カモメが先に目覚めて、タカを待つというシュチエーションです!
ある日の昼下がり、バタバタと足音を立て澄み渡る青空のような水色の髪を揺らし、少女は廊下を走っていた。
「響セーンパイ!こんにちは!カモメが今日も様子を見に来ましたよー!」
ここは特殊災禍対策本部CAGEの、とある1室。
カモメと呼ばれる少女は、笑顔で部屋に入ると箱のようなものに元気よく声をかけていた。
箱の中から反応はない。
「でも、私が先にトリとして目覚めたので、ここでは私が響先輩の先輩って訳ですね!ふっふっー、焼きそばパンとか買いに行かせちゃおっかな〜!」
部屋の中ではカモメの声と箱に繋がれている機械が稼働する音、時計が時間を刻む音だけが響く。
どんなに声をかけても箱からの反応はない。
「あっ!窓開けておきますね!新鮮な空気は大事ですから!」
そう言うとカモメは、窓まで駆け寄り開け放つ。
お昼過ぎの風は暖かく、中庭からの花の匂いが微かにする気持ちの良い風が部屋に吹く。
「そういえば、今日はまた司令に呼び出されてるんですよぉ。あの人、人使い荒くないですか?」
箱の隣に置いてある椅子に座ると、箱に向かって愚痴をこぼす。
どんなに話しかけても反応のない箱に対して、カモメは少しだけ悲しそうな顔をするが、顔をブンブンと横に振りニコッと笑顔で話しかけ続ける。
「もうこんな時間!ごめんなさい、響先輩!私いってきますね!」
時計を見ると、呼び出されていた時間に近くなっていて慌ててカモメは椅子から立ち上がる。
『あぁ、気を付けて行ってくるんだぞ』
そんな言葉を軽く期待していたが、箱は相変わらず何も返さない。
そうしてカモメは、部屋を後にした。
部屋を出て廊下を歩くカモメは、拳を力強く握っていた。
このままでは爪が食い込み、出血してしまうのではないかと言うほど強く、強く。
この部屋を出るたびに、カモメは後悔で胸が張り裂けそうな思いに襲われる。
そんな思いに耐えながら、彼女は目的地に到着するの扉をノックする。
「カモメです。入りまーす」
そうして部屋に入ると、そこには2人の女性が待っていた。
「やぁ、カモメ。今日も来てもらって悪いね」
椅子に座っていた司令は立ち上がり、微笑みながらカモメを迎え入れる。
「そんなことはいいので、早く響先輩を目覚めさせて貰えませんか?」
「カモメさん、司令に失礼ですよ」
待機するように立っていた副司令のウグイスはカモメに注意をする。
「すまないね、何度も説明している通り彼女の傷はかなり深いもので他のトリ達に比べても時間を使ってしまうんだ」
司令はカモメの発言にも真摯に答える。
このような答えしか返ってこないのは、最初から分かっていたためカモメは特に期待はしていなかった。
「また任務ですか?最近多いですね」
カモメは自分が呼ばれた理由は検討がついていた。
響の治療を最優先して貰うことを条件に、カモメは現在司令直属のトリとして任務を受け持っていたため、基本的に呼ばれる際は任務の話が殆どだったからだ。
「CAGEの活動も本格化してきたからね。今回の任務はここに書いてあるから、確認次第向かってもらえるかな」
司令は引き出しから1枚の紙を取り出して机の上に置く。
カモメは、その紙を受け取り内容を確認する。
その内容は簡単に言えば人殺しだ。
CAGEや司令の邪魔になる人間の始末。それがカモメの仕事だった。
「いつも通り治療は最優先にしてもらえるんですよね」
「もちろんだよ。それが君との約束だからね」
ため息をつきたくなるような内容の仕事だが、これも仕方がない。
カモメは答えを聞くと、失礼しましたとだけ言い残して部屋を出ていく。
廃ビルの屋上で、カモメは弓を手に持ち空を眺めていた。
魔獣によって荒れ果てたこの街は、電気が通ってないが今夜は月と星のお陰で夜でも十分に周りを視認できる。
地上の惨状などお構いなしに輝く星々に、カモメは少しだけ羨ましく思ってしまった。
そんなことを考えていると、夜の闇にいくつかの光が動き出していた。
「お仕事かぁ......」
溜息を吐きながら、カモメは自分の心を落ち着かせるように大丈夫、大丈夫と心のなかで唱えた。
カモメは矢筒から1本の矢を取り出す。
本来この武器は魔獣を倒すために作られたものだが、当然魔獣より脆い人間も簡単に始末できる威力を持っている。
矢をつがえ、弦を引き絞る。
向こうはまだこちらに気付いていない、ランタンを持って移動をしている。
目標をしっかりと捉えて、弦から手を離す。
矢は真っ直ぐに目標に向かっていき、衝撃音と目標の周りにいた人々の反応から目標に命中したことを確認した。
一緒に居た人々が慌てていることが、光の動きからも見て取れる。
そう、これでいい。これで響先輩は最優先で治療を受けられる。
人を殺めてしまった罪悪感をなんとか振り払おうと心の中で強くカモメは自分に言い聞かせる。
「うっ......」
そんな言い聞かせは無駄に終わり、廃ビルの屋上でカモメは嘔吐してしまった。
誤魔化せる訳が無い。
任務とは言ってるものの、結局は自分のエゴで人を殺しているということ、そしてもう何度も手を汚してしまっているという事実にカモメの精神は耐えられなくなってしまった。
「なんで......こんな......」
流れ出る涙を抑えきれず、地面には水滴の後がいくつも出来ていた。
「辛いですよ......響先輩」
嗚咽が混じりながら、掠れるように呟いた弱音。
その声は夜の闇に溶けるように消えていった。
その後、少し落ち着いてからカモメはその場を後にした。
