伊地知虹夏のbucket list   作:大塚ガキ男

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こんばんは!番外編です!




山田リョウは落ち着きたい(お話したい)

 

 

 

 

「太介は、自分の恵まれ具合をもっと自覚するべきだと思う」

 

 とある日、下北沢高校の屋上にて。

 ぽっかぽかの陽気の中、俺と山田は屋上の地面に寝転がって──制服が汚れないよう丁寧にレジャーシートを敷いた上で──理由も目的も無く駄弁っていた。

 この場に虹夏は居らず(委員会だかなんだかの仕事で昼休みをそれに充てているのだとか)、もう既に昼食は食べ終えている。

 つまりは、山田と二人きりという状況。山田とはたまに好みが合った映画を観に行ったり廃墟に連れていかれたりする仲だが、それでも頻度としては高くない。今の二人きりという状況はそれなりに珍しいと言える状況だった。

 こんな良い天気の昼休みだというのに、屋上には俺と山田以外の生徒は誰もいない。

 本当に二人きり。

 二人のみ。

 心地良い春風が屋上を囲むように建てられたフェンスを抜けていく音を、ぼんやりと聞いていたそんな中。周囲の視線に気を遣うこともなく、いつもよりどこか伸び伸びとした様子の山田が突然そんなことを言い出したものだから、俺はその意味について考えざるを得なくなった。

 

「恵まれ具合……、恵まれ具合か。確かに、虹夏みたいな優しい幼馴染がいて、山田みたいな頼れる友達もいて、楽しいバイト先もあって。俺はとても恵まれているんだろうな」

 

 幼馴染が朝起こしてくれるのが普通じゃないことくらい俺にも分かる。友達がいることが当たり前じゃないことも、リラックスしてヘラヘラ笑っていられるバイト先があるというのも貴重極まりない──まさしく俺は恵まれているのだ。

 長いこと環境が変わらなければそれは日常として溶け込んでしまい、ついついその有り難さを忘れがちになる。でも山田のお陰で再認識することができた。

 うんうん、と寝転がったまま頷くと地面に当たっている後頭部が擦れて痛いので、脳内で行うに留めておく。

 そんな具合に感謝の念を答えてみれば、山田は俺の言葉をすぐさま否定した。

 

「そうじゃない」

「は?」

「私みたいなモデル体型クール系美少女最強ベーシストと関わりが持てているという現状をもっと有り難がるべき」

 

 ペラペラペラペラと、舌を噛んでしまいそうなセリフを表情一つ変えることなく言ってのけた山田。心からの言葉は噛まないとはよく言ったもので、山田は冗談でもなんでもなく上記のセリフをただの事実として述べたのだろう。

 一瞬呆然としてしまうが、すぐに山田の通常運転であることに思い至る。言葉にすることこそ少ないが、山田はいつだって自分に自信がある──自分を持っているヤツなのだ。

 

「ははーん……? さては山田、金無いんだろ」

「ギクッ」

「口で言うな」

「……なんで分かったの」

「続く言葉を予想したまでだ。ど〜せ『この有り難さが分かったら金銭ないし食べ物等を献上すべき』とか言いたかったんだろ」

「…………」

「おい、無言でパンチしてくんな。痛いだろ」

「……さて。お金借りることは失敗したけど、有り難がるべきだと思ってるのは本当」

「……さて。じゃねぇ。どさくさに紛れて俺の腹を枕にするな」

 

 何をどうしたらそんな思考回路が働くのか、ひとしきり俺の横っ腹をパンチした山田は一度起き上がり、俺の腹に頭を置く形で再度寝転がった。家族川の字になって、とは聞いたことがあるが──両親のいない俺には聞いたことはあっても実際体験したことはないが──友達Tの字になって、とは聞いたことすらない。

 注意されても退く気はないのか、山田は俺の腹の上で頭の位置を微調整した(のち)、フンと鼻から息を出した。

 どこか猫っぽいと感じる仕草だった。

 猫飼ったことないけど。

 

「太介のお腹、コロコロ言ってる」

「うるせー。消化中なんだよ」

「太介、もっと太って。寝心地が悪い」

「なんで俺の腹を枕にすんだよ」

「レジャーシート越しとはいえ、硬い地面に頭を置いたらヘアスタイルが崩れる」

「ヘアスタイルが崩れるのは俺の腹の上でも同じじゃないか? それに、わざわざ俺の腹じゃなくてもクッションでも枕でも持ってくれば良いじゃん」

「手に持って歩くのめんどくさい。太介なら自分で歩くし」

「歩いて逃げてやろうかな」

「枕が喋ってる」

「マキマさんみたいに言うな。金欠の悪魔め」

「今ここで太介が退いたら私は貴重な睡眠時間を削られる→授業中に眠たくなって寝てしまう→成績が悪くなる→補修続きの日々を送る→ベースの弾き方を忘れる→結束バンド解散──それでも良いの」

