こんばんは!遅くなっちゃったね!
『喜多さん。虹夏から連絡あったんだけど、結束バンド辞めるって本当?』
『なにか嫌なことがあったとか、不安なことがあったとか、とにかく理由を教えてほしい。俺に出来ることなら助けになりたいんだ』
『今日はごとちゃんっていうサポートギターの子が来てくれてなんとかなったよ。でも喜多さんにも早く戻ってきてほしいな』
『それで、ごとちゃんも結束バンドに入ってくれることになったんだ。喜多さんのギターボーカルとごとちゃんのギターが合わされば、結束バンドは更に良くなると思う。俺はバンドのことはからっきしだけど、不思議とそう思うんだ』
『STARRYで待ってる。虹夏も山田も、みんな喜多さんのこと待ってるから』
▽
「うわっ、喜多ちゃんそれ誰? 彼氏?」
「え? ──ち、違う違う! ただの知り合い!」
「え〜? なんか熱烈なロイン届いてるじゃん。返事してあげないの〜?」
「もう! 本当に違うの!」
秀華高校。
一年生の教室にて。
昼休み、机に座ってスマホを眺めていた喜多郁代は、過去に送られてきた
やがて友人が席を離れ、一人になって深く溜め息。それからもう一度スマホの画面に視線を落とした。
『STARRYで待ってる。虹夏も山田も、みんな喜多さんのこと待ってるから』
「…………もう、戻れるわけないのに」
誰にも知られず、一人呟いた。
回想。
喜多郁代はかつて結束バンドに加入していた。
山田リョウという一つ上の先輩目当てという少々不純な動機ではあるが、入ると決めてからは父から毎月のお小遣いを前借りする形でギターも買い、結束バンドに加入してからは全くの未経験ながら、先輩方と同じステージに立とうと必死に努力していた。
「…………」
しかし、駄目だった。
初心者用のギター教本を読んでも、動画投稿サイトに上がっているレッスン動画を真似してみても、どれだけギターと向き合ってみても。
決して望む音は鳴らなかった。
誰にも相談出来ずに日々が過ぎていく恐怖。
弾く指の痛みに実力が伴わないという怒り。
「…………」
そんな中で初ライブの日程が決まり、いよいよ喜多郁代の胸には抱えきれないほどの〝焦り〟が膨らんできていた。
初ライブで披露するという楽曲のスコアを渡されても、なんのことだか分からない。
STARRYに背負っていくギターが日の目を浴びることはない。
全体での合わせ練を様々な言い訳で回避し、しかしギターが全く弾けないなんてことは決して言い出せず。
『おっ、黒くて格好良いギターだね』
いつだったか、STARRYに併設されたスタジオで人知れずにケースからギターを出してみたことがあった。迫る初ライブの重責に耐え切れず、全てを吐き出しまおうかと考えたことがあった。
このギターは背負っているだけで、私には才能が無くて全く弾けません。
好意を寄せている山田リョウに幻滅されようとも、その結果結束バンドにいられなくなったとしても、真実を明かすべきだと。喜多郁代がギターケースから重たいギターを震える手で抱え上げたところで──いるはずのない他者の声。
かけられた声に驚きながら振り向けば、そこには山口太介が立っていた。
山口太介の視線は、喜多郁代が抱えたギターに注がれている。
『……や、山口先輩』
『今度初ライブなんでしょ? 頑張ってね、俺に出来ることならなんでも言ってよ』
助けてください。
喉から言葉が出そうになり、慌てて飲み込んだ。言ってはいけないと引っ込めた音の代わりに、無意味に空気を喘ぐ。
沈黙。
重たいギター。そして、重たい期待。
先輩は私のことを信じている。頑なに合わせ練に参加しない私の実力を、一つも疑っていない。
愚かなまでの一直線な信頼。
喜多郁代は笑顔を取り繕い、嘘を吐き続ける他に無かった。
『太介は基本困っている人がいたら誰でも助けるし、教師に頼まれたらなんでも手伝う。そんな奉仕精神に満ち溢れたナイスガイ』
いつの日かの山田リョウの言葉が何度も脳裏を掠める。
相談するタイミングは何度もあった。
でも出来なかった。
本番までには、という淡い期待。
今更なにを、という深い後悔。
喜多郁代を苦しめ、判断を鈍らせたその二つは絶えることなく頭上から降り注ぎ続け。
初ライブ当日。
追い詰められた喜多郁代は、ロイン一つにて全てを投げ出した。
回想終。
「…………そんな私に、帰る場所なんて」
現実に戻った意識が、スマホの文字をぼんやりと認識している状態。
脳裏にはいつだって過去の自分への失望感が在る状態。
山口太介からのロインだって当初は無視していた。合わせる顔も無いと、未読を決め込んでいた。
