オラリオで斬魄刀打つ転生者の話   作:オリ斬魄刀の小説増えろ

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私は鏡

私は鏡

誰も映さぬ硝子は曇り

銀の輝きも知らぬまま

棄てられ割れて転がる破片(かけら)

映した(そら)

あまりに遠く



犠牲者(リリルカ)

 

 

 

 

「おい! 来たぞ来たぞやっべぇーのが!!」

「本当!? どっちから!?」

「北の通りからだ! ウヒョォー!! 斬魄刀ってあんな事になんの!? やっべええ!! 俺の眷属にも買わせよ!!」

 

 通りを神々が興奮した様子でバタバタと走り、その後ろをお守りの眷属達が慌てた様子で付いていく。

 

 そんな様子は通りだけではなく、建物の中から屋根の上まで、多くの神々がワクワクとした様子を隠そうともせずにその『北の通り』を見つめていた。

 

 そして、神々以外の冒険者や恩恵を持たぬ一般人はその表情に不安を滲ませつつも、神々に倣うようにしてそちらを見つめていた。

 

 それから数秒後。

 

「うわぁぁぁぁっ!!!!」

 

 恐怖に支配された絶叫を響かせながら、一人の男がバタバタと『北の通り』から神々の集まる通りに飛び込んで来たのを、待ち望んでいた()達はおお! とどよめいて迎え入れた。

 

「たっ、助けてくれえええええ!!!」

 

 そんな言葉に耳を貸す者は居らず、人混みに逃げ込もうとした男はそこに居た冒険者に武器を向けられ、ビクッ! と身体を震わせて立ち止まる。

 

「ま、待ってくれ! 俺は何もしねえ!」

「うるせえ、こっちに来るな疫病神が」

 

 とりつく島もない冒険者の表情と自分が逃げてきた通りを何度も何度も見比べた男は、その通りから『ギャッ!!』という醜い叫び声が響いた瞬間に舌打ちをして再び通りを逃げ始めた。

 

 そして、その男に遅れて数人の男女が慌てふためいた様子でゴロゴロと転がるように通りに飛び込んでくる。

 

 その者たちはいずれもどこかしらに怪我を負っており、その様だけを見ればまるでダンジョン内でピンチに陥っているかのようだ。

 

 しかしここはダンジョンではなく地上。

 

 ……ならば、彼等は何から逃げているというのか。

 

「だっ、誰かぁぁ!! 助けてくれ! 助けてくれ!!」

「金だ! 金なら払う! だからァ!!」

 

 その集団の最後尾を息を荒げながら走っていた男が、そう叫んで懐から小袋を取り出し、そしてその中から一枚の金貨を摘んだ。

 

「誰か!! 誰か!!」

 

 その金を側に居た冒険者に突きつける男は、しかしその手を剣の鞘で強く叩かれる。

 

「ギャッ!!」

 

 バキッ、という軽い破砕音と共に金貨を取り落とした男は、折れた腕でその金貨を必死に拾おうとする。

 

「命が大事なら、普通その袋全部差し出すだろ。それが金貨一枚だぁ? 命舐めてんのか」

「……そ、んな……これは、俺の……!」

 

 男の言葉は、そこで途切れた。

 

頸吊(くびつり)猫嚙」

 

 その首に、通りの奥から『赤黒い縄』が括り付けられたのだ。

 

 ぬらぬらとした液体の光沢が魔石灯の光を照り返すその縄は、冒険者にとってはとうに見慣れた血の色だった。

 

 男の口が『たすけて』と動いた次の瞬間、彼はまるで一本背負いをされるかのように重力の縛りから引っこ抜かれ、そして。

 

 グジャッ!!!! 

 

 と、まるで蠅でも潰すかのような簡単さで地面に叩きつけられ、周囲に赤い飛沫を撒き散らした。

 

「来たぁぁぁ!!」

「やっべえだろあれ!! すげええ!!」

「新コンテンツ最高か!?」

 

 静まり返る人々と、盛り上がる神々という対照的な空間で、落下の衝撃に小袋の中身の金を撒き散らしてしまった男は最後の力を振り絞り先程拾った事でただ一枚だけ手の中に残った金貨を握り締めた。

 

「あぁ……ぉれのォ、さけ(神酒)ェ……!」

 

 通りの奥から静かに歩み出し、男が最期に絞り出した言葉を聞いた化物(バケモノ)は、黙してかがみ込み、男の脊柱に貫手を入れた。

 

 ビクン、と一度だけ動いた男はそれ以降一切動かなくなる。

 

