伊地知虹夏のbucket list   作:大塚ガキ男

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こんばんは。大塚ガキ男です。
今回は伊地知虹夏視点です。よろしくお願いします。




伊地知虹夏は盗撮したい(写真を撮りたい)

 

 

 

 

 下北沢高校二年──伊地知虹夏は、とある幼馴染の家へと朝ごはんを作りに行く生活を続けている。

 平日は毎日欠かさず、たった一人の家族である姉との生活と並行して。

 夏季休暇などの長期に渡る休みの際には、会う約束を取り付けてなくてもなにかと理由をつけて家まで様子を見に行くほど。

 雨の日も風の日も、毎日毎日。

 今回はその様子を、特別に取材させていただけることになった。

 

「苦労? 全然無いよ。私がやりたくてやってることだしね」

 

 こちらからの質問に、制服姿の伊地知虹夏は背負っていたリュックの位置を直しながら笑顔でそう答えた。その表情に嘘や気遣い、遠慮なんてものは何一つ無く、本当に心の底からこの生活を楽しんでいるのだと分かる。

 

「太介くん、私がいないとご飯抜いちゃうときあるからね」

 

 山口太介(やまぐちたすけ)

 伊地知虹夏とは幼少期から馴染の関係である彼は、今この場にはいない。

 伊地知虹夏がたった今合鍵を使ってドアを開けた、とあるマンションの一室。その奥、寝室のベッドの中で未だ深い眠りについている。

 午前6時30分。

 伊地知虹夏は玄関で脱いだ靴を揃えてから、勝手知ったる様子で洗面所へと向かう。

 手を洗い、壁につけられたラック──そこに掛かったタオルで手を拭いてから、タオルを抜き取って洗濯機へと放り込んだ。棚から、丁寧に畳まれたタオルを一枚取り出し、またラックに掛ける。

 

「んー、やっぱ一人暮らしだから1日じゃそこまで(洗濯物)溜まらないよね」

 

 つい先程タオルを放り込んだ洗濯機の中を覗いて、伊地知虹夏はカメラに同調を求めるようにそう発言してから、一人はにかんだ。

 

「本当は太介くんが今着てるパジャマもついでに洗濯しちゃいたいけど、まだ起こすの早いしなー」

 

 伊地知虹夏の言葉から、山口太介に対する想いが伝わってくる。

 伊地知虹夏は鼻歌を歌いながら洗剤ケースに洗剤と柔軟剤を適量入れ、洗濯する衣類の量が一番少ないコースを選んで洗濯機を回し始めた。

 洗濯機の中に、水が流れ込んでいく。

 

「太介くん、眠りが深くてこのくらいの音じゃ起きないから楽でいいや」

 

 洗濯機が正常に稼働していることを確認しながらそう言った伊地知虹夏。

 洗面所を後にし、廊下を進む。

 それからすぐさま(きびす)を返し、洗面所へと戻った。

 

「いやあ、ちょっと身だしなみが気になっちゃって」

 

 鏡を見て、自宅を出る前に入念に整えたはずの前髪やワイシャツの襟の折り目を改めて気にしながら、伊地知虹夏はそう答えた。

 身だしなみをキチンと整え、再び廊下へ。進んだ先のリビングに入ると、伊地知虹夏は一度大きく深呼吸をした。

 深く深く、室内の空気をたっぷり肺に取り込むように。

 

「あぁ、これ? まあルーティーンみたいものかな。太介くんのお家の匂い──正確には太介くんの匂いなのかな? それがなんとなく落ち着くんだ」

 

 幸せそうに語る伊地知虹夏。それからキッチンへと向かい、壁に掛けられたエプロンを着用。リビングから向けたカメラ──対面型キッチンの向こうに立つ伊地知虹夏は、制服の上にエプロンという装いながらも不思議な貫禄をこちらに感じさせていた。

