伊地知虹夏のbucket list   作:大塚ガキ男

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おはようございます!!




伊地知虹夏は守りたい(問い詰めたい)

 

 

 

 

 そうこうしている内にライブハウスSTARRYに到着。

 そこで伊地知虹夏と同じバンドメンバーである山田リョウと対面し。

 今日のセットリストと楽譜を渡され。

 本番前に合わせておこうという伊地知虹夏の一言でスタジオにてメンバー三人で演奏をし。

 ソロ弾きは最強でもバンドではミジンコ以下だということが露見して。

 ──泣きながらゴミ箱にin。

 

「へへへへ……へへへへ……」

 

 そして現在、変わらずゴミ箱の中。

 変わったことといえばゴミ箱が横に倒れたことくらい。

 倒れても、変わらずゴミ箱の中。

 隣にしゃがんだ山田リョウに指先で優しくつつかれながら、自分はチャンネル登録者数3万人のギターヒーローだからギター上手いんだというプライドが粉々に打ち砕かれた後藤ひとりはシクシクと静かに大粒の涙を流す。

 

「ご愛読ありがとうございました……」

 

 しかし。

 伊地知虹夏も山田リョウも、即席バンドということもあり演奏の上手下手は気にしていないという。後藤ひとりが野次られたらベースで「ぽむっ」ってするとも言ってくれたし、出演さえ危ぶまれたこの状況でサポートギターが見つかっただけでも御の字と言ってくれた。

 

「それに、うちのバンド見に来るの私と太介くんの友達だけだし! 普通の女子高生に演奏の良し悪しとかわかんないって」

 

 二人の優しい? 言葉で少しだけ立ち直り、ゴミ箱から這い出てきた後藤ひとりだったが──停止。伊地知虹夏の言葉の中に含まれていた一人の人物名が引っかかり、恐る恐る聞き返す。

 

「あ、あああああの、今今今今今なんて」

 

 聞き間違いではないのなら、伊地知虹夏は今。

 発汗。温度によるものではなく、緊張による作用。

 お兄さんがここに来る? 

 心の準備もなにも出来ていないのに? 

 違和感を小さく言葉にして呟いた直後、控え室のドアが開いた。

 

「お、お待たせ……」

「────────ッ!!!!」

 

 姿を見ずとも聞き覚えのあるその声に、後藤ひとりは声にならない声を上げた。例えるならばイルカの鳴き声のような、聴く人が聴けば羨ましくて堪らないほどの果てしない高音を──兎に角メチャクチャな高音を。

 ゴミ箱から這い出た身体を即座に引っ込め、端までゴミ箱ごとジャンプしてぴょこぴょこと移動。

 

「ご、ゴミ箱が部屋中を暴れ回ってる……」

 

 状況が掴めないのか、控え室に入ってきた山口太介は目の前で巻き起こる怪奇現象を見て、酸素缶片手に震えていた。

 山田リョウが眠たそうな目と共に側に寄って話しかける。

 

「太介、遅い」

「しょーがないでしょ。サポートギター探しに新宿まで行ってたんだし、やっと帰ってこれたと思ったら今の今まで星歌さんにお説教されてたし」

「だとしても」

「だとしても!?」

 

 間。

 

「そんなことより山田。星歌さんへの言い訳もうちょい考えてくれよな」

「バッチリだった」

「なわけねーだろ。『気を悪くしないでほしいんだけど……、流石に今からオリンピック目指すのは無理じゃないか?』って星歌さんから気まずそうに言われた俺の気持ちよ」

「次から気をつける」

「次なんてゴメンだね」

「それはそう」

 

 山口太介も酸素吸入の合間に応じながら、普段通り友達というよりかは悪友のような遣り取りを繰り広げ──悪寒。感じた正体を探るよりも先に、山口太介は酸素缶を山田リョウに預けた(のち)その場に正座していた。静かに、流れるような動作で背筋を張って正座をしていた。

