猟犬と飼い主   作:嘆きの大平原

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 あの男がロアナプラに立つ。果たして毒蛇との相性は如何に。


Until lead is reborn as a bullet
 摘まみ出された男


 迫りくる拳に思わず目をつぶる。閉じた瞼の裏で火花が飛んだ。

 デッキに転がって背中や後頭部を打ったが、それ等に気を割く余裕もないぐらい顔面が痛い。

 思わず抑えた鼻から生温い液体が流れるのを感じた。そして錆臭い匂いも。

 

「オーケイ日本人、もっぺん聞くぞ」

 

 タンクトップにデニムのホットパンツ、右肩にイカつい刺青を入れた女が口を開く。

 

「旭日重工から持ってきたのはこいつ一枚だな?」

「──で、ボルネオ支社長に渡すまでは厳重に保管……そうだろ?」

 

 女の問いを補う様に、サングラスをかけた黒人がリボルバーの銃口をこちらに向けた。隣の女も同じく、自分に銃口を向けている。

 

「そ、そうだ! 僕が聞いているのは……それで全部だよ!!」

 

 甲板に尻を突き、痛む鼻を押さえながら声を振り絞る。

 海賊二人の襲撃を受け、混乱と恐怖とついでに痛みで身体が動かせない。これ以上危害を加えられない事へのみ思考を割かないとな。と、頭の片隅でぼんやりと考える。

 

 思ったより冷静なのは結構な事だったが、事態が事態なだけに自分からアクションを起こすのは難しい。襲撃者は銃を持ってるし、自分はただのサラリーマンだ。相手が逆立ちしてくれても敵いそうになかった。

 

 黒人の男が無線で何やらやり取りしていたが、やがてこちらに向けて声を張り上げた。

 

「オーケイジェントルメン! 俺達は退散する、あんたらは自由になる。ただし──」

 

 一拍おいて言葉が続けられる。

 

「俺達をつけ回したりした場合、この話はチャラだ!」

(流石にそうする余裕はないんじゃないかな)

 

 間もなく訪れるであろう平和な船旅を前に、気が緩みほっと安堵の息をつく。陸に到着するまでに片付けなくてはならない事も多いが、暴力を振るわれたり銃口を向け続けられるよりは遥かにマシだった。

 

 しかし哀しいかな。

 世界とか運命とかその手の類のナニカが、彼を決して見逃さない。

 

「何、安心してやがるんだよ」

 

 顎に当てられた鉄の塊に体が強張る。恐る恐る視線をやれば、刺青女が冷たい目でこちらを見上げていた。

 

()()()()()()()()()()、バカ野郎」

「……嘘でしょう?」

「だまれ。そして歩きな」

 

 ついでに……否、()()が本命と言うべきか。

 ()()()()とは言え、日本人嫌いな女海賊の何かに触れたのだろう。男は何処とも知れぬ地へとドナドナされる事となった。

 

ウソでしょおぉおおぉお!?

 

 全く以て、ご愁傷様である。

 ようこそ岡島緑郎、主は汝を()()()()()()。退屈からは程遠い刺激と危険に満ちた日々を、どうか健やかに。かく在れかし(アーメン)

 

 

 

 

 

 

 悲痛な叫びが海上に響いてから数時間後。

 海賊ご一行様と哀れな景品一名は、曰く「地の果て」たるイエローフラッグの前に立っていた。

 同じ頃、お持ち帰りされたロクロウの故郷では彼とディスクには東シナ海で散ってもらう事となっていたが、ここでは割愛する。

 何故なら後程、彼の上司から当人にそう伝えられるからである。何と言う心折設計。

 

 それはさておき。

 4人は店の入り口の前で足を止め、顔を突き合わせていた。

 ダッチとベニーは何処か神妙な顔付きで、レヴィは不機嫌その物。残るロクロウ改めロック(ダッチ命名)は、こんな所で立ち止まる意味が分からず、頭の上にいくつもの疑問符を浮かべていた。

 

「さて、これから俺達は仕事の疲れを癒やす為、ロックはまぁ……呑めるか?」

「嗜む程度には」

「そいつは結構。とにかく、ここで一杯引っかけながら商品の受け渡しを待つわけだが、ロックにゃ一つ忠告があってな。レヴィ、お前もだ」

 

