俺は生まれた時から前世の記憶を持っていた。
しかし俺の知っている世界とはまるで違った。国どころか世界の地図すら異なる言わば異世界だ。ネットもなければスマホも無い。時折運んで来るカモメの新聞と奇妙なカタツムリが映し出すテレビ的な映像くらいが外の情報を知る術だった。
生まれ故郷はどうやら小さな島国で、大きなサボテンが特徴的な街、名前をウイスキーピークと言うらしい。
両親は乳飲子離れになると家を開けることが多くなった。帰って来るたび傷が増えているので傭兵でもやっているのだろうか。
俺は自分の現状をわかっていない。そもそも異世界転生ならば、神的な奴が出てきて豪華特典とかつけてくれるものではないのか?
というかこのウイスキーピークという地名、何処かで聞いたことがあるような気がするのだが。こういう肝心なところは覚えていないとは、前世記憶持ちのアドバンテージが無いではないか。
とまあ、一先ず現状を整理してみたわけだ。
俺はまだ子供だし、時間がある。
とりあえず情報収集を最優先するために、言葉を覚えなくては。
***
俺は18歳を迎えていた。
この世界のことがおおよそ分かってきた。
「海賊だー! 宴とだまし討ちの準備をしろー!」
「今回の獲物は“暴政王トータス”!
ワイワイと騒ぐ島民たち。その一人が俺に声を掛けてきた。
「ようルイス! 最近活躍してるじゃないか! 今回も頼むぜ!」
「分かってるさ。俺は鍛錬してるから、戦闘になったら呼んでくれ」
「勤勉だなァ! このまま行けば幹部も夢じゃねえぜ、頑張れルイス!」
いつものように、サボテン岩に行く。遠目から見れば棘に見えるそれは、海賊たちの墓標だ。
俺はその麓でいつも鍛錬している。夕焼けが水平線に溶けて、今日もウイスキーピークは海賊をもてなす。
少し感傷に浸りながら、俺はこの世界のことを考え出した。
世は大海賊時代。海賊王ゴールド・ロジャーの言葉の元、幾多の海賊がこのグランドラインに押し寄せて来る。
そしてグランドライン最初の七つの島の一つこそが我が故郷ウイスキーピーク。大海賊時代の大波を一番に受ける岩礁だ。そして俺たちは島ぐるみで海賊を襲い、賞金を稼ぐことで生計を立てている。
――俺が生まれたのはワンピースの世界だったらしい。
では俺は誰に当たるのかいう話なのだが、記憶が正しければウイスキーピークで仲間になるメインキャラはビビくらいしかいない。俺はもちろん男だし、一端の賞金稼ぎだ。そこにキース・ルイスの名は無い。
ということは、である。原作通り行けば、ここは主人公の右腕的存在であるロロノア・ゾロに完膚なきまで叩き潰されるのだ。俺はその雑魚のひとりということなのだろう。
これは困った。非常に困った。
この世界はやたら人間が丈夫だし、原作では死人もほとんど出ないのだが、モブともなれば話は別だ。実際名前ありのキャラクターは重症でも生きているパターンが多いが、モブは割と容赦無く殺される。
そもそもゾロが主人公サイドとは言え、100人も斬っておいて死者が一人もいないとは考えにくい。負傷者だってその傷が元で死ぬことが多い。
俺の両親がその典型的な例だ。
俺は眼下に広がる又の中、協会の裏にある小さな墓地に目を落とした。
父と母は共に賞金稼ぎで、2年前に海賊にやられた傷が原因で亡くなっている。それだけじゃない。その海賊との戦いで、ウイスキーの人口の3割が減った。賞金稼ぎを引退する者が続出したのである。
この町は、海賊を英雄視しているという建前で、海賊の油断を誘っている。傷だらけの町民はウィスキーピークから離脱させねばならぬ。
漫画の世界と考えるのは無理がある。
今の俺は、まぎれもなく、ここで生きているのだから。
そんなわけで俺は必死で強くなった。父の獲物の金属バット何千と素振り、母の教えのアクロバットを会得し、何十もの海賊団と渡り合ってきた。
本当なら悪魔の実や六式、覇気といった原作の能力を取得したかったのだが、残念ながら機会に恵まれなかった。まあ海軍や政府諜報機関CPらの達人が使う六式や新世界のごく一部の猛者しか知らない覇気はともかく、悪魔の実ならば海賊から奪えば良いので、一番現実的かつ手っ取り早い強化法だと思う。
今やれるだけのことを全力でやるまで。
宙返りをしながらバットを振るい、いい汗を掻いたところで日が暮れた。
「ルイス、ルイス、出番だよ」
俺を呼ぶ声がする。町は静かで、海賊は寝静まったらしい。月明かりに照らされて、シスター服の女が現れた。
「相変わらず似合わねえな」
俺がヘラヘラ笑うとシスターの女、ゲレッカは服を脱いだ。
タンクトップと短パンだけになった彼女は、色黒の肌と隆々とした筋肉を纏っていた。
見慣れた幼馴染の姿である。
「仕方ないじゃあないか、肉体を隠すにはこれが一番都合が良い。それよりルイス、準備は整ってるかい?」
「もちろんだぜゲレッカ。船長の首は俺が貰う」
「バカ言うじゃないよ。今度こそあたしのもんさ」
ゲレッカは小さなメモ帳を取り出した。海賊と酒盛りしているときに聞き出した情報をそこにまとめているのだ。
酒が入ると海賊たちは普段にも増して饒舌になる。上手く煽てて貴重な情報を得ればそれだけで金になるのだ。
「今回は大当たりだよ。このトータスって海賊、本物の悪魔の実を持ってるらしい」
「そりゃドビーンだな。船長の首取った方が貰ったのはどうだ?」
「相変わらずドビーンの意味は分からないけれど、その賭けには乗った。なんせ売れば1億ベリーはくだらない代物だからねえ」
軽口を叩き合っていると、街の方から叫び声が聞こえた。
どうやら船長を含む幹部数人は目覚めて状況を把握したらしい。
町民たち皆、戦い慣れているとは言え、相手は2300万の首だ。
ウィスキーピークに訪れる海賊の賞金首の中央値は、1200万程度なので、倍近い金額となる。
経験則だが、懸賞金が高ければ高いほど、獲れる確率が低い。
「それじゃあ俺は先に行くぜ。ゲレッカ、健闘を祈る」
「あんたもね」
「「バイバイベイビー!」」