オラリオで斬魄刀打つ転生者の話   作:オリ斬魄刀の小説増えろ

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大抗争編は更新速度には期待しないでくれな。

実は初期プロットではここからリリルカ・アーデ鬱病編が始まる予定だったけど、書いてて『鬱病……?こいつが……?』となったので思いっきり吹っ切ってもらいました。ここのリリは復讐から何かを得られるタイプのリリ。

garaasaaさん、リア10爆発46さん、誤字報告ありがとうございます。



あれから一年

 

 

 

 

「こんにちは」

「お邪魔しまーす!!」

「いらっしゃーい……あり? アリーゼ君にリオン君じゃないか! どうしたんだいこんな辺鄙なところに来て」

「辺鄙で悪かったな」

 

 ジロリと睨みつける店主の目線に苦笑を返し、ヘスティアは目の前の正義の使徒の目的を問う。

 

「あ、防具の新調ならコレなんてどうかな? 最近作られた新しいタイプのベルトなんだけどさあ、ホラ見てこれ! 体に触れる内側に滑りが良い薄手の革、攻撃を受ける外側に厚手の革を使った二重構造ベルトなんだけど、この二枚の革の間になんと鋼線が通されてるんだよ! これそう簡単には千切れないって評判なんだよ! 今まではこんなに細い鋼が作れなくて小さな鎖を使ってたからゴツゴツして評判も悪かったんだけど、このベルトなら……」

 

 スッカリとセールストークが板についているヘスティアを遮り、アリーゼが「リリちゃんは?」と尋ねる。

 

「うん? 仕事でこの塔を飛び回ってるけど……どしたの? いつものお茶会の誘いかい?」

「いえ、そうでは無く……端的に言わせていただきますと、ダンジョン内で正体不明の高速で空を飛ぶ幼女が多数の冒険者に目撃されていまして。我々の認知している中で空を飛ぶ幼女と言えば彼女だけですので、是非お話を聞かせて頂きたく」

「あ!? あ〜え〜ま〜そのォ〜…………ふ、ふーん……アイズ君じゃない?」

 

 下界の子供達は神に嘘がつけないが、この神もまた子供に嘘がつけないらしいと目の前の女神の白々し過ぎる知らんぷりを見て、リオンは額を押さえた。

 

 

 

家族喰い(マーダラー)事件』より一年。

 

 構成員の殆ど全員が惨死し、主神も『神酒(ソーマ)』の製造をやめてしまった【ソーマ・ファミリア】に残る奇特な団員も居らず当ファミリアは現在構成員ゼロ名となり、完全崩壊している。

 尚、当のソーマはこれまで団員達の欲のままに貯めに貯められていたファミリアの資産をほんの少しずつ使いながら慎ましく生活しており、偶に下界の子供達の酒蔵にフラリと立ち寄っては製造法についての相談に乗ったりしてそれなりに日々を過ごしているようだ。

 

 ロキ曰く、「やること無さ過ぎたら暇やからなー」と。

 

 アストレア曰く、「己の成した罪を償う手立てを、彼なりに探しているのよ」と。

 

 そしてヘスティア曰く、「まぁ、また変なことしてたら今度は取り返しのつく内に僕が蹴っ飛ばしてやるさ!」と。

 

 様々な神の好奇の視線を受けながらも、ソーマは何を主張するでもなく沈黙を保っていた。

 

 そして、その事件の下手人たるリリルカ・アーデはと言えば、その後ほんの一欠片の音沙汰すら無く、完全に情報が立ち消えていた。

 

 市井の多くは『家族喰い事件』の終わりをこう締めくくる。

 

 地獄で生まれ、暴力と共に育ち、遂には『家族喰い』を成した小さな少女は、己の使命を果たした後にこの荒んだ世を嘆いて自ら命を絶ったのだ、と。

 

 この話には、民衆の現状への悲観が多分に含まれている。

 

 つまり、この『暗黒期』は幼い少女が未来ある命をそういう風に使わねばならない程の地獄なのだという悲しき諦念が世に蔓延しているのである。

 

