猟犬と飼い主   作:嘆きの大平原

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 次回エピソードへの繋ぎとなる25話です。アンチ・ヘイトタグがちょっと仕事してます。先日追加したタグ「死亡キャラ生存」はこれまでの展開でご存知かと思いますが「生存キャラ死亡」については今後の展開に関わる措置になります。
 それではどうぞ。


 Marca Viperului

「ああ海、せっかく海に来ているのにちっとも見る事が出来ないなんて残念!」

「ごめんね。一応、決まりになってるんだ」 

 

 グレイの可愛い我儘に、ロックが苦笑しながら答える。

 

「陸に着いたら好きなだけ眺められるさ。退屈なのはちょっとの間だよ」

 

 そう言ったのは()()()()()()()()()()だった。

 手にした本から視線を向けたまま、いつもと変わらぬ笑みを浮かべていた。本の中身は、ブラム・ストーカーの名著『ドラキュラ』である。

 

 彼の右肩には愛犬の、膝にはヘイズの頭が乗せられていた。

 片やもたれかかると言うよりしなだれかかっていたし、片や腰にしがみついてると言うのに、拘束されている当人はどこ吹く風。二人から微かに聞こえる寝息すら、彼にとっては微笑ましいモノと認識されている様だった。

 

「退屈はともかく窮屈ないか? ご主人サマ」

「慣れた」

 

 かれこれ二時間は体勢を維持するご主人サマに気遣いを見せるシェンホアだったが、日々抱き枕の役目を果たしている彼からすれば、最早日常の一コマであった。

 

「ヘイズったらズルいわ。昨夜もお兄様を独り占めしていたのに」

 

 そう言って頬を膨らませるグレイに、肩を竦めたシェンホアが両手を広げる。

 

「ならこっちに来るよいな。ご主人サマよりは座り心地良いよ」

「はーい」

 

 グレイは語尾に音符でもつきそうな調子で返事をすると、足取りも軽くシェンホアの膝へと腰を下ろした。

 

「うふふ、シェンホアお姉様とってもいい匂い」

「グレイは甘い匂いがするね。私好みよ」

 

 にゃははは、うふふと笑いじゃれ合う二人は、顔立ちはさておき仲睦まじい姉妹の様だった。

 

(俺は一体、何を見せられているんだ……?)

 

 悪徳の都に()()()()()()一年と少し経つが、ロアナプラの何処でも経験した事のない居心地の悪さに、ロックは気まずい思いをしていた。

 因みに一緒にいた筈のレヴィは、お花を摘みに向かって一時間以上姿を見せていない。流石一流のガンマン、危険回避には定評のある彼女らしいと言える。

 

 ……状況を整理しよう。

 整理したところで何一つ事態は好転しそうにないが、現実逃避には好都合だ。そんなヤケクソ気味な事を思いながら、ロックはここ1ヶ月の事を振り返る。

 

 ロアナプラの四大勢力の一つが、街の色を変えるべく双子の殺し屋を雇った……のだが、彼らの標的の一つだったバイパーが確保。一体どの様な()()があったのかは聞いていないが、一夜明けてみれば彼らは雇い主をあっさり裏切り、剰え首謀者であるヴェロッキオ・ファミリーの拠点を襲撃。その身柄を三合会とホテル・モスクワに引き渡した。

 

 残る問題は双子の処遇だったが、命を狙われた当人が『別に殺されそうになったわけでもないし、首謀者の確保に協力的だったし、ウチで面倒見れば問題ないですよね?』とゴリ押しした結果、張は苦笑気味に、バラライカは渋々と、アブレーゴは知らん顔と言った具合に、三者三様ながらも了承を取り付けた。

 双子は現在、マダム・フローラとスローピィ・スウィングの嬢達に可愛がられながら、日々楽しそうに過ごしているそうだ。

 

(いやそうはならんだろ……)

 

