伊地知虹夏のbucket list   作:大塚ガキ男

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こんばんは!




Absolutely Imagination

 

 

 

 

「あっ、昨日はロクな挨拶も出来ずに帰ってしまいすみませんでした……」

「謝ることないよ。昨日はお疲れ様、ごとちゃん。あと別に怒ってないから土下座はやめてね」

「はい……」

「やめてって言ったんだけど!? ごとちゃん! 人がそんな簡単に土下座しちゃダメだ!」

「太介、鬼畜」

「一部始終見てたのに!?」

 

 ごとちゃんが一向にやってこないことを、今頃になって異変だと気付いた俺達。私用により外出するという星歌さんを見送りながら「ロイン入れようか」とか話し合って──ごとちゃん発見。今に至る、というあらすじ。

 STARRYのドアを開けたら頭を抱えたピンクジャージが綺麗なでんぐり返しで転がり込んできたので、星歌さんが飛び上がって驚いていたのをよく覚えている。

 というかついさっきの出来事だった。

 忘れるわけがなかった。

 でんぐり返った後にバランスが取れずに横に倒れたごとちゃんは、俺達三人の視線に気付き、すぐさま土下座。怒ってないよと必死にフォローを入れるも5分ほど粘られ、やっとの思いで土下座をやめてもらったかと思えば上記の通りである。

 また長い5分間が始まるなと溜め息混じりに言葉を探していると、土下座をしていたごとちゃんがそのままの姿勢でカサカサと前移動。俺の右足を食い入るように見てきた。

 

「お、お兄さん……。この怪我……」

「ああ、昨日(あの後)ちょっとドジしちゃってさ。ぐにゃっとやっちゃったんだよね」

「ちっちゃい〝つ〟多過ぎ。言葉跳ねすぎてトランポリンの選手かと思った」

「トランポリンの選手は競技中喋んねぇよ」

「け、怪我!?!? す、すすすすみませんでした! これも回り回って全部私の所為です!」

「回すからだよー」

 

 ごとちゃんの、お得意を通り越して特技の域に達しつつあるネガティヴ思考。連想ゲームみたいに自らを責めるごとちゃんに、虹夏が呆れたように笑いながらツッコミを入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が先頭立って迎えていいものじゃないけどさ。結束バンドへようこそ、ごとちゃん」

「あっ、よ、よろしくお願いします……」

 

 右足首をぐにゃっているので、松葉杖に体重をかけたまま歓迎の意を示す。土下座をやめて、お腹の前で両手をイジイジしながら視線を彷徨わせていたごとちゃんは、俺の言葉に深々と──折った腰の角度が90度を超える勢いで頭を下げた。

 やがてごとちゃんが頭を上げたタイミングで、俺は立ち上がって左手を出す。

 

「よろしく」

「えっ、あっ、手……?」

「握手だ、ごとちゃん。ロックンローラーは何よりもまず固い握手……だろ?」

「そうとは限らないでしょ」

「太介くんのバンドマン(ロック)像なんかおかしくない?」

 

 お友達二人の総ツッコミは受け流させてもらう。

 

「右足ぐにゃったから、右手は松葉杖が離せなくてさ。左手での握手ってなんか意味合い的に良くないみたいなのも聞くけど……でも。『左手で握手してくれ。こっちの方がハートに近い』」

「──モファォッ!?」

 

 思い付くがままにロックスターの名言を引用すると、ごとちゃんは噴き出して笑ってくれた。

 片腕で顔を隠し、こちらに背を向けて笑い続けるごとちゃん。肩がブルブルと震えている様は、見ていて気分が良い。

 

「凄い、太介。ジミヘンの名言丸パクリしてるのに、少しとぼけて言うことによってすかしてる感じもにわかっぽさも無くなって単純なユーモアとして成立している……!」

「……なんかリョウが興奮してるんだけど?」

「兎に角、ごとちゃんも来てくれたし一件落着だな。あとは喜──」

「そ、そうだね! じゃあ……」

 

 俺の言葉を遮り、なにやら考え始めた虹夏。確かに結束バンドの集まりなのに俺が仕切ってたんじゃ良くないよなと自らの()()()()に反省しながら着席しつつ。

 頭上、なんもない空間に喜多さんの眩しい笑顔を浮かべてみたりしつつ。

 俺の視線の先に何かがあると思ったごとちゃんが、某黄色いくまさんのように眉を顰めて訝しみながら、同じように天井へと顔を向けたりしつつ。

 

