こんばんは!
「バイト先って下北沢だったのね……」
「あっ、来たことあるんですか?」
「私の前のバンド、下北系だったから」
「そ、そうなんですね」
「それにメンバーの先輩たちが
「この街まだ慣れなくて……恥ずかしい」
「こっちの方が恥ずかしいって!」
「場所はSTARRYってとこで、虹夏ちゃんとリョウさんとお兄さんがもういるはず……」
「えっ!?」
「ど、どうしたんですか」
「ごめんね! 私やっぱり」
「ぼっちちゃーん! よく分かんないけどエナドリ沢山買ってきたよ〜!──ってあ〜〜〜〜〜! 逃げたギタ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「あひいいいいいいいいいい!!」
「喜多ちゃん、なんでここに……!?」
「あれ」
「おっ、喜多さんじゃん」
「っ!! あああ……あう……リョウせんぱい……山口せんぱい……」
「あーあ、太介の
「俺の所為!?」
「──なんでもしますからあの日の無礼をお許しください! どうぞ私を滅茶苦茶にしてください!」
「誤解を生みそうな発言やめて!」
▽
その夜。
ライブハウスSTARRYにて。
本日の営業が終了した旨を店長である伊地知星歌から告げられた喜多郁代は、すぐさま着替えて帰宅の準備を終えていた。
「今日はありがとうございました。これからもバンド活動頑張って下さい。……陰ながら応援してます」
こちらを見つめてくる四人に告げた、その表情は暗い。
後藤ひとりにギターを教えてもらおうと画策し、バイト終わりならと言われてノコノコ着いて行った下北沢。そこでかつてのバンドメンバーである先輩方と思わぬ再会を果たし、
己の中にある穢れを全て払い落とす勢いで
告げたその表情は暗い。
「…………」
別れだというのにロクに目も合わせられない。
そんな自分の情けなさに目も当てられない。
挨拶を言い終えて、視線を階段上方へと向けようとした最中。流れる景色の中、先輩の内の一人──山口太介と一瞬目が合った。しかしすぐに外れ、視線は階段上方。
少し引っかかったが、もう一度合わせる勇気は無く。
ただ一瞬、ハッキリと見えた彼の表情は今にも喜多郁代のことを引き止めようとしていて。
その優しさが、喜多郁代を更に惨めな気分にさせた。
早く帰ろう。
早く帰って、全てに蓋をしてしまおう。
そう思って踏み出した一歩。
瞬間、いかにも声を出し慣れていなさそうな、おっかなびっくりといった感じの大きな声が返ってきた。
「きっ、喜多さん! ──うぎゃっ」
名を呼ばれ、振り返る。そこにはこちらに向かって駆け出している後藤ひとりの姿。しかし数歩と進まぬうちに自分の足に躓き、前方へと顔からダイブを決行していた。多少の負傷は免れない勢いに、喜多郁代は思わず目を背け。
「ごとちゃん!」
そこに駆け付けるは、山口太介。後藤ひとりとは別案で彼も動き出そうとしていたのか、その足取りに躊躇いは無い。側に立っていた伊地知虹夏と山田リョウの間を抜け出し、今にも転びそうになっている後藤ひとりを抱えるべく、両手を前に伸ばして床と後藤ひとりの間に飛び込んだ。
ドシーン!