 思わず頭を抱えるロックだったが、彼に不思議そうな視線を向ける三者の視線が『なっとるやろがい!』とばかりに、現実を突き付ける。

 本を片手に首を傾げる男はバイパーと呼ばれる自称用心棒な大悪党。かつて父親を殺し母親を自殺に追い込んだテロリストへの復讐を誓い、ロシアンマフィアの頭目すら驚愕する殺戮の申し子。

 彼の肩に頭を預けるどころかその身を預けて眠りに就くのは、彼の仇であるテロリストでフローレンシアの猟犬なる異名を持ち、現在彼の情婦(ペット)だと公言するロージィ。

 

 彼の腰に抱き着いて平和な寝息を立てているのはヘイズ。つい先月彼を殺すべく、ヴェロッキオ・ファミリーに雇われた双子の殺し屋、その片翼である元ヘンゼル少年だ。

 もう一人のグレーテル改めグレイは、機嫌良さそうにシェンホアの膝を独占している。細身の外見に相応しからぬ自動小銃を得物とする人喰い虎だ。

 そしてシェンホアだが、彼女はかつてバイパーが殺した男の身内に雇われた元殺し屋で、三合会の張とも繋がりを持っている。毒蛇をご主人サマと呼び、まるで世話役の如く振舞っている。

 

 毒蛇に侍る四人の共通点はただ一つ──()()()()()()()()筈だった事。

 

「いやおかしいだろ!?」

 

 ロックの口から零れた言葉を、一体誰が責められようか。

 

「おうどしたね」

「ダメよお兄さん? ヘイズとロージィお姉様が起きてしまうわ」 

 

 仲睦まじき姉妹の言葉に屈する事なく、ロックは信じられないと言った風に全ての元凶を指差す。

 

「君も君だバイパー! 何でそんな普通に受け入れてるのさ!?」

「何が?」

 

 話を振られて無反応と言うのも気が引けたのか、バイパーはご丁寧に栞を挟んで本を閉じる。

 

「君の言う普通と俺の思う普通って違うと思うんだけれど、何が言いたいんさ」

「……率直に言えば君がイカれてるのかマトモなのか、俺にはさっぱり分からない」

「ほんで?」

 

 小首を傾げる毒蛇に、ロックは言葉を重ねる。

 

「君は4人とも殺すつもりだったんじゃないのか」

「ロージィ()そうだね」

「私と踊ったのは違うね?」

 

 4人の中で唯一対峙したシェンホアが口を挟む。その声には不満げな色が薄っすらと浮かび、気のせいでなければ剣呑な空気を身に纏っていた。

 

真剣(ガチ)ではあったけれど、ヤる気なら最初(ハナ)っから抜いてたよ? そっちのが確実だし、手っ取り早いじゃん」

「……なら何でそうしなかったですか?」

 

 目を細めるシェンホアに、毒蛇は笑って答える。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いっそ清々しい物言いに、シェンホアは瞬きを繰り返した後に顔を顰める。彼女の膝の上のグレイは、霧散した殺気に気付いて楽し気に笑みを浮かべた。

 

「……ご主人様はそう言う人よ。知ってるでしょ? シェンホア」

「あーごめん。起こしちゃった?」

 

 ご主人様に身を預けたまま口を開いたロージィに謝罪を口にするが、彼女は否定の言葉を返す。

 

「シェンホアに起こされた様なものだから」

「プライドの問題ですだよ」

 

 シェンホアの不満げな言葉に苦笑しながら、ロージィは視線をロックに向けた。

 

「私達が何もなかった様に接しているのが、そんなに不満かしら?」

「……そうじゃない。違うわけじゃないけど、俺の言いたい事はそうじゃなくて」

「お兄さんは()()()()なんだね」

 

 お兄様の腰に抱き着いたまま眠っていた筈のヘイズが口を開く。そんな彼の頭を撫でながら、バイパーが声を掛けた。

 

「ヘイズもごめんなー?」

「ううん、お兄さんのいやおかしいだろ!? で目が覚めたんだ」

「ごめん……」

 

