オラリオで斬魄刀打つ転生者の話   作:オリ斬魄刀の小説増えろ

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私は鏡

私は鏡

細めた瞳に笑顔を映し

濡れた瞳に涙を映す

私を置き去るあなたの背中に

私の悲鳴(こえ)は映らない



剣の少女(アイズ)

 

 

 

 リヴェリアは走っていた。ダンジョンの中を、普段の彼女なら絶対にしないような最低限の警戒すらしない本気の全力疾走で。

 

「アイズ……!」

 

 

 

 その脳裏に浮かぶのは、先程ギルドの個室で会った馴染みの小人族の涙。

 

 アイズがギルド前広場を去ってから堰を切った様に号泣し始めたリリ。

 

 そんなリリを心情的にも、結果的に混乱も周辺被害も出さなかった事からも(両ファミリアへの何らかの注意はしなければならないが)彼女を罪人として扱う事に抵抗のあったライラは既に事情を説明していたアーディと共にギルドに相談し、一つの部屋を借りてそこで彼女を宥めていた。

 

『失礼する! 此処に【ソーマ・ファミリア】のリリが居ると聞いたが!』

『リヴェリア……様……!!』

『リリ、一体何が……ッうわっ!?』

『リヴェリア様ぁッ!!』

 

 そこに報告を聞いてやって来たリヴェリアが入り、その顔を見たリリは収まりかけていた涙を再び溢れさせながらその脚へと縋り付いた。

 

『リリ!? 一体どうしたというのだ!!』

『ごめんなさい! ごめんなさい! リヴェリア様、ごめんなさい……! 申し訳ありません!!』

『おちっ、落ち着け!』

 

 足にへばりついてひたすら謝り続けるリリを引き剥がし、その肩を掴んで目を合わせる。

 

『……何があった、リリ!』

『っぅ……』

 

 グジュ、と溢れた鼻水を啜ったリリは、涙を止めようとするのに精一杯でここまでライラやアーディにも話していなかったこの件の経緯を語り始める。

 

『アイズ、ざんは……今朝、【ランクアップ】の条件を調べる、って……言って……』

『……まさか、知ったのか!? あの子は!』

 

 彼女の切羽詰まった声に再び涙を溢れさせたリリはその場で泣きながら地面に頭を付け、土下座を行った。

 

『ごめん、なざい!!』

『だから、何がだ!』

『わだし、アイズざんを、止めなきゃって……それに、アイズさんは、自分の邪魔をするリヴェリア様達を、要らないって!! わだじ、それが……許せなぐっで!! それで、アイズさんに、刀を……!!』

 

 そこまで言ってからガクガクと震え始めた少女の小さな身体を思わず抱きしめようとしたリヴェリアは、その寸前でリリがバネ仕掛けのように上体をガバっと起こしたので手を伸ばしたまま硬直した。

 

『私、アイズさんを……斬っちゃったあ゛ぁ…………!!!』

 

 ボロボロと後から後から大粒の涙を零しながらそう言うリリの瞳は、嫌悪感と後悔に塗れていた。

 

『どうしよう……どうしよう……!! わた、わだっ、私のせいで、私の怪我のせいでアイズさんが……』

 

『アイズざんがぁ……死んじゃうぅ……!!!』

 

 リリはダンジョンに潜った年数だけならば十分にベテランと呼んでいい域に達している。

 

 それはこの街にやってくる新米の冒険者の大半が最初の数年で冒険者を続けられなくなる故にであるが、しかしだからこそリリはダンジョンの厳しさをよく知っていた。

 

 だからこそリリはアイズの無謀なダンジョンアタックを刃を振りかざしてまで止めたのだが、しかし彼女は自分自身の痛みには慣れていたが、他人の痛みに関しては恐ろしいほどに敏感であった。

 

 一度刃を振るったなら、それこそ死んでも……殺してでもアイズを止める覚悟が必要だった。しかし、リリにそれは出来なかった。

 

