凪の気分を ~先輩の妹が何だかしつこい上に周りの女子もおかしくなってきたような~ 作:冴木甲士
「あー、うん……」
俺の質問を受け、春野はますます口ごもった。
春野との打ち上げにうんと言った以上俺もここで今すぐ帰るつもりはない。
しかし、春野がわざわざこうしてきたからには何か重大な用事があることぐらい予想できる。
先にそれを片付けてからでないと、どうにも落ち着かなかった。
「ま、まずは乾杯しない?」
しかし春野はまだ本題に入りたがらないようだ。
運ばれてきたばかりのジュースの入ったコップを持ち、向かいにいる俺の顔の高さまで掲げてきた。
「……わかった。それじゃ」
俺も春野と同じポーズでコップを持ち上げ、「乾杯」という声とともに軽く春野のコップに当てた。カランと、どこか透き通った高い音が鳴った。
互いに一口ジュースを流し込んだ後、春野がようやく俺の質問に答えた。
「ちょっと、他の友達が見てないところで頼みたいことがあって」
「ああ」
春野が一拍置いた。
「クリスマスに、二人でお出掛けできないかな?」
そして、思いもかけない願い事をしてきた。
「……これはまた唐突な話だな」
「あ、うん。そうだよね。皐月と話し合ったんだけど、最近私が男の子と話すのにも慣れてきたんじゃないか、て言われてさ」
ほう、そうだったのか。春野が俺以外の男と話すシーンなど見たことないから俺にはわからないが、喜ばしいことだ。
「で、それって黒山君と何度か遊びに行ったことが、効果出てるんじゃないかって」
「どうだろうな」
確かに(名目上は)その目的で始まったことだが、本当にそれだけが春野の男性恐怖症が良化した理由とは言い切れないいんじゃないか。
「それならもっと踏み込んだ……例えば恋人とするような行動を取れば、私も男の子のことがもっと平気になるんじゃないかって皐月と話したんだ」
だから、こんなのは話が飛躍してるとしか思えないわけで。
「いや、無理ないかそれ」
「う、うーん……私もそれで確実に効果出るかはわからないけど」
当の春野自身があやふやな見解になっている。何だこれ。
「まあでも、もし黒山君がよかったら、やるだけやってみようってことになってさ」
ここで春野が、
「それとも黒山君って実はもう恋人が……いたりする?」
俺の交際関係を確認してきた。
ベタなことこの上ない話だが、世のカップルなら約束を取り付けるまでもなくクリスマスは恋人と二人きりで過ごすのが定石だもんな。
仮に俺に恋人がいたなら春野の提案は大層よろしくない事態を招くことになるだろうな。
まあ、恋人いるなら今こうして春野と二人きりでいること自体が既にマズいと思うが。
「いや、別に」
「そっか! なら、改めてお願いしたいんだけど……難しい?」
拳を口元に寄せながら上目遣い、なんてあざといマネはしてこなかった。
だけど持ち前の美貌に憂えを少し露わにし、緊張した表情で返事を待つ春野はいかにも男子の快諾を誘うような雰囲気を発していた。王子とか一も二もなく飛びつきそう。
さて、クリスマスの外出か。
春野にそう頼まれたときからずっと頭に浮かべていた懸念があるので、まずはそれを正直に話すとするか。
「葵とちょうど同じことを頼まれてんだよな」
まさか春野も頼んでくるなんて思いもしなかったが。
「え……葵ちゃんと?」
「ああ」
「葵ちゃんと付き合ってるわけじゃないんだよね?」
「そうだな」
「なら何で?」
異様に食い下がる春野を疑問に思いつつ、説明していく。
「さあな。大方男避けの一環だろうさ」
本人の性格からしてそれ以外考えられない。
「黒山君は、それを引き受けたの?」
春野が念を押す。
「いや、考える時間をくれって言っておいた」
葵の誕生日にわざわざ言われたことであり、強く拒否すると怖い目に遭いそうなのでそう言って保留にした。
もちろんポーズだけで最終的には「やっぱなし」と断るつもりだ。
しかし、春野まで同じ願いをしてくるとは。
「考える時間、か……それなら私のも考えてくれるのかな」
春野がストローに再び口を付けた後、コップを置く。
その動作がどこかぎこちなく、ジュースはほとんど減っていなかった。
「即答しなくていいのなら、そうさせてくれ」
かくしてクリスマスの予定候補が1つ増えることになった。まだ1か月も先なのに。