そして英雄は愛を知る   作:カニ漁船

7 / 10
主人公のデビュー戦。


カラ競馬場、メイドン

 ラファエルの野郎が担当となってさらに月日は流れた。あれから俺は変わらない日々を過ごしている。

 

「あーっ!?待って待ってエリュシオン!僕の腕は餌じゃないってぇぇぇ!」

「……ラファエルにだけ大人しくなったと思ったけど、そんなことはなかったな」

「相変わらず今日も元気に噛みついてるわ」

 

 当たり前だ。そう簡単に気を許すと思ったら大間違いだ。信用なんてできないし、する気もない。

 休み時間、というか放牧中は走り回る。トレバーのヤツも乗らないし、時間になるまで好きなように過ごせる。アメリカでもそうだったが、この時間だけは本当に気楽だ。自分だけで過ごすことができるからな。

 

「エリュシオンは相変わらず走り回ってんなぁ。他の馬は……あ~、怖がって近寄らんな」

『こわいこわい……下手したらけられちゃう』

『クソっ、先輩の俺にさえも噛みつきやがって……!』

『つってもアイツ、速いからなぁ。俺らでも追い回すのに苦労するし』

 

 知るか。テメェらの見下した態度が気に食わん。同族とはいえ容赦をする気はない。俺の邪魔をするなら潰してやる。

 とまぁ、年が明けてからも俺の調子は変わらず。普通に過ごしていた。

 

 

 そして、今日は競馬場とやらに来ている。どうもここで俺はレースをするらしい。

 レース、というと……ウィリアムの言葉を思い出す。

 

『他のどの馬よりも前を走れ。勝利し続けろ。それこそが、お前の価値を証明する最もシンプルな方法だ……か』

 

 このレースってヤツが、俺の価値を証明するのに大事なことなんだろう。

 正直な話、ウィリアムの話に乗っているようで腹が立つ。大嫌いな人間の言うことを聞かされているようで、心底嫌だ。だが、アイツはアメリカにいた俺を救い上げた……いわば恩人のような相手だ。腹立たしいことにな。

 それに、今の俺は無価値だ。飯を食わされ、人間共に調教され、時間を浪費するだけの、何者でもない存在。そんな俺が価値を得るためには、やはり走って勝つほかないのだろう。

 

(幸いにも俺は速いらしい。自分では実感が湧かないが)

 

 同年代では敵なし、上の世代相手でもいい勝負ができるんじゃないか?みたいな話も出てるぐらいだったか?どうやら、走りの才能はあったようだ。

 

「よ~し、暴れるんじゃないぞエリュシオン」

 

 俺の上にはトレバーがいつものように跨っている。軽い調子で、飄々とした様子で俺を宥めようとしている。つか誰がテメェの言うことなんか聞くかよ。

 

「ま~俺の言うことなんて聞くわけねぇと思うが……聞かないとお前、走れなくなるぞ?」

 

 はっ?ど、どういう意味だ!?

 

「実は走るのに難あり、って判断された馬は一定の期間が経つまでレースに出られなくなる、って規定があってな」

(ちょっと待て、そんなのがあるのかよ!?)

「いつもの調子でロデオしたら……賢いお前なら分かるだろ?」

 

 つ、つまりあれか?トレーニングみたいにコイツを振り落とそうと躍起になると……俺はしばらくの間レースに出られなくなる、ってことか!?

 

(大人しく走らないと出走停止、かといってそのまま乗せるのは……ッ、グヌヌッ!)

 

 別に振り落として出られなくなっても、その内出れるようになる。レースに出れない時だけ我慢すればいいが、何度も繰り返すと……レースの出走自体できなくなる、なんて話もありえるわけだろ?そうなると俺の価値を証明することができない。

 で、価値を証明できなくなったら……その先はお察しだろう。どちらがより嫌か?を天秤にかけたら、そりゃあレースに出れなくなる方が嫌だ!デメリットがデカすぎる!

 

(なんか癪に障るから嫌だ!だったら、この時だけ我慢するしかねぇ……!)

「ブルル……ッ!」

「おっ、分かってくれたようでなによりだよ。んじゃ、頑張ろうじゃねぇか」

 

 俺は仕方なしに、トレバーと頑張ることに。調教ではこうはいかねぇからな!覚えてろよ!