 結果として今、アイズは全身に出血を伴う怪我を負ったままダンジョンアタックを行っている。

 

 だからこそ、リリは泣いていた。

 

 浅はかな自分への絶望に、友を傷つけた衝撃に、人に刃を向ける嫌悪に……そして、今も消えんとしているアイズの命に、涙を流している。

 

『ごめんなさい……ごめんなさい……!』

『リリ……』

『半端者でごめんなさい、役立たずでごめんなさい、無思慮でごめんなさい、辛抱できなくてごめんなさい』

『……ッ!!』

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、と呟き続けるリリを今度こそ力強く抱き寄せ、その耳元でリヴェリアは、しっかりとした声で呟く。

 

『リリ、お前の気持ちは分かった……大丈夫だ、私が連れ戻してくる』

『リヴェリアさまぁ……!』

 

 涙に濡れたリリの声は、それでも深く沈んでいた。

 

 ダンジョンの厳しさを、きっとこの街の誰よりも知っているからこそアイズの生存を絶望視しているらしいリリの顔を覗き込み、ビショビショになった頬を拭ってやりながらリヴェリアは笑った。

 

 それは彼女自身も泣きそうになっているのを堪えながらの不出来な笑みだったが、それでも力強い笑みだった。

 

『……リリ、アイズは確かにダンジョンの厳しさを知らないが、お前もまたアイズの本当の強さを知らない……信頼してくれ。アイズを、そして私を!』

 

 リリの顔を拭ってから立ち上がったリヴェリアは、部屋のドアを開けながら振り向く。

 

『……そして、アイズが帰ってきたら……今度はちゃんと、喧嘩をしてやってくれ。アイズにはきっと、お前が必要だ』

 

 ソレだけを言って、外に出ようとした彼女を追うようにリリが立ち上がる。

 

『ま゛ッ、待ってください! 私も行きまッ』

『行かせるわけねーだろうが』

 

 そのリリを、リヴェリアが入ってきてから今の今まで壁際で事態の推移を見守っていたライラがリリの顎に軽く指を当てて脳を揺らす。

 

 ただでさえ疲弊していたリリは、それによりアッサリと意識を手放し、ガクンとその身体をライラに預けた。

 

『……マジでワケ分かんねえ……お前の境遇で、お前の現状で……なんでそこまで純粋に他人を想えるんだよ……!』

 

 そんな事を呟きながら部屋の中のベッドにリリを横たわらせた彼女に、リヴェリアは軽く会釈をした。

 

『コイツが起きたら私が言っとくわ。早く行きなよ、リヴェリアサマ』

『助かる』

 

 

 

 ……そんな、ギルドの一部屋での一部始終を思い出し、リヴェリアはその形良い歯を割れんというほどに食いしばった。

 

 リリは泣いていた。

 

 アイズを止められなかったと、むしろアイズの死を早めてしまったと、後悔と嫌悪にそれまで見たこともない程の涙を流していた。

 

 確かにリリの行動が結果的にそうなっていた事は確かだ。

 

 だがしかし、そこにリリの責任は無い。

 

 そうだろう。そもそもリリは他人なのだ。他人であるリリがそこまでアイズの行動に責任など持つ必要はないのだ。

 

 ならば、責任を負うべきは誰だ。

 

 決まっている。自分だ。

 

「……一階層には居なかったか」

 

 入れ違いになってはたまらないため本当に隅から隅まで探し回ったが、アイズの姿は無かった。

 

 二階層へと下った時、丁度同じ階段を登ろうとしている冒険者の一団と出会う。

 

「な、【九魔姫(ナイン・ヘル)】!?」

 

 リヴェリアの行動は早い。

 

 懐から金貨を取り出して冒険者に数枚投げ渡し、それを手に取った事を確認してから質問を投げかける。

 

