もうちょっと早く書けるようになりたいンゴねぇ……。
「おはようございます!」
「おはよー喜多ちゃん!」
4月某日。
土曜日の朝。
天候、晴れ。
午前中からSTARRYに集まる予定を立てていた結束バンドのメンバーは、たった今到着した喜多郁代を以て三人全員が揃った。
ついでに結束バンドのメンバーではない山口太介も連絡を受けてこの場に同席しているが、そのことを疑問に思っている者など本人を含めて誰一人といなかった。
朝から元気な挨拶と共に入ってきた喜多郁代と、朝から元気な挨拶で返した伊地知虹夏。
春の陽気にピッタリな二人の爽やかな笑顔を、しかし
「「…………ぐぅ」」
休日の──しかも午前中という集合時間が災いしたのか、朝の弱い二人──山田リョウと山口太介は椅子に座ったまま船を漕いでいた。
上のマンション、伊地知虹夏が作った朝食を食べた後に、ソファに座って朝の情報番組を寝ぼけ眼で眺めている伊地知星歌のドリトスがピクリと反応するほどの声量で、伊地知虹夏が声を張った。
「もう! 二人共起きてよ!」
「──ね、寝てない」
「流石リョウ先輩!」
「嘘つかないし甘やかさない!」
「太介は本当に寝てる」
先に飛び起きたのは山田リョウ。口の端を拭いながら立ち上がり、山口太介が座る椅子の後ろに回り易々と嘘を吐いてみせた。
山田リョウは早くも自身の全肯定botと化した喜多郁代からの賛辞に快感を覚えながらも、自らが吐いた嘘を誤魔化すように未だ眠り続けている山口太介を盾にしたのだ。
伊地知虹夏が、すやすやと眠る山口太介の寝顔を見て一瞬頬を緩める。ほんの一瞬、愛おしいものを見る目で優しい眼差しを注ぐ。それから喜多郁代の手前、慌てて咳払いをした。
山田リョウに指示を出す。
「……リョウ、いつものよろしく」
「
「うわあ──────っ!?」
山田リョウの囁き低音ボイス(本人曰く会社の先輩美人OL風)を耳元で食らった山口太介は、椅子から浮く勢いで飛び起きた。囁きを吹き込まれた耳を押さえながらもその2本の足で立ち、自分の身に何が起こったのかと周囲を見渡している。
その傍ら、なにかを閃いた喜多郁代が突如として目を閉じ、立ったまま下手な寝息を立て始めた。
「ぐ、ぐぅ……」
「……え、喜多ちゃんなんで寝たふりしてんの?」
伊地知虹夏からの冷たいツッコミ。
喜多郁代は目を閉じたまま返した。
「リョウ先輩に囁いてもらえるかと思って」
「えぇ……」
「私の
「なんかメチャクチャ怖いこと言われてるような気がするんだけど、おはようみんな」
「おはよう太介くん。ここに着いても寝ちゃったってことは、昨日は寝るの遅かったの?」
伊地知虹夏による、問いかけついでのさりげない私生活チェック。伊地知虹夏とて山口太介を24時間見ているわけではないので、自分が知りえない時間帯のことはどうしても気になるのだろう。
いずれは、24時間一緒に。
そんな伊地知虹夏の妄想なんて知る由もない山口太介は、緩んだ笑顔で答える。
「あぁ。急にずぶ濡れのきくりさんが避難しに来てな。天気もヤバかったし、結局泊まっていったんだ。ベッド使ってもらって、ソファで寝てた所為かな。ちょっと身体痛いしまだ眠たい」
なんでもないように笑いながら自らの
「あちゃー……」
山田リョウは数度下がったSTARRY内の気温を敏く感じ取り、堪らず片手で額を押さえたのだが、伊地知虹夏は気付かない。それどころではないからだ。
思考。
昨晩の伊地知虹夏は、山口宅にて山口太介と夕食を摂ったのち、しばらく経たないうちに帰宅していた。