場に似合わぬコミカルな効果音は、後藤ひとりの特性によるものか、それとも山口太介の運動神経の悪さによるものか。
地下のライブハウスにおいて舞う筈の無い土煙が束の間、二人の姿を隠して辺りにモクモクと漂う。
冗談みたいな煙たさに喜多郁代が口元を押さえて咳き込んでいると、やがて土煙が晴れた。
そこには。
「お、お兄さん……!」
尻餅をついた体勢でキョトンと座り込んでいた後藤ひとり。やがて状況を理解したのか、自身の尻の下にいる存在に向かってその名を呼んだ。
「いたたたた……」
後藤ひとりの下には山口太介の姿。勢い余ったのか上手く受け身が取れなかったのか、両手を伸ばした状態でうつ伏せに倒れ込んでいる。
そして頭部付近の床には、ゆっくりと血溜まりが広がり始めていた。
「た、太介くん大丈夫!?」
「へ、
「なら良いけど──お姉ちゃん! 救急箱取ってきて! 私は氷持ってくる!」
「お、おう。分かった」
いち早く出血に気付いた伊地知虹夏が、安否を確認した
慌ただしく動く伊地知姉妹を他所に、山田リョウは無言でその場にジッと立ち続けている。表情はひとつも変わらない。
口元を押さえていた手がにわかに震え始めた喜多郁代。両足が床に縫い付けられたかのように、
そして。
この場の誰よりも狼狽している後藤ひとり。液体にも気体にもなりかねない身体の不安定さで謝罪を繰り返す。
「お、おおおおおお兄さん! あわわわわわごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 血が! こんなに沢山!」
やがて山口太介の上から退き、後藤ひとりは正座の体勢のまま高速で震えて頭を床に擦り付けた。震えが早過ぎて、震えた身体の向こう側の景色が見えてしまっている。
「落ち着いてよごとちゃん、大丈夫だって。ただの鼻血。ヘッドスライディングした拍子に鼻打っちゃったみたいでさ」
山口太介も意識はしっかりしているのか(そして出血量に対して痛みも然程無いのか)、上体を起こして後藤ひとりを優しく諭した。
片方の鼻からはドクドクと血が流れ出ている。
「ぎゃあああああああああああっ!?」
しかし当人としては笑いかけたつもりの表情も、鼻からの出血を伴っていては随分とショッキングなもので。目の前に落ちている赤い液体はなんだとふと顔を上げた後藤ひとり。不幸にも流血を
白目を剥き、ピシリと数秒硬直。
それから何を思ったか、瞳が目蓋の裏から無事戻ってきた後藤ひとりは山口太介の頭部を慌てて抱き締めた。
後藤ひとりの頭上には、【状態異常:混乱】を示す星々が等間隔で周っていた。
「だ、大丈夫……! お姉ちゃんがついてるから……! 痛くない痛くない……! 泣かないよ〜……!」
──それは、姉としての本能のようなものだった。
後藤ひとりには5歳の妹がいる。
5歳児というのは危なっかしいもので、何もないところで転んだりすることも日常茶飯事。後藤ひとりの妹がいくらしっかりものの5歳児とはいえ、転んだ痛みに堪え兼ねて泣いてしまうことがある。
そういった時、後藤ひとりは今のように優しく抱き締めてあやすのだ。
加えて、友達のいない後藤ひとりには同年代の人間が怪我した時の対応の仕方などなにも分からない。
まるっきり。
からっきし。
そんな
山口太介の頭を、胸に抱く。そして背中を優しく叩き、身体を軽く揺らしながら
「痛かったね……! よく頑張ったね……! 偉いね……! あとでアイス買ってあげるからね……!」
「…………」
「み、見てください! お兄さん泣いてませんよ! それにほら、鼻血も止まりました!」
褒めてください。
そう顔に書いてある後藤ひとりが頭上に星々を
数秒後。このままだと色々まずいと察した山田リョウが渋々ながら応えた。
「それ、ただぼっちの乳で堰き止められているだけ。太介、鼻血以外も止まってると思う。例えば呼吸とか」
「へ……?」
指摘を受けて、後藤ひとりは恐る恐る下へと視線を下ろす。ピンクジャージによっていくらかナーフされている後藤ひとりの胸の
見れば、頭を抱えるという体勢の都合上、山口太介の顔は後藤ひとりの胸へとしっかり埋まっていて。
現実に意識が向きかけて、みるみるうちに顔色が青ざめていく後藤ひとり。追い討ちをかけるように、その背中に声がかかった。
「ぼっちちゃ〜ん……? こんな状況なのになにしてるのかなぁ〜……?」
そして背中が凍り付き、その冷気によって自分が誰に何をしていたのかという自覚がようやく追いついた。
油が切れたロボットマシーンのように、ゆっくりとぎこちない仕草で自身の胸から山口太介を引き剥がす。胸という蓋が無くなったことにより、酸欠で青白くなった彼の鼻の穴からまた溢れ出るように血が流れた。
