伊地知虹夏のbucket list   作:大塚ガキ男

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こんばんは!




伊地知虹夏は救いたい(掬いたい)

 

 

 

 

 ライブ終わり、結束バンド出番終了直後。舞台袖にて。

 こちらが挨拶をすると、伊地知虹夏は表情を曇らせながらも挨拶を返した。

 控え室にはけていく結束バンドメンバーの後をカメラも追い、共に控え室内へ。

 

 Q:ライブ、どうでしたか? 

 

「いやー、全然駄目! ミスしまくっちゃいました」

 

 タオルで汗を拭いながら、吹っ切れたように笑う伊地知虹夏。その理由を問えば、伊地知虹夏は所在なさげに頬をかいた。

 

「あ、あはは……」

 

 Q:途中まではとても調子が良さそうに見えましたが。

 

「や、やっぱり私もまだまだってことですね!」

 

 ライブ終わりだというのに、元気いっぱいな彼女。しかしどこか()()()()()()()()()()()()()()()()、空元気のような印象を受ける。

 カット合間の素材集めの為に適当にカメラを動かしていると、青色の髪の女性がこちらに近付いてきた。

 

「なにこのカメラ。虹夏密着ついてるの?」

「うん、まぁちょっと」

 

 青髪の女性──結束バンドのベース、山田リョウがカメラを覗き込んでフェードインしてきた。山田リョウは眠たそうな瞳でカメラに語りかける。

 

「今度私にも密着ついてよ」

 

 Q:は、はぁ。

 

「ギャランティーは要相談ということで」

「リョ〜ウ? カメラさん困らせないのっ」

 

 試合に勝ったテニスプレイヤーのようにカメラレンズにサインを書こうとし始めた山田リョウを、伊地知虹夏が慌てて止める。仲睦まじい二人の様子をカメラに収めてから、またカメラを動かす──

 

「ぴゃいっっっっっっっっっっ!?!?!?!?!?」

 

 ──戻す。

 

「あ、ごめんなさいカメラさん。ひとりちゃんは撮影NGでお願いします!」

 

 Q:かしこまりました。

 

 カメラを向けた瞬間に爆裂四散したピンク色の物体は、その一瞬ではピントすら合わず。思わぬ衝撃映像に撮れ高を確信したが、伊地知虹夏の言葉によりこのシーンはカットということになった。

 

「おい虹夏、ちょっと来い」

 

 ライブの感想などを聞き出そうとしていたところで、STARRYの店長──伊地知星歌が控え室のドアを半開いて声をかけてきた。呼ばれた伊地知虹夏はすぐさま返事をし、二人ドアの向こうへと消えていく。

 

「なんか楽しそうな話してる気がする。カメラさんこっそり聞いてきて」

 

 Q:ついていったら怒られそうな気もしますが。

 

「ドア越しに聞き耳立てるくらいで良いから」

 

 会話の内容が気になるらしい山田リョウに背中を押され、渋々ドアの方に近付く。近付くにつれて段々とカメラのマイクがドアの向こうの会話を広い始め、ドアに着いた頃には会話内容が明瞭に聞き取れるほどの音量になっていた。

 

『虹夏。今日の演奏どうした』

『ちょ、ちょっとミスっちゃった。緊張してたんだからしょうがないでしょ!』

『あぁ、しょうがねーよな。()()()()()()()()()()()()()()()()

『……気付いてたんだ』

『ったりめーだろ』

『…………』

『話してみろよ。別に説教しに呼び出したんじゃないから』

『……太介くんが誘った友達の中に、女の子がいて』

『女ぁ?』

『……その子、太介くんのこと狙ってるっぽくて』

『……お前、まさかそれでミスったのか』

『……ごめんなさい』

『いや良いよ別に。……まぁ毎回そんな理由でミスされたら困るけどさ』

『私、どうしたら良いのかな。太介くんが他の女の子と仲良くしてるのは嫌だけど、まだ太介くんに告白する勇気は無いっていうか……」

『まぁ、適当にじっくり考えるこったな。私としては太介が虹夏とくっ付いてくれるんだったらそんなに嬉しいことはねぇし』

『……応援してくれるの?』

『当たり前だろ。可愛い妹の恋路なんだから』

『お、お姉ちゃん……!』

『──でも、ステージには持ち込むな』

『ッ』

『話はそれだけ。じゃあな、私は戻る』

『…………』

 

