しかと、グニャリと──右足首を捻挫した。
いや違うんだ。この展開は突飛でも唐突でもない。
急に新章に突入したりもしていない。
話は地続きだ。
せめて弁明だけでもさせてくれ。
……いや、弁明ではないな。この話をしたからといって俺の立場が良くなるわけではないし。
言うならば、そう。一部始終を。
事のあらましくらいは話させてほしい。
結束バンドの初ライブは、原曲を知っているが故に分かってしまうような、ちょっとしたミスなんかもありつつも──音楽素人ながら『まあアレンジという線もあるか』と前向きに捉えることにして──盛り上がりに包まれたまま無事終了した。
その後ブッキングライブの全てが終了。つまりはSTARRYの営業もそれから間も無く終了したというわけだ。
友人たちからの「この後食事にでも行こう」との誘いに保留の申し出を入れてから、興奮冷めやらぬまま控え室に単身押し掛ければ、結束バンドの面々は丁度解散するところで。
ごとちゃんと山田は結束バンドの打ち上げ兼親睦会には参加しないらしく。
俺と虹夏──残された二人で少し話をしてから『今日はもう帰ろう』という結論になった。虹夏も疲れているだろうし、ここで解散というわけだ。俺は自宅に帰り、虹夏もSTARRYの上にある自宅マンションに帰る。そういうことになったのだ。
虹夏、今日は本当にお疲れ様。
笑って労いながら、短い距離ではありながらも虹夏のリュックを代わりに背負ったりして。
虹夏のリュックやけに重たいなと感じたのは、ドラム関連の器具が入っていたのか、それとも単に俺が非力なだけなのか。
兎に角。
ほぼ手ぶらだった俺は少しでも虹夏を労うべく、虹夏のリュックを代わりに背負ってSTARRYを出た。虹夏の前を歩く形で、地下から地上へと、階段を一歩一歩上っていたのだ。
そんな時。
上ってまだ数段しか上っていなかったその時。
その重さ
考えてみれば当然で、少しでも冷静で思慮深ければ、渡る前に石橋を少しでも叩くような性格ならば予め予測出来たはずの
前提として、俺は非力だ。弁解のしようも虚勢の張りようもないくらいには非力だ。
そんな俺が、下北沢から新宿までの距離を自転車で往復したのだ。そんでもってそのあとにライブで声出したり飛んだり跳ねたりの大盛り上がりときた。
疲れないわけがない。
今日のライブでアドレナリンかなにかでも出ていたのだろうか。今こうして痛みに後悔するまで、自分の身体に疲労が溜まっていることすら気がつかなかった。STARRYに帰ってきて酸素缶から酸素を吸入するほどの体調だったのに、あろうことか俺はそれで回復した気になっていたのだ。
しかし幸いなことに、後ろにいた虹夏には怪我も無く。ただ俺が一人でバランスを崩して、疲弊して重たい足ではロクな着地も出来ないので情けなくくるぶしから着地をした。
以上。
ただそれだけ。
虹夏、病院まで付き添ってくれてありがとう。
本当にすみませんでした。
本当に。
▽
「太介くん。ほらエレベーター来たよ」
「悪い、ありがとう虹夏」
「太介。遅い」
「ちょ、急かさないでくれよ山田」
捻挫をしてしまった直後に(といっても正確に捻挫と診断されたのは病院に行ってからなのだが)虹夏同行のもと即座にタクシーで夜間病院に行った俺は、右足首の捻挫であること。それから、1週間くらいは松葉杖生活を送らねばならないことを言い渡された。あと二度だかなんとか難しい用語を言われていたような気がするが、いかんせん聞き覚えの無い言葉なので寝たら忘れてしまった。
『私が支えるから! 太介くんの全部を、私が支えるからっ!』
病院からの帰り際、街灯の下で虹夏にそう宣言されたりもして。
現在。
俺の住むマンションの俺の住む部屋の階層、エレベーター前。