普段ならば、食後には山口太介とソファーに並んで座りながらテレビを観てまったりと過ごしたり他愛も無いトークに花を咲かせたりしているのだが、昨晩の伊地知虹夏は夕食に使った食器山口太介と仲良く仲睦まじく二人で洗ったあと、帰宅していた。
理由は夜間に降ると予報されていた雨。
予報は正に的中し、伊地知虹夏が山口太介のマンションを出る頃にはポツリポツリと雨が降り始めていた。
だから伊地知虹夏は、本降りになる前に早めに帰って良かったと、そう思っていた。
たった今、山口太介から
不運。
もしくは、降雨が引き起こした運命の巡り合わせ。
時折伊地知家にも厄介になっている
自分だって幼い頃に数度しか経験していないお泊まりを、あの
…………。
「……私がたまたま早く帰った日に限って」
「どうかしたか、虹夏」
「う、ううん! なんでもない! それより、揃ったことだし始めよっか!」
山口太介に怪しまれてはならない。瞳に光を戻した伊地知虹夏は力を込め過ぎた拳の握りを少し緩め、上に伸ばして「やるぞー!」と高らかに宣言する。喜多郁代と山口太介も「おー!」とそれに続き、感情の籠ってない山田リョウの「おー」もワンテンポ遅れて駆けつけた。
それから四人、着席。
丸テーブルなので四人の座る位置は均等な間隔のものとなる。
しかしやたらと山口太介との距離が近い伊地知虹夏と、それをなんの疑問にも思っていない山口太介。
肩が触れ合いそうな距離感で座る二人に、喜多郁代が驚きと共に目を見開く。「早く慣れた方が良い」という山田リョウの耳打ちを受け、その目はふにゃふにゃととろけて細められた。
土曜日の午前という時間帯。
支度したら行く。そう言いながら半分眠っていた伊地知星歌からSTARRYの鍵を借りてまで、何故休日朝のSTARRYを集合場所にしたのか。その疑問に答えるように、伊地知虹夏はどこからともなく、両手で抱えるほどの大きさのサイコロを取り出した。
クッションのような柔らか素材で作られたサイコロの六面にはそれぞれ文言が添えられており、その中で一際目を引く単語を山口太介が恐る恐る指摘した。
「……あの、バンジージャンプって書いてあるんだけど」
曰く、バンドメンバーとの交流。
喜多郁代が初めてSTARRYを訪れ、結束バンドのメンバーとなったあの日から1週間近い時が経過した。合わせの練習に頑なに参加しない喜多郁代の様子をどう思ったのか、伊地知虹夏は今回この企画を思いついたようだ。
山口太介の発言は総スルーされた。
「じゃあ誰から振る?」
「太介、GO」
「山口先輩、お願いします……!」
「えぇ!? 俺結束バンドじゃないのに?」
「今ここにいるんだから一緒でしょ?」
「あーもう、オッケーオッケー。分かったよ。自分で振る」
「太介、バンジー希望。場を温めて」
「バンジー引いちゃったらどこでやるんですか?」
「太介くん、ファイト!」
三者三様の発言(内二つバンジー)を受けた山口太介は、未だ心の準備も整わないままサイコロを持って立ち上がる。三人の視線を背負い、いざ──
「えい」
放る。
バウンド、バウンド。
コロコロと床を転がっていったサイコロはステージの方まで転がり、床とステージの段差にぶつかって停止した。
出た目。
「学校の話、か」
「太介、つまらない」
「うるせー山田」
「振り直し」
「うるせー山田」
抑揚の無い声でヤジを飛ばす山田リョウと、そんなの知るかと言い返す山口太介。
伊地知虹夏は少し困ったように笑った。
「学校の話って、別に今更新しい話も無いよね」
「まあ今日は喜多さんもいることだし、自己紹介がてらって感じだな」
