そして英雄は愛を知る   作:カニ漁船

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調教と2走目。


抑えられない気性

「トレバー、エリュシオンはどうかな?」

 

 今日もトレーニングが始まり、トレバーを乗せて走ろうって時、イアンがそんなことを聞いていた。俺がなんだ?

 トレバーはイアンの言いたいことが分かっているのか、やれやれとばかりに首を横に振っている。何だテメェその反応は。

 

「さっぱりだ。相変わらず、こっちの言うことなんか聞きやしねぇ。必要最低限のことは聞いてくれるが、それ以外はダメだな」

「そうか……未勝利戦も、能力差で押し切ったって感じだったからね」

「あぁ。こっちも調教の度に教え込んではいるんだが、ダメダメだな」

 

 あ?うるせぇよ、勝てばいいだろうが勝てば。テメェらの言うことなんか聞かなくても、俺1人でなんとかするから問題ねぇ。

 

「ブルル……ッ」

「いつも通り気が立ってんなぁ。なにがそんなに気に食わねぇんだか」

 

 全部だ、全部。お前の態度が気に食わねぇんだよ。今この場で蹴ってやろうか?つか蹴ってやる。

 脚で蹴りつけようとするが、トレバーはひょいっと躱しやがった。ッチ、大人しく蹴られてればいいのによ。追撃するのも面倒だし、この辺で大人しくしといてやる。

 

「なんとかレースに出走できるだけの気性にはなったけど……レースのことも覚えさせないとね」

「そうは言うがよぉイアンさん。かなり難しいぜ、それは」

 

 俺が蹴らないことを悟ってか、トレバーはすぐさまこっちに戻ってきた。そして俺の身体をバシバシと叩く……叩くんじゃねぇよテメェは。

 

「エリュシオンは確かに賢い。だが、根っこの部分はそう簡単に変えられない……人間嫌いのコイツが、俺らの言うことなんか素直に聞くとは思えねぇよ」

「あ~……やっぱりか?」

「やっぱり、じゃないぜイアンさん。あんただって分かってるだろ?エリュシオンが俺らを信用するのは厳しいって」

 

 あ゛?テメェらを信用だと?バカも休み休み言え。死んでもごめんだよ、そんなこと。

 イアンはというと、苦い表情。なんとかしたそうに見えるが……諦めろ。俺をあの地獄から救い上げてくれたのは感謝しているが、それとこれとは話が別だ。

 

「分かってる……分かってるんだけど。それでもどうにかするさ」

「……ハァ。あんたがそう言うんだったら、俺もできる限りのことはやる。だが、期待はしないでくれ。コイツの人間嫌いは……相当だ」

 

 フン、無駄な努力をご苦労なこった。さっさと諦めた方がテメェらのためだぜ?

 

 

 トレバーが俺に跨り、本格的に始まる。いつもの調子かと思ったが……トレバーが俺にささやきかける。

 

「知ってるか?エリュシオン。実は……騎手の言うことを聞かねぇ競走馬はレースに出られなくなるんだぜ?」

 

 はっ?……いや、嘘だろテメェ。俺をバカにしてんのか?

 

「あまり俺に反抗しすぎると、本番のレースには出走できなくなるかもな?」

 

 ……んな嘘に騙されるかバカがよ!今ここで振り落としてやろうか!?

 

(そりゃ、出走するのに難ありって判断されたら出れなくなる、ってのは分かる。けどなぁ!)

 

 言うこと聞かねぇ馬なんて俺以外にもたくさんいるだろうが!そいつら全員出走できなくなるってのか?んなことありえるかよボケ!テメェを振り落とせるぐらいにスピード出してやらぁ!

 が、結局コイツは普通に騎乗していた。上からやっぱりか、みたいな溜息が聞こえてくる。

 

「は~あ、やっぱダメか~」

 

 今のでいけると思ったのかテメェは?おめでたい頭してんなおい。

 とにかくトレバーを振り落とそうと躍起になる。またロデオのように動くが、トレバーは相変わらず振り落とされる気配はない。クソがッ!

 

(……冷静になれ。これ以上は体力を無駄に消費するだけだ)

 

 これまで何度か振り落とそうと頑張っていたが、コイツを振り落とせたことは一度もねぇ。だったら、やるだけ無駄だ。そこまでムキになることでもないしな。次のレースだって勝たなきゃいけねぇし、体力を無駄に消耗するぐらいならトレーニングにあてた方が有意義ってもんだ。後、終わった後に蹴ればいいし。

 

「……おっ?今日はもうロデオはしねぇのか?」

 

 うるせぇ。そんなことやるぐらいなら、トレーニングをやった方がマシだってんだよ。まだまだ走れるってことをアピールしておく。言葉を交わせないからな、こうして意思表示するしかない。

 

「よ~しよし、お前は賢いなぁ」

 

 黙れ。頭撫でんじゃねぇよ腹立つな。ラチにぶつけてやろうか?テメェ。

 

「ブルル……ッ」

「なんだ嬉しいのか?お前も可愛いとこあるじゃねぇか」

 

 ちげーよバカ!マジでラチにぶつけてやろうか!?首をバシバシ叩くんじゃねぇ!