 

「太介くん」

 

 何故か背後から降りかかる、聞き馴染みのある伊地知虹夏の声。しかしそのトーンだけはどれだけ思い返しても記憶には存在せず、いや一度だけあったなと直近の記憶の棚から引っ張り出した。喜多郁代との関係を疑われた時もこんな感じだったなとステージ上で土下座をした日のことを振り返る。

 ──喜多さん、本当にやめちゃうのかな。

 ──サポートギター見つかったならごとちゃんに断りの連絡入れないとな。

 山口太介は音信不通のままとなっている喜多郁代への心配。それから入れ違いとなっているロインのやりとりを正す予定を立て──いや余計なことを考えている状況ではないと冷たいものが伝う背筋を反るほど伸ばして己を叱咤した。

 急激に渇いた口内。喉から声を絞り出す。

 

「に、虹夏。ただいま」

「おかえり。新宿に行ったこととか、聞きたいことは色々あるんだけど」

 

 こちらの正座になにも言わないところを見るに、どうやら伊地知虹夏の中では()()()()()()()()()()()()()()という認識らしい。

 声の震えを抑える為に腹部に力を入れながら返す。

 

「な、なんでも答える。包み隠さず、つまびらかにな」

 

 背後というよりも、耳元から伊地知虹夏の声が聞こえる。姿は見えないが、想像よりも近くにいるらしい。

 しっとりとした、囁きを帯びた伊地知虹夏の声。山口太介の鼓動が嫌に早まっているのは、ポジティブな感情によるものではない。

 伊地知虹夏の両手が山口太介の頭部に、髪に触れる。つむじからヘアスタイルに沿って指櫛で()かすように流れる。その手が耳まで降りてから顔の輪郭をゆっくりとなぞり、さするように肩を撫でたりと(しば)し不穏な触れ合いが続く。撫でる力こそ優しいものの、状況も相まって言いようのない不安を感じずにはいられなかった。

 というか普通にくすぐったいのでやめて欲しかったが、言い出せるはずもなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 伊地知虹夏の呼吸音が耳にかかる。運動時のように荒い呼吸を不審に思うが、やはりこれも言い出せず。

 しかし今までとは違って耐えきれぬほどのくすぐったさに、思わず背を曲げて逃れてしまう。瞬間、触れられていた両肩に爪を立てられたので慌てて姿勢を元に戻した。

 

「うわぁ……」

 

 伊地知虹夏の接近と共に距離を取った山田リョウの視線が──山口太介の背後を見る視線が酷く怯えているので、そのことも鼓動の早鐘に一因していた。

 

「ひとりちゃんとはどういう関係?」

「ひとりちゃん?」

「ぴゃあッ!」

「……あのゴミ箱、今喋ったんだけど」

「良いから。ひとりちゃんとはどういう関係?」

 

 再び問われて、伊地知虹夏へと慌てて意識を戻す。

 伊地知虹夏に背後から穴が()くほど見つめられながら、正座のまま(くう)に向かって話し始める。

 

「ごとちゃんとは、友達なんだ」

「友達」

「そう。この前サイクリングしてたら偶然困ってるごとちゃんを見かけてさ。財布落としたって言うから、交番まで一緒に行ってあげたの。それで、友達になった」

「……ふぅん」

 

 伊地知虹夏が手つきを止め、少し目を細めて山口太介を見下ろす。その視線には「また女友達作って……」とか「ひとりちゃんの証言と同じか……」とか「嘘ついてるわけじゃないなら……」とか「やっぱ汗の匂いは直吸いに限るよね……」といった様々な感情が乗せられていて、視線は次にゴミ箱──後藤ひとりの方へと向いた。

 偶然、恐る恐るゴミ箱から顔を出して状況を確認していた後藤ひとりと視線がかち合い、後藤ひとりは恐ろしさのあまり再びゴミ箱へと隠れた。

 ゴミ箱の中から、声。

 

「……ほ、本当です」

「ほら、また喋った」

「太介くん」

「はい」

「──もう! そういうことなら早く言ってよね! 私また勘違いしちゃったじゃん!」

 

 パッと背後から前へと出てきた伊地知虹夏はいつもの調子に戻っていて、今の出来事はもしや夢幻(ゆめまぼろし)の類いではないかと思考を移しかけるが、今も(なお)身体に残る悪寒が、山口太介の甘えた考えを強く否定した。

 立てる? 

