伊地知虹夏のbucket list   作:大塚ガキ男

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こんばんは、大塚ガキ男です。




憂、燦々

 

 

 

 

「それで、なにか言っておきたいこととかあるかな? 太介くん」

「……え、次が俺の最期の言葉ってこと?」

 

 腕を組んでこちらを見下ろす虹夏にこってりと絞られている俺は、小指の先ほどまで目減りした自身の体力を確認してから呟きのような声量で返した。

 そんな俺と虹夏の二人を、少し離れた場所から山田と喜多さんが見守っている。星歌さんもパソコンを触る手を止めて、静観。

 この様子だと、俺は完全なるアウェー。

 四面楚歌。

 針の筵。

 加勢も援護も望めないだろう。

 壇上(ステージ上)

 正座。

 ここは落語家みたく、一つ(はなし)でもして場を和ませようか。

 ハイライトの消えた瞳で俺を睨む虹夏に向かって、冗談を効かせてそう言ってみる。

 しかし返ってきた虹夏の言葉はとても平坦で、温度の低いソレだった。

 

()()()()()()

「…………」

 

 あ、ヤバい。

 マジで怒ってるわ。

 助けを求めるように山田の方を見てみるも、黙って首を横に振られてしまった。

 喜多さんはあわあわと慌てている。

 星歌さんは額に指を当てて溜め息を吐いている。

 誰か助けてくれ。

 特定の誰かではなく、漠然とした誰か。誰でも良いからと言い換えても良い。そんな思いで視線をあちらこちらへと向けていると、虹夏の声が耳に這入(はい)る。慌てて視線を虹夏へと戻した。

 

「……はぁ。太介くん、じゃあもう一度だけ聞くね?」

「はい……」

「喜多ちゃんと、どういう関係?」

 

 そう、この話だ。

 俺はこの話で詰められているのだ。

 

 遡ること5分ほど前。

 

 トイレから出てきた俺は、新しいギタリストとして紹介された赤髪の女の子──名を喜多さんと言うらしい──と対面。その喜多さんこそ、俺が今日STARRYに来る前に見かけた()()()()()()()()()()()で、その際の俺の痴態を知る子でもある。

 今思えば喜多さんはギターケースを背負っていたというのに、そこからなんの連想もできなかった自分の単純な脳みそが恨めしい。

 自分で自分が恨めしい。

 夢に出てやる。

 

「き、喜多さんは……」

「喜多ちゃんは?」

 

 虹夏が俺の言葉をゆっくり反芻する。

 一文字の言い逃れも許さないという虹夏の決意に満ちた眼差しを受けて、正座で小さくまとまっていた俺の身体は、更なる収縮を余儀無くされた。

 

「…………」

 

 まぁ、そりゃそうか。これからバンドを組むって子に、要らぬ男の影が──更に言うならば、その男が長年一緒に過ごしてきた幼馴染だったなら、虹夏のこの怒りようも頷ける。普通に意味分かんないもんな。

 弁解したい。

 すぐにでも誤解を解いて、なんだそういうことだったのかと虹夏を安心させてやりたい。

 けれども、虹夏にありのままを伝えることは出来ない。

 だって、喜多さんをナンパしてる男子達にビビって幼児プレイ(ヤバい奴)を演じて撃退しちゃったからね! 

 幼馴染にそんなことバレたくないもんね! 

 ……何をやってるんだ過去の俺。

 本当に。

 マジで。

 あの時は誰も怪我もしないしさせないしで幼児プレイ(これ)が最善かと思っていた。中学時代のように愛と平和を叫ぶことなんて出来なかったし。

 しかしこうして冷静になって数時間前の自分を振り返ってみると、あの時の俺の行動は最悪の選択だったと断言出来る。

 顔面蒼白。徹頭徹尾自分の所為とはいえ、俺の人生史にこんな汚点が残ってしまうとは。

 真っ青を通り越して、真っ黒だ。

 真っ黒歴史と言ってもいい。

『いやさ、喜多さんがナンパされてたところを助けたんだよね』と詳細を濁して答えることも考えた。

 けれども、俺がいかに力が無くて血の気が無い人間であるかを熟知している幼馴染の虹夏が、そんな俺がどうやってナンパを撃退したのか、聞いてこないわけがない。

 上手く濁せても、喜多さんにチクられる可能性だってある。

 難しい問題だ。

 

「…………」

 