それでも、溜まりに溜まっていくメッセージにやがて良心が耐え切れなくなり、昨晩遂に既読を付けてしまった。
幸いにも既読を付けた以降に新たなメッセージは来ていない。
中途半端。
どっちつかず。
嘘を告白できるほど強くも無く、それでいて最低な人間であり続けられるほど強くも無く。
喜多郁代は自分の弱さ──情けなさに深い溜め息を吐いた。
スマホから顔を上げる。それから視線を右へ。
「……2組の後藤さんだよね。ねぇ、誰かに用事でもあるの?」
「あがッ……!?」
先程から教室のドアの隙間からずっと自分に視線を向けているピンクジャージの人物に、声をかけることにした。
▽
「ギターボーカルのアテ?」
ところ変わって放課後の下北沢高校。バイト先であるSTARRYへと向かう為、教室を出て廊下を歩いていたいつもの三人。
昇降口へと向かう周囲の流れと同じように歩いていた最中の突然の質問。投げかけられた伊地知虹夏は、質問の主である山口太介に向かって問われた内容をそのまま繰り返した。
「いや、特に無いけど。いきなりどしたの、太介くん」
「単純に気になってさ。結束バンドもいずれはギターボーカルを入れて4人体制になっていくんだろ?」
「そうなったら良いなとは思ってるけど……。え、もしかして誰かアテでもあるの?」
この前みたいに、
記憶を辿った伊地知虹夏が、言いながら嫉妬を孕んだ視線で優しく睨む。睨まれた山口太介は視線の内容量など気付きもせずに何気無く返した。
「喜多さんとか」
その名を聞いた瞬時に伊地知虹夏の表情が
それから、不機嫌さを隠そうともせずに言った。
「……太介くん、喜多ちゃんのことまだ気にかけてたんだ」
瞳から光が消えていく。その様子をリアルタイムで見ていた山田リョウが──授業の疲れから静観を決め込んでいた山田リョウが慌てて話を切り替えた。
「懐かしい名前。連絡無いから最近は死んだかと思ってお線香あげてる」
「山田、あれマジどうかと思うぜ? わざわざ仏壇まで用意して。……行くたびにお供え物増えてるし」
「ガチャのダブりとか置いてる」
「もっと喜多さんが喜びそうなもの置いてやれよ。タピオカとかさ」
「太介も太介でどうかと思う」
山田の思惑通り、話がズレ始める。
これで虹夏の怒りもどこかへいくだろうと一安心したところで。
「太介くん、リョウの家に何度も行ってるんだね」
いいなぁ楽しそう──伊地知虹夏が曇った。
うわぁ墓穴を掘った──山田リョウの無表情に絶望が帯びる。
おう。映画観に行ったりしてる──山口太介が呑気に返し、二人の表情がそれぞれ悪化していく。
歩きながら伊地知虹夏が山口太介の方へと寄っていき、グイグイと肩で押して壁へと追いやっていく。その際頭頂部のドリトスが鞭のように山口太介の肩辺りを何度も引っ叩いていくが、痛みは無いようで両者ともその存在に気付くことはなかった。
それから立ち止まり、90度回転して山口太介を見上げた。伊地知虹夏の両手は、いつの間にか山口太介の両手を束ねるようにしっかりと握り込んでいた。
手を優しく包み込み、下から瞳を覗き込むようにして笑いかけた伊地知虹夏。その姿は何の事情も知らない他人が見れば、仲睦まじいカップルのように見えるのかもしれない。
「楽しかった?」
浮気の現場を押さえている妻が、そのことを隠し敢えて夫を泳がせているような口振りで、伊地知虹夏は問いかける。およそ健全な高校生が発していいはずがないほどのドス黒い
「うん。虹夏に一言言っておけば良かったな、ごめん。でも虹夏をSAWシリーズ一気見に付き合わせるわけにもいかなくてさ」
「そ、ソウ……?」
伊地知虹夏の嫉妬心こそ気付かないが、幼馴染としての感情という別ルートから答えに辿り着いた山口太介。心を込めた謝罪と共に理由を真摯に話すというファインプレーが光る。
そんな山口太介の悪気0の発言にすぐさま毒気を抜かれてしまった伊地知虹夏は──申し訳なさそうに眉尻を下げる太介くんの顔カッコいい……と内心見惚れていた伊地知虹夏は、喜多郁代のことも、山田リョウと山口太介が二人きりで会っていたという事実も忘れ、その際添えられた聞き慣れない映画タイトルの方へと思考がズレていってしまった。
空気の僅かな緩み、言うならば〝隙〟を敏感に察知した山田リョウがすかさずフォローを入れ、思考のズレを完全なモノにする。
「……悪人が惨たらしく死んだり死ななかったりする。でもそれだけじゃない秀逸な脚本と伏線回収が魅力の映画」
山田リョウによる流暢かつ簡潔な説明に、しかし全く惹かれなかった伊地知虹夏がどこか引き気味に笑った。
