伊地知虹夏のbucket list   作:大塚ガキ男

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こんばんは。お久しぶりのヤンデレBADENDです。




¥ 幼馴染は共に在りたい。

 

 

 

 

「いやー、まだ全然夏だねぇ」

「そうだなぁ」

 

 9月24日。

 夏休みも終わり、誰も彼もが死んだような顔をして、トボトボと重たい足取りで学校へと向かうような月。

『というか俺達もいずれ就職したらこんな丸々1ヶ月の休みとか貰えることないんだろうな』とふと考えてみて絶望してみたりする月。

 そんな月、9月。

 未来のことを考えて一人勝手に背筋を冷やそうとも、未だしぶとく夏の気温が居座る9月。下旬。

 しかし今日は休日だった。

 休みの日にまでわざわざ将来のことを考えてネガティヴになる必要はない。ほんの数週間前に結束バンドの皆と江ノ島に行った日を懐かしく思いながらも──来たる秀華祭へ向けて俺以外の各々が練習に励みながらも。

 されど今日は休日だった。

 これだけ休日を強調していることからなんとなく察することが出来るかもしれないが、結束バンドも完全オフの日。それどころかSTARRYも今日は星歌さんの都合で終日閉めているので、夕方からのアルバイトも無い。

 

『だから、3人で出かけよう』

 

 昨日のバイト時、腕を組んで誇らしげにそう言い放った山田を迎えに、俺と虹夏は朝から表を歩いているのだった。

 道中。

 朝から元気に存在を主張してくる暑さに肩を落としながら、狭めの歩幅で歩きながらの会話。

 

「……まさか言い出しっぺが遅刻するだなんてな」

「仕方ないよ。昨日の夜は色々頑張ってたみたいだし?」

「あれ? 結束バンドの練習は順調って話じゃなかったっけか」

「秀華祭で演る曲とは別に、なんとなくインスピレーションが湧いちゃったみたい。それで思いつくがままにベース弾いてるうちに興が乗っちゃって、夜遅くまでパソコンと睨めっこしてたよ」

「詳しいな」

「だって夜遅くにいきなり電話かけてきて『気分転換に適当に一人で話してて。あっ、邪魔にならないくらいの声量でね』とか言ってくるんだよ!?」

「詳しいというよりかは、そもそも知ってるって感じか」

「お陰様でこっちも寝不足気味だし、睡眠時間同じなはずなのにリョウだけ寝坊してるし!」

「……本当にお疲れ様、凄いよ虹夏は」

 

 山田の我儘に付き合えるということがどれだけ偉大なことなのかをよく知っている俺は、感じたことをそのままに虹夏への賛辞を送る。

 送れば、照れた顔を両手で隠しながらも『どういう風の吹き回し?』とでも言いたげな視線で俺を見る虹夏。

 俺はそんな幼馴染の仕草に微笑んだ。

 

「えっ、なに急に。嬉しいんだけど」

「俺だって幼馴染を(ねぎら)うくらいするさ……というか、山田が俺に連絡を寄越さなかったことに地味に傷付いてる」

「あー。リョウ、『太介も道連れにしたいけど、絶対に寝てるから連絡するだけ無駄』って言ってた。太介くん、着信音じゃ目覚めないもんね」

「そんな『ダイヤモンドは砕けない』みたいに言われても」

「?」

「あぁいや、今朝もありがとうございます」

「いやいや、こちらこそだよ。ちなみに、昨日は何時に寝たの?」

「21時くらいかな」

「はやっ」

「一人暮らしだとあんますることないんだよな。虹夏帰るとなんか独りになっちゃって物寂しいし」

「太介くん……!」

「きくりさんが遊びに来てたりすればもう少し夜更かしとかもするんだろうけど」

「…………」

「ちょっ、虹夏痛い痛い。歩きながら幅寄せしてこないで! 虹夏と塀に挟まれて右肩だけ擦り下ろされちゃってるから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ¥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ら、らっしゃい……」

 

 山田が住む御宅に到着し、外構のタイル塀に備え付けられている真っ黒いインターホンを鳴らして、虹夏と「山田起きてるかな」なんて会話を交わしながら応答を待つ。

 やがて数秒経ってからドアを開けて出てきた山田の顔は、見るからに疲れていた。

 

