馬に転生してから早いもので、季節が一巡した。つまりはまぁ、俺も1歳になったということである。馬の年齢の数え方は分からんが、多分人と同じだろ。
「は~あ、年越しだってのに仕事か」
「仕方ないだろ。誰か残ってないといけないんだから」
「へーへー、わーってますよ」
大分前に、ぶつくさと文句を言いながら働く人間の会話で年越しの話を耳にした。つい先日馬に転生したばかりだと思っていたのに、早いもんだ。
「……で?アーウェンの野郎がいねぇけど誰がチェダーリーブルの81の世話をするんだ?」
「「「……」」」
牧場は変わらずいつも通りである。
さて、放牧の時間は俺が唯一ゆっくりと過ごせる時間だ。馬房は成金豚の罵倒やお世話係共の陰口、苦労話がうるさいし、何より狭いのであまりゆっくりできない。その点放牧は自由に過ごせるし広い空間を走れるから一番気に入っている。溜まったストレスも発散できるというもの。
この体、どういうわけか走りたいという衝動が凄い。人間の頃は全くなかったのに、馬になってから走りたいという欲求が強くなった。
(これはアレか。生物としての本能、ってヤツなのかね)
そして走ることが気持ちいいのなんの。今まで味わったことがない快感だった。生まれて初めてかもしれない、これほどの快感を味わうのは。なので放牧中は走り回って、疲れたら立ち止まって休憩みたいな感じで過ごしている。
『わー』
『たのしーい』
後、放牧は俺一人にだけ解放されているわけじゃない。辺りを見渡せば他のヤツらも同じ場所で過ごしているのが確認できる。
『はしろー!』
『まけないぞー!』
……そして、これは色んな言葉が分かるようになる転生特典のせいかは分からないが、馬の言葉も分かる。一見すると鳴いているだけの声にも、様々な意味が込められていることが分かった。ただ、いかんせんまだ幼いためか、かなり単純な思考をしているようだ。
『なにー?こないでー』
『はしろ!はしろ!』
ガキのような声で走り回っている他の馬。正直言ってめんどくさい。なので放牧地ではいつも群れから離れた場所で過ごしていたのだが、それでも絡みに来るヤツもいる。そんなヤツはひと睨みすればどこかに逃げるため、近づいてくるなと周りを威嚇した。
『へんなのー』
『ほかいこー』
『ちかづきたくなーい』
『こわーい』
その甲斐あってか、俺に近づく馬はいなくなった。ゆっくりできるので清々する。中には一際体格のデカい馬が喧嘩を売りに来たが……問題はない。しっかりと勝った。
さて、一年が経過したと思われる牧場だが……最近奇妙なヤツらを見かけるようになった。
「ゲッヒッヒ、どうです?今年は中々良い仔がいますよ~」
「ふ~む、悪くない。走りそうな仔が多いじゃないか」
なんて言うんだろうか、いかにも金持ちっぽい雰囲気の見かけない人間だったり、牧場の人間じゃないだろってヤツが増えてきたのだ。しかも成金豚を連れて。そいつらは決まって放牧地を覗いており、まるで品定めをするように俺達を見ている。
『だれー?』
『みたことなーい』
『きになるきになる!』
中には近づいていく馬もいるんだが、俺は警戒を強めてそいつらから離れる。見ず知らずの人間だ、なにをするか分からんからな。
「セールが楽しみじゃないか。今年こそは、期待しているよ」
「そ、それは勿論!どうぞ期待しててください!」
成金豚がこびへつらっている姿は面白いがな。牧場がピンチだとかお世話係共が言ってたし、見放されないように必死なんだろう。
(笑えるな。人のこと見下してバカにしている暇があったら、自分のことでも心配してろや成金豚)
アイツのペコペコしている光景を見れてちょっと気分が良くなった。
どうにも来ているのは金持ちっぽい雰囲気の人間だけじゃない。金を持ってなさそうな人間も牧場へと来ているようだ。
「そこを何とか頼みますよ~オズワルドさん!ちょこ~っと優遇してくれれば……」
「いやぁ、難しいですなぁ。なんせ我が牧場の馬は人気でして、もっと弾んでもらわないと」
なんだ、今日は外れか。いかにも金を持ってなさそうな人間には強気に出るのが成金豚。なにが人気だよ、今年こそはとか言われてたじゃねぇか。金が欲しいって魂胆が見え見えだ。
それも分かってか、相手もめんどくさそうな顔をしている。相手してて嫌なんだろうなって気持ちがひしひしと伝わってくるな。
にしても、なんたって牧場の関係者じゃないヤツが増えてきたんだ?
