オラリオで斬魄刀打つ転生者の話   作:オリ斬魄刀の小説増えろ

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ここまで付き合ってくださった皆さん、ご苦労さまです。ここがリリの底です。

そして、この小説は全てこの回を書く為だけに始まりました。

久し振りに言っておきましょう。

斬魄刀が出ます。

someyさん、あやねさん、誤字報告ありがとうございます。


猫嚙

 

 

 

 

「あ! 目を覚ましたかい!?」

 

 リリが目覚めて一番最初に見たのは、知らない天井だった。

 

「……ここは?」

 

 しかし、転生者ではないリリは当然ながら鉄板ネタをやる事もなくこちらを覗き込んでいるヘスティアに目を合わせた。

 

「ヘスティア様……」

「リリ君、ここが何処か、覚えているかい?」

 

 一単語ずつ区切りをつけて、ゆっくりとこちらに尋ねてくる彼女をポヤッとした顔で眺めていたリリだが、思考がハッキリとしてくると今自分が眠っている経緯を思い出し……そしてある所で思考のギアがガチッとハマった。

 

「ッアイズさん!! ヘスティア様、アイズさんはっ!?」

「大丈夫さ、今はリヴェリア君が追ってる。あの子はレベル五なんだぜ? きっとすぐに見つけてくるさ。ほら、落ち着いて水を飲むんだ」

 

 ベッドの脇、サイドテーブルに置かれた水差しからコップに水を注ぎ、リリに渡す。

 

 リリはそのテーブルにもう二つのコップがあり、水差しの水が半分近く減っている事に目ざとく気がついていた。

 

「私、どのくらい眠って?」

「リリ君、とりあえず水を飲むんだ。話はそれからにしよう……声が枯れているよ」

 

 言われて、リリは自分の声が普段と違う事に気がついた。

 

「……ありがとうございます」

 

 受け取ったぬるい水を口に含み、飲む。

 

 カラカラになった喉をツゥっと水が滑り落ち、胃に入る感覚を感じながらコップを乾かしたリリは、改めて先ほどの質問を繰り返した。

 

「……どのくらい眠っていたんですか?」

「ほんの一時間程でしかない、お前が気を失ってからは、何も事態は動いとらん」

 

 そう言ってフーと長い溜息を吐くオーエツは、明らかに疲れていた。

 

「全く、今日は本当にイベントが盛り沢山だ……息をつく暇もないとはこの事か」

「ホントだよ全く!」

「私とアイズさんの殺し合い以外に何かあったんですか?」

「ああうん、ソーマに喧嘩売ってきた」

「ハァ!?」

「アレを喧嘩売ったと形容していいものか分からんがな」

「え、ハァ!? 何っ、嘘ぉ!?」

 

 いきなりの爆弾発言にビビるリリにヘスティアはニヤリと笑う。

 

「当然だろ? 君みたいないい子をいつまでも他神(よそ)に取られたまんまでいられないよ」

「まぁ取るのは俺達なんだがな」

「そこ、ウルサイ」

 

 ポッカリと大口を開けて愕然としているリリの頭を撫でて、ヘスティアはニコリと笑った。

 

「ねぇリリ君、実はさ。僕らだって君と家族になりたいんだ。僕らだって、君が僕らを想うのと同じくらいに君を大切に想ってるんだぜ?」

 

 そう言ってそのままリリの頭をその胸に抱き寄せるヘスティア。

 

 柔らかな匂いと、暖かな温もりがリリの鼻の奥を詰まらせる。

 

 アレだけ流した筈の涙どころか鼻水まで出始めた彼女はヘスティアから体を離してそれらを拭おうとするが、その前に再び身体を絡め取られて今度は力一杯に抱きしめられた。

 

「あっ、ヘスティア様ぁ!? 服が汚れてしまいます!」

「良いんだよ服ぐらい! 服よりリリ君!」

「はっ鼻水(あだみず)がぁ!?」

 

 ムギュムギュと身体を抱きしめられ、そのまま小さな悲鳴と共にベッドに倒れ込む二人を呆れたように見ながら、オーエツは窓の外の日の暮れ始めた街を眺める。

 