「おじゃましまーす!」

 

 そんな山田の顔を見てもノーコメントな虹夏が、ドアを開けたまま入室を促している山田の横をするりと抜けていく。俺もそれに続いて、最後に山田がドアを閉めた。

 

「ご両親は?」

「仕事」

 

 正面にはリビングへと続くドア。

 しかし山田の家に来たとなれば、お邪魔する部屋はリビングではなく山田の自室だ。視線が階段の方へと流れていく途中に一瞥してから、階段を上る。

 俺はじいちゃんばあちゃんのマネーパワーによって良いマンションに住まわせて貰っている。そんな自覚はありながらも、やはり住み続ければその広さを当たり前と受け入れていくものだが、山田家の間取りというのはハッキリ言って(かく)が違うように感じる。

 いやらしい言い方をするならば、(がく)が違うように感じる。

 ごほん。

 山田のご両親は、確か開業医だったか。山田が家族のことを頑なに語りたがらないのでそれ以上の情報は知らないが、山田の部屋に行くまでの道のりでも分かる内装の品格。ご両親の仕事ぶりが窺える。

 二階へ上がり、廊下の突き当たりまで進む。

 勝手知ったる様子で虹夏が山田の部屋のドアを開けた。

 

「はー、暑かった」

 

 山田の部屋の中は冷房が効いていて、虹夏が言葉と共にそこらのクッションに腰を下ろしていた。

 ちなみにわざわざ描写することでもなかったが、俺も虹夏もこの部屋に入る前に(というか山田家に上がってすぐに)キチンと一階の洗面所で手を洗っている。その辺りの衛生観念は俺も虹夏も──

 

「太介くん、座れば?」

「お、おう。そうだな」

 

 俺は誰に対して言い訳をしているんだ。

 捻くれ始めた思考を外へと追いやり、空いていたクッションの上に座る。虹夏が腰を浮かせて俺の近くへと自らのクッションをほんの少し引き寄せ、また座り直していた。

 

「あれ、山田は」

「ここにいる。客人に飲み物を持ってきた」

 

 虹夏にハンカチで額の汗を拭われながらも(世話を焼かれながらも)、ふと一人足らない気がして室内を見渡す。それから間髪(かんはつ)入れずにドアが開き、手に持った盆に人数分の缶ジュースを乗せた山田が部屋に入ってきた。

 シックな色合いのローテーブルに缶を3本置き、大仕事を終えたと言わんばかりに大きく息を吐いた山田がベッドに腰掛ける。

 それから、疲れた笑顔を浮かべて言った。

 

「いらっしゃい。今日はよく来てくれた」

「……山田、寝坊という負い目があるからいつもより礼儀正しいな」

「……うん。普段なら『飲み物冷蔵庫にあるから適当に自分で持ってきて』とか言うのに」

 

 山田の常とは異なる──つまりは異常な行動に、虹夏とヒソヒソ話し合う。しかしこの距離では声を潜める意味も無い。

 俺と虹夏の会話を耳にした山田は、少し傷付いているような素振りを見せた。

 

「と言っても、急にバット振ったわけじゃないから」

「それ素振(すぶ)りな。俺が言ったのは素振(そぶ)り。……というか俺の思考を読むんじゃねぇ」

「ごめん、つい」

「意図せずかよ」

「二人とも、言葉足らないまま通じ合わないでよ」

 

 私には何のことだかさっぱり。

 一人置いていかれた虹夏が呆れ笑った。

 切り替え。

 

「それで、なんで山田の家集合になったんだ? 今日のお出かけは無し?」

 

 問いかければ、山田は大きくかぶりを振って否定した。

 

「いや、そういうわけじゃない。……私としてはこのまま3人でダラダラするというのもアリだけど、そのうち親が帰ってくる。そうなれば面倒なことになるから」

 

 語る山田の表情から気まずさが容易に窺える。不仲ではないが、山田も己の領分をおいそれと侵されたくない性質(タチ)だ。溺愛気味なご両親とは相性が良くないのだろう。

 ましてや、友達の前では尚更というものだ。

 