CAGEに戻ってきて、カモメは報告よりも先にシャワーを浴びに自室に戻っていた。
涙で顔がぐちゃぐちゃの状態で報告しに行きたくなったからだ。
「はぁ......」
打ちつけるシャワーの音の方が大きいはずなのに、自然と出た溜め息は全てをかき消すようにしっかりと聞こえてきた。
シャワー室に備え付けられている鏡に映る自分の姿は、酷く疲れているように見え目元には軽くだがくまが出来ていた。
「今までこんなのできた事ないのになぁ」
力なく笑うと鏡の向こうの自分も、力なく笑う。
シャワーを浴びると、報告のため副司令であるウグイスの元を訪れた。
「お疲れ様です、カモメさん。報告が少し遅かったですが何処か怪我でもされましたか」
「いいえ、少し汚れたので報告の前にシャワーを浴びてました」
カモメの遅れた理由を聞くと、ウグイスは納得するように頷いた。
「任務は無事終えたので、響先輩の治療お願いしますよ」
「カモメさん、帰る前に1つのお伝えすることがあります。」
それだけ言い残して、部屋を立ち去ろうとするカモメをウグイスは引き留めた。
「彼女のコードネームが決まりましたので、お伝えしておきます。彼女のコードネームは『タカ』になりましたので、今後はそちらで呼ぶようにお願いしますね」
「それは、響先輩に目覚める兆しがあったということですか!」
今までは、目覚める様子がないことからトリとしての名前が与えられてなかった。
それが突然名前が付けられたということは、何かしら目覚める兆候があったのだろうとカモメは期待の眼差しをウグイスに向ける。
「名前を付けたのは司令ですので、詳しいことは分かりません。しかし、司令が名前を決めたということは目覚める可能性は上がったのではないでしょうか」
ウグイスは微笑みながらカモメに伝える。
カモメはそれを聞くと挨拶をして一目散に部屋を後にした。
「響先輩!」
息を切らしながらカモメは、昼頃にも訪れていた箱のある部屋に入っていった。
相変わらず反応はなく、部屋の中の様子はまるで時が止まっているかのように昼頃と何も変わっていない。
カモメは、箱の横にある椅子に腰を掛けて機械を操作する。
音を立てながら箱の蓋が開けられていく。
中には、1人の少女が眠っていた。
「響先輩、夜にすみません。遂に先輩のトリとしての名前が決まったみたいですよ!なんの鳥だと思います?」
カモメは先程とは違い、ニコニコと笑顔で話しかける。
眠っている少女からの反応はなにもない。
「なんとタカだそうですよ!響先輩にピッタリの名前じゃないですか?ほら、この眉間にシワを寄せてるようなキリッとした感じの目とか響の先輩にそっくりですよ!」
カモメは支給された端末で、タカと検索してヒットした画像を眠っている少女に見せる。
眠っている少女からは反応はなにもない。
どんなにカモメが呼びかけても、眉1つ動かさない少女は他の人から見るとまるで人形のように見えてしまうかもしれない。
「名前も決まったことですし、そろそろ起きてくれてもいいんですよ......響先輩」
笑顔で話しかけていたカモメの少女は徐々に曇っていく。
肩を震わせて、目には涙が溜まっていく。
「私と先輩なら、なんでもできるはずですよ......でも私、1人だと難しいですし、寂しいですよ。」
ポツポツと涙が流れ、床に落ちる。
この部屋に初めて訪れた時に、カモメはこの部屋の中では笑顔で蒼としての自分でいると決めていた。
しかし、先程の任務での出来事や中々目を覚まさない焦りで、涙を我慢することができなかった。
「駄目ですね、私。しっかりしないと......ここでは私が先輩ですもんね!」
少しの間静かに涙を流していたが、ふと前を見ると穏やかな寝顔の少女の顔が目に入る。
いつも1番を取って、堂々と自分の前を歩いてくれていた人。
でも今は、自分のせいで眠ったきりなのだから、目覚めた時に横に並んで歩いていけるようにとカモメは決心をした。
「私はもう泣きません!ここにしっかりと宣言します!」
眠っている少女の手を取ると、小指を絡める。
触れた手は仄かに暖かく、生きているということがしっかりと伝わってくる。
「だから、響先輩も可愛い後輩をずっと放ったらかしにしないでくださいよね!」
小指を離すと、いたずらっ子のように笑う。
時刻は既に深夜となっていた。
そろそろ眠らないとカモメは椅子から立ち上がり、箱の蓋を閉めようとするが、眠っている少女の寝顔をじっと見てからチラリと後ろを見た。
深夜ということもあり、廊下の電気は暗転しており人の気配は殆どない。
「これは試してみるだけですからね、昔絵本でもこうすることで目覚めたということもありますから!」
そう言うとカモメは眠っている少女に顔を近づける。
ふわりと懐かしい香りが鼻をくすぐる。
安心する匂いと自分の今している行為に鼓動がとんでもない速さで脈を打つ。
段々と顔にも熱を帯びてきて、額には少しだけ汗も出てきてしまった。
「早く起きてくださいね。響先輩......」
少しだけ間をおいて呼吸を整えると、カモメは目を瞑って眠っている少女の唇に自分の唇を優しく重ねる。
何も考えられず、柔らかい感触が感覚を支配する。
唇を離すとカモメは顔を真っ赤にさせて、廊下の方を確認した。
幸い誰も目撃者は居ないようだと分かると安堵して椅子から立ち上がり箱の蓋を閉める。
「それでは、おやすみなさい!また明日も来ますね!」
まだ赤みの取れない顔のまま、少し小走りでカモメは部屋を後にした。
今日はゆっくりと眠れそうだ。