 

 

 パドック?とかいう人間共がたくさん見に来ていた場所でぐるぐるし終わった後、競馬場へ。ふ~ん、ここが今回走る場所ねぇ。

 周りには俺以外にも馬がいる。馬には当然上に乗っている人間がいて、興奮気味な馬を宥めている感じだった。

 

『人間がいっぱいだ~』

『なんだろなんだろ?ちょっと怖い』

『がんばるぞ~』

 

 緊張?しているようにも感じられるな。俺以外に5頭、ゼッケンのようなものもちゃんとつけている。

 

(このゼッケンが確か、馬の番号……とか言ってたな。後はゲートの存在か。ゲートってのが何かは分からんが)

 

 多分だけど、アレかもしれない。ちょっと離れたところにある、たくさんの扉が並んでるヤツ。俺は確か、3番ゲートだったはずだ。ゼッケンの番号とは違うことに注意しておかねぇと。

 上にいるトレバーはというと、競馬場に着いた時から周りの馬をじっくりと観察していた。なにしてるのかはよく分からんけど、普段はおちゃらけたコイツしか見てないから、真面目な顔もできるんだなと感心する。

 

「……っと、そろそろゲートインの時間だな。行くぞエリュシオン」

(うるせぇ、命令すんな)

 

 3番ゲートへと入る。これが俺の最初のレースだ、とりあえず──勝つ

 

 

 

 

 

 

 カラ競馬場。空は晴れ模様であり、絶好のレース日和といえる。ビッグレースはないが、それなりの人数が詰め寄っていた。

 

「にしても、イアン厩舎のエリュシオンか……かなり気性が悪いって聞いてたけど」

「パドックでは大人しくしてたな。ただ、機嫌悪そうに耳絞ってたけど」

「それに、どうも入れ込んでるっぽかったね。どうなるのかしら?」

 

 エリュシオンの注目度は高い。なにせ父がニジンスキー*1、母は目立った活躍を残していないとはいえ、母父がサーアイヴァー*2なのだ。血統だけでも注目されるだろう。

 ただ、厩務員が何人も病院送りにされている噂も広まっており、果たしてどうなのだろうか?という認識が人々にはあったが……パドックでは大人しくしており、気性の悪さを見せることはなかった。機嫌が悪そうに見えたのも緊張だろう、と推測する。

 そして、いよいよレースが始まろうとしている。観客達の興奮は上がり続けていた。

 

《晴れ空が広がるカラ競馬場。初々しい新馬がゲートへと入ります。良馬場の7ハロン*3、勝利を飾るのはどの馬か?》

《注目したいのは父ニジンスキーのエリュシオンですね。他にもノーザンダンサー産駒のエルビナートもいます。血統ならばこの辺りでしょうか》

《ノーザンダンサーの後継種牡馬として着実に実績を積んでいるニジンスキー。このエリュシオンはどのように走るのか?》

 

 最後の馬がゲートへと入る。静まり返ったカラ競馬場の空気を切り裂いて──ゲートが開いた。拙いながらも馬達は一斉に駆け出す。いの一番に駆け出したのは

 

《最後の馬がゲートに入って、態勢整いました。メイドン*4レースが今っ、スタートしました!最初に飛び出したのは3番ゲートの5番エリュシオン!エリュシオンが真っ先に飛び出しますがッ、これは凄いスピードだ!》

 

 エリュシオンだ。誰よりも綺麗なスタートを切って、一気にハナを奪う。他の馬もつられるようにエリュシオンを追走するが、騎手が手綱を締めることで暴走しないようにしていた。まだ序盤も序盤、無理に追走してスタミナを削られるわけにはいかない。

 エリュシオンに騎乗するトレバーはチラリと後ろを確認する。他の馬がついてこないことを確認すると、手綱を締めることなくエリュシオンの動きに合わせる。

 

「そらそらっ!そのままぶっ飛ばしていきな!」

 

 まるでラビット*5のように動くエリュシオンに、観客は戸惑いの声を上げている。

 

《エリュシオンが快調に飛ばしていきます。先頭はエリュシオン、すでに1ハロンを通過してその差をグングン開くエリュシオン。遅れること2番手はベルテッドスカイ、外にアライアンスデュー。4番手にエルビナートがつけています。後ろにリゼスタ、最後方はアンドリュードレッシーと続きます》

 

 観客の戸惑いなんてお構いなしに飛ばしていくエリュシオン。どこでブレーキがかかるのだろうか?まさかこのままいくのだろうか?誰かがごくりと喉を鳴らす。

 エリュシオンは──止まらない。トレバーは依然として手綱を緩めたままであり、行きたいように行かせている。3ハロン、4ハロンと過ぎても変わらないペース。本当に大丈夫なのだろうか?と疑問が浮かばずにはいられない。

