こんばんは!いっぱい読んでくれてありがとうございます!
「あ、あ、ああ……!」
少女はぼっちだ。
少女は電車で片道2時間かかる高校に入学するほどアグレッシブなぼっちだ。
自分の過去を知る者が誰もいない新天地──しかしひとりぼっちだった中学生までとなにも変わらず、高校でもひとりぼっちのぼっちだ。
そんな
「さ、財布が……無いぃ!?」
時刻は16時。
秀華高校最寄り駅前。
ひとりぼっち。
財布紛失。
「な、なんでなんでなんでぇ……!」
人目を気にし、声を抑えながら嘆く。慌てふためく後藤ひとりの横を、これからどこに行くかと笑いながら話す高校生カップルが通り過ぎていった。
ただ見当たらないだけかも知れないとギターケースの中を隅々まで探し、全身ピンクのジャージのポケットも全て裏返してみた。しかし財布はどこにもなく、後藤ひとりは自身の心臓が嫌に鼓動を早めているのが分かった。
焦燥。
ついさっき落としたのかも。そう思って後ろを振り返るが、自分の財布は道に落ちてはいない。誰のでもないビニール袋が風に吹かれて左から右へと飛んでいくだけ。
誰かが拾っていった? 優しい人ならば近くの交番に届けてくれているかも知れないが、後藤ひとりに交番に行ってその旨を説明する勇気は無い。
財布にはお金も定期も入っていた。あれが無ければ家まで帰れない。
日中の辛い学校生活を終え、遂に帰宅できると思っていた後藤ひとりを強いストレスが襲う。
「う、うぅ……」
仕方がない。親に電話をして迎えにきてもらおう。怒られるのは辛いが、ここで惨めに人目に晒され続ける方がもっと辛い。
苦渋の決断でも、下すのは早い方が良い。後藤ひとりはぷるぷると低い声で呻きながらもジャージのポケットからスマホを取り出して──
「アァ……」
画面をタッチしても、電源ボタンを押してもなんの反応も無いことに気がつく。冗談はやめてといつもより強い力でそれらの動作を繰り返すが、やはり反応は無い。
ひとしきり触って、ようやく察する。
充電切れ。
絶体絶命、後藤ひとりは膝から崩れ落ちた。
四つん這い。重量に従って下に垂れた長い前髪が
「私、ここで死ぬんだ……」
誰かに電話を貸してもらう?
後藤ひとりにそんな勇気は無い。
誰かに小銭を
後藤ひとりにそんな勇気は無い。
嗚呼、無常哉人生。
対人関係の全てにおいて一般人よりも壊滅的に劣っている後藤ひとりには、この最悪な状況に落とされても尚、誰かに助けを求めることなどできなかった。
こうしている間にも日は落ちていき、景色はオレンジかかっていく。気付けばもう夕方。
残された選択肢は、いつまで経っても娘が帰ってこないことに気付いた家族が警察に被害届を出すのを待つこと。
もしくは、ここで餓死し朽ち果てること。
選択肢とは名ばかりの、待機一択の受身の姿勢。コミュ症根性ここに極まれりである。
「…………」
ここでは人様の通行の邪魔になる。絶望中だがそう考えられるくらいの思考の空きスペースはある。
後藤ひとりは黙って立ち上がり、駅前の広場のベンチに独り腰を下ろす。絶望のあまり空を仰いだが、茜色に染まる空は後藤ひとりには眩し過ぎてすぐに視線を地面に下ろした。
カァ、カァ、カァ。
カラスが鳴いている。あのカラスもこれから家に帰るのだろうかと想像し、己の無力さに打ちひしがれた。
「どうしようどうしようどうしよう……! こうなったらこの広場で一発芸の一つでもして通行人からチップを貰うしか! いやバカか私! そんな勇気があるなら誰かに助けを求めた方が良いに決まってる! でも無理ぃ!」
頭を抱える。
『あ、あの……。すみません』
『え、誰? コワ』
『ひっ! 陰キャだ!』
『ジャージがピンクだぁ!』
『財布を落としたぁ? 警察だって忙しいのになにそんなことで交番来てるんだお前!』