「土曜の午前診療って、それだとご両親は帰り何時くらいになるもんなの?」

 

 開業医。

 果たして俺には、開業医が普通のお医者さんとどう違うのかよく分かっていないのだが、病院というのは土曜日は午前だけ診療しているイメージ。問うても否定されないので、山田のご両親もイメージ通りの勤務体系なのだろう。

 山田が室内の壁掛け時計を確認してから返す。

 現在時刻は11時を回ろうとしていた。

 

「気にしてないから分からない。多分、遅くても夕方には帰ってくるだろうから」

 

 昼過ぎには出発を目指す。

 自身ありげな顔でそう言った山田に、虹夏は少し呆れたような顔で指摘。

 

「目指す、って。いつ出発するかは全部リョウ次第なんだけどねー」

「面目無い。今すぐにでも謝りたい気分」

「じゃあリョウの謝罪でも聞きながらジュース飲もうかな」

「申し訳ないと思う。いやはや、本当に謝りたい」

「全然謝んないじゃん!」

「虹夏、無駄だぜ。リョウの奴、素振(そぶ)りだけだ」

「な〜んだ、ただふざけてるだけかぁ。じゃあ私はお仕置きの素振(すぶ)りでもしておこうかな」

「わ、私虹夏のことだ〜いすき。一緒ついていくチュッチュ」

 

 虹夏の右手が何かを握り潰すようにグッパグッパと開閉し、長年の経験から()()()()()()()()()をされるのか理解した山田が顔を青冷めさせながらも、慌てて媚へつらって虹夏に抱き付いた。

 

「暑苦しいなぁ、もう」

 

 山田の頬と虹夏の頬がくっ付く。しかし幼馴染同士としては拒絶することでもないのか、虹夏は嫌がる()()()だけ見せて肩を落とすのだった。

 うんうん、二人の仲が良いようで嬉しい気分になるな。

 

「太介、劇場版のドラえもんばりに生温かい視線を送るのやめて」

「太介くん、すっごい穏やかな顔してる」

「そ、そうか?」

 

 閑話休題(でも二人が幸せならOKです)

 

「9月下旬でも全然暑いの意味が分からない。8月越えたら自重してほしい。迷惑」

「なんで今日まだ一歩も外に出ていないリョウが文句たれてるの」

「スマホで今日の天気見てたら、当たり前みたいな顔して夏日超えてるからつい」

 

 暑いのは苦手な山田(というか思い返せば寒いのも苦手だったような気がする)が、ベッドに寝転びながらうんざりとした表情で季節に対する愚痴を溢す。その愚痴に本棚から漫画を抜き取って流し読みをしていた虹夏がノールックでツッコミを入れるも、山田の自室内には未だダラダラと緩み切った空気が流れていた。

 誰も『そろそろ行こう』とは言い出さず、ただ時間だけがゆっくりと過ぎていっている。

 そりゃあそうだ。

 だって外暑いんだもん。

 先程、つい山田のことを暑さに弱いみたいな言い方をしてしまったが、よく考えてみれば暑さに強い奴なんていないのだ。

 電車に乗りさえすれば冷房も効いているのだろうが、駅までのほんの僅かな道のりでもこの暑さは勘弁願いたいというのが、俺達3人の本音となっていた。

 暑い夏。

 これだけ暑いと、あの日を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ¥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやー! パスタ美味しかったね!』

『廣井、今度金返せよ』

『志麻ぁ、そんなカタイこと言わないでよぉ』

『こんな暑いのに引っ付くな。はーなーれーろー』

『タスケ、お腹いっぱい食べた?』

『はい。ご馳走様でした』

『……遠慮してナイ? 小腹空いてナイ?』

『イライザさんが()()()()()()()注文してくれた大盛りのカルボナーラに、食事中に適宜イライザさんから()()()で差し出されるサイドメニューの皮付きポテト。ガチのメッチャ満腹です』

