地の文と言うか、彼女視点での出会いから現在までを駆け足で追う感じです。
それではどうぞ。
私達と同じでありながら、何処までも深い場所に立ち、だと言うのに誰よりも穏やかな場所に近い彼。フローレンシアの猟犬と恐れられたロージィが、生き残る為にクソ野郎の玩具である事を選んだヘイズとグレイが……そして私が惹かれたのは間違いない事。……そして、
私の家は貧しく、日々の糧を得る為に私は体を鬻ぐ事を覚えた。そして男を悦ばせる術を覚えると同時に、自分の身を守る術を欲した。そうして修めた武と為した功は、鏢師としての矜持を齎すには十分過ぎる程で。いつからか更なる力と矜持を求める様に、敢えて踵を高くして己の技を磨くまでに至ったのである。
そうして一端の悪党として、黒社会の頭目の目に留まるまで至った頃に、一つの転機を迎える。
悪徳の都と名高いとある街で殺された男の仇討ちを依頼され、張大哥の人脈を辿り、私は件の場所へと赴いた。
……それが全ての始まりだと知る事なく。
事前にどんな人物かは、大哥から聞かされていた。
曰く、二十歳そこそこの日本人である。曰く、呑気そうな雰囲気とは裏腹に、腕っぷしは相当な物である。曰く、彼の情婦もまた一流の腕を持つ。実際に顔を合わせた時、確かに穏やかな顔と雰囲気で、こちら側に立つ男とはとても思えなかった。
この場で鏢の一つも投げれば、確実に殺せるのでは? そう思って動こうとした瞬間……ただ一瞥されただけで、身体が強張った。彼は穏やかな笑みも身に纏う空気も、何一つ変わらぬままにただ私と視線を絡めた。その刹那、私は額に風穴を穿たれ、床に転がる自分の姿を幻視した。
比喩でも何でもなく、私は呼吸する事も忘れて男を凝視した。
今思い返せば、彼に魅入られたと言ってもいいだろう。短い時間の間に何度も何度も彼に挑む自分を夢想し、幾度も屍を晒す自分を幻視しては、浮わついた気持ちと共に自分の全てを脳裏でぶつけ続けた。
……結果は勿論、言うまでもない。
彼が去ってから張大哥からの問いに、自らの未熟を恥じる如く怒りを募らせはしたものの、同じぐらい沸き立つ戦意に、私は初めて彼を意識した。
只の標的としてではなく、越えるべき壁として。
……彼を慕う3人を差し置いて、彼と二人で一夜を過ごした今なら別の事も自覚した。
私は全てを捧ぐに相応しい雄を欲し、そして彼に全てを捧ぐに相応しい雌であると。
娼婦としての私を管理する男達では、鏢師としての矜持がソレを邪魔した。
鏢師としての私を捧げるには、三合会の支部を支配する男ではハードルが高かった。
しかし、彼ならどうだろう?
共にいれば何処か頼りなく、それでいて私が知る誰よりも強く自由で。……そして鏢師としての矜持と、女としての矜持を擽る不思議な魅力を持つ男。
けれど彼の在り方は『強い雌』としての私の反骨心を甚く刺激した。当時自身の築き上げた自負と立ち位置を不安定に感じさせ、かつて感じた事のない不快感を私に抱かせた。
『
出会ってすぐの頃、ヘイズとグレイが彼をそう評している。
確かに彼の毒は、私達に酷く効いた。ただ、当時の私は不快感をより強く感じていただけの事で。だからこそ、私は彼の持つモノを見誤ったのだ。
出会った次の日の朝。
彼はあっさりと三合会に一矢報いようとした男達に目星をつけ、情報の裏取りを行い、それらをより正確にすべく私に標的の似顔絵まで用意して現れた。
これには大哥も乾いた笑いを浮かべるしかなく、私は私で憎まれ口の一つも叩きたかったのだが、男の用意したモノは文句の付けようもない程で。
『ご主人様はこうと決めたら、迷いも躊躇いもないし、
彼に最も近く、そして最も彼に愛憎を抱かせる彼女が苦笑交じりに零した言葉は、私達が知り得ぬ実感を伴っていて。彼女が浮かべた表情に嫉妬した私も確かにいて……いや、それはさておき。
とにかく、大哥すら警戒する男に何者なのかと問えば『ツイてる死に損ない』と言う返事。
七つの大罪と言う概念がある。キリスト教における『人を堕落させる原罪』を指す言葉だ。
私が思うに、彼の持つ罪を例えるならそれはきっと『憤怒』なのだろう。自分の産まれた世界を憎み、自分を育てた常識を憎み、大切なモノを奪った非常識を憎み、その元凶たる最愛を憎み……
知れば知るほどに難解で、求めれば求める程に遠ざかる。そんな複雑な様で、その実単純な男は、悪徳の都を楽園と評し、思うままに振舞う悪党の自分を真面目に生きていると言い切り、三合会の頭目を爆笑させた。
私はそんな二人を前に、息をする事すら忘れた。だってそうでしょう?
