凪の気分を ~先輩の妹が何だかしつこい上に周りの女子もおかしくなってきたような~   作:冴木甲士

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第112話 落胆

 家での演技指導もこなしつつ、岸姉妹との学校生活が10日ぐらい経った日のこと。

「ふう……ここまでやれば充分だろ」

「先生?」

 俺のぼやきに深央が反応した。

「お前らに教えることはもう何もない。お前らはどこからどう見ても周りより存在感を放ってる立派な主人公だ」

 それなりの時間を費やして指導に努めた結果、岸姉妹は当初の雰囲気からすっかり変わっていた。

 奈央はギャルっぽいしゃべりのボクっ娘に。

 深央はウチという一人称を使いこなす敬語キャラに。

 初対面の奴ならその強烈な個性を脳に焼き付けるであろう。俺でもそうなる自信がある。

 

 俺としては、とうとうここまで来たか、という感慨があった。

 主人公を仕立て上げるというプロジェクトを思い立ったときから勢いで押し進んできたが、これ程すんなりと形にできるとは思わなかった。

 例えば岸姉妹の演技にもう少し時間や手間を費やしたり、それでもどうにもならず彼女達を主人公に仕立てる方針を断念したり、そもそも岸姉妹がこの話を最初から蹴ったり、何なら最初は乗ってきても途中で辞めたりと支障が出る可能性はそこかしこにあったのだ。

 そんな懸念などどこ吹く風かとばかりに、岸姉妹は俺の指導を真面目に受け、めきめきと演技が上達していった結果、口調だけでなく振る舞いからしても存在感が普通の人より強く放たれるようになった。

 

 後は実践あるのみ。

 この岸姉妹がクラスで演技の成果をお披露目すればたちまち時の人になると思う。

 数日間の交流において評価すれば、岸姉妹はコミュニケーションにおいてもさして問題はない。

 初対面のときから人見知りもせずスラスラと会話できたことも思えば興味を持った人から話し掛けられても相手を失望させることにはなるまい。

 俺の期待はいつになく膨らんでいった。

「明日から、そのキャラをお披露目できるな」

「あの……」

 お? 深央が何か言いたげだ。

「すみません先生、今まで黙ってたんですけど」

「どうした?」

 

「実は私達、もうすぐ引っ越すんです」

 

 この瞬間、俺の膨らんだ期待に穴が空いた。

「え?」

 何それ。聞いてないぞ。

 岸姉妹はここで長々と説明を始めた。

 岸姉妹の御家庭は元々転勤が多く、しばしば転校をしてきたらしい。

 この中学校についても俺が岸姉妹と接触した時点で既に近日中の転校が決まっていたらしい。

 そのなかでせめてもの暇潰しに、俺の策に付き合うことにしたのだとか。

「え、じゃあ今までの指導を披露する機会は……」

「多分、この学校で先生にお見せするはもう厳しいんじゃないかと……」

 ああ、そうか。

 全部、水の泡だったってわけか。

 さっき俺の期待に穴が空いたなんて言っていたが、深央からはっきり主人公デビューを見られる機会が潰えたことを明言されたときには泡さながらに消失していた。

 今はもう主人公を見る希望が、影も形もなくなっていた。

「先生……」

「胡星さん……」

 岸姉妹が俺を呼ばわるが、俺は特に返事する気になれなかった。

 その後の岸姉妹の話も特に耳に入ってこなかった。

 

 

 スマホからアラームが鳴る。

 俺はスマホを手に取り、アラームを止めた。

 今朝の夢は、やけにハッキリと覚えていた。

 久しく脳の奥深くに突っ込んでいた中学時代の思い出だった。

 

 我ながら珍しく活動的な時期だった。

 あそこまで他人に対して何かを働き掛けたのも最初で最後だった。

 当時でも現在でも、他人に関わり合いになりたくない気分は同じだ。

 それでも俺は自分の中で気球のように膨れ上がった、主人公という理想の存在への欲望が抑えきれなかった。

 だからみずから見込んだとはいえ、あまり関わりたくないはずの他人へ主人公になるような演技指導を叩き込んだ。

 

 別に演技の経験があるわけでもなくただ岸姉妹の演技を見てのフィードバックを素人考えで繰り返し行っただけだが、同じく演技経験がなかったという岸姉妹があそこまで上達したのは本人達に元々卓越した才能があったのかもしれない。

 しばらくその演技は封印していたそうだが二年ぶりに俺の前へ見せた演技がそのブランクを感じさせなかったのも才能の賜物だろう。岸姉妹恐るべし。

 

 そんな岸姉妹へ掛けた期待は雲散霧消した。

 勝手に他人へ掛けていた期待なのだし、それが消えたからといって岸姉妹を恨むつもりは毛頭ない。

 だが、気分が泥沼へ沈むように落胆することだけはどうにも避けられなかった。

 あの出来事を機に他人にあれこれ干渉することの無意味さを思い知った俺は、以降また新たな主人公を据えるようなマネも控え、特に大きなイベントもないまま中学を卒業した。

 だからこそ高校に入ってから王子や春野という主人公の素質を備えた同級生がいたと知ったときは幸運に感じていた。

 その高校生活において俺も主人公的な存在と関わりを持つようになるとは全然思わなかったが。

 

 さて、岸姉妹がここに再び帰ってくるのは意外だったが奴らの家庭の事情を考えればそれも一過性のことだろう。

 高校の編入が何度も繰り返せるものなのかは知らんが、親に連れられてこの学校へやって来たとなれば親がまた引っ越すことになっても岸姉妹だけここに定着する、という展開は考えられない。

 岸姉妹の親がここへ来てしばらく引っ越さない、という展開もなくはないが可能性は低かろう。

 適当に相手してればまた適当なタイミングで転校していってくれるさ。

 

 岸姉妹のことを脳内で整理していたらスマホに新着のメッセージが届いていることに気付いた。

 

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