猟犬と飼い主   作:嘆きの大平原

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 溜め回その2。


 蛇を厭う者

 品の無さとガラの悪さに定評があるイエローフラッグだが、最近毒蛇の塒になったと専らの噂である。用心棒として雇われた一組の男女がその原因なのだが、当の本人達はどこ吹く風だ。

 雇い主のバオに至っては、やっとマシな酒場になって来たと喜んでいる。

 

 そんなある日の事だった。

 ここしばらく感じる事の無かった張り詰めた空気の漂う中、客の誰もが緊張感の発生源をチラチラと窺っている。

 

 一人はイエローフラッグが誇る用心棒バイパー。穏やかな笑みはこの場でも常と変わらず、見れば見る程胡散臭いが、それを当人に言えば遺憾の意を表明する事だろう。

 テーブルを挟んで対峙するのは、東洋人の女。黒髪をうなじの辺りで括っており、タンクトップにデニムのホットパンツと、肌を惜しげもなく晒している。剥き出しの右肩から二の腕にかけて彫られたトライバルタトゥーが目を惹く。淀んだドブの様な瞳と眉間に寄った皺で不機嫌さが前面に押し出されていた。

 

「おいダッチ。手前の商売は知ってるが厄ネタのデリバリーなんざ頼んだ覚えはねェぞ」

「奇遇だなバオ。俺もそんな仕事請け負った覚えはねェんだ」

 

 サングラスをかけたスキンヘッドの黒人の男と、バオがカウンターで顔を寄せて言葉を交わす。

 

「その言い回しなら、彼宛の()()()()じゃないかしら。二人はとばっちりでしょう」

「そう言ってもらえると助かるよ……正直、僕らにも一体何が起きてるのか分からなくて」

 

 急遽スローピィスウィングから参戦したロージィがフォローした。カウンターの方を向かず、いつでも動ける様にと件のテーブルに視線を固定している。

 彼女のフォローに困惑と苦笑が混じった表情で返したのは金髪をうなじの辺りで結んだ四ツ目男。名をベニーと言う。

 

「何が起きているか……ではなく、何か起きるのかも」

「止めろ縁起でもねェ」

 

 カウンターの中から飛んで来たバオのツッコミを背中で聞きながら様子を見守っている。

 ふと顔をこちらに向けた飼い主と目が合う。彼は右手をひらひらと振った。

 

「ロージィごめーん。アネホの9年おねがーい」

「一瓶空いたみたいね」

 

 用心棒二人の呑気な言葉に棚から酒を取り、ロージィに手渡す。

 

「その間一っ言も交わしてねェのが不気味過ぎる」

「案外、噛み付いたはいいけど後の事考えてなかったんじゃないかしらね。彼女」

「それは流石に……いやでもレヴィなら……?」

 

 酒を持っていくロージィの背中越しにテーブルの二人を見ながらダッチは呟く。

 

「いずれにしても異常事態(エマージェンシー)って奴だ」

 

 

 

  

 最初は何の間違いで日本人がこの掃き溜めに現れたのか? と言う疑問だった。

 あちら側の人間が纏う空気とそれに相応しい穏やかな笑顔が、何故か妙に記憶に残った。

 次に感じたのは胡散臭さ。呑気な顔をして随分とこちら側の流儀を知っている風だった。隣の女の方が余程相応しいと思う程度の違和感が胸に蟠る。

 違和感が苛立ちに変わったのは、男がイエローフラッグの用心棒になり、ちょっとした揉め事の際に自分より速く抜いた時だった。

 レベッカ・リーと言う女は悪党に相応しく育ち、悪党らしく生きて来た。擦り切れ、喪い、荒みながら持ち得たモノを携えてだ。

 

 一方で目の前の男はどうだろう。

 外側の匂いをさせながら、こちら側の空気をイイ顔して吸ってやがる。その癖ゴリラを自称する馬鹿力に自分よりも早い抜き撃ちに限らず、人の生死に絡んだ清々しいまでの線引きまで持ち合わせている。

 気持ち悪い。気味が悪い。癇に障る。

 彼女が彼に向ける感情は、およそこの3つに集約されていた。

 

「どうぞ」

「サンキュー」

 

 酒を持ってきた女に礼を告げると、相手は薄く笑って頷いた。

 思えば、彼女も目の前の()()()()()()()()様だ。何と言うか目付きと空気が柔らかくなった様な……妙に穏やかな空気を感じさせると言うか。

 舌打ちしながらグラスの酒を飲み干し、テーブルに叩きつけた。

 

「あァ、本っ当に気にいらねェ……」

「何度も聞いてるし、知ってるよ」

 