 ヒールが床を打つ音が遠ざかっていき、会話が終わったのだと察する。聞き耳を立てていたことがバレたらまずいので、ドア前から山田リョウが立っている方へと慌てて戻った。

 

「なにか聞けた?」

 

 Q:い、いえ……。

 

「? ふーん」

 

 カメラの回答を聞いて訝しむように首を傾げた山田リョウ。しかし興味はすぐに無くなったのか、すぐに視線が外れた。

 カメラの画角外で、辺りに飛び散ったピンク色がもそもそと床を這って結合を目指しているのが見える。しかし伊地知虹夏の言葉通りカメラに納めるわけにはいかないので、カメラの向きは動かさない。

 数秒の沈黙を物ともせず虚空を見つめていた山田リョウは、やがて肩を落として控え室に戻ってきた伊地知虹夏の所へと流れるような動作で近寄っていった。

 

「虹夏、店長とはなんの話?」

「え? ──あぁ、ライブお疲れ様って」

「ふーん……」

「なに、その目」

 

 伊地知虹夏の言葉を10割本気にしていない様子の山田リョウが細めた視線を投げかける。伊地知虹夏は戸惑いながらも平常を装っていた。

 そんな二人の間に突然、ピンクジャージの姿の女子が「つつつつつつつつつつ」と言葉を連発させながらにじりよってきた。しかしその途中でカメラの存在に気付き、慌ててカメラから死角になる位置──山田リョウと伊地知虹夏をカメラとの間に挟むような立ち位置にまで移動してから。

 

「つ、次のライブまでにはクラスメイトに挨拶できるくらいになっておきます!!」

 

 そう宣言した。脳裏に残る爆裂四散ピンクと色合いがおなじだったので、あぁ結合が間に合ったんだなと遅れて気付いた。

 

「なんの宣言!?」

 

 ピンクジャージ女子──ライブ中でのメンバー紹介の通りなら()()()()()()──ぼっちちゃんの宣言に伊地知虹夏が元気よくつっこみ、山田リョウはその涙ぐましさにハンカチで目尻を拭った。

 山田リョウの勘の鋭さによって一時は不穏な空気になりかけた控え室が、ぼっちちゃんの奇行によって空気が和らぐ。和らぐというより、いっそ全てが灰燼に帰してしまっているような気もしないでもないが、カメラがあれこれ考察することではない。

 いつもの調子を取り戻した伊地知虹夏が拳を握る。

 

「よ、よーし! 太介くんが帰ってきたら、ぼっちちゃん歓迎会兼反省会するぞ〜!」

 

 今この場にはいない山口太介。まだ他のバンドのライブは続いているので、恐らくはそれを楽しんでいるのだろう。

 伊地知虹夏の開催宣言。しかしバンドメンバーであり一人の親友でもある山田リョウが口を挟んだ。

 

「ごめん眠い」

「えっ」

「あっ、きょっ、今日は人と話しすぎて疲れたので帰りますお兄さんにはよろしくお伝えください……」

「結束力全然ない!!」

 

 伊地知虹夏と山田リョウの向こうで、ぼっちちゃんがそう発言。言い終えるや否やギターケースを背負って控え室からスススと出ていってしまった。それを解散の合図と受け取ったのか、山田リョウも欠伸(あくび)をしながら退室。

 呼び止めようと片手を伸ばしていた伊地知虹夏が、一人この場に残された。

 

「あ、あははー。みんな帰っちゃいましたね〜……」

 

 気まずさに耐えかねたのか、カメラに向かって明るく振る舞う伊地知虹夏。しかしその声に力は無い。

 

「はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 Q:あなたにとって山口太介とは? 

