凪の気分を ~先輩の妹が何だかしつこい上に周りの女子もおかしくなってきたような~ 作:冴木甲士
奄美姉妹と文化祭を回ることになった。
それは仕方ない。
仕方ないのだが、しかし1点だけ解決したいことがあった。
「奄美先輩、葵」
「どうしたの?」
「何ですか?」
「自分の手を引っ張らなくても、勝手にどっか行ったりしませんよ」
姉妹がさっきから俺を掴んだ手を離さず、この人の多い通りを堂々歩いているのだ。
姉妹の片方どっちかが、ではない。どっちも手を離さなかった。
御陰様で周りの人々は一瞬こちらに目を向けるのが実に多い。
「本当ですか?」
葵が俺の顔を睨みつつ確認してくる。手は未だに俺の手首を強く握っている。そうやってると目立つんだよ。
「葵の言葉じゃないけど、噓じゃないのね?」
奄美先輩は睨んでるわけじゃないが、やっぱり俺を掴む手を緩める気配が見られない。だから目立つんですって。
「自分が嘘吐いたことありますか?」
「割とまあ」
「……結構そんなことあった気がするのだけれど」
ダメだ。ベタな台詞で説得しようとしてもこれまたベタな返しをされてしまった。というかよくそんな噓吐きと関わろうという気になりますね。自分なら絶対ムリ。
「でもまあ、確かにこのまま回り続けるわけにもいかないわよね」
と奄美先輩の方は先に手をほどいてくれた。さすが先輩、そういうとこ尊敬します!
「それじゃ私が万一に備えて先輩を捕まえておきますね」
一方、その妹さんはそんなことをぬかして俺の手首をがっちりと掴んだまま。おい。
「葵」
しかしそこを奄美先輩が一喝。
「もう、しょうがないですね」
奄美先輩から目を逸らし、俺に対して折れた体を繕いながら葵は俺を解放した。つくづく姉に逆らえないのね、この妹さん。少しは姉ともバチバチにやり合ってる岸妹こと深央を見習ってはどうか。あっちは双子だけど。
さて、この姉妹とどこを見て回るか決めることになった。
「先輩、ここへ行ってみたいんですけど」
「何だ?」
と葵が手に持った栞に対して二年八組の出し物を指差した。
「ありのままの教室」
というタイトルであり、俺や女子四人は全員スルーした出し物だ。
「学校の教室をあえて普段のまま何も手を加えずに残しました! ちょっとした休憩所に使ったり、学校を舞台にしたドラマの撮影にも使えます! スタッフは誰もいないので誰でも自由に使えます! 来ても来なくてもOKです!」
理由は、内容欄にこう書いてあったからだった。
「……なぜここに行きたいと思ったんだ?」
それ以前に何でこんな出し物(?)が通ったんだ。自由を重んじる校風とは思ってたけど本来働くべき生徒達が全員自分の自由を最優先にするスタンスは将来社会に出る人材としてどうなんだ。何で俺が社会の将来を心配せにゃならんのだ。
「ある意味思い出になりそうだからです」
言い切った。
「こんなバカな出し物見逃したら多分二度と見られないと思うんです」
「一生見られなくても問題ないと思うがな」
それに去年も同レベルのバカな出し物があったぞ。この学校なら毎年1~2クラスは出してくれそうな気がするんだが。あと少しぐらいオブラートに包もうよ。
「私はどっちでもいいわ」
奄美先輩、興味ないですね。そりゃそうでしょうけど。
「まあ、俺もどっちでもいいわ」
考えてみたらいい具合に時間潰せるかもしれないし。
「じゃ、行ってみましょうか」
ということで行ってみた。
出し物となっているはずの二年八組の教室の入口へ着く。
栞の案内の通り受付すらおらず、がらんどうになった教室の扉がどうぞ御自由にとばかりにオープンになっていた。何なら出し物のタイトルすらどこにも貼られてねえ。
「ここで合ってますよね」
「ああ」
これ八組の奴らめちゃくちゃ楽だったろうな。準備も当日の作業も何も要らないんだもの。せいぜい他人にいじられたら困る私物をどっかに退避するぐらいだもの。
「文化祭ナメてるような作りですね」
「そもそも何も作られてねえよ」
「……」
奄美先輩、無言ということはフォローする言葉も思い浮かばなかったんですね。批判を全く発しないのはお優しいことで。
「まあ、とりあえず休みましょーか」
俺達以外に客がいないのをいいことに葵がどっか適当な席へ腰掛けた。
「ほら、先輩も」
と俺の隣の席の机を叩く。
「ん」
俺は葵の2つ隣の席に座った。
「ちょっと先輩」
「何だ」
「私の隣に座るって約束だったでしょ」
「そんな約束してない」
今更だけど虚言癖ひどくない? この後輩。
「席なんてどこでもいいでしょ」
奄美先輩は俺と葵に空いた席へ座る。
「あ」
「何、私の隣が嫌なの?」
「いや別に」
葵さんだんまり。やっぱり奄美先輩いると葵が大人しいなあ。さっき葵に便乗して置いていこうとしてすみませんでした。
「あ、そうだ胡星先輩」
「どうした?」
奄美先輩を挟んでるのも構わず葵が俺に話し掛ける。血の分けた姉妹だからできるんだろうけどそうでないただの先輩だったらなかなかいい度胸な行為だと思う。
「クリスマスイブの日に、どっか行きたいとこあります?」
え、ここでそんな話すんの? 突拍子なさすぎない?
「……クリスマスイブ?」
ほら奄美先輩が話に付いていけてないじゃん。
「お姉ちゃんには話したでしょ。誕生日プレゼントでその日のお出掛けに胡星先輩が付き合ってくれるって」
話してたのかよ。
「……ああ、それ本当だったのね」
で、奄美先輩は冗談の類に受け取っていたと。
「いやそんな嘘付いてもしょうがないし」
「まあ、そうだけどね」
奄美先輩が頬杖を突く。
その姿を見て、かつて奄美先輩と俺が空き教室で作戦会議していた日々を思い出した。
いつも先輩がしている格好だったから。
「そんないきなり言われても、特に行きたい場所とか思い浮かばないぞ」
「そうですか」
葵は座っている椅子を後ろに傾け、俺から見て奄美先輩の背中の横から顔をひょこっと出した。
「当日までに考えといてくださいね」
「いや行き先はお前の希望に合わせるわ」
そもそもお前へのプレゼントとしての行動なんだし。
「……そんな先の話より今日の文化祭のこと楽しまない?」
話に乗れない(というか乗れるはずない)奄美先輩から御注意が。
「そうですね」
「ん」
葵は悪びれもせず、ガタンと音を立てて傾けた椅子を戻した。