 勝手に事を難しくしたのは他ならぬ俺だけど。

 

「喜多ちゃんが、どうしたの? 言ってくれなきゃ分かんないよ」

 

 唾液を嚥下しようとするも、緊張により喉が干上がっていて、口内に分泌するだけの唾液なんて欠片も無いことに気が付く。

 虹夏のプレッシャーに当てられて、両膝に添えられた両手が小さく震える。ここでも更に選択を間違えてしまったら、俺は一体どうなってしまうんだろうと来るかもしれない未来(BAD END)を予感してしまう。

 項垂(うなだ)れる。

 首を差し出すように、地面を見つめる。

 幼馴染に嘘はつきたくないという自分の本心に従って、言うべきか。

 幼馴染に痴態を知られたくないという自分のプライドに従って、誤魔化すべきか。

 押し黙る。

 押し黙る。

 押し殺す。

 

「──あのっ」

 

 そこに、声がかかった。

 項垂れていた俺と、冷たい目で俺を見下ろしていた虹夏。二人して、声の主の方へと向く。

 

「喜多ちゃん、どうしたの? 今ちょっと()()()()してるから、邪魔しないでほしいんだけど」

「ち、違うんです伊地知先輩! 私とこの人、先輩が言ってるようなそういう関係じゃなくて!」

「じゃあなんなの?」

「──この人、私を助けてくれたんです!」

「「「……は?」」」

 

 唖然。

 予想だにしなかった喜多さんの言葉に、静かにキレていた虹夏も──いつものように無表情で静観していた山田も──パソコン作業の手を止めてことの成り行きを見守っていた星歌さんも、三人共同じ音を発した。

 喜多さんが正座している俺を指差す。

 

「この人っ」

「あ、俺山口って言います……」

 

 あまりこの人この人言われると、次に来る言葉が『変なんです!』だと思ってハラハラしてしまう。本家は『このおじさん』だけど。

 遂に言われてしまったとガックリ肩を落としながらも、俺はそう訂正を求めた。

 訂正させずとも俺はまさに変な男子高校生で間違い無いのだが、今はそんなことはどうでも良い。

 喜多さんが発する。

 

「山口君は、私が男の人にナンパされているところを助けてくれたんです!」

 

 山口()

 もしかしなくても、俺の事は年上だとは思っていないらしい。

 当たり前だ。街中で幼児プレイを決め込むような奴が人生の先輩だなんて想像したくもないだろう。

 

「……そうなの? 太介くん」

 

 少しばかり残った疑いの眼差しで、虹夏が俺を見てくる。もうこれ以上の誤魔化しは通じまいと全てを諦め、半ば悟りの境地に至りそうになっている無我の脳内。そこから二文字を絞り出すのに、えらく時間がかかった。

 

「………………………………はい」

「すっごい溜めた! ──って、そうなら早く言ってよ! 私変な勘違いしちゃったじゃん!」

「私は信じてた。太介は良い奴だから」

「あ、リョウがまた調子の良いこと言ってる!」

「い、いやいや、誤解が解けたなら良かったよ。全然気にしてないし」

 

 じゃあ俺はこれで。

 俺と喜多さんの関係を知った虹夏からは怒りのオーラは消えてなくなり、山田も弛緩した空気を察してようやく喋り出す。喜多さんもホッと安堵の溜め息を吐き、空気を読んでパソコンの打鍵音を抑えていた星歌さんも作業に戻り、ようやくいつもの楽しいSTARRYに戻ったところで、ステージから降りた俺はいそいそと帰宅の準備を始めた。これからバイトだって? 馬鹿を言うんじゃない。

 急用だ。

 至急休養が必要な急用だ。

 帰らせてくれ。

 床に置いていたリュックサックを背負ったところで、その背中に声が掛けられる。

 

「あれ、どこ行くの? 太介くんこれからバイトでしょ?」

 

 ……。

 

「……太介くん、ひょっとしてまだ何か隠してる?」

「に、虹夏。何を言ってるんだ。俺が虹夏に隠し事なんて──」

 

 ずいっ。

 手押し相撲ならば近過ぎるほどの距離まで詰め寄ってきて、頭に疑問符を浮かべながら俺の顔を見上げてくる虹夏。その聖属性たっぷりの表情に目を焼かれないように顔を逸らすも、先回りして俺と目を合わせようとする虹夏。