「最悪な連想ゲームだな。……はぁ、結束バンドを天秤にかけられちゃ仕方がない。好きにしてくれ。『授業中寝ても寝てなくても成績あんま変わらないだろ』とか野暮なことは言わないでおいてやるからさ」

「言ってる」

「嘘ぉ、何時何分? 虹夏のドリトスが何回回った時?」

「一々数えてない」

「虹夏のドリトスってマジどうなってんだろうな。ぐるんぐるん回ってる時あるけど」

「…………それは太介の前だからだと思う」

「なんで俺の前だと回るんだよ」

「太介、こういう時は聞こえちゃいけないのが鉄則。有識者も言ってた」

「いてっ。この距離だぞ。いてっ。俺の腹を枕にして寝てる奴の呟きなんて聞こえるに決まってんだろ。いてっ。分かった、悪かったよ。いてっ。謝るから俺の腹に後頭部を何度も打ち付けないでくれ。いてっ」

「分かれば良い」

「いてっ。そのセリフ言った時にはやめるのが鉄則じゃないか? いてっ」

「うぅ……脳が揺れて気持ちが悪い……」

「あーあ、脳みそ小っちゃいから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「最近ハマってる猫ミームとかある?」

「……山田、お前って高頻度で顔からは想像つかないような言動するよな」

「私は〝Oiia Oiia cat〟」

「聞いちゃいねぇし。……〝Maxwell〟」

「おぉ、同志だ」

「同志なのか」

「〝Oiia Oiia cat〟好きは〝Maxwell〟も好き。有識者が言ってた」

「猫ミームにおける有識者ってなんなんだ」

 

 現在地、変わらず屋上。

 姿勢、変わらず仰向け。

 腹部には変わらず山田の頭があり、変わらぬ天気模様──青空をぼんやりと眺めながらの、毒にも薬にもならないおしゃべり。

 

「ここで太介が『〝うるさいヤギ〟が好き』とか言う逆張り人間だったら、すぐさま会話を切り上げて教室に戻っていた」

「そもそもソレ()ミームじゃないだろ」

「huh?」

「猫ミームだった……」

 

 俺と山田がどれだけ生産性の無い会話をしようとも、空の青さは変わらない。

 俺と山田がどれだけ他愛の無い雑談に興じようとも、昼休みの穏やかさは(おびや)かされない。

 実に平和。

 ここに虹夏もいたならば、安心感のあまり自宅だと勘違いしてコーヒーの一杯でも振る舞っていたところだ。

 

「太介、良いこと言った。飲み物買ってきて」

「言ってないからな。俺一言も口に出してないからな」

 

 どういうトリックなのか、時折俺の思考が山田に筒抜けになっていることがある。しかし指摘してまともな答えが返ってきたことがないので、俺は()()()()()()だと割り切っている。

 今回の筒抜けも類に漏れずだったが、俺は春風に頬をくすぐられる心地良さに流され、笑って済ませることにした。

 

「しりとりでもしようか」

「良いけど……どうした山田。急に」

「別に、気まぐれ。じゃあ私から──〝エレクトロスイング〟」

「初手の相場って〝しりとり〟か『しりとりの〝り〟から始めよっか。〝りんご〟』だろ。無法が過ぎるぞ山田」

「これぞ天衣無縫の極み」

You(ユー) still(スティル) have (ハブ)lots (ロッツ)more(モア) to(トゥ)work on(ワークオン).(まだまだだね)……」

「太介、〝ぐ〟だよ」

「俺の渾身のリョーマくんモノマネは無視かよ……。じゃあ〝グミ〟」

「〝みかじめ〟」

「〝メバチ〟」

「〝血豆〟」

「〝メモ帳〟」

「〝梅〟」

「〝め〟攻めされてる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「時に」

「どうしたんだよ急に。もうしりとりは良いのか」

 

 突然しりとりが途切れたかと思えば、前触れも前置きも無く話を変えた山田。自由人極まりない振る舞いに返答をすれば、山田は「うん。飽きた」と当然のように言ってのけた。なんなんだコイツ。