 ズルリと身体から抜き取ったその腕には、先程の縄と同じヌラヌラとぬめりのある……血液で出来たモンスターのように鋭い爪が付いていた。

 

 その化物(バケモノ)の全身は傷だらけの上血でグッショリと濡れており、そしてボタボタと零れ落ちる筈の血や、一歩踏み出す度に身体の至る場所にある傷口から吹き出る血は空中でその動きを止め、クルリと動きを変えて化物(バケモノ)の内側に戻っていた。

 

 その皮膚は返り血で分かりづらいが全体的に酷い内出血が起きており、全身くまなく皮膚の下がドス黒く染まりきっていた。

 

 その化物(バケモノ)は、どのようなモンスターよりも禍々しい姿をしていた。

 

 

 

「ぎゃあっ!?」

 

 その声が聞こえたのは、化物(バケモノ)の少し先。

 

 そこでは安っぽい扇情的な服を着た女が踝を押さえて呻いていた。

 

 その手の隙間からはドクドクと血が溢れており、女はそれを必死に止めようとしているようであった。

 

「りっ……リリ、止めて! 謝るから! 謝るからッ!!」

 

 化物(バケモノ)が一歩歩み寄る。

 

「……さっ、神酒が買えなかった時、腹いせによくアンタを蹴った事、悪かったと思ってるんだよね……あと、アンタの金を盗んで知らん顔した事も……それに、えっと……役立たずのゴミって言ったっけ……ってあんなの本気にしてないわよね? ねえ!?」

 

 化物(バケモノ)がその手を伸ばす。

 

「け、けどホラ! 仕方が無かったと思うのよ! 私にだって余裕があったわけじゃなくて、別にアンタに恨みがあったわけじゃなくて、物の弾みというか、酌量の余地があると思うのよ! だって私だって必死だったし! っていうか私等あのファミリアでは同じ弱者だったじゃない!?」

 

 化物(バケモノ)が、

 

「……小人族(パルゥム)のガキが! アンタなんかに殺されて溜まるか!! 私がこれまでどんだけ臭え男に」

食込(くいこみ)猫嚙」

 

 グッとその手を握ると、女の服の陰に潜んでいた血の小鼠が女の身体を駆け上がり、その喉笛を食い千切った。

 

 動脈を引き千切られた女は、噴水のように血を撒き散らして全身から力を抜く。

 

「……ばけ、もの」

 

 

 

 今際の際にそう零した女の顔を眺める化物(バケモノ)は、黙ってその亡骸を踏み越え次の獲物に掌を向ける。

 

 まるで機械弓(バリスタ)のようにその腕から跳び出した血の杭が逃げる男の肩に突き刺さり、そして貫く。

 

「ギィッ!?」

 

 貫いた血の杭は空中で銛のような返しのある形に変形し、逃げる男の肩に食い込む。

 

 その杭に紐付いていた血の縄を化物(バケモノ)が無造作に引っ張ると、男がその身体をつんのめらせる。

 

 しかし【ステイタス】においては男の方に分があるらしく、化物(バケモノ)の身体がズリズリと引き摺られてしまう。

 

 それを確認した化物(バケモノ)は、己の身体に纏わりついている血を地面に突き刺しアンカーへと変え、グリグリと釣竿のリールを手繰り寄せるように男を引き寄せる。

 

「あっが、ギャァァァ!!!!」

 

 つまりそれは、返しのついた太い槍で傷口を無理やり引っ張られるという事であり、男は絶叫を上げながらも抵抗できずに地面を引き摺られ……

 

「はぁっ!!」

 

 しかし、化物(バケモノ)との距離が半分程縮まった辺りで一人のエルフにその縄を断ち切られた。

 

「……どうやら、今暴れている【闇派閥(イヴィルス)】の別働隊……ではないようですね」

「ちょっとねぇ、嘘でしょ……」

 

 そして、その後からも複数の冒険者が裏道から息を切らして現れる。

 

 リオン。

 

 アリーゼ・ローヴェル。

 

 ライラ。

 

 ゴジョウノ・輝夜。

 

 そこに居たのは、【アストレア・ファミリア】の面々。

 

 …………『正義』を司る神の眷属達。

 

「……リリちゃん! どうしたのよ!?」

 

 彼等の中で、特に化物(バケモノ)との関わりが深いアリーゼが泣き声じみた叫びを化物(バケモノ)に向ける。

 

 その叫びに対して化物(リリ)は、掌を握り込む事で答えとした。

 

突刺(つきさし)猫嚙」

 

「あわびゅっ!?」

 