『
想像の中で他人に話しかけた
他人怖い。
こんな私なんて誰も助けてくれない。
人との関わりを恐れている後藤ひとりは、座っているベンチのボルトが緩んでバラバラに崩れかねないほどの震えで怯えることしかできない。
輪郭がゆっくりと溶け落ちていく。
いっそこのまま液体になって排水溝に流れ、下水を伝って海に出よう。そのまま海と溶け合った
「あれ、君大丈夫?」
そんな感じで頭を抱えて震え続けている後藤ひとりのつむじに、自転車のブレーキ音と共に声がかけられた。
この広場にいる
私なんか……と自己嫌悪。
胸の内に溜まる負の感情と共にドロドロと溶けていく後藤ひとり。溶けた顔面と地面との距離が段々と近付いてきたなと思ったその時、目の前の地面に影が差した。
「……え?」
なにが起こったのかと思わず硬直。顔を上げる。
後藤ひとりの目の前には男が一人立っていて、顔を上げた際に予期せず目を合わせてしまった。
「なんか溶けちゃってるみたいから心配で声かけたんだけど、どうかした? ──って、ああ! 溶ける速度が加速してる! なんで!?」
▽
「どう、落ち着いた?」
「あっ、ははははい……」
ベンチに二人して横並びに座る。男に話しかけられた後藤ひとりはぎこちない笑みを浮かべながらへへへと自虐気味に笑った。
わ、私男の人と会話してる……! 何個か段階飛ばしてる気がするけど、これってもしかしてメチャクチャ陽キャなのでは……!?
後藤ひとりの脳内はやかましい。
「それギター? それともベース?」
「あっ、ギターです……」
「ギター上手いの?」
「あっ、その、そこそこかと……」
後藤ひとりには、バンドを組みたいという夢があった。そしてそのバンドが売れに売れ、武道館ライブや世界ツアーを成し遂げ、周囲にチヤホヤされて音楽だけで食べていきたいという夢があった。
だから、いつバンドに誘われても対応できるように(自分から誘うという選択肢は存在しない)、最近の売れ線バンドの曲は大体カバーしている。
そんな自分にギターの才能が無いわけが無い。しかし初対面の人に「私上手いです」と胸を張って言えるような性格ならばそもそもここまでぼっちにはなっていない。
だからこその、そこそこ。
どちらとも取れる当たり障りの無い言葉であり、
「そうなんだ〜」
男も後藤ひとりの言葉に納得したような素振りを見せ、こちらに向けていた視線を外す。それだけで後藤ひとりの中にある緊張はそれなりに緩み、ひとまず胸を撫で下ろす。
どうしてこんなにも人との会話は緊張するのだろうと自問。
普段から人と会話していないからだとすぐに自答。
あんまりだ。
「なんか、君の格好ギターヒーローみたいだね」
しかし頭の中で物事を考える時間もロクに与えられず、突然の指摘。人よりも使う機会の少ない後藤ひとりの声帯が人一倍震えた。
「──は!? ハァッッッッッッッ!?!?」
「お、その声量ロックだね」
「ど、どどどどどどどうして!?」
初対面の相手からの身バレ。いやまだ完全にはバレてないのかと台風のように大暴れしている思考のまま、男に詰め寄る。そしてすぐに顔の近さを自覚し、背後にキュウリを置かれた猫のように垂直に飛び上がった。
閑話休題。
「いやさ、虹夏が……虹夏って幼馴染がいるんだけどさ、虹夏が『この人凄いんだよ!』ってネット動画をオススメしてくれたことがあったんだよ。そのアカウントこそがギターヒーローって人の弾いてみた動画で」
「え、えへへへへへへ……! 凄い……? やっぱ凄いんだ私……!」
「で、ギターヒーローの服装と君の服装がそっくりだったから、目についたままに言ってみただけなんだけど」
……、
…………、
………………。
確かに!!!!!!!!!!