 顰めっ面で舌打ちするレヴィを横目に、ロックは先を促す。

 

「ガラの悪さは見れば分かるけど、それとは別なのか?」

「ここの用心棒はお前さんと同郷だ。多分年も近いだろうが、相手にアレコレ聞くのは止めとけ」

 

 日本人がこんな所で用心棒? 何故ここでとか色々浮かんで来るが、それを口にするより先にレヴィが口を開く。

 

「他人の便器を覗くなって話さ。詮索屋は寿()()()()()()()()()()場所なんだよ、ここは」

「まぁそう言う事だ。万が一知った顔だとしても、嘴突っ込むのは止めとけ。オーケイ?」

 

 レヴィの言葉を引き継ぎながら、ダッチは珍しい事もあるもんだと、サングラスの奥にある目を丸くした。

 

「脛に傷持つ身って事か……オーケイ」

「ここに住む連中は、大体何かしら抱えてるからね」

 

 意思疎通が叶った所で、ダッチは扉を開ける。

 

「いらっしゃい。……あら、新入りさん?」

「ようロージィ。仕事絡みでちょっとな」

 

 彼らを迎えたのは、ヒスパニック系の女だった。

 肌は白く、うねる様な黒髪を三つ編みにし、その先をうなじの辺りで結んでいる。

 白のシャツに黒のベスト、下は黒のパンツスタイルで、めりはりの利いた肉体の持ち主だ。

 首元の黒革のチョーカーには、翼を広げ8の字を描く双頭の蛇をあしらったチャームが下がっている。

 目付きの悪さが気になるが、むしろここの酒場に相応しい面構えだ。

 

「そう。カウンターにどうぞ」

 

 ロージィと呼ばれた女は半歩引いて軽く上半身を折ると、カウンターに手を向けてそう促した。

 ラグーン商会の3人に続いて歩くロックだったが、そこかしこから飛んで来る視線に居心地の悪さを感じる。絡まれません様にと願いながらカウンターに辿り着き、マリリン・モンローのバックプリントが入った白シャツの男の隣に座る。そこで人心地つけたのか、ほっと安堵の息を吐いた。

 

「おうラグーン商会に、珍しい顔だな。注文は?」

 

 カウンターの内側から声をかけられ、何の気無しに酒の置かれた棚を見やる。

 

「えぇと……とりあえずビールで」

「シンハーでいいな」

 

 返事と共に目の前に出されたのは、獅子のラベルが特徴の瓶だった。

 

「ゴリ押しが過ぎる」

「ビールはビールだろ」

 

 隣の男が笑いながら言うと、店主がそう返す。

 何気なく隣を見れば、琥珀を思わせる双眸と視線がぶつかった。

 

「こんばんは。ホワイトカラーの同郷とここで会うとは、ね」

 

 ロックは既視感のある顔立ちが穏やかに笑う姿を見て、安堵を深くする。

 

「はじめまして、えぇと貴男がここの用心棒?」

「あーうん、バイパーって呼ばれてる。これからよろしく……って、この先あんのかね?」

「おいそりゃどう言う意味だ」

 

 ロックから一番離れた席に座っていたレヴィが口を挟んだ。その声には苛立ちが交じっている様に聞こえる。

 

「おいレヴィ」

「へーきだよダッチ。どう言う意味もこう言う意味も、観光で来るならもうちょっと品のある所だろうし、まして移住や転職って雰囲気でもなさそーだ」

 

 そう言うとグラスの中身を飲み干し、手酌でレジェンダリオを注ぐ。

 

「何が言いたいかっつーと、居着かないなら今後のお付き合いはなさそーかなって」

「同郷には素っ気無ェな蛇野郎」

破落戸(ゴロツキ)とよろしくしたいサラリーマンなんていないでしょ」

 

 バイパーの言葉に、ロックは曖昧な笑顔で返すしか出来なかった。

 

「あー懐かしい。何か安心するわ、その愛想笑い(ビジネススマイル)。気を付けなよダッチ? 日本人がこの顔で『まあまあ』とか言ってる時は、欠片も引く気無いから」

問題無し(ノープロブレム)だバイパー、身に染みてるからな」

「ありゃそーなん?」

 

