凪の気分を ~先輩の妹が何だかしつこい上に周りの女子もおかしくなってきたような~ 作:冴木甲士
安達の誕生日の翌日のこと。
「ここ、すごく落ち着いてるね」
「そうだな」
俺は春野と神社に来ていた。
住宅地から離れた、周辺を田畑に囲まれた林の中にポツンと佇んだ場所に建っており、人の気配がほとんどしなかった。
今の時期は田畑もすっかり草やら土やらで黄色くなっており、コントラストを利かせるように厳かな木々の深い緑が神社の領域を描いていた。
本日ここに来たのは、以前より春野と約束していた「静かな場所」を探すという目的のためだ。
最初は公園や図書館なども候補に入ったが、この神社なら人が基本的に立ち寄らず、一番趣旨に合ってるという結論になり、ここへやって来たというわけである。
「こういう寺社へは来たりするのか?」
「うーん、いや……そんなには。黒山君は?」
「たまに来るな」
「そうなんだ……知らなかった」
「人の目も気にしなくていいから春や秋とか気温が極端じゃない時期に来るとちょうど落ち着くんだよ、こういう場所は」
そう言えば女子四人にも一年勢にも話してなかったっけな。
「うん……私も、たまに来たくなるかも」
どうやら春野の趣味にも合ってるらしい。
人の気配の感じない境内をゆっくりと歩く春野。
その姿が神聖な場所に降り立った神を連想させるぐらいには、美しさを際立たせていた。
「そんで思い出したがお前、こういう暗い森や林の中は苦手じゃなかったか?」
去年の体力テストにおいて春野が巻き込まれた暴行事件。
その舞台が鬱蒼とした林の中だったゆえに、春野はそういう場所がトラウマになっていた。
「今でも、一人だとダメだよ。だけど不思議なことに、今はそうでもなくなってる」
春野は、俺と付かず離れずの距離を取って、歩いていた。
「黒山君が、いるからかな」
春野がおもむろに、後ろに手を組んだ。
「何かムリしてるんじゃないのか?」
神社に行こうと決めて今まですっかり忘却していたが、春野からも特に反論は出なかった。
候補に出したのは俺の方だから俺に配慮したんじゃないかと思ったが、
「違う。むしろ、黒山君と一緒のときはこっちも楽しくいられる」
と真っ向から否定した。
「ところでさ、昨日ミユちゃんの誕生日だったよね」
「ああ」
今日はまだ全く触れてなかった件が、春野から持ち込まれた。
「どうだった?」
いやどうだった、と言われてもな。質問が抽象的過ぎてどう答えていいのやら。
「まあ、去年と同じ雰囲気だったんじゃないか」
「そうなんだ」
「……やっぱり来たかったのか?」
「うん」
春野が、明言する。
「でもしょうがないよ。プレゼント選びにも呼ばれなかったし。マユちゃんのいないところでお祝い、なんてしたらまたおかしなことになっちゃう」
春野の述懐が、続く。
「そもそも、今のミユちゃんが私達にそうしてもらいたくないかもしれないし」
春野も春野で、非が自分達にあるというのは認識しているのだろう。
社殿のすぐ前に辿り着いたところで、立ち止まった。
大昔からそこにあるように古めかしいものだった。
「後悔しているか?」
何を、なんてことは春野にもわかり切っているはずだ。
「とっても。ただ、皐月の前だとそんなこと言えない、かな」
春野が先程くぐった鳥居の方へ、踵を返した。
境内を囲む林の上を、数羽の鳥が大きな声で鳴いていた。
そのまた翌日のこと。
「やー、今日はよろしく」
「おう」
今度は日高と、とある街に繰り出していた。
目的は、日高が好きだという限定グッズ。
人手が必要になるかもと以前頼まれ引き受けた約束を、果たしに来た次第だ。
「じゃー行きますか。知り合いに見つからないよう気を付けよ」
「おう。と言っても、変装らしい変装もしてないんだが」
「まーね」
「今からでも変装用の道具買うか? 目がマンガのキャラみたいになる眼鏡とか」
「めちゃくちゃ目立つよ。しかも目しか隠せないし」
「髪は武士がよくやる感じのスタイルにして」
「目立つどころか周りの人達に写真撮りまくられるよ」
「そこに目出し帽被れば完璧だな」
「目出し帽だけでいいじゃん。いや実際やるにはよくないけど」
議論の結果、変装は特にしないことになった。
余談ながら、前日に神社の静寂を味わったせいか周りの町がいつも以上に騒がしく感じられた。
限定グッズを一式買って、喫茶店で昼食を取ることに。
「お疲れー! いやありがとね、付き合ってくれて」
「まあな」
カン、と互いのコップを鳴らして乾杯に移る。
「それはそれとして、何か聞きたいことがあるんじゃないのか」
春野といい日高といい、本来優先したいことが別にあるだろうになかなか入ろうとしないのが似ているな。
「……じゃあ遠慮なく」
と前置きして日高が聞く。
「ミユの誕生日、リンも私も呼ばれなかったけど、普通に開催したんだよね?」
「そうだな。参加者は俺・加賀……」
「あー説明は大丈夫。想像付くから」
日高が俺の説明に手で止めるポーズを取った。
「ホント、何であんなしょうもないドジ踏んじゃったんだろ。自分でもよくわかんないや」
「唐突にあんなことバラすもんだから俺も春野もフォローできなかったな」
「そうだよね。ゴメン、巻き込んじゃって」
「俺は別に。それより春野の方が気の毒なんじゃないか」
「凜華にはとっくに謝ったよ。『気にしないで』って気を遣われちゃったけど」
日高が、半分ほど飲んだジュースをストローでかき混ぜる。飲む際にもただの水を口に流し込んでいるような、味気ない雰囲気があった。
「責任を私一人で被れればよかったんだけどねー。でももう手遅れか」
「やっぱ後悔してるんだな」
「当たり前じゃん」
俺の確認に日高は間髪入れず答えた。
……春野も、日高も、後悔するぐらいなら何でこんなことをやっちまったんだか。