平日の火曜日ということもあり、普通に学校がある日。捻挫如きで休むわけにはいかないので、虹夏と山田の献身的サポートにより松葉杖をつきながら──普段より早い時間からゆっくりと登校を始めていた。
「太介、片足飛びで進めばもっと早くいける」
「リョウ! 無茶言わないの!」
エレベーターの中からドアを開けて待っていてくれた虹夏に礼を言いながら──俺のリュックを持ってくれている山田に後ろから指示を出されたりしながら、なんとかエレベーターに乗り込む。
まったくなんて献身的で友情深い友達なんだ。
涙が出る。
降下。エレベーターの内壁に寄りかかりながら会話。
「そんなに痛いなら、車椅子借りれば良かったのに」
荷物持たされている私が可哀想。山田リョウが嘘泣きと共にそう言った。
車椅子が医師の診断(というか判断?)無しにどこからか借りられる代物なのかはさておき、それに関しては本当にありがたくもあり同時に申し訳ないことだ。
文句を言いながらも俺のリュックを持ってくれている山田は、やっぱりなんだかんだ言っても良いやつだ。わざわざ俺のマンションまで朝からこうして来てくれているわけだしな。
……いや。俺のことなんて関係無く、ただ単に虹夏が作る朝食を食べたかっただけなのかもしれない。
ご飯2杯おかわりしてたし。
「こんな大都会で車椅子なんて不便なもんだぜ。ことあるごとに降りなきゃいけなくなっちまう」
バリアフリー化だなんだと謳ってはいるが、短期間とはいえ当事者になった今だから気付く。
不便すぎ、と。
昨晩病院から家に帰るまでの道のりで既にそう思い至ったのだから、多分間違いない。
行きたい施設に確定でエレベーターがあるわけでもないし、行きたいところに丁度良くスロープが設置されているわけでもない。下北沢高校だって、教室までは階段でしかいけない。つまりは結局どこかで車椅子から降りて松葉杖をつかなければいけなくなるのだ。
だったら最初から松葉杖ついて、早いところこの歩き方に慣れておこうという算段だ。
それに。
俺は格好つけたような笑顔でこう続けた。
「車椅子だったら放課後バイトいけないだろ?」
「……え? 太介。もしかして今日
「勿論。ドリンクは難しくても、受付は出来るしな」
言うと、山田が嫌そうな顔をして俺を見た。相容れない敵を目にした時のような、海老を裏返してみたような、兎に角嫌そうな表情で。
「あり得ない。私だったら絶対休む」
「あー、この前の『高熱なので休みます』とか言ってたのに普通に帰り際バッタリ会っちゃった時みたいに?」
「…………」
あの日、虹夏と二人で大変だったなぁとわざとらしく言い返してやると、山田はダラダラと汗をかきながら目を逸らして途端に黙り込んだ。
それから、取り繕うような笑顔を向けてくる。私がこうすることで喜ばぬ女はいなかったと言わんばかりの笑顔、しかし頬を引き攣らせての笑顔に俺は、『慣れてないことするなよ』と思わず苦笑してしまった。
「た、太介のリュックは私が責任持って運ぶ」
「おう。ありがとうな〜山田」
笑ってやれば、山田もニッコリ。違和感が凄い。
形だけ見れば笑顔の二人。そこに虹夏が入ってきた。
「太介くん。サンダル脱げちゃってるよ」
直してあげる。
そう言って俺の足元にしゃがんだ虹夏が、気付かぬ内にエレベーターの床に落ちてしまっていた俺のサンダルを、怪我している方の足──つまりは右足に履かせる。
礼を言うと、虹夏は少し表情を曇らせた。
いや、訂正しよう。これだとまるで直前まではそうでなかったかのようだ。
正確に言えば、虹夏の表情は普段通りの感情の起伏こそありつつもずっと曇っていた。
「……ごめんね、太介くん」
「え、なにが?」
虹夏からの心当たりの無い謝罪に問い返す。