 眩しい眩しいと、反転に次ぐ反転。虹夏の聖属性からバスケットマンのように片足を軸に逃げ回っていたところで、喜多ちゃんの驚いたような大きな声。本当に大きな声。

 

「あー! やっと分かったわ! ()()()()()()()()だったのね!」

「……え、なに? ママ? 喜多ちゃんどういうこと?」

「山口君、私を助けようとして転んじゃって、その場で泣き出しちゃったんです。その時に『助けて虹夏ママ──』って言ってて」

「……太介くぅん?」

 

 聖属性ではない笑顔。しかし普段よりも満面とも言える笑みを向けられた俺は、喜多さんに対する「気付いても絶対言うなよそんなこと」という感情が生まれるよりも先に、いそいそとステージに上がった。

 今この場面が落語の演目中ならばまさに()()と言ってもいいのだろうが、生憎とここで終わらせてはもらえない。そもそも俺のお後もよろしくない。

 先程正座していた場所に再び正座をし、それからおでこを地面に擦り付けた。

 ならばこれから唱える言葉はただ一つ。

 

「──誠に申し訳ございませんでしたァッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

 

 かくかく。

 しかじか。

 舌が滑ると書いて滑舌とはよく言ったもので、説明責任を問われた(というか自ら背負った)俺はかれこれこういうわけなんですと、ペラペラペラペラと口も達者に事の真相を必死に説明していた。

 

「つまり俺は道端ですっ転んで泣き喚くような高校生でもなく、泣き喚いた際に幼馴染をママと言ってしまうような激ヤバ高校生でもないんだ。これはひとえに喜多さんを助けたいという人助けの一心で行われたその場限りの過ちで、言うならばロールプレイのようなものなんだ。そこに俺の思想から作り上げられたセリフだとか、深層心理に潜むアレソレなんてものは何一つないばかりか、()()()は即興で作り上げた自我の無いピエロでしかない。だから俺は本心から幼馴染を──虹夏をママと呼んだわけではなく」

「うーん、人助けの為なら仕方ない……のかな?」

 

 考えてみれば、太介くんが人助けする時ってどんな手でも使うし。

 虹夏が自身の顎に手を当ててそう呟きながら、俺の行いに対するジャッジを下そうとしている。

 

「でも太介、この前虹夏のことママって呼んでた」

「うわぁ……」

「ちなみに私のことはパパって呼んだ」

「山口君……」

 

 太介、あの時は自我無かったの? 

 と、コイツ俺のこと嫌い過ぎだろとツッコミたくなるレベルの、山田による突然の揚げ足取りによって星歌さんと喜多さんからのドン引きラインオブサイトが俺の身体に突き刺さる。喜多さんからは別途羨望のような眼差しも向けられているような気もするが、今はそんな事考えてる場合じゃない。

 ゆっくりと両手を上げる。

 いっそ殺してくれ。

 ひと思いじゃなくていい、惨たらしく、俺がこの世にいた証など何一つ残らないようにぶち殺してくれ。

 

「あはは、太介くん。私、太介くんのママじゃないよ……?」

「虹夏の優しさが今ばかりは一番しんどい!」

「この前はママでもいいよみたいなこと言ったけど、あの時太介くん落ち込んでたからついオッケー出しちゃっただけで。……も、もしかして本当に幼馴染()をママだと思ってるの?」

「マジでごめんなさい! 俺に出来る償いならなんでもする! 虹夏の言うことなんでも聞くからどうかこのことは許してとは言わなくても水に流して──もごもご」

 

 俺の出来る最大級の誠意を見せようとしたところで、爆速で飛び出してきた星歌さんと山田に口を塞がれる。随分と慌てた様子の二人の顔を見て「何をするんだ」と目で訴えれば、何をしてるんだという顔で──なにやら必死な顔で睨まれた。

 

「に、虹夏、開業時間だ。そろそろ働け。お前は受付を頼む」

「そ、そうそう。続きは今度でも遅くはない。取り敢えず今はSTARRYに集中するべき」

「え、もうそんな時間!? 太介くん、バイト終わりにさっきの言葉ちゃんと聞かせてもらうからね!」

 

 絶対だよ! 

