そして英雄は愛を知る   作:カニ漁船

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トレバーのお話。


閑話 デビュアスの息子

 欧州で【荒馬乗りのデビュアス】と言えば、結構有名なジョッキーの異名だった。どんなに気性が悪い馬でも、自分の手足のように動かせる。そう思えるぐらいに活躍した姿からつけられた、親父の異名だ。

 俺の親父であるアレックス・デビュアスに憧れて、俺──トレバー・デビュアスは騎手の世界へと足を踏み入れた。別に大層な理由があったわけじゃない。馬に騎乗して活躍する親父の姿を見て、カッコいい!と思った、自分も親父のようになりたいって思った……それだけの話だ。

 

「いつか俺もあんなに風になりたい!親父みたいに、どんな馬も乗りこなせるようになりたい!」

「そうかそうか!なら、儂がジョッキーの何たるかを教えてやろう!厳しくいくぞ?トレバー」

「うん!」

 

 その日から親父に毎日しごかれた。朝から晩まで騎手としての心構えやら騎乗の技術、騎手の体づくりを厳しく指導された。

 

「ヒィ……ヒィ……き、休憩……」

「サボるなトレバー!そんなことで、立派なジョッキーになれるかぁ!」

「ヒィエェェェ!?」

 

 親父の指導は厳しかった。ちょっとでも気を抜こうもんなら尻を蹴り上げるかの如く叱ってくるし、些細なミスも許さなかった。我ながら騎手としてやっていくことを後悔したね。諦めようとも思った。ま、結局は騎手として生きているんだから、逃げることは叶わなかったんだが。

 そんな親父の指導もあって、俺は騎手免許を取得することができ、ジョッキーの世界に足を踏み入れることが叶った。

 

「よ~し、俺もバンバン活躍するぞ!」

「まだスタートラインに立っただけだバカ野郎!……良かったな、トレバー」

 

 幸いにも親父の伝手でウィリアムさんと契約を交わすことができた。親父も専属契約を交わしており、何度かウィリアムさんが所有している馬に騎乗して結果を残せたことで、お世話になることができた。ま、本契約を交わしているのは親父の方で、俺はサブみたいなもんだけど。

 ただ、ウィリアムさんとの繫がりでイアン厩舎の調教師、イアン・ドイルさんと仲良くなることができた。あの人は……俺にとって頭が上がらない人だ。現実に直面して腐っていた俺を放ることはせず、今でも馬を回してくれるように掛け合ってくれてんだから。

 契約を交わした後も俺は結果を残していた。少なくとも同期の中ではトップだったし、親父も良く褒めていた。自分が上手くなってる実感も湧いてたし、怖いもの無しの絶頂期だったよ。

 

「少しずつ結果は出せてる……これなら、デカいレースでも騎乗する機会があるはずだ!」

 

 なんの根拠もなく信じていたんだ……バカな俺はな。

 

 

 最初におかしいと思ったのは、今まで騎乗していた馬の鞍上を外された時だ。

 

「え?乗り替わり?」

「あぁ。次のレースはアレックスと乗り替わってもらう」

 

 その馬は俺が未勝利戦の頃からずっと騎乗していた馬だった。非凡な才能を持っていて、クラシックの1つは固いと言われていた牝馬。今後もずっと乗り続けるだろうと、そして俺は大レースを勝つんだろうと思っていた。

 けど、クラシックの時期になって乗り替わることになった。親父にな。少し疑問には思ったが、馬主の言うことだから聞くしかない。それに俺自身、なんの危機感も抱いてなかった。

 

(まぁそんなこともあるか)

 

 程度にしか思っていなかった……その時はな。

 けど、その一件を境に大レースでの乗り替わりが頻繁に起きるようになった。未勝利戦やリステッド、前哨戦では俺が騎乗し、本命のレースでは親父が騎乗する……そんなことが当たり前の日常。しばらくはなんの疑問も抱かず騎乗していたが、何回も続くとさすがにおかしいと俺も感づいた。

 

(なんで結果を出しているのに、本命のレースでは俺を外すんだよ……!)

 

 相性の良い馬だってそれなりにいた。なんなら親父以上に馬の能力を引き出せている自信があった。なのにウィリアムさんは本命のレースでは親父しか使わない。昔からの付き合いだと言われたらそれまでだが、生憎と俺は生意気盛り。ウィリアムさんに直談判しにいったわけだ。

 

「ウィリアムさん!どうして俺を鞍上から外したんですか!?」

「俺の方が上手くやれる!俺なら勝てる!」

「俺を継続して使ってください!」

 

 今思い出すだけでも傑作だ。現実がなんも見えてない、自分がなんでもできると思っているバカな若者の戯言。ウィリアムさんも、よく失笑せずに対応してくれたもんだぜ。案外懐がデカいんじゃねぇのか?あの人。いつもムスッとしてるけど……昔はそうでもなかったらしいがな。

 怒りで顔を真っ赤にしている俺に、ウィリアムさんはただ一言──当たり前のことを告げた。

 