 

 

 

 

 

 

「またその質問ですか? まぁ良いですけど……こほん。前も言ったけど、私にとって太介くんが全てであることは変わりないかな。太介くんの為にごはんを作って、二人で食卓を囲んで、私が作った料理が太介くんの胃の中に入って、私が作った料理が太介くんの血となり肉となり、太介くんの身体の中から私で染め上げて。目で追ったり背後から匂いを嗅いだりお話したりたまにボディタッチしたり、太介くんとずっとずっと一緒にいたいしやがては……なんか自分でも段々歯止めが効かなくなってるような気もするけど、太介くんもまさか幼馴染が()()()()()抱えてるなんて思ってないだろうし。──って、自分で爆弾って言うな! ……みたいな」

 

 Q:は、はぁ。

 

「やっぱ私のトークってスベってるんだ……ちょっとショック……」

 

 Q:い、いえ。

 

「とにかく、私は太介くんのこと大好きなの! 太介くんの好みが私って言えるくらい自信過剰じゃないけど、太介くんの中から私以外の選択肢を全て排除すれば絶対に私と結ばれるでしょ? だからその為に」

 

 普段通り、しかしどこか艶のある笑顔でそう言ってのけた伊地知虹夏。心の底からそう想っているのだと感じさせるその迫力に気押されていると、控え室のドアがノックされた。ぼっちちゃんか山田リョウか、はたまた店長か。選択肢を頭の中で思い浮かべてみたが、相手はその誰とも違った。

 

『虹夏、入って大丈夫か?』

「た、太介くん!?」

『おう、俺だ』

 

 伊地知虹夏の瞳に光が戻る。バタバタと控え室を片付け始めた伊地知虹夏が、こちらを焦った目で見てきた。

 

「か、カメラさん! 太介くんにバレたらまずいので今日はこの辺で!」

 

 Q:わ、分かりました。

 

「密着ありがとうございました! またお願いします!」

 

 カメラに笑顔を向けながらも、山口太介を迎える準備を着々と進めている伊地知虹夏。山口太介の為を想って行動するその表情は、とても輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライブお疲れ、虹夏」

「お疲れ様。今日は本当にありがとうね、太介くん」

 

 散らかった室内を片付けていた真っ最中。そんな雰囲気を醸し出しながら、私は太介くんを控え室へと迎え入れた。ライブが楽しかったのか、ほんの少し頬を紅潮させて笑っている太介くん。その理由が結束バンド(私達)なら良いなと希望を抱いたりなんかして。

 なんとなく座る気分にならなかった私──そして太介くん。二人して立ったまま話は続いていく。

 

「凄かったなぁ、結束バンド。ごとちゃんも段ボール越しにかき鳴らしてたし、山田も自分の世界観たっぷりって感じで。なにより虹夏のドラムもド迫力だった!」

「あはは……、すっごい曖昧な感想」

「し、仕方ないだろ。楽器のことよく分からないんだから」

 

 笑いながらそう指摘する私に、太介くんは申し訳なさそうに言った。

 笑い合う二人。

 二人だけの空間。

 最近はリョウが朝食を食べに来る頻度が増えているから、本当に二人きりっていうのは久しぶりな気がする。

 と言っても、別に私はリョウを邪魔者だと思っているわけじゃない。リョウは時々クズだけど一緒にいて落ち着くし、なにより太介くんを()()()()()で見ていないから。

 太介くんと私とリョウ。三人で過ごす日常は間違い無く楽しいものだよ? でもそれはそれとして、太介くんとの二人きりの時間は何物にも代え難くはあるということ。

 太介くんが私だけを見ているという現実を噛み締める。太介くんが結束バンドから感じた熱を興奮気味に語る様子を、相槌を打ちながら聞き入る。

 だけど私の内心は、不安でいっぱいだった。

 