「思えば全然仲良くないから何話せばいいかわかんない……」

 

 ズコッ。

 数秒考えた後、虹夏の口から出たのは身も蓋もない一言だった。昨日はライブ数時間前にごとちゃん見付けて、一度のリハーサルだけでライブを敢行したかと思えばライブ後はすぐ帰ったんだもんな。仲良くなる暇もあまりなかったのだろう。

 

「そんな時の為にこんなものを」

 

 許可を得るまで座ろうとしないごとちゃんにそっと椅子を差し出す。丸テーブルを囲み、時計回りに俺→ごとちゃん→山田→虹夏という席順。

 そうしている間に山田が丸テーブルの下から取り出したのは、いつの日かに見た6面全てに異なるトークテーマが書かれたサイコロ。初見時の俺と同じように『バンジージャンプ』の文字を発見したごとちゃんは顔を青くして怯えていた。

 

「何が出るかな♪ 何が出るかな♪ ──学校の話〜!」

「「がこばな〜」」

「えっ」

 

 ノリノリで歌いながらサイコロを放り投げ、出た目を発表した可愛い虹夏。俺と山田も続いて略称を復唱すると、置いていかれたごとちゃんがショックを受けた。

 

「ごめんごとちゃん。置いてけぼりにしちゃって」

「い、いえ……気にしてないです……そうですよね……皆さんお友達ですもんね……ははは……」

「今みたいに、出た目を復唱するんだよ。次から一緒に言おうね」

「つ、次……!? は、ははははい! 絶対言います!」

「むぅ……」

「虹夏、ステイ。あれは大丈夫なやつ。例えるなら、狼に育てられた少年にゆっくり社会常識を教える的な」

「だから失礼だってその例え!」

 

 閑話休題。

 

「そ、そういえば三人とも同じ高校なんですね……」

「そう! 下高(しもこう)

「私達下北沢に住んでるから近いところ選んだ」

「ごとちゃんは秀華高だっけ?」

「はっはい」

「そうなんだ〜。ぼっちちゃん、お家ここら辺なの?」

「あっいや県外で片道2時間です」

「2時間!? なんで!?」

「虹夏だけに。……ふっ」

「一人でニヤニヤしやがって」

「じゃあ二人でニヤニヤする?」

「なんの()()()なんだよ……」

「高校は誰も過去の自分を知らない所にしたくて……」

「が、学校の話終了〜〜〜〜!」

 

 閑話休題。

 

「りょ……リョウもね、あんまり友達いないんだよ」

「虹夏と太介だけ」

「っ……!」

 

 学校の話(がこばな)が打ち切りになったあと、すっかり落ち込んでしまったごとちゃんをフォローするような虹夏の言葉。それに山田が同調すれば、ごとちゃんは地獄で仏を見たような──絶望と希望をごった煮にしたような表情でにへらと笑った。

 

「休日は廃墟探索したり一人で古着屋さん巡ったり太介の家乗り込んだり虹夏の家乗り込んだり」

「後半酷ぇ」

「友達の家遊びに行くことを乗り込むって言ってるし」

 

 友達からのツッコミに、山田は素知らぬ顔でジュースを飲んで逃げた。コイツ全く間とか静寂が怖くないタイプだ。例えるならそう、アウェーの箱でも気にせずシュールネタやるタイプのピン芸人みたいな。

 

「いやそれ超格好いいじゃん……」

「でしょ」

「太介くん、考えてる途中で急に言葉にしないでね? リョウも当然のように太介くんの心読まないの」

「…………」

「あれ、ぼっちちゃんどうしたの?」

危うくトラップに引っかかるところだった……

「ぼっちちゃん、会話を楽しもうよ?」

 

 笑ったかと思えば苦しげに震え始め、しまいにはボソボソと何かを呟き始めたごとちゃん。一々構っていたら会話も進まないし、なにより構いすぎはごとちゃんにストレスを与えかねない。虹夏もそのことを薄々感じているようで、一瞬こちらに目配せしたあと頭上にサイコロを掲げた。

 

「つ、次は好きな音楽の話〜!」

「「…………」」

「おっ、おんばな──え……?」

「あ、ゴメンごとちゃん」

 

 虹夏の掛け声に続くものはごとちゃんしかおらず。いや俺は続こうかと思ったけど『好きな音楽の話』ってどう略すんだと一瞬考えてしまってタイミングを逃したのだ。おんばな? すきばな? みたいな。

 こちらとしてはわざとではないものの、結果だけ見れば手酷い裏切りに遭ったごとちゃん。その瞳が涙で潤み始め、山田は早くもこのトークに興味を失い始めていた。

 