 8馬身近い差を広げているエリュシオンを眺める観客達。すでに5ハロンを切っていた。

 

《先頭はまだエリュシオン、エリュシオンだ。エリュシオンが軽快に飛ばします、2番手に変わったアライアンスデューを8馬身置き去りにして先頭を駆け抜ける!》

《いやはや、凄いですね。まさか、これで流して走っているのでしょうか?》

《ですが、さすがにペースが落ちてきたか?エリュシオンと後続の差がわずかにですが縮まってきています!そしてエルビナートが上がってきた!エルビナートが上がってくる!》

 

 先頭を走るエリュシオンはペースが落ちてきたのか、後続との差が縮まってくる。

 観客達の視線はエリュシオンだけではなく、後続から上がってくる競走馬達にも向けられる。誰がここから並び立つか、エリュシオンを捕まえることができるかと期待に胸を高鳴らせ、気持ちを吐き出すように声を上げる。

 残り1ハロンを切ったところで、トレバーは後ろを振り返る。差を十分に確認すると、エリュシオンに鞭を入れた。

 

「とろとろしてると追いつかれちまうぜ?じゃじゃ馬さんよ!」

 

 この鞭でスイッチが入ったのか、エリュシオンのスピードが再び上がる。エルビナートにベルテッドスカイが捕まえようと躍起になっているが、エリュシオンはさらに差を広げる。アライアンスデューも追いすがろうとしているが、すでにいっぱいいっぱいのためか近づくことすらままならない。

 観客は見せつけられる。エリュシオンのスピードが飛び抜けていることを、この場に出走しているどの馬よりも速いということを。そして、確信する。このレースの勝者を。

 

《残り1ハロンを切って鞭が入った!エリュシオンが突き放す!エリュシオンがさらに突き放す!エルビナートが上がってくるが、5馬身に差を縮めたところが限界だ!》

《おぉっと、これは凄いスピードだ!決まったね!》

 

 序盤から終盤まで、他馬に影をも踏ませぬ逃走劇を披露。まるで風のように駆け抜けた勝者の名は──

 

《そして今っ!エリュシオンがゴールラインを駆け抜けた!勝ったのはエリュシオン!エリュシオンが見事に駆け抜けました!2着に5馬身差をつける快勝劇!》

《序盤から終盤までずっとリードを保ち続けましたね。これは今後も期待できますよ》

《2着はエルビナート、3着はベルテッドスカイ!1番人気の期待に見事応えましたエリュシオン!》

 

 エリュシオン。カラ競馬場に集まった人々は勝者を祝福するように、歓喜の声を上げていた。

 

 

 

 

 

 

 気づいたら終わってた。初めてのレース、最初から最後まで無我夢中で走っていたからほとんど覚えていない。鞭を入れられたことだけは分かったけど。

 お陰様で大分キツいが……俺はどうやら1着だったらしい。

 

「お疲れさんっ、エリュシオン。お前が1着だぜ?」

 

 トレバーがバシバシ叩いてくるが、そんなことすら気にならない。

 ハハ、そうか……俺が勝ったのか……ッ!

 

『悔しい~!』

『負けたー!負けたー!』

『アイツ速すぎ!疲れたー!』

 

 周りからは他の馬共の悔しそうな声が聞こえてくる。騎手達が宥めるように声をかけているが、俺にとってはどうでも良かった。

 胸の奥からふつふつと湧き上がってくる、今まで感じたことのない気持ち。どうしようもなく嬉しくて、滅茶苦茶叫びたくなる。疲れているはずなのに動きたくて、全身を使って表現したくなる。

 誰かに教えたくてたまらない、やってやったと伝えてやりたい。

 

(あぁ、そうか……これがッ!)

『勝つって感覚か……!』

 

 存外、悪くない。

*1
言わずと知れた英国三冠馬。マルゼンスキーの父

*2
英国二冠馬。他には英チャンピオンステークスとワシントンDCインターナショナルを制した

*3
約1400m

*4
日本における未勝利戦。海外では新馬戦と未勝利戦が分けられていない

*5
海外におけるペースメーカーの役割を持つ競走馬のこと




エリュシオン

未勝利戦 7ハロン(約1400m) 1着 5馬身

一気にハナを奪ってからの逃走劇。
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