「へっ、へしゅてぃあ様ぁぁぁ……」

「うへへへ! ねぇココは今日一日使っていいらしいから、今日は二人で一緒に寝ようか!」

「お前等は週一回は二人で寝とるだろ」

「リリ君は遠慮して端っこで寝るから二人で寝る感じしないんだよ! さぁ観念して……」

 

 プニプニプニとリリの頬を両掌でひたすらモチモチしながらバタバタと埃を舞わせるヘスティアは笑っていて、それを見るオーエツもまた笑っていた。

 

 そんな二人に、リリは揉みしだかれて紅潮した頬を押さえながら二人に尋ねる。

 

「あの」

「うん?」

「何だ?」

 

 真剣なリリの声に視線を向ける二人に、彼女は一つだけ問う。

 

「……何で、私なんですか?」

「へ?」

「だって、役立たずじゃないですか! 私って! 手先も師匠ほど器用じゃないし! ダンジョンでだって大した金額を稼げません! それに……小人族(パルゥム)で、子供です! それに……! 斬魄刀だって、まだ解放出来てないし!」

 

 リリが今までヘスティア達に改宗の話を持ちかけていなかったのは、理由がある。

 

 それは、『理由が無い』という理由。

 

 リリは客観的に見て、あまりにも役立たずだ。

 

 この街で荷物持ち(サポーター)を十人探せば、その中でリリよりも能力的に劣る者など一人もいなくてもおかしくない。

 それ程に小人族(パルゥム)の子供というのは低い能力しか無いのだ。

 

 だからこそ、既に別のファミリアに所属している自分を引き抜いてまで求めてくれるというビジョンが彼女には浮かばなかった。

 

 ヘスティアとオーエツの優しさを疑ったわけではなく、リリ自身の価値の低さを信じた。

 

 だが、結果として二人はリリを求めてくれた。他ファミリアに喧嘩を売ってまで。

 

 何故、こんな能力の低い自分を……そんな思いは、オーエツに軽く鼻で笑われた。

 

「それが?」

「……え?」

「確かにお前は『俺の手伝いを満足にできるほど手先が器用じゃなく』、『戦闘に秀でている訳でもなく』、『斬魄刀の開放にも手間取っている』……その上、『目を離せば友達と斬り合いをおっ始める』。確かに、それだけ並べればお前を欲しがるファミリアなんぞおらん……しかしなぁ、お前はそれだけじゃ無かろうが」

 

 ヘスティアに抱かれたリリの髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、そしてポンポンと叩くように撫でるオーエツ。

 

 それでぐちゃぐちゃになった髪をヘスティアが手櫛で整えながら、その顔を覗き込みオーエツの話を受け継ぐ。

 

「僕等からすれば、君は『契約には無い鍛冶仕事や炊き出しの手伝いをしてくれる』、『ダンジョンが怖いのに頑張って毎日戦いの腕を磨いてる』、『先の見えない斬魄刀解放もめげずに頑張ってる』、『いざという時に友達の無茶を体を張って止められる』……最高の子供だよ! それこそ、君が理不尽に傷つけられる事があれば、僕等はロキやフレイヤにだって喧嘩を売ったって良いんだぜ? ねぇオーエツ君!」

「そうさな、その時は俺の試作品達も火を吹くことになるな……絶対にタダでは済まさん」

 

 ニコニコと笑うヘスティアと、その時の事を想定しニヤリと笑うオーエツ。

 

「リリ君、僕は君が大好きだぜ? ただの好きじゃない、大好きさ! そんな大好きな子供の為なら、僕はどんな事だってやるさ!」

「……まぁ、そういう事だ。主神殿だけじゃあ無い。俺とてお前が苦しんどるならば手助けはしてやりたい。それはお前を側に置いていると役に立つからじゃあない……お前が、俺達の家族だからだ」

 

 二人の言葉に、リリは先程とは比べ物にならない程の波が身体の底から昇ってくるのを感じた。

 

 あっという間に鼻の奥が詰まる。目玉の奥がツンと熱くなり、一瞬で二人の顔が滲んで見えなくなる。何か言おうとしても喉が震えて言葉にならない。

 