「…………」

 

 突然客席に現れた田城さん。

 その理由を知りたくて、太介くんの前だと言うのにモヤモヤとした気持ちを抑えきれていなかった。

 当たり前だけど、私はあの人をライブに誘っていない。なら太介くんが誘った? 理由は? 太介くんには聞きたいことが沢山ある。

 

「兎に角音デッカくて、内臓が震える感じ? 本当に良かった!」

 

 曖昧に曖昧が重なり、とてもお馬鹿な感想を語り続けている太介くん。拳を握って力説する太介くんは愛らしいし、私もライブ終わりの熱がまだ残っているから正面から抱き締めたい衝動に駆られるけど、確かめるのが先だ。

 

「……た、太介くんさ」

「どうした?」

 

 太介くんの話を遮り、切り出してしまった。こうなってはもう言わないという選択肢は存在しない。

 少し間を置いてから。

 

「……田城さんのことなんだけど」

「田城さん? あぁ、来てくれてたよな」

 

 変に思われてしまったらどうしよう、私にとっては大き過ぎる懸念を抱きながら恐る恐る問いかけたが、聞いた太介くんはなんでもないように笑った。

 違うの。来たのは勿論知ってるの。

 

「…………」

 

 太介くんに変な子だと思われたくない。

 なんでそんなこと気にするんだと思われたくない。

 でも、はっきりさせておかなきゃいけないの。

 私の為に。なにより、太介くんの為にも。

 

「……田城さんって、太介くんが誘ったの?」

 

 顔色を窺うように問いかける。下から見上げた太介くんの表情はいつも通り格好良くて、その笑顔が私だけに向けられているという幸せに膝を折ってしまいそうになりながら、回答を待つ。

 太介くんは、思い出しもせずにすぐさま返答。

 

「うん、俺が誘った。教室で『虹夏と山田の世紀の大活躍見に行く人〜!』って募ったら手ぇ挙げてくれた人の一人だな。ノルマ一瞬で()けてよかったぜ」

「そんな恥ずかしい言い方したの!?」

 

 私の中では張り詰めていたこの場の空気だが、太介くんにとってはそうではないらしく。事の重大さを共有できていないという現状を歯痒く思いながらも、ついツッコんでしまった。

 けど、少し安心した。

 個別で誘ったわけじゃないんだ。

 

「今思えば、前にやった俺のボランティアのお返しだったのかもな」

「……? どういうこと」

「田城さんのお爺さんが老人ホーム入っててさ。そこでこの前、ボランティアで歌を歌ってあげたことがあったんだよ。

「お爺さんだけじゃなくて、老人ホームの入居者みんな喜んでくれてさ。そんなことがあったから、田城さんも今回来てくれたんじゃないかなってふと思ってさ」

 

 虹夏、田城さんと仲良くなかったっけ? 

 思い出を語る太介くん。その最後に付け加えられた質問に、しかし私はまともな返答はできなかった。

 それって場合によっては個別に誘うよりもダメじゃない? 

 だって田城さんは太介くんのボランティアに恩を感じていて、それを果たしたいって思ってたからチケットを買ったってことでしょ? 

 それってつまり、結束バンド(私とリョウ)じゃなくて太介くんが目的ってことじゃん。

 

「…………」

「虹夏?」

 

 会話の最中(さなか)に不自然な沈黙が生まれてしまっていることに名前を呼ばれて気が付き、慌てて顔を上げる。それどころか無意識のうちに俯いてしまっていたらしく、私は取り繕うように笑った。

 

「な、なんでもない! 太介くん、田城さんと仲良かったんだ!」

 

 私の今の発言は、太介くんの思い出話に対する感想じゃない。二人の関係を勘繰り、妬んでいる私はどこか探るような気持ちで発言したのだ。

 

