凪の気分を ~先輩の妹が何だかしつこい上に周りの女子もおかしくなってきたような~   作:冴木甲士

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第144話 時間次第

 遊園地を出た俺達は、近くのレストランへ足を運んだ。

 今回は、鰻屋だった。

 いかにも昔から続いているかのような老舗らしい雰囲気のお店で、年配の方が多めだった。

 

 店に着いて注文を済ませ、奄美先輩と会話することしばらく。

「お待たせしました」

 厳かな黒い方形の箱に敷き詰められた、しかし鰻の身だけは見事にはみ出した鰻重が運ばれてきて、思わず瞠目した。

「フフ、豪勢よね」

 奄美先輩が俺の様子を見てそう言う。先輩らしい余裕の笑みが、先輩の財力を暗に示していた。

 

 この人、競馬予想だけで飯を食っていけるんじゃなかろうか。

 奄美先輩が将来そのつもりがあるのかは知らないが、奄美先輩の予想を頼りに馬券を買っているという父親から一割の上がりを受け取ってこの余裕っぷりなら、わざわざカタギの仕事に就かなくても充分な気がする。

 何なら億万長者も狙える勢いだと思う。

 

 さらには奄美先輩自身の容姿も充分に整っていることも利点として活かせる。

 一般人による動画配信がすっかり普及したこのご時世、公営ギャンブルの予想を専門に行うチャンネルも多いと聞いたことがある。

 そこに奄美先輩が素顔を見せて競馬予想の配信を始めれば、その実力と容姿で瞬く間に話題をかっさらうと思う。

 うまく行けばみずから馬券を購入するリスクを負わずともそこそこの収益が期待できそうだ。

 メディアに露出するリスクは当然あるだろうが、奄美先輩さえその気になれば競馬予想の方面で成功できる道は広がっているように思えるのが改めて凄まじい。

 

「あら、食べないの? 鰻は苦手だったかしら?」

 おっと、つい奄美先輩の将来を想像して体が止まっていた。

「いえ、改めて先輩の裕福さに恐れ入った次第です」

「それほどでもないわ」

 奄美先輩が口元を押さえて笑いを隠す。本日の大人びた格好も合わせて、とても様になっていた。

 

 

 食事が済み、俺達は店を出た。

「奄美先輩、ごちそうさまでした」

 ペコリと一礼。

「別にいいのよ。なかなかおいしかったわね」

「ええ、本当に」

 あんな鰻を頂けたのは人生で初めてだった。貴重な体験でした。

「では、行きましょうか」

「はい」

 奄美先輩と横に並び、帰りの電車が通る駅へと歩き始めた。

「今日は久々に羽を伸ばした気分だわ」

「先輩鳥だったんですか」

「そういうお約束な返しはいいから」

 すみません。こう言ってほしくてそんな表現したのかと思ってました。

「このところずっと机と向かい合って参考書や問題集と格闘してる日々だったから」

「はあ」

 

 ふと、奄美先輩の目の辺りを確認する。

 特に隈などは見られずいつものように凛とした、(見た目だけなら)頼もしい先輩を体現した様子だった。

 少なくとも受験の疲れを窺えるような姿には、見えなかった。

 無論、奄美先輩の本心などわからない。

 実際には積もり積もった受験勉強のストレスで切羽詰まった心境なのかもしれない。

 あるいは本当に見た目通りの、受験勉強なんて屁でもない元気な状態なのかもしれない。

 しかし、前者だったとしたら。

 世間体、特に後輩である俺の前ではいろいろと気丈にしているが本当は勉強も何もほっぽり出して自由に生活したいのだとしたら。

 皆やってることだからと自制して世間一般の受験生と同様に勉強に励むも、その苦労からの解放を渇望している状態だとしたら。

 

 そこまで考えて、途中で止めた。

 奄美先輩が受験でどれだけ苦労しようと、俺が先輩から積極的にできることは何もない。

 奄美先輩の感情が爆発しそうになったとしても、それは彼女の責任でどうにかすべき問題だろう。

 こちらに妙なとばっちりが来ないのを願うばかりだ。特にどこぞの悪魔じみたクラスメイトの真似事をされるのは絶対に勘弁である。

 

 

 雑談も交わしつつ駅への道を通るなか、

「黒山君」

 急に奄美先輩が態度を改めた。

「はい」

 後輩の俺も当然それに(なら)う。

 

「ちょっとだけでもいいの。食事だけじゃなくて、今日みたいな気分転換に付き合ってくれないかしら」

 

 やけに真剣な表情を見て、何となく奄美先輩の受験における苦労を連想した。

「……自分にもスケジュールとかはありますから」

「……そうよね」

 奄美先輩の顔に、彼女の脱力が感じられた。

 

「だから、時間次第でよければ」

 

 ここで、さっきの懸念が頭をもたげた。

 正直に言うと、気分転換なら他の人を当たってほしい。

 しかし、奄美先輩がそれに失敗して、ストレスを抱え込みまくる状況になったら、妙な形で爆発するかもしれない。

 奄美先輩に限ってまさか、と思うが今日こうして半ば強引に遊園地へ連れてこられたことだって彼女の心境に何かしらの変化を示すシグナルとも取れる。

 少なくとも今まで俺が見てきた奄美先輩に、そんなことをするイメージが湧かなかったから。

 結局、奄美先輩のストレスもコントロールする手伝いは必要になりそうだと、俺は判断した。

 

「え……いいの?」

「今日みたいに多くの時間が取れるかは厳しいですが」

「構わない。……ありがとね、黒山君」

 お礼を言う目の前の先輩を見て、つくづく面倒な人だと思った。

 




主人公も大概面倒な性格だと思う

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