 正確には、()()()()()()()()()()()()()()と言う話なのだが、あえてそれを口に出す事はしなかった。

 毒蛇確定の藪に頭を突っ込むバカは、何処にもいないのである。

 

「手前の事だよ蛇野郎」

「ハハッ」

 

 ……頭突っ込むどころか全身ダイブをキメる輩が一人いた。

 言われた当人が何処ぞの黒ネズミよろしく笑って済ませた為に事無きを得たが、一部を除く酒場の人間達が安堵の息を吐く。 

 そんなやりとりをおっかなびっくりで眺めてたロックだったが、不意に何かを考えてる様な顔をする。

 

「どしたん?」

「いや……何処かで会った事ないか? 何となくだけど見た事が……」

「ロック?」

 

 呼ばれて顔を上げれば、鼻先にゴツイリボルバーを突き付けられていた。

 

()()()便()()()()()()。大事な事だよ」

 

 全身から汗が噴き出す。その原因たる同郷の男は、穏やかな笑みのままだったが、琥珀色の双眸は冷え切っていた。

 

()()()()

 

 言って銃をしまうと、胸ポケットから白いパッケージとジッポーを取り出し、アークロイヤルに火を点けた。

 

「私にも頂戴?」

「はいよ」

 

 バイパーの隣に座ったロージィが催促すると、男はパッケージを差し出す。ロージィがしなやかな指で一本取ると、口に咥えて先端を指でつついた。

 二人は無言で身を寄せ、タバコの先端を突き合わせた。炙られた先端が立てる音が微かに響く。

 

「すっかりお気に入りな様で」

「タバコの匂いがする女はお嫌い?」

「似合うからいんじゃない?」

 

 その様子を見ていたレヴィは口を半開きにし、ダッチとベニーは目にした光景に固まっていたが、顔を寄せて囁きを交わした。

 

「ダッチ、僕達は一体何を見せられてるんだい?」

「……ちょっと電話入れて来るわ」

 

 ベニーの問いに答える事なく、ダッチは席を立った。

 

「呑みなよロック。ぬるいのが好み?」

 

 バイパーはそう言うと、レジェンダリオの7年を自分とロージィのグラスに注ぐ。促されるままにシンハービールを口にする。

 乾いた喉に沁み渡るソレの味は、感じられなかった。

 

 

 

 

 

『聞こえた?』

「ああやべえなこりゃ」

 

 受話器から響く問いに、ダッチはサングラスの奥の目を細める。

 急に引き渡し場所の変更を告げられ、話をよく聞けばロックの職場は殺し屋を雇ったとか。相手は手練の戦争屋揃いらしく、バラライカから用心する様促される始末だった。

 

「ツイてねぇぜ、くそったれ」

 

 ダッチが悪態をついて受話器を戻すのとほぼ同時、イエローフラッグの入口が乱暴に開かれた。

 現れたのは野戦服に身を包み、手に手に銃を握った集団だった。先頭に立つ男は両手の手榴弾を掲げながら口を開いた。

 

「イェア! 楽しく飲んでるか? クソ共。俺からの素敵なプレゼントだ!」

 

 パイナップルのヘタが外される。

 続いて響く2つの銃声。

 

「要らんがな」

 

 それは誰の言葉だったか。呟きは爆破音に搔き消され、声の主はカウンター席から腰を上げる。

 

「当店では手榴弾及び拳銃以外の小火器は持ち込み禁止となっておりまーす」

「そうだったかしら」

「どーだっけ? ノリで言っただけだし。これも仕事の内って事で……」

 

 バイパーは胡乱な客へと一方的にこう告げる。

 

「イエローフラッグ自慢のおもてなし。どうぞご堪能をば」

 

 口元に浮かぶ笑みは、いつものソレであった。

 

 

 

 

 

 




 バイパー:自分の素性が知れると猟犬さんの出自まで辿られかねないと考えてるので、ロックにお口チャックをお願いした。
 ロック:海賊に拉致られるわ同郷に銃向けられるわで散々だが、彼の災難はこれからである。尚、ロックはバイパーの顔を見た事がある模様。

 
 
 
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