 春風。

 

「太介は私が言いたいことを分かってくれるし、私のボケに対して的確なツッコミを入れてくれる。一緒にいて苦じゃない、虹夏とはまた違うタイプの稀有な存在」

「な、なんだよ急に。照れるな」

 

 照れ笑うと、俺の腹部に頭を置いている山田から「笑わないで」と声を震わせながら返ってきた。

 しかしそれは、山田が泣いているとかそういうわけではない。笑い声に合わせて俺の腹部が動き、さらにそれに合わせて山田の声が震えているというだけなのだから。

 さて。

 俺は別に、山田の理解者であろうとかそういった気持ちを持ったこともないし、というか意識すらしてはいなかった。

 そんな状態の俺に届いた()()()()()()

 いつも素っ気なく、なに考えているか分からない山田に褒められるというのはなんだか不思議な気分である。例えるならば、友達の家で飼っている普段なら絶対に触らせてくれない猫様が、何故か今日だけは背中を撫でさせてくれた──みたいな。つまりは認められたような気がして嬉しいということだ。

 

「でも、太介が私のことをどう思っているか気になって」

「別に、一緒にいて楽しいけど」

「面倒くさいとか思ってないの」

 

 こちらの本心を探るような山田の物言いに、俺は「おう」と短く返す。

 すると山田は少し嬉しそうに、リアクションも最低限にフッと小さく息を吐いた。

 

「まぁ、そろそろスピリットサークルの4巻返せよとは思ってるけど」

「…………」

「山田、サシで話してる時に聞こえないフリって意味無いからな」

「今度、家まで取りに来て。あとそのついでに5巻と6巻も持ってきて」

「読み終わってはいるのかよ」

 

 俺は空を眺めているので表情こそ見えないものの、どうせいつもみたく『当たり前でしょ』みたいな無表情で言ってるんだろうな。容易に想像が働く。

 

「そもそも漫画を貸し始めたのだって、うちにある漫画読みたさに夜更けまで俺のマンションに居座る山田にとうとう虹夏がブチ切れた、ってのがキッカケなんだからな」

「その節はありがとう。そしてこれからもありがとう」

「図太ぇ……」

 

 俺としては説教をしているつもりだったのだが、説教を受けている本人にはなに一つ響いておらず。合気の如く言葉を受け流されてしまった俺は、諦めて溜め息を吐くことしかできなかった。

 

「溜め息吐かないで。お腹が凹んで酔う」

「へいへい。穏やかな呼吸を心がけますよ」

「…………」

「…………」

「……太介、頭痛くない?」

 

 山田()の仰せのままに、腹部をあまり動かさない浅めの呼吸を努めていると、少し経ってから山田がこちらを気遣うような言葉を寄越してきた。

 先程までの会話の流れ上、真面目に取り合ってもあまり意味がないということを学んでいた俺は、皮肉めいた言葉で返すことにした。

 

「あぁ痛いよ。山田の要望が次から次へと舞い込んできて脳が処理落ちしそうだぜ」

「そういう意味じゃなくて。地面、硬くないの」

 

 唖然。

 まさかあの山田が本当にこちらを気遣っていたなんて。激レア具合に思わず眉を顰めてしまい、その所為で返答が不自然に遅れてしまった。

 

「……両手を枕にしてるから平気。足組んでないのび太くんスタイルみたいな」

「私のカーディガン、枕代わりに貸してあげようか」

「なんだよ、急に優しいな山田。じゃあ借りても良いか?」

「……あ、でも太介カーディガンの匂い嗅ぐだろうからやっぱりやだ」

「嗅がねぇよ!」

「え……? こんなにもビジュが大爆発してる私のカーディガンの匂いをどうして嗅がないの……?」

「俺のことを()()()()()()()()()()()()()()()()()変態という前提で話を進めないでくれ。嗅がないっての」

「しっかり言い切る辺り怪しい」

「どうしろってんだよ!」

 

 

 

 

 

 

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「やっぱり脱ぐの面倒くさいからこの話は無しで」

「……あぁ、もうそれで良いよ」

 

 嗅ぐでしょ→嗅がねぇ→なんで嗅がないの→なんで嗅いでほしいんだよ→という具合に、不毛極まりない遣り取りを5分ほど繰り広げた結果の、山田の結論。カーディガンどうこうよりもこの遣り取り自体に疲れ果ててしまっていた俺は、異論無く肯定した。