「金髪の小さな女の子を見なかったか? 一人でダンジョンまで来ているはずなんだ」

「え、あ、あぁ……それなら確か、四階層で一回見たぞ……なぁ皆?」

 

 リーダーらしい男の言葉に頷く周りの者達を確認してから、リヴェリアは金貨の枚数が人数分になるように追加の金を投げ渡してからその場を走り去る。

 

「助かった!」

「あ、あぁ……何よりだ……?」

 

 突然現れ、風のように消えたリヴェリアに、その一団は互いに顔を見合わせて首を傾げるばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 泣いている。

 

 泣いている。

 

「……黙って」

 

 泣いている。

 

「黙って」

 

 斬魄刀(かたな)が、泣いている。

 

「黙ってよ……」

 

 ダンジョン十二階層。白い霧と、生命感の無い枯れ木ばかりの階層。

 

 その殺風景な周囲に散らばったモンスターの残骸と、乾いていた筈の地面がビタビタになる程に撒き散らされた血。

 

 運悪く、もしくは運良く魔石が砕かれたモンスターが無へと還る塵が舞う中、アイズは静かに己の刀に話しかけた。

 

 アイズが己の斬魄刀に語りかけるのは、あの黒いアイズとの語り合い以来であった。

 

 この刀を使わない事はリヴェリアが認めなかったので(何せ即金百万ヴァリスである。気に入らないから使いませんが通る金額ではない)使うには使っていたが、以前のように毎日の刃禅はすっかり行っていなかった。

 

 そんなアイズにも、しっかりと己の刀が泣いている声は聞こえていた。

 

 アイズは、刀が見せた己の弱さに耐えきれずに刀から逃げた。

 

 しかし、今はその弱さを見せられても彼女は刀を手放す事すらもしない。

 

 その心の中では、リリの顔が、そしてリリの言葉が何度も何度も思い起こされていた。

 

『本気で言ってんですか!? 心配してくれる相手の親切が必要ないって!』

 

 今まで見たこともない程の怒りがそこにあった。

 

『家族でしょ!? あんなにも貴女の事を心配してくれてる……家族じゃないですか!!』

 

 今まで見たこともない程の哀しみがそこにあった。

 

 分かっている。

 

 分かっていた。

 

 分かっていたのだ。心の何処かでは。だが、それを認めるわけにはいかない。

 

 それを認めてしまえば、『お父さん』が『昔のお父さん』になってしまう。

 

『お母さん』が『昔のお母さん』になってしまう。

 

『幸せ』が『昔の幸せ』になってしまう。

 

 だからこそ、アイズは今の幸せに迎合する訳にはいかないのだ。

 

 全てを失った自分に残されたたった一つのものは、この心の中の思い出しか無いのだから。

 

「だから……泣き止んでよ」

 

 アイズは己の()に懇願する。

 

「お願い、だから……」

 

 リリが、好きだった。

 

 昔のアイズに『友達』は居なかったから。

 

 だから、この街においてリリだけはアイズも何の憂いもなく受け入れられた。

 

 ファミリアの皆と一緒に居る時は、心の何処かで己の思い出を守りながら接していたから。

 

 だから、リリと一緒にいる時だけアイズは己の空虚さを忘れられた。

 

 だが、それも終わりだ。

 

 もう、きっと自分はリリと元の関係には戻れない。

 

 そんな事は、リリに向けて刀を抜いたその時から分かっていた事だ。

 

 だから……

 

 もう、本当の意味で……

 

 (あなた)は……

 

「分かってるから……」

 

 

 

 ポタ、ポタ、と血の海に零れる涙を、霞む視界で見ていた。

 

「────おお、泣いているのかい、迷える子よ」

「ッ!?」

 

 背後から聞こえるその言葉にアイズが振り返ると、そこには一人のフードを被った影があった。

 

 黒いフードを被ったそれは、長く美しい濃紫色の髪をフードから外に出しており、そしてフードの奥のその顔に妖艶な笑みを浮かべている。

 