『そう? 男子高校生(オトコノコ)ってもっと食べるデショ。刃牙みたいに』

『俺の苗字が範馬ならそうだったかもですけど』

『14kgの砂糖水も飲ム?』

『俺の体内の毒が裏返ってたら勿論飲みますし、その後ちゃんと試合してェ〜〜〜〜って言いますよ』

『タスケと話してると凄い嬉しくなっちゃうヨ……』

『あざす』

『あっ、ソウソウ。この前revue starlightの円盤届いたから、一緒に観ナイ? タスケも気にいると思ウ』

『良いですね。──あっ、タイトルもう一回言ってもらえますか?』

『revue starlight』

『発音良い〜〜〜〜』

『ったく、なんでお前いつも金無いんだよ』

『いやー財布はあるんだけどさぁ。ほら、中身が小銭しかない』

『大人として終わってるな』

『100円玉が3枚でしょ? 10円玉が1枚、2枚、……あぁっ! 落とした! 待ってぇなけなしの所持金──アッッッッッッッッッッッッッツ!!!!!!!!!!!!』

『少し目を離した隙にきくりさんが真夏のコンクリ素手でいってるしあまりの熱さにコンクリの上をのたうち回ってる!?』

『oh……like a焼き土下座……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ¥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あったなぁ、そんな日も」

 

 思い出すは、SICKHACKの方々とイタリアンでランチをした日のこと。はち切れそうだった胃袋と、真夏のコンクリを素手で触り熱さに耐えかねて大暴れしていたきくりさんのこと。それからイライザさんと観た少女歌劇レヴュースタァライトが面白かったこと。

 

「……太介くん、今なに考えてるの?」

「い、いや。なんでもない」

 

 志麻さんに手当されながらも『ひーん!』と情けなく泣いていたきくりさんの表情に想いを馳せていると、虹夏から白けた目で見られる。知らぬうちに頬でも緩んでしまっていたのかと、慌てて表情を引き締めてその記憶を頭の中の引き出しに再度しまっておくことした。

 切り替え。

 そうだ、熱さは熱さでも、今目を向けるべきは外の()()についてだ。

 つまりはこの暑さの中、俺達はいずれ外に出て駅まで地獄の外気に晒されなければならないのかという話。

 そうだ。数分前の俺はこんなことを考えていたのだった。

 

「もういっそのこと出かけるのは次の機会ということで、今日のところは二人には帰ってもらって……」

「そんなことしたら、喜多ちゃんを2日間自宅でなにもさせずにインドアな生活を送らせた(のち)にリョウの部屋に放り込むからね」

「やめて……反動で地方にまで連れ出されそう……」

 

 今朝、虹夏と歩いてきた道のり──外にまた一歩足を踏み出さなければいけないという現実が、重く、重くのしかかっていた。

 しかも今朝よりも太陽は上に昇っているときた。

 窓の外に視線を移してみて、目の奥が痛むほどの眩しさに耐えかねてすぐ視線を外した。

 真夏のピークを越えたとはいえ、ネガティヴな気分に陥るには十分過ぎる暑さ。

 外に出たくない。

 室内には、インドアタイプの気がこもっていた。

 

「……俺、もう一生山田の家で暮らそうかな」

「えぇ────っ!?」

「お、良いよ。山田太介になる? 2つの意味でプラスだよ」

「山口の〝口〟の中に(プラス)入れたら山田になるって誰が分かるんだよ」

「流石。明日にでも荷物まとめておいて。部屋なら空いてるから」

「いや、そんなガチで言ったわけじゃなくて」

「チッ……」

「なんで俺舌打ちされた?」

「た、太介くん、考え直そう? リョウって充電してた私のスマホからコード抜いて、自分のスマホに挿して充電始めるような人間だよ? 絶対やめた方がいいって」

「えぇ……。マジかよ山田最低だな」

「本人の前でネガキャンしないで」

 

 あと、誰にでもやるわけじゃない。

 山田が表情筋を動かさぬまま補足を入れるが、それを親愛度ではなく()()()()()と受け取った虹夏は、「なんだとー!?」という言葉と共にクワッと両手を高く掲げて山田に襲いかかった。

 

 閑話休題(痛そう)

 

「ど、同居というのは悪くない話だと思う……」

 

()()が終わった後、涙目の山田がゼェハァと両手で額を押さえながらそう言った。上体が仰け反る程の威力のデコピンを受けたというのに、案外元気そうだ。

 