 

 

「おはようございまぁす! 黒猫(クロネコ)速達便です!」

「オォーミリィちゃん! よう来てくれたのう!」

「あ、おはようございますおじさま! こちら今日の牛乳です!」

 

 まぁ、そんな事はこの齢十歳にも満たない背丈の猫人(キャットピープル)の少女、ミリィちゃんには全然関係無い事である。

 

 バベルで生活している何処かの神(・・・・・)の眷属らしいミリィはこのバベル内部における荷物の速配を生業としていた。

 

 朝一番の仕事である生鮮食品の各階配送を終えたミリィは速やかに『本業』を開始する為にバベルの通路を走る。

 

「ミリィちゃん! 配達頼むわ!」

「後でお伺いしまーす!」

 

 シュタタタと走りながら手帳に依頼人の名前を書き込み、バベル内部に取り付けられている昇降機の入り口へと身体を躍らせる。

 

 あまりにもバカ高過ぎるバベルを移動する為の昇降機は多くの人数を一気に運ぶ為にかなりの大きさがあり、それに応じて入り口もかなり広い。

 

 そこに誤って人が落ちたりしないように手動開閉式の木柵が付いているのだが、ミリィはその木柵をピョンと脚力だけで飛び越え、昇降機の来ていないただの縦穴に身を躍らせる。

 

 大きく飛び上がったミリィは、ひゅるるるると自由落下で地面へと降りながらその小さく可愛らしい小さなお尻から生えている靭やかな尻尾を握り、背負っていた自分が二、三人入りそうなリュックサックに付けられた専用の口から一本の刀を取り出し、その刃で尻尾に傷を付ける。

 

 血の滴る尻尾を落下しながらビュンビュンと振るミリィ。そうして飛び散った血は、ある程度一定の間隔でエレベーターの縦穴にへばりついていく。

 

 地面が近くなってきた所で尻尾を振る事を止めた彼女は、最後に刃に付いた血をビュンっと振り払い呟く。

 

「んっん〜……『(まじこ)れ』」

 

 その華奢な肉体が地面に叩きつけられるその一秒前、ドドッ、ドドッ!! と『空』を踏み鳴らして落下の勢いを殺し切ったミリィは、自分の指先についたほんの少しの血を舐めとって己の刀の名を呼んだ。

 

「『猫嚙(ねこがみ)』」

 

 刀の形状は変わらず。

 

 しかし、ミリィの尻尾に滴っていた血が止まった。

 

「さーて、と。今日も一日お仕事です」

 

 ミリィの速達便の使い方は簡単だ。

 

 エレベーターの縦穴の前で、自分の名前と階層、必要ならば荷物の種類を叫ぶだけ。

 

『ミリィ──!! 十八階のエルドだ! ワレモノの配送してくれ──!!』

「十八階のエルドさんっと。ポーションですね」

 

 その声はエレベーターの各所に配置した『血痕』からミリィへと伝達され、確認した彼女がその階の依頼人の下へと飛んでいく。

 

「よっと!」

「おお、早かったなミリィ」

「エルドさん、今日二人目のお客さんです」

「ああ、昨日できたポーションを一階まで運んでいてくれ。後は問屋が持ってってくれるから」

「はい! いつも通り、中型配送*1と割れ物配送料で二百五十ヴァリスになります!」

「おう、いつもながら安いな」

 

 チャリ、と受け取った小銭を衣服の内側に入れ、頭を下げて荷物を受け取る。

 

「頼んだ」

「頼まれました」

 

 荷を鞄に詰め込み、再びエレベーターに向けて駆けるミリィ。

 

 というのも。

 

(急がなきゃ、エレベーター来ちゃいます!)