 山田の中にある()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という思考は早急に取り払ってほしいけれども、この際もうなんでも良い。俺が匂いを嗅ぎたがるような変態だったとしても、下北沢の裏路地で赤ちゃんプレイをするような変態だったとしても構わない。

 いや構うわ。

 

「ここに虹夏もいたら三人でお腹枕をし合えるんだけど。残念」

「ペンローズの三角形かよ」

「出た、知的ツッコミ」

「恥ずかしくなるから指摘しないでくれ!」

「まぁ、仮にそうなったら私は絶対に虹夏のお腹を枕にしたいから」

「絶対にしたいのか」

「うん。だからその時は、太介は私のお腹で我慢して」

 

 虹夏のお腹を枕にしたい気持ちは分かるけど。

 俺を宥めるようにそう付け加えた山田。幼馴染のお腹を枕にしたいだなんて生まれてこの方一度たりとも思ったことがない俺からすれば、なにを言っているんだコイツはという感想しか浮かばない。

 しかし山田からすれば、虹夏のお腹枕というシチュエーションは垂涎物らしく、絶対に譲らないからと声を大にして言われてしまった。

 

「我慢って……。そもそも、俺も入れて三人でお腹枕し合う意味もないだろ。山田と虹夏が代わりばんこでやってれば良いんじゃないのか」

「ダメ。私達はエレン、ミカサ、アルミンのサンコイチのようなもの。欠けることは許されない」

 

 山田ってば進撃で例えること多くないかと呆れながらも、「それはまずいな」と同調だけしておく。

 

「つまり、虹夏と山田がエレンとミカサで、俺がアルミンということだな」

「全然違う。私がアルミン」

「山田がアルミンはありえないだろ」

「何故」

「バカだから。アルミンは頭良いキャラじゃん。つまり俺」

「いや、それはおかしい。太介は私よりバカなんだから、言ってることが矛盾してる」

「え?」

「え?」

 

 

 

 

 

 

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「そういえば太介、今度観に行きたい映画がある」

「オッケー、日程分かったら教えてくれ。ちなみに、虹夏も観れそうなジャンルか?」

「多分無理。人がじゃんじゃん死ぬから」

「じゃんじゃん死ぬのか、そりゃ無理だ」

 

 

 

 

 

 

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「無人島になにか一つ持っていけるなら、なにを持っていく?」

「あー、図鑑とか? ほら、島に原生してるキノコとか野草とか、食えるかどうかが分かるって結構重要じゃないか?」

「つまらない男。それならLIVE DAMとか言ってくれた方が良かった」

「俺にカラオケの本体だけ持っていく狂人性を求めないでくれ。……じゃあ、そういう山田はどうなんだ」

「私? 虹夏」

「道連れにすんな」

「虹夏に断られたら山口太介って人を連れていく」

「道連れにすんな」

 

 

 

 

 

 

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「エヴァのネタバレしても良い?」

「良いわけねぇだろ」

 

 

 

 

 

 

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「……空、青い」

「……あぁ、青いな」

 

 快晴と言えるほどの青空と雲の比率ではないが、(かえ)って良い天気と呼べるくらいの、お手本のような青空。柔らかそうな雲があちこちに点在していて、青と白のコントラストがどうしようもなく心を落ち着かせる。

 そんな青空を眺めながら、ふとポツリポツリと呟くように二人して感想を述べた。

 

「……なんだか眠たくなってきたな」

「珍しい。〝昼寝は絶対しない〟でお馴染みの太介が、まさかこんな真っ昼間から眠気を催すなんて」

「お馴染んでいたかは知らないけど……、昨晩はきくりさんと街をぶらぶら散歩しててさ。若干寝不足気味なんだよな」

「羨ましい」

「次は誘おうか」

「いや、良い。仲良く話す二人の後ろで地蔵になってる未来の私がよく見える──というか」

 

 断りの言葉の途中で舵を切った山田。どうしたんだと相槌代わりに続きを促す。するた山田はすり鉢で山芋を()り下ろすように、俺の腹に後頭部をグリグリと押し付けてきた。

 

「太介、もしかしてその話虹夏にした?」

「するだろ」

「あちゃー……」

「え、なんだよ。なにかマズいことしたか?」

「……ちなみに、その時の虹夏のリアクションとか憶えてる?」

「? いつもみたいに笑ってたけど」

 

 伝えると、溜め息。

 脱力したのか、心なしか腹に感じる重みが増したような気がする。

 

「太介のバッドコミュニケーションの後始末をさせられる私の身にもなってほしい」

「な、なにか悪かったのか? 俺知らないうちに虹夏を傷付けてたのか?」

 

