猟犬と飼い主   作:嘆きの大平原

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 汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。


 Si vis pacem, para bellum

「……こいつァひでェな。一体どんな握力してやがる?」

「やーそれほどでも」

「褒めてねェ。何処の工房だろうと買い換えろって言われる奴だ」

 

 溜息交じりにそう言われてしまうと、日本人固有スキル(曖昧な笑み)でもって答えるしかなかった。

いやま、人の皮を被ったゴリラが文明の利器に頼った結果がこのザマだよ! としか言えないんだけれど、一年ちょい……一年半ぐらい? そんな短時間で銃職人に匙投げられるなんて思わなかったんだ。

 

 テーブルに置かれた二挺の相棒を指差すと、プライヤチャットさんは口を開いた。

 

「グリップパネルのヒビは交換すりゃァそれで解決だ。ところが兄ちゃんのコレはグリップ全体に手形がついてやがる。手垢じゃねェぞ、手形だ。よくマガジンが詰まらんかったもんだ」

 

 どっちもウッドパネルだからそれのせいかと思ってたんだけれど、金属部まで鳴いてたとはなー……ここ暫くは握り方がマシになったからか、それとも手形に馴染んだからなのか、殆ど鳴かなかったから気にしなかったんだよなー。マガジンチェンジの時にあった微妙なガタと言うか、引っ掛かりの原因がこれだったとはね。

 

「そう言えば買って半年ぐらいは頻繁にミシミシ言ってたかなー」

「悲鳴上げてる時点で気付け」

「ハハッ」

 

 笑うしかなかった。

 

「うちは趣味でやってる工房だから、見せられるハジキはそんなにねぇぞ? コイツと同じのがお望みなら、クラブ『スケロルム』か……暴力教会に行くんだな」

「暴力教会? お布施は鉛玉な感じですか」

「同じカミでも紙幣(ドル札)様だ」

 

 やはり金、金があれば大体まるっと解決出来ちゃうのだ。表も裏もそこは一緒だね。

 

「なるほど分かりました。カスタム頼むと思うので、またお願いします」

「手形つく前に持って来いよ」

 

 曖昧に笑って誤魔化して、店を出る。

 表で待っていたロージィと合流し、次の場所へと行く事を伝えた。

 

「暴力教会、ね。こんな所でも祈りを捧げる場所があるのね」

「名前と用途から察するに、捧げるのはお金じゃないかなー」

 

 通りでつかまえたトゥクトゥクに揺られながら、彼女の感想? に相槌を打つ。

 我ながら俗っぽい返しになったけれど、意外と悪党の方が、神の類に祈る事が多いんじゃないかって俺は思ってたりする。

 そんだけ厄介事に遭うだろうし、それこそ命の危険が危なかったりするからである。俺? 大学受験の時ぐらいかなー。

 

 ポケットを探って白いパッケージと傷だらけのジッポーを取り、火を点けた。

 そう言えばコイツ(・・・)に救われた事もあったなーと、表面に穴の空いたソレを親指でなぞると、自然と口角が上がる。

 

「それも買い換えるの?」

 

 肩を竦めながら紫煙を吐き出し、何処か遠く……肉眼では決して見えないだろう場所に目を向けながら口を開く。

 

日本(あっち)にいる頃からの持ち物はこれだけなんだよね。だからってわけじゃないけれど、手放すつもりはないかな」

「そう」

 

 目を伏せる彼女の頭に手を置きながら、努めて穏やかな口調で言葉を続ける。

 

「ま、御守りみたいなもんだよ。俺達みたいなのにはジンクスの1つや2つあるでしょ」

 

 頭を撫でられながら、彼女は自分の胸元に手をやった。

 シャツの下、深い谷間の入口あたりに揺れる十字架(ソレ)に触れながら、彼女は表情を緩める。

 

「……そうね」

 

 言いながら彼女は何処か遠くを見る。

 

「私にも、そういうモノがあったのかも知れないわね」

 

 その口調は懐かし気でもあり、苦い物を含んでいる様で、どうにも気まずい空気になった様で。

 さっきから運転手のおっちゃんもそわそわしてるし、気のせいじゃなけりゃミラー越しにチラチラ伺っていらっしゃる始末。脇見運転は止めてもろて。

 

「ごめんなさい」

「いやま、いんじゃない? そういう日もあるさ」

 