 余談だが、このエプロンは山口太介と共に出かけた際に購入したものであり、試着して見せて1番反応が良かった柄を選んだらしい。

 伊地知虹夏は洗い物一つ無いシンクを見て、不満そうな表情を浮かべた。

 

「……私が帰った後からなんにも食器使ってないんだ」

 

 悲しそう、というよりかは悔しそうな表情。余程山口太介のことを気にかけているのだろうか。

 彼に対する並ならぬ想いを感じる。

 

「まあ良いけどね。洗い物が無いって本来良いことだし」

 

 山口太介に対する様子のおかしな思考も長くは続かなかったのか、伊地知虹夏はそう呟いてから身体を反転、備え付けられている冷蔵庫を開けて中を物色し始めた。

 

「んー、昨日の晩から変わってないや。そりゃそっか」

 

 Q:朝だけでなく、夕飯も一緒に? 

 

「へ? 勿論夜も一緒だよ? お姉ちゃん、いつも帰り遅いし」

 

 Q大変ではありませんか? 

 

「大変なわけないよ。むしろ、私が作る時の食費は太介くんに出してもらっちゃってるから、そういう意味では太介くんの方が大変なんじゃないかな」

 

 そういうものだろうか。

 伊地知虹夏はこちらからの質問に当然のようにそう答え「この材料ならお米炊かないと……」と米櫃(こめびつ)からボウルに白米を出し始めた。

 

「もう、料理するところなんて撮ってても面白いこと無いよ?」

 

 伊地知虹夏はカメラで追い続けるこちらに向かって、少し照れた様子で笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 Q:あなたにとって山口太介とは? 

 

 

 

 

 

 

「んー、()()()かな」

 

 Q:即答ですね。

 

「うん。言い出したらキリ無いけど、一言で言うならこれかな」

 

 Q:少し理由を伺ってもよろしいでしょうか。

 

「太介くんとは、小さい──ほんとに小さい頃からの幼馴染なんだ。お姉ちゃんがそばにいてくれなかった時も、お母さんが死んじゃった時も、太介くんはずっとそばにいてくれたの。私が中学生の頃、男子にからかわれて泣いちゃった時も、お昼の放送をジャックして歌で励ましてくれたり……今思うと何それって思い出もあるけど、太介くんはずっと私の隣にいてくれたんだぁ」

 

 Q:もしかして、彼のことが。

 

「うん、大好き」

 

 Q:……。

 

「太介くんのやること成すことを格好良い、かわいいって思うし、太介くんの為ならなんだってしてあげたくなる。太介くんが他の女の子と仲良くしてたら嫌だし、それとなく割り込んで邪魔しちゃう。私だけを見ててほしいし、私以外は見ないでほしい。私が作るご飯だけを口にしてほしい。太介くんと離れ離れになることなんか想像もできないし、想像もしたくない。太介くんとずっと一緒にいたい。太介くんに私の夢を1番近くで見ててほしい。もし太介くんが私のことを嫌いになっても絶対離れてあげないし、絶対に逃さない。太介くんに甘えてもらいたいし、太介くんに甘えたい。太介くんに抱きつきたい。太介くんの匂いを嗅ぎたい。太介くんとキスがしたい。太介くんを私無しじゃなんにもできないくらいグズグズに甘やかしたい。太介くんの全てを管理したい。朝から晩までずっとずっと一緒にいたい。太介くんと、太介くんと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Q:密着は以上になります。朝という大変忙しい時間帯の中、ありがとうございました。

 

「いやいや、こちらこそありがとうございました!」

 

 カメラを持って頭を下げるこちらに合わせて、深々と頭を下げ返す伊地知虹夏。なんて出来た人間なのだろうと心から感心したところで、伊地知虹夏は壁掛け時計に視線を向けた。対面型キッチンのカウンター部分には、密着中に伊地知虹夏が作っていた朝食の品々が、柔らかな湯気を立てて並んでいる。この後山口太介を起こし、朝の支度をさせている間に料理を食卓に並べるというルーティンらしい。