 

 そう、神の居住区まで登っていたエレベーターが戻ってきていたのだ。

 

 そして当たり前なのだが、エレベーターを使うよりも自由落下の方が遥かに早い。

 

 回転率を極限まで上げることでサービスに競合が出ないレベルでの薄利多売を実現しているミリィにとっては一分一秒が値千金だ。

 

「すっっべり込み!」

 

 エレベーターの入り口上方に人の足が見えているくらいギリギリの状態で縦穴に飛び込んだミリィは落下中に神の叫ぶ声を聞いた。

 

『ミリィちゃ〜〜ん!! 手紙ぃ〜〜!!』

「……ええいっ、コレだから神嫌いなんですよ! 階と名前くらい言っていいでしょ!」

 

 ワレモノを扱っている為先程よりも随分と繊細に地面に降り立った彼女は、上から降りてくるエレベーターに潰される前に縦穴から転がり出てバベル入り口に居た馴染みの業者に瓶を手渡す。

 

「先ほどはどうも! 黒猫速達便です!」

「おう、コレ頼むわ。駄目んなっちまった武具五箱、鍛冶屋までな。ほい代金」

「ありがとうございまーす!」

 

 死ぬほど重いしガチャガチャ中で動くから運びにくい荷物を渡されても、笑顔で受け取るのがミリィ流の接客術だ。

 

「ミリィちゃ〜ん、本当あのバカ神がうっざくてさー! この手紙渡すついでに伝言も頼まれちゃってよ〜!」

「あはは、申し訳ありませんが言葉はサービス対象外でして」

「え〜、じゃもう一枚書くから待ってて!」

「はーい! 待ってまーす!」

 

 荷物受け取り時に無駄話をされた挙げ句お茶も無しに二十分間荷待ちさせられても笑顔で受け取るのがミリィ流の接客術だ。

 

「はいこれ〜! ごめんねいつも待ってもらってぇ」

「なんのなんの! お得意様ですから!」

 

 例え一回たったの三十ヴァリス*2で二柱の神の間を一日十数往復させられるとしても、お得意様には違いない。

 

 尚、この二柱の神への対応としては、あまりにも早く配達し過ぎると互いの感情がヒートアップしてキリがなくなるので適度に数十分の間を持たせる事が肝要だ。

 

 待ち時間に関しては、もう諦めるしかない。お客様は神様だ。文字通り。

 

 

 

 速達便の営業時間は日が昇ってから日が落ちるまで。

 

 決まった休憩は無し。依頼の無い時間が休憩だ。

 

「ハァ忙しい忙しい」

 

 しかし、昼時の一時間前にはバベルの各階に『受付休止』の札を貼る。

 

 その時間がミリィのお昼休憩────等という事は勿論なく。

 

「こんにちはおばさま! 例のものを!」

「あぁミリィちゃん! はいよ、じゃが丸くん百個ね!」

「いつもいつもありがとうございまーす!」

「このくらい良いのよォ! 毎日定量買ってくれるのってありがたいんだから!」

「どーもでーす!! おじさまー!」

「はいよミリィちゃん! 肉串六十本ね! 焼けてるよ!」

「あっざまーす!! おじいちゃーん!!」

「ほいほい、スープ鍋二杯分ね」

「わーい! 今日はモツスープだぁ! ミリィモツスープ大好きです! *3

「ほほほ! 嬉しいことを言うてくれる! 明日もモツにしようかのう」

「ほんとですかぁ!? やったー!!」

 

 バベルの麓にある出店街を走り回り、定期購入契約を結んでいる出店から多少割安で大量に購入し、ミリィの拠点である【ヘファイストス・ファミリア】の階層にデンと鎮座させる。

 

 この階層の人間にはミリィの仕事は周知されているが、一応『手出し禁止』の看板を立ててから床に蹲り、大量の紙とペンを取り出し、辺りにぶちまける。

 

 そして、朝イチで付けた尻尾の生傷から血液を巻き散らせば、それらは瞬く間に空気を取り込んで風船のようにプウっと膨らみ、拳大の鼠へとその姿を変える。

 

「『今日のメニュー』『じゃが丸くん五十ヴァリス』『鳥の肉串九十ヴァリス』『モツのスープ(ミリィのオススメ!)七十ヴァリス』『先着順』『お釣り渡せません』」

 