今度は両方の鼻の穴から流れ出た。
「──どひゃあっ! あばばばばばばばばばばばばばばすみませんでしたお兄さん! 私の汚らわしいモノをお兄さんのような方にすみませんすみませんすみませんすみませぇんっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
青く冷めた顔を赤く
山田リョウが少し慌てた様子で山口太介の顔色を確認する。
「うぅ……宇宙が……宇宙が見え……」
「……チッ」
目を回しながら舐めたことを宣う山口太介に、山田リョウの頭の中から心配という感情が消え失せ、その代わりに本心からの舌打ちを鳴らさせた。
それでも受け止めた背中をなんとか床に優しく下ろせたのは、山田リョウの健気な頑張りに他ならない。『もっと褒めろ』『何故私に密着されて宇宙を感じないのか』とは本人の談。
「……あれ、山田じゃん。なにしてんの」
それから意識を取り戻し、息も絶え絶えの様相で友の顔を認識した山口太介。山田リョウは「次からお金取る」と同じく息も絶え絶えに、答えになっていない答えで返した。
二人して持久力が無い。
空白。
床に寝かされた山口太介は、戻ってきた伊地知星歌に鼻血が逆流しないようにと頭の下にクッションをあてがわれた。大丈夫かとこちらを見下ろす眼差しは、普段よりも棘が無い。
「ありがとうございます、星歌さん」
礼を述べれば、焦りと苛立ちがごちゃ混ぜになったような表情で怒られた。
「星歌さん↑やめろ。お前、運動音痴なんだから無茶すんなよ」
「音痴過ぎて、急に走り出したから両ふくらはぎ痙攣しちゃってます。笑えますよね」
「笑えねーよバカ。……まぁ、女の子守れたって意味ではファインプレーだな」
「へへ、……
「太介、虹夏から氷預かってきた。これでぶつけたところ冷やして」
「ありがとう山田」
「別に良い」
山田リョウから氷袋を受け取った山口太介は一度袖で血を拭ってから、鼻に氷袋を押し当てた。呼吸が止まるほどの冷たさに耐えながら当て続ける。
…………。
して、虹夏はどこへ。
STARRYにいる時にはいつも側にいるはずの彼女がいないという違和感に気付いた山口太介が、何事かと周囲を見渡す。
しかしその違和感こそ、伊地知虹夏が今までこっそりと植え付けてきた
見渡す。
伊地知虹夏は少し離れた壁際で、後藤ひとりと何やら話をしていた。
額に青筋を何本を浮かべた伊地知虹夏が、頭頂部のドリトスを
……あまり気にしてはいけないのかもしれない。理解が及ばないなりにそう察した山口太介は、視線を戻して山田リョウの方へと向き直った。
同じタイミングで声をかけられる。
「ねぇ、太介」
「なんだよ山田」
「ぼっちの乳、ぼっちち。どうだった?」
「バナナスみたいに言うな。……ぼっちちってなに?」
「記憶が消し飛ぶほどの衝撃なのか……」
後藤ひとりの脅威の胸囲によって呼吸を妨げられ、脳に酸素が行き渡らなくなっていた山口太介。その所為で当時の記憶を失っているようで、山田の質問に『なにを言っているんだ』と怪訝な顔で答えるのだった。
全てを理解した山田は背景に宇宙を背負いながらも、果たして
「……バナナス?」
「気にしないでください星歌さん。戯言みたいなものです」
「戯言だけどね」
「戯言遣いうるせーな。今そう言ったろ」
山口太介が鼻血をとめどなく流しながらも正常なことが分かり、一安心した山田リョウ。その後、安心ついでに小ボケを連発。鼻血を流しながらもしっかりとツッコミを入れてくれる親友の存在に、腕を組んで満足げに頷くのだった。
そんないつも通りの遣り取りに、伊地知星歌が溜め息混じりに。
「いや、元気そうなら良いんだけどさ。鼻血流れっぱなしなのはまずいだろ」
「店長、救急箱は?」
「まあ持ってきたんだけど……肝心の鼻に詰めるティッシュが無ぇんだよな」
包帯ならあるけど。
伊地知星歌がどこか申し訳なさそうに、丁寧に丸められた包帯を手に取って見せる。清潔感を感じる真っ白なソレを一瞥して、じゃあ最悪それでもいいかと山口太介が受け取りかけたところで、山田リョウが渋々立ち上がった。
「確か控え室に箱ティッシュがあったと思う。私取ってくる」
「──あ、あの。良かったら私のポケットティッシュ使ってください」
声がかかった。
三人して振り返れば、そこにはポケットティッシュをおずおずといった様子でこちらに差し出している喜多郁代の姿が。腰が引けているのは、尊敬する山田リョウに声をかけるという行為に対する緊張故か、それとも山口太介のいっそシュールなほどの出血量によるものか。