後藤ひとりは年中上下ピンク色のジャージを着ている。何着もストックがあるので、着ない日は無いと言っても良いほどだ。
母がたまに服を買ってきてくれるが、その服は今もクローゼットの中で一度も日の目を浴びることなく畳まれたまま。
だから当然、ギターヒーローとして動画を撮る時もその格好で撮っていた。
動画に顔は出していなかったので安心していたが、まさかジャージが身バレに繋がるとは。
懸念すらしていなかった。
後藤ひとりは自らのネットリテラシーの甘さを悔いた。
男の目が慌てふためく後藤ひとりの姿をしっかりと捉える。その目が細められ、後藤ひとりは背筋が凍った。
「でも君の反応を見るに、まさか──」
ギターヒーロー本人だったなんて。
そのあとに続くであろう言葉を想像し、浮かれていた脳内が突如として雲行きが怪しくなる。梅雨明けだと思って浜辺ではしゃいでいた脳内のパリピぼっちが、ゲリラ豪雨どころか氷河期に見舞われてしまっている。
人違いですと誤魔化したい。しかし普段使わない言語野のブローカ中枢はキチンと機能せず、そして極度の焦りから思考すらまともに働かず、後藤ひとりは挙動不審にどもることしかできない。
「あ、いや、あの、その……」
身振り手振り。
しかし男の発言は止まらず──
「──まさか、ギターヒーローの熱烈なファンだったなんてな!」
ギターも持ってるし!
男の邪気の無い笑顔に、後藤ひとりはどう逃げようかとすら考えていた思考を取りやめる。人としての生存に必要な活動すら数秒取りやめ、完全にフリーズ。
「……………………へ?」
「指摘しちゃってごめんな。面と向かって言われるのは恥ずかしいよね」
「……………………は?」
「最近流行ってるらしいね。推しの服を身に纏いたいみたいな? 概念コーデみたいな? よくわかんないけどさ、君もそういう類いのファンなんでしょ?」
ば、バレてない?
脳内の後藤ひとりが、恐る恐る物陰から出てくる。
「俺、ロックバンドとかあんま詳しくないんだけど、◯ンボマスターの『君だけのもの』をカバーした動画は観たよ。君も観た? あれヤッバイよな」
「あっ、え、はい。観ました。というか」
弾きました。
そう頭の中で付け足す余裕が生まれてきた。
動悸が治まり、段々と冷静になっていくのを感じる。
「合間に静かになったところでの、ギターでテロレロ↑テロレロ↓やるところメッチャ好きなんだよ。あ、ごめんね。楽器のことわからなくて曖昧なこと言ってるけど」
「い、いえ! 伝わります! ありがとうございます!」
なんでお礼?