「ごとちゃん泣かないで! 俺も山田も言おうとはしたんだよ! ただタイミングを逃しちゃっただけで!」

「そ、そうなんですか……?」

「いや、私はノリについていくのが億劫になったから」

「うぅ……!」

「山田ァ!」

 

 山田からにべもなく返され、泣き出してしまったごとちゃん。ポトンポトンとテーブルの上に手のひら大サイズの涙を流して肩を震わせている。当然ながら俺はごとちゃんの味方なので、ごとちゃんを泣かせた山田()の名を叫ぶ。

 山田()は聞こえてないフリをしてそっぽを向いていた。

 無理がありすぎる。

 

「よーしよしごとちゃん。山田が失礼なことしちゃって本当ごめんね、次こそはみんなで言おうね」

「え? あ? ん? はい、そうですね……?」

 

 ごとちゃんの涙をポケットティッシュで拭いながら、ついでに矛先を山田へと移しておく。ごとちゃんはコードギアスの如く敵味方が入れ替わる現状に目を白黒させ、いつの間にか泣き止んでいた。

 

「スリにポケットから財布抜き取られたけど一瞬で戻されたような気分です……」

「あぁそうだ。山田も良い奴ではあるんだけどな。人の心はあんまないんだよ」

「太介、会話噛み合ってない。あと距離感。緊張したぼっちが鼻の下伸ばしたり粘性の物体になりかけたりしてる」

 

 山田からの指摘を受けて距離を取る。わざわざ文字には起こしていなかったのだが、俺は椅子を寄せてごとちゃんの拭っていた。別に他意も悪意もないけど、相手の気持ちというのを考えるのを忘れていた。俺は気にしないが、ごとちゃんは繊細な性格だ。無闇にパーソナルスペースを侵すべきじゃなかったかもしれない。

 そんな具合に頭の中で猛省した俺は、椅子を元の位置に戻してから頭を下げた。あとテーブルの下で誰かから左足の(すね)を蹴られているような気もするが、この際甘んじて受け入れるものとする。

 

「ご、ごめんねごとちゃん」

「あっ──い、いえ……」

「? なんで肩落としてるの」

「さっきのシチュエーション、ちょ、ちょっと友達っぽかったな……なんて思いまして。へへ……」

「ご、ごとちゃん。こんな俺をまだ友達と認識してくれているのかい?」

「も、勿論! お兄さんは私の友達です! 何があっても!」

「……ごとちゃん! 君はなんて優しい子なんだ!」

「は、はい! ありがとうございます!?」

 

 嬉しいことを言ってくれるごとちゃんと左手で固い握手を交わす。その際触れたごとちゃんの手が熱した鉄板のように熱々だったが、俺の手のひらが火傷するくらい別に構わない。ごとちゃんに感謝の言葉を述べながら、ブンブンとハンドをシェイクし続けた。

 

「…………リョウ」

「案ずることはない。何故なら案ずることはないから」

「重複してる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結束力なんて言葉が欠片も当てはまらないくらい、各々(というか俺とごとちゃん、山田と虹夏の2:2の構図で)好きなことをやり始めた場に、虹夏が話を元に戻した。つまりは好きな音楽の話へと。

 

「好きな音楽、私はメロコアとかジャパニーズパンクかな?」

 

 そう言われて、虹夏が言った単語を頭の中で反芻してみる。恐らく音楽のジャンルのことを言っているのだろうが、なんのことだかさっぱりだった。

 

「私はテクノ歌謡とかサウジアラビアのヒットチャートを……」

「絶対嘘!!」

「ほんとだもん」

 

 見栄を張っているのか、それとも好きだからという理由で本当に聴いているのか。どこか得意げに語る山田の表情からはどちらとも取れて、山田の性格的に真相は恐らく明かされない。

 二人と俺の視線がごとちゃんに向く。三人分の視線を受けたごとちゃんは目を逸らし過ぎて後ろを向きながら、後ろ向きな発言をした。

 

「私は青春コンプレックスを刺激しない歌ならなんでも……」

 

 ジメジメとした言葉に、ごとちゃんらしさを覚える。しかしその言葉自体には聞き覚えがなく、代表して虹夏が問うた。

 

