そして英雄は愛を知る   作:カニ漁船

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架空馬の新作を最近見かけないので。なおディープインパクトではない。


誕生と悪意

 彼は、虐げられて生きていた。

 

「ッチ、相変わらず醜い馬だ」

 

 1981年にアメリカで誕生した彼。人間の声に反応し、馬房でのっそりと立ち上がる。

 彼の境遇は良いものとは言えないだろう。生後間もない頃から牧場長である男に嫌われ続け、事あるごとに口汚く罵られる。侮蔑の感情を込めた瞳で睨まれ、顔は怒りで歪んでいた。

 

「大金はたいてニジンスキーをつけたってのによ。まさかこんな駄馬が生まれるなんてな」

 

 お世辞にも良い馬体とは言えない。黒鹿毛の、みすぼらしい姿。脚もひょろ長く、華奢な見た目をしており、走るとはとても思えないほどの酷い見た目だった。体高があるわけでもない、身体に厚みがあるわけでもない。ただ華奢なだけの醜い馬。

 

「父と母父は立派だが、馬体はクソ。こんなのが走るわけねぇ」

 

 調教師が100人いれば100人が首を横に振るレベルの馬。それが、先程から彼に暴言を吐き続ける男──牧場長の彼に対する評価だった。

 

「本当に最悪だ。一日でも早く売っぱらいたいよ、こんなヤツ」

 

 ならば見に来なければよいのではないか?そう思わずにはいられないが……この男は、機嫌が悪いと決まってこの馬の下へと訪れていた。理由はただ1つ、自分よりも劣る存在を見て安心したいから。現に、先程の表情から一転してニタニタとした笑みを浮かべていた。見たもの全てが嫌悪の感情を抱かずにはいられない、見下すような視線。馬はその視線を一身に受けていた。加えて、ずっと浴びせ続けられる罵詈雑言。苛立ちばかりが募る。

 そして──我慢の限界とばかりに牧場長へ飛びかかる。

 

「ビヒヒィィィンッ!」

 

 だが。

 

「ハッ、馬房から出れねぇくせに、なにをムキになってんだか」

 

 馬房の扉によって阻まれる。馬はそれでも暴れ続けるが、馬房の扉は頑丈だ。蹴破ることなどできるはずもなく。それが分かっている牧場長は意に介さない。むしろ無駄な抵抗をしている馬を見て笑っていた。馬も無駄だと分かっているようだが、それでも暴れていた。

 周りの厩務員はそんな光景を極力目に入れないように働く。関わりたくない、近づきたくないという思いが透けて見えた。牧場長が口汚く罵る中、職員である2人の男が周りに聞こえないように会話をする。

 

「相変わらずだな、アイツ」

「本当だよ。ほぼ毎日飽きもせず足を運んで……よっぽどイラつくことでもあるのかね?」

「噂だと、経営が上手くいってねぇらしいぞ?俺らのクビも危ないかもな」

「マジかよ……ま、アイツの性格を考えりゃ仕方ねぇか」

「父親が急死して継いだはいいけど、当の本人は見栄っ張りの豚ときたもんだ。馬に対する扱いも露骨に変えるし、金を持ってるか持ってないかで態度変えるからな。そりゃ嫌われても仕方ねぇよ」

 

 どうやら、牧場長は職員からえらく嫌われているらしい。それも当たり前で、見た目の良い馬を優遇しそれ以外には目もくれない。馬主とのコミュニケーションもいかに金を持っているかで態度を変える。なにより、職員達へのあたりも強かったのだ。好かれる要素などどこにもないだろう。

 

「つっても、あの当歳馬へのあたりは強すぎだよなぁ。醜い駄馬っつーのは認めるけど」

「顔を覗かせては罵倒三昧。見ろよ、あの馬の目」

「めちゃくちゃ殺気籠ってんな……扉なけりゃ即蹴られてあの世行きだぞ」

「可愛そうだとは思うけど、そしたら矛先がこっちに向くからな~。ま、運が悪かったってことだな」

 