「……わっ、わだっ、わだじっ」

「……なんだい、リリ君?」

「わだじっ……私いぃぃ……!」

「ああもう、後で良いよ、そんなに無理に言わなくたって!」

 

 今日何回目か分からない涙をボロボロと滝のように流しながら、今度は自分からヘスティアに抱きつくリリ。

 

 二人が今日はもう動けなさそうな事を察したオーエツは、「何か飯を買ってくる」と抱きつかれたヘスティアに言い残して部屋を出た。

 

 

 

 数十分後、三人でちょっと豪華な食事を終えた後で目を真っ赤にしたリリに今日あった事を大まかに伝えていた二人。

 

「……じゃあ、まだ私の身柄については何も進展していないんですね」

「うん、団長が居なかったからね。あそこはファミリアの運営を団長に完全に委任しているし……【ロキ・ファミリア】と同じ感じだね」

「そもそも、俺達はソーマのお悩み相談しかしとらんがな」

「お悩み相談!? ソーマ様が!?」

「いやまあお悩み相談というか……まぁ、ファミリア運営についての悩みみたいなのをちょっとね?」

「ファミリア運営!? ソーマ様が!?」

 

 ヘスティア達の一言一言に驚愕を隠せないリリに色々とソーマのアレさを感じたりしながら、話は弾む。すると必然として喉も渇き、水差しの水が減っていく。

 

「……あ、水がありませんね。私汲んできます!」

「え、君は疲れてるだろう? 僕が……」

「井戸まで行くだけですから!」

 

 ヘスティアの言葉を振り切って、リリが水差しを持って部屋を出て、井戸に向かう。

 

 そんな少女を見送って、人と神は互いを見やって笑った。

 

「……まるで憑き物が落ちたようだな」

「うん、あんなに明るいリリ君は初めて見たよ」

 

 今までずっと、何をしていても表情に陰のあったリリ。

 だが今は、時折アイズを想ってか表情が曇るものの今までに見たことがないほどに豊かな感情を見せていた。

 

「やっとあの子も、あの年頃の子供らしく笑ってくれた」

「……そうさな」

 

 窓から入る風を感じながら、夕日に染まる街を眺める。

 

「……ねぇ、オーエツ君」

「どうした?」

「うん、僕さぁ……!?」

 

 ヘスティアがその続きを言うよりも前に、オラリオ全土を大きな地震が襲う。

 

 ユサッ──、と、大きく縦に揺れるその浮遊感に二人はギョッとして、ヘスティアは手をバタバタと動かし、オーエツはそんなヘスティアがコケないように支える。

 

「……地震、か? 結構大きかったな……」

 

 その揺れが収まってから、じわりと流れる冷や汗を拭きながらそう言うオーエツだったが、ヘスティアが静かな事に気が付く。

 

「主神殿?」

「そんな……何で!?」

 

 そう小さく叫んで窓に駆け寄ったヘスティアは、そこから見える神塔を睨んで一言呟く。

 

 その顔色は真っ青で、窓枠に置いた手は強く握りしめられ、小刻みに震えていた。

 

「ダンジョンが……」

「ダンジョンが、どうかしたか?」

「ダンジョンが、怒っている」

「……何、だと?」

 

 不味いよ、とだけ呟いたヘスティアの肩を掴んだオーエツは、その青い顔を睨んで地の底から響くような声で「何が起きている」と尋ねた。

 

「……分かんないけど、多分何処かの神がダンジョンに侵入して、それがダンジョンにバレたんだろう」

「バレると、どうなる」

「これも多分だけど……『排除』すると思う。神を」

「それは、どうやってだ!!」

「分かんないよ!!」

 

 オーエツの剣幕にも負けない叫び声でヘスティアが叫び返し、シンとなる部屋の中でポツリポツリと言葉を続ける。

 

「……分かんないけど、きっとそれは……乱暴な手段だ」

「……特別に強い、或いは特別に大量のモンスターというところか」

「うん、多分モンスターだとは思う……それに、この感覚からして浅い階層だと思う。気配がハッキリしすぎてる」

 

 二人が同時に思い浮かべたのは、勿論美しい金髪の少女。

 

