奄美先輩と別れたその日の夜。
メッセージのアプリから着信が来た。
「葵?」
通話に出て着信元の名前を呼ぶと、すぐに返事が来た。
『こんばんは胡星先輩。私からの電話にドキッとしましたか?』
何のことやらさっぱりだった。
「いや別に。用がそれだけなら今日はもう切るぞ」
『それだけなわけないでしょ。今日のデートで聞きたいことがあるんです』
デート? ……ああ。
「奄美先輩との外出がお前の中ではデートって認識なのか」
『胡星先輩こそ誰とのデートか言ってないのに思い当たってるんですからお互い様では?』
ああ言えばこう言う。つくづく会話に退屈しない後輩だぜ。
『今日姉と食事に行ったとのことですが、他に何かしましたか?』
「いいえ」
はいかいいえで答えるべき質問かな、と思ったのでいいえで。
『手を繋いだりは?』
「いいえ」
あんなの脈絡なく積極的に仕掛けてくるのお前ぐらいだよ。
『抱き合ったりは?』
「いいえ」
俺らのことカップルと誤解してないかコイツ。
『キスしたりは?』
「いいえ」
あ、これ完全に誤解しているな。
「なあ、ちょっといいか」
『何か?』
「俺は奄美先輩と交際してない」
『ええ、知ってます』
知ってるんかい。
「交際してない相手と抱き合ったりキスしたりすると思うか?」
『胡星先輩ならまあ』
「おい」
『何か相手に押されてやっちゃいそうな気がするんですよね』
ホント先輩に遠慮ないな、この後輩。
「それならなおさらだ。奄美先輩が俺にそんなことはしない」
奄美先輩の意中の相手が誰か、お前ならよく知ってるはずだが。
『……まあ、あの姉は自分からそういうことはしないでしょうね』
失礼しました、と葵は非を認めた。
「もういいか?」
『すみません胡星先輩、最後に1つだけ聞かせてください』
「今度は何だ?」
『来週の球技大会で誰かに告白する予定とかあります?』
「いや一体何の話だ」
今日の出来事から向こう岸まですっ飛んで球技大会の件に着地しちゃったぞ。どうなってんだコイツ。
『だってこの球技大会には告白についての噂があったから……』
……ああ、思い出したよ。
球技大会のMVPが告白したらまず成功するとかいう例の噂か。
でも去年失敗例が公然と出たはずなんだがな。
「俺はそもそも球技大会で何かの種目に参加するつもりないぞ」
『え、そうなんですか?』
「去年もそうだった」
『……あー、ならMVPになる可能性はないですね』
俺の言わんとするところをようやく理解してくれたらしい葵。
『すみませんお時間取らせてしまいまして』
「全くだ」
『明日はもっとお時間取るんでよろしくお願いします』
「え、おい」
俺の反論の前に葵は通話を切った。
……ねえ、世の中の後輩ってこんなにふてぶてしいものだったっけ?
「おはようございます」
というメッセージを朝一番から見て頭痛がしてきた。
お時間を取ると言っても普通学校でとかでしょう。
ベッドの上にいるうちから俺の時間を奪ってくるとはさすがに予想外だったわ。
「おはよう」
と簡素に返し、とりあえずベッドから起き上がる。
部屋を出ようとしたところでアプリの方から音が鳴った。
……ああ、またしても。
無視すると今日の学校で何が起こるかわからないので大人しくスマホを手に取った。
「何の用だ」
『やだなー先輩、用がないならお話しちゃいけないんですかー?』
ところでさっきのメッセージを送った相手と今通話中の相手が誰か言ってなかったね。
両方とも奄美葵っていう俺の後輩だよ。昨日一緒に出掛けた相手の妹だよ。
「校内の休み時間で雑談に付き合うのはいい。だが朝っぱらはさすがにな」
『それは……すみません。次からは自重します』
諭すような口調で臨んだところ、葵からは素直に詫びてきた。
「わかったらこれ以降俺に一切話し掛けないように」
『それとこれとは話が別ですよ先輩』
あ、電話の向こう側からそこはかとない圧力が。
ここはさっさと本題に写ろう。
「で、一体どうしたんだ」
『……昨日、姉と一緒に遊びに行きましたよね』
「ああ」
『私とも同じ感じで遊びに行きません?』
「何?」
『夏休み、先輩が金欠ってことであんまりデートの練習できなかったじゃないですか』
「それは仕方ないだろ」
仮に俺がデート練習とやらをやる気になったとしてもない袖は振れん。
『なら私の方も月に一回ぐらいのペースでデートするのはどうですか?』
「……なぜ?」
『今説明したでしょ。夏休みあんまりデートできなかった埋め合わせです』
いや俺が悪いみたいに言われても。
あとさっきからデートの練習を「デート」って略すのはどうなんだ。「練習」でもいいだろ。
『私からいい場所を見繕っておきますのでよろしくお願いします』
「俺は承知してないが」
『大丈夫です。私の方で勝手に進めておきますんで』
何が大丈夫なのか。
『では先輩、今日も学校で』
通話が切れた。
……俺は今こんな話の通じない奴と一緒の学校に行かなきゃいけないのか。
見た目はすごい美少女って噂だけど誰か代わりに相手になってやってくれない?