「私の所為で、太介くん怪我しちゃったから」
「おいおい。虹夏のリュック持つって言ったのは俺なんだし、バランスを崩したのも俺。虹夏が悪いことなんてないじゃないか」
「そう。虚弱で運動音痴な太介が百悪い」
「意地の悪い奴め」
そこまで言わなくてもいいじゃないかと、すっかり調子を取り戻した山田を
まあ、それはそれとして鼻では笑うな。
「で、でも私……」
「そう言うな虹夏。安いもんだ、右足の一本くらい。お前が無事でよかった」
「ダサいシャンクス」
「うるせー山田。でも拾ってくれてありがとう」
「お互い様」
シリアスな雰囲気に陥りそうになっていたエレベーター内の空気を、山田のツッコミがかき消す。その事実に礼を言いながら、ナイスなタイミングで一階へと到着したエレベーターから順に降りていく。
ワンピースなんて『ルフィの身体がゴムなんでしょ?』くらいの認識でしかない虹夏は「しゃ、シャン……?」と思わぬ新キャラに首を傾げていた。その新キャラ1話から出てくるよ。
▽
「……お前、今日は休んで良いって言ったよな」
放課後、STARRY。
予め提示されていたシフトの通りに虹夏と山田とSTARRYへと向かえば、俺を見て呆れたような顔をして、会って早々こう言った。
いつものように丸テーブルを囲んで座っている
「そう言わないでくださいよ星歌さん。俺STARRYでのバイトだ〜い好きなんですから」
「星歌さん↑やめろ。お前怪我してるんだから、あんま無理すんじゃねーよ」
虹夏が悲しむだろうが。
そっぽを向いてそうぼやく星歌さん。その意見も一理ある。
しかしながら──僭越ながら言い訳をさせてもらうと、俺がバイトを休めば虹夏も絶対に休むだろう。俺が怪我人だからとか理由をつけて、俺のそばにいたがるだろう、と。今朝からひしひしと感じている虹夏の献身っぷりに、俺はそう述べずにはいられなかった。
「
ピース。
2本の指の間から星歌さんを見れば、星歌さんは諦めたように、深く深ぁく溜め息を吐いた。
「…………はぁ。じゃあ今日は受付頼む」
「分かりました」
「…………」
「…………」
「んだよ」
「んだよって。そんな足ジロジロ見られたら緊張するじゃないですか」
左足と松葉杖の間でゆらゆらと宙に揺れる右足に、会話している時からチラチラと視線を向けていた星歌さん。会話が終わればジロジロと見てきたので、まだなにか用があるのかと思ってしまった。
その旨を指摘すれば、星歌さんは一瞬言葉を躊躇ってから、虹夏と山田の視線を気にする
少し声を抑えて問うてくる。
「足、痛むか」
「触られたら痛いですけど。普通にしてる分には」
「全治どのくらいだ」
すぐに次の質問。
答える。
「松葉杖生活は1週間、ってお医者さん言ってましたけど、完治はどうでしょう」
言うと、星歌さんは項垂れて深く溜め息を吐いた。
顔を上げる。目付きこそいつも通り鋭いが、その眉は申し訳なさそうに傾いていた。
「……STARRY内での事故は全て、店長である私の責任だ。悪かったな太介」
真摯に謝られる。
一人で調子乗って一人で怪我すんなと拳骨の一つでも下ろされるもんだと思っていた俺は、その謝罪に面食らってしまう。
「あ、謝らないでくださいよ! 階段踏み外して松葉杖ついてる俺の馬鹿さが粒立つじゃないですか」
「際立つ、な」
「…………」
俺の馬鹿さが、際立った。
▽
「お話終わったの?」
「あぁ。ドリンクは虹夏と山田だってさ」
「えぇー。
「器用に喋りやがって……」
他意もなにもなく、おもしれー女と思った。
いや本当に。
面白過ぎる。
ペラペラと真顔で嘘を吐きまくる山田を、虹夏が咎める。
「リョウ、太介くん怪我してるんだから私達が支えてあげないと。そうじゃなくても、普段から受付譲ってもらってるんだから」