 実際謝られる程じゃない。これは気休めでもなんでもなく、本当の事だ。

 そりゃま、彼女とそのお仲間によるやらかしが俺ん家の終わりで、俺が表の日常(あっち)を捨てたきっかけである。この事実は覆らない。

 

 けれど、それを理由に死体と瓦礫を積み上げたのは俺だ。その選択に、俺以外の意思は介入していない。積み上げられた彼らは、俺の選択に気付く事なく死んだのだ。

 それどころか、今尚『マグダレナの悪夢(ラ・ペサディラ・デ・マグダレナ)』の影に脅えているだろうクソ共ですら気付いていない。そもそも知る事もない、その必要もない。

 俺が始めて、一方的に終わらせた。それだけの事。

 

 俺の選択とその理由を知る生き残りは、唯一彼女だけ。

 死ぬまで俺に飼われる事を選んだ彼女だけだ。

 俺が暴力に身を浸す度に、体に刻まれた傷隠しの(スカーカバー)刺青(タトゥー)を見る度に、ちょっとした昔話や、なんなら何気ない仕草からも、彼女は自分の責任って奴を感じてしまう。

 

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 責任を感じるのは当然なんだろうし、負い目を感じるあたり如何にも彼女らしい。

 だがしかし、だ。

 彼女が手に掛けた人の遺族は沢山いるのだ。知らないだけで、今も哀しみにくれていたり、それを乗り越えている最中なんだろう。

 なんならちょっと前の俺の様に、頭のネジが吹き飛んだりしてるかも知れない。

 彼女は、ロザリタ・チスロネスはそれに気付いているんだろうか。それら全てを背負い込むつもりなんだろうか。たかだか一人の一挙手一投足に萎れてるのに。

 十中八九違うだろーなー。これ以上ない程分かりやすい『革命の結果』が、隣で呑気にタバコ燻らせてんだから。視野狭窄って奴で、俺しか見ていないんじゃなかろうか。

 それはそれで別にいーけれど、俺一人だけでここまで凹んでると今後が心配ってモンである。

 

 

 何が言いたいかってーと、気にし過ぎたら禿げ上がるゾ☆ って事だ。

 シリアスな話かと思った? ンなモン南米でこさえた瓦礫に埋まってるよ。

 

 彼女が殺した人達も、俺が積み上げたクソ共も、そして今尚生きている遺族も。

 何をどうしたって元にゃ戻らないのだ。

 因みに俺は後悔も反省もしてない。しちゃいけないと思う。

 開き直り結構、居直り上等である。()()()()()()()()()()()()

 

 生きる以上は頭が回るし、回ってる内は消したい過去とか取り返したい過ちなんてのに悩まされる事になるだろう。現に彼女はそうなってる。時間が解決してくれるのは遺族だけではない。罪を重ねてそれを悔やむ者も同様のはずだ。そうだといいな? そうなれ。

  

 俺はあんまり悩んでない。

 考えてもしゃーないし、死を悼みはしてもそんだけだ。日本から泥舟に乗って海を越えたあの日から、これからも息を吸う様に誰かを殺して生き延びて、その結果誰かが助かる事もあるかも知れない。けれど、それは善行でもなけりゃ、悪党の仕業でもない。

 俺の言動によって生じる責任は俺自身ともう一人(・・・・・・・・)だけのモノであって、その他大勢が助かろうが死のうが、その全ては知ったこっちゃない。

 そうやって自由に生きて行くのだ。積み上げた瓦礫の上から転げ落ちる(・・・・・・・・・・・・・・・・)、その日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ここね」

「思ってたよか普通だねー。見た目は」

 

 如何にもな教会を見上げながら、相槌代わりの感想を述べてみる。思った以上に本格的と言うか、規模が大きくてちょっと驚いた。もっとひっそりしてるのかと思ったんだけれど、それだけ救いを求める手が多い(・・・・・・・・・・)って事なんだろうか。

 

「ここは礼拝堂だから、宿舎の方に行きましょう」

「オッケー」

 

 礼拝堂に背を向けるとほぼ同時、扉が音を立てて開かれた。

 出て来た人物は視線を合わせると、面倒臭そうな顔をして扉に寄りかかる。

 金髪を収めたウィンプルと、修道服を着ているから教会の関係者である事は間違いない。

 但し、似つかわしくない点が3つ。

 