 呆然と正座を続けている山口太介に、伊地知虹夏が笑顔で手を差し伸べる。未だ心は説教中のソレだが、もう終わったならと安堵してから礼と共にその手を掴んで引っ張り上げてもらい──いとも簡単に、容易く引っ張り上げてもらう。

 直後に襲った、両足の痺れ。

 その痺れが正座をしていたことによるものだと察するのは早く、しかし対処はなにも出来ず。フラフラとバランスを崩してそのまま倒れそうになったところを伊地知虹夏に支えられる。ガッシリと、胴体の辺りを両腕ごとハグされる。

 

「わ、悪い。助かった」

 

 某国語教師の『人という字は』という一節がある。それと(なぞら)えるには今のこの状況は伊地知虹夏側の負担が大きく、間違っても支え合っているとは言えない。

()というよりかは、()

 

「いいよいいよ。今の一瞬で足痺れちゃったんだ?」

「あぁ、うん」

「……可愛いなぁ」

「可愛いか?」

「も、もうっ! 人の呟きを聞き取らないで!」

「ごめん」

 

 聞こえてしまったものは仕方ないだろうというのが山口太介の弁ではあるのだが、それを口にして聞き返すかどうかはまた別の問題である。

 

「……あの」

「なに? 太介くん」

「もう大丈夫だから」

「?」

「足の痺れ取れたから、もう支えてくれなくても大丈夫」

「──わわっ! つい!」

 

 つい? 

 指摘を受け、離した両腕を上げながら慌てて適正な位置まで距離を取った伊地知虹夏。しかしその際に放った言葉はこの場にいる全員の頭上に疑問符を浮かべさせるには十分だった。

 切り替え。

 伊地知虹夏は咳払いをして注目を集めた。

 

「……こほん。それじゃあ、改めて紹介するね。こちら、サポートギターの後藤ひとりちゃんでーす!」

 

 ワー、パチパチ。

 言葉と共に拍手をするも続かなかったので、伊地知虹夏は少し照れながらも健気に口で言う。

 山田リョウはハナから乗る気は無く。

 山口太介は言葉を飲み込めずに硬直(フリーズ)

 後藤ひとりはゴミ箱内にて凍結(フリーズ)

 といった具合。

 

「え、後藤──ごとちゃんが? どういう……」

「それじゃあひとりちゃん。太介くんに挨拶できる」

「は、はい……」

 

 ノソノソ。

 一人でに端まで避難していたゴミ箱の中から、全身ピンクジャージの上にスカートを巻いた女生徒が現れた。前傾になった際に長いピンク色の髪が顔の表情を覆い隠し、さながらホラー映画のワンシーンのよう。

 

「おわ────────────ッ!?」

 

 山口太介は絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すみません……。私みたいな者が驚かせてしまって……」

「自虐が過ぎて『私なんかじゃ驚かす資格ありません』みたいな言葉に聞こえてる」

「山田。的確なツッコミ入れてないで、ごとちゃんに土下座やめさせるの手伝ってくれよ」

 

()()()振りの再会を果たした、山口太介と後藤ひとり。久し振りと再会を喜んだ山口太介は、目を合わせた瞬間視界から消えた後藤ひとりに困惑した。どこに行ったのだと視線を上下左右に動かせば──足元。床におでこを擦り付けて深々と土下座をするピンクジャージ女子高生の姿が。

