そして英雄は愛を知る   作:カニ漁船

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今後のこと

 さて、まずは無事に1勝目だ。俺の価値が1つ上がった、ってところだろうか?

 

『……フフフ』

 

 反省点はたくさんある。無我夢中で走ってたからなんも覚えてねぇとか、まだ1勝しただけなんだから調子に乗るんじゃねぇとかな。でも……勝つって感覚は存外悪くない。前世ではほとんど味わえなかった感覚だ。

 

『ねぇ、なんかアイツ笑ってるけど』

『気にしない方がいーよ。けられちゃうよ』

 

 俺を讃える声も少なからずあった。トレバーのヤツにバシバシ叩かれても気にならねぇぐらいには良い気分だったぜ。

 今後も勝ち続ければ、同じような感覚を味わえるだろう。だったら、もっと頑張ろうって気持ちになれる。我慢してよかったって思えるからな。

 

『こわぁ。なんで笑ってるんだろ』

『相変わらず不気味なヤツ……』

 

 やべぇな、興奮が収まらねぇッ!早く走らせろ!馬房から出せー!

 

「お、落ち着いてエリュシオン!そんな扉をガンガン蹴らないで!」

『うるさーい!』

『相変わらずじゃねぇかアイツ!うるせぇんだよ!』

 

 うるせぇ!さっさと走らせろ!もっともっと速くなるんだよ俺は!

 

 

 小一時間が経って。

 

『……俺は今まで何やってたんだ?』

 

 幾分か冷静になった。マジで何やってんだよ俺。まだ1勝しただけじゃねぇか。喜ぶには早いだろ。

 

『なんか恥ずかしくなってきたな……いつもみたいに人間共の会話を盗み聞きしよ』

 

 さっきまでの自分を忘れるために、俺は人間の会話に聞き耳を立てる。気晴らしになるし、なにより会話の内容も中々楽しめるものがあったりするからな。暇つぶしにはもってこいだ。

 

「……しても、エリュシオンが早くも勝ったな」

「ん?そうだな。同期の中でアイツが一番乗りだったな」

 

 ほほう、俺が勝った時の話か……もうちょっと聞き耳立てよ。

 

「まぁ調教でもアイツだけ飛び抜けてたしな。同世代でもいい線行くんじゃねぇか?」

「どうだろうな~。ここから他の有力馬が出る可能性だってあるし。特にヴァンサン厩舎に良いの入ったんだろ?」

「なんつったっけ?確か……エルグランセニョールだったか?」

 

 なんだと?俺が勝つに決まってんだろ……違う違う。エルグランセニョールねぇ。そいつが有力候補なのか?

 

「そうそう、エルグランセニョール。後、ウィリアムさんがどういうローテで行くかだよな。イギリスのクラシック三冠は堅いだろうけど」

「ウィリアムさんな~。あの人、たまにここに来るけど……怖いよな、正直」

「いつもムスッとしてるからな~。昔はあぁじゃなかったらしいけど」

 

 クラシック三冠……聞いたことねぇな。とにかく凄そうなレースなのは分かるが。にしても、あの2人は声を潜めて会話をしているな。周りには誰もいないのに、それでも警戒せずにはいられないって感じだ。凄く小さい声で会話をしている。これを聞きとれるって馬の耳は凄いな。

 

「それはともかくとして。エリュシオンのローテはま~イギリスの三冠だろ。あの人凄く拘ってるし」

「毎年送り込んでるもんな。でも、あんまり芳しくないよな~。三冠でも狙ってるのかね?」

「それだけじゃないらしいぜ?どうもあの人、()()()()を狙ってるらしいんだよ。ただの噂だけどな」

 

 ほーん?ウィリアムが狙っていることねぇ。

 

ニジンスキー越え……狙ってるらしいぜ?」

「に、ニジンスキー越「バカ!声がデケェって!」す、すまん……てか、ニジンスキー越えって。普通じゃねぇぞ?」

 

