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師走の足音が聞こえて来る今日この頃、イエローフラッグ及びスローピー・スウィングはちょっとした悩み事を抱えていた。
バオの眉間は皺が寄りっぱなしだったし、マダム・フローラの溜め息も同じく増加の一途を辿っている。
「こんな場末の酒場に随分とご執心の様で……」
「そんな場末の酒場に入り浸るアホンダラのおかげでこうなってンだろーが」
グラス片手に呟けば、バオが秒で反応した。
あまりにも急すぎる事態に、バイパーとロージィも困惑しきりである。
「彼らの何に触れたのかは分からないけど……私達が目障りなのは間違いないでしょうね」
「
ロージィの言葉にバオが突っかかる。その根拠はともかく、この態度は悪徳の都で己の城を築いた男の矜持と言う奴なのだろう。バオ自身がどう思うかはともかく、その人柄がバイパーのツボだと言うのも、また事実であった。
「俺やロージィに手が出せないなら周りにちょっかい出すってのは、それなりに効果アリだねー」
「呑気な事言ってんじゃねェよバイパー。誰でもいいから客引きして来いってんだ」
「客引くどころかドン引きされそーじゃん?」
「畜生め!」
軽口の応酬ですらこの有様だ。
最近まで笑いが止まらない位の平穏ぶりだった事もあり、店主としてはこの豹変っぷりにキレまくっても仕方のない事なんだろうと、バイパーは他人事の様に思っていた。
とは言え、だ。
彼とペットの仕事事情を考えると呑気にしている場合でも無いのも、また事実。
イエローフラッグに閑古鳥が鳴いている様に、スローピー・スウィングもまた同じであった。この2ヶ所が営業不振であれば。当然そこで働く二人の懐にも響いているのだから。
「悪辣さで言えば夜会の方々の方が何枚も上手って事だね。いやホント」
「……搦め手が苦手と言うわけじゃないけど、地の利も数も負けているのは仕方ないわ」
「ロアナプラを取り仕切る側からすりゃァ、お前らみたいなのが一番苦手なんだろうよ。お手々繋いで仲良くやってるなんざ、俺でも数える位しか見た事がねェ」
バオの言葉は正しかった。
黄金夜会は、決して一枚岩ではない。
ロアナプラと言う脆い世界を守護する立場でありながら、最高のパイを少しでも多く切り分けるべく日夜鎬を削る間柄だ。
「ハハッ……クッソダル」
ご主人様が音を立ててグラスを置くのを横目に、ロージィは考える。
表面上は常日頃と変わらぬ穏やかな笑みを崩さないものの、自分しか気付けない些細な変化ならさておいて、誰が見ても不機嫌だと分かる言動は
飼われている身分としては。この世の果てでも地獄の底でも付いて行くつもりだ。その覚悟は変わらないものの、一人で何処とも知れぬ場所へ行ってしまうのではないかと、そんな不安が拭いきれなかった。
冷め切った空気が漂うそんな中、知った事かと言わんばかりに靴音を響かせる人影が一つ。
「よォマスター!! 相ッ変わらず湿気た面してんなァ!! どうよ景気は!?」
バイパーの隣に座りカウンターに肘をついたのは、金髪にフォックススタイルのサングラスの女だった。健康美に満ちた体を惜しげもなく晒す薄着で、男なら誰もが二度見する魅力に満ちた姿ながら、その口ぶりは流石ロアナプラの住人と言った所だろう。
「見ての通りだクソッタレ」
「平常運転かい? そりゃ何よりだ。そう思わないかいご両人?」
飼い主と気安く肩を組む様に、ロージィの眉間に皺が寄る。それを見て原因たるエダは、揶揄う様に口角を上げた。
「店の稼ぎは即ち俺らの懐だからねー。流石に笑えない」
「そいつァご愁傷様」
バイパーは肩を竦めると、肩を組まれたままタバコと古ぼけたジッポーを取り出す。そんな彼を横目に笑みを深め、エダは彼のグラスをかっさらってソレを口にした。
何処からかミシィ……とバオの商売道具が砕けかねない音が響いたが、この場にいる誰もがそれを無視する。それはタバコに火を点けた男も同様であった。
「ラムかい? アイツと好みもお揃いだねぇ」
「……? あーレヴィか」
ロアナプラでも指折りのガンマンを脳裏に浮かべながら、男は答える。何かと自分達……と言うか、ロージィに絡む彼女は、現在仕事で海の上にいる筈だ。因みに、二人の間に何があるかについて彼は知らんフリを通している。女同士の諍いはスルーが鉄則なのである。