「お前よりもアレックスの方が信用できる。それだけだ」

 

 頭に冷水を浴びせられた気分だ。とんでもないアホ面を見せていたような気がする。ウィリアムさんはそれだけ言って、もう話すことはないと俺を追い出した。俺は……SPに連れられるまま、出ていったっけな。

 ちょっと考えてみりゃ当たり前の話だ。10年以上専属契約を交わしている親父と、騎手になりたてでぽっと出の俺。どっちが信用できるか?って言われたら迷うことなく親父の方って答えるだろう。騎手の世界は信用が大事。積み重ねた信用は、親父の方が圧倒的に上だ。

 でも、俺は分かってなかった。技術は親父よりも上だと臆面もなく信じていたし、乗り替わりの件だって納得しなかった。

 

「今以上に結果を出せば、ウィリアムさんだって……!」

 

 だから信用を積み重ねるしかない。勝ちまくって、親父以上の信用をウィリアムさんから勝ち取るしかない……そう考えて足掻き続けた。

 そんな俺に、チャンスが回ってきた。大レースの舞台で、有力馬に乗るチャンスが巡ってきたんだ。

 求められるのは結果だけ。今回の結果次第では、俺は親父のポストを奪うことができる!

 

(絶対に勝つ、勝つ!そうすればウィリアムさんだって!)

 

 他の有力馬を俺に回してくれるはずだ!そう信じてな。

 結果は……惨敗だった。大舞台の緊張もあったんだろうが、やはり結果を出すことに固執して、焦り過ぎたのが敗因だった。いつもの騎乗スタイルを見失い、馬に無理を強いて……結果最下位。デカい口を叩いておいて、とんだ恥を晒しちまったよ。

 俺はなにもいえなかった。ウィリアムさんは……無表情。ただ、一言だけ。

 

()()()()()()()()()()

 

 そう告げて、去っていった。叱りもせず、呆れもせず、なじりもせず……ただ一言告げて、帰っていった。

 いっそ殴りでもしてくれた方が楽だったよ。デカい口叩いてなんだこの様は?とか、馬が壊れたらどうしてくれるんだ!とか叱ってくれた方が楽だった。たった一言だけしかないんだったら。

 

「なんてザマだよ、あんだけデカい口を叩いておいて……」

 

 その日はヤケ酒をした。飲んで忘れようとしたけど……今もあの日の記憶は俺の脳裏に焼き付いている。

 それに、観客からの言葉が俺に追い打ちをかけた。俺があのアレックス・デビュアスの息子であることは知れ渡っていたし、デビュアス二世として期待されてた。

 

「聞いたか?アレックス・デビュアスの息子が騎手になったらしいぞ」

「本当?きっと父親と同じで、素晴らしいジョッキーになるでしょうね!」

「今から注目しておいて損はないな」

 

 最初の頃は応援されて嬉しいとしか思ってなかったな。けど、気づいちまったんだよ。ファンが見ているのはトレバー・デビュアスじゃない……アレックス・デビュアスの息子なんだと。

 

「アレックスの息子が勝ったそうよ!」

「さすがはあの人の息子だな!」

 

 勝てばさすがはデビュアスの息子!と讃える。

 

「デビュアスの息子さん、負けたみたいね~」

「なんだよあの騎乗。アレックスなら勝ってただろ」

 

 負ければデビュアスの息子なのに、と、必ず親父の名前がのしかかってくる。親父の名前が、必ずついてきたんだ。そいつは俺の精神を確実に蝕んでいった。

 

「アレックスの息子さん」

(止めろ……俺はそんな名前じゃない)

「アレックスの息子」

(違う、違う!俺はトレバー・デビュアスだ!)

「「「アレックスの息子は」」」

 

 夢にまで見るようになった。周りには大勢の人がいて、レースを勝った俺を称賛……するのではなく。俺の先にいる、親父を讃える光景。観客が見ているのはトレバー・デビュアスという個人ではなく、アレックス・デビュアスを通してみる息子の姿なのだと、嫌でも分からされた。

 どこまでもついてくるアレックス・デビュアスという名前に怒り狂う。

 

「俺はアレックス・デビュアスの息子なんて名前じゃねぇ!トレバー・デビュアスだ!」

「トレバー・デビュアスを見ろよ!アレックス・デビュアスの息子としてじゃなく!」

「俺を……俺を見ろぉぉぉぉぉぉ!」

 

 意味もなく叫び、当たり散らす。もう、どうしようもなかった。

 どこにいっても俺の前には親父の姿が立ちはだかる。誰も彼もが親父、親父、親父と口を揃える……気づけば俺は、親父のことが嫌いになっていた。

 

「おい、トレバー。最近調子はどうだ?」

「……あ?んだよ親父」

 

 親父との接触も避けるようになったが、話す機会を完全に0にすることはできなかった。素っ気ない対応、親父は顔をしかめたが、それでも優しく振舞おうとする。

 

「おめぇ、ここんとこ上手く言ってねぇんじゃないかと思ってな。なんかあったのか?儂が相談に乗るぞ」

 