そう言いながら笑う男の表情を見て、後藤ひとりは天にも昇るような気分になった。
考えれば──考えなくても分かるが──ギターヒーローの評判を直接聞くのは初めてだ。しかもそれが肯定的な、言うならばお褒めの言葉なのだ。つい舞い上がり、浮かれてしまうのも仕方がないことだろう。
「え、浮いてる?」
ベンチから数センチ、物理的に浮き上がってしまうのも仕方がないことだろう。
閑話休題。
「そういえば、お互いまだ名乗ってなかったよね」
「あっ、はい。……そうですね」
「俺、山口太介。山口県の山口に、太いに介錯人の
「あっ、わ、私後藤ひとりです……。ご、後藤に、平仮名でひとり……」
自己紹介。
未だ記憶に新しい入学最初のクラス内での挨拶を思い出す。クラス名簿のあいうえお順に、一人一人席を立って皆に向けて自己紹介をやるやつ。その際の
微細に震え、苦しみながらの自己紹介。残像すら残る後藤ひとりの挙動に、しかし山口太介は気味悪がることなく笑った。
「珍しい名前だね」
「よ、よく言われます……」
よく言われるほど色んな人と会話をしてきたわけでは無いが、実際珍しい名前であることは自覚しているのでそのように答える。
「なんて呼んで良い? ひとりちゃん──だと馴れ馴れしいもんな──冗談だよ。冗談だから溶けないでね」
男性からの、いきなりの下の名前呼びに再び溶解していく後藤ひとり。粘度を含んだ液体と化してしまった後藤ひとりを山口太介は慌てて両手でかき集めた。
閑話休題。
「後藤さん」
「あ、……はい」
「後藤さん呼びなら大丈夫そうだね」
「そ、そうみたいです」
奇妙奇天烈な変化を見せない身体にお互い一安心し、笑い合う。
それから。
「ごとちゃん」
山口太介の
「ご、ごとちゃんッ!?」
ボフン。
後藤ひとりの顔が爆発。白い煙が充満し、一瞬表情がわからなくなる。夕方の風が辺りに充満していた煙をどこかへと連れていけば、そこには後頭部に手を当てて、地下鉄からの風を受けたチューブマンのようにくねくねと照れている後藤ひとりの姿があった。
「……えーっと、大丈夫ってことで良いのかな?」
「あ、は、はい。……私、あだ名とか付けてもらうの久しぶりで嬉しくて」
「久しぶり? へぇ、それじゃ他にはどんなのがあったの?」
「
「……ごとちゃん、君のあだ名はごとちゃんだ。俺だけはしっかりごとちゃんって呼ぶからね」
「は、はい……!」
「……そ、そそ、それで、私はお兄さんのことをなんて呼べば」
山口さん。
太介さん。
思い浮かぶ組み合わせを頭の中で繋げて呼んでみるが、想像の中の自分はどう呼んでも怒られている。話してみた感じ優しそうだが、後藤ひとりの被害妄想は
だから、後藤ひとりなりに色々考えてのお兄さん。
呼ばれた
「&.hT.G/eg(Gfa」
「ごとちゃんってフリックで言葉発してんの? それ〝かな入力〟になってないよ」
「──あっ、すすすみません! 混乱してしまって……」
それよりも。
そう言いながら──けれどもしかし、上手く言葉に出なかった後藤ひとりはそう言いたげな瞳を投げかけた。
察した山口太介が答える。
「? あぁ、ごめんね。急に泣いちゃって。お兄さん呼びがなんだか新鮮で嬉しくて」
「う、嬉しい?」
「うん。俺って一人っ子だから、お兄さんって呼ばれた経験無くって」
「そ、そうなんですね」
「ごとちゃんが良かったら、俺のことはお兄さんって呼んでよ」
「わ、わかりました。……お兄さん」
「ごとちゃん」
「お、お兄さん」
「ごとちゃん」
「……お兄さん」
「完璧だね」
「は、はい!」
気付けば、男の人と普通に(後藤比)話せていることに気がつく。なんだ私、やれば出来るじゃないかと後藤ひとりは少しだけ自分を褒めた。
「それで、ごとちゃんはどうしてベンチで一人溶けてたの?」
「…………それが」
かくかくしかじか。
まるまるうまうま。
後藤ひとりは自分なりに精一杯事情を説明した。途中何度か言葉を噛み、終いには舌を噛んだが、なんとか説明を終えることができた。
「えぇ、大変じゃんごとちゃん! なんで交番行かないの!」