 

 

 

 

 

 

 次のレースまでの間に、トレバーはあの手この手で俺を制御しようとしていた。俺が言葉を理解することが分かっているからか、手綱や足を使うだけではなく、言葉で制御しようとしていた。

 

「ここは抑えろ~じゃないと最後までもたねぇぞ」

「カーブじゃ減速な。曲がり切れずに外に膨らんじまう」

「周りのこともちゃんと見ろよ」

 

 が、全部無視した。なんでテメェの言うことを聞かなきゃならねぇんだよ。つか、とりあえず言ってる感が強いんだよ、お前の言葉は。そんな命令に誰が従うか。

 

「……ま、だよな~」

 

 結局コイツはなにがしたいんだ?上に言われたからとりあえずやりました~、感が強い。なにを狙ってんだ?

 トレーニングも終わり、コイツを振り落とす。伸びをして仕事をしました~って感じのトレバーだが、すぐに表情が強張った。

 

「トレバーさんでもダメなのか。だったら……それこそアレックスさんしかいなくね?」

「でも、アレックスさんが乗るのってクラシック以降だろ?基本そうだし」

 

 なんだなんだ、何の話してんだ?アレックスってヤツがどうかしたのかよ。俺に乗るのか?んでもって、隣から不機嫌オーラを感じ取る。発生源はトレバーのヤツだ。

 トレバーは父親の名前が出ると、露骨に不機嫌になる。口にした人間をぎろりと睨みつけ、睨まれた側は脚が竦んでいた。

 

「……ッチ、どいつもこいつも親父親父ってよ。そんなこと、俺だって分かってんだよ」

 

 何だコイツ、親父のこと嫌いなのか?拳も強く握りしめちゃってよ。

 トレバーはこちらへと視線を向ける。なんていうか、表情は暗い。

 

「お前はすげぇヤツなのによ。結局俺は……」

 

 おい、ナイーブになるな。戸惑うだろうが。後俺の身体をさするな。鬱陶しいから離れろ。

 

「いてっ、いてっ。元気出せってか?悪かったな、気分下げちまって」

 

 ちげーよ、鬱陶しいから離れろってんだよ。んな暗い雰囲気で俺に近寄んなめんどくせぇ。誰がテメェなんか励ますか。

 とまぁ、トレバーのヤツはどうも父親となにかあったらしい。そのなにかはよく分からんが、話題に出る度にトレバーは露骨に機嫌が悪くなる。そして落ち込むまでがワンセット。こんな光景、いくらでも見てきた。

 

(にしても、他の馬よりも速く走れてんな……よしよし)

 

 俺にとってはどうでもいいことだけどな。そんなことよりも、俺は着実に強くなっていってる。それが分かれば十分だ。

 

 

 次のレースまでこんな調子で進んでいた。そして迎えた俺の第2戦、フェニックスステークス……とかそんな名前のレース。前とは別の場所で走ることになった*1

 俺は未勝利戦と同じ感じで走っていた。スタートして、ずっと先頭に立って走る。競りかけてくるヤツがいたが、お構いなしに走っていた。

 

「抑えろ、エリュシオン!」

 

 が、上にいるトレバーは手綱を締めてきやがる……ッ!めんどくせぇんだよ!俺を縛るな!

 

(テメェの指示なんか聞くかよ!)

 

 ただ跨っているだけでいい、俺の邪魔をするな!誰の力も借りねぇ……俺だけの力で勝つ!

 

「……クソッ!」

 

 早く緩めろ!俺の邪魔をするな!

 

《序盤から激しい競り合いが続きます。スタートでキングペルシアンが躓くアクシデントがありましたがなんとか走っている最後尾。先頭はガライベントとエリュシオン、この2頭が競り合ってガンガンペースを上げている。しかし、エリュシオンはやや折り合いを欠いているか?》

《鞍上のトレバー・デビュアスが必死に手綱を抑えていますね。ですがエリュシオンは前にいかせろとばかりに反抗。これはいけません》

《すでにエリュシオンとガライベントは3番手との差を7馬身近く広げている。13頭が縦長の展開で進んでいきます、フェニックスステークス。先頭はこのペースでもつのか?エリュシオンはかなりまずい状況だぞ》

 

 あ゛ぁ゛クソ!さっきからトレバーが手綱を締めやがってめんどくせぇ!誰がテメェの指示に従うかよ!無理矢理にでも前に進んでやる!

