凪の気分を   作:冴木甲士

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第187話 葵

 葵が九陽高校に入学して間もなくのこと。

「アンタ、どうしてそこまで黒山君にこだわるの?」

 姉である雛が、葵に質問した。

 

 黒山については会う前から雛に散々聞かされたことで、どういう性格の人間なのか大体把握していた。

 しかし葵からすれば特にこだわってると意識したことがなかった。

 雛から改めて指摘されたことで、自分が黒山に対してそこまで執着してるように見えるのか、とある意味新鮮な心持ちもした。

 黒山に関する記憶を振り返りつつ、葵は語り出した。

 

「こだわるってわけでもないんだけどね。あえて言うなら不思議な人って感じがしたからかな」

「不思議?」

 雛にとっては想像外の答えだった。

 黒山について変わり者とは思っていたが、不思議というのはあんまりイメージしたことがなかった。

 

「あの人さー、去年のこの学校の文化祭で一目見たことがあったんだ」

「え、そうなの?」

 初耳の情報で雛は思わず聞き返してしまう。

「そのときあの人の存在感がね、何だかすっごく希薄に感じたんだ。意識して見ないとあっという間にどこかへ消えていっちゃうような、そんな幻を見てるような感覚。そんな人、初めて見たから今でもハッキリと覚えてる」

 

 葵は歩く方をまっすぐ向いたまま説明を続ける。

 葵の言うことはわからないわけではない。

 雛が最初に黒山と会ったとき、いつの間にそこにいたのかという気分がまずあった。

 交流を持つようになってからはそうでもなくなったが、通常の生き物とは大きく異なる存在感の薄さが彼の第一印象にあった。

 

「だからちょっとだけ、あの人と関わってみたら面白いんじゃないかなーって思った」

 

 それが、当時の黒山に対する葵の感情の全てだった。

 

 

 あれから半年以上が経った。

 葵にとっては他愛のない、普段思い出すこともないような雑談の一つ。

 それが今は、ついさっき起こったかのごとく鮮明に脳裏に蘇っていた。

 

 自分が黒山に「本物の彼氏」となってほしいと思うようになったのは、いつからだろうか。

 関わってみたら面白い、というだけではなくなったのは、いつからだったか。

 

 気が付いたときにはもう黒山以外の男子と遊ぶ自分の姿が、想像できなくなっていた。

 黒山以上に面白く一緒に過ごせる男がいるなんて、思えなくなった。

 そして今日という特別な日に、その想いを黒山にぶつけることにした。

 

 告白。

 自分が今言ったことは、世間からは告白に見えることだろう。

 葵としてはそこまで大袈裟なことを言った気はしなかった。

 

 好きという言葉は、使わなかった。

 愛や恋という言葉は、もっと使う気にならなかった。

 

 自分の気持ちをそう言い表すのには、なぜだかしっくり来なかったのだ。

 

 傲慢かもしれないけれど、自分の抱えるこの感情をそんな一般的な言葉で易々と形容されたくはなかった。

 

 

 体が、今、とても熱い。

 黒山へ言い切ってからすぐに、目と、顔と、胸と、この体全てが火に掛けられているようになった。

 

 自分が今言ったことを

「冗談です。ビックリしましたか?」

 と取り下げれば身を焦がすような熱も、身を縛るような緊張も、全て霧のように消えるのだろうか。

 

 でも、取り下げるつもりは一切ない。

 嘘としてごまかすなんて、絶対にやりたくない。

 後はもう、答えを待つだけだ。

 

 葵は黒山の返事を、赤く熱した身で待ち構えていた。

 

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