 そんなことやめてくれと懇願するが一向に土下座が解かれることはなく、こうなればと後藤ひとりを無理矢理床から引き剥がそうとしている最中。

 

「もう! ひとりちゃん起きてよ!」

 

 加勢。

 予想外にしぶとい後藤ひとりと、予想通りに非力な山口太介。拮抗した実力によって生じる()()()()()()()()()()()()()(じれ)ったさを覚えた伊地知虹夏が、片手を伸ばして後藤ひとりのジャージの背中部分を掴む。それからひょいっと引っ張り上げて宙に浮かせ、難なく自分で立たせることに成功。

 土下座時に目を閉じていた後藤ひとりは、ふと生じた足裏への感覚に薄目を開ければ己の2本足で立っていたのだから、「え? え?」と驚愕を通り越して(おのの)いていた。

 

「「「…………」」」

 

 シーン。

 突然音が消えた控え室に、伊地知虹夏が困惑した。

 

「え、みんなどうしたの?」

「虹夏、惚れ惚れするパワーだな」

「え?」

「わ、私のお父さんより力強いと思います……」

「えぇ?」

「虹夏、化け物」

「えぇ!?」

 

 三者三様の感想(いずれも伊地知虹夏の膂力を褒め称えるもの)にショックを受ける伊地知虹夏。山田リョウが「この細腕のどこにそんな力が……」と二の腕を触ってくるが、ショックのあまり少しの間思考が停止していた伊地知虹夏にはその行為を未遂で終わらせることは叶わなかった。

 もみもみ。

 触れられた右の二の腕を両手で遠慮無く揉まれる。山田リョウは無言で揉みながら、時折感心したように頷いていた。

 

「……リョウ。話、続けていい?」

「どうぞ。私は好きにさせてもらう」

「もうっ、離してって意味!」

「うわー」

 

 振り解く。山田リョウは両手をあげて大袈裟に退いた。

 伊地知虹夏が、溜め息。

 それから気を取り直して話を本題に戻す。

 

「で、ひとりちゃんどう? ライブ出れそう?」

「ぇあ」

 

 話を振られた後藤ひとりが硬直。数秒の時間を要してから、おどおどと返した。

 

「…………」

 

 返せなかった。

 怖い……。

 お客さんの視線も耐えられない……。

 後藤ひとりの脳内は衆目に晒されることに酷く怯えており、山口太介との再会ですっかり忘れていた()()()()()という事実を思い出して再び震え始めてしまった。

 

「ごとちゃん大丈夫?」

「……ブクブクブクブク」

「蟹のマネしてる」

「いや普通に気絶してるんじゃないか?」

 

 山口太介が後藤ひとりの眼前で手を振るが、反応は無い。

 ふむ、何かを思いついた山田リョウがそう言って、壁際に置いてあった段ボール箱を持ってきた。

 

「怖いならこれに入って演奏したら?」

 

 提案。広義で見れば──そして中に入れば密室とも呼べなくもない段ボール製の箱。流石に箱一つでは人が入るには小さ過ぎるので、一部解体して箱二つをガムテープで貼り合わせて大きな一つの段ボール箱に。

 完成した人間大サイズの段ボール箱(デカデカと中央に完熟マンゴーと書かれている)にいそいそと入っていった後藤ひとり。中は存外居心地が良いらしく、段ボール越しにくぐもった喜びの声が聞こえてくる。

 

「みっ、皆さん! 下北盛り上げていきましょう!」

「気が大きくなった」

 

 段ボール箱を揺らしながらの後藤ひとりの発言に、山田リョウが小さく呟く。

 

「可愛いね」

 

 山口太介が幼子(おさなご)を見るような瞳で微笑む。

 

「…………」

 

 伊地知虹夏が山口太介の足を無言で踏む。

 

「そういえば、ひとりちゃんってあだ名とかないの? 本名でライブ出る?」

「痛い痛い」

「太介。これは迂闊な発言をした罰だと甘んじて受け入れるべき」

 