「仲良い、って素直に言って良いのかも分かんないけどな。まぁ良いクラスメイトなことは確かだよ。この後の打ち上げにも誘われてるし」

「っ、そうなんだ……」

「虹夏達も──って、あれ。山田とごとちゃんいなくない?」

「二人はもう帰ったよ」

 

 今更ながら控え室に二人がいないことに気付いたのか、部屋を見渡しながらそう言った太介くん。平静を装って教えてあげれば、太介くんは「ライブ大変だったもんな」と二人の体調を思い遣っていた。

 

「虹夏、打ち上げ行く?」

 

 問われる。ライブに来てくれた友達──クラスメイトの人達が嫌なわけではないが、田城さんと同じ空間にいたくないことだけは確かだ。

 

「わ、私もライブで疲れちゃったしいいかな」

 

 だから嘘を吐く。

 ライブを、音楽活動を言い訳にして断りを入れる。

 

「やっぱそうだよな。じゃあ俺も行かなくて良いや」

「え?」

「主役不在の打ち上げもなんだかなって感じだし、疲れてる虹夏を一人で帰らすわけにはいかない。それに、星歌さんもSTARRYで色々やることあるんだろ?」

 

 問われたままに頷く。よしきたと手を叩いた太介くんはすぐさま友達に電話をかけ、誘いを断っていた。

 

「……行かなくて良かったの?」

「幼馴染の方が大事だ」

「はぅっ」

「虹夏!? どうした胸を押さえて──痛むのか!? ドラムって心臓に負担が掛かるのか!?」

 

 致死量ギリギリの胸キュンに両手で胸を押さえる。叫んでしまわないように背中を丸めて耐えていると、それをライブ終わりの疲弊によるものだと誤解した太介くんが慌てて駆け寄ってくれた。クラスメイトよりも──田城さんよりも幼馴染である私を優先してくれた事実に私は喜びの感情が止まらず、下を向いたまま人知れず口角を上げた。

 

「そんなに疲れてるんなら、もう帰ろう。荷物はこれだけか? リュック俺が背負うから、マンションまで送るよ」

 

 テキパキと私の荷物を纏めた太介くんは、そこらに置いておいた私のリュックを背負ってそう言う。田城さんの脅威なんてすっかり頭から抜けてしまった私は、お姫様扱いに笑みが止まらず先導されるがまま控え室を出た。

 

「今日は本当にお疲れ様。明日も学校だし、ゆっくり休んでくれよな。なんだったら明日の朝はうち来なくても」

「そ、それは嫌!」

「……嫌?」

「あ、違くて! ほら、太介くん目離したら不摂生するし! 心配だから!」

「俺信用無ぇな〜……」

 

 思わず溢れ出てしまった本音を慌てて隠したりしながらも、歩みは止まらない。半日でも太介くんと会えなくなるのが嫌なので、明日の朝も通常通りご飯を作りに行く約束を取り付けた。

 もうSTARRYにはいないのか、道中クラスメイトの人達と出くわすこともなく、出口まで向かう。STARRYの中階段を昇ってドアを開けて、半地下の場所から地上への階段を昇ればもう外。

 ライブが終了したSTARRYに観客は誰もおらず、ただ機材を外に運び出す他バンドの人やPAさん等STARRYのスタッフさんが忙しなく動いているだけ。横目に歩みを進める。

 リュックの中に重いものは入れていないのに、重そうにしながらフラフラと前を歩くと太介くん。運動していないが故に細い太介くんのデニム越しの脚を後ろから眺めながら、太介くんの歩く速度に合わせて太介くんを見守る。本当は太介くんに無理なんてしてほしくはないけれど、私の為にと頑張ってくれる太介くんの気持ちは嬉しいし、いつまでも見ていたい。

 太介くん、私が本気で襲い掛かったら逃げられないんだろうな。

 

 

「…………」

 

 なんだかんだ言って太介くんも疲れているのか、その最中に会話は無い。黙々と歩いていくものだから、私はつい考えてしまった。

 田城さんのことを。

 太介くんと田城さんの関係が、なに一つ終わってはいないことを。

 抜けていただけの思考を気付かぬうちにまた拾い上げてしまっていた。

 

