ゼニス・グレイラットとその後の周辺〜無職転生IF〜   作:はつのとうこ

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・時系列
社長戦後辺りを想定


女子会

 

 魔法都市シャリーアの酒場にて。

 普段は雑多な賑わいを見せるその店の一角に、何故か誰も寄りつかないテーブルがあった。

 

 剣王『ギレーヌ』

 

 その名を知らぬものはいない大物が、伝聞通りの容姿で誰かを待つように静かに目を伏せて席に着いていた。

 店内の人々は各々脳裏に彼女の武勇伝を浮かべながら、触らぬ神に祟りなしと触れる事はしなかった。

 

「──はーい、待たせたわね」

 

 不意にそんな彼女に声をかける者がいた。その場に冒険者がいればすぐに彼女が『エリナリーゼ』と呼ばれる手練れの冒険者である事はすぐに分かったであろう。目を惹く女性であった。

 そんな彼女は奇妙な椅子の上に一人の女性を座らせて、それを押しながらギレーヌの席に着く。三人が顔を合わせるようにして円卓につくと、ギレーヌが「待たせすぎだ」と瞼を持ち上げた。

 それから二人を一瞥すると、「ふん」と静かに鼻を鳴らした。

 

「久しぶりだな、エリナリーゼ──ゼニス」

 

 その言葉にエリナリーゼは頷き、そしてもう一人の女性は満面の笑みを返した。

 

「本当に久しぶりね、ギレーヌ……全然変わってないわね」

 

 『ゼニス』と呼ばれた女性は若干目元を潤ませながら、ギレーヌの肩にそっと片手を置いた。まるで目の前の人の存在が信じられないような様子である。

 対するギレーヌはそんな彼女にほんの少しだけ目元を緩めながら、手を重ねた。

 

「お前達は……いや、お前達もあまり変わっていないな」

 

 後半はゼニスの下半身にチラリと目線を送りながら、それでも何かを飲み込むようにして首を振った。

 

「まぁ何にしてもまずはお酒。さ、今日は飲みますわよ」

 

 いつの間にやら店員に頼んでいたらしい麦酒を二人に配ると、エリナリーゼはそれぞれに目配せした。

 

「友人との再会に……乾杯」

 

「「乾杯」」

 

 三人の女性はそれぞれ喉を鳴らして手に持った酒を飲み下した。

 そして、三人共が仲良くそのジョッキを下ろす頃には、その勢いは霧散していた。

 想いは皆一緒だった。

 

「……この場にタルハンドとギースもいればよかったんですけど」

 

 ゼニスは頷く。

 

「……パウロもな」

 

 そしてギレーヌは何か推し量るような声音で、隣に座るゼニスに目線を送った。

 まるで気を使うような視線に首を振ったのは当の本人のゼニスであった。脳裏に夫の顔を浮かべながら、静かに微笑む。

 

「もう一年も経つのよ……吹っ切れたとは言えないけど、それでも前に進まなきゃって思ってる」

 

 「それに一人じゃないしね」と今度は楽しそうな笑顔に変わった。

 ギレーヌは少しだけ安心したような顔をするとそれから気になっていたであろうゼニスの椅子に目を向けた。

 

「それも、(ルーデウス)が?」

 

 ゼニスが座っている椅子は奇妙な物だった。

 頑丈そうな黒い円柱が背もたれや脚の部分を支えており、その両脇には妙な質感の車輪が接着されていた。真っ黒な車輪の縁はこうしてみてみると少し柔らかそうにも見える、見たことのない物質で構成されていた。

 まず普通の街では見かけない。言ってしまえばヘンテコな椅子である。

 

「そうなのよ、ルディったら私のためにわざわざこんな凄い椅子を作ってくれたのよ……確か『クルマ椅子』って言ってたかしらね。凄いのよ、少しの間なら魔力で走る事も出来るんだから」

 

 ちょっぴり興奮した様子のゼニスに、ギレーヌはさもありなんと頷く。

 

「まぁそんな訳の分からん物を作るのは奴くらいだろうな……つくづくパウロの息子とは思えん」

 

「ふふ、それはわたくしも思いますわね。パウロには悪いですけど、わたくし今でもパウロの子供とは信じてませんもの」

 

 「失礼しちゃうわね」とはゼニスの言葉だったが、しかし本人も強くは言えない。それほど『ルーデウス』は傑出して優れた人物であった。それを母親であるゼニス自身もよく理解していた。

 

