑った。

 

「あのガキを殺して……或いは半殺しにして、あのドワーフの前に放り出す。そこで動揺したアイツを暗殺する!」

「……成程。眷属の居ない神は戦争遊戯(ウォーゲーム)など出来ない!」

「ははは、そうそう……おっと!」

 

 自分の眷属を殺害する事に何一つ疑念を抱いていない様子のザニスを見て笑った中身は、その身体からブシュウッとその全身から霧吹きのように血を吹き出した。

 

「もう限界か……」

「お前のそれは、何かの魔法か?」

「はは、どうかな?」

 

 ザニスの疑問を軽く流した中身は、そのまま笑って別れを告げる。

 

「じゃあな。上手くいく事を祈るぜ」

 

 そして、次の瞬間。

 

 ボバッ!!! と。

 

 男の身体が『爆ぜた』。

 

「……ッ」

 

 冒険者をやっていればそんな非現実的な光景ではなくとも凄惨な光景は幾多も見るもの。

 

 しかし、【ランクアップ】を遂げてからもうしばらくダンジョンに潜っておらずそういった光景への耐性を失っていたザニスは口元を手で覆い、吐き気を抑えて呟いた。

 

「……闇派閥のカスが。部屋を汚しやがって」

 

 

 

 そんなザニスの言葉を、男の肉片に残っていた最後の魔力越しに聞いた『中身』の正体……闇派閥幹部のヴァレッタはゲラゲラと笑って己の斬魄刀『死絡』を鞘に戻した。

 

「ハハハ! ……まあ、これで馬鹿な日和見眼鏡も動きそうだし、死絡の能力も試せた……まあ、操る側の肉体が私の魔力に耐えられなかったのは予想外だが……まあ、これは相手のレベルにもよるかもな。要検証要検証……っと」

 

 ニヤ、と笑った彼女は、己のセーフハウスの中から夜のオラリオを眺める。

 

「さあどーする【ヘスティア・ファミリア】!? どうにかするか!? それともどうにもなんねーか!? 楽しみだなぁオイ!」

 

 嗤うヴァレッタは、しかし気が付いていない。

 だがその不明を責められる者などこの街には……それこそ異端中の異端、【姿無き鍛冶師(アンノウン)】オーエツしか居ない。

 

 彼女は、ごく普通に、冒険者としての常識を元に考えていたのだ。

 

 ……『才能を持ち、その才能に比する努力を積んだ人間だけが強くなれる』……そんな冒険者の常識に則って、己の計略を潰すのは【ヘスティア・ファミリア】であると考えた。

 

 彼女は、リリルカ・アーデ等という子供の小人族の存在を……どころか名前さえも、この時は覚えていなかった。

 

 

 

 

 

 

「【ランクアップ】」

「は?」

「リリ、【ランクアップ】……どうやれば出来るの?」

 

 己と同じ親を亡くした子供であるアイズの、しかしあまりにも己と違う恵まれた様をつい先日まざまざと見せつけられ、リリの心中は荒れに荒れた。

 

 そして、それを何も聞かずにただ頭を撫でてくれたドワーフと女神にさえも甘える感情以上に申し訳無さと居た堪れなさを感じ、そんな自分を……優しい世界に馴染めない自分という異物を疎ましく思う感情に苛まれ、今日も今日とて非常に荒れている彼女の内心を露知らず、アイズは朝っぱらの開口一番にそう言った。

 

 アイズが人の心を理解していないようであるが、ここでアイズを攻めるのは正しくない。

 

 実際リリの演技力は非常に高く、彼女の偽装の魔法である【シンダー・エラ】によって顔色まで通常状態を再現してあるのでその外見から不調を判断するのは不可能である。

 

 そして、リリにとってヘスティアとオーエツとは違いあくまでも部外者(お客様)扱いであるアイズに自分の素を晒したのは……あの、アイズぶっ飛び事件の一件のみ。

 