「同居?」

「……そう。苗字を変えない(プラスにならない)にしても、どこかに部屋を借りて3人で住む──とか」

 

 山田がそう言って、虹夏の顔色を窺う。虹夏もデコピン一つで精算出来る程度の怒りだったのか、いつも通りの表情で返した。

 

「シェアハウスってこと? あー、リョウ前から言ってたもんね」

「前から言ってたのかよ」

 

 3人で。

 俺が気付かぬ内に会話の内容をすっ飛ばしていなければ、その内訳は俺と虹夏と山田で──ということなのだろう。

 俺以外の2人で以前から話していたという事実に若干驚きながらも、ツッコミとして返すことにした。

 

「そう。恥ずかしい話、私は独り立ちなんてできない」

「本当に恥ずかしいな」

「だから、シェアハウス。欠けた部分をそれぞれ補い合おうという、私達3人の美しい友情の集大成」

「まぁうだうだ言ってるけど、つまりリョウが言いたいのは『養って』ってことなんだと思うよ」

「同い年に無茶言うなよ」

「虹夏の美味しいご飯を食べて、太介の経済力で土台を支える。そして私。完璧な布陣」

「それだと山田なんもしてねぇじゃん」

「私は癒し担当。日常生活を送る上でのストレスを、私の美貌と類稀なるベーステクニックを(もっ)て解消へと導く」

「なんつー自己肯定感の高さ……」

「日常生活を送る上でのストレス、大半はリョウが原因になりそう」

 

 嬉々としてプランを語る山田だが、俺と虹夏に然程の熱は無い。プランの提示だけでは押し切れないと察したのか、山田は次なる手に打って出た。

 

「……良いの? 私達が離れ離れになっても」

 

 山田が、少し表情を曇らせて言う。

 情に訴えかける作戦か。俺は山田の意図をすぐに察し、笑って返す。

 

どれだけ未来の(いつの)話してんだよ」

「卒業後」

「「…………」」

 

 しかしその後に当然のように差し込まれた言葉に、俺と虹夏は揃って息を呑んでしまった。山田の口から出た単語の冷たさ──そしてどうしようもない現実(リアル)さに、思わず言葉がつっかえてしまった。

 

「私達は、後一年と少しで高校を卒業する。私は進学する気無いけど、虹夏はするし。──卒業を理由に結束バンドを解散させるとかは無い。でもSTARRYで集まる時間は今よりも減ってしまうのは事実。つまり……」

「……つまり?」

「それはつまり、私達3人の接点が少なくなるということ」

 

 友情が、薄まるということ。

 果たして友情の測り方が厚い薄いであっているのかという話はさて置き、焦燥感に駆られた話し方をする山田には妙な迫力があった。

 まるで、その未来を心の底から恐れているような。

 常日頃、そのことを忘れず危惧していたような。

 山田の言葉には、俺と虹夏から反論を奪う不思議な力があった。

 

「……まぁ。一理ある、かな」

「虹夏」

 

 目を閉じ、腕を組んで山田の話を聞いていた虹夏。やがて溢した言葉に、『良いのか』という意味を込めて名前を呼ぶ。虹夏は俺の方を向いて柔らかに笑った。

 

「解決策はおかしいけど、リョウはリョウなりにこの関係を大切に思ってくれてるって分かるからね」

「虹夏、好き……」

 

 理解者を得たからか、山田が虹夏に寄り添って肩に頬ずりをしていた。なんてちょろい奴だ。

 虹夏が肩に山田を住まわせたまま、顎に指を当てて考え始める。

 

「うーん、私は元々卒業したら家を出るつもりだったし、リョウもニートになるとはいえ四六時中実家にいられるほどメンタル強くないだろうし」

「ニートって()わないで。バンドマンって()って」

「都内で賃貸を探すとなると1人で借りるには結構なお金がかかっちゃうし、それだったら家賃を3人で折半して広めの部屋借りちゃった方がお得……だったりするのかな?」

 

 うーん、アリに思えてきた。

 てっきり俺と同じ考えだとばかり思っていた虹夏の呟きをして、いよいよ2対1という構図になってしまった。勿論この場合1なのは俺。

 

