凪の気分を ~先輩の妹が何だかしつこい上に周りの女子もおかしくなってきたような~ 作:冴木甲士
目が、覚めた。
いつもより少し早くに冴えてしまい、まだ眠気の残る目を少しこすり、カーテンを開ける。
窓から景色を覗くと雲が一切見当たらない快晴であり、青々とした空が少しでも寒い野外を暖めているように思われた。
今日のクリスマスを楽しみにしている奴らからすれば、最高の外出日和だった。
葵の告白から、一日が経った。
といっても奴を袖にした俺にとって何か事態が変わったわけではない。
今日もいつも通り起床して、いつも通り朝食を取り、いつも通り着替える。
それだけだ。
一つ違うとしたら、今日は春野と二人で出掛ける用事が入ってることだ。
それとて既に何度かは経験のあることであり、わたわたするような事態でもなかった。
しかし、昨日の出来事については完全に払拭できたわけでもなかった。
葵から、いや、人から恋愛感情を持たれるという事実が、かつてないほどの衝撃となって俺の腹の中に未だジンジンと響いていた。
何せ、相手が俺自身だったから。
外見にも中身にも、魅力らしい魅力など何もない自分のことを好きだった女子がいること。
現実にはあり得ない事象が、摂理を超越してこの世界に顕現したのを目の当たりにしたような感覚だった。
そのぐらい想定し得ない事態に見舞われても、混乱しなかった自分をほめてやりたい。
あのとき何とかすべき返事はこなすも、しかしそれ以外のことが一向に頭に入ってこなかった。
葵から告白した後どうやって帰ったのか、その後家でどうやって過ごしていたか、それすらも今はあんまり記憶になかった。
俺でこんな調子なのだが、葵は一体今どうしているのだろうか。
外出に向けてスマホやら財布といった持ち物の準備をしつつ、昨日のことが頭を離れなかった。
太陽の光が全開であろうとも、やはりこの時期は厚着が欠かせない。
ちょっと前までは赤や黄に色づいていた樹木はすっかり葉を落としていて、見るからに寒々しい。
そんな道中を歩きながら集合場所へ向かうと、既に春野が待っていた。
「おう、待たせたか」
「うん大丈夫」
春野の装いが、これまた人目を惹くものだった。
上の方は毛糸で綺麗に編み込まれた白のセーター。
下は濃い茶色とグレーのチェック模様が細かいロングスカート。
そこにくるぶしがすっぽり隠れる程度の短い、黒く光るブーツ。
昨日の葵よりも大人びていて、可愛いというより美しいと形容する方がしっくり来る雰囲気だった。
それが毎度のことながら、道行く人達のチラチラとした視線を引き寄せていた。
「じゃ、さっさと行くか」
「あ、うん」
春野がすぐに俺の横に並ぶ。
楽しそうにしている春野を相手している間は、何となく昨日の葵のことを少し忘れられそうに感じた。
今日は特に、お目当ての店とかがあったわけじゃない。
商店街を適当に散策し、目に付いたところから寄って適当に遊ぶのがメインになっていた。
昨日の葵と同じ調子だが、今日はクリスマスだけに数々のお店で種々の催しをやっている。
だからこそ今日みたいな日は縁日の屋台みたくぶらぶら出歩くのがちょうどいいとも言えた。
現に商店街を漂っていると、さっそくお菓子を焼いたような香ばしい空気が俺と春野の鼻を抜けた。
「あ、クレープやってるんだって」
「ほう。食べたいのか」
「うーん、そうだね! ちょっと行ってみよーよ!」
春野の朗らかさが、冬の空気を少しだけ和らげている気がした。
春野とともに購入したクレープをかじっていると、
「ねえ黒山君、ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな?」
と春野が話しだした。
「ん、どうした」
「昨日、葵ちゃんと何か特別なことなかった?」
今話すには、なかなかに重い内容だった。