 

 Q:お時間ですね。

 

「太介くん起こさないとな〜」

 

 そう言って背中を伸ばした伊地知虹夏は、スタスタと山口太介が眠る寝室──ではなく、洗面所へと向かった。

 

「太介くんの前では、1番可愛くいたいからっ」

 

 洗面所へ消えていったその姿が一度だけひょっこりと顔を出し、イタズラっぽい笑みと共にそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 伊地知虹夏は、見下ろしていた。

 

「…………ぐぅ」

 

 ベッドの上、布団を抱き締めて横向きで眠る山口太介を黙って見下ろしていた。

 

「…………」

 

 時刻は午前7時。

 山口太介をすぐに起こすことなく、伊地知虹夏はその寝顔を目に焼き付けるように見下ろしていた。

 

「……可愛いなぁ」

 

 その呟きは、眠っている山口太介の耳には入らない。

 顔の真横にボウリングの球を落としても起きないという噂が立つほど、山口太介の眠りは深いからだ。

 

「…………」

 

 (おもむろ)に、スカートのポケットからスマホを取り出した。人差し指でスワイプ、タップを何度か行い、アプリを起動させる。

 

「…………」

 

 無音。

 無音。

 無音。

 伊地知虹夏が開いたアプリは、無音カメラ。デフォルトでついているカメラアプリとは違い、シャッター音が鳴らないことを売りとしているそのアプリは、売り文句の通り音一つ出さないまま、山口太介の寝顔をカメラロールに収めた。

 

「…………」

 

 顔の真横にボウリングの球を落としても起きないという噂が立つほど、山口太介の眠りは深い。しかし、伊地知虹夏は無音カメラを使用した。

 

(万が一気付かれちゃったら言い訳出来ないしね)

 

 それは、伊地知虹夏なりのリスクヘッジ。

 山口太介に対する想いは、今の所明かすつもりはない。

 山口太介の意中の相手が──それでなくても、好みのタイプを絞り切れてない以上、無闇に告白して関係が崩れることはなんとしても避けたいからだ。

 だから、もし今の行動がバレて「なんで俺の寝顔撮ってるんだ?」なんて言われてしまった日にはおしまい。ヤケになった伊地知虹夏がどんな行動を取るのか、本人にも分からない。

 

「…………にしても、起きないなぁ」

 

 両膝を折ってしゃがむ。山口太介との距離が格段に近くなる。

 伊地知虹夏は作ったばかりの料理が冷めてしまうことと、今目の前にあるチャンスを天秤にかけ、仕方がないと決断した。

 顔を近付ける。

 山口太介の寝顔が眼前にまで迫る。

 顔を近付ける。

 山口太介の寝息が顔にかかる。

 顔を近付ける。

 

「…………」

 

 唇が触れ合う。

 柔らかな、子猫同士が鼻先を触れ合わせるようなキス。両人の同意が得られていないまま──山口太介の意思に、意識に関係無く行われた口づけは数秒ほど続き、それからゆっくり離れていった。

 伊地知虹夏が立ち上がる。たった今したキスの感触を味わうように唇を指で優しく押さえた。

 

「……()()()1日頑張れそうっ」

 

 それから、ついに決心。

 折角彼の為に作った食事だ。温かいうちに食べてもらいたい。伊地知虹夏は小さく咳払いをしたあと、眠り続ける山口太介に向かって声をかけた。

 

「太介くん、太介くーん」

 

 

 

 

 

 





前半部分密着カメラが入った体で話が進んでいますが、本編で実際に入っているわけではありません。
インタビュー形式の方が伊地知虹夏の内なる想い的なのが自然に書けるかなと思ったのでそうしました。

今回更新が爆速でしたが、これは元々今回のお話がある程度書けていたからなので、次回以降の更新はもう少しゆったり目になると思います。

感想、評価ありがとうございます!メッチャ励みになりました!
ではまた!

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