凪の気分を ~先輩の妹が何だかしつこい上に周りの女子もおかしくなってきたような~ 作:冴木甲士
修学旅行二日目。
俺は今、春野と日高の三人で
「うわー、いい眺め」
俗に清水の舞台と言われる本堂から見下ろした景色は、やはり壮大であった。
周囲は主に山に囲まれ、その山が葉の落ちた木々で埋め尽くされており、樹木の色に染まっていた。
山の向こうには平地が見え、建物が多く建っているところから人々の住む地域であることが一目瞭然となっていた。
「加賀見と一緒に来なくてよかった」
「え、何で?」
「アイツといたらちょっと飛び降りてみたら、とか言って
「いやマユちゃんがそんな非道なことするわけ……」
ない、と続けようとしたのであろう春野が言葉を止める。なぜ?
「……うん、ミユマユとは昨日の内でよかったんじゃない?」
日高は加賀見のことをちゃんと理解してくれている模様。
ちなみにその加賀見だが、今朝になって体調を崩したとのことだ。
体調不良といっても実態は筋肉痛であり、まともに動ける状態じゃないと先生方にも訴え、今日は一日安静となった。
安達は
「マユちゃん暇になりそうだから相手してあげるよ」
と看病の名目で加賀見と一緒に過ごすことになった。
俺にとっては京都を回る間にミユマユとかち合う心配がなくなるので幸運この上なかった。
そんな調子で、今日は割合快適に京都を観光することができた。
事態が変わったのは、三日目の朝だった。
二日目の前夜に春野から
「明日の朝6時ぐらいに、ここへ来て」
という地図画像付きのダイレクトメッセージをもらい、指定された場所へやって来ることになった。
そこは、宿泊先ホテルの隣にある林の辺り。
生徒はもちろん近辺の人達の目も入らないような場所だった。
二月のこの時間帯だとまだ結構暗く、わずかに朝の光がようやく出始めたぐらいの雰囲気だった。
「おはよう、黒山君」
俺がやって来たすぐ後ぐらいに、春野がやって来た。
「ごめんね。本当は昨日の内に話しておきたいことがあったんだけど、周りに人がいないような場所がなかなか見つからなくてさ」
「何だ? 内緒話か?」
「んー、まあ、そんなところ」
会話の内容は何となく悪戯の好きそうなやんちゃな子供に聞こえる。
しかし、当の春野はいつもの愛想笑いも控えめで、動きに緊張したような固さが垣間見えた。
「それじゃ、言うね」
春野は、やけに大仰な宣言をしてみせた。
春野は、これから自分がやろうとしていることに絡み、一つのことを思い返していた。
思えば黒山・春野の誕生日祝いの翌日から。
いや、もっと前から始まってたかもしれない。
その日、春野は日高にある頼み事をした。
「私は、黒山君と恋人として付き合いたい。付き合って、黒山君が私達から離れないようにしたい。皐月、協力してくれないかな?」
全ては、黒山と離れたくなかったから。
ややもすれば自分達と離れようとする彼を、引き留めたかったから。
「高校で終わりになんて、させないから」
頭をよぎるのは、誕生日に、黒山へ叩き付けるように発した宣言。
その宣言をするときも、だいぶ勇気が要った。
今から伝えることに要る勇気は、それの比ではなかった。
言おうとする口がドクドクと鳴る心臓に揺るがされ、うまく紡いでくれない。
しかし、その鼓動を飲み込み、春野は言葉を発した。
「黒山君。私と付き合ってくれませんか」
届いて。
届いてください。