 気まずそうに答えたロックは、頬を掻きながら視線を逸らす。彼の反応を何処か楽し気に見ながら、ヘイズは頬を緩めた。

 

「お兄さんは優しいだけじゃなくてイイ人だね。……だけど酷い人なんだね」

「ヘイズ?」

 

 バイパーの呼びかけに反応を示さず、ヘイズはゆっくりと身を起こすとロックに視線を向ける。

 

「僕達がお兄様に縋るのは悪い事なの? それを赦してくれるお兄様は悪い人なの?」

 

 ロージィが、シェンホアが、グレイが、そしてヘイズが自分に向ける温度の無い視線に、ロックは思わず息を呑んだ。

 

「皆そんな目ぇしない。良いか悪いかで言えば後者だし、そんな俺に文句の一つもあるんでしょ」

「文句じゃないけど……言いたい事があるのは確かだよ」

「どーぞ?」

 

 文字通りの四面楚歌に助け船を出した恩人に視線を向けるロックは、強張った顔のまま問いを投げかける。

 

「君は何で4人を手元に置いてるんだ?」

「何でってもなー? ロージィは償いたいから殺してくれって言うんで、命で償うってんなら死ぬまで飼おっか? って話に落ち着いたから。シェンも命捨てる覚悟してたから、なら俺が拾うねって感じだね。ヘイズとグレイは、父性に目覚めたって言うか……。命について説いたら納得してくれたし、成長を見守るのも一興かなーって」

 

 顎を掻きながら虚空を見上げるバイパーの言葉に、双子が視線を合わせた。

 

「聞いたグレイ? お兄様じゃなくてお父様って呼ぼうか」

「素敵な響きだけど、私はお兄様って呼び方の方が好きだわ? ヘイズ」

 

 クスクスと笑う双子に苦笑交じりの視線を送りながら、蛇は毒を零し続ける。

 

「生き方の良し悪しとか、正しいか否かってそんな大切? ()()()()()()()()()()()()()()()()

「だからって彼らの殺しを容認するって言うのか!? まだ子供なんだぞ」

「それがこの子達の生き方じゃんよ? そもそもさ、こん中で一番人殺して来た俺が殺しはイケナイ事ですって言って、誰が納得するんよ? 鏡見ろって返されて終わりだよ」

 

 殺し方には気ぃ遣えとは言ったけれどもさ。

 そう言って肩を竦める男は、話の内容とは裏腹に穏やかな笑みを浮かべたままだった。

 ロックはそこに違和感を感じる。彼が何を隠しているのか、何を恐れているのか。それを理解しなければ彼を諫める事すら叶わない。

 

「君は一体何が怖いんだ」

「死ぬ事」

 

 率直な問いにあっさりとした答え。

 

「死にたくないならロシアンルーレットしないで頂戴?」

「ロージィの言う通りよ。そもそも何で悪党してるか、ご主人サマ」

「えー? あっちじゃ善人がしたり顔で常識やら普通やら押し付けて来るじゃん。その癖人の不幸を悼みながら自分の幸福噛み締める様な奴ばっか。俺とか背中丸めて生きるしかねーもん。殺し殺されの世界で好きに生きてた方が遥かにマシじゃんよ?」

 

 肩を竦めてそう言うバイパーに対し、4人は小さく笑った。

 

「結局、好きか嫌いかで選んでたらこーなっただけだよ。それが良いか悪いか、正しいか正しくないかとかは自分の物差しで口出す分にはご自由にとは思うけれど、思うだけでそれを聞き入れるつもりはないって話。そもそも、聞き入れられる器があったらこーなってないから」

「君はそれでいいかも知れない。だけどヘイズとグレイはまだ戻れる! 世界は彼らを幸せにするためにある筈だろ!?」

 

 ロックの怒声にバイパーは首を傾げる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「そんな事は……!」

「お兄さん、もういいの」

 

 ヒートアップする二人……正確にはロックを諫める様に、グレイが口を挟む。

 