 自分達の後ろからくぐもった悲鳴が聞こえ、それに振り向いた彼女達は先程リオンが逃がした筈の男の肉体の内側から無数の血の針が飛び出している姿を見ることになる。

 

 その無数の針は、男の肩に刺さった血の杭がリリの意思によって針へと変形した形であった。

 

 グチャ、と崩れ落ちる男の中からズルリと抜けた針が再び血の塊となってリリに戻るまでを信じられない表情で見ていた彼女達の中で、最初に動いたのは輝夜であった。

 

「……殺す。異存は無いな」

「待って、待ってよ輝夜!?」

「待てだと!? 何故だアリーゼ!」

 

 刀を構える輝夜を止めようとするアリーゼ。

 

 輝夜も、アリーゼとライラから一応リリの境遇については共有されていた。

 

 だがしかし、彼女はリリの慟哭を実際に見てはいない。その差が二人の対応に表れていた。

 

 だが、そんな二人に化物(リリ)は声を掛ける。

 

「構いませんよ」

 

 それは、いっそ穏やかな声だった。

 

 まるでそよ風のように、ふとした瞬間に掻き消えてしまいそうな程に柔らかく、儚い声だった。

 

 その声に、彼女達はギョッと目を丸くして彼女を見る。

 

 言葉の内容からではない。

 

 ここまでの虐殺を行った者とは思えないほどに、落ち着いた、静かな声だったからだ。

 

 人というのは、大なり小なり必ず暴力に対する興奮というものがある。

 

 そもそもの話として、力を振るうという事は生物の本能として『気持ちの良いこと』であり、力を振るえばどんな人間であっても必ず精神は興奮、高揚するものだと相場は決まっている。

 だからこそ輝夜は化物(リリ)を殺そうとした。過ぎた力に溺れたのだと判断したからだ。

 

 だが、化物(リリ)のその声には一欠片の興奮すら無かった。

 

 まるで凪のように、一切の波が無い声だった。

 

 そこで彼女達は初めて化物(リリ)の表情を見た。

 

 血に塗れた彼女の表情は、諦めとか、悲しみとか、そういう……攻撃性の無い感情を詰め込んだようなものだった。

 

 そして、ただただ頑強な……誰にも覆せないような、圧倒的な『覚悟』を決めた表情だった。

 

「是非、私を殺して下さい……けど、それは今じゃありません」

「……リリちゃん、何を言ってるの?」

「私の【ソーマ・ファミリア】は【ヘスティア・ファミリア】を潰そうとしています。ヘスティア様をこの世から追い立てて、私の師匠を奴隷にしようとしているんです……だから、そうなる前に私が全て殺し尽くします」

 

 あまりにも、あまりにも穏やかな声で化物(リリ)は『殺す』と言った。

 

 その事が、それ(殺す)を優しい少女であるリリが口にした事がアリーゼにとってあまりにも強烈に過ぎ、まるで腹を殴られたかのようなうめき声がその歯の隙間から漏れ出た。

 

「私が【ソーマ・ファミリア】を皆殺しにした後でなら、是非私を殺して下さい……お待ちしています」

「……ま、待っ」

「……ごめんなさい、もう行かなきゃ……」

 

 ふと空を見上げ、そう呟いたリリは血の縄を人混みに放つ。

 

 叫び声を上げる人々の間を縫うようにして建物の壁に取り付いた血の縄の伸縮を使ってまるで飛ぶかのように建物の間を高速で抜けていくリリに神々が「蜘蛛男だ蜘蛛男!」「やっべえ最高か!?」と盛り上がりドタドタと大挙してそれを追う中、それに半ば飲み込まれかけながらも輝夜が悪態吐きながら追いかける。

 

 しかし、神々とその従者の波に飲まれた以上、直ぐに見失ってしまうだろう。何せ地面を移動するより遥かに効率的に動く今の化物(リリ)からは血痕の一つさえ落ちはしないのだから。

 

 暫くして、一人静かに犠牲者達の死亡確認を終えたリオンが呆然と立ち竦むアリーゼの肩を叩く。

 

「……行きましょう、あの子を止めなくては」

「何で?」

 

 そして、その言葉に冷水を浴びせたのは化物(リリ)と同じ小人族(パルゥム)であるライラだった。

 

「何で……とは?」

「言葉通りの意味だけど? お前にだってあのガキンチョの情報は共有したろ」

 

 苛立ち混じりの視線を向けられたライラは、しかし一歩も下がること無くリオンの目を見つめ返す。

 