なにか聞きたいこととかある? 無ければ勝手に話させてもらうけど。
山口太介が喜多郁代に向かって笑いながら問いかけると、喜多郁代は元気に手を挙げた。
「はいはい! じゃあ質問です! 山口先輩って、学校ではどんな人なんですか?」
良い質問だ。そう言って口を開いた山口太介よりも先に、伊地知虹夏が答える。
「──なんも変わらないよ。誰にでも話しかけに行って、誰とでも仲良くなる感じかな。結構人気者なんだよ? 太介くん」
「幼児プレイはしないけど」
「おい」
「失敬」
「太介くんは、人助けが趣味なんだよ。ね、太介くん」
「たすけ、ひとだすけ。……ぷっ」
「おい」
「失敬」
洗練された──というよりかは、当人達の間でやり尽くされた掛け合い。遠慮の欠片もないその遣り取りに、喜多郁代は眩しいものを見るように目を細めた。
私もこの輪の中に。
そんな願望を秘めながら、話を聞く。
「太介は基本困っている人がいたら誰でも助けるし、教師に頼まれたらなんでも手伝う。そんな奉仕精神に満ち溢れたナイスガイ。だから人気者」
「凄いですね、山口先輩!」
「いやいや、そんな大層なもんじゃないよ。俺なんかに出来ることなんて限られているから、実質程度の低い何でも屋みたいな感じだし」
「あと、太介はスポーツが苦手」
「そうなんですか? てっきり、運動部の助っ人とかもしてるのかと思ってました」
「太介、笑っちゃうくらい運動神経が悪いから、体育の授業では基本居心地悪そうにしてる」
「持久走の時の太介くん可愛いよね。50メートル経たずにへとへとになっちゃうんだよ」
「友達に背中を押してもらってゼェハァ言いながらゴールまで走る様は圧巻。否応なしに、見ているこちらの心を揺さぶるものがある」
「太介くんに対する声援、男女問わず凄い量だもんね。ゴールした時なんか、紙吹雪舞ってるのかなって錯覚しちゃうくらい。あとで動画送ろっか」
「是非お願いしますっ!」
「お願いしないで! ──てか、やめてくれよ二人共! それだとまるで俺が運動音痴みたいじゃないか」
「実際、運動音痴」
「運動音痴じゃん」
「運動音痴だったわ……」
山口太介が肩を落とすと、山田リョウと伊地知虹夏が笑った。平和でコミカルなやり取りに、喜多郁代も口元を押さえて笑う。
間。
それから、仕切り直し。
「はい! 次の質問です!」
「お、元気が良いね喜多さん」
「なにかいいことでもあったのかも」
「メメすな」
「端的かつ鋭いツッコミ。流石は太介。略してサスケ」
山口太介が山田リョウに向かっていつものようにツッコミを入れると、山田リョウは何故か誇らしげに胸を張った。
喜多郁代が質問を唱える。
皆が耳を傾ける。
「山口先輩は、どうして結束バンドじゃないんですか?」
聞いて、沈黙。
沈黙。
沈黙。
三人揃って口を閉じた。その様子を見た喜多郁代がにわかに焦り始める。
「ご、ごめんなさい……! 私なにか失礼なことを」
「いやいや、違うんだよ喜多さん。そういえば言ってなかったなって、説明を怠っていた過去の自分を責めていただけだから」
慌てて頭を下げるほど深刻に
「そうそう! これは口で説明するよりも見てもらった方が早いかな?」
「み、見てもらった方が……?」
「リョウ、太介くんにベース貸してあげて」
「ん、分かった」
見てもらった方が早い。
言った言葉の通り、いそいそと準備を始めた三人。伊地知虹夏が指示を出し、山田リョウがケースからベースを取り出し、山口太介がそれを受け取る。流れるような動作で、すぐさま準備は整った。
ここで演奏? しかもベース?