虹夏がジト目で山田を睨むと、山田は気にした様子も無く飄々と返した。
「私、顔が良いから受付の方が映える。太介も顔は良いけど、私と違って頭が悪いから」
適材適所。
胸を張ってそう言ってのけた山田に、俺は少々カチンときた。
「なんだと山田。でも俺は自分が馬鹿ってことはなんとなく分かってるから、山田よりかは頭良いと思うぜ」
「無知の知? でもソクラテスは知徳合一。ただの
「なんでテスト赤点なのに古代ギリシアの哲学には明るいんだよ……」
ソクラテスの『善く生きる』とは真逆の生き方してるくせに。
悔しさを全面に出して山田を顔を顰めれば、山田はコロンビアもかくやといった表情で勝利を確信。両手を上げた。
「はいはい、ソクラテスがどうとか言ってる暇があったらちゃんと授業で習う範囲とかを勉強しようね」
「虹夏、実際どう思う」
「どうって?」
「
「……へぇ、自分からふっかけるなんて勇気あるじゃん山田。なぁ虹夏、勿論山田の方が馬鹿だよな?」
「虹夏、太介に遠慮することはない。真実を伝えてあげて」
山田の一言によって突然始まった最強お馬鹿決定戦にすぐさま乗っかった俺は、山田と共に虹夏へと詰め寄る。究極の二択を迫られた虹夏は少し驚いた表情を見せたのち、顎に指を当てて考え始めた。
「うーん……」
「太介、泣いても慰めてあげないから」
回答を待つ刹那、山田が横目で俺を牽制してくる。
ふ、と息を吐いて返した。
「慰めてくれたことなんてないだろ。山田こそ、ショックで夕飯が喉を通らなくなっても知らないからな」
「それはあり得ない。私は虹夏のご飯なら3食モリモリ食べるし、そもそも負けない」
「ウチに来ることは確定かよ……」
山田と小競り合いをしながら虹夏を見る。虹夏はまだ答えを決めかねていた。
1秒、2秒。時間が過ぎていく。
……、
…………、
………………。
「……あのさ、山田」
「なに」
「……これ、悩まれれば悩まれるほど俺達まずくないか?」
「というと」
「こんなに悩むってつまりさ、虹夏の中での俺達って甲乙付け
「…………」
言えば、山田は表情そのままに大口を開けて驚いた。背後には衝撃具合を表すエフェクトとして雷が落ちている。
「──に、虹夏。やっぱこの話やめにしないか?」
「──そ、そうそう。私達はもっと時間を有意義に使うべき。指スマとか」
未だ悩み続けている虹夏に山田と仲良く提案すれば、虹夏は「いいの?」と意外そうな表情をしながらも悩むのをやめてくれた。
改めて着席。立ち上がっていたわけではないが、座る位置を直す的な意味合いで。
…………。
「太介、なにか面白いことやって」
「このくらいの沈黙で気不味くなるなよ」
「ぼっちちゃん遅いね〜」
駄弁りながら、ぼっちちゃん──ごとちゃんを待つ。
そう、今俺達はバイトまでの時間をただお喋りをしながら過ごしているのではなく、つい昨日結束バンドのメンバーになったごとちゃんを待っていたのだ。
今後のバンド活動について話し合う。虹夏がそう言ってごとちゃんに伝えたらしいが、未だごとちゃんが来ることはない。喜多さんの件もあり、なんだか二人ともソワソワしているように思えた。
喜多さん、未だに連絡付かないしなぁ。ロインブロックされたのかも。
「……泣いていいか、山田」
「いいよ。慰めないけど」
年下の女の子にロインをブロックされたかもしれないという現実に、涙が滲む。山田に助けを求めれば、山田はこちらに視線すら向けずそう返してきた。
くそぅ、こうなりゃふて寝だ。
テーブルの上に置いた両腕に顔を埋めたところで、隣から席を立つ音。視界を塞いだと同時に鳴ったので、慌てて顔を上げる。
見れば、虹夏が酷く狼狽した様子で俺を見下ろしていた。
「た、太介くんどうしたの!? 足痛むの!?」