「いや、ちょっとさ」

「なに?」

 

 この話題はまずいと、場をはぐらかす為に取り敢えず放たれた俺の胡乱な言葉を、山田が抜け目無く捕える。

 温度があまり感じられないいつもの瞳に、しかしいつもより力がこもっているように感じた。

 

「太介は、この意見には反対? 3人でシェアハウスは嫌なの?」

 

 反対。

 嫌。

 未だどっちつかずだった俺の意見を明確にする為に、山田が敢えて明瞭な言葉を突きつけてくる。

 俺は場の空気がにわかに悪くなっていくのを肌で感じながら、笑って返す。

 

「嫌ってわけじゃない」

「そうなの?」

「俺も、虹夏と山田とシェアハウスするのは面白そうだと思ってる。男女13歳にして、みたいな言葉もあるけど、俺達って気心の知れた親友であり幼馴染なわけだし」

「男女()()にして席を同じゅうせず、だよ太介くん」

「なんで中学校入学を機になの」

「えぇい、馬鹿で悪かったよ! ──兎に角、山田の案を否定したかったわけじゃないってこと!」

 

 はっきりと意思を伝えると、山田と虹夏はホッと胸を撫で下ろしていた。

 悪くなっていた空気が、いつものように戻る。重さが軽減され、肌に触れてもなにも感じなくなった。

 いつも通りに戻ったので、思い出したかのように息を吐く。文字通り息の詰まるようなひと時だった。

 

「……あれ、じゃあなんで最初濁したの」

 

 しかし。

 すぐにまた、空気が重量を帯びた。

 

「シェアハウスに賛成なら、最初からそう言うはず。なのに太介は()()()()()()()

 

 言葉と共に、山田の目が再度こちらに向けられる。先程まで向けられていた疑いの眼差しとは違い、ソレはもう確信へと変わっているように感じた。瞳の中に、怒りのようなものが見える。

 

「嘘、()いたの」

「つ、()いてない」

「太介、嘘ついてるから鼻が赤くなってる」

「っ……。じょ、承太郎かよ」

「違う。でもマヌケは見つかった。──太介、ツッコミがいつもより遅い。やっぱり不自然」

「太介くん、嘘()いてたの……?」

 

 山田からの眼差し。

 虹夏からの眼差し。

 片や、怒り。

 片や、悲しみ。

 一人ではとてもじゃないが耐え切れないほどの感情が乗せられた眼差しを一身に受け、思わず体幹がブレる。前方から来た質量に身体を押されて重心が後方へと傾き、俺はつい後ろ手をついた。

 それが、側から見ればたじろいでいるようにも見えて。

 

「虹夏」

「おっけー」

 

 山田が、虹夏の名を呼んだ。それだけのことのはずなのに、名を呼ばれた虹夏は意図を理解して立ち上がった。

 そんな虹夏を座った姿勢から見上げていると、目が合った。笑いかけられる。

 

「──はい、確保」

「は?」

 

 気が付けば両手を後ろで縛られていた。

 正確には、両手の親指を後ろで縛られていた。

 わざわざ両手首を縛らなくても、親指だけで身動きを封じることができる──というのを、なにかの本で読んだことがある。両親指分の幅ならロープほど大仰でいかにもな道具も必要ないし、()()()()()一本で事足りる。

 果たしてどれだけ人外の膂力が備わっていればこの状態から抜け出せるのだろうか。そのくらい、いっそフィクションの方向へと思考が傾き始めてしまうほど、今の状況を受け止め切れていなかった俺。

 そんな俺を、山田がベッドに座ったままの姿勢で見下ろしている状態。

 場には重たい空気が漂っていた。

 

「これから先、嘘を吐いたらタダじゃすまないと思って」

 

 と、山田は言った。

 成る程、タダじゃすまない。

 金欠状態である期間が人よりも遥かに多い山田が言うと、それなりの説得力がある。

 そんなことを言っている場合じゃない。

 

「太介くん、絶対に嘘吐いちゃ駄目だよ? さっきは油断してたけど──私達幼馴染なんだから」

 

 嘘吐いたらすぐ分かるからね? 