「だけどこんなの」

「お兄さんの言う()()()()()()()なの。それはイケナイ事なのかしら?」

「それは今までが酷かったから……!」

「今までよりずっと良いんだお兄さん。お兄さんからしたら酷くても、僕達は幸せなんだ」

 

 穏やかな笑みを浮かべ口調こそ柔らかいものの、双子の目は冷めきっていた。ロージィは黙って事の成り行きを見守り、シェンホアが何処か苛立っている様に見えたが、やはり沈黙を貫いた。

 

『だから()の幸せに水を差さないで』

 

 ロックは席を立ち、デッキから飛び出していく。その様子を見送った4人の目は冷めた色を浮かべていたが、毒蛇の視線だけは同情の様な憐れみの様な、そんな色が浮かんでいた。

 入れ替わる様に部屋に入って来たレヴィは、訝し気に5人の顔を見渡した。

 

「……おい」

「お兄様は何もしてないよ? 僕とグレイが意地悪を言っただけだよ」

「だってお兄さんが意地悪な事言うんですもの。ちょっとしたお返しよ?」

 

 レヴィがロージィに視線をやれば、彼女は無言で肩を竦めるだけだった。シェンホアは膝の上のグレイの細い腰に腕を回し、軽く抱きしめて小さな殺し屋と悪ふざけに興じている。

 

「躾がなってねぇぞ飼い主」

「我が家は放任主義がモットーなんで」

「飼い主からして自由奔放だもの」

 

 猟犬の言葉に苦笑を浮かべた飼い主は、穏やかに口を開いた。

 

「躾の事言うなら、彼の躾もちゃんとしといてくんない? 地雷踏み抜くのが趣味なら尚更ね」

「……またやらかしやがったのかアイツは……ったく」

 

 苦り切った口調の呟きに、シェンホアが首を傾げる。

 

「こっちの流儀教えてないか? 好奇心猫を殺すですだよ」

「何度も言ってんだよ、ちっとも治りゃしねェ」

「ご主人サマと同じね」 

「流れ弾は止めてもろて」

 

 にゃははと笑うシェンホアに肩を竦める毒蛇に、レヴィは躊躇いがちに問いを投げる。

 

「お前もアイツも同じ国で生まれ育ったんだよな?」

「まーそーね」

「……何でそんな違うんだよ? 手前らは」

「感性と言うか、物事の捉え方の差でしょ。俺と彼じゃ持ってるモンが違うし、たとえ手持ちが一緒でも、俺のが捻くれてるし。彼は真っ当だと思うよ? それが正しいかは別なんだけれど」

 

 そもそも正しいって言葉が嫌いなんだよね、とバイパーは肩を竦めた。

 

「善悪とか正否とか、それだけで世界が割り切れるなら誰も苦労しないよ。自分の中にその手の線引きするなら、俺は好きか嫌いかで決めるけれどさ。彼はそーじゃないって話だと思うよ」

「手元に自分と命のやり取りする予定の奴を置くのも、好きでやってるってか?」

「そりゃまーね。いつか殺し殺されな関係に戻っても、そん時はそん時じゃないかなー」

 

 ……コイツ実は何も考えてないのでは? レヴィは訝しんだ。 




 飼い主と愉快な仲間達:ヘイズとグレイのケジメの為にロアナプラを一時離れる事に。バオは「イエローフラッグを空けられるとまた半壊するんじゃ」と反対したが、マダム・フローラがめっちゃ推した(物理)のでこうなった。

 ロック:原作ではお礼で畜生! な展開だったけど本作では冷ややかに拒まれてショックを受けた。疵は小さいが痕は残る。

 レヴィ:幾らかマイルドな接し方になっているが、蛇野郎に心を許したわけでもなければ警戒を緩めたわけでもない。むしろ余計訳の分からん男って認識に変わった為に距離感を測りかねている感じ。

 次回26話の投稿予定は09/01予定です。それではまたお会いしましょう。
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