「……関係あると思うか」

「分からない。けど……アイズ君が本命であるかどうかは別として、騒動に巻き込まれてしまってる可能性は高いと思う」

 

 その言葉に一言悪態をついたオーエツは、ドアノブに手を掛ける。

 

「とにかく【ロキ・ファミリア】に行くぞ、そして事情を確認し、後は……」

 

 ゴトリ、とドアの下部分が音を立てる。

 

「……あ?」

「……嘘」

 

 その音は、倒れた水差しがオーエツの開いたドアに当たる音だった。

 

 ヘスティア達が居た部屋の外の廊下は水差しが倒れた事で水浸しになっていた。

 

 ……そして、その水溜まりから始まった小さな靴の跡が廊下の窓へと続いており……その全てが、リリが今その窓から外に飛び出して行ったことを示していた。

 

「……盗み聞きしとったな、あの阿呆が!!」

「ヤバい! 今のあの子の精神状態ならダンジョンに突撃しかねない!!」

「ええい!! 今日はずっとこうなのか!!」

 

 素早くヘスティアを抱きかかえたオーエツは負担の無いように、それでいて全速力でギルドを駆ける。

 

「あら、ヘスティア様、先程の地震は大丈夫でしたか?」

「済まん! 廊下を汚した!」

 

 通りすがりのギルド職員に謝罪すると共に財布を丸ごと押し付けたオーエツは、ヘスティアを抱え直してバベルへと走る。

 

「あの子一体いつから聞いてたんだよ!?」

「分からん! 分からんが神々がバベルの異常を察知しとるならダンジョンの出入りは止められている! ……と良いんだがな!」

「ちきしょう! 僕らの中でリリ君が一番ダンジョンに詳しいんだもんなぁ!!」

 

 しかし、彼らの急行は無駄に終わる。

 

「申し訳有りません、今はダンジョンは封鎖しておりまして……」

「ここに栗色の髪の小さな小人族(パルゥム)の娘が来なかったかい!? ちいちゃくてコロコロしてて超可愛い子!」

「鉄のブーツに白と藍色の東方の着物を着とる娘だ! 身長は百C(セルチ)程度の!」

 

 ダンジョンを封鎖している職員の元に、ゴロンゴロンと転がり込んで息を荒げながら叫ぶ一人と一柱を見て、ギルド職員はそれぞれに顔を見合わせてから言う。

 

「そんな子は……来ていませんが」

「……何だって?」

「あの子ならばもう来ていてもおかしくないと思うが……何処かで手間取っとるのか?」

「とにかく僕等は此処で待とう。君達、済まないが場所を貸してくれよ」

 

 しかし、待てども待てどもリリは来ない。

 

「……来ない!」

「あの会話を聞いたならば、間違いなくここに来るはず。それが来ないと言うならば、それは……」

 

 何かトラブルに巻き込まれた、と見るのが自然。

 

「ええいッ! こうしちゃいられない! オーエツ君! リリ君を探すんだ!」

「遂にヒント無しかいっ!!」

 

 再びヘスティアを抱え、ギルドを飛び出すオーエツ。

 

「空を走るぞ!」

「えっ走れるの?」

「俺を誰の師匠だと思うとる!」

「ポギャアァアッ!?」

 

 リリやアイズとは違い、跳ねるような移動ではなくしっかりと空中を踏み締めて走るオーエツは周囲からの視線を滅茶苦茶に浴びながらも空中を駆ける。

 

「ギルド本部から螺旋状に捜索範囲を広げるぞ! 主神殿は下を見て異変が無いかを確認しておれ!」

「おっ……おっしゃぁあ!! お願いしまぁぁぁす!!!」

 

 空中に宙ぶらりんの状態で下を向かなければいけない恐怖は凄まじいものであったが、ヘスティアは両頬を張って気合を入れ、ぐっと目元に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

『ダンジョンが、怒っている』

 

 水を汲んでいる最中に地震が起きて慌てて部屋に戻ってきたのだが、ドアの外でその言葉を聞いた瞬間、リリの手の中から水差しが溢れ、ゴトンと鈍い音を立てた。

 

 この時、リリの頭の中を支配していたのは血塗れのアイズの姿。

 

 ……自分が傷つけた、アイズの姿。

 

「アイズさん……!」

 

 ダッと走り出し、廊下の窓から外に飛び出して空を跳ぶ。

 

 アイズは自分のせいで大怪我を負い、その状態のままにダンジョンへ突撃してしまった。

 

 それを自分が助ける行動すら起こさず、その結果彼女が取り返しのつかない怪我を負ってしまったら? 