「ひ、人に話しかける勇気が……」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 定期も入ってるんだし、早くICカードの再発行手続きして、停止手配出してもらわないと!」
当人よりも慌てた様子の山口太介が立ち上がる。「ほら行くよ」と未だ座ったままの後藤ひとりの手を取り、突然触れられた後藤ひとりが
外気温との差で冷気漂う後藤ひとりの身体はカチコチに凍ったまま一ミリたりとも動くことはなく、しかし急いでいる山口太介はそのまま手を引いて交番まで連れていった。座った体勢のまま後藤ひとりが地面を滑る様は、駅の利用者から怪訝な目で見られるには充分であった。
▽
「いやー、財布あって良かったね」
「は、はいっ……! まさか交番に届けてあっただなんて!」
駅前の交番から出てきた二人の顔はとても晴れやかだった。後藤ひとりの両手の平には財布がちょこんと乗せられており、ついでに描写するなら折り畳んだ財布をマジックテープで閉じるタイプの、
先程まで座っていた駅前広場のベンチに戻ることはなく、二人は駅の前、人通りの邪魔にならないところに立ち止まった。
ピンクのジャージのポケットには、スマホが入っているにしては大きな膨らみ。
電車の中で何もできないのは辛いだろうという山口太介の計らいで、山口太介から借りたモバイルバッテリーが入っている。
山口太介が優しい眼差しで後藤ひとりを見下ろす。
「ごとちゃん。これからは、怖くても人に助けを求められるようになれるといいね。ごとちゃんが助けを求めれば、きっとその人は助けてくれるよ」
「ぜ、絶対……?」
山口太介の口から流れてくるのは酷く耳障りの良い言葉。しかしジメジメとした世界で孤独に生きてきた後藤ひとりにその言葉を素直に受け止める器量は無く、つい聞き返してしまった。
山口太介は笑いながら答える。
「うーん……。まあ中には悪い人もいるだろうし、断られる可能性も普通にあるけど」
「えぇっ!?」
後藤ひとりの背後に雷が落ちる。
もし勇気を出して他人に声をかけて
財布が手元に戻ってきたことで安定していた後藤ひとりの精神状態が再び大きく乱れ始める。また
「
「…………うぅ」
眩しい。
この人はなんて前向きに物事を考えられる人なんだと、後藤ひとりの、目を合わさられずに落ちていた視線が更に下へと落ちていく。
「まぁ、難しいよね。俺だってヤンキーに話しかけたりするのは怖いし」
「……わ、私にはっ」
無理です。
つい、いつものようにそう続けそうになって、慌てて言葉を飲み込む。お兄さんが私の為を思って言ってくれている言葉を、他ならぬ私が否定することはとても酷い侮辱にあたるからだ。
ウジウジ。
どうしたものかと小さく縮こまってしまった後藤ひとりの両肩に、山口太介の手が置かれた。
「ごとちゃん」
「っ、は、はい!?」
肩に置かれた手。伸びた腕の先には山口太介の肩があり、その上には山口太介の顔がある。
つまりは山口太介の腕の長さ分の距離。後藤ひとりにとって近過ぎる距離感に、名を呼ばれた後藤ひとりの声が激しく上擦った。
「重く受け止めないで。俺はそうしろって言ってんじゃないよ。そうできた方が良いよねって言ってるだけ」
「……な、なんの違いが?」
「今日みたいに、良いタイミングで誰かが来てくれる可能性ってのは限りなく低い。この広場で俺とごとちゃんが出会ったのって、結構な偶然なんだよ」
「は、はい」
つまり、一人で生きる術を覚えろ的な? 親ライオンと小ライオンの関係的な? 後藤ひとりが縋るような目で山口太介を見て、やっぱり目を合わせられなくて左に逸らした。
「だからと言って『頑張って他人に話しかけてみよう』って突然言われて『はいやります!』なんて無理だろうし」
「……はい」
それは勿論。
後藤ひとりは自信たっぷりに頷いた。
「だから──はい」
「……な、なんですか」
山口太介が発言の途中でポケットからスマホを取り出し、後藤ひとりに見せてくる。その意図を理解できなかった後藤ひとりは眉間に皺を寄せながら問い、山口太介は笑って答えた。
「ろいん、交換しよ」