 そんな彼はつい先日、目の前にいる剣王と共にかの『龍神』とも相対したと聞く。後から知った時は彼の嫁二人と揃って盛大に息子のことを非難したものである。

 なんならまた新しい美人を連れてきたりして、それもゼニスには頭の痛いことだった。

 

 ──話が逸れた。彼は間違いなく、英雄、英傑。そう言ったものの類である。少なくともその素質があるのだ。彼と自分達を同じ程度で語るのは、少々無理があるだろう。

 

 とはいえ同時に彼がどれほど家族を大事にしているのか身に染みているゼニスは、息子の手作りの椅子を撫でながら首を振った。

 

「私も最初は不安だったのをよく覚えてるわ。でも、何時だったかしら……そう、確かリーリャの妊娠が発覚した時ね。あの子なりに家族を守ろうとしてくれた時から、不安は消えていったわね」

 

 思いがけず出た話題に、エリナリーゼは主題を放り投げて思わず口を開いた。

 

「そういえばそれ、この際だから聞きたいですわ。気になっていましたの、よくリーリャを追い出しませんでしたわね。わたくし貴方ならてっきり──」

 

 エリナリーゼの言うことは尤もだった。

 ミリス教の経典には『一人の相手を愛すべし』などと記されているくらい不義理を許さない厳格なものである。ゼニスはそんなミリス教徒の娘であるため、当然『そんな事』をして家族を維持できるような家庭で育った訳ではないのだ。

 思う所はあったのだろう。

 実際、ゼニスもそれには頷いてしまった。

 

「……そうね。私もそう思うわ」

 

 しかし、まぶたの裏に蘇るのは家族を守ろうと不安な瞳でゼニスを見上げる息子の姿だった。それに付随して二人の妹の出産時や、血の繋がりが半分しかない妹への授乳の件などが想起した。

 彼は、紛れもなく家族を愛していた。

 あの子が居たから、自分は冷静でいられたのだ。だからゼニスは娘を二人も持ったのだ。もう一人の妻を親友として失わなかったのだ。

 全てルーデウスのおかげだ。

 そんな事をつらつらと口にすると、二人は揃って頷いた。

 

「……なるほど」

 

「やっぱりルーデウスったら、子供の頃から利発でしたのね」

 

 正直に言ってしまえば、利発と呼べる段階を超して不気味ですらあった。

 しかし先述の件や、何より家族に接する言葉を聞いて、ゼニスは考えを改めたのだ。

 あの子は少し変わっていても、息子として家族を愛してる。それさえ分かれば、少しくらい変わっていても問題なかった。

 

「──ま、羨ましかったら二人も産みなさい」

 

 「ええ、すぐにでも」とは、ついぞあり得ないと思われていた愛する人を見つけたエリナリーゼ。

 「あたしはいい」とは、とっくに女を捨て、剣の道を進んだギレーヌだった。

 

「……だが、お前が今落ち着いていられるのはやはり奴のおかげか。安心したぞ」

 

 安心した、などと似合わないギレーヌの言葉。

 無論、迷宮から救出され、目覚めと同時にパウロの死を聞かされた時の彼女の様子を知るエリナリーゼからすれば、ギレーヌ以上によく持ち直した物だとここ一年驚かされていた。

 

 

「──別に、ルディのおかげだけじゃないわ。リーリャも、ノルンも、アイシャも……今はシルフィちゃん、ロキシーちゃんも居るし、おまけに孫のルーシーまでいるんだから、寂しがってる暇なんてないわよ」

 

 

 ゼニスは残り少なくなった麦酒を飲み干す。

 

「……それにね、これはリーリャにしか言っていないのだけど、実は私、ヒュドラから助けられた時、あの人と少し話したの」

 

 「もしかしたら私の妄想かもしれない」と前置きしながら、それでも確かにあの時、夫であるパウロの想いが流れ込んできたのをゼニスは忘れられなかった。

 無論、その場に妙な妄想などと笑う者は居るはずもなかった。

 

「──パウロは、最期にどんな馬鹿な事を言ってたんですの」

 

 優しくゼニスの手を握るエリナリーゼ。その瞳には、彼の死の瞬間がありありと浮かんでいた。

 ギレーヌもまた、簡単にだがパウロの死を聞いている。それでもゼニスの言葉を静かに待った。

 

「……あの人は──」

 

 ゼニスはあの真っ白な空間を思い出す。何もない、パウロとゼニス、たった二人だけしかいない空間。

 そんな中に、申し訳なさそうで、しかし何処か誇らしげな顔のパウロが立っていた。

 

『……あなた』

 