「え?」
「私、氷持ってくる! リョウは救急車お願い!」
「らじゃー」
「お、落ち着け虹夏! 大丈夫だって! 俺は問題無い! あと山田も乗るな!」
「でも……!」
つい数秒前まで潤んでいた瞳がいつの間にか乾いている。そんな俺とは逆に、今度は虹夏の方が泣きそうになっていた。
「足は全く痛くない。ただ、思い出し泣きをしていただけだから」
「そんな思い出し笑いみたいな」
「山田、ナイスツッコミ──そういうわけだから、どうか落ち着いてくれ。あと、心配してくれてありがとう」
山田へ賞賛と共に指をさしてから、虹夏に笑いかける。そうこうしている内に虹夏も落ち着いてきたようで、ゆっくりとまた席に着いた。
「ご、ごめんね。取り乱しちゃって」
虹夏が複雑な顔で照れ笑う。俺こそごめんと返して、小さく笑い合った。
それから、静寂。
俺の思い出し泣きによって混乱を招いてしまったこの場におかしな空気が残る。このまま先程までのようにスッと雑談に戻っても良いものなのかと互いに逡巡するだけの時間が、
「……それにしても、ぼっちちゃん遅いね」
「ね」
「うん」
やっと口を開いたかと思えば、出てくるのはこんな言葉。なんでも良いから早く来てくれと、ごとちゃんの到着を皆待ち侘びる。
「俺の推測なんだけどさ」
「うん」
切り出した言葉に、相槌を打ってくれたのは虹夏だけ。しかし山田も聞いていないわけではないというのは今までの付き合いでわかっていることなので、気にせず続ける。
「ごとちゃんって」
「あ、まだその呼び名なんだ」
「茶々入れないでくれよ山田」
「…………」
「そのあだ名ダッセーみたいな目ぇ向けてくるなよ山田」
「太介くん、一々ツッコミ入れてたらキリないよ」
「あぁ、そうか──ごとちゃんってさ、溶けたり跳ねたりラジバンダリだったりはするけど、真面目で良い子だと思うんだよ」
「あー、なんとなく分かるかな。サポートギターも快く引き受けてくれたもんね」
快く。
ごとちゃんの態度からして虹夏の言葉には少しばかり疑問が残るものの、今はその辺りをつついている時ではない。
続ける。
「そんな真面目で良い子なごとちゃんがさ、連絡も無しに集合時間過ぎるなんてことあるのかね」
「うーん……。でもまだぼっちちゃんのことなにも知らないし」
「逃げてないことを祈る」
俺も虹夏も口にするのは避けていた言葉を、平然と言ってのける山田。そこに痺れも憧れもしないが、マジかコイツという視線だけは送っめおくことにした。
「……俺、ちょっと表探してくる──痛っっっっっっってぇ!」
「太介くん!?」
「あ、足怪我してること忘れてた……!」
居ても立っても居られなくなって普通に両足で立ち上がってしまい、すぐさま痛みで力が抜けて崩れ落ちる。ラフプレーを受けたサッカー選手のようにSTARRYの床を転がり、右足首を押さえる。
「これで証明された。太介の方が馬鹿」
「勝ち誇ってないで手伝って!」
「えー」
「太介くん、起こすよ?」
「太介、重かったら手離すから」
左手と右手を虹夏と山田にそれぞれ掴まれて、上体を引き起こされる。STARRYの床に座り込んだまま、埒外の痛みによって額に浮かんだ脂汗を袖で拭う。
山田が腕を組んだまま虹夏を横目で見た。
「虹夏のパワーなら一人でも出来たでしょ」
「太介くん、足痛む? 大丈夫?」
山田の指摘をフル無視して俺の容体を気にかける虹夏。そのあと聞こえた「今更非力キャラは無理があると思う」という山田の呟きにノールックで脳天チョップを叩き込んだりはしていたが、あまり気にしてはいけないだろうと虹夏への返答に専念する。
果たして口角は引き攣ってはいやしないかと懸念しながらも、笑って返す。
「大丈夫。全然痛くない」