 それ以外は常に、アイズの前ではニコニコとよそ行きの……今浮かべているものと同じ笑顔を浮かべて接していた。

 

 つまり、アイズ視点では今のリリは完璧にいつものリリなのだ。

 

 ……これで違和感に気付けと言う方が無理であろう。

 

 しかし、ならばアイズが人の感情の機微に敏いかと言われればそれも違う。

 

 何故ならば……

 

「な、何故いきなりそんな事を?」

「リヴェリア達は、私に、【ランクアップ】のやり方を教えてくれない……!」

(あぁぁぁ〜〜、でしょうねえええ…………)

 

 リリに関しては仕方が無いとは言えど、アイズが人の心を……というか親の心を……理解していない事は間違いないのだから。

 

「……ちなみに、リリは知ってるの? 【ランクアップ】の条件」

 

 ズイ、とこちらににじり寄って問うてくるその瞳の奥に、己のファミリアの酒に狂った者達と同じモノを感じたリリは慌てて首を横に振る。

 

「し、知りませんて!」

「……本当? リリは私よりもこの街に長く居るのに……?」

「本当ですよう! そんなの知ってたら私がやってますし!!」

 

 リリの必死の言い訳に、それもそうかと詰め寄った体勢から元に戻ったアイズを見て、リリはその愛想笑いの裏側に遣る瀬無い感情を隠した。

 

(……前はそんな顔、しなかったじゃないですか……アイズさん)

 

 以前のアイズも、確かに人の事を考えずに突っ走る所はあった。

 

 強引な部分もあった事も認める。

 

 だが、そんな暗い瞳をするような少女では無かったはずなのだ。

 

(どうしちゃったんですか……アイズさん)

 

 ズンズンと進む小さな背中を眺め、リリは心の中で呟いた。

 

「あ! アイズさんじゃが丸くん揚げたてらしいですよ? どうです一つ。御馳走しますよ?」

「いらない」

「!?」

 

 アイズらしからぬ言葉にギョッと目を剥くリリを置いて、彼女は歩を進める。

 

「わ、ちょ、待ってください! ……何処に行くんですか?」

「ギルド。あそこならレベルの上がった冒険者が沢山居るから」

「な、成程……」

 

 小さなコンパスを必死に回してアイズに着いていくリリの胸中は、しかして冷めきっていた。

 

(甘過ぎですよ、アイズさん)

 

 当たり前だろう。

 

 今のアイズを……その目を見て、【ランクアップ】の条件を教えるような冒険者は居ない。

 

 それはそうだ。

 誰だって、自殺の手伝いなどしたくないのだから。

 

 ……そして、リリの予想は正しかった。

 

「サァな」

「知らんね」

「自分とこの人に聞いたらぁ?」

「教える事など何も無い」

 

 およそ半日近い聞き込みで、アイズの知りたい事を教えてくれる者は一人だって居なかった。

 

 

「……何でッ!!」

 

 いや、そらそうですよとは言わないリリはもう完全にアイズを宥めにかかっていた。

 

 憤りながらも、見知らぬ他人への質問という慣れない事を何時間もして疲れ切ったアイズはギルド内のベンチに座り込む。

 そして、リリはそんなアイズの横に腰を下ろし、説得……というか懐柔を開始した。

 

「ね? きっと他のファミリアの人にはおしえないとか、そんな事もあるんですよ。ね? もう一度リヴェリア様にお願いしてみましょうよ」

「…………」

「私も一緒にお願いしますから。ね?」

 

 力無く座るアイズの肩に手を置いて、宥めるようにゆっくり擦りながらそう言うリリに、アイズが暗く濁った目を向ける。

 

「……そうだね、リヴェリアはリリには甘いし……」

(私はお客様対応なだけですけどね……勝手な行動もしないし……)

 

 リリからすれば、何度も何度も何度も、数え切れないほど懲りずに暴走しているのにその度に暴力すら振るわずに根気よくアイズに説教を繰り返すリヴェリアが甘くなくて誰が甘いんだと言いたいところであるのだが、そんな優しさは目の前の少女には伝わっていない事も理解していたので無言で笑顔を浮かべるに留まった。