『ゼニス』

 

 帰ってきた言葉には、強い意志を感じた。

 

『俺はここまでだ。ここ数年、足掻いて足掻いて……足掻き疲れてもなお足掻いてみたが、ここまでが限界だった』

 

 言葉とは裏葉に、彼の言葉には清々しいものが混じっていた。

 まるで自分の、これまでの行いを一から思い出しているような、そんな表情をしている。

 

『俺が情けないばっかりに、こんなに掛かっちまった……悪かった』

 

 ゼニスには彼の言ってる事が殆ど分からなかった。だが、彼が今から何処へ向かおうとしているのかはすぐに分かった。

 そしてそれは、どんなに泣き叫んでも、どうにもならない事も、同時に悟ってしまった。

 

『でもな、俺ぁ、胸を張って言えるぜ。精一杯やったってな。助けられるやつはとにかく片っ端から拾い上げたし、邪魔するやつはどんなやつだろうと叩き切った』

 

 何処か遠くを見つめる彼を前にして、ゼニスは静かに彼を見守った。

 何が起こったのかは分からない。ただ、これから何が起こるのかは想像がついた。

 だから静かに、彼の事を見守った。

 

『結局はリーリャとアイシャはルディが助けちまったし、そのルディも魔大陸とかいう出鱈目な転移先から、一人で余裕そうに切り抜けてきたがな』

 

 パウロの瞳に、恐ろしいくらいに聡く、強く、そして頼りになる息子の姿が映る。

 

『……それでも、ノルンだけは守り切った。不安にさせちまった事は数多いだろうが、それでも守り切った。そのノルンだって今はルディに預けてるし、なんならアイシャもだ……まぁあいつは長男だし、それにこう言っちゃ何だが俺より優秀だ。問題はねぇ』

 

 彼の側には、知らぬ間に三人の子供達がいた。一人はもうほとんどパウロと同じ背丈の青年だ。

 

『へっ、なんだよ、思い返したら、ほとんどルディのおかげじゃねぇか……これじゃ、どっちが親か分かったもんじゃねぇ……ははは……』

 

 静かに笑った後、「でも」と、パウロは言葉を区切った。

 ゆっくりとその子達を見下ろすと、強い眼差しでゼニスを見つめる。

 

『分かるな、ゼニス』

 

『……ええ、分かるわ』

 

『あいつも、俺達の息子なんだ。俺達は親の勤めって奴を果たさなきゃならない』

 

 ルディをもう一度見ると、パウロは苦笑いを浮かべた。最後まで妙な親子関係だったが、それでもパウロは満足していた。

 

 ゼニスはパウロの最期の想いを、最後の言葉を、しっかりと自分の魂に刻みつけようと、ゆっくり頷いた。

 

『ルディと、ノルンと、アイシャの……後のことは頼んだ。それから、リーリャの事もな』

 

『……っ、任せて、あなた』

 

 口からは唸り声のような返事しか出せなかった。

 それでも、パウロは愛おしそうに微笑むと、瞳を閉じた。

 

 そして、彼は死んだのだ。

 

「──それで起きて、聞いてみたら、あの人、六年も……頑張ってたのよ……」

 

 何時の間にかゼニスの目には光るものがあった。

 

「恥も外聞も、何もかも捨てて、私のお母様にだって頭を下げて……必死で……」

 

 ゼニスは、震える唇を、しゃくり上げそうになる喉を、ゆっくりと落ち着けるように、呼吸を続けた。

 二人はただ、急かす事もなく、ゼニスが落ち着くまで優しい瞳で見守った。

 

「……だったら……そんな事言われちゃったら……落ち込んでなんて居られないでしょう? 確かに、あの子達の父親は死んだかもしれない……でもまだ、母親が二人も生きているのだから」

 

 エリナリーゼも、ギレーヌも、頷くしかなかった。

 彼は父親の役目を果たしたのだ。若い頃はクズで、どうしようもない男だったかもしれないが、その最期は中々どうして立派なものではないか。

 

 そんなパウロの事を、三人とも誇りに思った。

 

「パウロに」

 

「……パウロに」

 

「……あの人に」

 

 いつの間にか届いた二杯目の麦酒をぶつけ合うと、三人は静かにそれを飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アニメでのラトレイア家の話が楽しみですね。そこまで無事アニメが続くと良いですが……あの話で一気にゼニスが大好きになったので、ぜひ見たいものです。

本作は特に原作の設定を全て順守、というわけでもないので細かい部分には目を瞑っていただければと思います。(或いはガバです)
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