 この怖いもの知らず。

 妙な方向からの罵倒に山口太介は合点がいかずに首を傾げるが、まあそういうことならとグリグリとにじるように足を踏み続ける伊地知虹夏の行動を割り切った。

 話は続く。

 

「あだ名なら、お兄さんの〝ごとちゃん〟が」

「駄目。それダサい」

「「えぇ!?」」

 

 山田リョウの指摘にあだ名をつけた者とあだ名を付けられた者の両人が揃って驚愕した。

 ダサいんだ……ダサかったんだ……と落ち込んで肩を落とす二人。

 そこまで落ち込まれるとは思っていなかった山田リョウ。流石に心が痛んだのか、代わりのあだ名を提案。

 

「ひとり。ひとりぼっち……ぼっちちゃんは?」

「またデリケートなところを!」

 

 痛む心は有るが、配慮は無い。ずけずけと代わりのあだ名を提案してみせた山田リョウに、伊地知虹夏が強めにツッコミを入れる。しかしあだ名をつけられた本人は嬉しかったようで「ぼ、ぼぼぼぼっちです!」とどもりながらも切れ込みを入れた段ボール箱から顔を出して目を輝かせていた。

 

「俺もぼっちちゃんって呼ぶか……」

「あ、そ、その、私は〝ごとちゃん〟呼びも好きなので……」

 

 お兄さんは変えないでいただけると……。

 ダサい発言に傷付いた山口太介に、小さな声ではあるものの──相変わらず目を見て話すことはできないものの、フォローを入れた後藤ひとり。山口太介は辛抱堪らずそのあだ名を呼んだ。

 

「……ごとちゃん!」

「は、はい!」

「君はなんて優しい子なんだ!」

「うぇ、うぇへへ……!」

 

 褒める山口太介、褒められる後藤ひとり。

 その様子を傍観していた伊地知虹夏が、同じく傍観者である山田リョウに耳打ちをする。

 

「……リョウ、この二人なんか知らないけど相性良くない?」

「……案ずることはない。太介、珍妙なアニマルとか大好きだから。恋心とかそういうのじゃない」

「それ地味に失礼じゃない!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折ありながらも、結束バンドはなんとか自分達の出番まで──初ライブまで漕ぎ着けた。

 

「…………」

 

 出番。つまりは登壇済み。

 伊地知虹夏はドラムスティックを握る手に汗が滲んだのを自覚。息を呑んで、場に呑まれないよう次のまばたきは長めに(まぶた)を閉じた。

 壇上──ステージ上から観客を見下ろす。まばらではあるが、観客はしっかりと入っている。結束バンド目当ての人間も、他のバンド目当ての人間も、等しくステージへと視線を向けている。

 目を動かせば、山口太介の姿も見えた。伊地知虹夏がチケットを売った友人と、山口太介がチケットを売った友人。双方の友人達と仲良さそうに話し、伊地知虹夏の視線に気付いて全員で手を振ってきた。苦笑いと共にドラムスティックごと手を振って返す。

 山口太介とその友人達は同じように山田リョウにも手を振っていたが、山田リョウが手を振り返すなんて対応をするはずも無く。見えてないフリをしてベースの最終チューニングを行っていた。

 伊地知虹夏は視線を右方の山田リョウから、左方の後藤ひとりへと向ける。しかしそこにはピンク色の上下ジャージの上からスカートを巻いた後藤ひとりの姿は無く、箱二つをガムテープで一つに改造した特大の段ボール箱が置いてあるのみ。山口太介が「ごとちゃーん!」と声をかければ、ガタゴトと段ボール箱が震えた。突然の声掛けに驚いたのか、ファンサービスのつもりなのかはこちらからは窺い知れない。

 

「…………」

 

