ラブライブ!~合同企画短編集2024~【完結】   作:薮椿

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使いこなすのは、少し難しい

 世の中の文明の発展は日を追うごとに凄まじい進化を遂げている。

 

 今では当然のように誰もが持っているパソコン、スマートフォンなどの電子機器の技術の進歩は、実に素晴らしいの一言だろう。

 

 とは言えど――進化し過ぎれば、その分だけ困ったこともある。

 

 それは、ある日の出来事。1人の少女が携帯電話を新しく変えた日、その翌日のことだった。

 

 国立音ノ木坂学園にて。今日もアイドル部ことμ'sの放課後に行われたダンス練習が無事終わった後、部室で9人のメンバー達がのんびりと過ごしていると、金髪の少女が嬉しそうに声を掛けたのが――その始まりだった。

 

「ねぇねぇ! 希っ!」

 

 綾瀬絵里がおさげの少女――東條希に話けていた。

 

「エリチ? どうしたん?」

 

 前触れもなく着替えの最中に声を掛けられて、希が首を傾げる。

 

 そんな希に、すでに着替え終えていた絵里が制服のポケットから何かを取り出すなり、それを彼女に見せつけていた。

 

「じゃーん! 私も変えたわよ!」

 

 絵里が見せつけたモノ。それはスマートフォンだった。

 

 今まで折り畳み式の携帯電話ことガラケーを愛用していた彼女が、いつの間にかスマホに変えていたらしい。

 

「おぉ! エリチもようやくスマホデビューしたんやね!」

 

 絵里の持つスマートフォンを見て、素直に希は目を大きくして驚いてしまった。

 

 頑なにガラケーを使い続けてきた彼女がスマホを持つとは思いもしなかった。

 

「ふっふー! これで私も最先端よっ!」

「……ん? そ、そうだね?」

 

 どこか誇らしげに胸を張る絵里に、奇妙な不安が希に襲い掛かる。

 

 まるで始めてスマホを持った老人のような口ぶりだったが……あえて希は気にせず、終始嬉しそうな笑顔の絵里に微笑んでいた。

 

 おそらく、今の不安も気のせいだろうと。

 

 今まで古いガラケーを使っていた彼女が最先端のスマホを持てば、嬉しさがこみ上げるに決まっている。

 

 新しいモノを使う楽しさは、誰であろうと変わらない。

 

 希自身も、初めてスマートフォンを持った時の感動は今でも鮮明に覚えていた。

 

「じゃあこれでエリチもチャットアプリ使えるんやね! 早速連絡先交換しよ?」

 

 颯爽と着替えを済ませた希がカバンの中からスマホを取り出して、絵里に向ける。

 

 スマートフォンには色々なアプリがダウンロードできる。それは今では一般常識となりつつある常識だ。

 

 その中でも、メールではなく専用のチャットアプリが老若男女問わず幅広い年齢層に使われている。当然、希もその1人だった。

 

「えぇ! もちろん良いわよ!」

 

 希の誘いに、絵里が嬉しそうに頷く。

 

「もうアプリのダウンロードはしてるの?」

「まだそういうのは何もしてないわ」

「じゃあ今から教えるアプリ、ダウンロードしないと……」

 

 その反応に希も嬉しそうに微笑むと、早速彼女にチャットアプリのダウンロードを促す。

 

 そしてアプリ名を伝え、すぐに絵里がダウンロードをするのかと希が思っていた時だった。

 

「ところで希、これってどうやって画面を点けるのかしら?」

「……ん?」

 

 絵里から告げられた言葉に、希が自身の耳を疑った。

 

 持っているスマートフォンを見つめながら、今も絵里が不思議そうに首を傾げている。

 

 いや、まさか……そんなことがあるはずはない。そう何度も希が自身に言い聞かせる。

 

 使い方が分からない。それは誰もが最初に通る道だ。彼女が困り果てているのも、ごく自然な反応だろう。

 

「……ここの電源ボタン押して、画面を指でスライドするんよ」

「ハラショォォォォ‼」

 

 そっと伸ばした希の指が手早く操作するなり、切り替わったスマホの画面に絵里が驚愕する。

 