 ミリィが両手にペンを持ち、二枚同時にメニューを書く横で鼠達がペンにしがみつき二匹、三匹がかりでわっせわっせと苦労しつつメニューを書き込んでいく。その代金はバベルの下で直接買うよりも数十ヴァリスほど割高だ。

 

 安く仕入れて高く売る。

 

 これぞ商売の基本である。

 

「いざ戦場へ!!」

 

 全ての紙にメニューを書き終わり、仰向けに寝転がったり首をクリクリ回したりして『フーやれやれ』とでも言いたげな小芝居をする鼠どもを尻尾の傷口から体内(巣穴)に戻らせ、再び縦穴を飛ぶミリィ。

 

 神の居住区よりも下のすべての階層のエレベーター乗り口にメニュー紙を貼り付けて回ったのが昼の鐘が鳴り響く三十分前。

 

 そこから保温の魔道具に魔力を注ぎつつ待つこと数分で一人目の客の声が聞こえる。

 

『ミリィ! じゃが丸くんと肉串!』

『ミリィ! 肉串四人前!』

『ミリィ! 全部くれ全部!』

『ミリィ! モツスープ!』

『ミリィ!』

『ミリィ!!!』

 

 その声が聞こえた瞬間、彼女は背中のリュックに加え、身体の前面にも食料を満載した大きな鞄を背負う。

 

 そして、衝撃吸収しやすい腕に密封できるタイプの大鍋を下げる。

 

「ハァイ今行きまぁぁぁす!!!!」

 

 バベルのあらゆる階から殺到する注文に、ミリィは吠える。

 

「じゃが丸くんと肉串おまたせしましたぁぁぁ!!」

 

 ミリィの戦争が始まった。

 

 

 

「ぶへぁぁぁぁぁ……」

 

 昼の鐘が鳴る前から始まるミリィの戦争は、鐘が鳴ってから数十分で売り切れという名の終わりを迎える。

 

 ここからおおよそ三十分程はバベル全体も昼休憩の雰囲気となるので彼女もマッタリと食事が摂れる。尚仕事が一切来ないわけではない。

 

 太陽に照らされるバベル外壁のちょっとした引っ掛かりに血液の爪を引っ掛けて根付(ストラップ)のようにプラプラ揺れながら朝に自分で塩茹でした冷たい芋と干し肉を鋭い犬歯で噛み千切る。

 

「獣人は肉が食べやすくて良いですよねえ」

 

 ミチミチと水分の抜けて硬くなった筋繊維を引きちぎりながら日光浴を楽しんでいるミリィだが、フワリとその前髪が舞ったのを感じ、鞄に食べかけの芋と肉をしまう。

 

「景色は良いけど、風が強いのがどうも」

 

 バベルが上手く風よけになる位置にぶら下がっていたが、その風向きが変わった事を察して塔の窓から内側へと潜り込む。

 

 と、そこで機をうかがっていた小柄な女神に抱きしめられた。

 

「わっ」

「リーリぃ君っ!」

「へ、ヘスティア様! ここでその名前は」

「大丈夫さ!」

 

 チラリと女神は塔の廊下を掌で示す。

 そこにはこちらを見るともなしに見る人影があった。

 

「なんたって、ヘファイストスの眷属に見張ってもらってるからねっ!!」

 

 なんと他人任せな自信。

 

 その一言をキュッと飲み込んで、ミリィ……リリはニッコリと笑んだ。

 

「…………わぁーっ!! さーっすがヘスティア様です!」

「……僕には分かるよリリ君。今の君の言葉の中で本心なのは『…………わあーっ』だけだ。『!』(ビックリ)も嘘の範囲だって分かるよ……なんてったって神様だからね!」

「う……」

「ふんっ、どうせ僕は友の脛齧り神さ! ……それよりも、ほらっ!」

 

 俯くリリの眼前にバスケットを突き出したヘスティアは、ニコリと輝く笑みを浮かべた。

 

「ごはん、一緒に食べようぜ!」

 

 そのバスケットの中からは食欲をそそる匂いがして、リリは一も二も無くそれに頷いた。

 

