そして英雄は愛を知る   作:カニ漁船

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ちょっとした回想から始まる新天地。


新天地の過ごし方

 ──新天地に向かう途中、懐かしい夢を見た。

 

「あ~クソッ!負けた負けた!……何見てんだよ?そんなに俺がおかしいか!?」

「止めてあなた!」

 

 前世の記憶。しかもガキの頃だ。酒癖が悪い上にギャンブル狂い、加えて借金もこさえてるクソ野郎な俺の父親。気に入らないことがあれば、すぐに癇癪を起こして俺や母親に暴力を振るう、最低最悪の父親だ。

 今日も殴られる。痣だらけの身体、頭に響く怒号。ガキの俺はガタガタ震えていることしかできない。母親は止めない。一緒になって震えているだけだ。

 満足すれば、父親はどこかへ出かける。そして、母親が泣きながら手当てをするのだ。

 

「ごめんね……ごめんね……ッ!でも、いつかきっと、良いことがあるから……ッ!」

 

 あー……ガキの俺はなんて答えてたか?確か、気にしないでとか大丈夫とか言ってた気がする。なんだかんだ母親は好きだったからな……今は父親と同じくらい嫌いだが。

 殴られて、罵声を浴びせられて、母親と一緒に震える。そんな日々が当たり前だったある日のこと。

 

「ごめんね。お母さん、これからお父さんと一緒に出掛けてくるから」

 

 母親が父親と一緒に出掛けると言い出した。ガキの俺を残して。勿論抗議する。

 

「えっ?ぼ、ぼくは?」

「……──は一緒に行けないの。でも、良い子に待ってたらお土産が待ってるから!だから、良い子にしているのよ?」

 

 今思えば、怪しさしかねぇ言葉だった。でも、バカな俺は母親の言葉を愚直に信じてしまった。

 

「わかった!おりこうさんにします!」

「……ごめんね」

 

 その日から何日も何日も待ち続けた。

 

「おかあさんまだかなー?」

 

 母親が帰ってくることを信じて、きっと幸せな日が来ることを信じて待ち続けた。

 

「オラァ!いるのは分かってんだぞ!早く出てこい!」

「借金返さんかボケェ!」

 

 借金取りが扉をガンガン叩いても、布団を被り震えながら母親の帰りを待つ。なんでこんなに我慢してたんだか……確か、いつかきっと良いことがあるから、だったからか?笑えてくるぜ本当。

 来る日も来る日も母親は帰ってこず。どれくらいの月日が経ったのだろうか?鍵をしているはずの扉が開いて、知らない大人がずかずかと入り込んできた。

 あぁ、この時ようやく気付いたんだ。

 

「君、──くんだね?実は、君に……」

 

 俺は、両親(クソ共)に捨てられたのだと。

 

 

 

 

 

 

 アイルランドに来てからしばらく経った。ここでも変わらない生活を送っている。変わったことといえば……走るための訓練が追加されたことだろうか?

 朝の検温が終わると、早速今日のトレーニングが始まる。

 

「よ~し、そのまま暴れるなよぉ……」

 

 馬具、と呼ばれているものを装着したり、後は脚に何か打ち込まれた。人間が言うには蹄鉄、というものらしい。蹄と呼ばれる場所を守るのに大事な装備なんだと。

 走るトレーニングが始まる時、俺を買ったウィリアムの言葉を思い出す。アイツはここに来た初日に、こう言っていた。

 

「現時点でお前は無価値だ。お前の価値を証明したければ勝ち続けろ」

「他のどの馬よりも前を走れ。勝利し続けろ。それこそが、お前の価値を証明する最もシンプルな方法だ」

 

 ケッ、相変わらず見下しやがって。上等だってんだよ!

 

「ちょ、待て待て!まだ全部装着し終わって「ヒヒィィン!」おちつけぇぇぇ!?」

 

 俺は勝ち続けてやる!ずっと勝ち続けて、全員ぶっ潰してやるッ!