(ただの見学者、ってわけじゃなさそうだしな……それにセール?ってのはなんだ?セリってのは何となく分かるが)
セールっていうくらいだから、なにかの売買があるのだろう。その品定めみたいなものか?そして、ここに来たってことは……俺らか?
ま、見向きもされない俺には関係のない話だろう。なんせ俺、廃用の噂すら立ってるし。そりゃそうか。人間に反抗しまくって、何人も病院送りにしたら当然の結果だ。去勢、なんて話もあったしな。結局されなかったが。
でも、そうだな。
『せめてもうちょっと生きたいなぁ』
なんとなく漏れ出た言葉に苛立ちを感じながら、放牧地で寝ることにした。
◇
牧場外の人間が来ることも珍しくなくなった頃。そいつらは突然現れた。
(視線を感じる。間違いなく俺を見ているのが分かる)
イライラしながらそちらへと顔を向けると──2人の男が立っていた。片方はかなり整った身なりをしている白髪混じりの男。50代とかその辺りの感じがする。もう片方は同じ年ごろだろうがもうちょい歳はいってるだろう。こちらはラフな格好で暗い金髪だ。そんな2人は俺をじーっと見ている。
(なんだテメェら?何見てやがんだよ)
人のことジロジロ見やがって。そんなに俺の姿が笑えるか?どうせ心の中では俺のこと笑ってんだろ。俺も睨み返す。殺気を込めて、こっちを見るんじゃねぇとばかりに。
だが、アイツらは視線をそらさない。むしろ俺を睨み返す。上等じゃねぇか、今すぐにでも蹴り「そ、そいつじゃありませんよウィリアム様、イアンさん!」なんだ?成金豚が慌ててきやがった。
「あんなヤツ見たって面白くないでしょう?ニジンスキーⅡの子は他にいますから!是非ともそっちの方を」
「……そうか。そっちも見せてみろ」
整った身なりの方が少し機嫌が悪そうに言うと、成金豚はペコペコしながら答える。その間も片方は俺のことをずっと見ていた。でも、そんなのが気にならないぐらい不思議なことがある。
「それはも~う勿論!あんな薄汚い馬よりもよっぽど良い見た目をしておりますので……」
なんだぁ?成金豚があそこまでこびへつらってんの見たことねぇぞ。もしかして、とんでもねぇ上客なのか?確かにかなり金は持ってそうだが。
多分だが、今豚がペコペコしていたのがウィリアムってヤツなんだろう。整った身なりをしている方。もう1人の方、豚がペコペコしてても我関せずとばかりに俺を見ていたのがイアンってヤツ。ずっと俺を見てやがったな。
「ところでウィリアム様。ご息女様のご容態はいかがですかな?儂はもう心配で心配で」
「お前が気にすることではない」
「す、すみません。ただこのハーティ・オズワルド。心配しているとだけ……」
豚に連れられてどっか別のところに行ったが、疑問は尽きない。
(なんだったんだ、アイツら)
他の人間とは違う。明らかに俺を見ていた。今までの人間には見向きもされなかったってのに、物好きもいるもんだねぇ。ま、どうせ見なくなるだろう。あんなに睨んでやったんだからな。
……って、思ってたのによぉ。
「……イアン、お前はどう思う?」
「悪くないね。確かに見てくれはアレだけど、些細な問題だ」
なんっで!また来てんだよアイツら!しかもまた俺のことジッと見てるし。何なんだよテメェら!
俺は渾身の力を込めて睨む。どっか行けよ、迷惑なんだよ。俺のことジロジロ見やがって、不愉快極まりねぇ。
「……初日もそうだったが、恐ろしい眼光だな」
「こっちを殺さんばかりの圧。闘志も申し分ない。どうだい、ウィリアム。お眼鏡にかなったかな?」
「……本番を楽しみにしておけ」
ようやく立ち去ったか。ったく、なんなんだよアイツら。イライラしてしょうがねぇぜ本当に。もう二度とくんじゃねぇぞ!
