凪の気分を ~先輩の妹が何だかしつこい上に周りの女子もおかしくなってきたような~ 作:冴木甲士
クリスマスも1週間前になると、いつもの街並みも少し変化する。
駅前には虹色に輝く
店の方も赤と緑と白で店内を装飾し、特別セールをやるかケーキやフライドチキンなどを売りに商戦を繰り広げている。
そうしてやって来た、クリスマスイブの日。
どこもかしこも浮かれるなか、俺は待ち人を迎えていた。
「お待たせしました」
葵の格好は、気のせいでなければ周りの人の注目を集めるものだった。
頭に玉の付いたグレーのニット帽をその小さな頭が半分隠れるぐらいに被り、長いブーツをしっかりと履いた細い脚はタイツを着けずじかに外へ晒している。
服はというとベージュに白を少しだけ混ぜたような色であり、前4つのボタンで閉じて腰の辺りを紐で結んだ、ワンピースとコートを合体したようなものを身に着けていた。丈がそれほど長くないため、ミニスカートのように足が腿の方まで見えている。
大胆ながらもどこか上品に映る服装が、元々ハッとするレベルの美少女である葵の容姿をなおのこと際立たせていた。
「おう。それじゃ行くか」
「相変わらずファッションとかには何も言わないんですね」
「ああ、似合う似合う」
「相変わらず褒め方が無機質ですね」
「ああ、帰りたい」
「どさくさ紛れに自分の希望を言うのやめてください。そういうときだけ感情がこもってるのムカつきます」
少し話した後、さっそく街の方へ繰り出すことになった。
着いた場所は、野沢公園。
木々やベンチの据えられた広い敷地を堂々と回れるほどに人が少なく、街の方の賑わいとあまり関係がない雰囲気となっていた。
「何かカップルっぽいのがちょいちょいいるな」
「今日という日に静かな空間を味わいたい人もそれなりにいるんでしょうね」
ひとまず喧噪を離れ、冷え冷えとしつつも澄んだ青い空と湖を見るのはいいんじゃないかとやって来た場所だったが、なかなかどうして男女のカップルが2~3組ほどいた。
「この調子じゃ風車の方も……やっぱな」
この公園の名物である風車の中段を見ると、案の定数組の男女がいた。
どいつもこいつも湖の遠くをうっとりと眺めており、自分達の世界に浸っているのが遠目からでも瞭然だった。
「どうする? 一応行くか?」
「せっかくですし行きましょう」
ということで風車の中段へ続く階段を上り、湖がよく見えるスポットまで移動した。
「綺麗ですね……」
いつか見に行った、風車からの湖の光景が目の前に再び広がった。
前回とは特に代わり映えもせずに悠々と広がる海のような姿が、厳しい寒さをものともしていないように感じられた。
「前、姉と見に行ったんですよね? ここを」
唐突に葵が、そんなことを聞いてきた。
「そうだな」
「キスとかしたんですか?」
「すると思うか?」
「ですよね」
しょうもないからかいも気に留めず、久しぶりにも感じる光景を、ただ何となく眺めた。
「お前もここには来たことないのか? それこそ奄美先輩といった家族とか」
「まあ、1~2度は」
「この風車もか?」
「来たかもしれないですけど、あんま記憶にないですね」
横を振り向くと葵が湖のある方に顔を向けているのが確認できた。
俺の視界からは、奇跡というぐらいに整った形の横顔が、洋風の風車と水色の空や湖を背景として中心に見えていた。
写真に収めてネットにでも公開すれば大反響は間違いなしという光景だった。
ホント、黙ってれば文句なしの美少女だな、コイツは。
「……先輩?」
俺の視線に気付いた葵が不審に思った。
「そろそろ行こうか声掛けようと思ったが、お前が風景に夢中になってたみたいで飽きるのを待ってた」
とりあえずこんな言い訳を思いついた。
「……フフ、そうですか」
葵の笑いをよそに風車の階段へ行こうとしたとき、びゅうと冷たい風が吹いた。
公園を出た後は、街中を散策した。
特に買い物しようと決めたわけではなく、目ぼしい店を見つけたら気ままに入って過ごそうという程度のちょっとしたぶらり旅だった。
「うーん、思ったより行きたい場所ないですね」
「もう冬だからな」
「いや関係ないと思いますけど。適当に返すのやめてくれません?」
相変わらず、俺が先輩ということを忘れたように容赦のない後輩。
そんな後輩を連れ立ってブラブラと歩く。
「先輩はどっか行きたい場所あるんですか?」
「家以外にないだろそりゃ」
「聞いた私がバカでした」
言うまでもなく俺の希望が却下されたが、葵は未だ行き先が決まらず少し焦った。
「別にムリして行き先決めようとせんでも」
「うーん……でもそれだと特別なこともなく終わっちゃうというか」
「特別じゃなきゃダメなのか?」
「できれば、特別なのがいいです」
そうかい。
「なら好きなだけ悩んでくれ」
「先輩も考えてほしいです」
「いや俺の希望は伝えたばかりだが」
「それ以外で」
むくれた表情が葵の顔つきを少し歪ませる。しかし不思議なことに、それが葵の美貌を損なうことなくむしろ人間臭さを引き立たせてより魅力的に映った……のかもしれない。
というのも、さっきから葵を見る周囲の視線が多い気がするのである。
「わかったわかった。ちょっと考える」
これ以上の悪目立ちも得策でないと、俺も少しは考えることにした。
そして考えた結果が、この場所。
「……先輩、こういう場所好きなんですか?」
「嫌いじゃない」
俺達はショッピングモールの屋上に来ていた。
いつも来ているショッピングセンターとはまた別の、3階建ての横に広いモール。
屋上は巨大な駐車場として設えており、今日が今日だけにひしめくような台数の車が停まっていた。
屋上は背の高いフェンスが張られており、そこから辺り一帯の地域が見下ろせた。
さっきの湖からは離れた場所にあるためそこまでは見えないが、車が次々に速く通り過ぎていく高速道路や、草や葉が枯れてすっかり黄色くなった平原と、自然と人工のコラボレーションした風景が一望できた。
「うう、さっきの湖より寒いですね」
「そうか? ……さっきより風が出てるな」
これが夏なら最高の風だろうが、今は名実ともに真冬。
葵も自分の体を両腕でさすってとにかく暖を取ろうとした。
「お気に召さなければ移動するが」
「いやいいです。……思ったより人いないですしね、ここ」
車を停めた客達はさっさと店内へ進むか、逆に店から車へ戻りとっとと駐車場を出ていく。
俺らみたいにわざわざ屋上に留まって風景を楽しむのは特に見当たらなかった。
「でもよかったです。こういう場所に来るのも悪くないってわかりました」
葵が、駐車場の端に設けられたフェンスに手を掛ける。
平原の方を眺めながら何やら悟ったようなことを言った。
「そうか。金も掛からんし、いいことだな」
「別にそういう意味じゃないですけどね」
ここで、遠くを見ていた葵がいきなり俺の方に体を向けた。
「ねえ、胡星先輩。聞きたいことがあるんです」
「何だ?」
葵が外の冷たい空気をすうっと大きく吸い込んだ後、はっきりと口にした。
「私の偽彼氏じゃなく、本物の彼氏になる気は、ありませんか?」