「触るよ? ……うーん、腫れてるなぁ。お姉ちゃん! 氷ちょうだーい!」
「お、おう。分かった」
俺の足首を触診する虹夏と、虹夏からの指示を受けてビニール袋片手に慌てて製氷機へと向かう星歌さん。わざわざ起こすまいとこちらからは一切ノータッチだった睡眠中のPAさんも、何事かと起きてしまった。
「あれ? 太介くんどうしたんですかぁ?」
「な、なんでもないっす」
寝ぼけ眼を擦りながら問いかけてくるPAさんに、精一杯の虚勢を張って親指を立てる。
「えいっ」
そんな俺の強がりが気に食わなかったのか、いつの間にかしゃがんでいた山田が俺の
「GYAO!!!!」
「凄い。叫び声が動画配信サービスみたい」
俺の
「リョ〜ウ〜……?」
山田の背後に、額に青筋を立てて笑う虹夏が。
この顔、前に山田と授業すっぽかして屋上で昼寝した時に見たことがある。
つまりはお怒りというわけだ。
虹夏の両拳が山田のこめかみにグリグリと手首の回転を効かせながら触れる。というか押し込む。さながらクレヨンなしんちゃんのよう。
「ぐわああああああああ!」
昨今の放送ではこのお仕置きはほとんどと言って良いほど見なくなったらしいが、目の前の山田の苦悶の表情を見て納得。
俺も星歌さんに何度かやられたことがあるので分かるが(自分のことながらなんて恥ずかしい高校生だ)、こめかみという部位は骨の厚みが薄いので外からの攻撃に弱いのだ。人体の急所の一つとも数えられるそんな部位を拳の硬い骨の部分で押し込もうというのだから、その痛みは想像を絶する。見ているだけでも背筋が冷え、ありし日のトラウマを鮮明に蘇らせる。
「ぐわああああああああ……」
それから数十秒後、ようやくお仕置きから解放された山田は息も絶え絶えになりながら床に両手をついて四つん這いになっていた。
「ぜぇ……はぁ……」
「ちゃんと口で言うな」
コイツもしかしてまだ余裕あるんじゃないかと思える、山田の態度。しかし痛かったのは本当のようで、床には涙だか汗だか分からん液体がポタポタと垂れている。
「リョウ、反省した?」
「し、した。大いにした」
虹夏からの問いに、頭を縦に何度も振って答える山田。
「じゃあ、太介くんにごめんなさいできる?」
「できる」
虹夏からの問いに、頭を縦に何度も振って答える山田。それから片膝をついて俺の正面に立った。その表情はとても凛々しい。先程までの醜態を目撃していなかったら、もしかしたらその美貌に見惚れていたかもしれない。
それほどまでの、真面目な表情。山田のやつ、今回は流石に反省したらしい。
山田が俺に向かって──俺の額に向かって人差し指と中指を伸ばした。
「許せタスケ」
トン。
人差し指と中指で俺の額を押した音。
前言撤回。俺を見てニヤニヤしている山田は、今もまだ欠かさずふざけている。
俺は呆れた目と共にこう返した。
「トンってすんなよ」
「ちゃんぴおんず?」
「ちょっと山田。流石にボケ多いって」
「でも片っ端から拾ってくれる太介好き。私が芸人を志すことになったらコンビに誘ってあげる」
「はいはい……、ネタはお前が書けよ」
「任せて」
「任せて、じゃなーい! どうして太介くんはリョウに甘いの! ちゃんと叱らないとリョウがどんどんクズになってくでしょ!」
虹夏の元気なツッコミに、俺と山田はトリオ漫才の可能性を予感した。
▽
「あと5分……。いや、10分経ったら入ろう。うん、そうしよう……」
STARRYの入口前。
一人でドアを開ける勇気が無い後藤ひとりが、自らを鼓舞するようにそう呟きながら、ぐるぐると小さく歩き回っていた。
きくりさんお誕生日おめでとうございます!1日遅かったです!
感想、評価ありがとうございます!
次回、廣井きくりのBAD ENDでお会いしましょう!