下らないモノは何処まで行っても下らなく、悪党だろうと受け入れてはいけない領域があるのだから。
それを彼と大哥は、下らないままに受け入れ愉しんですらいる。そんなの理解出来ない、してはいけない。しかし片や爆笑し、片や穏やかに笑うのみ。意味が分からない。
その後、理外の怪物と稀代の猟犬の二人と共に仕事の一つを片付け、本命の怪物退治となったものの……今や私が『ご主人サマ』と呼び、身を捧ぐ事となった男にはあっさりと負け、死を覚悟したと言うのに『捨てた命なら俺が拾ってもいいんじゃない?』としれっと飼われる事となった。
快適な療養中に聞いてみれば、元々銃の扱いより身体の扱いを先ず覚え、曰く『二の太刀要らず。一撃必殺で後の事なんざ考えないシマヅスピリッツ』こそ流儀であると返答され、否定の言葉しか頭に浮かばなかったし、未だに納得出来ない自分がいて。けれど、それを口にしたご主人サマは確かに体現していて、手元に鏢なり刃なりあれば襲っていた自信がある。無駄に疲れる事になっただろうけど。
療養中は本当に快適だった。ご主人サマの手料理は私の好みをきっちり把握したモノで、洗濯やら男に頼みづらい事に関しては
一度大きな地震にパニックになった私に『流石に地震はおっかないか? 日本程じゃないけれど、中国の方もそこそこなかったっけ?』などと軽い調子の言葉とは裏腹に、力強く腕の中に収められた私の鼓動は生娘かと思うぐらいには速くて。同時に酷く安心させられて。
このまま抱かれるのも、まぁ何と言うか悪くはないかもと思ったけど、彼はこちらの心境なぞ知るわけもなく。
なんだオイ私に女の魅力はないとでも? とか、ロージィに義理立てしてるの? とかペットなんだから平等に扱え! とか色々思ったりもした。
回復してからすぐの頃は、そんな疑念と憤懣を吐き出すかの様に
彼は飼い主として優秀ではあったけど、人としての情緒は今一つ。と言うか、私達を飼うとか割と良識を疑う……いえ、悪党に良識を問うのも可笑しな話だけど、とにかく人の機微に疎い一面がある。或いは、
……私達四人の間では、ご主人サマはアレぐらいの方が丁度いい、と言う結論に至ったのがまた腹立たしい。これで誰にでも気遣いの出来る男であったなら、今頃イエローフラッグをほったらかしにしてスローピィ・スウィングの主になっていてもおかしくはないのでは? と言うロージィの大袈裟な懸念も笑い事では済まないだろう。
こと悪党……と言うか、日陰者に対して奇妙な影響力を持つのだからタチが悪い。
おかげで私の心労も積み重なる一方だった。
ロージィを庇う為か、自身がマグダレナの悪夢と言う化け物である事を告白したり、クソ野郎の玩具だった双子に命の尊さを教える為にロシアンルーレットをしてみたり、彼らの協力を得て黄金夜会の一角を始末したり、ヘイズとグレイの精算に手を貸したり、さらわれた盆暗を救うオマケにヒズボラの一部隊を壊滅させたり……。
グレイはともかく、ヘイズも彼に抱かれたい様な空気を醸し出しているのはどうしたものかと思っているが、ご主人サマは『そうなー? 二人がもうちょい大人になって、それでもそー言う気持ちなら言ってよ。そん時改めて考えるからさ?』とか無自覚に煽ったりする始末だ。ロージィは正妻? ペット筆頭として揺らがないと言うか何がどう転んでも『ご主人様はそう言う人だから』で済ませそうだ。と言うか大体そうしてる。