 念を押すように虹夏が笑う。

 溌剌と。

 この場において不自然なほど明るい声色で。

 俺は小刻みに頷いてから。

 

「それよりも、俺の両指を縛ってるものを解いてくれ。この体勢の所為で()()嘘でも吐いちゃいそうだ」

 

 言うならば、俺なりの駆け引き。

 こんな体勢じゃ言えるものも言えないだろうと、遠回しに解放を説いてみる。しかし俺の背後を陣取る虹夏は何も答えず、代わりにベッドの上から俺を見下ろしている山田がキッパリと答えた。

 

「解かない。なぜなら、どんな体勢だったとしても、嘘吐きには等しく罰を与えるから」

「……ちなみに、罰って」

「言わない。けど確実に、虹夏を悲しませることになる」

「っ……」

 

 山田の言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

()()()()()()()()

 それは、それだけは、決してしまいと胸に誓ってきた。

 虹夏の悲しむ顔なんて二度と見たくないと、俺は心に決めてきたのだ。

 山田が俺の誓いを知っていてその言葉を口にしたのか。それとも幼馴染想いの虹夏が、罰を受けている俺の姿を見れば必然的に悲しんでしまうのか──分からない。

 分からないが、その言葉を耳にしてしまった以上、俺の中から『真実を伝えない』という選択肢は無くなった。

 星歌さんには来たるべき時まで、と止められていたけれども。

 もしかしたら、()()()()()()とは今なのかも知れない。

 そう自分に言い聞かせるように心の中で唱え、意を決してゆっくりと口を開いた。

 

「実は──」

 

 話す。

 卒業後のこと。

 祖父母が暮らす香川県に移り住むこと。

 星歌さんに止められ、言われるがまま先送りにしていた未来のこと。

 話す。

 全てを。

 明かす。

 

「……嘘」

 

 背後から悲しみに震える虹夏の声が聞こえる。

 

「……有り得ない」

 

 前方から怒りに震える山田の声が聞こえる。

 

「太介、こんな状況でつまらない嘘吐かないで! ──虹夏っ」

 

 山田がベッドから立ち上がり、声を荒げる。こんなにも狼狽した山田を俺は見たことがない。

 山田が虹夏の名を呼ぶ。その意図はつまり、()()()()()()()()()()()と。

 山田の問いかけに、虹夏は嗚咽しながら答えた。

 

「嘘じゃない……! 太介くん、嘘なんて一つも吐いてない!」

「なんで……!? あぁ、もう!」

 

 俺のシャツを両手で掴み、背中に顔を押し付けて泣き出してしまった虹夏。

 立ち上がり、苛立った様子でしきりに部屋の中を歩き回る山田。

 二人の常とは異なる──つまりは異常な状況に、しかし何故だか俺の心は落ち着いていた。秘密を打ち明けられて胸が軽くなったのか、それとも取り乱している二人と対称して冷静になったのか。

 

「なんでぇ……! 太介くん……! ずっと一緒にいてよぉ……!」

 

 背中にぐりぐりと顔を擦り付け、嗚咽混じりに泣いている虹夏。涙がシャツに染みて、背中に感じ始める。

 俺は後悔に苛まれながら天を仰いだ。

 そうか。

 来たるべき時とは、今日じゃなかったのか。

 だからこんな風に虹夏を──二人を悲しませてしまったのだろうか。

 ……いや。来たるべき時だったなら悲しまなかった、なんて前提がおかしいのかも知れない。

 俺が馬鹿だ。

 友との別れなんて、いつ切り出されたって悲しいに決まってる。

 そんなことにも、気付けなかった。

 ただの門出だと、高をくくっていた。

 俺は馬鹿だ。

 相手の立場に立って物事を考えられなかった。

 虹夏と山田を、悲しませてしまった。

 

「ごめん、二人共」

 

 謝らなければ。

 悲しませてしまったという事実こそもう覆らないが、それでも。

 そんな思いで口を開いたのと、山田がこちらに向かって思い切りベースを振りかぶったのと。

 タイミングが、完全に重なった。

 

 

 

 

 





本当は20000字越えの大作になる予定だったのですが、ダレると思って前後に分けました。後編は近日投稿予定です!
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