 無意識に零した言葉を汲み取った毒蛇は、自分のグラスにレジェンダリオ・アネホの9年を注ぎ、瓶をテーブルの中央に置く。

 

「話があるってんでこうしてるわけなんだけれど。結局君はどーしたいん?」

「…………」

 

 無言で睨み続ける二挺拳銃を前に息を吐き、グラスを口元に運ぶ。甘く滑らかな口当たりを堪能しながら喉に流し込んでいく。

 

「手前、何でここに来た」

「水と一緒だよ。楽な方、楽な方へと流れてたらここが終点だった。ここよか下って、無いでしょ」

 

 増して行く苛立ちを抑えながら、レヴィが軋る様な声で嗤う。

 

「ハッ、この掃き溜めの方があっちより楽だってか?」

「それはそう。あっちは()()()()()()()()()

 

 おかげでイイ空気吸ってるんよ、と蛇は穏やかに笑った。

 

「馬鹿にしてんのか」

「大真面目だけれど? 自分の価値観押し付けないと他人(ヒト)ん事理解出来ないクチ? つーか、理解する必要ってあるん?」

 

 空いたグラスを軽くテーブルに置いて、毒蛇が囀る。

 

「俺を見てると自分の何かが壊れたり汚れたりするわけ?」

 

()()()()()()()?)

 

 椅子を蹴倒してカトラスを抜く。銃口の先には、穏やかに胡散臭く笑う毒蛇の頭。

 

「墓にゃ何て刻めばいい? サービスしてやるよ」

「そっちの社長が金出すん?」

 

 言いながら向けられた指は自分にではなく、背後を指していた。

 気を取られた僅かな隙に、目の前のテーブルが轟音と共に真上へ吹き飛ぶ。

 そのままテーブルが床に落ちるかと思いきや、それは男の手で盾の様に掲げられ、空いていたはずの左手には既にコルト・アナコンダが握られていた。

 

「これでも察しの悪さには定評があったんだけれど、一周回って()()()()()っぽいね」

 

 まだ続ける? とでも言いたげに小首を傾げた蛇がそう言った。

 

「よし分かった、何が何だか分からんが今日はこれでお暇するぜ」

 

 慌てて駆け寄ったダッチがレヴィを羽交い絞めにし、前に回ったベニーが両手で押し留めた。

 一方の毒蛇には猟犬が寄り添い、彼の肩に手を添える。

 

「そこまでよ」

「へーい。バケツとモップ頂戴」

「そう来ると思ったわ」

 

 一触即発の空気も何処へやら。バイパーはテーブルを床に置くと、蹴り上げた際にすっ飛んだグラスや瓶を片付け始めた。

 

「ヤり合うなら店ん中は止めよ? どっちが死んでも後始末面倒だし」

「ふざけんな手前殺してやる!!」

 

 貴女も含めてみんな勘違いしてるけど、彼真面目に言ってるわよ。

 そんな言葉を飲み込んで、ロージィは溜息を吐く。

 

「酒とグラスは天引きな」

「知ってた」

 

 カウンターから出て来たバオはバイパーにそう声を掛け、続いてラグーン商会の面々に顔を向けた。

 

「手前らも今日は帰れ。支払いはそこのアホンダラから取るからよ」

「えー……」

 

「済まねぇなバオ。バイパーも」

「揉めんのはいいがドンパチは止めろ、ドンパチは」

「俺の方はお構いなくー」

 

 腕の中で暴れるレヴィをそのままに、ダッチは暇を告げる。

 ベニーが何か言いたげな顔をしていたが、首を振ってボスの後について行く。

 残されたのは店主と用心棒達と、店を去るタイミングを逃した客達だった。

 

「すっかり空気冷えたねー」

「誰のせいだよアホンダラ」

「ここは酒場だし呑んで忘れてもらいましょ。ご主人様の奢りで」

 

 その言葉を皮切りに、残った客達が声を上げた。

 

「マジで!?」

「やったぜ」

「さっすが~! ロージィの姐御は話が分かるッ」

 

 顔を引き攣らせたバイパーがロージィを見れば「貴男のせいでしょ」と言わんばかりの視線に肩を竦める。フロアを見渡し頷くと、口を開いた。

 

「それじゃ、注文を聞こうか」

 

 

 

 




 ラグーン商会からバイパーへの矢印は以下の通り。

 レヴィ:姐御と同じの様でちょっと違う。詳しくは8話「in the rain」にてバオが語っているのが一番近い。自分を否定されていると言うか、脆かったり弱かったりする所をつつかれてる感じです。

 ダッチ:肝の据わった悪ガキ。仕事に呼びたい時もあったがレヴィが嫌ってるのも知ってるので声をかけた事はない。

 ベニー:秋葉原って知ってる?

 次回より原作エピソード編に入ります。
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