 

 それとも……死んでしまったら? 

 

 ……そうなれば、自分は二度と胸を張ってヘスティアの眷属など名乗れはしない。

 

 それ以上に…………アイズの友を名乗る事など出来ない。

 

 やっと自分も幸せになれるかもしれないのだ。

 

 やっと自分も正面からアイズの目を見られるようになるのだ。

 

 その前に、死んでしまうなんて……二度と会えなくなるなんて……リリには耐えられなかった。

 

「お願いだから、無事で──!!」

 

 だが、その想いは無惨にも踏みにじられる。

 

 夕焼けの空を跳ぶリリ目掛けて、路地からいくつかの紐が投げられる。

 

 それはリリも利用する事がある、紐の両端に重りを付けた捕縛武器……ボーラであった。

 

 意識の外からいきなり投げられたそれを回避できず、一つは胴体に、一つは脚に絡まってしまったリリは空中で姿勢を制御出来ずに落下してしまう。

 

「っぎゃ!?」

 

 ゴンっと屋根に当たって路地裏へと転がり落ちたリリは、痛む頭を押さえて視界を上げると、そこには見知った顔があった。

 

「……ザニス!」

「ふん、久しぶりだな? リリ」

 

 そこに居たのは、【ソーマ・ファミリア】団長のザニスと、複数名のレベル二のいわゆる幹部勢であった。

 

「おい、ザニス。俺のボーラが当たったぜ?」

「ふん、分かっている。後で報酬を渡そう」

 

 かつ、かつ、と倒れたリリに歩み寄ってきたザニスは、リリの左腕の上に無造作に脚を置き、何の躊躇も無く体重を乗せた。

 

 ほんの六歳の子供の腕の頑丈さとザニスの体重では勝負にもならず、結果としてパキン! と乾いた音がリリの腕から響く。

 

 次いでリリの脳味噌にガツンと殴られたような痛みが到達し、視界がバチバチと瞬く。

 

 この男には弱みを見せたくないという意地すら張れず、痛みに押されるようにリリは路地に響き渡る程の絶叫を上げていた。

 

「ッあぁ゛あ゛ぁぁッ!!!!」

「抵抗されてはたまらんのでな……おい、脚を落とせ」

 

 リリの視界に入らない場所、倒れた彼女の足元のあたりで腕を折られた痛みに叫ぶ彼女をうるさそうに眺めていた男が、ザニスの言葉に「あ?」と疑問を声に出した。

 

「良いのかよ」

「構わん。どうせ殺す」

「あっそう。じゃ、遠慮なく」

 

 リリには見えない所で、男がガシャリと武器を構える音がする。

 

 そして、未だ悲痛な叫びを何とか押し殺そうとしているリリの藍色の袴の上に何か硬い、そして重いものを押し付けられる感触。

 

 この感触は斧だ、とリリは瞬間的に悟った。悟ってしまった。

 

 それに後悔を覚えつつ落下の衝撃で痛む体をズリズリと這いずらせて逃げようとするが、男が斧を高く掲げる方が圧倒的に早い。

 

 片手で這いずっていたリリはあまりの恐怖に振り返る。振り返ってしまう。

 

 そして、それは男が斧を振り下ろすのと殆ど同時の事であった。

 

「待っ」

 

 制止の言葉を言い終わる前に、ガンッ!! と重い刃が石畳を叩く音。

 

 自分の脚が、飛び散る鮮血と共に軽くポンと跳ぶ光景。

 

 次に、壮絶な痛みと……熱さ。

 

「ッッッヅガアア゛ア゛ア゛ァ゛ッ!!!!!!」

「もう片方も行くぜ」

 