 もうどんだけの距離を進んだのか分からない。1ハロン?2ハロン?下手すりゃもっとか?気づいた時には、手綱が緩んでいた。

 

「……分かったよ!もう好きにしろ!」

 

 はっ、それでいい。それでいいんだよテメェは。

 

『どけッ』

『え?は、はやっ』

 

 全部全部、置き去りにしてやる。他のヤツらなんかに……負けるかよッ!

 

《諦めたトレバー、手綱を緩めてエリュシオンが加速!まだ3ハロンを過ぎたところ、ようやく半分だ!ですがこれはかなりの加速だ、ガライベントを引き離していくぞ!》

《スピードは一級品ですね。後はスタミナがもつかどうかといったところでしょうか?》

《終盤で折り合いを欠いていたのが響くかどうか。じわじわと引き離していくエリュシオン、ガライベントは2番手に後退!最後方からキングペルシアンが上がってくるぞ、グレイドリームも5番手から上がってくる!》

 

 隣にいたヤツを引き離して走る。何も考える必要はねぇ、走ってれば勝てる。

 残りの距離なんて考えない、がむしゃらに突っ走る。隣になんか来たと思ったら、そいつをまた突き放すように走る。

 

《残り2ハロンを切った!先頭は依然としてエリュシオンだ、エリュシオンだ!ガライベントはちょっと苦しいか?グレイドリームが伸びてきた!グレイドリームがエリュシオンに並ぼうとしている!そしてっ!キングペルシアンが最後方から飛んできたァァァ!》

《じっくりと脚を溜めていましたからね。エリュシオンはピンチですよ!》

《エリュシオンが逃げる逃げる!グレイドリームがその差を2馬身と縮めた!キングペルシアンも追いついてきたぞ残り1ハロン!》

 

 隣に何かが来た。視界の端に、馬の姿を捉える。今はかなり苦しい。後どんだけ走ればゴールに着くんだよ?そればかりを考える。

 

『どきなさい……どきなさいっ!』

 

 どけ……どけ……どけッ!邪魔だ!誰も俺の前を走るんじゃねぇ!俺の後ろを走ってろ!

 

『ッぐ、くぅ……ッ!ど、どうなってるのよ……!?』

『うおおぉぉ!追いつけぇぇぇ!』

 

 邪魔なんだよ……ッ!負けて、たまるかッッ!

 

《エリュシオン驚異の粘り!グレイドリームが半馬身まで追い詰めたが、エリュシオンがそれ以上は縮ませない!キングペルシアンも来たがエリュシオンは抜かせない!エリュシオンっ、エリュシオンッ!エリュシオォォォォン!エリュシオンがねじ伏せたぁぁぁ!》

《残り1ハロンからの粘りが凄かったですねぇ……!折り合いを欠いて、スタミナを余分に消耗して!それでも勝ちました!これは本当に強い馬ですよ!》

《これは今後が非常に楽しみですね!これで折り合いがつけば果たしてどうなるのか?怪物の産声が、確実に聞こえてきているぞ!2着はキングペルシアン、3着はグレイドリームです!》

 

 どこまで走ったかは分からない。だが、また手綱が引かれる。しかも、道中のような生易しい力じゃない。確実に止めるような力で、だ。

 

『グッ!?』

 

 さすがに止まらないといけないと判断。減速して……辺りを見渡す。

 

「すげぇぞー!エリュシオーン!」

「次も頑張ってー!」

 

 聞こえてきたのは、人間共の喜ぶような声。しかも、俺の名前を呼んでいる。

 上からトレバーの憎々し気な声で呟きが聞こえた。

 

「……お前の勝ちだよ、エリュシオン」

 

 ……ハッ、また勝てたか。また、俺は勝ったのか!

 

(よしっ、よしよしッ!)

 

 これで2連勝……!順調に積み重ねていってる!それに、勝つって感覚は最高だ!たまらない!

 

「それにしても、騎手の方はどうかしら?」

「馬に振り回されてるよな。馬の能力だけで勝ってるって感じ」

()()デビュアスの息子なのになぁ」

 

 次も勝つ、絶対に勝つ!この快感を、何度でも味わうために!

*1
フェニックスパーク競馬場。現在は既に閉鎖している




フェニックスステークス 1着 1/2馬身差


まぁ大人しく言うこと聞くわけないよねって。
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