山口太介の手を握る力が弱まる。
「そ、そうなんだ……。ごほん。太介くん? リョウの家で怖い映画観るのは良いけど、毎回リョウの趣味に付き合ってたら太介くんもそのうち変人になっちゃうよ?」
「照れる」
「どこが褒め言葉に聞こえた?」
「次は虹夏も誘うよ。山田も、グロくない映画とかも好きなはずだからさ」
「う、うん。私、グロくない映画大好き。次は『ラスト・アクション・ヒーロー』で集まろう」
一件落着。
山田リョウのカタコト気味の宣言を以てして、場に流れていた不穏な空気は霧となって消えた。
何事も無かったかのように、三人また歩き出す。周囲の雑踏に紛れるほどの他愛の無い雑談に興じ、やがては昇降口へ。
「……虹夏、あのさ」
「なに?」
今までの雑談とはまた違い、一呼吸置いてから改まって切り出してきた山口太介。その神妙な声色に、伊地知虹夏は内心穏やかではないものの平静を装って返した。
「……あの」
交わっていた山口太介の視線が下へと落ちる。その意図が読めず「どうしたの?」と問い返す。
一秒、二秒。
それから、山口太介は意を決して口を開いた。
「靴履きたいから、手ぇ離してほしいんだけど」
「──うわわわわ!? ご、ごめん! つい!」
山口太介が落とした視線の先が、数分前のやり取りから未だ繋がれたままの両者の手であったことが判明し、伊地知虹夏は手を離して慌てて飛び退いた。
自覚無し。さも当然のようにここまで歩いてきていたという事実に、ぶわりと手汗をかく。絶対変な女だと思われた……! と後悔の念で顔を真っ赤にする伊地知虹夏の陰で、山田リョウは「つい……?」と名探偵のように顎に手を当てて考えるのだった。
「なんか虹夏、ごとちゃんみたいで可愛いな」
「太介、それ褒め言葉として受け取ってもらえないと思う」
「えぇ?」
「虹夏には聞こえてなかったから良いものの」
「山田は手、繋がなくて良いのか?」
「太介と?」
「いや、虹夏と」
「huh?」
「猫ミームすんな」
「太介の言いたいことがよく分からない──マズい、虹夏の顔色が
小ボケを挟みつつも、珍しく山口太介の意図を読み取れなかった山田リョウ。ボケだったのかマジだったのか区別の付かない発言に『らしくないな』と思いながら、束の間に目を細めて彼の表情を眺めてみる。
しかし顔を赤くしたり青くして俯いていた伊地知虹夏の表情が七色(もしくは1677万7216色)に発光し始めたので、そちらに意識が移ったかと思えば慌てて飛び出して行くのだった。
閑話休題。
姓名の順番によって割り振られているが故、山口と山田とは離れた位置でスニーカーを履き終えた伊地知虹夏。『クラスの席も離れちゃうんだよな』と下北沢高校の席の割り振り方に心の中で悪態をついてみる。
自身の位置と比べて校内の廊下に近い場所から歩いてくる二人を、日の当たる屋外で待っていた。
「『ラスト・アクション・ヒーロー』ってどんな映画?」
「シュワちゃん主演のアクション映画。太介も気に入ると思う」
「へぇ」
並んで映画の話をしながら近寄ってきた山口太介と山田リョウ。伊地知虹夏は流れるような仕草でその間に割り込み、山口太介の隣を確保。山田リョウからの「またやってる……」といった視線を斜め上方向から注がれ──短い通知音が鳴った。
「? ぼっちちゃんからだ」
『すみません……! EDMガンガンかけてリョウさんとエナドリ片手に踊り狂いながらバイトしててください! お兄さんは怪我しちゃうかもしれないので踊らないでいてください!』
「「「……?」」」
画面から飛び出してくるほどの圧力。後藤ひとりの元気いっぱいで必死さでいっぱいいっぱいな文体に、三人は仲良く首を傾げたのだった。
道中、歩きながら話す。
「どういうこと? なんかあったのかな」
「俺、流石にパリピダンスくらいでは怪我しないんだけど」
「階段の途中でバランス崩すほど貧弱なら、なにも可笑しな話じゃない」
「酷いこと言うなよ傷付いちゃうだろ。……まぁ、後輩であるごとちゃんのお願いなんだ。準備して待ってようぜ」
「理解早っ! 太介くん、少しは疑問に思おうよ」
「コンビニ寄ろう。私も買いたいものあるし」
「こっちも理解早っ!〜〜〜〜〜もうっ、分かった! サングラスあるかお姉ちゃんに聞いておく!」
お仕事大忙し君でしたので、久しぶりの投稿となりました。あけましておめでとうございます。
当初は15000字くらいで喜多ちゃんが加入するまでを書きたかったんですけど、とある事情により前後に分けます!続きは近いうちに投稿出来たらなと思います!
みんな読んでくれてありがとうね〜〜〜〜〜〜〜〜。