大の男が複数人集まってトランプをしている。すでに勤務は始まっているにも関わらず、表情は真剣そのものだ。
全員が自分の手札とにらめっこをしており、絶対に勝つという気概を感じさせる。あまりの気迫から部屋にも緊迫した空気が流れており、遊んでいる光景のはずなのに思わず気圧されてしまいそうなほどだ。
「「「……チェックッ!」」」
掛け声とともに、全員が一斉に手札を場に出す。しばし沈黙の時間が流れた後──負けたことに気づいた男が悲鳴を上げた。
「ちくしょぉぉぉ!俺かよぉぉぉ!?」
「アッハッハ!んじゃ、今日の
「殺されないよう気をつけろよ~」
勝った男達は心底安堵する。あぁ、アイツの世話をしなくて済む、と。負けた男は絶望する。あぁ、アイツの世話をしなければならない、と。
負けた男は懇願する。大の大人がみっともないと思うほどに。
「なぁ頼むよ、変わってくれ!俺もうアイツに蹴られるの嫌なんだよ!」
「おいおい?情けねぇこと言ってんじゃねぇよ。ママのミルクを飲む年ごろでもあるまいし」
「大丈夫だって。今日は蹴られねぇかもしれねぇだろ?」
微塵も同情する声をかけない男達。どんなに嘆いても変わらない。勝負に負けた男は、アイツの世話をすることになった。
彼らが話していたアイツとは、今日も牧場長に罵られていた一頭の馬のことである。まだ名前はないが、職員からはアイツや母馬からもじったチェダーリーブルの81などと呼ばれている。
トランプで負けた職員はそろりとチェダーリーブルの81に近づく。決して不快にさせないように、猛獣を刺激しないように近寄っていた。
「よ、よ〜しよし。良い子だから大人しくしてろよ〜」
「……」
及び腰でチェダーリーブルの81へと近づく職員。何かを警戒するように動いており、傍から見れば完全にビビっているようにしか見えない。
そんな職員に対して、チェダーリーブルの81は。
「ヒヒィィィン!!」
蹴りを入れた。空気を裂くような蹴りが職員へ襲い掛かる。
「あっぶなぁ!?」
警戒していた職員は何とか避けることが出来たが、一気に冷や汗をかく。もし当たっていれば、ひとたまりもないだろう。なんとか避けれたことを、心の底から安堵する。
(でも、まだ始まったばかりなんだよな……?)
ただ、不安は収まらない。なぜなら今日1日、この馬の世話をしなければならないのだから。嫌な予感が押し寄せてくる。
そして、職員の不安は的中。その後も散々な目に遭っていた。
「……ッ!」
「へっ?ちょっ、いっっ!?」
少しでも油断すれば蹴りを入れられ。
「待て待て!俺の帽子を取るなって!……噛むな!」
帽子を奪われ、噛まれまくってダメにされる。なんなら職員にも噛みつく。
「おい、危ねぇぞ!!」
「ん?一体何が「ヒヒィィィン!!」ぎゃぁぁぁ!?」
放牧地に入った途端、猛スピードで突っ込んでタックルをかまされそうになる。なんとか避けることは出来たが、当たったら間違いなく入院コースだろう。職員の心臓はバクバク鳴りっぱなしだった。
何度も蹴りを入れられそうになる。手を近づければ腕ごと噛まれる。挙句の果てにはタックルをかまされそうになる。この一日だけで、職員の身体はボロボロになりかけていた。
「ヒィ、ヒィ……や、やっと終わったぁ……」
「……ッ」
「あ、相変わらず可愛げのねぇ目で睨みつけやがって……俺がお前になんかしたかよ……!」
しかも、避ける度にチェダーリーブルの81は職員を睨みつける。あまりの圧と命の危険に、職員はすっかり縮み上がっていた。
なんとか業務を終わらせ帰ってくる職員。そんな彼を他の人は労った。
「よ、生きて帰ってこれたな」
「で?何回蹴られたよ?」
「うるせぇよ!こちとら命の危機だったわ!」
からかうように聞いてくる仲間に憤りを隠せない、今日1日チェダーリーブルの81の世話をしていた職員。他の人と比べて、明らかに疲弊しきっていた。げっそりと痩せ細っている。
朝の押し付け合いの理由、これまでのことから大体のことは察せるだろう。チェダーリーブルの81は牧場の人間から敬遠されている。
「アイツ!何度も何度も蹴りを入れようとしてくるわ人のこと噛んでくるわ……!」
「いつもの事だろ」
「やっぱそうなったか。予想通りだったけど」
「もう嫌だ!次は絶対代わってくれ!」