 その反応に希が苦笑していると、画面の点灯しているスマホを見つめていた絵里が奇妙なことを口走っていた。

 

「凄いわ! ちゃんと画面が点いてる! ボタンがどこにもなかったから昨日から何もできなかったのに!」

「……え? お店の人から説明聞かなかったの?」

 

 絵里から発せられる言葉の数々に、少しずつ希の頬が引き攣っていく。

 

 そんな希の問いに、なぜか絵里は誇らしげに答えていた。

 

「なに言ってるか全然分からなかったから適当に頷いたわ! フリックとかインストールとか同期機能とか全く意味不明よ!」

 

 絵里から返ってきた返事に、頭を抱えた希の口から「……あかん」と声が漏れた。

 

 先程から感じていた不安は、間違いではなかった。その確信が、希に更なる不安を与えていた。

 

 普段は文字通りの才色兼備と言える綾瀬絵里だが、時折その正反対と言える一面が垣間見えることがある。

 

 俗に言うポンコツである。そもそも絵里がガラケーを愛用していたのも、その実態は便利な新しいモノを使うよりも使い慣れた古いモノを使っていただけの話だ。

 

 過去に希が幾度となくスマホへの機種変更を絵里に促してきたが、それを苦笑して聞き流していた時点で察するべきだった。

 

「……ねぇ、みんな」

 

 無意識に希が助けを求めて、周囲のメンバーに視線を向けるが――なぜか一斉に目を逸らされた。

 

 その反応に、希も苦笑いするしかなかった。

 

 先程から彼女達が一切会話に入って来ない時点で察するべきだった。

 

 絵里と多少ながら長い付き合いの彼女達も、もう分かっているのだろう。

 

 この状態の絵里に関われば、とても面倒なことに巻き込まれると。

 

 おそらく彼女達は協力してくれない。ここから先は、間違いなく戦場になる。

 

 それを希が肌で感じ取ると、咄嗟に両手で自身の頬を叩き、喝を入れた。

 

「の、希? 急に自分で頬叩いてどうしたの?」

「気合を入れただけや、気にしないで」

 

 首を傾げる絵里に、希が優しい笑みを返す。

 

 しかし、その場に居た7人は見逃さなかった。希の目が、全く笑っていなかったことを。

 

「エリチ、まずはアプリのダウンロードするついでに文字を打つところから始めよ?」

「ええ、そうね! でもこれボタンがひとつもないけど……どうやって文字を打つの?」

 

 絵里が不思議そうに希へ訊く。

 

 その疑問に希が答えようとすると、絵里の持ったスマートフォンの画面が消えてしまった。

 

 時間経過による液晶画面の消灯である。初期状態の設定では、すぐに画面が消灯してしまう。

 

「のののののぞみっ! 大変よ! スマホが壊れたわ!」

 

 画面の消灯を見た途端、絵里が1人で慌てふためく。

 

 そして絵里が「これ不良品かしら?」と慌てているのを、希が「違うで」と優しく抑えた。

 

「エリチ、これは時間が経つと電力を節約するために消えるだけや。もう一度、ウチがさっきやったみたいに操作してみて」

 

 スマートフォンの画面を点ける操作――電源ボタンを押し、画面に指を添えてスライドさせる。とても簡単な操作だ。

 

 ほんの数十秒前に見せた動作を希が絵里に求めると、彼女は怪訝に首を傾げていた。

 

「あれ? これどうやって点けるのかしら?」

「……ここ押して、画面を指でスライドや」

「ハラショォォォォォォ!」

 

 おかしなことに、先程と全く同じやりとりだった。

 

 スマートフォンの画面が表示されて、絵里がまるで初めて見たような驚きをする。

 

 堪らず希は苦笑しながら、絵里を次のステップに進めるために話を進めることにした。

 

「まずは文字を打つところから始めよな。試しにストアって書いてるアイコンをタッチしてみて」

「……アイドル?」

「アイコンな?」

「アイコン。そう、アイドル」

「アイコンね? 画面にストアって書いてるでしょ?」

 

 絵里の言葉を全て無視して、希が操作を促す。

 