「悪い。すまないな、喜多──ほら太介。鼻に詰めとけ」
「あぁ、はい。喜多さんありがとう」
「いえ……」
「私は太介のおばあさんに連絡を入れておく。こうなった責任の一端は私にもあるからな」
「そ、そんな」
「良いんだよ。……お前は兎に角鼻血を早く止めろ。こんな短いスパンで病院行きだなんて、お医者さんに笑われるぞ」
「ハハッ、星歌さんが『お医者さん』って言うの可愛いですね」
「ハハッ、調子乗んなよクソガキ」
「──前が見えねェ……」
「や、山口先輩の顔が一瞬にしてボコボコに!」
「初期のしんちゃんだ。凄い再現度」
山口太介が伊地知星歌の言葉遣いを笑って指摘し、それに照れて機嫌を悪くした伊地知星歌が行間にラッシュを叩き込んだという流れ。
瞬く間にアザやら腫れやらで顔面を膨らませた山口太介に、喜多郁代は絶叫し山田リョウはそのクオリティに感心するのだった。
「じゃあ連絡入れてくるから。次舐めたこと言ったら、グラップラー刃牙の単行本から適当なページ開いて出てきた技をそのままお前に喰らわせるからな」
「は、はいぃ」
刃牙シリーズは全部履修済みの伊地知星歌による衰えを知らない
それを段落と見た伊地知星歌は、視線を移して指示を出す。
「喜多、リョウ。悪いけど太介のこと頼んだ。フラフラ歩き出しそうになったら殴ってでも止めてやってくれ」
「わ、分かりました」
「了解。──太介、歯を食いしばって」
「まだ歩いてないまだ歩いてない!」
「荒っぽいリョウ先輩……! 素敵……!」
「太介。予め言っておくけど、飛んでる蝶々見つけても追いかけたら駄目だから」
「……俺、マイペースなワンちゃんだと思われてる?」
「──あぁもう、虹夏に威圧されてるぼっちが破裂しそう。ちょっと止めてくる」
「ごとちゃんが!? 頼んだ山田」
「ねぇ、太介のことお願い。誰か戻ってきたら引き継がせて帰って良いから」
「わ、分かりました」
喜多郁代に向かって、温度を感じさせない瞳でそう言った山田リョウ。眼差しを向けられた喜多郁代は、
「「…………」」
そして、二人。
クッションを枕にして仰向けに寝転がる山口太介と、その隣に正座している喜多郁代。
「緊張するから、正座はやめてよ」
「血を流している山口先輩を置いて、一人立っているのも椅子に座っているのもなんだか失礼な気がして」
「別に気にしないって」
「私は気にするんです」
「……せめて足崩したら?」
「もう、私のことはいいので早くポケットティッシュ使ってください! 制服が血塗れじゃないですか!」
「あぁ、そっか」
山口太介は思い出したように上体を起こし、受け取っていたポケットティッシュに手を伸ばした。
ティッシュを一枚抜き取り、右鼻へ。
ティッシュを一枚抜き取り、左鼻へ。
そうして両方の鼻の穴をしっかりと塞げば、1秒後には真っ赤に染まったティッシュの先から、また血液がポタポタと垂れ始めていた。
「あ、ごめん喜多さん。ティッシュもうちょっと貰っていい?」
「『もうあげません』なんて言いませんから、遠慮せず使ってください」
「槇◯敬之?」
「はい?」
「な、なんでもない。ありがとう」
了承を得て、両鼻の穴から真っ赤なティッシュを抜き取る。己の内側を巡っていた赤の生々しさに、山口太介は気付かぬうちに眉間に皺を寄せていた。
いけない、持っていては喜多さんの視界にいつまでも入ってしまう。これは精神衛生上よろしくない。
山口太介は懸念し、未来ある後輩を守るために真っ赤なティッシュをどこかへ捨てなければと──しかしゴミ箱が見当たらずにどうしたものかと持て余していると、喜多郁代が両手の平を差し出してきた。
「ティッシュ抜いて、また鼻血出ちゃってますよ。そのティッシュは私が捨てておきますので、取り敢えずはこっちで預かります」
「いやいや、ばっちぃから良いって。ポケットにでも入れておく」
「そ、そっちの方がばっちぃです!」
「おっ、良いツッコミだね喜多さん。……じゃあお言葉に甘えようかな」
喜多郁代のツッコミに──もしくは年下から遠慮無く発言されているという事実に気を良くしたのか、山口太介は血に染まったティッシュを素直に渡す。「はい、受け取りますっ」と左手のひらを広げて受け取った喜多郁代は、真新しいティッシュで鼻血ティッシュを包んで鞄に仕舞った。
「俺もそうすれば良かった……」
「なにがですか?」
「いや、なんでもない。ありがとね喜多さん」
「いえいえ」
山口太介は言い終えてから、新しいティッシュを両鼻の穴に詰める。今度は血が垂れてこないことに一安心して──
「もうっ! さっきから言いたかったんですけど!