「青春コンプレックスってなに?」

夏とか青い海とか花火みたいな歌詞聞くと鬱々としてくる……

「おーい?」

逆に青春時代の鬱憤を歌詞にたたきつけてるバンドは好きだなぁ……

「ぼっちちゃん!」

好きなバンドが学生時代から人気者だったなんて知ったら急に遠い存在に思えてくるし……

「お願い〜! 一人の世界に入らないで〜」

()()()ちゃんだけに?」

「──ガッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ごとちゃん!?」

「ぬるぽ無しに?」

「言ってる場合かよ! ごとちゃんが一瞬で茹で蛸になっちゃったんだぞ!」

 

 突然顔を赤らめ、それどころかジャージの裾から出ているのが人間ではなくタコの足となってしまい、テーブルの上でビチャビチャと大暴れし始めたごとちゃん。もしかして俺が名前を呼んでしまったからだろうかと、自らの軽率さを恥じながら解決方法を探す。

 

「──そうだ! 山田、ゴミ箱取って!」

「いいよ」

「サンキュー! ごとちゃん、これに入るんだ!」

「太介、鬼畜」

「だまらっしゃい!」

 

 ビッタンビッタンと頭や手足をテーブルに打ち付け悶えるたこちゃん──いや、ごとちゃん。このままではマズいと逡巡した俺の脳裏に蘇ったのは、昨日のごとちゃんの姿。ゴミ箱や段ボール箱に入るごとちゃん──中に入るとどこか嬉しそうにしていたごとちゃんはひょっとして狭いところが好きなのではないかと、ゴミ箱の口をテーブルに当ててみる。

 

「ちゅーちゅー……」

 

 ピンクジャージのタコがブルブル震えながらテーブルの上を這いずり、ゴミ箱へと一直線に向かう。蛸壺の原理だ。

 タコがゴミ箱の中へずるりと滑り落ちて、一瞬姿が見えなくなる。ズシリと重みを感じてゴミ箱を床に下ろせば、次の瞬間ごとちゃんの頭がゴミ箱から出てきてにへらと笑った。

 

「お、お陰で助かりました……」

「良かった、戻れたんだね」

「…………」

「ごとちゃん?」

「…………あ、あの、急に私のこと名前で呼ばないでください。ビックリするので」

「ご、ごめん……」

「あ、いや、その、きゅ、急じゃなければ大丈夫──だと思うので……。2日前くらいに予めご一報ください。心の準備を済ませておきます……」

 

 卑屈に笑いながらそう言ったごとちゃん。その様子がなんだか庇護欲を刺激され──あとついでに加虐心みたいなものも刺激される。もう一度名前呼んでみてぇという気持ちが喉の辺りまで押し寄せるが、また蛸になられては堪らないという強い意志で我慢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は進み、転がり、結束バンドのオリジナル曲の話に。あとついでに明記しておくと、席替えが行われた。二人の世界に入りすぎという理由によって、俺とごとちゃんの席を離されたのだ。そんな自覚こそ無かったが、虹夏が言うなら仕方がない。指摘を受けて照れているごとちゃんに涙の別れを告げ、新しい席順へ。

 俺→山田→ごとちゃん→虹夏という並び。

 

「ボーカル見つかったら曲も作っていこうよ! リョウ作曲できるし」

 

 席替えも終わり、場の空気も一新されたことで、虹夏が心置きなく切り出す。

 

「歌詞に禁句多いならぼっちちゃんが書けばいいじゃん!」

「!?」

 

 虹夏の追撃に、ごとちゃんの顔色が青を通り越して土色に変わる。しかし意外と前向きに考えているのか、下を向いてこそいるものの、その眉は凛々しかった。

 

「…………」

 

 右隣の虹夏にこっそり話しかける。

 

「ごとちゃん、真剣だね」

「ね、断られちゃうかと思ってた」

「──あ、あのっ」

 

 ごとちゃんの意外な前向きさに二人して笑い合っていると、ごとちゃんが不意に声を上げる。どうしたのかと視線を向ければ、ごとちゃんはおずおずと俺に、正確に言えば俺の()に視線を向けてきた。

 

「昨日はライブ出てませんでしたけど、お兄さんのパートって……」

「「「……あー」」」

 

 またしても説明を怠っていたので、ごとちゃんからの問いかけに俺達三人は揃って空笑いをしたのだった。

 

「ごとちゃん、説明忘れててごめんね」

「あ、いえ」

「俺のポジションは」

「そんなスポーツみたいに」

「……俺の()()()は無いんだよ。何故なら俺は楽器が弾けないからね」

 

 告げると、ごとちゃんはこの世の終わりのような表情で「えっ……」と一言呟いた。

 

 

 

 

 





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