 それは、男とも女ともつかぬ存在であったが、しかしその整った……整い過ぎた容姿と浮世離れした雰囲気は例え目の前の存在が【神威】を放っていなかろうと目の前の存在が神である事をアイズに教えていた。

 

 だが、彼女はそんな神に対し明らかに警戒心を持って一歩後ろに下がった。

 

 神がダンジョンと言う場所にいる事もそうだし、それ以上にその退廃的な雰囲気が彼女の警戒心を大いに煽っていた。

 

 彼女にとって神と言えばいつも明るく楽しげなロキと優しいヘスティアであり、目の前に居るような暴力と悪意の匂いのする神とこうして対峙するのは初めてであった。

 

(もしかして……【闇派閥(イヴィルス)】?)

 

 その思考に至るのは当然であり、故に自然とその姿勢も硬くなるが、そこから決定的な敵対に至る寸前、目の前の存在が妖しい笑みを浮かべたままに口を開いた。

 

「モンスターが憎いか?」

「!?」

 

 己の『芯』を一言で暴かれた彼女は刀を構えようとしていた手を止めてしまう。

 

 それを見て尚湛えた笑みを消さない目の前の存在は、なおも言葉を続ける。

 

「そのモンスターを殺せない自分が憎い。自分の弱さが憎い……そして、お前を弱いままに留めようとする周囲を許せない」

 

「…………!!」

 

 あまりにも図星をついたその言葉に、警戒心も無くし驚愕するアイズ。

 

 その心に滑り込むように、目の前の存在はアイズの心象を暴いていく。

 

「お前は不自由を感じている。葛藤している! お前は力を求めているが、周囲がそれを許さない。お前が復讐を望んでも周囲はお前に平穏を求める。それではお前の内にある黒い炎は消えないというのに」

 

 これは、聞いてはいけない言葉だ。

 

 コレを聞けば、自分の中の何かが決定的に変わってしまう、そんな予感がアイズにはあった。

 

「そしてお前は遂に切り捨てた。お前を引き止めようとした友を」

 

 違う、と言いたかった。しかし、その言葉は出なかった。

 

 じく、と腕の傷が痛む。

 

 脳裏に、青ざめた顔をしたリリが過ぎった。

 

「お前は誰からも理解されない……お前は独りだ」

「何より、お前がそれを望んだのだ、そうだろう? ……しかし、それにお前は苦しみを覚えている」

 

 カクカクと膝が震える。

 

 今自分が毒を流し込まれている事が分かった。

 

「私と共に来れば、全てを与えてやろう」

「すべての苦しみからお前を解放しよう」

「お前に力を与えよう。お前を束縛しない場所もだ。私と共に来れば、お前が何の迷いも悲しみも抱かずに済む、剣と炎の世界へとお前を連れて行ってやろうではないか」

 

 だが、その毒は今のアイズにとってあまりにも、甘美に過ぎた。

 

 家族に会いたかった。だけど会えなかった。

 

 リヴェリア達に気を許したかった。だけど失った家族を忘れてしまう事が……本当に家族を失ってしまう事が恐ろしくて、許せなかった。

 

 リリとずっと仲良くしたかった……だけど、結局はリリとも道を違えて、そして泣かせてしまった。

 

 怖かった。辛かった。苦しかった。

 

 もう、解放されたかった。

 

「私と共に来れば、お前の見ている景色は全て色を変えるだろう……お前の中の炎に、身を委ねろ────そして、後の事は一切を私に任せるのだ」

 

 目の前の存在がこちらに手を差し伸べる。

 

 確信があった。

 

 その手を取れば、あらゆる苦しみから解放される。

 

 その手を取れば、もう何も考えず、力だけを追い求められるようになる。

 

 そんな、願ってもやまない世界の入り口に、救い()に、目標(黒竜)に、手を伸ばす、その時。その瞬間。

 