「…………」

 

 途端に不安になる。

 私は太介くんの言葉だけを信じることが出来ず、物事を悪い方向へと考え進めてしまう。

 太介くんは人が良いけど、お馬鹿だ。

 だからもし田城さんが悪意を持って太介くんに近付いていたとしても、太介くんがそれに気が付くことはない。

 

「…………」

 

 私も、なにも四六時中太介くんと一緒にいられるわけではない。眠たくなったら眠ってしまうし、バイトが無い日、太介くんがボランティアでどこかに行っている時間帯なんかは完全に()になっている。

 だから。

 太介くんが酷い目に遭ったとしても、確実に私が守ってあげられるわけじゃない。

 

「…………」

 

 太介くんは格好良いし、学校での女子人気も高い。太介くんの顔だけを見て近寄ってくる人も少なくはない。私は今まで何回もそういった女子達を牽制して退けてきたし、田城さんだってその一人だ。

 でも田城さんは、他の女子とは違ってまた現れた。私の牽制が足りなかったのかとも思ったけど、それだけ太介くんへの想いが強いのかも。そう受け取ることも出来る。出来てしまう。

 

「…………」

 

 太介くんを守ってあげられるのは私しかいない。

 太介くんを幸せにしてあげられるのは私だけだ。

 でも今のままじゃ、太介くんを守り続けることはできない。知らない間に家を抜け出してしまう飼い猫のように、フラフラと何処かへ行ってしまってもおかしくない。

 

「…………」

 

 目の前を歩いていた太介くんが一度立ち止まる。何故だろうと一瞬考えたが、太介くん越しに前方を見てすぐに理解した。

 階段だ。

 ただの歩行でもリュックの重さに引っ張られていた太介くんだ。階段を昇るとなったら、それなりに心の準備がいるのかも知れない。

 

「…………」

 

 やがて太介くんが足を一歩前に出し、階段を一段昇る。バランスを崩して後ろに倒れてきても受け止めてあげられるように、私は両手を前に構えておいた。

 

「…………」

 

 ──太介くんがどこかに行ってしまう。

 太介くんの身を案じる傍ら、先程の思考が再び顔を出した。

 

「…………」

 

 私は太介くんの為ならなんだってしてあげられる。人生を共に歩む覚悟なんて遥か昔から出来ているし、その為なら手段を選ばない(努力を惜しまない)

 

「…………」

 

 私が想いを伝えない限り太介くんは自覚無く周囲にその格好良さを振り撒いてしまう。その結果私のライバルを無尽蔵に増やしてしまう。

 

「…………」

 

 だからと言って、太介くんに正面立って想いを伝えることは出来ない。もし告白して付き合うことが出来たとしても、恋人という関係に浮かれた私が何をしでかすか想像するに難くないからだ。その結果恋人じゃなくなってしまうことも、また同じように想像出来る。

 それに、叶うことなら太介くんの方から告白してほしいというのも乙女心なのだ。

 うーん。

 私ながら、なんてワガママな女なんだろう。

 私から告白した方が良いんだろうな。

 でも断られちゃったらどうしよう。私と太介くんは幼馴染なのに。

 

「…………」

 

 階段をゆっくり一段ずつ上がっていく太介くん。それに合わせて揺れるリュックを見て、私はなんとなく思い付いた。

 

「…………」

 

 そっか。

 どこかへ行っちゃうかもしれないという懸念があるなら、()()()()()()()()良いじゃん。

 24時間は無理でも、太介くんが眠っている以外の時間を一緒にいられれば当分の間は安心なんじゃないか。

 太介くんを受け止める為に構えていた両手を下ろす。

 それから自らの立ち位置を横にずらし──太介くんのリュックを片手で後ろに引っ張った。

 

 

 

 

 





今回書いててメッチャ楽しかったです!また次回もよろしくお願いします!
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