……私としてもご主人サマが
こればかりは数年後の彼自身に任せるしかないかなと思っている。ご主人サマの言うところの知らんがな精神かも知れないが。
そんな個人的な悩みが積み重なった頃、張大哥の計らいと言うかなんと言うか、ご主人サマと二人でロアナプラを離れての仕事を任された。付き合いの長い逃がし屋も一緒にはいたが、まぁ空気扱いだ。今ではお脳のお医者様と仲良くしてるだろう。
当時の私は『これはチャンスなのでは?』と思ったが、そんな事は無かった……いや、結果的にはチャンスをモノにしたけど。
追手がテロリストと知ったご主人サマの荒れっぷりは、恐らくロージィですら知らない程の極悪さだった。眉間に皺は寄りっぱなしだったし、吐く言葉は毒塗れだったし、仕事そっちのけでヒズボラと遊びに向かうんじゃないかと肝を冷やしたものだ。
イサベルの街で夜を明かす事になった時、私はどうしたものかと頭を抱えた。色んな感情が渦巻きながらも身を清め、どう言葉をかけるか迷いながらも彼の部屋の前に立ち、考えも纏まらない上に彼が理解しないだろう広東語を口走り……いや、いつの間にかあの人は私の言葉を解していたのか、同じ言葉で部屋に招いてくれたけど。
そこで言われた『当人同士の納得ありき』だとか『正解なんて何処を探してもない』とか、そんな言葉で私の気持ちは簡単に解されてしまう。
……私はここまで単純な女だったろうか? と思わないでもないけど、彼に飼われる身ならばそれでいいのかも知れない。
好きか嫌いか? それぐらいが
抱いた数は大した事ないよ? などと彼は言っていたけど、ロージィやスローピィ・スウィングの娘相手に学んだ術は、久しく燻っていた女としての矜持と、悦びを思い出させてくれた。
同時にロージィへの嫉妬を改めて思い出させてくれたけど……それはまぁいいか、と。
そんなこんなでヒズボラ相手にはしゃぐご主人サマを生温かい目で見守りつつ、仕事を終えた後は数日二人きりで、のんびりとロアナプラへと戻った。その間、これまでの隙間を埋めるべく存分に甘えたし、彼も十分に応えてくれたので大満足だ。勿論私も
……問題はロージィ達に、どう言い訳するかだけど。
「なる様にしかならないね」
「なにが?」
ご主人サマならそう言うだろうと、そんな気持ちが口から零れたのをご主人サマが聞いていたらしい。
「……ふふ、なんでもないよ」
私はただそう笑うだけだった。
飼い主:他人の事なんぞ知るかが行き過ぎたせいで、悪感情にはやたら敏感なのに好感情は理解出来ないゴリラ。本人の独白によりとんでもない地雷が設置されたとかなんとか。
シェン:彼女視点で1エピソード描いた結果「ただの一目惚れでは……」と作者が訝しんだ。それはさておき、ペットとして色々満喫出来た模様。この後ペット同士で怪獣大決戦となるかは作者にも分からない。
と言う訳で二章終了となります。気付けばお気に入り登録や評価数もゴリゴリ増えて嬉しく思う反面、描く度に「これでえぇんやろか」と悩む事も増えましたが、投稿意欲は依然持続しております。今後も週一投稿を目指して行きたいと思いますハイ。
次回より章間エピソードをいくつか投稿し、日本編(毒蛇の里帰り編)へ突入します。
それではまた、次回お会いしましょう。