 虐げられている当歳馬は他の職員も敬遠するほどの容姿。可哀想という情はかけられるものの、助けようとは思われない。なんなら嘲笑の対象にする職員もいる。この牧場に勤める人間のほとんどは、彼の敵だった。

 

 

 

 

 

 

 父にニジンスキー、母父にサーアイヴァーの血を持つ牡馬。母は目立った活躍を残すことなく、怪我で引退したところを先代牧場長からの伝手によってアメリカに流れてきた。当歳馬ゆえに名前はない。

 彼の扱いは相当に悪い。母馬から早々に引き離されたことに始まり、彼を担当する職員からのあたりも強かった。

 

「おら、とっとと馬房から出ろ」

 

 いつものように無理矢理馬房から出され、放牧地まで引っ張られる。連れて行く、なんて生易しいものじゃない。

 

「チっ、さっさとこい!」

 

 無理矢理放牧地まで引っ張られる。少しの抵抗も許さない、馬の意思を無視して従わせるようなやり方。見ていて気持ちの良いものではない。ただ、反発すればその後のことはお察しだろう。彼は我慢してついていった。

 

 

 職員の手を離れて放牧地で過ごす彼。放牧は彼の心が唯一休まる時間だ。自分を虐げる人間もいない、口汚く罵るのもいない、侮蔑の視線も感じない。馬房のような狭い空間ではなく、広々とした場所で動くことができる。好きなように過ごせるこの時間が、彼は一番好きだった。

 

「……」

 

 彼は空を見上げる。何かあるわけじゃない、何もない空を見上げてボーっと過ごす。他の馬と馴れあわず、時折生えている草を食べながら。他の馬も彼に近づこうとしない。目線を合わせたと思えば、すぐに逸らす。まるで腫物を扱うように。ただ一頭、孤独に過ごしていた。

 草を食べて、たまに走って、また空を見上げる。これが彼のルーティーン。幼いながらもすでに確立しつつあった。

 

 

 時間が経てば馬房へ帰る時間がやってくる。

 

「おい、さっさと帰ってこい」

「……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、彼は大人しくしている。なのに。

 

「ケッ、テメェみたいなヤツに手間取りたくねぇんだよこっちはよ」

 

 悪態をつかれる。何もしてないのにだ。ただ見た目が良くないという理由だけで、彼は今日も担当職員に虐げられる。

 餌の時間はまだ普通。だが、時折彼の飼葉桶には虫が入っていることがある。偶然か、それともわざとか。

 

「ッ!」

 

 もっとも、彼は桶に異物が入っていることが分かるとすぐに飼葉桶から離れる。

 

「おい、どうしたんだ?さっさと食いやがれ」

 

 職員が促しても徹底して無視。訝しむ職員が飼葉桶を覗き込むとギョッとした。

 

「って、虫が入ってんじゃねぇか!?ったく、どこで紛れ込んだんだ……?」

 

 虫が入ってることに気づいたらすぐに餌を取り換える。餌が出てくると、彼も馬房の奥から顔をのぞかせた。

 

「ほれ、新しい餌だ」

 

 餌をかき分け、問題がないことが分かると食べ始める。どうやらかなり賢いようだ。

 餌の時間も終わり、天井を見上げて黄昏ている。どこか人間味を感じさせる仕草だ。

 

(……不幸もここまでくると呪いか何かだろ)

 

 ──まぁ、彼は元人間なのだが。

 

 

 

 

 

 

 この世に生まれ落ちた時に、転生したことに気づいた。というよりは、神様を名乗るクソッたれとの会話も覚えている。

 

「お前を転生させる」

 

 その一言と共に、俺は生まれ変わった……畜生にな。

 

(人間とは一言も言ってなかったが、さすがにこれはどうなんだよ!)