「──ろ、ろいんんんんんんんんっ!?!?」
「そう。ごとちゃんが今日みたいにもし困ったことがあったら、連絡して」
「な、なな、なんで……?」
「俺が助けに行くよ」
「ど、どうして……?」
「まあ、俺って人助けが趣味だし」
な、なんて奇特な人。
山口太介の発言が信じられない上にほんの僅かも共感できない後藤ひとりは「えぇ……」と引いて立ち上がり、すすすと後ろに数歩下がった。
「そんなに怖がられると傷付くな……。良いじゃん人助け」
「そ、それは……善い行いだとは思いますけど」
「てなわけで、はい俺のろいんのQRコード。ごとちゃん読み取って」
「よ、読み取る……? す、すみません。私友達とろいんとか交換したことなくて……。というか友達がいなくて……」
「ご、ごめんごめん! じゃあ俺のスマホ見ながら読み取る画面まで行ってみようか」
タップ、タップ、タップ。
山口太介の教え通りにろいん内のカメラを起動させた後藤ひとりは、難なく山口太介のQRコードを読み取る。画面に山口太介のろいんのアイコンが映る。
「そう、それが俺のアカウント。友達になるっていうのを押せば終了。簡単でしょ?」
「と……、友達になって良いんですか……?」
「そりゃあ、俺から持ちかけた話だし。というか友達にならないとろいんで繋がれないし」
「ほ、本当に……!? 本当に良いんですか!?」
「良いよ。俺と友達になってよごとちゃん」
「っ〜〜〜〜〜!」
友達。
しかし山口太介にとっての
「おぇっぷ……! 三半規管が……!」
「ごとちゃん、忙しいね──あ、そうそう。ろいん、トーク画面ってところからメッセージ送らないといけないから、下に埋もれる前になんか送ってみてよ」
「し、下に……埋もれる……?」
山口太介の言葉の意味を測りかね、眉を顰めて頭上を確認する後藤ひとり。その不思議な素直さのような愛らしさに山口太介は子アニマルを見た時のような気持ちになる。
「ほ、ほら、他の人からメッセージきたりして……あ、ごとちゃんごめん。素で間違えちゃった」
「お、お兄さん。意外と意地悪だ……」
「ごめんって!」
山口太介が笑い、後藤ひとりもつられて笑う──ことは上手くできず口角が不気味に引き攣る。
スマホの画面を見れば、現在時刻17時。もうこんなに経ったのかという驚きと、まだこれしか経っていないのかという驚きが同時に襲う。それほど、後藤ひとりにとって山口太介との出会いは衝撃的だった。
「あっ、時間も時間なので、そろそろ帰ります」
「うん、気を付けて帰ってね」
「お、お兄さん。今日は本当にありがとうございました。この御恩は一生……! 一生忘れません……!」
「ははは、忘れて良いって」
「も、モバイルバッテリーも必ず返します……!」
「なんならあげるよ。……あ、またなにか困ったこととかあったら連絡してね」
「は、はい! だって私とお兄さんは、と、
「うん、友達」
「で、では!」
「バイバイ」
どもりながらもハキハキ喋った後藤ひとりが、山口太介に頭を下げてから改札へと向かう。
山口太介はすぐにはこの場を去らずに、後藤ひとりが人混みに肩を縮めて歩くのを──背負ったギターケースが段々と遠ざかっていくのを見守る。改札を無事に通り抜けるのをしっかり見届ける。
「よし、ちゃんと通れたみたいだ。俺もそろそろ帰るか……って、虹夏から電話来てる」
駅に背を向け、広場に停めてある自転車の元へ。何気なくスマホを確認すれば、同じタイミングで着信。待たせては悪いと、すぐにスマホを耳に当てた。
通話をしながら歩く山口太介。その20メートルほど後方。
つまりは改札内。
駅のホームへと向かう通路。
「ふっ……へへ。へへへ……」
改札を抜けた後藤ひとりが、友達ができた嬉しさのあまり小さくスキップをしていたことなど、知る
ぼっちちゃん書きた過ぎて気付いたら完成してました。
2話連続で伊地知虹夏が出てきてませんが、これは言うならば水風呂の前のサウナのような状況です。もしくはその逆です。解釈にお任せします。
感想、評価ありがとうございます!嬉しいので引き続き待ってます!