 

「……あーあ、まーたアイツの犠牲者が出たよ」

「可哀想に、めっちゃ引きずられてるぜ?」

 

 今日もトレーニングに励む。全ては俺を見下す人間共を見返すために。俺という存在の価値を証明するために。これが俺の新しい目標だ。

 ただ、どうやらレースとやらに出るには人を乗せる必要があるらしい。最悪なことにな。

 

「おい、トレバーさんはまだか?あの人いないと誰も乗れないぞ?」

「う~ん、その内来るとは思うんですけど……」

 

 人を乗せるなんてゴメンだ。だが、乗せないと俺の価値は証明できない。なので渋々乗せていたのだが……鞭でバシバシ叩かれるもんだからイラついて振り落としたことがある。

 

「あの人以外が乗るとみんな落ちちゃうからなぁ。早いとこ来てくれると嬉しいんだけど」

「トレバーさんいないと誰も乗れませんからね」

 

 1回や2回ならまだしも、何回も振り落とした結果誰も乗らなくなってしまった。そりゃあ馬から落ちたら大怪我に繋がるから当たり前なんだが。そのせいで、俺に騎乗できるヤツは1()()()()()()()

 

「うぃ~、お疲れちゃ~ん」

「ちょっとトレバーさん!遅刻ですよ!」

「固いこと言うなって~。別にいいだろ?」

 

 それがこのトレバーと呼ばれた男。トレバー・デビュアス……現状、俺に唯一騎乗できる人間だ。まぁコイツ、遅刻しておいて悪びれもしねぇし酒好きだから評判がアレなのはここだけの話。

 トレバーは俺の身体をバシバシと叩く。イラつくから止めろ。

 

「おいおいエリュシオン、お前厩務員を引きずり回したんだって?そいつはよくねぇよ、さすがの俺もドン引きだわ」

 

 エリュシオン、というのは俺の名前。今までアイツとかネズミとかチェダーリーブルの81とか呼ばれていたが、ついに名前がついた。ちょっと嬉しかったりする。

 それはそれとして無遠慮に叩くんじゃねぇ。蹴りを入れてやるッ!

 

「おっと、あぶねぇ。んじゃ、今日も背中に失礼しますよ~っと」

 

 こ、コイツ!蹴りを避けてそのまま乗りやがった!なんかムカつく!振り落としてやらぁ!

 

「おっとっと、相変わらずロデオの気分だぜ!じゃ、このまま調教始めちまうか!」

 

 調子づいてんじゃねぇぞテメェ!すぐにでも背中から落としてやる!

 ……と、毎回意気込んでいるが無事負けているのが俺である。

 

(クソ……ッ、相変わらず全然振り落とせる気がしねぇ)

『こわぁ、なにあれ?』

『ほっとこ。アイツはいつもあぁだし』

 

 トレバーという男、俺がどんなに体を揺らしたり体勢を崩そうが絶対に落ちることがない。一度ラチとかいうフェンスにぶつけてやろうとしたが、そうなったら即座に俺から降りて回避する。

 

「おっとあぶねぇ。自分の身体は大事にしろよ?エリュシオン」

 

 とんでもねぇ乗馬の技術を持っている男、それがトレバー・デビュアスだ。ジョッキー?とやらなんだが詳しくは分からない。生憎と専門外だ。

 

「やっぱ凄いよな。さすがは()()アレックスさんの息子だ」

「あぁ。荒馬乗りのデビュアスは伊達じゃないってことだな」

 

 アレックスってのはトレバーの父親の名前らしい。なんでもすげぇジョッキーだとか。

 お世話係共は目を輝かせてトレバーを見るが、当のトレバーはというと。

 

「……ッチ」

 

 面白くなさそうに舌打ちをしていた。さっきまで機嫌良さそうにしてたのに、父親の名前が出た瞬間不機嫌さを隠そうとしない。なんでかは知らんし興味もねぇ。とりあえず、コイツを振り落とすにはどうしたらいいかを考える……次こそは!