喜多郁代の頭の中には疑問は尽きない。しかし口にすることはなく、黙って待つ。
「……久し振りに楽器持ったよ、俺」
「太介、壊したら怒る」
「壊さないって。ちゃんとシートベルトしてるし」
「ベースストラップのことシートベルトって言わないで。……あぁ、もう。
「ごめんって。名前とか分からないんだよ」
「……私が直してあげようと思ってたのに」
椅子を引いて空間を確保し、山田リョウから渡されたベースを構えた山口太介。どうだ見てくれ
ベースストラップが身体に通った瞬間には、もうぐるぐると捩れてしまっているのを見た山田リョウはたまらず世話を焼き、焼き損ねた伊地知虹夏は羨ましそうに嫉妬に
「……よし、じゃあ弾きます」
ゴクリ。
山口太介の言葉が消えた後の場に、えもいわれぬ緊張感のようなものが場を支配する。背後に立つ伊地知虹夏が見守り、横に座る山田リョウが身構え、対面の喜多郁代が固唾を飲む。
三人に見られている山口太介が、意を決したように一度コクリと頷いてから二弦の三フレット辺りに人差し指を引っ掛けて──弾く。
ニャー
「……え?」
「──つまりは、こういうことなんだ」
「え? え、えぇ?」
「太介くん、ちゃんと説明しないと。喜多ちゃん困ってるよ」
「ごめんごめん──端的に言うと、俺が楽器を弾こうとするとその楽器から鳴る筈がないわけ分からん音が鳴っちゃうんだよな」
「…………?」
「嘘じゃない。私と虹夏が証人」
「あはは、やっぱ初見じゃ信じられないよねー」
「太介、もう一回弾いて」
「おう」
ソイヤッ
「えぇ!?」
「昔っから
「あ、あの、本当に? 本当なんですかそれ」
「
「ぜ、是非」
椅子から立ち上がった喜多郁代が、しゃがんでベースに耳を近付ける。山口太介は、再度弦に指を引っ掛けた。
「よっと」
p◯ypay♪
「電子決済!?」
「太介、そろそろ返して。私のベースが変な癖覚える」
「ごめん、ベース貸してくれてありがとう」
「面白かったから許す」
「サンキュー……とまぁ、こういうわけで。俺は全く楽器が弾けないから、結束バンドには──バンド活動には関われないってわけ」
唖然。
喜多郁代は言葉を無くし、それからどう発言したものかと逡巡。明らかに発言に困っているような様子を見て、山口太介は笑い飛ばした。
「まぁ、
「…………へぇ」
目を離せばすぐに伊地知虹夏の表情を曇らせる山口太介。常人ならば全身が粟立つような、手足の先が痺れるような視線を受けている山口太介は、しかしその眼差しを一切感じ取ることはなく。喜多郁代と「曲を弾こうとするともっと凄いことになるよ」と談笑している。
俯瞰で見れば恐ろしい構図。これ以上はまずいと、らしくもなく山田リョウが慌ててフォローを入れ、それ以上の深掘りは許さないとばかりに話題を変えた。
「──た、太介も、音楽方面はてんで駄目というわけじゃない」
伊地知虹夏の視線が一瞬
「太介、歌
「山口先輩、歌がお上手なんですか?」
「うん。友達とのカラオケではヒーローだよ──って、俺の話はもう良いんじゃないか? 誰かサイコロ振ってくれ」
「好きなカラオケの機種教えてください!」
「
「聞きやしないね君達!」
喜多さんはギターボーカルとして結束バンドに加入したんだとかなんとか。山口太介は頭の中で補足を入れる。
つまりは、同じ歌う者として興味があるということだろう。喜多郁代が次なる質問を投げ込んでくる。それに乗じて
渡された伊地知虹夏の表情は、いつの間にか和らいでいた。山口太介の前で
「虹夏、次頼む」
「えっ、もう太介くんのトークは終わり?」
「あぁ。そろそろ
「凄い。句読点が各列同じ位置に付いている」
「なんの話?」
「あぁ、虹夏のせいで崩れた……」
「なんの話!?」
「リョウ先輩、ミステリアスで素敵!」
理由も分からず肩を落とした山田リョウを見て、伊地知虹夏は怪訝な表情を浮かべた。山田リョウと喜多郁代は二人で(というか喜多郁代が一方的に話しかけて)会話をし始めたので、伊地知虹夏はもう一度山口太介へと向き直った。
「私で良いの……?」
次にサイコロ回す人、という意味で。
「あぁ。虹夏しかいない」
次にサイコロ回す人、という意味で。
上目遣いで問いかけた伊地知虹夏に対して、笑って見つめ返す山口太介。自分だけに向けられた言葉と微笑みにすっかりやられてしまい、伊地知虹夏は先程まで怒っていたことなどすっかり忘れ、天にも昇るような気持ちになる。つまりは有り余る多幸による虚脱感。ふへへと口内でにやけを噛み殺すことに意識を割くあまり、一瞬渡されたサイコロを落としそうになるのだった。
早くぼざろの舞台観たいンゴねぇ……。