 

 憤ったところで無意味。母親と思しき馬の乳を飲んでなんとか生き永らえることができた。生憎と前世は人間。馬の身体では立ち上がることも厳しかったが、なんとか時間をかけて立ち上がることもできた。これから先どうすればいいのだろうか?と、この時は少し楽観していたのを覚えている。

 

 

 が、馬になった俺を待っていたのは地獄のような日々。

 

「なんだ、この醜い馬は?」

(お前に言われたくねぇよ豚)

 

 いかにも成金ですみたいな見た目をしているデブに醜いと言われ罵られる日々。なんなら手を出されたこともあった。しかも、質の悪いことに俺が暮らしている牧場のトップらしく、俺のことが余程気に入らないのかことあるごとに罵倒してきた。

 

「ニジンスキーをつけたのにこんな駄馬とは。金を返せ」

「お前は本当に馬か?ロバの方がまだ走る見た目だ」

「ドブネズミが。儂の前から消えて欲しいよ」

(その割には俺のところに来るんだな豚)

 

 これはほんの一例だ。加えてにやけ顔もセットでついてくる。こんな嬉しくねぇハッピーセット初めてだよ。

 

 

 そして、人間共の会話で分かったのだがここはアメリカらしい。まさか日本ですらねぇとは思わなかった。

 生前日本人だった俺に何故英語が分かるのか?という疑問もあったが、転生前に神から言われたことを思い出す。

 

(俺への特典として、色んな言葉が分かるようにしよう、か。もっとマシなもん寄越せや)

 

 言葉が分かったところで俺は馬。伝える手段がねぇんだよ。どうしろってんだマジで。なんならこれのせいでもっと地獄になってんだよ。本当にカスみてぇな神だわ。つーか誰だよニジンスキー。俺の父親かなにかかよ。

 俺のお世話係もま~クソだ。事あるごとに俺を睨むし、口を開けば罵倒しかしない。豚と一緒になって嫌がらせしてくるのも日常茶飯事だ。一度苛ついて蹴ろうとしたら餌抜きにされた。さすがに餌抜きは洒落にならないのでもうやらないようにしているが、腹が立って仕方がない。ま、餌だけは食えるのは僥倖だ。

 

(しっかし、最初は草なんてと思っていたが……慣れるもんだな)

 

 勿論抵抗はあった。でも食わなきゃ生きていけない。なので食うしかなかったのだが……普通に食えた。というか美味かった。歩きや走りもそうだし、人間の時の感覚とはまるで違うな。当たり前だけど。

 寝床である藁に寝っ転がる。もう慣れたものだ。横になりながら物思いに耽る。

 

(にしても、ここの人間共は俺のことが嫌いみたいで)

 

 視界に入っただけで嫌なもんを見たって感じの顔をするし、事あるごとに俺を罵る豚やお世話係を止めやしねぇ。ま、ここにおいて豚の発言は絶対、お世話係もここの実質的なNo.2らしく、他の下っ端連中は逆らえないらしい。下手すりゃクビを切られるからな。そりゃ関わろうとも思わんだろうよ。俺だってごめんだ。

 他の同族が羨ましい限りだ。俺とは違って、普通に育てられてんだからよ。大切に、大事に育てられて。羨ましいったらありゃしねぇ。

 

『まぁいい……そもそも、人間ってのが嫌いだからな。反吐が出る』

 

 前世は人間関係で痛い目を見続けてきた。捨てられ、裏切られ、終いにゃ殺された。付き合ったってろくなことにならない。そこに加わるように今世でのこの扱い。だから人間ってのが俺は嫌いだ。

 はーあ、とっととこの監獄から出たいもんだ。出たらそうだな……。

 

『あの豚を蹴り殺してやるのもいいかもしれない。いや、お世話係もそうだな』

 

 その先に待っているのは殺処分だろうがどうでもいい。アイツらの情けねぇ表情を拝めるんだったら悪かないし、なにより希望もへったくれもあったもんじゃない。最後にやりたいことをやる。それもいいのかもしれない。

 

『……この先俺は、どうなっちまうのやら』

 

 幸先不安しかない人生ならぬ馬生。今日はもう寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 ──これは、欧州競馬で走ることになる彼のお話。そして、人々から英雄(ヒーロー)と呼ばれるまでの道程だ。




???
性別:牡
父:Nijinsky II
母:(オリジナルの架空馬)
母父:Sir Ivor

血統だけならマジで立派。
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