 

「……ここに来たら【ランクアップ】の条件が分かると思ったのに……」

「まぁ、世の中そう上手くいきませんよねー」

 

 恨めしげにそう呟いたアイズに適当な相槌を打ちながら、背中を押して立つことを促すと彼女は素直に応じた。

 

 パッパと彼女の防具(ドレス)についた埃を払ってやっていると、前から誰かが近付いてくる。

 

「おやおやお嬢さん、何をそんなに暗い顔をしているんだい?」

 

 近付いてきたのは飄々とした空気を纏う、どことなく草臥れた装いの背の高い男であった。

 

 その美しく整った姿から、その膝をつきたくなるような偉大な気配から、命を賭ける人間ばかりが集まるこの場にそぐわない浮世離れした雰囲気から。

 

 その全てから『神』の気配を察したリリは、スッと黙ってアイズを庇うように前に立った。

 

 境遇を考えればごく自然ではあるが、リリは基本的に神を信用していない。

 

 神など、自分達を弄ぶ事が趣味のロクデナシでしかないとすら思っている。

 

「いえ、もう私達は帰りますので」

「おや、そうなのかい? 偶には若い子とお喋りをしたかったんだけど」

「あははは……では私達はこれで……」

「あれ!? もしかして本気で避けられてる!? おかしいなぁ、そこまで不審者ムーブした覚えないんだけどな!? *1

 

 ……それ以上に、今アイズに『あの質問』をさせる訳にはいかなかった。

 

 何故ならば……冒険者は『命を賭ける』事に価値を感じているが、神々は『面白そうな事』に価値を感じるからだ。

 

 故に、冒険者であればアイズの『価値の無い死(自殺願望)』に耳を傾けない。

 だからこそリリも苦笑いをしながらもアイズを止めなかった。

 

 しかし、神は……! 

 

「さ、行きましょアイズさん、リヴェリア様が待っていますよ」

「え……うん」

「おいおい、え、マジで行くの? 俺ってそういう扱い?」

何神(どなた)か分からぬ方に教えを請う程追い詰められてはいないので!」

「そうかい? 俺は知ってるよ、君の事……『人形姫』ちゃん?」

 

 その言葉に、ビクリと身を弾ませたアイズは神の方を振り向いた。

 

「何で……」

「さっき、【ランクアップ】について話していたね? 方法が分からない、と」

「アイズさん! 行きますよ!」

 

 鋭い叫び声と共にアイズの手を握ったリリ。

 

 しかし、アイズはその手を勢い良く振り払った。

 

 ドザッとリリの倒れ伏す音にも、周囲の冒険者の視線にも気を払わない彼女は、目の前の男神に挑むようにその目を向けた。

 

「貴方は……教えてくれるの? 【ランクアップ】の方法」

「無論さ。子らを導くのは神々の役目……それに、僕も、世界も、『英雄』を求めている。その『芽』は一つでも多い方が良いからね」

 

 

 

「……【ランクアップ】……神々(俺達)子供達(君達)に施す【恩恵】が課す昇華の条件は……『偉業』を達成する事さ」

 

 

 

 

 

 

 ざわめきの戻ったギルドを出るアイズの後ろを、リリが慌てて追い掛ける。

 

「アイズさん! 待って!」

「……リリ」

 

 振り返ったアイズの瞳の暗さが一段と増している事に気が付き、リリは思わず一歩たじろぐ。

 

 それに興味も無いようにまた前を向く彼女に、リリはまた先程のように縋り付いた。

 

「ま……待って!」

「待たない」

「待ってください、よッ!!」

 

 力尽くでアイズを振り向かせたリリは、両肩を掴んでその顔を覗き込んだ。

 

「アイズさんあなた……何するつもりですか!?」

「【ランクアップ】、する」

「無茶ですよッ!!」

 

