猟犬と飼い主   作:嘆きの大平原

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 あまり考えてないし何も知らない毒蛇に忍び寄る厄ネタ


 snake hunt Ⅰ

 雨季が近付くとある日の朝。

 携帯電話の呼び出し音に急かされ、意識が浮上する。

 右腕と腹に感じる重みと、しなやかで柔らかい脚にガッチリ拘束された右脚から察するに、今日もしっかり愛犬用抱き枕の役目を全う出来た様だ。

 ぼんやりとそんな事を思いながら、自分を呼びたてる誰かの為に携帯を手に取った。

 

「もしもし?」

『俺だ。朝っぱらからすまんなバイパー』

「張さん? 久々に賭闘技場のお誘いです?」

 

 小声とは言え、息のかかる距離で会話していたせいだろう。

 腕の中で微睡んでいた女はゆっくりと目を開けると、身を起こしたかと思いきや、胸元に手を添えて身を寄せて来た。深く息を吸って色々堪能している様子である。

 

『相変わらず挑戦者無しだ。別件で頼み事があってな、昼には使いを寄越す』

「構わないですけれど、厄介事でも?」

 

 自由になった右手で女の頭を撫でながら、男はそう問うた。

 

『大した事じゃないさ。ちょっと紹介したい奴がいてな』

「はぁ……」

 

 もっと撫でろと言わんばかりに頭を押し付ける感触を楽しみながら、生返事で答える。

 

「昼ならイエローフラッグの方にお願いします」 

『あぁ。それじゃまた後でな』

 

 相手が電話を切ったのを確認してから、携帯をベッドの片隅に放り投げた。

 

「三合会から?」

「わざわざ使いを寄越すぐらいだから、面倒事な気がする」

 

 寝起きの不機嫌そうな表情で答える男の胸に頬を当てたまま、猟犬は揶揄う様な笑みを見せる。

 

「この間の騒ぎでまた名前が売れたものね」

「仕事が評価されてんのは、嬉しい事なんだけれどねー」

 

 自分はイエローフラッグの用心棒バイパーであり、それ以外の何者でもない。

 それなりに稼ぎ、程々に暴れ、存分にロージィと戯れる。それで概ね満足している。

 尚、暴れる規模が周囲の認識と剥離している事には気付いてない。

 

「あー仕事と言えば、こないだの支払いまだだ」

「ソーヤーの所? 買い物がてら寄っておくわ」

 

 この街ならではのメジャーな裏稼業の一つに、死体処理屋と言う存在がいる。

 中でも有名なのが『掃除屋ソーヤー』だ。

 華奢な体格に見合わぬチェーンソーを得物としており、手術着にゴーグルと言う昼でもビビる姿で仕事に臨む彼女とは、貯金箱の後始末がきっかけで顔を合わせる機会も多く、実はバオやマダム・フローラと同じ位の付き合いである。

 

「お願い。俺から連絡は入れとくよ」

 

 プライベートでも月に何度か食事を共にしたりと、関係は良好だ。彼女の事情も相まって会話が弾むわけではないのだが、それを苦痛と思わない程度にお互い馴染んでいる様だ。

 

「……9時かー。飯用意するから、先にシャワー浴びて来なよ」

「朝からスるの?」

「朝飯の用意ね? ()()()()()()じゃないからね?」

 

 男が身を起こして服を着るのを眺めながら、女はシーツを胸元に寄せて「残念」と艶っぽく笑う。キッチンに向かった男の背中を見送ると、自身もシーツを引きずりながらシャワールームへと向かう。

 途中で洗濯機にシーツを放り込む事も忘れない。昨夜はお互い汗をかいたので、必須事項だ。

 

 熱いシャワーを浴びながら、今日の予定を思い出す。

 食料の買い出し・メンテナンスに出していたインベルM911の受け取り以外はこれと言った用事も無く、ソーヤーの件が追加されただけなので、時間を持て余す。

 

 どうせなら下着の新調でもしておこうかしら、とロージィは考えた。

 飼い主の趣味嗜好は「あからさまな奴じゃなければ特には」となるが、それはそれとして自分を魅せる為の立派な武器である。吟味は慎重に、けれど大胆に攻めなければならないと、謎の使命感を燃やす。

 基本的にどんな格好でも褒めてくれるのは嬉しい。だが、気合を入れて努力した結果が彼を喜ばせた時の達成感は、ロージィの女性としての矜持を大いに刺激するのだ。勢い余ってその努力を即座に脱ぎ捨てる事もあるが、ちょっと感情の振れ幅が激し過ぎただけなので、悪いのは喜ばせた方である……と言う理論武装だか何だか分からない言い訳を、自分にする事もあった。

 

 革命の闘士だった頃の自分が見れば、怒りの余り十字架を握りしめて糾弾しそうだったが、生憎それすらスパイスとして活用出来るだろうと、ある種の確信すら抱いている。

 相変わらず罪の意識も、過去の行いに対する罪悪感もある。だが以前に比べればそれらに凹む事も減ったし、飼い主が言う所の「刺激のある穏やかな日々」を享受していると言う実感がある。