 親父は善意で俺を気遣ってくれていた。でも俺には……親父の言葉が煽りにしか聞こえなかった。誰のせいで、誰が原因で苦しんでいると思ってんだ!ってな。ガキの癇癪だよ、全く。

 俺は親父に向かって、言ってやった。

 

「……ハ、気づいちまったんだよ、俺は」

「あ?なにをだよ、トレバー」

「俺はどんなに頑張っても、アレックス・デビュアスの息子としか見られねぇってことがなッ!」

 

 そっからはもう感情を爆発させるだけだ。親父の言葉を無視して、自分の言いたいことだけを言う。どうせ誰も俺のことなんか見ちゃくれねぇ、誰もトレバー・デビュアス個人を見ようとしねぇってな。

 

「どこにいってもアレックスアレックス……!親父の名前しか出てこねぇ!誰もトレバー・デビュアスを見ていねぇ!」

「上手く騎乗したって、どうせ親父が全部かっさらうだろうが!じゃあ俺がいる意味ってなんだよ!?」

「努力したって無意味じゃねぇか!誰も俺のことなんて見ちゃくれねぇんだからよ!」

 

 そして、決定的な一言を言ってしまった。

 

「こんな思いをするぐらいだったら──ジョッキーになんてなるんじゃなかったよ!

 

 そう叫んだ瞬間、親父が掴みかかってきた。胸ぐらを掴まれ、目の前には怒った表情の親父が、息を荒くして俺を見ている。地獄の悪魔すら裸足で逃げだしそうな圧に加えて、今にも俺を殴ろうと拳を上げていた。

 

「テメェ……!」

「はっ、なんだよ?」

 

 挑発するように返すと、親父は……拳を下ろして、何も言わずに立ち去った。

 立ち去る親父の後ろ姿は悲しそうで、寂しそうで……思わず引き留めようとしたけど、足が動かなかった。だって、親父をそんな風にさせてしまったのは、俺だから。

 後悔したってもう遅かった。俺と親父は、この日以来最低限の会話しかしなくなる。そして、この一件は口外しないようにした。

 

 

 俺の生活も変わった。遅刻は極力しないようにしていたが、今はもう遅刻が当たり前。厩務員からもしかめっ面をされるようになる。悪夢を見ないように酒におぼれる日々……まぁ騎乗に影響が出ない程度にだがな。これはもう職業病みたいなもんだ。でも、騎手としての熱は冷めている。どうやっても本気になれねぇっつーの?そんな風になっていた。

 騎乗に関しても、馬のやりたいようにやらせることが多くなった。教える競馬ではなく、自由にやらせる競馬。ウィリアムさんに対するささやかな反抗だ。俺は教育係じゃねぇんだぞ、ってな。ガキかよ。

 アレックスの息子は落ちぶれた、という言葉も受け入れそうになる日を過ごす。事実だしな。イアンさんはよく見放してくれなかったもんだよ。こんな俺をな。

 

「トレバー。なにがあったのかは聞かないけど……君に馬を回し続けるよ。そのつもりでいるように」

「……はい」

 

 素行が悪くなろうが、それでも馬を回してくれる。聖人かよあの人。本当に頭が上がらねぇわ。

 そんなある日、俺は──アイツに出会った。パッとしない見栄えの、黒鹿毛の馬。お世辞にも良い馬体とは言えないそいつに、俺は興味が湧いた。

 イアンさんから紹介された名前は、エリュシオン。コイツがま~とんでもねぇじゃじゃ馬だった。俺が乗ってきた馬の中でも、過去一で気性が悪い。

 

(セントサイモン*1かよコイツ。ヤバすぎだろ)

 

 毎日毎日、厩務員を殺しにかかるわ本当にとんでもない馬だった。俺も殺さんばかりの目で見られたし、毎日暴れまわって俺のことを振り落とそうとしてるな。よっぽど人間ってヤツが嫌いなのだろう、コイツは。一体何があったのやら。

 エリュシオンはとんでもない馬だ。人間を殺そうとしてくるし、大人しく乗ることもできやしない。けれど、それと同時に……凄まじい才覚を秘めているヤツでもあった。

 走りの才能が飛び抜けている。スタミナはちょい不安が残るが、スピードがとんでもない。過去のどんな名馬にも引けを取らないぐらいだ。加えて賢い。こっちの言葉が分かっている節がある。試しにいつもの調子だとレースに出れなくなるぞ?と脅しをかけたら暴れまわるのをパタリと止めるぐらいには。

 なによりエリュシオンは、騎乗していて楽しい馬だった。

 

(コイツだけは……親父にも譲りたくねぇな)

 

 そんな風に思うぐらいには。

 ま、結局コイツの鞍上は親父になるんだ。程々に矯正しておきますかね。下手したら親父が殺されかねないし。そう思いつつも俺は……冷めていた熱が再び燃え上がるような、そんな感覚を覚えた。

*1
気性難といえばご存じこの馬。お世話をするのが命がけだった

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