 そう肩を揺さぶりながら叫ぶリリの肩を逆に掴み、アイズは怒鳴る。

 

「うるさいッ!!」

「ッ!?」

 

 その、何時もと違うアイズの剣幕に身を竦めたリリを押し込めるように言葉を重ねる。

 

「私には力が必要なの! どんな無茶でもやらなきゃいけない! ソレが【ランクアップ】に必要なら!」

「だ……だからって!! それならその事をリヴェリア様達に言って……」

「リヴェリアに言ったってどうにもならないよ!!」

 

 ドンッ、とリリを突き飛ばしたアイズは、その怒りに歪めた瞳から涙を一筋零した。

 

 突き飛ばされ尻もちをついたリリは、その涙に一瞬虚を突かれる。

 

「リヴェリアは……リヴェリア達は、教えてくれなかった! 【ランクアップ】の方法を誤魔化してた!!」

「だから……それは!」

 

 しかし、このままでは不味い。

 

 その事が分かったから、リリは言葉を重ねる。アイズを止めるために。

 

「私はこんなにも頑張ってたのに!! 私の強さを信じてくれなかった! ……私の、願いも知ってるくせに!!」

「それは! 貴女の事が心配で!!」

「心配してくれなんて頼んだ覚えは無い!!」

 

 ……しかし、その言葉は。

 

 心配してくれる人など一年前までただの一人さえ居なかったリリにとって、その言葉は。

 

「アンタはっ!!」

 

 ガバッと立ち上がったリリは、アイズの胸倉を掴んで怒鳴る。

 

 もうそれは、アイズの説得に使う柔らかな語気ではなかった。

 

「本気で言ってんですか!? 心配してくれる相手の親切が必要ないって!」

「要らない! 私は強くならなきゃいけないの!! 時間を無駄になんて出来ない!! 私の時間を無駄にするなら全部……要らない!」

「家族でしょ!? あんなにも貴女の事を心配してくれてる……家族じゃないですか!!」

「私の家族は『お父さん』と『お母さん』だけだ!! 私の邪魔をする家族なんて……『ニセモノの家族』なんて、要らないッ!!!」

 

 ぱぁんっ。

 

 ギルドから少し離れた、いつも二人で噴水の縁に座り、じゃが丸くんを食べていた広場。

 

 その広場に、軽い破裂音が響いた。

 

 リリが、アイズの頬を力の限り引っ叩いた音だった。

 

「……リ」

 

 リリ。そう続けようとしたアイズの言葉は、平手から返すリリの拳によって堰き止められた。

 

 バキッと鈍い音を立てて顔面に思い切りパンチを喰らったアイズは、混乱する頭で咄嗟に立ち上がり、その場を飛び退いた。

 

 それは幾多のダンジョン探索によって培われた反射的な回避術であり、そして今もまた、リリの追撃の蹴りを避けるという形でアイズの危機を救った。

 

「……何を」

「……私の実の両親は、まだ立って歩けるだけだった……前歯も生え揃ってない私にリュックを持たせてダンジョンに入らせました」

「…………!」

 

 押し殺した声で呟くリリの言葉に動きの止まるアイズ。

 

 それを確認した彼女は、アイズから視線を逸らさないようにしながら背負っていたリュックから後ろ手に様々なアイテムを取り出し始めた。

 

「その両親が無茶なダンジョンアタックで死んでから、私は同じファミリアの人間と行動を共にするようになりました」

「……」

「ねぇ、アイズさん……私、怒ってるんですよ」

「……」

 

 今、自分は時間稼ぎをされている。

 

 その事はアイズにも分かっていたが、それでもリリの言葉を止められなかった。

 

 リリの……今までずっと、小細工には優れているが純粋な戦力としては自分よりも格下だとしか思っていなかった少女の強い気迫に押されていた。

 

「ねぇ、アイズさん」

 

「路地裏に捨てられた生ゴミの山から掘り出した、腐って蛆虫の湧いた肉の味を知っていますか?」

 