 そして絵里がストアのアイコンをタッチすると、またも彼女は驚いた。

 

「ハラショー! 凄いわ希っ! 画面がブワッて切り替わったわ!」

「ストアを開いたら、次は検索画面で文字を打つ練習ね」

 

 心を無にして、希が絵里へ語り掛ける。

 

 ひとつひとつ説明したらキリがない。

 

「わっ! 希っ! 文字を打とうとしたら画面の下からヒュンって携帯のボタンみたいなのが出てきたわ!」

 

 スマートフォンで文字を打ち込む際、画面上に文字を打つための機能が出てくる。それを操作して文字を打つのが一般的な操作となる。

 

「これで文字を打つの」

「でもおかしいわ、希。これだとボタンが足りないわよ? これじゃあ『あかさたなはまやらわ』しか打てないじゃない?」

「これをタッチしてみて、そうしたら分かるから」

 

 細かいことを希が無視する。そしてまたまた絵里へ操作を促すと、また彼女が目を大きくして驚いた。

 

「凄いわ、希っ! ここを押して上にヒュンってやると違う文字が打てたわ!」

「それがフリック操作や……あかん、どうしよ。こんな初歩から教えてたら絶対時間が足りない……」

 

 幸先の不安のあまり、堪らず希が頭を抱える。他の七人も、不思議と同じような表情をしていた。

 

「……ねぇ、エリチ。明日休みやからウチ泊まる? スマホのこと一緒に勉強しよ?」

「良いの! 行くわ!」

 

 絵里が即答する。そして希が他の七人に目を向けると、

 

「――みんなも泊まりに来るよね?」

 

 にっこりと笑みを浮かべて、希が話し掛けていた。

 

 しかし、その瞬間――高坂穂乃果が首を横に振った。

 

「あ〜ごめん、希ちゃん。穂乃果ね、明日は店のお手伝いをしないといけないんだよ」

「穂乃果ちゃん、明日めっちゃ暇だってさっき言ってたでしょ?」

 

 希の指摘に、穂乃果が「ぐぬっ……」と情けない声を漏らす。

 

 そして希から鋭い視線を向けられると、その圧力に耐えきれず、穂乃果は渋々と頷いていた。

 

「……はい、行きます」

 

 そう言うなり、穂乃果が膝から崩れ落ちてしまう。

 

「凛も明日はちょっと用事が……」

「凛ちゃん、明日はウチとラーメン食べに行くって約束してたでしょ?」

「……凛も泊まりに行くにゃ」

 

 続いて、星空凛がガクリとうな垂れた。

 

 そうして希がゆっくりと他のメンバー達に振り向くと、にっこりと満面な笑みを浮かべた。

 

「ね? みんなも来るでしょ?」

『……はい』

 

 希の不気味な笑顔に、他のメンバー達がコクコクと何度も頷く。

 

 その全員の表情は、揃って苦悶に歪んでいた。

 

 今の時点で相当面倒臭い絵里に、一晩付き合わされる。その事実がとても辛かったからだ。

 

「凄いわ、希っ! これ写真も撮れるわよ!」

 

 勝手にスマートフォンを操作してた絵里が希に向けて、カメラを向ける。

 

 そして絵里がスマートフォンを操作すると、凄まじい連射音を発して写真を撮っていた。

 

「……長押しすると連射するから押すのは一回だけでええよ、エリチ」

「ハラショォォ! そうなのね!」

 

 幸先が思いやられる。そう思いながら、絵里以外の八人は揃い揃って頭を抱えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして一週間後。

 

「希っ! これ凄いわ! 知らない人からチャットが飛んでくるの! 凄く良い人そうだから今度会わないかって言われてるのだけど……」

「エリチッ⁉︎ それはダメだって教えたでしょ⁉︎」

 

 珍しく希が大声を荒げる。

 

 やはり教えたと言っても、絵里がスマートフォンに慣れるまで、もう少し時間が掛かるらしい。

 

「絵里ちゃん、やっぱり機械に関してはポンコツだにゃ」

 

 その光景を眺めていた凛が悲しげに呟く。

 

 今日も音ノ木坂学院は平和だった。

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