 再びガンッ!! と音が鳴り、リリはまた叫ぶ。

 

「……ふん、それでもう空も跳べまい……この靴に種があるのか? 一応貰っておくか。高く売れそうだ」

 

 ひっ、ひっ、と酸欠になりながらも痛みに喘ぐリリを跨いでつい先程まで彼女のものであった脚を無造作に持ち上げ、鉄靴を取り外したザニスは残った脚を尚も逃げようとしていたリリの頭に放り投げる。

 

「がっ!?」

「逃げるなよ、お前にはまだ役割があるからな」

 

 動きの止まったリリの髪をガッと掴み、持ち上げる。

 

「……随分軽くなったな?」

「……ぁ……あ……!」

 

 リリから奪った靴を片手に、もう片手にリリ本人を持つザニス。

 

 周囲に居る【ソーマ・ファミリア】の眷属達はそれぞれが酒を飲むばかりで誰も一言さえ発しない。

 

 ビタビタと血液が流れ落ちる音が小さく響く路地で、二人の声だけが響く。

 

「……わ、たしを……どうする……つもりで!?」

「ほう? もう話せるか。普段から暴力に晒されているだけはある」

 

 尚も流れ落ちる血液の音を心地良さげに聴きながら、ザニスは笑ってリリの身体を揺らす。

 

「ふむ、お前をどうする……か。取り敢えずはこれからお前を使い、あのドワーフに隙を作る。そして……その隙を使いあの神を殺す。その時までお前が生きていれば、この脚も治してまた家族に迎え入れてやるとするかな?」

 

 神を殺す。

 

 その言葉を聞いたリリは、一瞬その意味を理解できなかった。

 

 しかし、その意味が痛みのノイズが走る頭に染み込むにつれ、血が抜けるのとは違う意味で顔から血の気が引く感触を感じる。

 

「そんな……罪、ぶかい」

「罪? 罪だと? お前も神を見たろう! いや、お前こそ誰よりも神の本質を思い知っているだろう! その上であんな奴等を有り難がるのか!? どうかしているぞリリ! 神など、所詮は人に恩恵を授けられる力を持つだけのろくでなしだろうが!」

 

 そう宣うザニスの言葉はある意味で真実だ。

 

 神は人を可愛がる存在であるが、同時に彼らにとって人はどうやったって下位の存在であり、まるで子供が虫の肢をもぐような残酷さで子供達の運命を左右させる事も少なくない。

 

 だが、ヘスティアは違う。違うのだ。

 

 それを言いたかったリリだが、それよりも先にザニスがリリを地面に放り投げた。

 

「っああ゛ぁ゛ッ!?」

「そして、あの神を神界に帰した後は、あのドワーフには我がファミリアの為にひたすら武器を打たせる。そうすれば、俺のファミリアにも酒以外の収入が増え、さらに規模を拡大できるだろう!」

 

 そんな夢物語を語るザニスを霞む視界で睨みつけ、リリは吐き捨てる。

 

「……師匠が、そんな事に……お前達に、手を貸す筈が無い……!」

「そうかな? それは例えば……【神酒(ソーマ)】を飲んでもか?」

 

 その言葉は、リリの思考全てを停止させた。

 

 神酒。

 

 今、神酒と言ったのか……この男は。

 

「恩恵を手にした眷属でさえレベル一程度では確実に溺れる酒の魔力。恩恵を失った者にアレを飲ませればどうなるか、分からんお前ではあるまい? 何せあのドワーフは今街に出回っている武器を全て恩恵無しに作り上げていたという話だからな、武器製作に支障はあるまい」

「……お、前」

「それに、このやり方ならばあのドワーフを眷属にしなくて良いからな、あのファミリアの利益の一割などという馬鹿げたルールにも抵触せん……あのドワーフが酒欲しさに自ら刀を差し出すのだからな……そもそも斬魄刀とてあんな雑な売り方ではなく、一本一本をより慎重に、より高値で売ればさらなる利益を得られるのだ」

「お前、お前ェ……!」

「……覚えておけ、リリ。あんな間抜け共と一緒に冒険者ごっこなどしているからこうして出し抜かれる。お前も【ソーマ・ファミリア】の眷属ならば、もっと賢く生きるのだな」