彼は恐ろしく気性が悪かった。蹴る・噛むは挨拶みたいなもの、見つけ次第追いかけ回してタックルを仕掛ける、最悪の場合は職員を殺しにかかってくるのだ。命がいくつあっても足りない。そんな馬の世話など誰もしたくないだろう。
「嫌だね。俺だって命は惜しい」
「大丈夫だ、今日だって生きて帰ってこれただろ?だから次も大丈夫だ」
「どこにそんな保証があるんだよ?白衣の天使の世話になりたくないぜ!?」
しかもつい先日、職員の1人が彼によって病院送りにされていた。幸いにも軽い症状だったが、いつ入院する羽目になるか分かったもんじゃない。できる限り避けたいと思うのは当然だろう。
本来であれば、この牧場のNo.2がお世話をしているのだが……生憎とこの日は非番。誰かが代わりにお世話をしなければならなかった。
「クソが!なんだって非番なんだよ!アイツには何もしねぇから安全に過ごせるってのに……!」
「チェダーリーブルの81は賢いからなぁ。手を出したらヤバい相手には何もしねぇし」
「代わりに俺らが割食ってんだけどな。滅茶苦茶ナメられてるってこった」
また、チェダーリーブルの81はとても賢かった。手を出してはいけない相手、手を出しても問題ない相手の区別がついているのか、一部の職員には全くと言っていいほど大人しくなる。その代表たる例が。
「まぁ、アイツの気性の悪さは豚のオズワルドのせいだろ」
「おいおい、我らが牧場長様をそう言ってやるなよ。豚が可哀想だろ?」
「逆だ逆。ま、実際豚の方が可哀想だがな」
牧場長──ハーティ・オズワルドと牧場のNo.2である男──アーウェン、この2人だ。彼らには手を出したらまずいと分かっているのか、チェダーリーブルの81は大人しくしている。その代わり、視線だけで人を殺せそうな眼光を2人にぶつけているが。
チェダーリーブルの81がこれほどまでに気性が悪いのは、オズワルドとアーウェンのせいというのが牧場で働く人間の共通認識だ。なにせ彼らは日常的に罵詈雑言を浴びせ、手まで出しているのだから。常日頃から酷い扱いをされていれば心も歪むというもの。気性が悪くなるのも当たり前の話だった。
だからといって、それとこれとは話は別だ。不満なんてあるに決まっている。
「俺らが何かしたわけじゃねぇのに、なんで俺らに被害が及ぶんだよ」
「全くだ。俺らは何もしてねぇってのによ」
だったら怒りはあの2人にぶつければいいものを、何故か自分達に向ける。職員達は不思議でたまらない。
チェダーリーブルの81について愚痴る職員達。願わくば、彼の当番が回ってきませんように──そう願うばかりだった。
◇
「ゲヒヒ……相変わらずみずぼらしいヤツだな。ネズミが」
(ぶくぶく太った豚よかマシだよ)
「フン、このタダ飯ぐらいめ。せめて良い値段で買われることを祈るんだな……ま、お前のような醜い駄馬は誰も買わんか」
(あーはいはい。分かったからとっととどっか行け)
なんで朝から豚のにやけ面を拝まなきゃならんのだ。相変わらず高そうな指輪やアクセをじゃらじゃらしてやがるし。俺の苛立ちがどんどん溜まる一方だ。
ストレスを少しでも発散するように、馬房の扉へと体当たりをかます。当然だが壊れない。後ちょっと痛い。
「ゲヒヒ!なんだぁ?儂をどうにかできると思っているのか?馬ごときが、儂をどうにかできるはずがないだろう!」
あ~クソ、失敗した。コイツを調子づかせるだけだ。さっきよりも不愉快な笑い声が耳に入ってくる。不快指数がやべぇわこれ。でも体当たりは止められない。
ひとしきり俺を笑って満足したのか、アイツは鼻を鳴らす。こちらを小バカにするような笑みもセットで。
「不愉快な目をしやがって……身分を弁えろ。ま、お前に理解などできるはずもないか」
(テメェよりはマシな頭してる自信はあるよ)
とっとと消えろ成金豚が。あ~あ、最悪な始まりだよ本当に。
(成金豚……ハーティ、つったか?飽きもせず俺のとこに来やがって)
わざわざ朝から俺のところに来て、やることが見下して罵倒とか恥ずかしくならんのか?恥ずかしくねぇからやってんだろうな。
ッチ、朝から不快なことがあったせいで滅茶苦茶イライラする。この後お世話係……確か、アーウェンだったか。そいつも来るわけだし。
(せめて放牧の時間になればっ?)