 だとしたらそんなに酷い話は無い。虹夏の悲しんでいる顔を脳内に思い浮かべ、山田に事の真相を聞くべく教えを乞うた。

 

「今度、シフト無い休日。三人でショッピングに行こう。アパレルでもセレクトショップでも家電量販店でも、虹夏が行きたいと言ったところ全てに足を運ぼう」

「あ、あぁ。そうだな。行こう行こう。……珍しいな山田、お前から提案するなんて。あ、というかさっきの話に戻るけど」

「──その日一日、太介は虹夏の着せ替え人形になること。虹夏がオススメした服を全て試着して、虹夏の反応が良かった服を何着か買うこと」

 

 こちらに有無を言わせないほど身体に深く切り込んだ、山田の言葉。肩から斜めに入り、致命的な深さにまで滑り落ちた刀身が俺から首を縦に振る以外のアクションを奪う。よもや絶命してしまったのではないかと疑うほど、俺から発言を奪ってしまう。

 死人に口無し。

 黙って首肯。

 

「頷いている姿は見えないけど、それで良い。そうすれば虹夏も喜んでくれると思う。私は道中、その都度私用で席を外すけど、二人でキチンと楽しんでおいて」

 

 首肯。

 

「よろしい。あと此度(こたび)の私の活躍を鑑みて適宜金銭を貸与すること」

 

 首振(かぶりをふる)

 

「……チッ」

 

 舌打ちすんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「太介、今度観に行く映画は太介の奢りにしよ。そうでなくても、ポップコーンとジュースくらいは」

「…………」

「……太介?」

「…………」

「……おーい、太介」

「…………」

 

 話しかけても名前を呼んでも、一向に返事が来ないことを異変だと気付いた山田リョウ。面倒くささに深い溜め息を吐きながらも、渋々上体を起こして振り返った。

 

「…………ぐぅ」

 

 そこには、後頭部とレジャーシートの間に入れた両手を枕に、スヤスヤと眠りこける友人の姿が。

 そんなに眠たかったのか。

 刹那の沈黙の間に眠りに落ちた山口太介に呆れ、山田リョウは溜め息を吐いた。

 それから姿勢を元に──再び上体を寝かせ、山口太介の腹の上で後頭部の位置を微調整する。

 

「ふむ」

 

 良いポジションを見つけたのか、山田リョウは満足げに鼻から息を吐いた。

 それから何を思ったか、静かに独り言を呟く。

 

「太介、好き」

「…………」

 

 ふむ。

 一度眠りにつけばちょっとやそっとの事じゃ起きない山口太介の体質にかこつけて、聞かれたら困る文言を敢えて口に出してみた。

 やはり山口太介は起きることなく、リアクション一つせず眠り続けている。

 山田リョウはほんの少しだけ()んだ。

 

「今起きたら私の彼氏にしてあげようかな」

「…………」

「起きろよ」

「…………」

 

 寝転がったまま片手を上に上げ、山口太介の胸板を叩いてツッコミを入れる。しかしこの程度の衝撃では()()()()()()()()()()に分類されてしまうのか、山口太介は起きなかった。

 

「……まぁ、それはそれで困るんだけど」

 

 親友、伊地知虹夏と同じ相手を好きになってしまっているという(むご)い現実。山田リョウは胸中に発生した(モヤ)を掻き消すべく青空を眺めてみた。

 無理だった。

 山田リョウは、山口太介の事を異性として好いている。時折強行策に出る伊地知虹夏の想いと比べれば「それくらい」と鼻で笑われてしまいそうな想いではあるが、山田リョウは間違い無く山口太介に好意を抱いていた。

 

「敵には回したくない」

 

 本心を呟く。

 言うまでもなく伊地知虹夏は強敵だ。同じ女としての魅力としても、単純に一人の人間が持つ戦力としてもこちらは分が悪い。

 だから山田リョウはこうして、彼が眠る間にこっそりと告白をすることしかできない。

 面と向かって想いを伝え、それが成就してしまったなら、伊地知虹夏が明確な敵となってしまうからだ。

 それだけは避けたい。

 親友とは親友のままでいたいし、何よりまだ死にたくない。

 

「……太介の方から私に告ってくれれば良いんだけどな」

 

 そうすれば、山田リョウにもそれなりの大義名分が出来る。告白されたから仕方なく──と言い訳を述べることが出来るからだ。

 だからと言って伊地知虹夏が「ならしょうがない」と諦めるということもないだろうが、そこには雲泥の差が有る。

 