 

 言いたいことを全て言い終わったザニスは高笑いをしながらリリに背を向ける。

 

 ソレと同時に付近で酒を飲んでいた眷属達がリリに寄ってくる気配がした。

 

 そして、リリの脳裏にはヘスティアに拾われてからこれまでの記憶が蘇っていた。

 

 

 

 最初に初めてヘスティアに救われ、神自ら自分の傷を治療してもらった。

 

 その時の包帯を、今も大切に持っている。

 

 それからオーエツに刀を貰い、初めて武器の握り方を教えてもらった。

 

 あの時は身体に合っていないと思っていたヒューマン用の刀も、いつの間にかすっかりと馴染んでしまった。

 

 そしてアイズとリヴェリアに出逢い、初めて誰かと一緒にダンジョンアタックを行い、初めて友達と一緒にご飯を食べた。

 

 あまりの出来事に頭から飛んでしまっていたが、アイズとリヴェリアは無事だろうか。無事だと良いが。

 

 そして。

 

 そして……

 

(あの時、アリーゼさんに言ったこと、そのままだ……)

 

『良いですよね! 貴女達は家族に恵まれて、才能に恵まれて! 人生に恵まれて! 私は、私はどこをどう転んでも悲惨な人生になるんですよ! 今回は、今回は本当に、きっと幸せになれるかもって、そう思ったのに! こんな結末になるんなら、いっそ────!!!』

 

 思い出す。

 

 だが、今になってリリは思うのだ。

 

(きっと、コレで良かったんですよね)

 

 ザニスの言い方だと、ヘスティアを送還してオーエツを酒の奴隷にする計画には決してリリは必須ではない。

 

 例えリリが居なかろうと、ザニスはオーエツを奴隷にしていたかもしれない。

 

 だから、コレで良いのだ。

 

 リリの人生は、リリのこれまでの苦労は全て────

 

(ヘスティア様と師匠の未来を護る為にこの命を使える……これまでの人生を考えれば、望外の幸せですよね)

 

 そして、リリの視界は黒に染まる。

 

 

 

 

 

 

 腕も折れていない、脚も切り落とされていない。

 

 そんな状態でリリはいつもの裏路地(精神世界)に座り込んでいた。

 

 そこには、相変わらずゾロゾロとひしめく鼠の群れ。

 

 そんな群れに、リリは一言だけ呟く。

 

「もう良いです」

 

 その言葉を聞いた瞬間……鼠たちは一斉に動きを止めた。

 

 そして……そのうちの一匹が音も無く赤黒い血液の塊へとその姿を変える。

 

 また一匹、また一匹……と血となり溶け落ちていく鼠達をぼんやり眺めながら、膝を抱えて座り込んだリリは諦めたようにポツリポツリと言葉を零す。

 

「正直、最初は分かってなかったですよ、けどだんだん、(あなた)達がどういう存在なのかは分かっていきました……あなたも同じ私ですからね」

 

 多くの鼠が溶け、もう残りは少ない。

 

 地面は鼠の血でビタビタに塗れている。

 

「沢山の鼠は、私の『希望』だったんですよ……力さえあれば、私もヘスティア様みたいに綺麗に優しくなれるかも知れないって」

 

 鼠が溶ける。

 

「力があれば、師匠みたいにブレない一本気を持てたかも知れない」

 

 鼠が溶ける。

 

「力があれば、リヴェリア様みたいに聡明になれたかも知れない」

 

 鼠が溶ける。

 

「力があれば、アイズさんみたいに皆に愛されて、助けてもらえたかも知れない」

 

 鼠が溶ける。

 

「そんな、私の力に対する希望が、斬魄刀(ちから)の像をブレさせてしまってたんです」

 

 鼠が溶けて……そうして溶けた血が全て集まって、リリの掌に乗る程度のちっぽけな一匹の鼠へと定まった。

 

「私にとっての力なんて、『血』と『呪い』でしか無いなんて……始めから分かってたんですけどね」

 

 

 

 物心付いた時から、リリが血を見ない日は無かった。

 