 なんでそんなに焦ってるんだ?相手もうんうん頷いているし。そんなに難しいのか、ニジンスキー越えってヤツは。てかニジンスキーってどっかで聞いたことあるな……どこだっけか。

 

「でも、クラシック馬のローテを考えたら不思議じゃない。セントレジャーから凱旋門賞に向かってるケースが多いだろ?」

「……あ~、確かに。他は回避してるけど、ウチは結構あるよな」

「そそ。んで、そっから噂が出てんのよ。ウィリアム・バーグマンはニジンスキーを超える馬を出そうとしてる、ってな」

 

 ……思い出した。アメリカで成金豚がしょっちゅう口にしてた名前だ。クソ、嫌なもん思い出した!

 

「つっても、根拠としては薄くねぇか?それくらい別の厩舎でもある話だろ?」

「さっきも言ったけど、これはあくまで噂だよ噂。そーいう狙いがあるんじゃないか?ってだけの話」

「さすがにないだろ~。ニジンスキーがどれだけ凄かったって話だよ。それを超えようだなんてな」

「ま、今の話は忘れてくれ。さ~て仕事仕事~」

 

 話は終わった……にしても、ニジンスキー越えねぇ。そんなに凄かったのか?ニジンスキーってのは。

 

(凄さが全然わからんからな。どういう馬なのかも知らんし)

「エリュシオ~ン。そろそろご飯だよ~」

 

 ……分からん!とりあえず次のレースに備えよ。後余計なもん思い出してイライラしてるからラファエルの腕を噛んでやる。

 

「イタタタッ!また噛まれたぁ!?」

 

 にしても、中々良い情報が聞けたんじゃないだろうか?……俺の今後に何の関係があるのかは不明だけど。

 

 

 

 

 

 

 厩舎で一番期待されているエリュシオンが無事にメイドンを勝ち抜けた。それも強い勝ち方で。

 

(いつになっても嬉しいものだね。管理馬が勝つっていうのは)

 

 勝てる馬もいれば負けてしまう馬もいる。いや、負ける馬の方が圧倒的に多いこの世界で、自分が管理している馬が勝つっていうのはとても嬉しいことだ。思わず鼻歌を口ずさみたくなるくらいに。

 

「イアンさんご機嫌だな」

「エリュシオンが勝ったんだもの。そりゃあ嬉しいわよ……あんなじゃじゃ馬でも」

 

 じゃじゃ馬……エリュシオンの場合じゃじゃ馬で済ませていいのかは分からないけどね。

 

(ラファが担当になってから幾分か落ち着きを取り戻したとはいえ、いまだにあの子は凶暴だ)

 

 職員も近寄りたがらないし、近づいたら最後、蹴る・噛むのどちらかが待っている。お世話をするのだって命がけだ。唯一ラファだけはあまり被害を受けてないけど。

 

(ラファの優しさを無意識に感じ取っているのかもしれないね)

 

 これは俺の願望だけど。そうであってほしいものだ。願わくば、エリュシオンが我々に気を許してくれる日が来ると良いね。

 

 

 業務が終わって、俺はある場所へと足を運ぶ。その場所とは……ウィリアムの会社だ。

 受付の女性と一言二言会話を交わし、ウィリアムが待つ部屋へと歩いていく。いつもよりちょっと早く着いたような気になりながら、ノックして扉を開ける。

 

「──来たか、イアン」

「やぁ、ウィリアム。待たせたね」

 

 目の前には白髪交じりでモノクルをかけた、一般人が見ればあまりの圧に腰を抜かしそうな雰囲気を放つ男……エリュシオンの馬主であり、大会社の社長兼俺の親友であるウィリアム・バーグマンが座っていた。俺は慣れているから気にしたことはない。

 早速向かいのソファに座って、本題を切り出す。エリュシオンのことだ。

 

「エリュシオンは無事に未勝利戦を勝ったよ。やっぱり嬉しいものだね」

 