「…………」

 

 いやでも、争いたくないな。

 山田リョウは本能と理性の狭間で揺れ動く己の感情を、心から面倒くさく思った。

 少し前までなら、幼馴染の意見なんて気にせず自分のやりたいようにやった。

 しかしこれは代償が大き過ぎる。山田リョウは親友二人を失ったあと、独りで生きていける気がしなかった。

 

「……いっそ、太介の悪評を流して虹夏の方から愛想を尽かさせるというのも──いや無理だ」

 

 解決案として出てくるのは、案とすら呼べないレベルのくだらない思い付きばかり。山田リョウは考えることをやめ、また空を眺めることにした。

 

「これも全て山口太介って奴の仕業なのか。……うん。太介が悪い。太介がもっと嫌な奴だったらこんなことにはなってなかった」

「…………」

「おい、お前の話をしてるんだぞー」

 

 眠り続ける山口太介の腹の上に乗せた頭部。うどんの生地を薄く伸ばすように左右に寝返りを打った。

 気持ちが悪くなった。

 

「ゼェ……ハァ……」

 

 寝返りを打った末、現在位置山口太介の胸の上。うつ伏せに近い体勢で頬を胸板に押し潰しながら、息も絶え絶えに山口太介の寝顔を睨み付けていた。

 

「……胸板、硬い。雑魚枕」

 

 筋肉の硬さというよりかは、骨自体の硬さ。これじゃあ全く休まらないと、山田リョウは元の位置まで戻ろうとして──鼻から息を吸った。

 

「新手のスタンド使い? ──いやッ。こ、これはッ」

 

 突如として香った嗅ぎ慣れない匂いに身体の動きが止まり、今のはなんだともう一度鼻から空気を吸い込む。

 

「ま、まずい……!」

 

 山田リョウは理解した。今嗅いだ匂いが、山口太介の制服の匂い──そしてその中に彼の体臭が含まれていることを。

 異性を感じるこの匂いを、心の底から()()()()だと思ってしまっている事を。

 口から息を吐く。

 鼻から息を吸う。

 

「こ、これじゃあ虹夏と同じだ……」

 

 危機感。

 

「私もこのままじゃ虹夏みたいな変態になっちゃう」

 

 思い返すは、山口太介の私物であるダウンジャケットやタオルに顔を埋めてにやけ笑う親友(変態)の姿。あぁはなるまいと胸に誓っていたいつの日かの姿に、今まさに自分がなってしまおうとしていた。

 呼吸とは決して途切れるものではない。こうして考えている最中にも身体に山口太介の匂いを取り込み、脳が『良い匂いだ』と答えを導き出してしまっている。

 このままじゃまずい。なにがとは言わないが凄くまずい。

 山田リョウは両腕を突っ張って起き上がろうとしたが、中々理性が働かない。それでも鼻呼吸だけはしっかりと行われてしまっている。

 

「うおおおおおおおおお」

 

 緊張感に欠けた間延びした声で、腕に力を入れる。しかし思ったように力が入らない。

 ならばと両腕の力を抜き、寝返りを試みる。元いた場所へと身体を捻る。

 

「いっけえええええええ」

 

 今出せる力を全て使い、反転。

 視界には青空が広がっていた。

 

「ゼェ……ハァ……」

 

 ドッと疲れた身体を労るように、深く大きく酸素を取り込む。山田リョウが独りで喋っている間も山口太介が起きることはなかった。なんなんだコイツ。

 それから思い出したように、自身の身体が屋上に吹く風を認識し始めた。髪を優しく揺らす風に、全てを成し遂げた気になった山田は僅かながらも誇らしげに口角を上げた。

 静寂。

 山田リョウはその静寂に耳を傾けてみた。

 ゆったりと微かに上下する山口太介の腹部に黙って揺られてみる。

 数秒。

 数十秒。

 

「……うん、これでよし」

 

 晴れた空。

 朗らかな陽気。

 二人以外に誰もいない屋上で、山田リョウは安心して目を閉じるのだった。

 

 

 

 





山口太介:寝てる。

山田リョウ:あの後すぐに寝た。山口太介のことが好き。

伊地知虹夏:五限の時間になっても教室に戻ってこない二人を心底心配したまま授業を受け、五限後に慌てて校内を捜索。やっとの思いで見つけた屋上で二人仲良く昼寝していたので、メチャクチャキレた。山口太介のことが好き。


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