「虐げられて虐げられて蔑まれて踏み躙られて、その末にやっと手に入れた唯一笑って過ごせる居場所を今壊されようとしてるあのガキが、死ぬ事も覚悟の上で必死に抗ってんのが今の状況だろ。それを止めるのが『正義』か? つうか止めてどうなんだよ。あいつの居場所が壊されるのを黙って見んのか?」

「ッそれは!!」

「……それは、何だよ?」

 

 ライラは種族上どうしたって化物(リリ)と同じ視点に立ってしまう。そんな彼女の言葉は過分に化物(リリ)に肩入れしたものであったが、しかしリオンはそれに咄嗟に反対の言葉を返す事が出来なかった。

 

「……だが……」

 

 しかし、リオンの『正義』は、そこで俯くという選択肢を選ばない。

 

「……私は……例え、この者達が『悪』であったとしても……あの子供が『正義』であったとしても……この光景は、看過出来ない」

「……あっそう。お前がどう思おうが、私は今回ばっかりはリリが正しいと思う。だから、私はこれ以上は協力しない」

 

 私は【闇派閥(イヴィルス)】の鎮圧に戻る、と言って踵を返したライラ。

 

 それにアリーゼが何かを言おうとした瞬間。

 

「ちょちょちょおおぉ〜〜〜っとそこの君達いぃぃ!!!」

 

 空からヘスティアとオーエツ(化物の戦う理由)が降ってきた。

 

「……ヘスティア様!?」

「……ヘスティア様……!」

 

 

 

 目を見開くライラと、少しだけバツが悪そうな顔をするリオン、それに縋るような眼差しを向けてくるアリーゼの三者の表情を見て、空から降ってきた二人は何か深刻な事が起きているのを悟る。

 

「……なんかこの辺で騒ぎが起きてたから、リリ君を知ってる子が居ないかと思って降りてきたんだけど……知ってると思って良いのかな」

 

 ヘスティアを前にして、ヘスティアの、アストレアとは違う暖かな神性(優しさ)に触れたアリーゼは、その瞳からポロポロと涙を零す。

 

 それに同じファミリアの二人がギョッとする中、彼女はヘスティアに頭を下げる。

 

「……お願いします……リリちゃんを、助けて下さい……!」

 

「そんなの当たり前だろ!!」

「その為に空まで走っとるんだ、俺達は」

 

 リリが命を懸けてでも守りたいと思っている二人。

 

「全部教えてくれよ、僕等は、あの子の為なら何だってするぜ」

 

 その二人の姿を見て、アリーゼはもう一度深く頭を下げ、ライラは観念したかのように頭を掻き、そしてリオンはコクリと一つ頷いた。

 

 

 

 神と子供は対等な関係ではなく、それは【恩恵(ファルナ)】においてもそうだ。

 神と子供を繋ぐ絆である恩恵は子供達にとってはただの【ステイタス】の為のものでしか無いが、しかし神の側からは繋がった子供達の安否や大まかな居場所、現在の状態等がある程度把握できるものである。

 

「……来たか、リリルカ」

「……お久しぶりです、ソーマ様」

 

 だからこそ、ソーマにとって化物(リリ)が自分に近づいて来る事など手に取るように分かることであり。

 

「……それは、何をしているのですか?」

「見て分からないか」

 

 ……そして、自分が今している事が化物(リリ)の逆鱗に触れてしまうであろう事も、よく理解していた。

 

「子供達を、庇っている」

 

 場所は、【ソーマ・ファミリア】本拠地の酒蔵。

 

 今、ソーマはその酒蔵に避難してきた【ソーマ・ファミリア】の団員達の一番前に立ち、化物(リリ)に向けて両手を広げていた。

 

「…………そういうの、私にはやってくれませんでしたよね」

「そうだな」

「ヘスティア様に諭されて改心でもしたんですか?」

「そうかもな」

「……今日は、ちゃんとお返事をくれるんですね」

「思うところがあってな」

「……私にはソーマ様を殺せない、とか思ってますか?」

「……分からない。俺はお前のことを、何も知らないからな」

「……あはは。奇遇ですね」

 

「私も、ソーマ様の事を何も知りません」

 

「……リリルカ」

 

「じゃあ」

 

 全身をドス黒く染め上げた化物(リリ)は、血を振りかざした。

 

 全身に纏わりついていた血がその血に全て集中し、大きな塊へと変わる。

 

這摺(はいずり)猫嚙」

 

 その塊を地面に叩き付けた次の瞬間……

 

【ソーマ・ファミリア】の敷地の全ての地面から、細長い血の槍が飛び出した。




次回はまたアイズの方になります。

あーさっさと合流させてえなー

日向@さん、誤字報告ありがとうございます。
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