 

 

 トレーニングが終わればケアが始まる。怪我をしないように入念にだ。人間の手によって俺の身体に異常はないかをチェックする。

 

(こればかりはありがたい。俺だけじゃ分からんもんがあるからな)

 

 身体を洗ったり色々とある。

 

「こういう時は暴れないんだよなぁ……相変わらず賢い馬だ」

 

 後、ちょっと偉くなった気分になれるので優越感に浸れる。

 そして馬房に戻って一日が終わり……なのだが。

 

「やっ、エリュシオン。今日もお疲れ」

(げっ、また来やがったよ)

 

 俺の馬房にはなぜかイアンがいる。ニッコニコの笑顔で、だ。

 イアン・ドイル。俺が所属している厩舎?ってとこのトップらしい。調教師とかそんな役職って耳に挟んだ。他のお世話係は全員コイツの下で働いているとのことだ。

 コイツに関しては本当に良く分からん。

 

「エリュシオン、君はまた厩務員を引きずり回したんだって?これじゃその内、俺の厩舎で働く人がいなくなってしまうよ」

(知るか。さっさと手を離さない方が悪い)

 

 俺の寝床を度々訪れては一方的に話していく。いや、そりゃ会話ができるわけないから当たり前なんだが、コイツは全く意に介さない。

 

「他の馬も、君を怖がってる。自分達に優しくしている人間に暴力を振るう君が怖いみたいなんだ」

(俺が知ったことかよ。慣れ合うつもりはねぇんだ、むしろ好都合だ)

 

 イアンの表情はこちらを心配するもの。俺のことを憐れむような目で見ている。

 

(なに憐れんでんだよテメェ……!)

 

 ふつふつと、頭が沸騰してくる。憐れまれて、蔑まれているような気がして、俺の苛立ちが募っていく。

 

「それに、他の子には担当厩務員がついているのに……君はいつまで経ってもつかないままだ。ま、ついた側から病院送りにしているからね」

(別にいいだろうがッ!人間なんて信用できるか!)

 

 生き抜くために必要最低限のことさえやってくれればいい。それ以上のことなんていらねぇんだよ!気を許したらろくなことにならないんだからよ!

 

「なぁ、エリュシオン。君は」

 

 もう、限界だ。

 

「ビヒヒィィィィンッッ!」

 

 馬房の扉を、思いっきり蹴り飛ばす。ガァン!と、音が鳴った。

 

『な、なにー!?』

『なんの音ー!?』

『またアイツだー!』

 

 厩舎にいる馬が驚いて、パニックになる。お世話係が必死に宥めているが、知ったことじゃない。俺は、目の前にいるイアンを睨む。ありったけの殺意を込めて、今すぐにでも殺してやろうか?という思いを込めて。

 荒くなる呼吸。イアンは……降参のポーズをとる。

 

「オッケー、オッケー。俺が悪かったよ。今日はこの辺で失礼させてもらうね」

 

 悲し気な笑みを浮かべるイアン。あぁそうだ、とっととどっかに行け。

 

「それじゃあエリュシオン、またお話しに来るよ」

 

 うるせぇ、二度と来るな。

 

『ほんとに怖いねーアイツ』

『なんであんなにガンガンしてるの?真似しようかな?』

『止めときな新入り。けがするぞ』

 

 他の馬共は俺を睨んだり、怖いもんを見る目で覗いている。睨んでるのは俺よりも先輩の馬だろう。

 ふん、知ったことか。藁に寝っ転がって休息をとる。

 

(俺に関わってきやがって……めんどくさいったらありゃしねぇ)

 

 どうか二度とこないように……そう願って、少しの間寝ることにした。




Elysium(エリュシオン)
性別:牡
父:Nijinsky II
母:Cheddar Livre
母父:Sir Ivor

主人公に名前がつきました。
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