 

『忘れろとは言わんけれど、死ぬ寸前まで棚上げしとけばいんじゃない?』

 

 とは、飼い主の言葉である。

 自分に余裕が無いのに他者を満たす行為など愚の骨頂であるとも。誰かに施すのも、自分の贖罪を果たすのも、心のゆとりが無ければ意味がなく、徒労に等しい行動だと、彼は言う。

 乱暴な意見だとは思うけど、一理あるのもまた事実だ。

 

「本当に毒みたいな人……そこがいいんだけど」

 

 ロージィは目を細めてそう呟く。

 その口元に浮かぶ笑みは、飼い主のソレとよく似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「来たかバイパー」

「ご無沙汰してます、彪さん」

 

 三合会タイ支部を仕切る張維新の腹心直々の出迎えに、バイパーは常と変わらぬ笑みを浮かべる裏で、早くも面倒事の気配を感じ取った。

 目の前の男だけに限らず、ちらほら見える構成員の顔は緊張している様に見えたし、何より空気が張り詰めている。思わず漏れそうになった溜息をぐっと堪え、バイパーは口を開く。

 

「何か警戒されるよ―な事、しましたっけ」

「気にするな。それより、大哥と客が待っている」

 

 言って背を向ける男の後を歩きながら、バイパーは疑問を口の中で転がす。

 

「客ねぇ……」

 

 張が直接立ち合って、自分に引き合わせたい客……改めて考えてみた所で意図は読めない。

 三合会の関係者なのは確かだろうが、そこに自分を関わらせる理由がさっぱり分からない。まさか職や住処の世話をする事もないだろうし、そもそもそれなら三合会の内輪で済ませる事も出来る話である。

 

(思考がとっ散らかってんなぁ。話聞いてから考えよう)

 

 分からん事を考えても意味が無い。分かる事から判断する方がまだマシだと、そう結論付けた。

 

「大哥、バイパーが来ました」

「通してやれ」

 

 オフィスに通されたバイパーは、立派な机に足を乗せ上等な革張りの椅子にふんぞり返る男と、デスクの脇に立つ女性の姿を目にする。

 

「おはようございます、じゃなくてこんにちはですかね。張さん」

 

 サングラスの奥で目を細めながら、張は口角を上げた。

 

「あぁ、済まんなバイパー。イエローフラッグは繁盛してるか?」

「多分? 最近は客の入りが戻って来てますし」

「それは何よりだ。早速で悪いが、こいつの世話を頼みたい」

「…………はい?」

 

 間の抜けた返事の後、改めて女の方を見る。

 腰のあたりまで届く黒のロングヘア―に、前髪も同じく右目が隠れるほど。程好く化粧された顔立ちは東洋系で、三合会絡みとなれば華人だろう。切れ長の目と赤い口紅が目を惹く。

 白いジャケットの下には見事な刺繍の入った赤のチャイナドレス。赤のピンヒールを履いている事もあって、目線の高さは自分とそう変わらない。

 一見すると高級娼婦の類に見えるが、その佇まいには暴力の気配が漂っている。

 何より、深いスリットから覗く太腿に巻かれたベルトには、投げナイフが数本差されていた。

 総合すると「武侠小説に登場しそうな女暗殺者」と言った風情だった。それも飛び切りの美人である。

 

「あいや、お兄さんが私の世話役か。私本省離れたの初めてですだよ。ロアナプラ詳しいないから、色々助かるます」

「俺も世話役になったのは初めてですよ。……じゃなくて、何でまた部外者の俺を?」

 

 彼女の口から飛び出した怪しい英語に軽くダメージを受けながら、バイパーはそれをおくびにも出さず張へと問いを投げた。

 

「彼女……仙鶴(シェンホア)って言うんだが、本部経由で送られて来たフリーランスの殺し屋なんだがな? うちとしても扱いに困ってるのさ」

「それ本人の前で言っちゃダメな奴では?」

 

 シェンホアの方も話が違うみたいな顔で張の横顔を見ているが、当人はどこ吹く風と言った調子で愉し気に笑っていた。

 

「まぁ聞け……三合会(うち)相手にヤンチャするバカを始末する為に本部が雇ったんだが、その生き残りが何をトチ狂ったのか、ロアナプラに乗り込んで来たわけだ」

「あーだからみんなピリピリしてたと。でもそれ、余裕ないからってわけじゃないですよね? 一緒に捜した方がよくないですか。不案内なら尚更に」

 

 バイパーが疑問を口にすると、張は机から脚を下ろしてテーブルに肘をついた。

 

「そうしたいのは山々なんだがな。下手に俺達が他所のシマに手を伸ばすのは少々不味い。その点お前は()()()()()()()()()()()()が、あくまで酒場の一用心棒だ。そいつが同郷の女と街をうろついても可笑しくはないだろ? 腕も立つしな」

「いや推定日本人カップルってだけで違和感しかないでしょう」

「片方がお前じゃなけりゃあな。違うか?」

 

 ク ッ ソ 怪 し い。

 先日バラライカとの電話でも感じた思いが再浮上する。

 