 1つ。眼鏡代わりにかけられたフォックススタイルのサングラス。

 2つ。ガムを噛んでいる事。 

 そして3つ。 修道服の上から堂々と吊るされたガンホルスターと、そこに収まる拳銃。

 

「礼拝も懺悔も今日は休みだよ。生憎と主はお休みなもんでね」

「磯釣りでも行ってんの?」

「競馬だよ」

 

 脳裏に浮かんだのは、赤鉛筆を耳に挟んで新聞片手に叫んでる救世主の姿だった。主の思し召し! 種の思し召し! とか言ってそう。

 

「なにそれちょっと見てみたい」

「一昨日来やがれ不信心者」

 

 中指おっ立てたシスターと俺の間に割って入ったのは、ロージィだった。

 

「プライヤチャット氏の紹介でこちらに来た次第です。担当の方はどちらに?」

「あの爺さんがねェ……?」

 

 こちらを値踏みする様に……と言うか完全に目付きがソレである。頭の天辺から爪先まで、文字通り舐める様な視線を這わせると、鼻を割らして口角を上げた。

 

「ウチは一見さんお断りだよ、他所行きな」

「何勝手に決めてるんだい、エダ」

 

 振り返るとそこにいたのはやはりシスターだった。左目には眼帯をしている。

 重ねた年月を思い起こさせる穏やかな雰囲気と、百戦錬磨と言った風格を併せ持った肝っ玉シスターと言った感じだ。

 

「プライヤチャットは元気だったかい、坊ちゃん」

「あーはい、初めてあったけれど元気そうでしたよえーと」

「ヨランダでいいよ、そっちのはエダ」

「よろしくお願いします。早速で申し訳ないんですが」

 

 と握手を求めて右手を差し出すと、エダが不服そうに声を上げた。

 

「名乗るのが礼儀ってモンだろ?」

「あー……名無しの権兵衛(アラン・スミシー)で」

「バカにしてんのか」

 

 顔を向けずに銃口を向けて黙らせる。

 半身で後ろを振り返れば、予想通り得物に手をかける途中で固まるエダと視線が絡まった。

 横をチラ見すれば、ロージィも同じ格好で動きを止めている。

 君も大概喧嘩っ早いな? 俺よか遅いけれど。

 

「若い身空で随分使い込んでるモンだね」

「いやーそれほどでも。名前は国で売っちゃったんで、名乗るに名乗れないんです。すいません」

 

 ほう、と感心した様な声を上げたヨランダさんが楽し気に笑う。

 

「そりゃまた豪気だねぇ」

「名無しのままじゃ収まり悪いし、決めたら改めて名乗ります」

「そうしとくれ。それじゃ商談と行こうか、ついといで」

 

 ヨランダさんは動じる事なくそう言って、俺達を宿舎へ案内してくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬにゃあお誂え向きの場所じゃねぇか。キッチリ片付けてやるぜェ?」

 

 教会から少し離れた車内で、くぐもった声と撃鉄を起こす音が響いた。

  




 飼い主:話の流れでそろそろ決めなきゃいけなくなってきた。決めたからと言って作中で出さなきゃいんじゃねーかなと思い始めてる。飼い主視点の一人称メインならいけそっかなーとかそんな感じで。
 主人公の自分語りはザックリ言うと「自分の言動は他者に強要されるものではない」「有るモノだけで生きてきゃいいから無いものねだりはしない」「自分が何しようがどうなろうが、責任を負うのは自分とロザリタの分だけ」って感じです。家庭崩壊は許さんけど、だからどうして欲しいってのが彼の中には無かったりします。

 ロザリタ:今回もちょっとだけしっとりさせてみた。彼女は飼い主と違って失くした物と言うか奪った物について悩んだり、自分を責める傾向が強い感じ。個人的な解釈だけど、彼女が原作世界線で壊れる寸前まで行ったのは、過去の行いに対する報いで巻き込んだって風に考えちゃった所があると思ってる。けどそれは彼女のせいじゃないし、責任を感じる事は無かったとも思う。本作世界線では二人仲良く血塗れのまま歩いて欲しい(誤解を招く表現)

 エダ&ヨランダ:ちょっとしか顔出してないので、また次回。

 最後の誰か:次回の犠牲者筆頭。
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