だが、俺の願いも空しく連日のようにやってきた。やれ走りが良いだの、それなりに賢いだの、中々期待できるだの。なんだってんだよ本当。俺以外にも良いヤツいるだろ。
(なんで俺なんだ、よっ!)
あまりにもやってくるから、キレて柵を蹴り壊す。アーウェンのクソに怒られるがどうでもいい。俺に不愉快な視線を送るこの2人組が、とにかく気に入らねぇ。
「なにやってんだこのクズが!……ど、どうもすみませんウィリアム様!コイツにはキツいお仕置きをしておきますので……っ!」
「……おい、お前」
あ、なんだよ?俺に対して言ってんのか?馬に話しかけるなんて変な人間だなぁおい。もっとも、俺の言葉が伝わるわけがない。つか、コイツ全然ビビってねぇ……!
ウィリアムと呼ばれた男は俺の目を覗き込んでいた。アーウェンは呆然と、イアンってヤツは何も言わない。事の成り行きを見守っている感じだ。
目の前にいるウィリアムってヤツを睨みつける。怒りと殺意を込めて。
「憎悪。お前の目から途轍もない憎しみを感じる……人間という種を憎んでいる、そんな目だ」
あぁ、よ~く分かってんじゃねぇか。俺は人間ってヤツが大嫌いなんだよ。勿論、テメェらもな。
「まぁ、この牧場でお前に価値はない。価値がないからこそ、お前は虐げられている」
ハッ、だからなんだよ?それがテメェになんの関係がある?つか煽ってんだろ。蹴り殺してやろうか?柵はぶっ壊したんだ、テメェを蹴るぐらいできんだよ。
すぐにでも目の前にいる男を蹴ってやる、そんな時だった。
「そんなお前に──私が価値を与えてやろう」
(……なんだと?)
ウィリアムってヤツの表情は無だ。なにを考えているのか分からない、黙って俺を見ているだけ。つか、なんだって?俺に価値を与えてやる、だと?随分お高くとまってんなぁおい。実際偉いヤツなのかもしれねぇが。
「お前の素質は素晴らしいものだ。ここにいるイアンが、お前の素質を伸ばす」
「俺がイアンな。よろしくっ!」
イアンは見た目やこれまでの言動とは裏腹に、軽い調子で俺に挨拶をする。思わずビクっとしちまった。こっちが素なのか?いや、どうでもいい。俺の素質が素晴らしいだと?
「脚のバネ、体の使い方、なによりお前は賢い。私が言っていることも理解しているのだろう?」
「君のことはよく聞かせてもらったんでね。ここでの君の生活とかをな」
それを聞いてまだ、俺を?ますます理解できねぇ。てかさっきからアーウェンがあたふたしてやがる。
「や、止めた方がいいですって!こんなのよりもまだ良い馬は「黙れ。それは私が決めることだ。断じてお前やオズワルドが決めることではない」ヒッ」
止めるアーウェンをウィリアムは一喝。そして、俺へと向き直った。
「……楽しみにしておけ」
たった一言、それだけ告げて。イアンと一緒に去っていった。
俺の心にあったのは、戸惑い。なにがなんだか分からないってことだ。
(なんだったんだよ、アイツら。俺に価値を与えるだの、俺の素質は素晴らしいだの)
もしかして俺は、買われるのか?アイツらに。どうせ裏切られるんじゃないのか?俺に希望を持たせただけじゃないか?って考えが頭に浮かぶが……そんな思いとは裏腹に、ここから抜け出せるんじゃないか?ってことにドキドキしていた。
◇
しばらく経った後、俺はセールとやらに出品された。どうやら馬、サラブレッドのセリ市らしい。てか俺の品種サラブレッドっていうのか。ここにきて新事実が発覚したな。
そして。
《……では、チェダーリーブルの81を落札されたのはウィリアム・バーグマン氏です!》
あの日俺に価値を与えてやるといったウィリアムが、俺を落札した。
こうして俺はサラブレッドとして走ることになる……ウィリアム達が拠点にしている土地、アイルランドで。
アメリカからアイルランドへとお引越し。次回は名前を出す予定です。