「はいっ!!」

 

家族喰い(マーダラー)事件』主犯にして計四十五名に及ぶ殺人犯にして二十余名に及ぶ傷害犯。

 そして暗黒期の悲惨さを象徴する悲劇の少女リリルカ・アーデ七歳。

 

 現在人生の最高点、まさに幸せ真っ盛りの薔薇色ロード爆走中である。

 

 ……尚、客観的に見ればその薔薇色ロードは児童労働の極致でしか無いが……しかし彼女は今、とても満足している。

 

 

 

「……そんな訳でさー、リリ君がダンジョン潜ってるの完全にバレちゃってるよー」

「そうですかー。まあ一応ギリギリどうにかこうにか違反ではないので大丈夫でしょうけど」

 

 先程の冷えた芋と温かいじゃが丸くん、そしてホットココアを飲みながら一人と一柱は談笑をしていた。

 

「本当に紙一重で違反じゃないだけだかんね! 分かってるかい!?」

「わーかってますってぇー」

 

 ギルドの定めた冒険者登録に関する文面は『神の眷属がダンジョンに潜るには冒険者登録が必要』であり、そこに『一度神の下を離れ恩恵を失った冒険者』の事を明言されていない。

 

 ……つまり、例え死人同然のリリがダンジョンに潜る事は最早登録されていない冒険者による不正攻略に等しいのだが、等しいだけで同じではない。

 

 その上魔石や素材の売買には身分証明が必要無い為、いざバレれば「えぇ〜? 一回登録してるから大丈夫だと思ってましたぁ〜☆」と言ってしまえばギルドとしてはあまり大きな事も言えないのだ。

 

 まぁ即座に法改正がされるだろうが、それでも一番最初のリリは大丈夫だろう。

 

「……ねぇリリ君、そろそろ良いんじゃないかい? もう君への悪評なんて聞かない。むしろ世間は君に同情的さ……それに、その噂自体ももう風化しつつあるんだ……そろそろ、こんな隠れ住むような生活はやめて、皆であの教会に帰らないかい?」

 

 チラリとヘスティアが見た方向では、この一年ですっかりと恒例になった火柱が立ち上っていた。

 

「……まぁセルバン君はめっっちゃ楽しそうだけどさぁ」

 

 約一月に一回のスパンでひっそりと会っているのだが、半年ほど前には顔中にニヤニヤを貼り付けた状態で鬱陶しいくらいに『隠密歩法』とかいう攻撃された瞬間布切れと入れ替わるとかいうわけわからん瞬間移動(ヘスティア視点)を見せびらかしてきていたアホのドワーフを思い出す。

 

 あの……『あの』! 【フレイヤ・ファミリア】にフレイヤの事をビックリするくらい何とも思っていない男を預けるなど、その日中に不敬罪で処刑されやしないかとビクビクしていたのも昔の話、どういう手段を使ったかすっかりとかの女神の眷属に受け入れられている彼は、毎日毎日己の卍解の炎にこんがりローストされているらしいと本人から聞いている。

 

 ちなみにその際、セルバンはとても良い笑顔だった。狂ってる。

 

「そーですねえ、もう一年、ですもんね……私も帰りたいです。皆で直した、皆で過ごした、あの教会に……」

「うん、そうだねぇ。今度セルバン君と会う時にその話もしよっか」

 

 ねー、と優しく頭を撫でるヘスティアに身体を預けながら、リリは火柱から目を逸らし、三人で暮らした教会の方向を見る。

 

「私達の、あの教会に」

 

 

 

 一人と一柱が思いを馳せるその時、その教会の前に立つ人影が、一つ。

 

「……これは……教会が、修繕されている?」

 

 灰の髪をフードに押し込めた旅人の女は、眉根を寄せて自分の記憶の姿よりも美しくなっている教会に入り込む。

 

「【ヘスティア金物店】……?」

 

 何故教会で金物屋などやっているのだと思いつつ地下への扉を開ければ、うっすらと埃が溜まった、しかし確かな生活の跡が見える部屋があった。

 