(年末の集金がバレてる……? いやそれなら総出で襲って来てもおかしくない。容疑者扱いって感じかな……彼女は仕事ついでの監視代わり、もしくは仕事自体ハッタリ? うーん余計分からんくなってきたなこれ)

 

「まいっかー」

 

 胸中にしまうべきだった言葉が零れて「やっべやらかした」と顔にも出してしまったが、気にしたら負けな気がしたのでダンマリを決め込んだ。

 そんな様子が張のツボを刺激したのか、彼は声を上げて笑い出す。

 

「この場でそのセリフと顔か! 生意気だが悪くない。お前みたいに骨の太い奴は好きだぜ」

「ありがとうございます? いやホントに感謝していいのかこれ」

「若いのに肝据わってるますね」

 

 呆れ気味にそう言うシェンホアに肩を竦めてみせる。

 

「仕事終わったら帰る感じですか? まずは仮宿探しかな」

「そっちの手配はうちでやろう。明日から動いてもらうから、店はしばらく休んでくれ」

「ロージィいるから大丈夫じゃないですかね。一応、バオには連絡しますけれど」

「ああ頼む。そう言やぁお前の情婦だったか? 彼女もなかなかやり手らしいな」

「そーですね。色々助けてもらってますよ」

 

 他の女の名前が出たせいかシェンホアが反応するが、その意味する所は分からなかった。分かった所でバイパーがどうこうするわけでもないのだが。

 

「経費に関しちゃ心配するな。彼女に持たせておく」

「分かりました。んじゃま、短い間だと思うけれど宜しくね、シェンホアさん」

「呼び捨てでいいですだよ、こちこそ()()()()お願いするします、お兄さん?」

 

 促されるまま握手を交わす。シェンホアは意味深に薄っすらと笑うのだった。

 

 

 

 

 バイパーを帰した後、張はシェンホアに問いかける。

 

「で、どうだ? 奴と会ってみた感想は」

「如何にも日本人と言った風情でしたが……事前に聞いていた以上に喰えない坊やですね」

 

 広東語で話すシェンホアは、持ち前の容姿そのままに玲瓏な美女としての佇まいを見せている。その顔に浮かんでいた笑顔は消え、訝し気に眉をひそめていた。

 

「最初こそ荒事とは縁の無い坊やにしか見えませんでした。大きな得物も見栄っ張りのソレで、立ち姿も無防備その物。失礼ながら、大哥が酔狂で気に入った坊やだとすら思いました」

 

 苦笑しながら口を挟もうとした張だったが、続く言葉に口を閉じる。

 

「……ですが、改めて聞かせて下さい。()()()()()()()()()()()()?」

 

 眉間の皺が寄って、怜悧な表情に険しさが現れる。

 張は珍しい物を見たと、目を丸くした。苛立ちを隠せない表情の理由こそ分からないが、それは件の男にではなく、まるでシェンホア自身に向けられていた様に感じたからだ。

 

「随分ご立腹な様だが、そこまでか?」

「……申し訳ありません。己の未熟に恥じ入るばかりです」

「己の未熟と来たか。そこまでの難物か? アイツは」

 

 頭を下げるシェンホアに張は再度問う。

 それは、自身が抱いた印象と彼女が警戒する理由を確認する為でもある。

 

「自然体と言えば聞こえはいいですが、あまりにも無防備で隙だらけ。……ですが、その隙をどうついても反撃をもらう……そんなイメージしか出来ませんでした」

 

 張は今度こそ言葉を失う。

 体術をメインとした双刀使いでありながら、己を常に研ぎ澄ます為にハイヒールで鉄火場に臨むストイックさと、成した功に相応しい矜持を持ち合わせている。

 そんな彼女が悔しげに、苛立たしげに己の未熟を語るなど、一体誰が予想し得ただろう。

 

「立ち合うなら()()()()か?」

「勿論です」

 

 シェンホアは双眸に闘志を漲らせて答える。

 

「掛け値なしの本気か……さぞかし()()()()()()()()の様だ」

「えぇ、本当に……大哥には感謝してもしきれません。あの毒蛇を狩れたなら、私はもっと強くなれます」

 

 シェンホアは妖艶に笑う。

 それは鋭く美しく、研ぎ澄まされた刃そのものであった。




 飼い主:人生に大事な物は金・暴力・ロージィ!とか満面の笑みで言う。クッソ怪しいが定番になりつつある。

 猟犬:武装(意味深)を新調したい模様。

 ソーヤー:人畜無害な顔してるのにめっちゃお得意様で判断に困ってる。陰キャ気質な自分とは真逆の筈だが、一緒にご飯するぐらいには安心出来る相手。

 張:何か色々企んでるけど、毒蛇駆除がメインではない。

 シェンホア:仕事で訪れたロアナプラで上等な獲物を見つけてホクホク(穏当な表現)の様子。原作小説版を読んだところ、広東語で話す彼女がめっちゃイイ女で刺さったのは嬉しい誤算。それはさておき英語喋らせるのクソ難しくて困る。
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