 時計を確認し、慌てて受付へと向かう虹夏。俺に再度念を押すようにそう言ってから、この件は手打ちとばかりに静寂が訪れた。

 星歌さんと山田の手が口から離れる。

 

「──ぷはっ、なにするんですか星歌さん! それに山田も!」

「それはこっちのセリフだ馬鹿! お前何考えてんだよ!」

 

 俺の謝罪を邪魔してくれるなと声を上げれば、星歌さんから倍の覇気で押し返された。虚を突かれて呆けていると、山田が諭すように俺の肩に手を置いた。

 

「……太介、いつか私と店長に感謝する時が来る」

「はぁ? それどういう意味だよ」

「今は分からなくても良い」

「分かりたいんだけど」

「今は分からなくても良い」

「……はい」

 

 同じ言葉を繰り返し始めたので、これ以上聞いても無駄だと頷いておくことにした。

 俺の首肯を目視で確認した山田は、少し居心地悪そうにしていた喜多さんに向き直った。

 

「これでよし──ごめん。まさか今日来るとは思ってなかったから、ロクな対応も出来なくて」

「い、いえ! 私の方こそ、突然お邪魔してすみませんでした」

「これからは、同じバンドメンバー。明日、また来れる?」

「はい! 必ず!」

「虹夏にも伝えておく。今日はありがとう、駅まで太介が送るから」

 

 山田、虹夏がいない時はこんなにもちゃんと喋れるのかと内心感動していたところで、いつの間にやら喜多さんの送り役を任命される。まぁまたナンパにでも引っ掛かったらお互いしんどいし(本当に)、任せてくれとドンと自分の胸を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 

 

 時刻は17時ということで、空もまだ明るく。

 喜多さんを駅まで送る為地上への階段を登ろうとした際に、虹夏から怖い笑顔で見送られはしたものの、無事道中。ちなみに星歌さんからの許可はキチンと貰っている。

 ふと、隣を歩く喜多さんが話しかけてきた。

 

「……山口君、今日は本当にありがとう」

 

 まさかお礼を言われるとは思っていなかったので、思わず喜多さんの方を向いてしまう。すると喜多さんの向こうに数時間前の俺が痴態を晒した路地が見えて、すぐに視線を前へと戻す。

 

「礼を言われるようなことはしてないよ」

 

 むしろ、キショい姿見せつけちゃってごめん。

 そう言って謝罪をすれば、喜多さんは慌てた様子で否定した。

 

「な、なんで謝るの!? ……まぁ、確かにあの時はちょっと──いやだいぶ引いちゃったけど」

「……」

「でも後になって、あれも私を助けるための行動だったんだって理解したの。今はもうなんとも思っていないわ」

「いや、それはそれでどうかと思うけど」

「えぇ!? ──とにかく、山口君は自己を犠牲にして人を助けたのよ? それってそう出来る事じゃないわ」

「……うん、そっか」

 

 内訳(うちわけ)がなぁ。

 そう呟きながら空を見上げれば、少しオレンジがかった空。これ以上感謝を受け取らないのも礼に欠けると思った俺は、小さく頷いた。

 そうこうしているうちに、下北沢駅。往来の邪魔にならない場所に立ち止まり、喜多さんに向き直った。

 

「じゃあ、俺はここで。喜多さん、気を付けて帰ってね」

「うん、送ってくれてありがとう山口君」

「次からは一人で路地に入らないことをオススメする。下北も、お世辞にも治安が良い街とは言えないしね」

「き、気を付けるわ……」

 

 駅までの道はキチンと大通り沿いを歩いてきた。明日の喜多さんも、この道を使えば悪い奴に絡まれることもないだろう。

 

「最後に、聞きたいことがあるんだけど」

「うん、どうしたの?」

「……伊地知先輩とはその、本当に」

「いや本当に違うから! 虹夏は幼馴染! ママじゃない!」

 

 喜多さんに、それから自分にも言い聞かせるように何度も繰り返す。

 魚は友達、エサじゃない。みたいに言ってしまったが、まあ伝わったはずだ。

 喜多さんも納得したようで「それもそうよね!」と照れを隠すように明るく笑った。

 

「……あれ、()()()? 山口君って何年生?」

「高二」

 

 問われたままに答える。すると、喜多さんの顔がみるみるうちに赤くなった。どうしたのかと問い返せば、喜多さんは目にも止まらぬ速度で頭を下げた。

 

「た、タメ口きいてごめんなさーい!」

 

 

 

 

 





ナンパ助ける時のオリ主キショ過ぎる問題が発生していますね。

マジで、メッチャ分かります。

でもこうしたかったんです。ごめんなさいね。

感想、評価ありがとうございます!スーパー励み!
ではまた。

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