 できる限り明るく言ったんだけど、ウィリアムはピシャリと言い放つ。

 

「勝って当然だ。あれほどの才覚、むしろ負ける方が難しいというもの」

「コイツは手厳しいね。嬉しくないのかい?」

「これから先のことを考えれば、未勝利戦を抜けたぐらいで喜んでもらっては困る」

 

 毅然と言い放つウィリアム。厳しいねぇ、未勝利戦を勝つってだけでも凄いと思うんだけど。

 けど、これもウィリアムの期待の表れだ。期待していなければ、彼はそうか、の一言で済ませる。むしろいちいちそんな報告をしてくるな、とか言いそうだね。実際には言われたことないんだけど。

 エリュシオンはかなり期待されている。だからこそウィリアムも厳しい言葉を投げてくる。この期待に応えるのが、調教師としての俺の仕事だ。

 

「それで、エリュシオンの次走はどうする?」

 

 すでに答えは決まっていたのか、ウィリアムは間を置かずに答えた。

 

フェニックスステークス*1だ。ここを勝て」

「出走ではなく勝て、か」

「エリュシオンならば、やれるだろう?」

 

 ……本当に、かなり期待しているみたいで。

 

「フェニックスステークスの後はナショナルステークス*2、その後はイギリスに遠征だ。覚えておけ」

「イギリスに遠征……ってことは、デューハーストステークス*3かい?」

 

 ウィリアムは首を縦に振る。ナショナルステークスからのデューハーストステークスか……普通のローテだな。

 

「手始めに2歳王者としての地位を確立してもらう。そして来年度、クラシックに関してだが」

「……英国クラシック三冠へ挑むんだろう?」

「当然だ。その地位は落ちぶれつつあるが……私の意思は変わらない。クラシック三冠、全てに挑む」

 

 現在、英国のクラシック三冠は無理に目指すものではなくなっている。理由は色々とあるが……ここで語ることでもないね。ウィリアムはそれでも挑んでるんだけど。

 

 

 大体の指針が決まったから長居は無用だ。お互い、仕事のこともあるしね。

 

「それじゃあウィリアム。また」

「……良い知らせを運んでくれることを祈っておく」

「頑張るだけさ、最善を尽くすよ」

 

 おっと、帰る前に1つ聞いておかないと。これは調教師としてのイアンではなく、親友として聞きたいことだ。

 

「リアラちゃんは元気かい?」

 

 リアラちゃん、というのは彼の娘だ。まだ幼いが、難病を患っていて入院生活を余儀なくされている。オズワルドが言っていたご息女というのが、リアラちゃんのことだ。

 この質問に、表情を変えなかったウィリアムの顔が少し綻んだ。本当に少し、長年見てこなければ分からないぐらいの差。

 

「……最近は良くなってきている。まだ油断はできんがな」

「そっか。それは良かったよ。なら、彼女のためにも良いニュースを運んでこないとね」

「頼む」

 

 今は調子が良いのか……本当に良かった。嬉しいことが重なって、さらに気分が良くなったよ。

 ウィリアムの会社を出て、軽い足取りで厩舎へと戻る。きっと良いことが待っているだろう……

 

 

 そんな俺を待っていたのは。

 

「いっつつ……っ!」

「おい、大丈夫か!?クソッ、エリュシオンのヤツめぇ……!」

「ゆ、油断した……っ!」

 

 エリュシオンに蹴られたであろう、うずくまっている職員の姿だった。あぁ。

 

(君も、もう少し大人しくなってくれないかな、エリュシオン)

 

 人間が憎いのは分かるけど、その内死人が出るんじゃないかな?これ。

*1
アイルランドの2歳G1。重要な競走となっている

*2
アイルランドで最も重要な2歳競走G1。なおこの時代ではまだG2

*3
イギリスの2歳G1。欧州全体でも特に重要視されている競走




フェニックスステークス 8月

ナショナルステークス 9月

デューハーストステークス 10月

現在7月頭。ローテはこんな感じです。
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