喜多郁代が辛抱堪らずと言った様子で叫んだ。
「山口先輩、ティッシュ適当に詰めすぎです!」
「えぇ?」
指摘。
しかし自覚の無い指摘に、山口太介は首を傾げた。傾げている
座っている山口太介の横に片膝立ちになり、リクライニングとして片手で支えている状態の喜多郁代。空いたもう片方の手で、山口太介の鼻の穴に詰められたティッシュを順番に抜き取った。
「そんな丸め方じゃダメです! もっとこう──ほら、この形なら鼻の穴にフィットしますから!」
「あ、ありがとう」
「それに、鼻血が出ている時は下を向くんです! 山口先輩落ち着きがないからあちこち向いたり挙句の果てには上を向いたりしてますけど」
「俺って落ち着きないの?」
「そうすると鼻血が喉の方に流れていっちゃうから良くないんです! ほら、前傾程度でも良いので、上体起こしますよ」
「は、はい」
「先輩方が氷持ってきましたけど、これもNGです! 体温が下がると血液の凝固機能も下がるので、逆に血が止まらなくなっちゃうんですから! 打撲した
「わ、分かりました」
矢継ぎ早に出される指示に従って長座体前屈の序盤のような体勢になった山口太介。隣の喜多郁代に背中をさすられて「大丈夫ですよ〜、深呼吸です」と励ましの言葉を受け続ける。
疑問符、疑問符。
喜多郁代の鼻血が出た際の処置方法の詳しさと、されるがまま看護されてしまっている己。二つ分の疑問符が山口太介の頭上に大きく浮かんだ。
「良いですか? これから段々血が止まってくるので、もう鼻のティッシュは詰め替えないでください。鼻の粘膜の傷による出血の場合、詰め替える時に傷口が擦れてまた出血しちゃいますから」
「…………」
「聞いてますか? 山口先輩」
「あ、あぁ。ありがとう喜多さん。色々知ってるんだなって思って」
「た、たまたまです!」
「そ、そう」
「……あっ、そう言えば山口先輩。鼻血以外は大丈夫なんですか? 顔から転んでましたけど、たんこぶとか」
言いながら山口太介の頭部に触れる喜多郁代。
年下から手厚い看護を受けているという事実にどうしようもなくむず痒くなってしまった山口太介は、恥ずかしさから「大丈夫大丈夫」と身を捩った。
しかしそうすると喜多郁代が「そうですか……」と少し悲しそうに俯くので、フォローを入れるように慌てて言葉を差し込んだ。
「……喜多さん、メッチャ看護してくれてありがとう」
でもここまでしなくても。
支えてもらわなくてもクッションあるし。
言外に本心を滲ませてそう言えば、喜多郁代は微かに笑いながら返した。
「なんだか、情けない山口先輩を見てると私がなんとかしなきゃ! って気分になってきちゃって……」
「な、情けない……。思い出したくもない記憶かもしれないけど、俺って幼児じゃないからね」
いつかの路地裏。
山口太介が苦虫を噛み潰したような表情で言えば、喜多郁代は顔を赤くして返した。
「し、知ってます!」
「……じゃあ、俺の頭を撫でている手を退けてくれると助かるんだけどな。恥ずかしくって恥ずかしくって」
「い、いつの間に!? ごめんなさーい!」
なんか上下に分けるって言ってましたけど、書いてたら文字数膨らんだので上中下に分けます!次回でひと段落!