 押し殺すようなリリの言葉に、アイズは返す言葉を持たない。

 

 そんなもの、知る訳が無いのだから。

 

「ダンジョン用の硬いブーツで頭を踏みにじられながら飲む泥水の味はどうですか?」

 

 今までニコニコと笑っている顔しか見なかった彼女の、無表情で発せられる怨嗟の声が、アイズの心に突き刺さる。

 

「お腹が空き過ぎてついつい食べる木屑やら紙切れや布切れの味くらいは知ってますかね?」

 

 怒っている。

 

 アイズは今文字通りに痛感していた。

 

 リリは、アイズがモンスターに対してそうするのと同じくらいに、アイズに対して怒っている。恨んでいる。呪っている。

 

「なら……誕生日に食べる、わざわざ目の前で踏み潰されて泥まみれにされたパンの味なんかどうですか? 頭から掛けられる熱いスープの味は?」

 

 アイズは、今初めて『自分がリリに嫌われている』可能性に思い至っていた。

 

「…………そんな事も知らないで、まるで自分が世界で一番不幸でございますみたいな顔をして……!」

 

「何が、『親切が要らない』……何が、『ニセモノの家族が要らない』……」

 

 ポツリポツリと怨嗟を零しながらリュックより沢山の道具と小さな刃物を取り出し、全身に仕込んだリリは最後に斬魄刀をアイズに向け、構えた。

 

「……イライラするんですよ、貴女を見てると。本当にうんざりする」

 

「口を開けばモンスターを殺す。力が欲しい。強くならなきゃ……馬鹿じゃないんですか」

 

「今が幸せなら、それで十分でしょうが」

 

「血の繋がった親が殺されたから何なんですか? 貴女を心配してくれてる、親身になってくれる家族は居るんだからそれで十分どころか十二分でしょう?」

 

 それは、リリがこの一年間、アイズを見続けた笑顔の裏でずっと思っていた事だった。

 

 リリに幸せの記憶は存在しない。

 

 リリにとって人生最良の日は今あの二人と過ごす日々であって、アイズのように過去にしがみつく気持ちがまるで理解できなかった。

 

「……やめて、リリ……!」

 

 これこそが、アイズとリリの決定的な違い。

 

 アイズの人生に『不幸な瞬間』はあれど、『不幸な時間』は存在しない。

 

 アイズは常に、己を案じてくれる誰かしらの庇護下で育ってきた。

 

 翻ってリリの人生の殆どは『不幸な時間』であり、今生きているこの時間こそがようやく手に入れた『幸せの瞬間』だ。

 

 リリは殆どの人生を、己の身一つで生きてきた。

 

 だから、アイズには誰も助けてくれないリリの絶望が分からず、リリには幸せを壊されるアイズの絶望が分からない。

 

 だからこそ、二人はここで、この話題で、互いの考えを受け入れられないのだ。

 

「死んだものは死んだんですよ。モンスター殺したからってご両親は生き返りゃしませんって」

 

「……やめろ……!!」

 

「いつまでも死んだ人間に拘っていないで、今の家族と幸せになればいいでしょ!? 何で貴女にはそんな簡単な事が出来ないんですか!?」

 

「……勝手を、言うなァァッ!!!!」

 

 アイズは叫び、斬魄刀を抜き放ち、リリのソレと激しく打ち合わせる。

 

 ガギイッ!! と、鈍い金属音が二人の過ごした広場に鳴り響く。

 

「手段無用で私に勝てると思ってるんですか、アイズさん!! 貴女の両手足の腱切ってリヴェリア様に引き渡してあげますよ!!」

「黙れ!! 私は……力が欲しい!! だから……その邪魔を、するなら……!! リリを、斬る!!」

 

 鏡合わせでありながら……鏡合わせであるからこそ、決して交わることのない二人の少女。

 

 その二人の()が、今初めて交差した。

*1
女性にとって目的も無く近付いてくる見知らぬ成人男性は押し並べて全員不審者である。




さてどんどんドミノ倒してこう
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