自由になれるからもう少しの辛抱だ、そう思っていると。
「よよ、よ~し……刺激しないように、刺激しないように……」
アーウェンじゃねぇ、別のヤツがやってきた。……ほほう?つまりこれはアレか。
(今日はあのクソ野郎じゃねぇってことか。なら、
いつものようにしよう。へっぴり腰の職員が扉を開けた瞬間。
「ヒヒィィィィン!」
「あっぶなぁ!?」
思いっきり蹴りをかました。ッチ、避けやがったか。
(大人しく蹴られときゃあいいのによ)
ごくたま~に、アーウェンのクソじゃないヤツが世話をすることもある。そんな時、俺はストレス発散代わりに暴れるのだ。アーウェンや成金豚にはやらねぇのかって?アイツらにやったら飯抜きになるんだよ。生きていけなくなるのはごめんだ。
「ビヒヒィィィン!」
「ちょ、やめっ!噛むな、噛むなって!イタタタッ!」
ある時は腕を噛んだり。
(狙いを定めて……ッ!)
「おい、あぶねぇぞ!」
「へっ?……ッ!ちょ、うわぁぁぁぁ!?」
放牧地に入ってきたのを見計らってタックルかまそうとしたり。
「や、やっと終わる……っ!?」
(食らえやっ!)
「あっぶっっ!?い、今マジでヤバかったぞ……ッ!」
油断している隙をついて蹴ろうとしたり。そして倒れたところを狙って、顔スレスレを狙って足を振り下ろす。
「ヒィッ!?」
恐怖に染まった表情。ヒィ、ねぇ。そのまま怯えてくれや。愉快で仕方ねぇからよ。
馬房に入れられて、ゆっくりとした時間を過ごす。餌の時間も終わったのでのんびりできる。
思い出すのは、恐怖に染まった今日のお世話係の表情だ。なんでこんな目にあうのか分からない、何もしてないのにどうして?と言わんばかりの態度。反吐が出る。
(確かにアイツらは何もしてねぇかもしれねぇ……だが、俺にとっちゃ
俺を助けちゃくれねぇんだ。だったら、なにしたって構わねぇはずだ。第一、テメェらだって俺を汚らわしいものを見る目で見てるだろ?どうせ見下してるんだ。こっちは言葉で返せない。じゃあ、暴力に走ったって別にいいだろうが。
それに、アイツらはやり返さないことを知っている。アーウェンは飯抜きにするし、ハーティの成金豚は手をあげる。だがアイツらは、やり返さずに陰口を叩くだけだ。それくらい、いくらでも我慢できる。
(馬の耳ってのは良いからな。たまに会話が聞こえてくるんだよ)
耳をすませばアイツらの会話が聞こえてくる。
「俺らが何かしたわけじゃねぇのに、なんで俺らに被害が及ぶんだよ」
「全くだ。俺らは何もしてねぇってのによ」
「やっぱアイツは気性の悪い駄馬だよ。見た目も悪いのに気性も悪いとくりゃ終わりだろ」
「買い手がつかないさ、どうせ」
おーおー、今日も俺の悪口で盛り上がってんなぁ。虫唾が走るぜ。
『確かにテメェらは何もしてねぇ……あぁそうだ、
……まぁいい、今日はもう寝るか。明日は良い日に……なるわけねぇか。転生してから、一度だって良い日だったことはねぇんだから。
何だこの気性難()。