「二挺拳銃はたまたまだし、酒の好みも以下同文。お互い
実際、バイパーからすれば彼女の上司……ラグーン商会の頭であるダッチや、新入りのベニーの方が、よっぽど知った仲だと言えよう。
顔を合わせる機会はそれなりにあったものの、何分
「ま、相性って奴? 合う合わないはどーしたってあるんじゃない?」
「相性ねェ……? なら、あたしとは?」
バオは空気が固まるのを感じた。
ついでにロージィのグラスから悲鳴も聞こえたが、それは敢えて無視をした。
「仲は良いけれど、浅いよね」
沈黙を破ったのはバイパーだった。
自覚あるでしょ? とカウンターに肘を付く仕草は、この場で一番若い人物が出すに相応しく、反面言い難い違和感を抱かせる。
「ツレないねェ」
「
それは突然の事だった。
いつもの事だと聞いていた男も、血が上りかけていた女も、それまでの空気を愉しんでいた筈の女も、呼吸すら忘れて一人の男を見詰める。
次の瞬間……否、それすら生温い。それこそ気付かぬまま床に転がる自分を幻視させられる程の殺意。
それは比類無き重さを持つナニカ。
かつて感じた事の無い冷たいモノ。
開けてはならない扉……或いは、踏み越えてはならない
それら全てを内包したソレは、静かにグラスの中身を飲み干した。
「…………?」
およそ人が放つモノではない空気を放った当人は、小首を傾げてこう続ける。
「どしたん?」
「殺す気かこの野郎」
どうにか口を開いたのは、この場で最も死線を乗り越えてきたであろう酒場の主だった。
「…………悪かったよ」
「いえ……」
聡い女同士のやり取りを聞き、元凶たる男は片眉を上げる。
「なんだこの空気」
蛇の思いはいざ知らず、胸中で異口同音に突っ込む3人であった。
肝心の男はそんな思いを汲むわけもなく、呑気に欠伸してみせる。
「ん、今日はここらで」
「私はもう少しいるわ。付き合ってくれないかしら?」
「えぇー? 来たばっかだしいいけど」
バイパーが暇を告げるが、女二人は残る様だ。
「稼ぎに貢献するのも程々に、ね?」
言いおいて、バイパーは席を立つ。
「ノびたら迎えに来いよ」
「大丈夫でしょ。多分ね」
バオの言葉に手を振りながら、男は店を出て行く。
彼が姿を消して暫くは、何とも言えない沈黙がイエローフラッグに落ちた。
「おいこらクソ尼、踏んでいい地雷なんて一つも無ェぞ分かってんのか」
「だーから悪かったって……つーか知ってて黙ってただろアンタ」
バオの火の玉ストレートに引き攣った顔のエダがそう言うと、ロージィは静かに首を振る。
「知らない」
言葉少なにそう零す彼女に物申したい二人だったが、続く言葉に口を噤む。
「私が一番近いのは確かだけど、あんな彼は見た事が……」
そこで彼女は思い出す。決して忘れられない、けれど忘れてしまいたいあの日の事を。
「一度だけ、たった一度だけ見たけど……とてもじゃないけど話せる事じゃないわ」
全ての始まりの地マグダレナ。己の罪を見せ付けられた日。
彼と顔を合わせたその瞬間の事だけは、自分と彼だけの物だからと、語るつもりは無かった。
「そんな事よりエダ? 暴力教会にお願いがあるのだけど」
「……ンだよ?」
訝し気なシスターに、猟犬は嗤う。
「
犬歯を剥き出すその笑みは、正しく猟犬のソレであった。
飼い主:名前は付いても飼い主表記は決して止めない。これは義務と言っても過言ではないと勝手に思ってる。珍しく地雷を踏まれてオコ。
バオ:猟犬と飼い主を雇った弊害がここで表面化。とは言え被害は客足だけなので比較的マシな方か。今後酷い目に遭うかも知れないと言うか遭わない方がおかしい。
猟犬:しばらく穏やかだったご主人様との初対面を思い出し、色々と複雑な心境。捨てられる事も怖いけど、置いて行(逝)かれるのはもっと怖い。
エダ:愉快犯気味な悪いクセが仇になった模様。バイパーを要監視対象と見做すと同時に、個人的な興味もある気配。どう転ぶかは作者にも分からない。
レヴィ:ラグーン商会の面々共々名前のみ。主人公は相性悪いだけと思っているが、作者からすれば出会い如何によっては良好な関係を築けた感が。