 上からステージを照らすライトの熱。

 反して薄暗い客席。

 衆目が刺さる感覚。

 久しく浴びてなかった気のする感覚に、伊地知虹夏は思わず呼吸が浅くなった。

 切り替える。

 今日は結束バンドの初舞台だ。

 それに、想い人(山口太介)も見ている。無様は晒せない。

 メンバー全員で結束して──100%出し切り──120%のクオリティを届ける。

 伊地知虹夏は敢えて自分にプレッシャーをかけるような言葉選びで思考する。

 それは、伊地知虹夏なりの覚悟だった。

 口を開く。

 

「初めまして! 結束バンドでーす!」

 

 マイクを通して自己紹介をする。客席から「よっ!」と山口太介の声が聞こえてきて思わず照れ笑い。

 続ける。

 

「今日はみんなも多分知ってる曲を何曲かやるので、聴いてくださーい!」

 

 スティックを叩いて4カウント。それから曲が始まった。

 

「────」

 

 時折振り返り息を合わせようとする山田リョウとは違い、段ボール箱に入っている後藤ひとりとの演奏を合わせるのはやはり困難を極めた。しかしそれは結束バンドの誰しもが予め頭の片隅に入れておいたことであり、今更どうしようと焦ることはない。

 メンバー全員で結束して──100%出し切り──120%のクオリティを届ける。

 しかしなによりも優先すべきは、自らが楽しむこと。

 伊地知虹夏も笑顔だけは忘れずに、中々噛み合わない演奏にもどかしさを覚えながらも叩き続ける。

 やがて一曲目が終わり、メンバー紹介を兼ねたMCを挟む。そこで紹介された後藤ひとり(ぼっちちゃん)が大いにキョドっていたが、山口太介とそれに乗せられた友人達の応援の言葉もあってなんとか立ち直っていた。

 

「虹夏、そろそろ二曲目いこう」

「そうだね。──時間ヤバいみたいなんで、二曲目いきまーす!」

 

 ドラムスティックを天に掲げて観客を煽る。山口太介が「うおおおおお!」と返せば、つられてその友人達も手を上げる。結束バンド目当てじゃない観客達はやけに盛り上がっている一角に困惑しながらも、控えめに手を挙げていた。

 二曲目はカウント無しのイントロドラムから始まる。

 よし、大丈夫。

 伊地知虹夏はドラミングの傍ら、自らの調子に満足げに頷いた。

 幼馴染が──恋人(山口太介)が見てるのだ。

 伊地知虹夏は心の奥底から湧き上がる勇気に背中を押されているような感覚を受ける。そこに機材の不調や怪我、演奏ミスが入り込む余地は無く。ライブ中ということもあってその脳内にはアドレナリンが分泌されていて、もしかして今までで一番上手く叩けているのではないかと自覚するほど。

 横目で山口太介の様子を確認。山口太介は結束バンドに夢中なようで、ワクワクした表情でこちらを見守っていた。

 それで良い。ちゃんと私を見ていて。

 山口太介からの視線に調子がノってくる。リハよりも遥かに肩が軽い。

 問題無い──そう思っていた矢先、横目で見ていた山口太介の隣に駆け寄る人影。人影は女性で、山口太介と楽しそうに挨拶を交わしたのち、隣でそのまま結束バンドの演奏を観始めた。

 

「ッ……」

 

 何故だ。

 何故お前がここにいる。

 伊地知虹夏の苛立ちが通じたのか、その人影と目が合った。

 人影──いつの日か山口太介から遠ざけたはずの女生徒、()()()()と目が合った。

 こちらと合った目がどこか煽るようにゆっくりと弓なりに細められていくのが分かり、それによって今まで完璧だった伊地知虹夏のドラミングに綻びが──(ひず)みが生じた。

 

 

 

 

 





投稿頻度エグすぎるので褒めてください!あと感想も下さい!評価も下さい!うおおおおおおおおおおお!よっしゃよっしゃよっしゃよっしゃ!!

いつも読んで下さり本当にありがとうございます。感想も評価もありがとうございます。
BIG LOVE……。
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