 ポタン、と一滴の水が水面を打つ音がした。

 

 

 

 

 

 

「────ッッ」

 

 その瞬間、アイズはダンジョンと違う場所に居た。

 

 それは、薄暗い……木の虚の中。

 

 アイズの精神世界。

 

 しかし、アイズの知っている世界とはその様子が一変していた。

 

 木の虚の外に見える生気のないひび割れた平原は、まるで世界の終わりのように燃え盛り、ところどころからマグマのようなものが噴き上がっていた。

 

 そして、その地面が燃える黒い煙によって天が覆い隠され、陽の光は全く差していない。

 

 今アイズが居る大木さえも、すでに火が燃え移って根元から轟轟と火を噴き上げ始めていた。

 

 大木の外で相変わらず立ったまま眠っている巨大な鳥にさえも、火が燃え移っていた。

 

「……何で」

『良いの?』

 

 そして、そんな中で斬魄刀(アイズ)は以前と同じような体勢で燃える地面に座り込み、その服がチリチリと燻っているのも気にせずに地面を見つめていた。

 

 そこには、小さな水溜まり。

 

 かつてアイズがここに来た時には周囲に充満していた水の気配も、大木が火に巻かれた今最早そこにしか存在しない。

 

 その水を惜しむように、しかし何もせずに斬魄刀(アイズ)はただ座り込んでいた。

 

「良いの……って」

『良いの? このままで』

 

 そう言って、斬魄刀(アイズ)はアイズに手招きをする。

 

 素直にそれに従ったアイズは、斬魄刀(アイズ)が促すままにその水面を覗き込んだ。

 

『んなははは!! アイズたんこっち向いてぇ! わはー! 見た今の! この年齢で振り向き美人やで! ほんま将来が楽しみやわ!』

 

 そこには、ロキが居た。

 

 それは、アイズが一番最初にダンジョンアタックをする時、今も着ている小人族のバトルドレスを装備した時の事だった。

 

 その事を、アイズは覚えていた。

 

『アイズ、もっと肉を食え肉を! 肉を食わにゃあ強くはなれんぞ!』

『ハァ、この脳筋のことは無視していいよ、アイズ。なにはともあれ身体を育てるにはバランスのいい食事さ。もっと野菜を食べるんだ』

 

 そこには、ガレスが居た。フィンが居た。

 

 それは、好き嫌いをするアイズを微笑ましげに窘められた時の事だった。この時アイズは二人をほぼ無視して芋を食べていた。

 

 その事を、アイズは覚えていた。

 

『アイズ君! 訓練でお腹空いたろう? シチュー食べていきなよ! 美味しいよ〜?』

『おうアイズ嬢。主神殿のシチューは美味えぞ、食っていけ。肉も多く入れてやろう。肉食えば強くなるからな』

 

 ヘスティアが居た。オーエツが居た。

 

『アイズさん、昨日の晩に聞いたんですけど、今日のじゃが丸くんは新じゃがを使ってるらしいですよ〜? いつもと味が違うかもですねえ』

 

 リリが居た。

 

『【そして、宝を見つけた旅人は】──アイズ、眠ければ寝たら良い。明日もまた、ちゃんと続きから読んでやるから……』

 

 リヴェリアが居た。

 

 覚えていた。全部全部、覚えていた。

 

 

 

 そして。

 

『アイズ』

 

 父はそうアイズを呼んで、腰に下げていた剣を持たせてくれた。

 

 その剣はずしりと重くて、だけどどこかその重さが心地よかった。

 

『アイズ』

 

 その声が背後から聞こえて、その声の主に剣を持った自分を見せたくて、振り向いた先の母はニコリと微笑んで、口元に人差し指を立てて何事か呟きその瞬間に自分の身体を優しい風が抱きしめるように包んだ。

 

『ずっと、いっしょ』

 

 その風ごと自分を抱きしめた母の顔を、匂いを、自分と同じ色の髪が揺れる様まで、何もかもを鮮明に覚えていた。

 