 モンスターの血。人間(他人)の血。悪魔(家族)の血。そして悪魔(自分)の血。

 

 いつだってリリは血と共に生きてきた。

 

 物心付いた時から、リリの背中には恩恵という名の呪いが刻まれていた。

 

 己をファミリアへ縛り付ける呪い。冒険者稼業から逃げられない呪い────幸せを求められない、呪い。

 

 だが、そんな忌まわしい『血』と『呪い』がヘスティアとオーエツの二人を救うと言うならば、最早リリに否は無かった。

 

「初めまして……で良いですか?」

『あぁ、主がそう感じるならばそれで良い……初めまして、リリルカ・アーデ』

 

『儂の名前は────』

 

 

 

 

 

 

 そして、現実世界のリリは目を開ける。

 

(まじこ)れ!!!」

 

 幾重の地獄を潜り抜け、遂に得た己の斬魄刀(ちから)を携えて。

 

猫嚙(ねこがみ)!!」

 

 その吠え声じみた解号に、リリに寄ってきていた二人の眷属は脚を止めた。

 

「あ?」

「何だ、いきなり゛ぃ」

 

 そして、それが二人にとっての最期の言葉となる。

 

 地面に水溜まりができる程に溢れ出たリリの血液が一瞬の間に肉食獣のような鋭い牙を持つ巨大な鼠の頭部へと姿を変え、リリの両隣に寄ってきていた二人の男の頭部を噛み千切ったのだ。

 

 ブシャア、と二つの噴水のように噴き上がる血と、頭を無くした死体が倒れる音に振り向いたザニス。

 

 そのザニスの左腕が、飛んできた『血の刃』でなんの抵抗すらも無く斬り飛ばされる。

 

「っがぁぁぁぁぁっ!? あがっ! ぐあぁぁぁっ!!!」

 

 リリよりも痛みに慣れていないのか、彼女よりも大げさな声を出してよろめくザニスの目の前で、血で作られた通常サイズの溝鼠がザニスの落ちた左腕に無数に集り、あっという間にその腕を骨になるまで食い尽くす。

 

「あっ……が、お前、お前ェ!?」

 

 だが、ザニスが本当に驚いたのはそれではなかった。

 

 彼が放り捨てた筈のリリの二本の脚が、ひとりでに空中に浮き上がっているのだ。

 

「あ、脚が……! 浮いて……!?」

 

 既に日は暮れ、路地は暗くなっているので分からなかったが、脚は浮いている訳ではなかった。

 

 ただ、『血液で持ち上げられている』故に浮いているように見えただけだったのだ。

 

 そして、その脚は当然のように巻き戻るようにリリの太腿へと戻り、まるで何事もなかったかのようにリリは両の脚で地面に立った。

 

 ザニスは嗅覚が利く。危険を察知する嗅覚だ。

 

 その嗅覚があったからこそコレまでザニスは生き残ってこられたし、その嗅覚は今この瞬間もザニスを救った。

 

「…………っひいぃぃっ!?」

 

 情けなく悲鳴を上げて逃げる事は、今の彼にとっての最適解であった。

 

 ……そして、唯一人、路地に残されたリリは、己の右手を握って、解いて、そして動かなくなった左手を眺める。

 

 すると、太腿の切断痕から血液が飛び出し、その左手に鎧のように巻き付いて補強した。

 

 ギシ、と血の鎧に覆われた左腕を軽く動かしたリリは、掠れた声で一言呟く。

 

「……殺さなきゃ……」

 

 そして、彼女は、血塗れの少女は、表通りにその身を踊らせる。

 

「……全員、殺さなきゃ……」

 

 同じファミリアの人間の行動範囲なんて全て知っている。その行動範囲と被れば、『身内の問題』という言い分で誰にも助けてもらえず虐げられるのだから。

 

 リリは、そんな己が相手から逃げる為の情報を、初めて相手を逃さない為に使う。

 

「ヘスティア様を……師匠を……害する奴等……全員……!」




蠱る【まじ-こ・る】

呪いをその身に受けること。呪力を引き入れること。また、その為に自ら災いに遭うこと。
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