 底の焦げた、使用感のある鍋。

 

 備蓄用品や食材の書かれたメモ書き。

 

 大人用二つ、子供用一つの三人分の食器。

 

 ベッドの上の綺麗に畳まれた布団と、ソファに掛けられた大判の毛布、くたびれたハンモック。

 

 それら全てが、ここで暮らした何者かの温かな日々を感じさせた。

 

「………………」

 

 ついっ、と食卓の端に積もった埃を指でなぞる。

 

 そこには鋭いもので削った文字で、名前が刻まれている。

 

「【ヘスティア・ファミリア! 僕の家族!】、【セルバン・ハルウッド】、【リリルカ・アーデ】、【皆大好き!】…………か」

 

 ここはフードの女……アルフィアにとって亡き妹との思い出の場所。

 

 その場所が、かつて自分が妹と過ごしたときとは違う、しかし確かな暖かみのある空間となっていた。

 

 その事に、彼女は怒りを抱くことはない。

 全ては、自分がこの街を離れた時に覚悟していた事だ。

 

 ただ、己の生きた日々が『過去』と化した事に対する寂寥感を覚えながら地下室を後にした彼女。

 

 教会の敷地から出た彼女に、ジョウロを手にした老人が声を掛けた。

 

「おや? あんたヘスティア様とこの方かいね」

「……いや、違う」

「ありゃ、そうかい……もうすっかりあのお方の顔を見とらん。何処かで元気にやっていりゃあええんじゃが……」

「ここの主は死んだ(還った)のではないのか?」

 

 金目の物などがまるで無かった寂れた地下室に、すっかりと天界に送還されたものとばかり思っていた彼女は、少し驚きをもってその老人に問うた。

 

「さてなぁ。儂らも詳しいことは分からんでな。けどもう一年はここに帰ってきとりゃせんのじゃ。ひょっとすると……そうなのかもしれんな」

 

 手に持っていたジョウロで教会の敷地に植えられた花に水をやり始める老人。

 

 その慣れた手つきをみているアルフィアに気を遣ったか、老人はポツリポツリと話す。

 

「昔はこの花もヘスティア様とその眷属のリリちゃんという子が仲良く世話をしておってなぁ、それを枯らすのも忍びなくて、こうして儂のようなこの辺に住んどる暇人が交代で手入れをしとるのよ」

「……なぜ、ここに帰ってこなくなったんだ?」

「さてなぁ、こんな時代じゃ。儂には詳しいことは分からんで。儂はただ、あのお方がいつの日かここに帰ってきた時に、花が一輪でも残ってりゃあ喜んで下さるだろうと思うだけよな」

 

 サァ……とジョウロの水を撒き終わり、老人がその場を辞する。

 

 自分の知っているそれよりもずっと綺麗になっている教会の外観を眺め、一つ溜息を吐く。

 

 自分と妹の思い出の場所は既に見知らぬ誰かの思い出の場所となり、そしてそれすらも今廃れようとしている。

 

「…………事を起こせばこの教会とて無事では済むまい。あの子との思い出も、崩れて壊れる覚悟をして来た……それなのに、こんなにも……」

 

 寒い。

 

 そう呟いたアルフィアは、儚い足取りで路地へとその姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 大抗争まで、あと一月。

*1
小型:手荷物サイズ、手紙など。三十ヴァリス 中型:小包サイズ、リリが片手で持てる大きさ。百ヴァリス 大型:リリが背負ったり抱えなければいけないサイズ。三百ヴァリス〜

*2
今回は二通なので六十ヴァリス

*3
汁物は運搬中の形崩れを気にする必要が無い上にモツはカロリーが高く味が濃いのでバベルの労働者層に高い売り上げが見込める為




アルフィアさん、違法取引の現場とかにせず普通に教会を建物として大事に使えばキレたりとかはしないと思う。

更新していない間もウルト兎さんから沢山FAを頂いています!小説目次ページに全部載っけてるからマジで是非見てください!
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