 

 

「これって……」

 

 ポタ、と零れ落ちた涙が一つ、水溜まりに落ちる。

 

 その()は、その水溜まりに新たな色を混ぜ込み、消える。

 

 新たな色が混ざった水溜まりは、次々に先の面々の顔を浮かばせる。

 

 その顔の全てが、心配げに己を見つめていた。

 

 その顔を見て、これまでの自分を省みて……そして、アイズはもう一粒涙の雫を水溜まりに落とし、そして顔を上げて斬魄刀(アイズ)を見た。

 

「貴女は……」

『私と話すのは後。貴女()には、やることがある。そうでしょ?』

 

 斬魄刀(アイズ)の言葉に、涙を拭って立ち上がる。

 

 いつの間にか、燃え盛っていた世界はその火を燻らせる程度にまで沈めていた。

 

 理由は単純だ。

 

 天の光も遮るほどの分厚い雲から、霧のような小雨が降り始めていた。

 

 アイズの心に雨が降る。

 

 しかし、この分厚い雲も、雨となればやがては晴れる事だろう。

 

 黒い炎は今も尚燻っている。リヴェリア達への不満も残る。だが、今のアイズには、何となくいずれ来るであろう晴れ模様を信じる事が出来た。

 

「ごめん……ありがとう」

『いいの……次は、私の名前を聞きに来てね』

 

 そして、アイズは目を開ける。

 

 

 

 

 

 

「…………どうやら、答えは出たようだね」

「うん」

 

 言って、アイズは刀を目の前の存在に向ける。

 

「私は力が欲しい……もう誰にも置いていかれない為の、もう誰も置いていかない為の力が! だから……あなたにはついて行かない。あなたについて行って得られる力は……私が求める力じゃ無い!」

 

「私はあの人達を裏切ったりは、しない!」

 

 

 

 刀の切っ先を突きつけられた目の前の存在は、酷薄に嗤って、言った。

 

「……ざーんねん」

 

 その瞬間、その雰囲気がガラリと変わる。

 

『得体の知れない』それから、『邪神』としてのそれに変わった雰囲気を感じ取り、アイズはバッと距離を取る。

 

「も〜〜ちょっとだったと思うんだけどねぇ? あの小人族ちゃんと斬り合いを始めた時には勝ち確だと思ったんだけど、君は意外と強かったんだねえ」

「あなたは、誰なの!?」

「自己紹介は無しで。コレでも闇派閥(イヴィルス)だからね。色々と面倒なのさ……さて、勧誘に失敗したら始末する約束だし……」

 

「ああ、そうだ! 良いことを思いついた」

 

「『人形姫』ちゃん、君に一つプレゼントを贈ろう。受け取ってくれ」

 

 次の瞬間、目の前の存在から強力な【神威】が放たれる。

 

 思わず膝をつきかけるような『存在感』の暴力にアイズが刀を握りしめたその瞬間。

 

 ダンジョンが揺れ、神の存在に怒るように鳴動する。

 

 その衝撃でこの階層の出入り口全てが崩落する音を聞いたアイズが唖然とする中、迷宮の天井全てに大きな亀裂が入った。

 

「へぇー、こう(・・)なるのかぁ」

 

 楽しげな、呑気な声ももうアイズの耳には届かない。

 

 アイズの目は、意識は、天井に釘付けになっていた。

 

 それ(・・)は、黒い爪を持っていた。

 

 長い牙を素振りでもするように噛み合わせていた。

 

 頑強そうな鱗に覆われた翼を持っていた。

 

 それは、黒い竜(・・・)だった。




ここがアイズの底ですが、リリの底はまだもうちょい下です。

あと、次回ではない(と思う)けどそろそろ二人の斬魄刀が出ます。やったね!

カオルさん、蜂蜜梅さん、Paradisaeaさん、誤字報告ありがとうございます。
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